小説12 「イザナミ作戦」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 羽生アリアは恋人の暁ジョージと、ピザ食べ放題のシェーキーズ高田馬場店にいた。痩せの大食いである彼女の行きつけの店だが、きょうは残念ながらデートでなく、ほかの男も一緒だった。

 向かいに座る眼鏡をかけた男が、5×3インチの情報カードに火をつけた。大皿に灰となって落ちる。

 彼は陸軍大尉・大井スルガ、二十六歳。カードにしるされていた計画は驚愕に値した。

 名づけて「イザナミ作戦」。

 安倍晋三首相の暗殺と同時に、いつわって正規の対テロ作戦を発動、動員された予備兵を近衛師団が傘下におさめる。官庁・報道機関・基幹施設を占拠し、桜井誠SS全国指導者などの幹部を拘束。怒涛のいきおいで政権を掌握する。

 下戸のアリアは烏龍茶を飲み干し、眼帯のない右目でパートナーを見やる。ジョージは思案に暮れ、くすぶる灰をながめている。

「あなたがたクーデタ部隊は」アリアが大井に言う。「決行後の宣伝に、われわれの知名度を利用したいんですね」

「そうです」若い大尉がピザにかぶりつく。「使えるものはなんでも使います。やるかやられるかの大博打ですから。国防軍はSSに吸収される寸前なんですよ」

「近衛師団長の望月ダイゴ少将は、信頼できる人ですか?」

「『タイコモチ』って悪口言われてます。いかにも小役人タイプです。まあ作戦は僕が仕切るんで心配いりません」

 先日の暴動では、朝鮮人・中国人を中心に二千人をこす死者がでた。ほとんどが自警団や親衛隊によるが、治安出動した国防軍も手を血で染めた。軍内部に深刻な動揺がはしった。目のほそい大井大尉はポーカーフェイスだが、内心は憤慨してるのだろう。

「さっきから黙りこくってるな」アリアが恋人を肘でつつく。「これは義挙だと私はおもう。だが最終的には君の決断にしたがう。どうする、ジョージ?」

 長身の十九歳は怯えていた。暗殺やクーデタは、自分の人生で想定していたイベントではない。リリホワ騒動でさえ、勇敢なジュンやアリアとちがい、なにもできなかった。臆病と言われようが、無理なものは無理だ。

「すみません。ほかに適任者をさがしてください」




 数日後の深夜三時。ジョージは十人の若者をつれ神田の万世橋にいた。

 彼らがスプレーで落書きするあいだ、周囲を警戒する。侍所が学生の剣士にあたえた正式の任務だ。目的をたづねても回答なし。忠誠心を試しているのだろうか。

 煉瓦の壁に描かれるアルファベット風の図像を、ジョージは解読できない。グラフィティ・アートとゆう藝術の一種らしいが、街の景観を破壊する、ただの愚行におもえる。

「おつとめ御苦労さま」

 M65ジャケットを着た、隻眼の女剣士があらわれた。薄笑いをうかべている。

「からかいに来たのか」ジョージが舌打ちしながら言う。

「私はきのう」アリアは自嘲する。「畑のカボチャを盗みに茨城まで行ったよ。ハロウィーンの普及につかうらしい」

 アメリカ文化で国民を啓蒙するため、日本政府は公金を投じていた。猿真似で意味不明の落書きが蔓延する理由がわかったが、愉快な事実ではない。

 アリアが「アーティスト」のひとりにツカツカ歩みよる。

「おい、その絵はなんだ!?」

 藝術家がどもりながら答える。「さ、最近ニューヨークではやってるグラフィティで……」

「嘘をつくな! 見覚えがあるぞ。日本のアニメだろう」

 彼女の口調は冷静だが視線は険しい。腰にさがる刀が何より恐ろしい。男はスプレーやフェルトペンを置いて逃げた。気づけば落書き軍団はだれも残ってない。

「よくもまあ」アリアが壁に顔をちかづける。「短時間でこんなキレイに描けるもんだ」

 ジョージがつぶやく。「『ラブライブ!』の矢澤にこってキャラだな」

「へえ。私とおなじで無趣味とおもってたが、くわしいじゃないか」

「い、妹がアニメばかり見てるから知ってるだけだ!」

 アリアが哄笑する。笑うしかなかった。彼らの同僚が、命令に逆らったため殺されている。つぎは自分たちだ。

「なあ、ジョージ」女剣士が真顔にもどる。「もう起つしかないんじゃないか?」

「ああ。俺たちの忠義にも限界がある」

 ピンクのカーディガンを着たツインテールの少女が、ふたりを笑顔で見守っていた。




 午後七時、幕張メッセ。

 近衛師団がここに駐留する。師団長公室に高級将校があつまり夕食をはじめようとしている。

 規則的に釘をうつ様な足音をたて、望月ダイゴ少将が入室。恰幅がよく、白い口髭をはやし髪をきっちり分け、軍人らしい堂々たる風貌。起立した十二名の部下に迎えられる。

「ワインはどうした?」

 グラスの中身が水なのに少将は気づいた。

「本日より」大井スルガ大尉が返答。「イザナミ作戦は発動しています。計画どおり食糧補給も変更しました」

「つまり酒は出ないのか」

「御要望とあれば調達しますが」

 にわかに「タイコモチ将軍」は心許なくなった。参謀将校に担がれ叛乱の頭目になったはいいが、メシも満足に食えないとは話がちがう。

「近衛師団は」少将が不快を露わにする。「陸軍の栄光ある最精鋭部隊だ。それにふさわしい食事でないと士気にかかわろう」

 大尉は表情をかえない。「了解しました。いますぐ手配いたします」

「ところで大尉、この作戦を中止することはまだ可能か?」

「師団長! いまさら何を言うんですか!」

 副官の少佐が椅子を蹴り立ち上がる。

「聞いただけだ。そういきり立つな」

 あきらかにタイコモチは臆している。

 新宿の擾乱で妻と娘が親衛隊に殺され、一時的に謀反へ傾いたが、また生来の従順さがもどったのだろう。

 参謀たちは目配せをかわす。コイツが司令官じゃ勝てっこない。




 早朝の光がそそぐ海浜幕張駅南口に、百名の大学生がたむろする。みな佩刀している。ジョージとアリアがあつめた、クーデタ部隊に合流する剣士たちだ。

 だが彼らは、数で倍する軍人に包囲された。近衛師団長・望月ダイゴはすべてを反故にし、リスクを負って参加した若い男女を追い返そうとする。

 潮の香りと殺気がまじりあう。

「ふざけるな!」アリアの怒号が二百人の身をすくませる。「私たちが学生だとおもって舐めてるのか!?」

「こちらも伊達や酔狂でやってない」大井スルガが応対する。「職業軍人は刻々と変化する状況に即応する。くりかえす、作戦は中止だ。いや、そもそも作戦は存在しなかった」

 不誠実な態度に激したアリアが鯉口を切る。敵味方に抜刀するものも出た。

 政府はとっくに、このイザコザを察知したろう。暗殺計画は夢のまた夢に。それどころか幕張につどう学生剣士は全員、叛乱分子として記録されたはず。売られたも同然だ。

 棘をふくむ視線が、無言のジョージに集中する。彼が抜き放てば、死闘がはじまる。背をむければ、近衛師団は満足する。

 妹に「ウドの大木」と称されるジョージは、非常時でもめったに動揺しない。大井大尉が思わせぶりな顔つきをする理由をぼんやり考えていた。

 大尉はさりげなく情報カードを手渡し、兵をひきい基地へもどった。

「なにが書いてある? みせろ!」

 カードを恋人にひったくられた。




□蹶起部隊は暁ジョージ氏(以下暁氏)を司令官に迎える。

□蹶起部隊の将兵は暁氏の命令に従う。違反者は軍法会議にかける。

□暁氏は所有するじゅんじゅん(暁ジュン)の写真をすべて提供する。

□暁氏は握手会など、じゅんじゅんが蹶起部隊のイベントに参加できるよう努力する。

 同意できる項目すべてにチェックを記した上で、2時間以内にこのカードを近衛師団の将校へ返送されたし。




「なんだこれは!」アリアが絶叫する。「ジョージ、一体どうなってるんだ!?」





 タイコモチこと望月ダイゴ少将は、マリンスタジアム内野席の最上部で報告をうけている。はげしい浜風がうづまく。

 野球場は朝鮮人の強制収容所にもちいられ、近衛師団が警備を担当したが、昨日のイザナミ作戦発動により全員解放された。各地で建設中の別の収容所にはいる運命かもしれないが。

 大井大尉の簡潔な復命がおわった。

「よくやった」師団長は御満悦。「流血沙汰を予想してたんだが。噂どおり君は優秀な参謀だな。これからもよろしく頼むよ」

「閣下の判断が的確だったのでしょう」

「それは勿論だ。秩序をまもってこそ軍人。不平屋にこの国はまかせられん」

 大井は、駆け寄ってきた兵士から情報カードをうけとる。四つのチェックボックスすべてにマークがついていた。

 ほそい目を左右にくばる。風が一層つよまり、立ってられないほど。兵にむかい顎をしゃくった。

 階段へ突き落とされたタイコモチ将軍は、脳や頸椎を損傷し即死した。

「ふらふらしやがって」参謀は吐き捨てる。「一万人の命をあづかる仕事をなんだと思ってんだ。あの世でたらふくワインでも飲んでろ」



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