小説18 「船橋防衛戦」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 暁ジュンが会議室のソファで寝そべる。

 埼玉から千葉にもどり、剣術の訓練教官と参謀長の秘書をつとめている。高速タイピングで議事録とったり、広報活動をしたり。でも総司令部では暇なほう。

「ああ、恋がしたい」

 十六歳になったジュンは、かれこれ一年ほど相手がいない。葦切コタカのことは忘れてないが、操をたてる気もない。

 あそびにきたミミズクの「白雲」が無人のテーブルをあるいている。

「くもたんは美人だから」ジュンが話しかける。「彼氏が何人もいるよね。会いたくなったらピューッて飛んでくんでしょ。自由気ままな生活だよ」

 慰めるつもりか、白雲がジュンの腹に飛び乗る。

「痛ッ! どいてよ、また服に穴開くよ……イテテ、どいてってば……どけって言ってんだろ、焼き鳥にするぞ!」

 自由軍幹部がぞろぞろ入室した。

「フクロウは」物知りのフランが肩をすくめる。「犬猫とちがい社会性がないから、怒っても躾になりませんよ。怖がるだけです」

 ジョージが便乗する。「ジュンの社会性は鳥と同レベルなんだよ」

 何度もジュンを血だらけにした凶鳥は、おとなしくフランに撫でられている。器用にキャラを使い分けるくもたんに、意思疎通能力がないとは信じがたい。それともあたしは、鳥よりコミュ力低いのか。




 一方、東京で。

 シャドウガールと作戦参謀の暁コウゴが、パジェロで江戸川沿いを走る。河川敷にいくつも野球のグラウンドがあるが、だれも使用していない。

 叛乱軍は河口から市川橋にいたる五つの橋を爆破した。近日中に大規模な戦闘がおこるのはあきらか。

 シャドウは頬杖つき川面をながめる。新調したアルマーニのスーツに皺がよる。内戦は泥沼の様相を呈し、もともと血色とぼしい彼女をやつれさせた。

「こんなちっぽけな川を渡るのに苦労するんだから、陸戦ってのは……」

 京葉地区の最重要都市は船橋だった。下総台地が海岸ちかくまで張り出し、ボトルネックの様に鉄道や自動車道の幹線が密集。

 叛乱軍は船橋に陣地を築き、攻勢に転じた敵を迎え撃つ準備をすすめる。

 月姫が尋ねる。「で、渡河地点はきまったの?」

「計画どおりです」暁参謀が答える。「河口付近で陽動をおこないつつ、北から迂回します」

「破壊されてない橋梁から遠回りするのね。でも三郷あたりに片目の子が布陣してるでしょ。脇腹を突かれたらどうするの」

「叛乱軍は連携していません。敵の北方部隊は、実質的に中立と見ています」

 独眼龍・羽生アリアは政府軍と自由軍が小競り合いを繰り返すのをよそに、着々と領土をひろげていた。埼玉県全域を根拠地とし、千葉県北西部と茨城県南西部も占領、行政機関を支配した。宣言さえすれば、独立国となる資格は十分。

「まったく想定外だわ」シャドウが頭を掻きむしる。「戦国時代じゃあるまいし。姉上様にどう報告したらいいのよ!」

「今回の作戦で」参謀の声色はかわらない。「倅の方は16号線ラインの外へ押し出せます。試合からの退場にひとしい。返す刀で羽生なる女を斃します。御安心を」

「あなたはよくやってる。作戦成功したら、全軍の指揮権をあたえるわ。お望みなら、徳川慶喜以来の征夷大将軍でもいい」

 黒衣の姫君は後部座席からコウゴの首をだき、贅肉のない頬に口づけした。




 いつも眠りの浅い暁ジュンは、兵士のノックに敏感に反応。5×3インチの情報カードをわたされる。この紙をつかうのは大井スルガしかいない。

 会議室にいたのは参謀長だけで、壁にはった地図に目印のピンをさしている。細い目が充血し、無精髭はのびっぱなし。

「睡眠を妨げてすまない」スルガが言う。「でも急ぎの用なんだ」

「大井さんは二三日寝てないよね。お風呂にも入ってなさそう」

「ああ、若い女の子もいるから気をつけないとな」

「がんばってる人の臭いは嫌じゃないよ」

 参謀長の頼みはお使いだった。朝一番で三郷市にいる羽生アリアのもとへ出向き、総司令部の指揮統制にしたがうよう要請する。

「わかった」ジュンの笑顔は複雑。「いますぐ出発する。説得できる自信ないけど。アニキとアリアさん、冷めてるし」

「彼女はなにを考えてるんだ? まさか恋愛と戦争を同一視しているのか」

「女はそれが普通かもよ。好きな人のためならなんでもするし、嫌いになれば顔もみたくない。あたしだってそう。夜中にお使い行くのも苦じゃない」

 ジュンとスルガは初めてたがいを見つめあった。

 そっか、あたしはこの人を好きだったのか。頭はいいし、顔もブサイクじゃないし、昔からオフ会とかで良くしてくれたし。さっさとあげればよかった。

 ジュンは自分からキスした。胸を揉まれ、しがみつかれる。体臭は気になるが、それ以上に幸福をおぼえた。ジャージと一緒に下着をおろされ、テーブルに手をつかされる。彼女は後背位が嫌いだが、ひさしぶりの昂奮でゾクゾクし拒否できない。

 しかし入らない。前戯がたりないのか大きすぎるのか、とにかくキツい。このままだと裂けてしまう。

「痛い痛い!」ジュンは悲鳴をあげる。「大井さん、ローションかなんか使って!」

 男は聞く耳もたず下半身をおしつける。

 雪風流の後継者はスルガの右腕をつかみ、背中にのせテーブルへ放り投げた。

「まったく」ジュンは溜息つく。「寝不足でおかしいせいだと大目に見るけど、次はゆるさないよ。じゃあ参謀長、交渉にいってきます。死なないでね!」

 いたづらっぽく敬礼した。




 政府軍は夜明け前に江戸川をわたった。アリアひきいる北方軍は抵抗らしい抵抗をしない。ジュンがスルガと乳繰り合わず、もう三十分はやく出立したらどうなったかと、後世の歴史家に難問がしめされた。

 自由軍は船橋周辺に堅陣を構築した。鉄条網や地雷で敵の行動を制限、ビルの高所にもうけた監視所から位置を把捉し、弓兵に座標をつたえる。前列に長弓隊、後列に弩弓隊を配し、精確かつ集中的に射撃。

 通信妨害や偽情報により作戦指揮を撹乱する。後方では予備隊三千人がひかえ、消耗した敵に反転攻勢をしかけた。

 暁コウゴが双眼鏡をみながら言う。「みごとな防禦戦術だ。まさに教科書どおり」

「感心してる場合じゃないわ」ふくれっ面のシャドウガール。「『攻撃三倍の法則』と言うけど、こちらの兵力は二倍に満たない。なにか策は?」

「ありません。私は指揮者であって、作曲家ではない。無から有はつくれない。すべての楽器と声を微調整し、ハーモニーを奏でるのが仕事です」

「オペラは大抵、悲劇的な結末をむかえるのよね」

 予備兵を投入し手薄になった指揮所に、自由軍数十名が侵入する。それでも秩序をたもつ国防軍は、シャドウの保護を最優先とし、半数が反撃し残りが後退した。

 しかし敵には中国軍のフェン・アイシェンがいた。常人なら持ち上げられない長大な戟を、風切り音をたて振り回す。彼女にとり人体は、柔らかすぎる解剖標本。嵐の前の花瓣の様に、手足や首がちぎれ飛ぶ。真紅のスコールが街路を濡らす。

 アイシェンは快哉を叫ぶ。「そこにいるのは日王の妹だな! わはは、大将首だ!」

 暁コウゴは抜刀した。

「大佐!」車に押しこまれながらシャドウが命ずる。「一緒に逃げなさい。あなたの頭脳を失うわけにいかない」

「不知火」コウゴは不遜にも名前で呼ぶ。「わが流派に逃げるとゆう法はないんだ」




 交叉点は静まりかえり、公園から鳥の鳴き声がきこえる。

 両軍の兵は圧迫感に後ずさりし、戦いは一騎打ちの形になった。

 長髪の女武者が戟をかまえる。

「わたしはフェン・アイシェン。中国人民解放軍陸軍上尉」

「暁コウゴだ。雪風流十一代宗家」

 コウゴは脇差をぬき二刀で対する。

 雪風流【處女】。

 時間稼ぎとゆう目標に最適の奥義だった。勝気なジュンなら【脱兎】で突っこむだろうがと、父はほくそ笑んだ。




 船橋防衛戦は政府軍が勝利した。自由軍は二千の死傷者をだし、追撃をうけ本拠地の幕張メッセを放棄することに。

 大金星をあげかけたアイシェンは深手を負い、意識不明の重体。

 撤退にあたり司令部は捕虜の処遇をきめた。原則的に全員解放だが、例外とすべき将校がひとりいた。暁コウゴ国防軍大佐。

 ジョージとジュンは医務室の外で、父の容態について説明される。軍医は患者の家族が一番みたくない顔つき、つまり「手の打ちようがない」と言外にうったえた。

 ドアをあけた軍医がアッと叫ぶ。患者が隙のない軍装でパイプ椅子にすわり、こちらを向いている。

 暁兄妹は反射的に目を伏せた。父の教育方針は狂人の様に苛酷だった。ただ己をその十倍きびしく律するため、兄妹は反抗心をもてず、ひたすら怯えた。

 ジョージは喉をつまらせ落涙。父の右腕と左脚がないのに気づいた。妹に背中をおされ着席し対面する。

「軍人が戦傷を負うのは当然で」点滴装置をつけたコウゴが言う。「むしろ名誉だ。それに動揺するとは未熟もはなはだしい」

「…………」

「お前には期待していたんだが。妹に司令官の座を譲ったらどうだ」

 返す言葉がないとは今の状況をさす。

「ジュン」父は娘の手足の筋肉をながめる。「稽古を再開したようだな。結構だ。お前の取柄は剣術だけなのだから、もう怠けるな」

「はい」ジュンは素っ気なく返答。

 致命傷を負ったはずの男の口から出てくるのは小言ばかり。遺言めいた重みはない。ジュンとは三年ぶりの再会だが、無味乾燥な会話がつづく。非現実的な情景だった。

「お父さま」ジュンは勇気をだし口を挟む。「お体に障りますからお休みになってください」

「休んでどうする」コウゴの目に怒気がはしる。「虜囚の辱めを受けたまま生き長らえろと言うのか」

 ジュンは両手で顔を覆った。この言葉を恐れていた。名誉の死をのぞむ父を止められるのは自分たちしかいない。だが子供と議論し説得される父を想像できない。

 コウゴは切先を自分へむけ、抜身の脇差を左手で膝においた。刃こぼれが戦いの凄惨さをものがたる。

「ジュン、これをとれ」コウゴはさらに威圧する。「お前が私を憎むのは知っている。私はよき父ではなかった。許せとは言わない。ただ一死をもって報いる」

 ジュンの全身が震え、はげしく椅子を鳴らす。呼吸困難となり喘ぐ。

 幼いころから見慣れた悪夢のつづきだった。気絶しては水をかけられ、骨折しても無視される。こちらが弱さを見せれば見せるほど、父は猛烈に責めた。

 ジュンは抑圧に耐えかね別居したが、精神は自由になれない。いまも毎夜父の幻影に脅かされている。

「アリアが……」ジョージがやっと口を開く。「僕の恋人が妊娠したんです。数日前にメールで知りました。お父さま、せめて孫の顔を見るまで生きてください」

 不意をうたれ狼狽する父の姿を、はじめてジョージとジュンは目にした。





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苑田 謙

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