小説9 「リリホワ騒動」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 台所の物音とコーヒーの香りで、暁ジョージは目をさました。土曜の夜は、剣士仲間である羽生アリアの部屋によく泊まる。

「手伝おうか」おきて声をかけた。

「男子厨房にはいらずだ」背をむけたままアリアが答える。「読書以外のわたしの唯一の趣味が料理なんだから、邪魔しないでくれ。君は食べる専門でいい」

 食卓にテキパキと焼き魚や味噌汁がならぶ。地毛がブロンドのくせ和食党なのがおかしい。こんな円満な時間を、いづれ週末といわず毎日すごせるだろうか。

 固定電話が鳴った。意外な相手らしくアリアの隻眼が見開かれ、内容の深刻さに眼差しは段々けわしくなる。

「緊急事態だ」受話器をおいたアリアがコーヒーをがぶ飲み。「いま車をだす。リリホワの寮へゆくぞ。君の妹が拉致されるらしい」

「なんだって!? 本当ならしかるべき警察機関に……」

「敵は政府内部にいて、しかも法的手続を無視している。動員されたのは武装SSだ……しかめ面するな、あそこにもマトモな軍人はいる。くわしくは車で話そう」

 ジョージは武装親衛隊を蛇蝎のごとく嫌う。剣士は国防軍と密接な交流があり、ゴロツキどもが膨張するのを歓迎しない。

 アリアの前の恋人がSS将校なのは聞いている。そいつが密告したらしいが、気分は複雑。

 見透かした様にアリアが笑う。「御飯粒がついてるぞ。色男が台無しだ」

 そっと頬にお出かけのキスをされた。




 女子寮の三階にいる暁ジュンは、警鐘をならす兄の電話で、裏門から逃げて合流しろと指示された。

 窓から正門付近をみおろすと、黒服の五人がみえる。約十五名が派遣されたと聞くから、すでに裏門は固められ、この部屋にも追手がせまってるだろう。

 抵抗は無意味におもえた。手元に武器はないし、あっても軍隊とやりあう気はない。勝目のないケンカはしない主義だ。

 隣室から突然、はげしい騒音と女子寮生の叫びがひびく。窓ガラスをやぶり敵が侵入したのか? ノブに手をかけたところドアが手前にひらき、闖入者に突き飛ばされた。SSの制服でなく、ガラスの破片まみれの革ジャケットを着ている。ジュンは知る由ないが、CIA工作員のナオヤだ。

 細身の男はナイフをするどく繰り出す。咄嗟につかんだ木製のハンガーでうける。隙間にとおした腕を折ろうと捩じ上げた。打ち、受け、極める。武田鉄矢もびっくりのハンガー格闘術だ。

 うめいてナイフを落とした優男が組みついてくる。長身の男との立ち合いは、兄との稽古で慣れている。相手の倍の突きで制圧、右手で頸動脈を絞める。白目むいて崩れた敵にまたがった。

 ふと、この美男子に見覚えあるのに気づく。たしか俳優かモデルだ。ヤバい、間近でみると超イケメン。一目惚れしたジュンは戦意をうしなう。脱力した瞬間に投げられ、ベッドの角に側頭部をうち失神。

 ミーハーはときに命取りとなる。




 ジョージは建物の陰から、寮の裏門をのぞく。SS二名が内側を見張っている。内閣府・侍所を通じ、剣士の応援を要請したが音沙汰なし。よからぬ事態だ。

 背後のパートナーにゆう。「本当にやるのか?」

「失望したぞ」嘆息するアリア。「家族の生命より兵力差を重視する男を、わたしは恋人にしたくない」

「俺はお前を心配してるんだ!」

「なるほど」アリアが紅潮する。「わたしも生物学上は女だから、心配される資格があるのか。だがそんなセリフは、剣技で優ってからゆうべきだ」

 ふたりの若侍は早足でちかより、SSが振り向く前に抜刀。アリアが横に薙ぎ払ったとき、ジョージは三度斬っていた。

 アリアが口笛をふく。「おみごと。雪風流の居合はすさまじいな」

 ジョージは死体から目を離せない。はじめての殺しだった。血がブクブクと泡をたてる。この兵士は、死が迫っていることさえ知らないまま逝った。

「正気にもどれ」アリアが背中を叩く。「殺人なんて大したことじゃない。せいぜい亡霊に日夜悩まされる程度さ」

 自嘲するアリアは十五歳のとき、父の仇である汚職警官を三人斬った。あっぱれな孝女と評判になり、特例として剣士資格をえた。そのとき左目を負傷したらしいが、くわしくはジョージもしらない。

 三階の騒ぎを聞きつけたふたりは、寮棟へむかい駆ける。




 後ろ手に結束バンドで親指を締められたジュンを、CIA工作員ふたりが連行する。

 ジョン・ピーチが、日米共同の拉致作戦を指揮していた。ジェームズ・ボンド気取りの突貫小僧をつかうのは、美男子にすぐ心をゆるす日本女性の弱点をつくため。

 手首に噛みついてきた少女の後頭部を殴る。肥満体型の退役軍人の腕力はつよい。またジュンはぐったりした。

 ピーチの胸が早鐘をうつ。ついにこの女を手にいれた。最寄りのセーフハウスに拷問道具を準備ずみ。シャドウガールに引き渡すまえにたっぷり可愛がってやれる。

「ヘイ、マザーファッカーズ!」

 挑発に反応したナオヤの頬骨に矢尻が刺さった。激痛にのたうち、ジュンと一緒にころがる。

 蒼龍学園理事長・斯波トモコが長弓をかまえ、うつくしい残身をみせる。きょうもパンツルックだが、足元はスリッパ。

「わたしが手塩にかけ育てた百合の園を、土足で荒らしやがって……絶対ゆるさない」

 ピーチに体当たりしようとするジュンを「うごかないで!」と制止。カランカランとかわいた音をたて、背負った矢筒から二の矢をとりだす。

 太っちょスパイが長銃身のリボルバーで反撃。コルト社のシングルアクション・アーミー、通称「ピースメイカー」だ。左手で撃鉄をおこしつつ六発ばらまく。トモコはかまわず悠然と弦をひいている。

 あわてて再装填するピーチの厚い胸板を竹の矢がつらぬく。打撃で尻餅ついたところに三の矢。拳銃をとりおとし巨象は斃れた。

「一射絶命。下手な鉄砲は、数撃とうが当たりゃしないわ」

 トモコの泣きぼくろのある左目があやしく光る。彼女が帯刀してるのにジュンは気づいた。

「うそ、理事長も剣士だったの!?」

「刀なんて」トモコは鼻で笑う。「女子力低いものブラ下げてたらモテないでしょ。さて、おびえる子猫ちゃんを慰めにゆかないと。あなたもさっさと逃げたら」

 プラスチックの拘束具を切ってもらったジュンは、大小を借りて正門をぬけた。兄に電話するが応答はない。




 ジョージとアリアは武装親衛隊に包囲されている。距離がはなれ、たがいの掩護も不可能。パートナーの無事をねがうのみ。

 玄関でたたかうアリアは下駄箱を遮蔽物にし、縦横無尽の機動ですでに三人斬り伏せた。

 付近にいるもう一人の位置を知ろうと、聞き耳たてる。壁から毛髪が生えているのにギョッとした。貼りついただれかの頭皮だ。

 黒服が上段にかまえ、下駄箱の裏から飛び出す。アリアは初太刀を受け流し応戦するが、鍔迫り合いに。金的への蹴りも防がれる。互角の遣い手で、疲労の分こちらが不利。

 後ずさるとき、やわらかいものを踏んでよろけた。自分が斬り落とした腕だ。完全にバランスをうしないゴミ箱にぶつかって倒れる。ペットボトルや缶が散乱。

 剣を手放したのが痛恨事だった。アリアは脇差をもたない。大刀を蹴飛ばしたSS隊員が切先を突きつける。

「さすがは剣士殿」見下ろしながら黒服がゆう。「女だてらによく粘る。しかしなぜ暁をかばう? 国辱ものの叛逆者だろう」

「ふん、SSお得意のタワゴトか」

 敵が血相かえた瞬間に女剣士は肉薄、つぶれたアルミ缶で喉を掻き切る。空気と血液を撒き散らし絶命。

「これだから男はこまる」アリアがつぶやく。「戦場で正邪を論じてどうする? 勝てば官軍、ただそれだけだ」

 ジョージの低い掛け声がきこえる。苦戦してるはずの恋人の助太刀にむかった。




 ガチャガチャと大小拵の音をたて、ジュンは高田馬場駅へ疾駆する。フェンスをこえ、退学になった中等部の校舎裏をとおりショートカット。はげしいビル風に目をほそめる。

 けだるく壁に背をもたせる、黒衣の姫君がいた。逃走ルートを慎重にえらぶべきだった。元海軍元帥の読みは深い。

「妹ってステキよね」シャドウガールがゆう。「責任なくて自由で、いざとなれば守ってもらえる。子はいつか親になるけど、妹はずっと妹のまま」

「やっぱあんたが黒幕か」

「暁ジュンに勝つには一個師団が必要なのかしら。坂本龍馬と中岡慎太郎を暗殺させたときでさえ、見廻組七人で十分だったのに」

「それって秘密じゃないの?」

「勿論オフレコよ」シャドウがほほえむ。「でも死人は秘密を漏らさない。そう、あなたは神を怒らせた」

 黒塗りの鎖がじゃらりと垂れる。両端に鎌と分銅がつく。ジュンは「鎖鎌」を祖父に指導されたことがある。実用性のひくい武器だが、遣い手によるだろう。

 鎖が風を切ってうなる。カフェテリアでみせた抜刀術を封じる意図がある様だ。

 雪風流【脱兎】。

 ジュンは臍の前に重心をおく。重力にひきずられ突進。後ろに振った刀をもちあげ、八相の位置にきたとき最高速に達する。瞬きより迅く五メートルを詰め、すべてを運動エネルギーに変換。

 影すら斬れなかった。

 視野に敵はいない。一か八かでうなじを守ると衝撃があった。

「なんとゆう天稟!」シャドウが背後で声をはづませる。「本当に殺すのが惜しいわ」

「さっき斬りたそうに首を見てたろ」

 敵の力をいかしコマの様に回転し薙ぎ払う。またもシャドウは雲散霧消。

 いくつかのトリックを想定できる。ワイヤーなどの物理的手段、エフェドリンなどの薬物、光学迷彩やサイボーク化などの機械的手段、そしてこれらの組み合わせ。

 両刃の鎌、分銅、鎖による締めが、変幻自在の間合いで襲いかかる。致命傷をおうのは時間の問題だった。

 雪風流【處女】。

 ジュンは脇差を抜き、中段で構える。雪風流の「二刀」は防禦戦術だった。受けに徹しながら、ときに牽制をまじえ、カウンターの機をうかがう。

 鎌を受けた拍子に大刀で打ち返すが、鎖でからめとられた。剣を捨て、親指と人差指で眼球をえぐる。シャドウは「あっ」と悲鳴をあげ飛びずさり、手で顔を覆った。

「あなたって」シャドウが充血した目をひらく。「意外と胸があるのね。それだけ顔も体もキレイなら、女の武器を有効につかって幸せになれたろうに」

 『ペルソナ4』のTシャツがやぶれ、下着が露出していた。クレーンゲームで入手したお気にいりなのに。敵の視力は奪えなかったらしい。

「むかし母親に」ジュンがやりかえす。「胸を切除手術したいって相談したら叩かれたっけ。あんたは必要そうだから、くれてやるよ」

「失礼ね。デコルテがうつくしければ、おっぱいの大きさなんて関係ないわ」

 体型を競いあってる場合じゃないが、たしかに黒衣の姫君の胸元には見惚れる。いつもの銀のネックレスをしてないのにジュンは気づく。余裕がでてきた證拠だ。

 シャドウガールの戦法は、心理的に相手を翻弄する目くらましにすぎない。物理的な破壊を主眼とする格闘術と別物で、最終的に後者が強いとジュンは確信した。




 そこへ息せき切り、血刀もったジョージとアリアが馳せ参じる。

「うわっ」ジュンはおどろく。「アニキ、大丈夫なのかよ!?」

 頭に包帯をまくジョージの右半身は、スニーカーまで血まみれ。

「ころんでケガしただけだ」アリアがにやつく。「ロクに反撃せず逃げ回ってたからな。おかげでSSを引きつけてくれたが……って、まさかこの方は!?」

 隻眼の女剣士は、皇族が武装して死闘の場にいる、想像を絶する情況を理解した。反射的に刀をおさめ、膝をつき叩頭。

 ジョージは迷った。命にかえてもジュンは守る。だがもし神の眷属を殺せば、自分や妹をどんな未来がまつのか。

「ジョージ、納刀しろッ!」恋人が地面にむかい絶叫。「殿下に刃をむけてどうする!?」

 突風がやんだ。

「負けたわ」シャドウが天をあおぐ。「わたしが軍事作戦で失敗したのって、いつ以来かしら。記憶をたどれないくらい大昔よ」

 最後に負けたのが壬申の乱だから、千三百年以上前だった。

 シャドウとジョージは武器をおさめたが、一刀にもどしたジュンだけ八相で構える。この黒いドレスの女を斬れと、全細胞が告げている。かならず後悔するぞと。

 ジョージが妹とシャドウの間を、百八十六センチの長身でふさいだ。なにかを直感しているのはわかるが、妹に「神殺し」の罪まで着せられない。




 こうして「リリホワ騒動」はおわった。

 武装親衛隊の死者六名。ほかもほとんどが重傷。秘密作戦だったが、損害がおおきすぎ機密保持は不可能となった。国民は政府の無法ぶりの一端をしった。

 暁兄妹は、おそるべき剣客としてその名を轟かせる。多分に虚名をふくんでいたが。



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苑田 健

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