小説 第2部「乱花篇」 11「新宿炎上」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 暁ジュンは下落合のおとめ山公園にいた。テレビやインターネットから遠ざかりたかった。すわっているのは、みづからが惨劇の主役となったベンチ。素朴な拵えの大小を、違法なのは承知で差している。

 リリホワは、転校したばかりの彼女に一年間の停学処分をくだし、寮から追い出した。「生徒の動揺がはげしい」との理由で。悲涙に濡れながら恋人を斬首する姿は壮絶で、たしかに同級生にトラウマを植えつけた。

 日本は三つに割れた。政府のプロパガンダを盲信するもの、日和見主義者、反体制運動の支持者。暁兄妹は叛乱のシンボルとなる。「反消費税」をかかげる暴徒と、「リベラル」や「左翼」とよばれる知識人が、連帯するための部品として二人を利用した。エリートであるジョージやネトウヨのジュンは、もともと保守的なのに皮肉だ。

 白い羽毛の大きな鳥が、よたよた歩いているのに気づく。

「わあ、フクロウだ」ジュンはめづらしさに独り言をゆう。

「耳みたいな羽角があるから」背後からソプラノがひびく。「ミミズクですね。日本に棲息する種じゃなさそうですが」

 iPhoneで位置情報を共有している本城フランが、ジュンをさがしにきた。情報を遮断してもGPSが地の果てまで追いかける。相手がフランだから不快ではないが。

「ステキな公園だなあ」フランが隣に腰かける。「フクロウの時計もあるし、なにが棲んでてもおかしくないですね」

 生徒会長は四月から一年休学している。いくら止めても、ジュンの活動を支援すると強情に言い張った。

「あたしね」ジュンがかしこまる。「ここで長谷部って人にひどいことしたんだ。謝らなきゃいけないけど、いまはまともに街も歩けない状況だし。だからさ、もしあたしが死んだらフランちゃんに……」

「そんなこと言わないで!」

「……びっくりしたあ」ジュンがギョッとする。「急に大声ださないでよ。でも死亡フラグぽかったね。大丈夫、あたしが簡単に死ぬもんか」

 フランがみじかい両腕をジュンの背にまわす。位置情報だけでなく、恋人を斬ったとゆう苦悩も共有するため。それで傷が癒えはしないが、自分の感情がまだ凍え死んでないのをジュンは確認できた。

「あたしは幸せ者だ」ジュンはさらに強く抱きしめる。「フランちゃんみたいな友達がいて。心配してくれてありがと。痛いほど気持ちがつたわるよ」

「力になりたいんです。できることは何でもします」

「じゃあ、コタカのかわりにカラダで慰めるってのは? ねえ、キスとかしたことある?」

「ななな……ないですよ! そ、そうゆうのは心の準備が……はわわわ……」

 フランは友人を突き放し身構えた。真っ赤な顔で上目づかいでうかがう。ベージュのワンピースをまとう華奢な体が可憐だ。

 ジュンは獰猛な笑みをうかべる。彼女は普通に男が好きだが、恋愛対象から女を除外する理由は特にない。コタカと距離をおいたせいで性的接触に飢えてもいる。脳裏に別のフラグがたった。

 いきなり白い羽をひろげたフクロウが襲いかかるのを、ジュンは反射的に腕でふせいだ。爪が紺のパーカーをつらぬき肌を刺す。

「痛ッ!」ジュンは猛禽と一緒にベンチから転げ落ちる。

「あはは……おかしい!」

 フランは息がとまるほど笑った。邪魔がはいったのを、ちょっと残念がりながら。




 理事長の斯波トモコと合流するため、高田馬場駅前のビッグボックスへむかう。新大久保側から山手線沿いにくだる人の列が絶えない。流血するものもいる。ペットボトルの水とトイレットペーパーを、手押し車にぎっしり積んだ老婆がころぶ。フランが手助けした。

 貧しい時代の日本をしる老人はペシミストで、政府を信じない。彼らは内戦勃発を予感し、必需品を買い占めた。身勝手な行動はますます流通を混乱させる。

 消防車が行列と逆方向へ急行。ジュンはリュックから双眼鏡をとりだす。

「さすがです」フランがゆう。「サバイバル道具を持ち歩くなんて」

「声優のイベントとかで使うやつだよ」

 おそらく擾乱は大久保でおきている。「在日朝鮮人が浄水場へ毒を投げこみ、各地に爆弾をしかけた」との噂が都内にはびこる。政府は「調査中」と発表するだけで否定しない。民衆は牙を剥き出しにした。

「クソッ」ジュンが毒づく。

 ロータリーで男女三名が悄然とした面持ちでひざまづく。抜刀した親衛隊員がうしろに立つ。全員斬られた。

「なにが起きてるの? 理事長は無事ですか?」

 フランの問いを、双眼鏡をはなさないジュンは黙殺。たしかに『シナチョン撲滅ブログ』の管理人である彼女は、「朝鮮人を皆殺しにしろ」だの書き散らし鬱憤をはらした。だがこんな悪夢は見たくなかった。

 佩刀するトモコ理事長が、まなじりを決してSSに抗議している。昂奮した黒服軍団から乱暴に小突かれる。

「マズい」ジュンが心細げにつぶやく。「理事長……やめろ。話が通じる相手じゃない」

「おねがい」フランがジュンの肩をゆする。「くわしい状況をおしえて!」

「理事長が親衛隊につかまった。多分殺される。あたしは彼女に借りがあるから、助けなきゃいけない」

「わたしも行きます」

「足手まといだ」ジュンは冷酷に言う。「チビの文学少女はおとなしく読書でもしてろ」

「いや! あなたはわたしが守るの!」




 斯波トモコは刀をうばわれ、セーターにとおした腕を両脇から二人に拘束される。睨みかえす視線はするどい。

 SS中尉が命令する。「おい女、『バビブベボ』と言ってみろ」

「なに?」

「在日はうまく発音できない」

「剣士に対しこの無礼」トモコの切れ長の目が燃える。「たとえ将校でもゆるされないわよ。あやまりなさい!」

「こいつは不逞朝鮮人だ。処分しろ」

 野次馬から若い女の悲鳴があがる。歓声にちかい。さわぎが徐々に伝播する。人の壁が割れ、両手をパーカーのポケットにつっこむ少女があらわれた。「百人斬り」「天才剣士」「悲恋のヒロイン」「セーラー服のジャンヌ・ダルク」……さまざまな虚像がひとり歩き。暁ジュンは、すでに暁ジュンではなかった。

「黒豚ども、そのひとを離せ。まだ死にたくないのなら」

 ジュンの要求に当然、親衛隊三十人は抜刀で応答した。午後二時の陽光が乱反射。ふってわいた様な復讐戦に血気は逸る。

 ポケットから軽快なビートと平田志穂子の歌声がもれた。『ペルソナ4』のBGMだ。

「もしもし」ジュンがiPhoneを頬にあてる。「こっちは問題ない。うん……スピリタスってウォッカがいい。度数ほぼ百パーセントだから。じゃ、がんばってね」

 親衛隊は度肝をぬかれる。なぜこの十五歳は、林立する刀をまえに酒の心配をしてるのか。

「おい」ジュンの薄い唇がゆがむ。「いつまで待たすんだ。それともこれっぽっちの人数で、あたしとやりあう気か」

 彼らもプロだから、小娘がハッタリかましているのはわかる。しかし気を呑まれて仕掛けられない。

 ガチャンとガラスの割れる音がして、一瞬で炎がひろがり数人のSS隊員の制服へ燃えうつる。消火手段がなく転げまわる。肉が焼ける臭いと叫び声が錯綜。

 ジュンはトモコをかかえる男のみぞおちに、鞘の鐺をめりこます。目を多数の敵にくばりながら「逃げて!」と指図。

 視線だけで戦場を制圧する。さすがのあたしも三十人は無理だが、何割かは仕留める自信がある。味方の勝利のため犠牲になりたいバカは、かかってこい。

 左手は鞘に、右手はカーゴパンツの腿に。パーカーの袖に穴があき、白い肌がみえる。

 不意に身をひるがえし遁走。おどろいたことに、さっきのフクロウがまた飛びかかってきた。鋭利な爪をおそれジュンは頭をさげる。すぐ後ろから痛みをうったえる男の声がした。

 あの鳥、今度はたすけてくれたのか。わけがわからない。




 坂をのぼり目白駅ちかくに来た。追手はみあたらない。SSにも持ち場があるのだろう。

「助けてもらってなんだけど」花壇に腰かけるトモコがゆう。「無謀にもほどがある。幸運にも負傷しなかったとはいえ」

「実は」腕まくりするジュン。「ここをやられた」

「え、大丈夫?」

「兵隊より鳥の方がおそろしい。剣術は一に気組、二にも気組。人間が何人いたって、あたしを斃せやしない」

「『百人斬り』の言うことは違うわね。ところでわたし、理事長辞めてきたから」

 学園一の問題児は責任を感じた。まわりの人々が自分のせいで職を、ときに命までうしなう。どうかんがえても償いきれない。

「そんなシュンとしないで」トモコが笑う。「いつかリリホワは立て直す。でも今はこんな醜悪な町にいたくない。東京は破滅よ」

 せわしない呼吸がきこえた。ようやく追いついたフランだ。ジュンにしがみつかないと立ってられない。

「ふたりとも無事でよかった……」フランの喉がかろうじて可聴音をだす。

「本城さんこそ」元理事長が答える。「火炎瓶投げたのあなたでしょ。怖くなかった?」

「いえ、悪者をやっつけてスッとしました!」

 ジュンは彼女の笑顔が、心配させたくない一心の虚勢とわかっている。多少は修羅場をくぐった自分でさえ震えがとまらない。フランの頬に涙のあとがのこる。不憫でたまらず、おもわずそこへキスした。無言で見つめあったふたりは、嗚咽をもらし抱きあう。

「なんか盛り上がってるけど」仲間はづれのトモコが口をとがらす。「女の子同士でそれってどうなのかしら」

「あんたが言うな」グシャグシャの顔でジュンは反論した。



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