小説5 「リリーホワイト」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 暁ジョージは百八十センチ台後半の長身をひきずり、よたよた蒼龍学園事務局の階段をのぼっていた。差料がいつになく重い。

 父と別居してから妹の保護者的立場となり、呼び出されるのはこれで三度め。前回は、ジュンと交際していた数学教師と国語教師が二股をかけられていたと知り、職員室で殴り合いのケンカをした件。一方的に妹に非があると思えないが平謝りした。

 理事長室の扉があいてたので無人の部屋にはいると、「あら失礼」と声がして、ミニーマウスのマグカップをもつ同世代の女がつづいた。蒼大生だろうか。グレーのパンツルックで、泣きぼくろが印象的。奥の椅子にすわり、客にも席をすすめる。

「えっと」ジョージはとまどう。「理事長先生によばれて来たんですが」

「理事長の斯波トモコです。ことしから父の後をつぎ、学園全体を統括しています。よろしく」

 若さにおどろかれるのは慣れてるらしく、平然とコーヒーをすする。

「あなたも忙しいでしょうから」トモコ理事長は事務的な口調。「本題にはいりましょう。今回の『カフェテリア事件』の処分がきまりました。暁さんは退学。中等部の校長とクラス担任が懲戒免職。わたしをふくめ減俸などもありますが、基本的に以上です」

 これはきびしい、とジョージはおもった。ジュンの退学は覚悟してたが、単純な数的比較で学校側の方がおもい。それだけ本気とゆうことか。だがどう返答すればよいかわからない。妹の将来に不安がつのる。

「先に言っておきますが」理事長がたたみかける。「交渉の余地はありません。われわれは暁さんを随分かばってきましたが、今回は学園存続の危機ですから」

「それは理解できます。でも……」

「デモもストもないわよ!」コーヒーがこぼれかける。「まさに疫病神だわ。あのコとつきあってるヤクザが、こないだ職員室でドスふりまわして暴れたんでしょ。信じらんない。損害賠償請求されないだけありがたいと思いなさい」

 妹の噂に尾鰭がつくのは毎度のことで、ジョージはいちいち否定しない。とりつく島もないので退出しようとする。

「まだ話があるの」理事長が制した。「実は生徒会が退学処分に反対してるのよ。訴訟をおこすとかなんとか。会長の本城さんは良い子だけど、正義感がつよくて……」

「つまり妹に自主退学するよう説得しろと」

「さすがの御明察ね。これ以上揉めてたらマスコミの餌食となるだけよ。リリホワに転校できるよう便宜をはかってもいい」

 あたらしい全寮制の女子校「蒼龍リリーホワイト」は、世評たかく受験者数もうなぎ登りときくが、高額な学費でも有名。

「ありがたい話ですが」下手にでるジョージ。「父は公務員で収入はかぎられてるし、妹は成績もわるいし」

「これでも一応理事長だから、どうにかするわよ。リリホワの経営には力をいれてるの。変な虫がつかない環境だし、妹さんの情操教育にいいんじゃない。失礼だけど御両親は離婚されて、いまはお父さんと暮らしてるのよね?」

「父と妹は絶縁状態なんです」

「道理で……」トモコは失言と気づく。「あ、いやいや、御家庭を悪くゆうつもりはないのよ」

「ボクも家族として責任を感じてます。本当に申しわけありませんでした」

 ジョージは剣士らしく荘重に頭をさげる。妹の今後に光明がみえた。リリホワは「顔で生徒をえらんでる」とかよからぬ風説もあるが、中卒で路頭に迷わせるわけにゆかない。

 突然ドアがひらき、ふたりの女子が声をあらげた。「リジチョー!」

 水色の襟と袖がすずしげなセーラー服。リリーホワイトの生徒だ。

「きのうナルミとホテルいったって本当!?」片方が片方を指さす。「卒業したらわたしとカナダで結婚するって約束したのに!」

「あのね、あなたたち」ひきつった笑顔の理事長。「いま大事なお話をしてるから、またあとで……」

 二人娘は卓上のマグカップをみつけた。「それ、マチコがディズニーランドで買ったって自慢してたのとお揃い! くっつけるとミッキーとミニーがキスするって。マチコにまで手をだしてたの!?」

 理事長はブルドーザーの様にふたりを追い出し、鍵をかけた。外からはげしく叩かれ蝶番がはづれそう。

「暁くん」トモコはつとめて平静をよそおう。「どうか、いまのはなにも見なかったことに」

「わかってます。転校の件は、ちょっと考えさせてください」




 暁ジュンは、佩刀するウドの大木が理事長室から出るのをみかけ、あわてて柱の陰にかくれた。バツが悪いことこの上ない。

 生徒会長の本城フランが兄とは別件で、ジュンのせいで事務局に召喚されたとしり、様子をみにきた。ひろびろとしたフロアで、小柄な会長が数名の職員にかこまれている。泣きながらジュンの無実をうったえる。

 例の「理想化」だとジュンはおもった。正直ゆうと自分は潔白じゃない。ゴッドガールをまきこむ炎上マーケティングをねらったのは事実。図にあたりすぎただけ。中卒になるのは嫌だけど、もうこんな学校にいたくないし、他人の助けもいらない。

 会長のソプラノがひびく。「だったらわたしも強制退学にしてください!」

 ジュンは後先かんがえず事務室へとびこんだ。職員たちが目をむいておどろく。動物園から脱走した虎でも見たかの様に。

「フランちゃん」手を引きながらゆう。「こんなバカを相手してもしょうがないよ。もう帰ろう」

 なぜあたしは、わざわざ敵をつくるセリフを口走るのかと、自己嫌悪をおぼえた。

 どう議論すべきかはわかっている。事務局は彼女の行為のなにが罪にあたるか、具体的に指摘してない。「世間を騒がせたから」「校長先生も辞めるから」では筋がとおらない。でもジュンはいつも説明不足で、言葉はするどく尖りプライドを傷つける。

 男性職員が背後から乱暴にジュンの肩をつかむ。彼女は間際で躱し、よろけた体にさがるネクタイをシュレッダーへさしこんだ。

 職員たちは裁断されかかる同僚を放置したまま呆然と、生徒二名が去るのをみおくった。




 ふたりは高等部の生徒会室で一息つく。飲むヨーグルトがおいしい。

「ねえ会長」ジュンがたづねる。「どうして熱心にあたしの味方をするの?」

「さっき」フランはやさしくほほえむ。「下の名前で呼んでくれましたよね。そうしてください。わたしも呼んでいいですか?」

「いいけど」

「味方をする理由は」真顔になるフラン。「ジュンさんのことを尊敬してるからです」

「ぷっ、ぎゃははは」ジュンはしばらく笑い転げる。「なに言ってんの。あたしはみんなに嫌われてる最低のクズなのに」

 家族と疎遠になり、恋人からさえ愛されてない。友人は恨みをのこして死んだ。いまやマスゴミやネットでも袋叩き。完全におわってる人生。

「わたしは自信がもてなくて」フランがゆう。「人の顔色をうかがって生きてきました。人から褒められることしかしなかった。なので自己主張できて、だれが相手でも堂々と行動するジュンさんがまぶしいんです」

「ふーん」

 ジュンは興味をうしなう。買いかぶりはちっとも嬉しくない。この性格を交換できるなら、いつでもしてやるよ。

 なにかおもしろいものはないか本棚をみたら、『フリーダム・シスター』全巻が揃ってるのをみつけた。

「へえ意外」ジュンは第一巻を手にとる。「フランちゃんもこんなの読むんだ。彼氏が大ファンでさ。男はまあわかるけど、女の読者もいるんだねえ」

「そうですね、読者じゃなくて作者ですが」

「……はい?」

「実は『村雨れいん』のペンネームで作家活動をしてるんです。内緒ですよ!」

 マジメとゆう概念に目鼻がついた様なフランが、冗談を言ってるとおもえない。たしかに顧問辯護士がいたり、高校生のくせに玄人じみたところがあった。

「それが本当なら」ジュンは眉をひそめる。「あんたが世のオタクに妙な幻想をばらまいてる元兇か。リアル妹としちゃいい迷惑だよ」

「わたしは一人っ子で、お兄ちゃんに憧れがあるんです。ジュンさんとジョージさんの関係もステキです! モデルにしようかな」

「絶対やめてよね。やったら斬るよ」

 強制退学とか、いろいろな問題をわすれ、ふたりは笑いあった。

「なんかうれしいな」フランは笑い涙をぬぐう。「わたし妹もほしかったから、急に夢がかなった感じ」

「身長で言えばあたしが姉だろ」

「ひどい!」フランは小指をさしだす。「じゃあ友達で。ジュンさん、これからもよろしく」

 激動の時を駆けぬけるコンビが誕生した瞬間だった。



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苑田 健

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