『宮﨑駿の妄想ノート 泥まみれの虎』

 

 

宮﨑駿の妄想ノート  泥まみれの虎

 

作者:宮﨑駿

発行:大日本絵画 2002年

 

 

 

1944年3月。

ぬかるんだ泥炭地の「エストニア・ナルヴァ戦線」において、

わづか2輌のティーガー重戦車でソ連軍をくいとめた、

21歳のオットー・カリウス少尉の活躍をえがく。

 

 

 

 

宮崎は本作の執筆に、ネームも下書きも用意しない。

鉛筆でいきなり主線をひき、そのまま着彩。

仕上がったらつぎのコマへ。

つまり小学生の描き方であり、技法の洗練された現代漫画とまるで別物。

描き手の想像力と画力が異常だから、どうにか成立している。

 

 

 

 

圧巻なのは、赤軍の攻勢をうけたときカリウスの目にうつるパノラマ。

トボトボあゆむ大隊規模の歩兵、踏切をこえたT-34が6輌、土手に対戦車砲5門。

土手のむこうに戦車の砲塔が5つみえる。

こちらに歩兵はおらず、中隊との連絡もとだえている。

街道をおさえられたら包囲されておわり。

 

すべての情報を総合し3秒で判断くだしたカリウス少尉以上に、

戦場の複雑な情勢をまざまざ表現する、作者の構成力に舌をまく。

 

 

『宮﨑駿の雑想ノート』

 

 

宮崎はカリウスの自叙伝にハマり、わざわざエストニアへ出かけた。

戦車内部からの視界の悪さを知ろうと、愛車のフロントガラスに霜がおりたとき、

あえて覗き穴の部分しか溶かさず運転したこともある。

 

 

 

 

戦車兵たちは「豚」としてえがく。

現地で女兵士の墓や、当時をしる老女の涙をみてしまっては、

おいそれと得意の美少女ヒロインにたよれない。

かといってリアルすぎては漫画にならない。

豚がちょうどいい。

 

 

 

 

エストニアへゆく前の1994年に発表した『ハンスの帰還』では、

戦車とナウシカ的ヒロインの融合をこころみている。

 

 

 

 

宮﨑駿えがく少女の魅力は抵抗しがたい。

その可憐さ、無邪気さ、凛々しさ、気高さ……。

カラーの静止画だといっそう鮮烈だ。

くらべたらわるいが『ガールズ&パンツァー』をたやすく撃破。

 

 

 

 

しかし「戦車道は女子の嗜みにふさわしくない」とゆう結論に達したらしい。

なにせ戦車は不潔。

悪臭ただようヒロインをだれが見たいのか。

戦闘機や軍艦とちがい、地べたを這いずりまわる薄汚いケダモノだ。

(2014年の映画『フューリー』はブラッド・ピットをキレイキレイに描いて嘘くさい)

 

 

 

 

ではなぜ宮崎は「ナルヴァの戦い」をえがいたか。

ひとつは色彩。

エストニア国旗にあしらわれる北欧の空にひかれたのだろう。

 

 

 

 

ロシア兵のたてる物音がきこえるなか、凍てつく車内で2時間ほど眠る。

月光をあび廃墟にうかぶティーガーの悄然たる姿。

戦争が悪だとしても、これが詩的な情景なのは否定できない。

 

 

 

 

夜明けをまたず両軍は衝突、たがいに膨大な死傷者をだす。

ヤブ蚊のウヨウヨする泥炭地をめぐって。

うつくしい空が血の色に染まる。

 

飛行機オタクの作者が戦車へちかづいたのは、1991年の湾岸戦争がきっかけ。

ふたたび狂気におちいった世界を邀撃しようとした。

ただ本人の資質や興行面のなりゆきで、アニメで戦車はとりあげられず、

2013年のヒコーキ映画『風立ちぬ』をもち引退した。

とはいえ時代に抗する陽動作戦として、本作は長篇アニメにならぶ価値をもつ。

 

だって世界は狂ったままだから。




泥まみれの虎―宮崎駿の妄想ノート泥まみれの虎―宮崎駿の妄想ノート
(2002/07/15)
宮崎駿

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