ジュリエット・ビノシュの町 ― 『PARIS』

ビノシュ

PARIS

出演者:ジュリエット・ビノシュ ロマン・デュリス ファブリス・ルキーニ
監督:セドリック・クラピッシュ
制作:二〇〇八年 フランス
[ル・シネマで鑑賞]



ひとをまえにたたせカメラをまわせば、それだけで映画になるわけで、
要するに劇映画など、どれもにたりよったりだといえる。
それでもあえて一本境界線をひくなら、
「ジュリエット・ビノシュがでている映画」と「でていない映画」、
という分類をのこすのが有益だ。
ジュリエット・ビノシュ、四十四歳。
共演者や裏方の思惑などすこしも意に介さず、
作品を強引にみづからの色にそめる魔力は健在だった。
特殊すぎる。

横顔

おちくぼんだ眼窩にちいさな目がひそみ、感情を容易にさとらせない。
女優なのに。
どこか不恰好な鼻梁と、発達しすぎた頬骨は、
典型的な美女の条件からはずれる。
声がうつくしいわけではなく、愛嬌もない。
それどこころかいつも不機嫌で、
神経は他人への警戒心で二十四時間緊張したまま。
それがビノシュというおんななのだが、
ごくまれに仏頂面にほほえみがうかんで、
さしてととのってもいない顔を、ぐしゃりとくずす。
それをみるだけで、
道ばたでダイヤモンドの指輪をひろったような困惑が。
まれなる笑顔をまたみたいとねがう共演者をふりまわし、
ビノシュを中心にものがたりがまわる。



本作のビノシュは、女手ひとつで三人の子をそだてる社会福祉士。
実生活では二児の母のはずだが、
映画での育児すがたはまるで板につかず、
ペットにあたえるほどの愛情すら感じない。
こわいおかあさんというのではなく、そもそも子どもへの関心が皆無。
職場では浮浪者などの相談にのるが、
もちろんかの女に甲斐甲斐しい世話ができるはずもなく、
訪問者は、無愛想な福祉士の顔色をうががいつつビクビク。
そもそも『ポンヌフの恋人』では、
自分が橋のうえで路上生活をしていたのだから、
もっともらしい福祉活動など無理なはなしだ。
この群像劇のなかで主軸となるのは、
ビノシュとロマン・デュリスが演じる弟の関係。
弟は、おもい心臓病をわずらい手術が必要なことを告白するが、
姉ジュリエットは、なぜかくしていたのかと激怒。
死の不安におびえる弟をさらにきずつけ、涙させる。
高慢というか、残酷ですらあるが、でもそれがパリっ子なのだろう。
ケチな不平不満ばかりをこころにかかえ、
いつでも自分の権利を主張し、他人は二のつぎ。
それでもなぜか伝統的に、人生を最大限にたのしむ秘訣をしっている。
ビノシュの神経質なたたずまいは、
この町でいきることがなんであるかを象徴する。



メラニー

メラニー・ロラン。
一九八三年うまれで、ビノシュとは二十年のちがい。
目のさめるような器量よしで、手足はすらりとながく、
わかさをかわいい鼻にかけて自信満々、おしゃれで華がある。
あこがれのパリジェンヌ。
フランスでも評判の女優だとか。

カフェ

カップのなかをかきまぜながら。
美人なのだけれど、カフェでよむ本をうしろからのぞいたら、
むつかしげな哲学書、みたいな雰囲気。
なぜかわがくにでは、この手のむすめにお目にかかることはなく、
はづかしいほどパリ的な絵にみえる。
彼氏がいるのに大学教授とねて、そのあと中年おとこをいたづらに翻弄。
しかし、ビノシュはロラン嬢と一度だけ顔をあわせるが、
歯牙にもかけないし、「小便くさい小娘だわ!」という態度がありありで、
おかしいけれど、やきもきする。
ビノシュの鼻息だけでふきとばされそうな存在感。
相手がわるかった。



おもうに、都市の基点にあるべきなのは、うつくしいおんなだ。
おとこだけでなく同性だって、
あんな風に綺麗なひとになりたいとおもい、その町につどう。
だからパリがパリであるためには、パリらしい女優が必要だし、
いつかは世代がかわらなければならない。
オレはフランス映画の熱心な観客ではないからわからないが、
セーヌ河岸の町の未来に、不安がきざす作品ではある。

― あなたがパリで一番好きな場所はどこですか?

セーヌ川のほとりね…一番好きだと思うわ。
昼も夜も、セーヌ川のほとりを歩いているわ。
光、川の流れ、橋、流れ行く水、溢れ出るアイデア…。
それからポンヌフもあるしね!
橋と私の人生はとても強く結びついているの。
ポン・デ・ザールはデートを彷彿させるし、
マリー橋は私の精神科医みたいなものよ!


ジュリエット・ビノシュへのインタビュー
『PARIS(パリ)』公式ブログ


パリとはすなわちわたしのこと、とでもいわんばかりの自負。
ポンヌフのうえでビノシュとすれちがったら、
通行人も仰天して川におちそうだ。
フランスのわかい女優にとっては気の毒だが、
代がわりにはまだ時間がかかるだろう。


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