小説14 「スカイツリーの戦い」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


全篇を縦書きで読む







 倉庫としてつかわれる幕張メッセのホールから、かぼそい泣き声がきこえる。

 司令官の暁ジョージは、経理業務を担当する本城フランが、ぐっしょりハンカチを濡らすのを見つけた。先日軍に合流した、元蒼龍学園理事長・斯波トモコになぐさめられている。

 ジョージは段ボール箱に腰をおろし、「どうしたの」と声をかけた。

「わたし」フランがしゃくり上げる。「ジュンさんに嫌われた。昨日からずっと無視されてるんです」

「心当たりは?」

「わたしが悪いの……まちがえてこれを発注してしまって。ジュンさんは『きのこの山』派なのに」

 うづ高く積まれた箱が「たけのこの里」なのにジョージは気づいた。食い意地のはった妹がヘソを曲げたらしい。

「兵站の責任者はわたしよ」トモコがやさしく言う。「ちゃんと確認すべきだった。一緒に謝りにゆくわ」

「いやいや」ジョージがあわてる。「悪いのはジュンでしょう! たかがお菓子で怒るなんて。あとでキツく言っておきます」

「暁君、わかってないわあ」

 トモコはジョージの肩に手をおき、首を横にふる。

「女子にむかって」トモコが続ける。「『たかがお菓子』なんて絶対言っちゃダメ。あなたは仲直りする場のセッティングだけしてちょうだい」

 女心がわからない自覚はあるのでジョージは同意した。あす、政府軍へ総攻撃をかける「初音作戦」が発動する。少女たちのケンカに介入する暇はない。

「フランちゃん」ジョージが言う。「妹が迷惑かけて申し訳ない。でも多分アイツにとって、君ははじめての親友なんだ。これからもよろしく頼むよ」

「迷惑なんてとんでもない! そ、その……ジュンさんの気まぐれなところも好きなんです……」

 耳の先まで赤く染め、フランが身悶えする。トモコはジョージをみて、思わせぶりにニヤリと笑う。

 「女子」。たしかに自分の理解をこえる存在だとジョージはおもった。




 翌日の午前九時。

 軽装甲機動車が百キロちかい速度で疾走し、市川市から浦安市へ侵入。散発的な戦闘がおきるが、革命軍の分遣隊を指揮する羽生アリアは、「敵は無視しろ」と無線でくりかえす。武器を持たせたまま置き去りに。

 「隻眼の女将軍」は麾下の民兵二千人に、三か月で移動の仕方のみ叩きこんだ。おなじ速度であるき、同時に止まれれば十分で、剣の振り方は知らなくていい。戦闘力や戦術では国防軍にかなわない。国家主義にかぶれた武装親衛隊には士気で劣る。彼らと正面からぶつかるなど愚かだ。

 黒服のSS中佐がわめくのが聞こえ、車をとめさせた。奇襲され戦意をうしなった部下を焚きつけている。あからさまに敵対的な将校は放置できない。

 アリアが降車して要求する。「中佐、悪いが我々と同行してくれ」

「不逞の輩がなにをぬかす! 武装親衛隊は決して降伏しない」

「どうしても聞かないなら……」

「くどいぞ、女!」

 アリアは抜刀し、SS中佐の愛国心に満ちた人生を完結させた。運転手の方をむき、オメガの男物の腕時計を指でたたく。

「二分ロスした。とりもどすぞ!」




 車輌後部のキャビンに、「参謀」のジュンとフランがいる。独自のドクトリンにこだわるアリアは、参謀長・大井スルガなど職業軍人と反目しがちで、帷幄に護衛としてジュンをおいた。作戦にケチをつけるだけが取り柄の参謀将校の相手をするのは、時間の浪費とおもっていた。

 キャビンのふたりは無言。フランはちらちら視線をおくるが、ジュンは目もあわせない。結局話し合いの場はもたれず、モヤモヤをのこし内戦勃発。

 荒川を渡るため、車は湾岸道路へのぼる。一般車両は通行止だが、無論彼らは例外。

「ねえ」ジュンが助手席に声をかける。「アニキはちゃんとやってるかな?」

「大丈夫さ」アリアが答える。「本隊の役目は松戸を確保するだけで、バカでもできる。心配か?」

「うん。アニキのバカさ加減を、みんなわかってないよ」

 近衛師団が事実上消滅したあと政府軍は再編成をおこない、叛乱鎮圧のためどうにか二万五千人そろえた。対する革命軍は一万八千。微妙な戦力差と言える。

 政府軍は二重の防衛ラインをひいた。ひとつは「国道16号線」で、幕張を根拠地とする革命軍をこの円から駆逐すれば、重要施設は安全となり、首都機能もほぼ回復する。

 もうひとつはその内側の「環状7号線」で、いわば「絶対国防圏」。ここを破られると国家全体が致命的打撃をうける。すさまじい犠牲が市民のあいだに出るだろう。

 暁兄妹ひきいる革命軍は千葉県松戸市の高台に布陣し、葛飾区あたりで決戦をおこなう構えをみせた。

 だがそれは陽動で、初音作戦の重心はアリア隊の左翼での突進にある。

「きゃっ」フランが身をすくめる。

 河口橋が落ちるほどの振動と爆発音がつたわった。工兵部隊が地雷除去に失敗した。

 アリアが車から飛び出す。「状況を報告しろ!」

「作業続行は不可能です」生き残った工兵隊員が答える。「本隊から応援をよびました」

「それでは遅い、続行だ」

「無理です! 機材も人員もたりません!」

 アリアが地団駄ふむ。この橋をわたれば敵の背後にまわれる。逆にモタモタすれば、自分たちが側背を突かれる。

 意を決し、肉片のちらばる現場へ踏みこんだ。壁に仕掛けられた指向性のクレイモア地雷が、ワイヤートラップと電気回路でつながれている。

 アリアが工兵に言う。「簡単な仕組みじゃないか。回路を切断すればいい」

「おそらく対抗措置がほどこされてます」

「『おそらく』とは確率何パーセントだ?」

「まさか、隊長が御自身で……」

 アリアの右目は狂気をやどす。「はやく答えろ。答えねば斬る」

「……ご、五十パーセント」

 それを聞いたアリアは、スキニージーンズの腰に装着したナイフをぬく。

「アリアさん、むちゃだ!」

 車から降りたジュンがさけぶ。おびえるフランも後につづく。

「君らは装甲車の陰にいろ」アリアは振り返りもしない。「私がやられたらジョージに……いや、いい。見たまま伝えてくれ」

「やめろッ!」

 躊躇せずアリアがナイフをふるう。ジュンは身を挺しフランをかばった。

 負傷者のうめき声しか聞こえない。

 眼帯の女は哄笑した。ころがりこんだ勝利の予感に恍惚となる。

 ジュンは安堵の息をもらし、親友の手をとり立たせた。

 首都高をはさんだ反対車線で、政府軍のパジェロが発進する。そこへ乗りこむ二人に因縁あったので、ジュンはおどろいた。




 パジェロの後部座席にいるシャドウガールは、アルマーニの黒のパンツスーツに身をつつむ。バックミラーにうつる助手席の男の表情をうかがう。

「調査書によれば」シャドウが言う。「娘さんとは随分会ってないんでしょ。挨拶くらいすればいいのに」

「調べたなら御存じでしょう」四十代なかばの男が答える。「わたしが家族より国家を重んじる男だと」

 男の名は暁コウゴ。最近昇進して陸軍大佐となった。眼光するどく、痩せている。いや骨と皮だけと言っていい。家族の不祥事で予備役編入となったが、シャドウのとりなしにより現役復帰。才能を愛する彼女は、たとえ「暁兄妹の父」だろうと、「陸軍きっての切れ者」を飼い殺しにする気はない。

 黒衣の姫君はリアウィンドウにふりむく。

「それにしてもあの片目の女の子、優秀じゃない。こちらは苦戦みたいだけど?」

「紙一重になりました。でも勝ちは勝ちです」

「あらそう、まかせるわ。どちらかって言うと、わたしは海の女なのよ」

 聯合艦隊をひきい太平洋を遊弋したころがなつかしい。地べたを這いずり回るのは優雅じゃない。

 シャドウが車窓を眺めながらつぶやく。「なんだか叛乱軍の方が人材豊富だわ。かわいい暁ジュンちゃんもいるし」

「あれは」陸軍大佐が答える。「剣客としてはそれなりですが、大軍をひきいる器じゃありません。むしろ息子の方が手強い」

「ジョージ君か。わるいけど、いまいち特徴にとぼしい子よね」

「何度打たれても音をあげない男です。だから緒戦で一気に叩き潰す」

 月姫はまたミラーをうかがう。コウゴの目は逡巡どころか、闘志をみなぎらす。顔形は息子に、攻撃性は娘に遺伝したらしい。

 シャドウが尋ねる。「肉親の情が、作戦立案や指揮に悪影響をおよぼすことは?」

「それは作戦終了後、元帥閣下が評価すべきことです」

「ゲンスイカッカって、大袈裟で嫌いよ」

「軍隊は形式主義ですから」

「やれやれ」シャドウがほほえむ。「そのかわりベッドでは、わたしのこと『不知火』って呼んでね」

 焦った上官から睨みつけられ、運転手はなにも聞いてないフリをした。はじめてコウゴを動揺させるのに成功し、夜を司る神はほくそ笑んだ。




 正午ごろ。

 アリア隊の電撃的な機動は、予備隊との戦闘に巻きこまれ停滞。おおきく右に方向転換し、千葉県側へ再度荒川をわたれば、包囲は完成する。しかし一本の無線連絡が、作戦計画を瓦解させた。

 本隊が松戸の陣地をすて、正面衝突をはじめた。

「信じられん!」アリアが強化ガラスを叩く。「なぜバカでもできる仕事すらできない!?」

 戦術的にすぐれる国防軍はあえて「絶対国防圏」を放棄、たくみに敵をおびき出した。葛飾区から墨田区へなだれこんだ革命軍は、そこが死地だと気づいた。

 荒川・隅田川・北十間川にかこまれる三角地帯が、恰好の屠殺場となる。剣と矢と炎がふるまわれる饗宴。退出しようにも、ドアは厳重に施錠されていた。

 本隊を混戦から救出し、全軍崩壊をふせぐしか、アリア隊に選択肢はない。指揮官も車を降りて抜刀。

 ジュンが追随する。「あたしも行く」

「だめだ!」アリアが厳命。「前線に絶対出さないとゆう条件で、君をジョージから借りている。なにがあっても車内にいろ」

 アリアは血路をひらき北上、壊滅寸前の司令部をみつけた。長身の司令官が、指揮そっちのけで刀をふるう。

「ジョージィーッ!」アリアの怒号がひびく。「なぜ持ち場をはなれた!?」

 ジョージは目をむく。「アリア、無事だったか」

「なぜ動いたのか聞いているッ!」

「分遣隊の移動が速すぎて、連絡がほとんど取れないから……」

 ジャケットを鮮血で染めるアリアは、恋人に幻滅した。自分の身を案じられるのが、つねに嬉しいとはかぎらない。特に多数の生命が懸かっているときは。

 スカイツリーの足元で、隻眼の女将軍は矢継ぎ早に撤退の指示をくだした。




 水色の襟のセーラー服を着たジュンが、言いつけを破り戦場をさまよう。服装は兄に命じられた。軍人でないと明確にするため。

 革命軍の目印である青い腕章をつけた数名が、下町の家屋にガソリンを撒いている。

 ジュンが尋ねる。「なにしてんの。これはだれの命令?」

 兵は顔を見合わせ答えない。どうせアリアだろう。

「アニキ……じゃなかった」ジュンが言う。「司令官の命令じゃないよね。だったらやらないでいい。はやく逃げて」

 両軍にジュンを知らないものはいない。お墨つきをもらい安心して去っていった。

 サイレンと悲鳴がとびかう。交通網は麻痺し、消火活動もままならない。蜂の巣をつついても、ここまで無秩序にならないだろう。

 ふとジュンは空をみあげ、ミミズクの「くもたん」をさがす。こんな地獄についてこなかった彼女は賢い。

 後方からフランの甲高い叫びがきこえた。五人の親衛隊員にかこまれている。ジュンはニューバランスの赤いスニーカーでアスファルトを蹴る。

 武装した五人との立ち合いは、中等部の校舎裏とおなじ状況。毎日の稽古で体のキレがもどったか確認するのにいい。

 スカートの裾がひるがえる。掌底で一人の鼻骨を、左右の肘で二人の下顎骨をくだき、背中をぶつけ二人斃した。竜巻がとおりすぎるかの様に。

「まあまあか」ジュンはすまし顔。「ケガはない? フランちゃんから目を離さないつもりだったのに、ゴメン」

 フランは唖然とする。「なんで刀を抜かなかったの?」

「そういや刀持ってたっけ。きのう『グランド・マスター』って映画見てさ、八極拳がカッコよくて影響受けたのかも」

 フランは頭ひとつ大きいジュンの胸へとびこむ。颯爽とあらわれ、華麗に舞い、敵を薙ぎ倒す守護天使。崇拝せずにいられない。その気高さを疑った自分が恥づかしい。

「ありがとう」フランは至近距離から見上げる。「橋の上でもかばってくれて。わたしには守ってもらう資格なんてないのに」

「へ、なに言ってんの?」

「だってお菓子の件で、あなたの信頼を裏切った」

「きのこの山のこと? そんなんで怒るほど、あたしはガキじゃないよ」

「でも、ずっと無視してたじゃない!」

 怒っているのはフランだった。率直にエゴをぶつける親友を抱きながら、ジュンはうちあける。

「あたしね、いつも悪夢をみるんだ。三日前だったかな、フランちゃんが戦場で囲まれて、その……」

 フランは吹き出す。「殺されちゃった?」

「笑いごとじゃないよ! これ以上あたしのせいで……」ジュンは喉をつまらせる。

 どれほど強く超然としていても、ジュンは妹分なのだと、元生徒会長は再認識。

「もしわたしが死ぬとしたら」フランが言う。「ジュンさんを守るためだと思う。それなら死ぬのは全然こわくない」

「あたしだって。フランちゃんは自分の命より大事だもん」

「知ってます。これまでそうだったから」

「あたしも知ってたよ!」

 なにかとすぐ張りあう妹分が、フランは愛おしくてしかたない。ふたりは手のひらを合わせ、指をからませる。

「こうやって心がひとつなら」フランが言う。「心配なんていらない。わたしたちは無敵です」

 住宅地にひろがる猛炎に照らされながら、ジュンとフランはたがいの体温を感じあっていた。



関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 健

苑田 健

掲示板『岩渕真奈 閃光の天使』
も運営しています。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイヴ
06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03