小説6 「情報戦」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 暁ジュンの同級生であるエリは、円山町のラブホテルのベッドで大の字になった。

 先週しりあった恋人は、ハーフの慶大生でモデル活動もしており、掲載されたファッション誌もみせてもらった。映画を鑑賞、パスタをたべ、服を買い、たっぷり時間をかけエッチした。それでいて交通費以外一円もつかってない。完璧な日曜日だった。

 忌々しい暁ジュンと明暗わかれたのが痛快でしかたない。あのビッチは日本中、いや世界中で、かずかずの罪を実名で糾弾されている。自分も複数の記者にガセネタまじりで情報を提供、百万円ちかく稼いだ。アカネが死んだのは残念だが、最近友人になったばかりだし、収支計算は圧倒的に黒字。

 ふと、天井に使途不明なフックがあるのに気づく。いまシャワーをおえたナオヤに聞くとしよう。

 恋人は白人の中年男と一緒だった。肥満体型、くせのある金髪、水色の瞳はまったく見覚えない。

 エリは跳ね起きシーツをまとう。「きゃあ! だ、だれ!?」

「おどろかせてスミマセン」男は腰がひくい。「ワタクシはこうゆうモノです。どうかヨロシクおねがいします」

 名刺に「CIA日本支局 工作員 ジョン・ピーチ」とある。わけわかんない。

「ナオヤ、どうなってるの!?」エリがさけぶ。

「あきれたな」恋人は両手をひろげる。「CIAも知らないのかい? アメリカの諜報機関だよ。さっきの映画でビン・ラディンを追いつめた女が、われわれの分析官さ」

 われわれ。なにそれ。よろけたエリはベッドにへたりこむ。

 ピーチと名のる男は椅子をはこび、おもい体をのせエリとむきあった。銀縁の眼鏡をいじる。

「ワレワレは暁ジュンの情報をあつめています。プロパガンダのほとんどが嘘とはいえ、核心部分に真実が必要ですから。これをワタシは『雨粒理論』とよびます」

 雨粒が形成されるとき、大気中の埃が核となる。つまり降雨とは、水でなく無数の埃がおちる現象だ。情報戦と似ている。

 CIAはシャドウガールの依頼をうけ、ジュンの人物破壊工作をおこなっていた。焦点は、彼女が真木アカネの自殺にどんな責任があるか。因果関係があやしいエリの主張を検證せねばならない。

 ナオヤは鼻歌まじりで、三脚をたてビデオカメラを設置。バッグから長い麻縄をとりだし、天井のフックにかけた。茫然自失する恋人には目もくれない。

 ピーチがたづねる。「ナオヤ、例の映画ではどんな拷問をするんだっけ?」

「水責めっす。あれが一番合理的じゃないすか。対尋問訓練でやられたけど、死ぬほどキツかったっす」

 上司は若僧を鼻でわらった。こいつは映画と現実の区別がついてない。屈辱や絶望をあたえる本気の責めを、だれが訓練に採用するか。拷問は藝術であり、教科書ではまなべない。アーティストの創造性がすべてだ。

「オジョウサン、もっとも世界に影響力ある日本文化はなにか知ってますか?」返答をまたずピーチはつづける。「AV、アダルトビデオです。特にSMがすばらしい。ワタシはポルノの国にあこがれて日本語を猛勉強し、こうしてスパイになりました。きょうは吊るしの『駿河問い』をお見せしましょう」

 撮影した動画は自分で編集し、工作員が共有する情報網を通じ売りさばく。薄給のCIAが優秀な人材を確保できるのは、サイドビジネスで採算とれるから。国家に奉仕し、懐もうるおう。まさに天職だ。

「お、おねがい」エリは舌がまわらない。「知ってること、なんでもしゃべります。だから何もしないで……」

 ピーチ監督が一喝。「ストップ、まだカメラがまわってない!」

「……アカネは退学がきまってたんです。お父さんの会社が倒産したせいで。それであのコずっと自殺したがってて。暁はその言い訳につかわれたみたい」

 工作員ふたりは顔をみあわせた。調査結果と一致する。事実だろう。

「ユー・ファッキン・ビッチ!」ピーチは茹でダコの様に真っ赤。「失礼、アナタはクソッタレの売女です。こうゆうのを日本語でなんとかって……」

「KY」ハーフの部下が補足。

「そう! 日本語は実にすばらしい。なのに日本人がみなクソなのは、なぜなんでしょう。はやく老後の資金をためてカンザスにかえりたいですよ」

 ジョン・ピーチが制作するSMポルノは、ドキュメンタリー的迫真性を特長とする。吊るされる前にペラペラしゃべられたら台無し。これでは、アメリカの安全保障と自己の利益のための投資を回収できない。

 ならプランBだ。

「オジョウサン」ピーチの水色の瞳がにごる。「今度はアナタ自身が『埃』になってください」




 エリの死の報せは、七時のニュースにまにあった。高田馬場駅ちかくの西武新宿線の踏切で轢死体となって発見されたこと、自殺の直前に、同級生の暁ジュンと葦切コタカによる恐喝の被害を訴えるメールをおくっていたことが、大手マスコミ各社により報道された。




 翌日の午後四時すぎ、目白駅の改札口。

 三十二歳の「そどむ」は、夕食までに帰れないから作り置きのカレーを解凍するよう、iPhoneで夫にメールをおくった。「そどむ」とは2ちゃんねるの既婚女性板、通称「鬼女板」とツイッターでのハンドルネーム。贅肉のつきすぎた体を、初顔合わせの目印である花柄のコートにつつんでいる。

 少女が駆け寄ってきた。「そどむさんですよね? 遅くなってごめんなさい」

 中学生である彼女のHNは「スノウ」。したしくはないが、二年前からツイッターで相互フォローの関係だ。暁ジュンの同級生だと最近あきらかにし、「個人情報を曝露したいが迷う」とつぶやいてたので、そどむは「わたしが手伝うよ」と声をかけた。

 ネットで炎上事件がおこるたび、そこにそどむの影がある。少年犯罪者・SNSでハメをはづす若者・失言した藝能人などが彼女のターゲット。有名声優同士が同棲するマンションを特定しツーショット写真まで撮ったとき、その調査力に世間は驚愕した。

 だが猛火にさらされる暁ジュンの正体は、名前以外つかめない。蒼龍学園初等部にかよってたのに、三年前の卒業アルバムにも写真なし。幽霊みたいなガキだ。だが「ゴッドガール性器露出事件」の共犯者・葦切コタカは愚かで、すぐツイッターアカウントがバレて顔写真・住所・電話番号がひろまり、嘘の注文で何度もピザが配達されるなど嫌がらせをうける。そどむは母親がだしたゴミ袋を漁り、コタカが落第生だとつきとめた。

「例の名簿です」

 書類のはいったクリアファイルをわたすスノウ。たかい鼻とおおきな目が猛禽類をおもわせる。好みはわかれそうだが、やけに端正な顔だちの情報提供者だ。

 一覧にジュンの名をみつけ、「鬼女」は鳥肌たてる。またマスコミを出し抜いた。さっそく住所を位置検索。祭りのはじまりだ。




 ジュンの家にいったことがあるスノウが先導し坂をくだる。こっちが近道ですと「おとめ山公園」を横切る。水場のまわりの斜面に鬱蒼と雑木がしげり、秘境めいた趣き。人影はほとんどない。

 そどむは感心する。「都会にこんなジャングルがあるんだね」

「ねえ、そどむさん」スノウがゆう。「暁ジュンって、そんなにわるい人間かな? これじゃイジメみたい」

 よわい木漏れ日にうかぶ表情は物憂げ。まだ迷ってるらしい。背中をおさねば。

「暁こそイジメっ子じゃない」鬼女がこたえる。「二人も死なせるなんて最悪。しかもいろんな男とやりまくって、成績わるくて、空気読めない嫌われ者なんでしょ」

「でもマスコミが間違ってるかもしれないし。暁ってよくリスカしてたんです。あたしのせいで自殺したらやだな」

 そどむはモットーを口にする。「そんなの自己責任だよ」

 カラスが鳴き羽ばたくのが聞こえた。iPhoneの「マップ」をみると、駅前にいたときより目的地から遠ざかっている。

 スノウはカーゴパンツからベルトをはづし、両手にかまえた。いや「スノウ」じゃない、こいつが暁ジュンだ。捨てアカウントでおびきだし罠にはめたんだ。

 とりみだす鬼女はスマホで殴りかかるが難なく躱される。顔の前でベルトが左右におもいきり引っぱられ、バチンとおおきな音がしたあと仰向けに倒れた。




 ジュンは朦朧とするそどむをベンチにすわらせ、両手を背にまわしベルトで手摺ごと縛りあげた。財布をとりあげ免許證をみる。

「長谷部マリコ、よく聞け」ジュンが猛禽の目で見下ろす。「いまから要求をつたえる。オマエは今日から七十五日間、さりげなく毎日二十回あたしとコタカを褒め称えるツイートをしろ。一日でも途切れたら制裁をくわえる」

 HN「そどむ」こと長谷部は、女子中学生の笑止千万な要求を、殊勝に聞くふりした。結婚前は会社で部下五人したがえた自分が、小娘に翻弄されてたまるかとおもう。警察に通報……これまでのプライバシー侵害が露顕する。アカウント削除……こいつに制裁くらう。いますぐ転居……夫にどう説明する?

「自己責任の世の中だからな」ジュンの口角があがる。「逃げたきゃ逃げりゃいい。ただ、あたしの彼氏をコケにした報いはうけてもらう」

 ズボンのサイドポケットから「レザーマン」のマルチツールをとりだす。手摺を俎板とし、肉づきよい右の小指に鋸状の刃をたてる。絶叫し暴れるのをおさえ、体重と摩擦で骨ごと切った。

 血振りしてレザーマンをおさめる。指は接着手術されないよう、切断面を踏みにじってから茂みへ蹴りこみ肥料にした。深呼吸し、活発化した交感神経をなだめる。

 騒ぎを聞きつけ様子をうかがう老夫婦が一組、逃げだす中年男がひとり。すでに通報されたかもしれない。目と鼻の先に駐在所もある。名簿と血まみれのベルトをとりもどし、ジュンはおとめ山を駆けおりた。

 肩ごしに長谷部を一瞥。右手を抱えうずくまり、哀れっぽくうめいている。

 自己責任。それは良心や思いやりを凍結させる魔法の言葉だった。



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