小説15 「三顧の礼」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


全篇を縦書きで読む








 成田空港の出発ロビーで椅子にすわり、ジュンはフランに髪を編んでもらっている。真夏の暑さに耐えられなかった。

「あたし」ジュンはすこし照れている。「自分で編みこみできないんだよね。毛量が多すぎるせいか。ああ、髪切りたい」

「分け方がコツですよ」フランはたのしげに手をうごかす。「でもたしかに、すごい直毛。ゴムみたく弾力がある」

 性格とおなじで真っ直ぐなんだと、フランはおかしかった。

「そう!」ジュンがふりむく。「一度寝癖ついたら、髪洗わないと直らないの」

「うらやましい。実はわたし癖っ毛で、ストパーかけてるんです」

「へえ。おたがいに知らないこと、まだたくさんあるね」

 あまえた態度をみせるジュンは、出入りする人間に目を光らせていた。北京へ飛ぶフランを見送るのは、ボディガードのためでもある。

 政府機関である成田は、いまは革命軍の勢力下にあり中立だが、まちがいなく敵は人的かつ機械的に監視している。しかしフランひとりのため、軍の貴重な航空機は割けない。

 姉貴分が、新品の紫のリボンをとりだす。

「これ、よかったらあげます」

「え、わるいよ」

「自分で使うつもりだったけど、本当はジュンさんに似合いそうだから買ったんです!」

「そう? じゃあもらっとく。ありがと」

 ジュンの口はへの字で、全然うれしそうじゃない。「女の子っぽいアイテムは好きじゃない」と顔に書いてある。

 うーん、やはりこのプレゼントは失敗か。中国で彼女がよろこびそうなお土産が見つかるといいな。




 四時間弱のフライトをへて北京に到着したフランは、おとづれた「雲揚文藝出版社」で応接室へとおされる。彼女の小説を翻訳出版している企業であり、名目上は仕事の打ち合わせだが、実は中国政府との非公式のコンタクトだった。

 だれが交渉相手かは知らされてない。緊張するが、あえて彼女は単独で訪中。たとえば企業経営者だったトモコや、元国防軍の佐官が隣にいれば、もっと圧しが利いたろう。でも自分がナメられる。

 六十歳前後のスーツ姿の男がはいってきたので、フランは起立して迎えた。中国政界に疎い彼女でも、この大柄な男に見覚えある。習近平・国家主席だ。

「はじめまして、ミズ・ムラサメ」習が握手をもとめる。「きょうの北京は比較的空気がきれいでよかった。わたしの自己紹介は……」

「不要です、プレジデント・シー」

 笑顔をたやすな、フラン。

 わたしの武器は笑顔だ。寝てるとき以外はいつも笑顔。ジュンさんの勇気を見習え。わたしもみんなの役に立つんだ!

「わたしはこの会社から」習は着席する。「自叙伝を出版する予定なのだが、日本の高名な作家が来てると聞いて、お邪魔だろうが挨拶したくなってね」

 嘘にきまってる。

「邪魔どころか、お会いできて望外の喜びです」

 国家主席は『フリーダム・シスター』第一巻をさしだしサインをもとめる。娘がファンだと言う。著者「村雨れいん」は手の震えを気取られないよう、一息に署名した。

「これで」習は微笑する。「アメリカ留学中の娘が帰国したら驚かせてやれる。どうもありがとう」

「お嬢さんの名前も書きましょうか?」

「『明澤』とゆうんだ。二十一世紀の若者はかるがると国境をこえるから、たのもしい。私が君と同い年のころは、文革にまきこまれ下放されていた」

「大変な時代だったのでしょうね」

「言語に絶する経験だ」習は顔を曇らせる。「だがそこで民衆の生活を知ったのは、いまも役立っている。次世代のため社会を守ることの大切さも」

 世間話は終わりらしい。休学中の高校三年生は咳払いする。

「われわれ『自由日本軍』は」フランが言う。「貴国から学ぶことは多いと考えています」

 ちなみに「Freedom Japan Army」と命名したのは彼女。

「君たちから経済支援の要請があったと」習の口調は情感とぼしい。「外交部の報告をうけた。当然ながら、独立国の内政にわれわれは一切干渉しない。しかしその原則は、民間人による援助を妨げないだろう」

 言質をとった。フランは内心でガッツポーズする。

「金銭的に厳しい戦いになるのは覚悟しています。勿論、軍事的にも」

「軍事同盟の可能性について、発言を引き出そうとする意図を感じるが? あくまで君は小説家で、私は通りすがりなのを忘れない様に。でなければ退散しよう」

 国家元首の脅迫めいた低い声が、素人外交官の笑顔を引き攣らせる。

 革命軍にとり、中国との同盟締結は死活問題。人員・物資・統治力……すべてにおいて政府軍が優勢だが、もし人民解放軍が西日本へ圧力かければ、日本政府はむづかしい舵取りをせまられる。

 中国が領土を要求するリスクなど、いまは気にしてられない。勝負の瀬戸際だ。

「不躾なのは謝罪します」フランは口元をひきしめる。「でもわたしは、日本とアジアの未来を背負って話してるつもりです!」




 滞在四日め。フランは北京にある、日本のカレー専門店「CoCo壱番屋」へはいった。

 身長百八十センチ代後半の女がテーブルを独占、せわしなくスプーンを口にはこぶ。大皿はカツや唐揚げで覆われている。

 たばねた髪は地をはらう長さで、墨をながした様にうつくしい。

 フランが声をかける。「フェン上尉、御一緒してもよろしいですか?」

「またあなたか」大女が顔をしかめる。「こう毎日では正直迷惑だ」

 フランは拒絶されなかったのは承認の意味と解釈、着席して「ほうれん草カレー」を注文する。「それじゃ足りないだろう」と女がカツをわけた。

 彼女の名は「馮愛生(フェン アイシェン)」、二十四歳の陸軍上尉。満開の牡丹の様な容貌のもちぬしだ。中国政府から紹介された。

「劉備は諸葛亮の家を三回たづねて、ようやく会えました。人徳のない私は、それ以上の誠意を見せないといけません」

「三国志の三顧の礼か。でも私は『天下三分の計』など教えられないぞ」

「あの場面で、孔明に秘策があったでしょうか。あったとしても、密談がくわしく記録されてるのは不自然です」

「あははっ」フェン上尉はスプーンをおく。「君はおもしろいな。降参だ、話くらい聞こう。軍人として日本の内戦に関心はある」

 結局フランは習近平を説得できなかった。同盟締結の見込みがあるにせよ、まだ時期尚早。ならできるだけ顔を売り、隣国に味方をふやしてから帰りたい。

 新人外交官は革命の大義と戦況について、カレーが冷めるのもかまわず宣伝した。

 アイシェンが大きな瞳でみつめる。「でも緒戦は大敗を喫した。私はいま情報部にいるから把握してるんだ」

「たしかに苦戦でしたが」フランが反論。「わが軍は戦闘のほとんどで主導権を握ってましたし、いまだに士気も高いです」

「司令官の凡ミスで全滅しかけたのに? それはありえない」

「これから仲間になる人に嘘はつきません」

 中国の女武者はトンカツにかぶりつく。小柄な日本人が信用できるか品定めしている。

 フランは資料をさがした。ボストンバッグに自作の中国語版が数冊ある。

「その本は?」アイシェンが目をとめた。

「これは関係なくて……わたしが書いた小説ですけど」

「噂は聞いてるよ。若いのに大したものだ。おっ、それは初音ミクじゃないか。君は彼女を知ってるのか?」

 緑のツインテールの少女が表紙に描かれている、ボーカロイドとのコラボ小説だ。

「ええ、まあ」フランは話をもどしたい。

「うらやましい!」アイシェンが肉を飛ばしながら叫ぶ。「初音さんはすばらしい歌手だ。わたしもぜひ会いたい!」

「直接会うのは無理かも……」

「うんうん、スーパースターだからなあ。あと日本といえばボーイズラブ! 男同士で恋愛する風習が盛んなのだろう?」

 一滴も飲まずに酔っぱらう、この感じ。暁ジュンの同類が大陸にもいた。

「フェン上尉、それは大袈裟です」

「わかってるとも」アイシェンはうなづく。「そうゆう恋は大声で言い触らすべきじゃない。よし決めた、憧れのホモの国へゆくぞ! 出発は……そうだな、明日だ」

「ええっ!?」

「今すぐでもいいが、親類に暇乞いをすませ、部下も連れてきたい。わはは、腕が鳴る! 政府軍が何万人いようと、わたしの戟で皆殺しだ!」




 翌日。帰国便に乗るフランは、デジタルメモのポメラでレポートを書いている。お土産を買う時間はなかったが、充実した旅だった。

 さっきまで後方で、フェン・アイシェンと十数名の部下が酒を飲んでいたが、騒ぎ疲れて眠っている。

「ようやく静かになったね」

 刈り上げた髪型で細身のスーツを着た、隣の三十代の男に話しかけられた。

「ええ、これで作業に集中できます」

「まったく中国人ってのは……。ビジネス以外で付き合いたくない連中だ」

「そうですね。日本人もそう思われないよう気をつけたいですね」

 フランの笑顔は非の打ちどころないが、ジュンなら作り笑いと見抜いたはず。

 ビジネスマンはタブレットで内戦関連のニュースを読んでいる。安倍首相が「勝利宣言」する写真がフランの目にはいった。

「どうなるか不安だったが」男が言う。「叛乱はこのまま終息するらしい。こいつらの罪は許されないだろう」

「わたしも平和を願ってます」

「特に暁ジュンって女は、死刑にすべきだ」

 フランはホットアイマスクをとりだす。

「すみません、ちょっと眠くなったので失礼します」

 大好きな人のため、とびきりの笑顔をとっておきたい。心が磨り減る前に。フランは夢の世界でしばらく休んだ。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 健

苑田 健

掲示板『岩渕真奈 閃光の天使』
も運営しています。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
月別アーカイヴ
08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03