小説16 「大宮の戦い」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 北部戦線でも自由軍と政府軍の攻防は、環七と16号線の「二重の輪」のあいだで繰りひろげられる。

 散発的に暴動がおきていた埼玉県に、羽生アリアが三千の兵をつれ浸透。組織化をおこない、ゲリラ戦の態勢をととのえた。

 いまは前日奪いとった、国防軍の朝霞駐屯地にいる。参謀の暁ジュンとともに負傷者を見舞う。イギリスBBCの取材班も同行、テレビカメラをまわす。

 ゲリラ部隊に最良の医事衛生をもとめるのは酷だった。手足をうしない、臓器を破壊された男女の叫喚が医務室にひびく。声も出なくなったものは死体と化し、たかった蝿に卵を産みつけられている。

 比較的軽傷な将兵と談話するアリアの、奈落の底で言葉をうしなわない強靭さに、ジュンは脱帽した。

 無傷にみえる民兵が、うつろな表情でベッドに腰かけるのが目にはいる。

「軍医!」アリアが叫ぶ。「この兵卒の病状を説明しろ」

 白衣の四十代の男が答える。「PTSDです。心理療法をおこなってます」

「了解した。だが治療は終わりだ。這ってでも戦わせろ。わが軍を臆病者の休憩所にするな」

「彼は臆病者ではなく、患者です。イスラエル軍の調査でも、精神的損耗をおった人員の七十五パーセントが……」

 アリアは静かに鯉口を切る。「たしかに私は若いし、女でもあるが、北方軍司令官なのを忘れるな。これは命令だ」

「拒否します、司令官閣下」

 電光石火で抜き放たれた刀を、ジュンは寸前でとめた。

 逃げ出すもの、抑えるもの、抗議するもの、撮影するもの。混沌におちいった医務室から、司令官と参謀は押しだされた。

「自分が短気だからわかる」ジュンが言う。「アリアさん、本気じゃなかったね。あたしがいるのをを利用したんだ」

「さあ、どうだろう?」

 アリアはとぼける。

 緒戦で指揮能力をしめした彼女は、自己宣伝にはげみ「独眼龍アリア」「猛将アリア」といった異名を獲得している。

「アニキとちがって」ジュンの機嫌は直らない。「アリアさんは才能あるんだから、姑息なマネしなくていいでしょ」

「部下が千人ならそれでいい。だが一万をこえる大軍の隅々まで、指揮官は直接影響をおよぼせない。プロパガンダが必要だ。味方に対しても、敵にも」

 独眼龍の右目は帝都をにらんでいた。




 ジュンは空気に、肌を刺すトゲを感じた。

 刀同士のぶつかる音と怒声がきこえる。駐屯地奪還をねらう敵の奇襲だ。

 「アリア軍」はすばやく撤退。訓練でも実戦でも、いつも逃げてるから慣れたもの。

 アリアは通信員の方をむき、宙で指をまわした。ほどなく、埋伏していた弩弓隊の射撃がはじまる。五百メートルの距離をこえ、殺意のこもった豪雨がおそう。

 敵軍がひるんだところへ反攻。一定の出血を強いたら、またしりぞく。

 金太郎飴みたく繰り返される罠に、政府軍はおもしろい様にはまる。「スカイツリーの戦い」の電撃的な一翼包囲機動で、各国の軍事関係者をおどろかせたアリアは、ゲリラ戦の専門家に転向。融通無碍の機略で敵を翻弄する。

 赤いシャツの集団が太鼓にあわせ歌い踊る。浦和レッズのサポーターだ。政府の圧力でJリーグが中止したため、暇ををもてあまし革命に参じた。「俺たちのアリア」と、司令官を讃えるチャントを合唱。

「あいつら」ジュンが眉をひそめる。「いくら言っても青い腕章つけないんだよ」

「強制しなくていい」声援に応えながらアリアが言う。「2011年のエジプト革命でも、サッカーのサポーターが中核的な役割をはたした。彼らの組織力や鼓舞する力はあなどれない」

 兄の恋人のカバン持ちをする日々で、ジュンは尊敬の念をはぐくんだ。自分は剣で半径五メートルを支配するのが精一杯だが、アリアは一万人以上を統率できる。リスクをひきうけ、確実に成果をだす。

 他者を利用することばかり考えてそうなのは気になるが。

 疲れをみせない赤シャツ軍団が「お嬢! お嬢!」とコールする。

「なになに」ジュンは嬉しげに紅潮。「ひょっとして『お嬢』ってあたしのこと!?」

「あれはトモコさんへのコールだな」

 大東亜重工の創業者一族である斯波トモコは、浦和レッズのオーナーでもあり、サポーターから偶像視されている。

「くそったれのサカオタめ」苦虫を噛み潰すジュン。「日本人なら野球だろ!」




 駐留する狭山市のゴルフ場のクラブハウスで、ジュンは夕食をとっていた。メニューはカロリーメイト・チーズ味とウイダーインゼリー。チョコ味が好みだが、毎日だと飽きるのでローテーションをくんでいる。

 ひさしぶりの入浴をおえたアリアがテーブルの向かいに座り、ぺろりと一箱を胃へながしこんだ。

 ジュンが呆気にとられる。「食べるのはやすぎ!」

「私の仕事は兵に食わせることで、自分が食うことじゃない」

 うそぶくアリアが眼帯をしてないのにジュンは気づいた。左の瞼にうっすら傷がのこる。

「不快な話題だったらゴメン」ジュンが言う。「でもアリアさんの左目、大きな傷はないんだね。普通は気づかないよ」

「ほぼ視力がないんだ」アリアは平然と答える。「だったら負傷を売りにして、人に記憶される方がいい。君ほど美人じゃないからね」

「売りって、お父さんの仇討ちのこと? ニュースになったから、あたしも覚えてる」

「本当は仇討ちじゃない」女将軍の両目は冷たい。「ジョージも知らないことだが、いい機会だからおしえよう」

 十五歳のころ北海道にいたアリアは、父を殺した三人の悪徳警官に復讐をはたした。

 だが実は、父の職業は詐欺師だった。ロシアへの盗難車の密輸にかかわるが、賄賂をケチり車を中国に売って逃げたのを制裁された。客観的にみて自業自得。

 娘は全貌を知らなくても、父が犯罪者なのは気づいていた。それでも武器をとった。「仇討ち」により剣士資格があたえられた前例に賭けた。一般に門戸をひらくとはいえ、剣士は事実上世襲の身分。アリアにとり極貧から抜け出す手段はほかにない。

「アリアさんは間違ってないよ」

「君やトモコさんに理解できるわけない。甘やかされたお嬢様なのだから」

「その言い方はないんじゃない!?」さすがにジュンはカチンときた。「あたしだって、毎日血尿がでるくらいシゴかれてたのに」

「すまん」アリアがほほえむ。「悪気はないんだ。それなりに苦労もしたろう。でも、人を殺さねば這い上がれない様な地獄とはちがう」

 日本茶をすする、アリアの彫りの深い顔に影がさした。




 未明に降りだした雨が十八番ホールを濡らすのが窓からみえる。北方軍司令部が地図をかこみ、軍議をひらいている。

「羽生司令官!」軍服を着た元少佐がテーブルをたたく。「あなたの独断専行は、総司令部でも問題視されてるんですよ!」

 無言のアリアは片目で睨み返す。

 敵の北部方面軍は、補給物資と人員の損耗に耐えかね、大宮台地に駐留しそこを要塞化しはじめた。

 アリアの立てた計画は、これまでの守勢作戦を放棄し、陣地が完成する前に総攻撃をかけるとゆうもの。

 恋人であるジョージのいる総司令部、実際に仕切るのは大井スルガ参謀長だが、彼らは北方軍に対し自重をもとめていた。サッカーファンなど種々雑多な志願兵をとりこみ、本隊をしのぐ勢いで膨張していた。

 走りこんだ民兵が報告。「レッズ連隊が抜け駆けしています!」

 独眼龍は口元をゆるめた。

 自由軍一万二千は、やむをえず北東へ猪突猛進。防柵や鉄条網を突き破り、大宮公園へなだれこむ。

 小雨は雷雨にかわった。政府軍六千余は斬り刻まれ、泥濘に赤味をくわえる。雷鳴と悲鳴がまじりあい、氷川神社の祭神をも恐れさせる。

 赤シャツ軍団は余勢を駆り、憎き大宮アルディージャのNACK5スタジアムに放火。勝利の雄叫びをあげた。

 ジュンはとぼとぼ司令官につきしたがう。お気にいりのスニーカーが汚れるのが惨めだった。

 流れ矢を愛刀の鞘でうけた。漆塗が剥げたのをみて声をあげ嘆く。

 政府軍は一矢を報いるのがやっと。高級幹部六名ふくむ五千五百人が、翌日に降伏。




 独眼龍は再占領した朝霞駐屯地で、海外メディアにかこまれていた。

 記者が質問する。「暁総司令官は、東部方面も不利ではないと言ってますが?」

「そうだな」アリアがウォッカの壜をあおる。「ただし、あちらは人材に難がある」

 へたな冗談に一同爆笑。

 壜の中身は水。下戸のくせに豪放磊落な猛将を演じている。

「ちょっといい?」背後からジュンが小声で言う。「あたし、総司令部に戻ることにした」

「そうか……それもいいだろう。いままでありがとう」

「うん。アリアさんも元気で」

 別れはあっけなかった。

 ジュンにとりアリアは、いつか家族になるかもしれない存在。有能で自信にあふれ、見習うべき美点をたくさんもつ。

 でももう一緒にいたくない。

 車へむかうジュンの耳に、ミミズクの鳴き声がとどいた。革手袋をした左手にとまらせる。再会がうれしいジュンは頬擦りする。

「ごめんね、あなたたちの森を荒して」

 くもたんは首をこまかく横にふった。否定してるのかどうかはわからない。




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