小説7 「お台場AKB事件」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 午前十一時五分すぎ、秋葉原中央通り。CIA工作員ジョン・ピーチは、メイド喫茶「あめーじんぐあめじすと」で焦れていた。協力者との接触は時間厳守が鉄則で、いますぐ離脱すべきだった。たとえ相手が大物でも。

 メイドが給仕にきた。「お待たせしましたご主人さま、らぶりーオムライスです! いまから愛情たっぷりの魔法をかけさせていただきますね」

 滝の様にそそがれるケチャップ。判別しがたいがドクロの絵か。鉄面皮のメイドは両手でハートマークをつくり呪文をとなえる。

「らぶらぶきゅんきゅん、おいしくなあれ……ふう、こんなとこかな」

 黒服の女は向かいの席にドスンと腰をおろす。待ち人のシャドウガールだ。

「商売替えですか」度肝をぬかれたのを顔にださずピーチがきく。

「あなたの店選びがわるい」シャドウの灰色の瞳が責める。「監視カメラをさけて裏から入るしかなかった。いまどきの『萌え』の勉強になったけど。おしえてあげようか。あなた元陸軍よね。グリーンベレー? デルタ?」

「ISA、情報支援活動隊です」

「じゃあ」元海軍元帥がゆう。「いろんな戦場を知ってるわね。兵士が死ぬとき何を口走るかも」

「ええ、みな母親をよびます。それぞれの国の言葉で」

「古今東西、男は母の幻影をもとめて生き、そして死ぬのよ」

 シャドウガールは縁飾りつきのエプロンをぬいだ。大胆にあいた胸元から、くすんだ色の肌がみえる。決して豊満ではないが、かすかな香りにそそられる。二千七百年も男の愛撫をうけつづけると魔性の肌になるのか。

「そんな目でみても」シャドウがゆう。「あなたとは寝ないわよ。小物すぎるし、趣味じゃないし。あとそうそう、『新作』を確認したわ」

 肥満体のピーチは侮辱にかまわず、ディスクいりの透明ケースをうけとる。蔑まれるのが嫌でスパイはつとまらない。

「エリって子のチャプターは削除なさい」シャドウがつづける。「信用できるお得意さまでも、まだ流していい情報じゃないでしょう」

 ピーチの非合法ポルノの日本における顧客は、シャドウが紹介した政官財の要人たち。先日「処置」した中学生は、却下されるとわかって入れた。殿下が映像をみたがり、保存したがるだろうから。偽善者とは阿吽の呼吸で接する。秘密をにぎっていれば、いづれ屈服させることもできる。




 スパイと皇族はほかの客のざわめきに反応し、窓の外の大型ビジョンをながめた。

 暁ジュンがユーチューブに投稿した動画をながすニュースだ。リリホワのセーラー服を着て、エリの死に関する報道は捏造と主張、ウェブカメラにむかい中指つきたてる。

 彼女は雲隠れをやめ、自分が「じゅんじゅん」と名のるネトウヨだったと公表。みづから顔をさらし異議を申したてた。マスコミが恐るべき殺人者だと合唱しても、大衆の好奇心は臨界点に達しており、クリックを我慢できない。

「天下のCIAが」シャドウが肩をすくめる。「十五歳の娘ひとりに手こずるとはね」

 老練なスパイも劣勢をみとめた。暁ジュンの情報操作能力は底がしれない。ネット上で彼女を弾劾していたグループが、いきなり礼讃者に豹変したのも不可解。買収にちがいないが、電子的手段でどれだけ精密に追跡してもジュンは素寒貧だった。

 ワシントンでは、中国政府の関与を疑うものもあらわれた。早急に鎮静化しないとピーチの地位にかかわる。

「殿下」工作員が提案する。「暁を『処置』する許可をいただけませんか」

「言葉に気をつけなさい。わたしは許可も禁止もしない。あなたは友人として、自発的に行動しているだけ。そもそも日本人は和を尊ぶ民族なの。あなたがたと違って」

 冗談きついぜ、とピーチは内心で毒づく。

 シャドウは世界中の軍や諜報機関で崇拝され、畏怖されている。日本海海戦や真珠湾攻撃で非公式ながら聯合艦隊旗艦に同乗、実質的に指揮したのは公然の秘密。姉ゴッドガールの不興をかい解任されなければ、ミッドウェーで日本は負けなかったと言われる。

 この神の眷属、黒衣の姫君をおとなしくさせることが、いまなおアメリカの国防における最優先事項のひとつ。

「わたしはなにもできないけど」シャドウは微笑らしきものをうかべる。「安倍首相はじめ現閣僚は有能だから安心なさい。政情不安を慰撫するキャンペーンがきょうからはじまるって噂がながれてるわ。あなたも歩調をあわすといい。ほら、冷めないうちにオムライスたべたら」

 ピーチの目は大写しのジュンに釘づけ。フクロウを髣髴させる巨大な瞳。勝気そうな女だ。裸にして吊るし、絞め、刺し、炙れば、こちらの昂奮はいかほどか。

 スプーンをくわえると、ケチャップにまぜられた大量のタバスコにむせかえった。

 すでにシャドウガールは跡形もない。店内に皇族がいたと、だれにも気づかれないまま。




 暁ジュンは違法アップロードされた『徹子の部屋』をみた。元AKB48の前田敦子が、自身の主演映画の宣伝をするなか唐突に、女子中学生の不品行がめだつ風潮に苦言を呈する。曰く、十五歳は奔放な生活がゆるされる年齢じゃない。AKBをみならえ。可愛いのだからオーディションを受けたらいい。歓迎すると。

 ジュンの頭脳に閃光がはしる。怒りより先に。アゴに特徴あるこの女は、背後にいる人間の手駒にすぎない。だれが駒で、だれが指し手か見極めろ。

 しかけたのは「国民啓蒙・宣伝大臣」をつとめる秋元康。暁ジュンが取り沙汰される理由は三つあげられる。神出鬼没の言動、若さとルックス、重税に対する大衆の不満。「雨粒理論」によれば、これらの核を除けば雨はやむ。特に二番めは秋元のお家藝で、ジュンにまさる美少女を大量動員できる。赤子の手をひねる様な勝負だった。

 ジュンは相手のプレイヤー名がわからない。秋元もただの駒のはず。安倍晋三首相の関与の程度や、シャドウガールの内閣への影響力など、くわしく知る術がない。別にいい。敵の顔がみえなくともゲームはゲームだ。即座にMacBook Proのカメラを起動、ユーチューブの「じゅんじゅんチャンネル」で吠えた。




 ゆりかもめの駅のトイレで、ジュンは鏡像と睨みあう。笑顔をつくろうにも、錘をさげた様に口元がうごかない。台場公園の群衆をみたからだ。三千人はいたろうか。

 傷だらけの手首の「内関」のツボをおす。気休めにもならない。最近はリストカット癖がおさまっていた。死ぬか生きるかの毎日で、自殺ごっこどころじゃない。

「じゅんじゅん、そろそろ出番だ」

 眼鏡をかけた二十代の男がドアをひらく。名を「大井」と言い、前からオフ会を仕切ってもらっている。職業はしらないがサラリーマン風だ。

「女子トイレのぞくなよ……いまいく」

 改札口で生徒会長の本城フランをみつけた。ちいさな体を、紫のストライプのワンピースにつつんでいる。コタカを呼びたかったが、これ以上巻きこむのは気がとがめ遠慮したので、味方がいてうれしい。

「大変な事態ですけど」フランが歯を鳴らす。「陰ながら応援しますから……」

 立ちくらみしたフランが膝をつき、ジュンに抱きすくめられた。スピーチ慣れしてる会長でさえ足腰たたない。

「来てくれるなんて思わなかった」ジュンがささやく。「フランちゃんは、あたしを本当に心配してくれるんだね」

 尻もちついたままフランが笑う。「親友なんだから当然です!」

 介抱を大井にまかせ、ジュンは下りのエスカレーターを駆けた。矢でも鉄砲でも持ってきやがれ。ここでビビったら女がすたる。




 第三台場史蹟公園にLEDビジョンつきのステージが設営されていた。やりすぎだ。大井のやつ、イベント会社にでも勤めてるのか。

 壇上で前座の男とハグし、マイクをうけとった。潮風がジュンのなめらかな頬をなぜる。ハウリング音が東京湾にひろがる。砲台跡は、黒船を迎撃しようと太平洋をむく。

 三千の視線に射られるが、気分はわるくない。衣装をみた聴衆から笑い声があがった。ドン・キホーテで買ったAKBコスだ。

 友達に話しかける様にはじめる。「みんな徹子の部屋みた?」

 LEDビジョンに件の映像がながれている。肯定的な反応がかえった。

「あたしさ」いつもの低めの声でつづける。「アイドルって嫌い。恋愛禁止ルールとかインチキでしょ。あいつらヤりまくってるくせに。あたしマスゴミにビッチって言われるけど、嘘つく女の方がよほどビッチじゃない!?」

 画面が前田敦子の映画にかわる。ハリウッドで実写映画化された『けいおん!』だ。前田は「クールジャパン担当大臣」として無任所大臣に任命されており、本作の制作費の大半が政府予算から提供された。

 ベッドシーンがうつる。前田扮する「平沢唯」はアメリカの高校へ留学し、そこで「放課後ティータイム」とゆうバンドを結成。ところが脚本家は原作を大幅に改変、メンバーのうち三名が男に。男は白人と黒人と中国人。もうひとりの女はヒスパニック。五人がくっついたり離れたりの、ドロドロの関係を描く。

「一体どこが『クール』なんだよ? あとやっぱ許せないのはこれ」

 AKB48百五十作目のシングル曲『タックスガール』のPVがながれる。徴税吏員を名のる女が、税の意義や仕組みを四分間にわたり指南。ビートルズ『タックスマン』を換骨奪胎するユーモアで、三十パーセントの消費税率への反発をやわらげようとした。

「みんなそろそろ気づこうぜ」LEDビジョンを指さしジュンはゆう。「二次元でも三次元でも、可愛い女の背後には権力もったオッサンがいる。こいつらは操り人形で、言われたとおり嘘をつく。あたしはちがう。だれの言いなりにもならない。それだけは信じて」

 ジュンは喫煙する男からライターを借り、衣装をぬいで着火した。赤のキャミソールと黒の見せパンだけの姿で、燃えさかるAKBコスを人の波へ投げこむ。奪い合いとなり、火傷を負うものも。

「あたしは好きな人のことを好きなだけ。自分の気持ちに正直なだけ。好きな人を裏切ったことは一度もない」

 多分、とマイクに拾われない小声でつけくわえた。おもいきり息をすう。砲台とおなじ方向へ、「ファックユー」のジェスチャー。

「人を好きになるのが間違いと社会がゆうなら、社会の方が間違ってる! なにがAKBをみならえだ。オマエらがあたしをみならえ!」




 猛り狂う三千人がフジテレビ本社屋を襲う。ちょうどイベントの「お台場共栄圏」がひらかれていた。

 まづAKB48のブースが破壊され、グッズが海へ投棄される。タックスガールは海底へ徴税にむかった。歳入の足しになったかどうかはわからない。

 子供が踏みしだかれ、女が吹き飛ぶ。五名が救急車で搬送され、三十一名が逮捕された。



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