小説17 「イベント」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 夜九時。鼓膜を傷つける音量でDJがダンス音楽をながす。

 暁兄妹はじめ自由軍幹部は、有明のイベント会場にいた。建物は警察官にまもられる。兄妹は政府と交戦中なのに辻褄あわないが、そもそも矛盾をはらむのが戦争。

「腹ごなしの運動をするぞ!」

 中国軍のフェン・アイシェンが部下をつれステージへのぼった。長大な戟をもち、五人を敵にみたて演武をおこなう。突き、斬り、引っ掛け、薙ぎ払い、叩く。機関銃の様な動きは目にも留まらない。暁兄妹の数倍速い。酩酊する観衆の喝采をあびた。

 ジュンがつぶやく。「アニキ、あのひと強いよ」

「当然だ」ジョージは答える。「辺境での戦いで多数の武勲をあげてる」

「そんな低次元の話じゃないんだけど」

 ジュンは壇上のひとりを自分と想定、雪風流奥義を頭のなかで仕掛けた。斃せる気がしない。殺気を感じたか、睫毛のながいアイシェンと視線がぶつかる。

 女武者は演技をやめ、司会をつとめる本城フランに耳打ちした。フランはすこし動揺したが、笑顔でマイクをとる。

「それではフェン上尉の御指名で、暁ジュンさんとの試合を急遽おこないます!」

 場内の昂奮は最高潮に。

 ジュンはパーカーに両手をつっこみ、しぶしぶ登壇した。

「ひどいよ、あたしの剣は見せ物じゃないのに」

「ごめんなさい」フランは木刀をわたす。「でもジュンさんなら断らないと思って。がんばって!」

 アイシェンは競技用の薙刀をとった。脚光あびる長身が闇にうかぶ。両目が獰猛な本能でぎらつく。大勢殺した人間の顔だ。

 衆人環視のなか奥義はつかえない。ジュンは栗鼠みたいなフットワークで、相手の間合いを出入りする。敵は足払いをくりかえす。ジュンの拠所が脚力と、はやくも見抜いた。

 パワーやスピードだけでなく、用心ぶかい遣い手だ。まちがいなく自分より強い。

「フランちゃん」振り向いたジュンが言う。「あたしも薙刀にする。取ってきて」

 フランが駆けだした瞬間、ジュンは床をはげしく蹴り、燕の様に飛びこみ打つ。絶叫しながら連打、右小手を痛撃した。

 中国の女武者は左手一本に持ち替える。骨は折れてないが右はしばらく握れない。

「ふふふ」アイシェンは闘志盛ん。「おもしろい! 曹操のごとき姦雄だな」

 ジュンは木刀をかたむけ、わざと隙をさらす。相手に一本ゆづり丸くおさめる腹だが通じない。日本だけの風習だったか。

 やばい……これじゃガチバトルになる。




 上機嫌のアイシェンが、顔に青痣つくったジュンの肩を抱いている。

「とっておきの中国の銘酒だ、みなもっと飲め!」

 ジュンも苦手な酒を無理強いされた。万力の様にはさまれ身動きとれない。

「世界は広いな!」アイシェンは白酒をがぶ飲み。「わたしと互角に渡り合う人間が地球上にいたとは。どうだ、君は何人殺した? 四桁か、それとも五桁か?」

「いや」まだジュンはもがいている。「あたしは殺し合いとかおっかないんで」

「勿体ない。名馬を厩に閉じこめる様なものだ」

 メイクをきめた斯波トモコが、めづらしく男をつれて挨拶しにきた。イケメンが名刺をアイシェンに、ジュンにクリアファイルなどのグッズを渡す。『軍人これくしょん』とゆうブラウザゲームのキャラ、「東條英子(CV:花澤香菜)」が描かれている。

 イケメンは女武者と商談をはじめた。父が実業家であるアイシェンののツテで、中国市場へ進出したいらしい。

 ようやく解放されたジュンは、壁際でトモコと言葉をかわす。

「あの人とは」ジュンが言う。「結構ふかい仲にみえるけど」

「そうね」トモコはシャンパンをすする。「一応婚約者だから」

「えっ、トモコさんレズなのに!?」

「百合と言ってほしいわ。ま、なんやかやで破談になりかけたけど」

 大東亜重工のオーナーは所在なげに婚約者を見遣る。あたらしいグラスを手にした。ペースがはやい。

「運命って変えられるのかしら」トモコが小声でもらす。

「マリッジブルーってやつ?」

「『労働者は鎖のほかに失うものがない』とマルクスは言った。私は上品ぶったブルジョワだから、鎖を捨てられない」

「だいぶ酔ってるね。水でも飲んだら」

「理事長のときから思ってた」トモコは切々と語る。「あなたがうらやましいと。イデオロギーを超越する、いわば『自己解放の天使』よ。だから賭けてみた」

「買いかぶりだけど、言いたいことはわかる。女同士の結婚をみとめる社会が、トモコさんの理想でしょ。なら一緒につくろう」

「たのもしいわ」

「まあ、あたしは普通に男がすきだけど」




 軍服でなくスーツを着た大井スルガが、隅で内緒話をしている。相手は国防軍だろう。機密にふれない程度に情報交換する。

 永遠につづく戦争はない。どこかで講話しないといけない。そのタイミングがいつか、両軍は知っておく必要がある。

 ジュンは背後から話しかけられた。初対面の女性で、声優の花澤香菜みたいな可憐な声が特徴的。

「はじめまして、声優の花澤香菜です。きょうはよろしくお願いします」

 ジュンは絶句し、昏倒しかけた。

 満場の拍手をうけ登壇した人気声優がスピーチする。

「正直に告白します。このイベントに参加することは、事務所や仕事仲間から猛反対されました」

 でも友人を戦乱で失った悲しみが、彼女の背を押した。つぶらな瞳から涙がこぼれる。

 どちらかと言うと革命軍寄りのイベントなのは知ってるが、『フリーダム・シスター』のヒロインを演じた縁で原作者と交流があり、迷わなかった。どちらかの軍を応援とか、そんなつもりはまったくない。

 村雨れいん先生は若いけど、信頼できる人です。平和をねがう気持ちに嘘はないと信じてます。ここにいるすべての人が、それを共有して行動するのが大切だとおもいます。




 幕張へもどる車内で後悔の念に苛まれ、ジュンはフランの膝に突っ伏している。憧れの人になにも言えなかった自分がかなしい。ライブに通い詰めてるとか、曲だったら『眠るサカナ』が好きとか、なぜ言葉にできないのか。

「ああ、生きるのがつらい」ジュンは弱々しくぼやく。「でもフランちゃんがすごいクリエイターだと、あらためてわかった。あたしの尊敬する人に『先生』って呼ばれるんだもん」

「たまたま原作者だっただけです」フランは妹分の髪を撫でる。「人の縁に恵まれてるので。私にとってはジュンさんこそクリエイターです」

「いやいや。なにも生み出せないあたしは、単なるデストロイヤーだよ」

 それはそれでピッタリでフランは笑った。

「それはともかく」ジュンは上体を起こす。「あたしが花澤さんのファンなの知ってたよね。なんで教えてくれなかったの?」

「驚かせたいからですよ、勿論」

「マジで心臓止まりかけたよ……。ひょっとしてフランちゃん、意外と性格悪い?」

「え、いまごろ気づいたんですか?」

 フランのいつもの笑顔に、ジュンはかるく畏怖をおぼえた。




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苑田 健

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