小説3 「シャドウガール」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 紅の小袖をはおった幼女が、トレイをもってカフェテラスをよこぎる。彼女はゴッドガール。憲法第一条がさだめる、日本の象徴だ。外見は未就学児だが、実年齢は約二千七百歳とか。蒼龍学園に籍をおいており、たまに好物のつけ麺を食べにあらわれる。素知らぬふりをするのが生徒間のルール。

「ちっ」エクレアにかぶりつくジュンが舌打ち。「鬱陶しいガキがきてるよ。斬ろうとおもえば斬れるな」

 むかいに彼女よりやや小柄な男子生徒がすわる。葦切コタカ。名字は「よしきり」と読む。いつも頬があからみ、赤ん坊みたく繊細な顔立ちが、ジュンに気にいられている。

「うしろにいる黒い服の」コタカがゆう。「あの女性が警護してるんだよ」

 ワンピースもニーソックスも靴も黒づくめの足のながい女がつきしたがう。ぼんやりしてると目にとまらない気配のなさ。

「あいつ、なんてったっけ」

「シャドウガールさま」コタカの口ぶりは熱っぽい。「ゴッドガール陛下の妹。元海軍元帥で、政財界にも顔がきくんだって。謎の多いひとだよね」

「ふーん」ジュンはコタカがほかの女に興味をもつのが不愉快。「でもブスじゃん。ゴッドガールだって見ためはロリだけど、中身はババアなんだから、だまされないでよ。あとそうそう、例のブツもってきた」

 鞄から漫画雑誌をちらりとみせる。たかみちのイラストがのった小洒落た表紙。茜新社発行のロリ漫画専門誌『コミックLO』だ。




 ITルームの準備室は、ジュンの隠れ家のひとつ。鍵がかからないのが難点だが。せまく埃っぽい部屋でコタカの息づかいや体臭を感じ、少女はじっとり汗ばむ。

 同級生はLOに読みふける。昨今ロリ漫画への規制がますます厳しくなり、身分證明書を提示しての対面販売が義務づけられた。ジュンはコタカにとりいろうと、兄に命じて毎号購入させている。

「創価学会ざけんなって感じだよね」少年の肩に顎をのせるジュンが言った。

 読書の邪魔といわんばかりの表情でコタカがこたえる。「また政治のはなし?」

 ネトウヨであるジュンは創価学会が大嫌いだが、自民党と連立与党をくむ都合上、公明党とその母体を許容せざるをえず、「自民党がもっと強くなれば連立解消できる」とゆう理屈で納得してきた。だが公明党は増長するばかり。

「にしても小学生ねえ」嘆息まじりに女子中学生がゆう。「まあカワイイけど。あたしも小四くらいの写真みると、われながらマジ天使っておもうもん。あのころはマジメだったし。みてみる? ねえ聞いてんの?」

「……えっと、だれの写真?」

「みたくないならいいよ。どうせあたしゃ三次元のオバサンだよ。でも御褒美はもらうかんね」

 ジュンは目をとじて顔をつきだす。すこし間があって口づけされた。瞼をあげると、耳を充血させるコタカがいた。濃い睫毛が濡れた様につやめく。男のくせ自分より可憐なのが、いじらしくて憎たらしくて、夢中でしがみつきキスの豪雨をふらせる。毎月二十一日のおたのしみ。

「コタカかわいい……かわいい……だいすき」みだれた呼吸でジュンがゆう。「ねえ、きょうはウチにきて。親いないから。おねがい」

「でも塾あるし」

 勉強ができない彼は内部進学できず、他校を受験する。だが女にここまで言わせてのつれない態度。ジュンのきらいなサムスンのスマホまでいじりはじめた。こうなったら、とことんイジメてやる。

 あらたまった顔でコタカがたづねる。「暁さん、このメールみた?」

 差出人は「真木アカネ」、件名は「みんな、ごめんね」。




 突然のメールでごめんなさい。

 駅のホームで打っています。私はいまから飛び込み自殺します。

 みんなと一緒に高校生になりたかったけど、すごく辛いことがあって、どうしてもできなくなりました。

 えり、ゆき、まき、いろいろあったけど、あなたたちと仲良くなれて本当によかった。心から感謝してます。私のこと、絶対忘れないでね。

 私に酷いことをしたのは暁ジュンです。あの世であいつを呪い続けます。あいつが最低最悪の女だってことを、マスコミやネットで広めてください。詳しいことはえり達が知ってます。

 こんな私と友達になってくれて、みんな本当にありがとう。

 さようなら。




「なにこれ。どうせ冗談でしょ」うすい唇をゆがめるジュン。「そんなことより、してあげるよ。さっきからずっと勃ってるの知ってんだから」




 ノックにつづき「暁ジュンさんいますか」と甲高い声がした。よばれた当人があわてて応対にでる。

「休み時間中にすみません」なぜか初等部の女子がいた。「あの、もしよろしければ、例のメールの件について、生徒会室でおはなしできないかと」

「モガモガ……」口をおさえたジュンはうまく答えられず、ただうなづく。

 しかたなく後にしたがい、隙をみて水飲み場であたたかいものを吐きだした。コタカのやつ、ためすぎなんだよ。

「ヨーグルトでも食べてましたか? 急にお呼びして本当にごめんなさい」小学生はわかってない。

 ふるいノートPCが数台おかれた部屋へとおされる。小柄な女はドアに鍵をかけ、冷蔵庫からアロエいりの飲むヨーグルトを二本だした。

「わたしもヨーグルトすきです」女は自分の頭に手をかざす。「おかげで今年もかなり身長伸びましたし。〇・一センチ」

 ジュンはいま乳製品を口にする気にならない。「ねえ、なんで小学生が高等部をウロウロしてるわけ?」

「わたしのことですか!?」女の顔色がかわる。「袖見てくださいよ。二本線あるでしょ。わたしあなたの先輩ですよ!」

「こりゃ失礼」

「わたしは本城フラン、高等部の生徒会長です」まだ不機嫌そう。「今回の不幸な事件が、大事になりはしないか憂慮しています。ちなみに先日の乱闘も、生徒会は把握しています。羽生さんとゆう剣士のかたから報告をうけました」

「ああ、あの眼帯の」

「そうです」フランの表情が大人びる。「暁さんは、真木さんが亡くなったことについて心当りはありますか? あらかじめ言っておきますが、生徒会はあなたを守りたいとおもっています」

 アカネちゃんが自殺した。あたしのせいで。

 とりかえしのつかない事実をつきつけられ、鈍器でなぐられた様に意識がとおのき、罪悪感で心が凍りつく。

 しかし理不尽でもあった。一方的に責められるいわれはない。

「守ってもらう必要なんかない」ジュンは上着のポケットからiPhoneをだす。「あたしを襲ったやつらの写真がはいってる。あたしは悪くないって證明できる」

 フランは肯定も否定もしない。外見はともかく、精神的にジュンよりずっと世慣れていた。「正しさ」で世間はうごかない。死んだ少女の内面が問題である以上、證拠や證言が無意味になる恐れがある。

「お世話になってる辯護士の先生がいます」フランがゆう。「いまから相談にゆきませんか?」




 第三者の声がジュンの背後からひびいた。「辯護士はもっと慎重にえらぶべきね」

「ひっ」泡をくうフラン。

 ジュンは、目をつけていた机の上のハサミをつかむ。

「おしづかに」黒衣の女が、人さし指を口にやる。「ひさしぶり、本城さん」

 フランは目をうたがう。「シャ、シャドウガール殿下!? なぜこんなところに」

 皇族が蒼龍学園に出入りする関係で、生徒会長であるフランはシャドウガールに面通しされていた。勿論交流はそれきり。

「それはこっちのセリフ」シャドウガールの瞳は光がない。「さきまわって彼女を確保するとはね。あなたはここの先生の数倍優秀ね」

 ハサミをにぎったままジュンがゆう。「なんの権利があってここにいる?」

「権利?」シャドウがこたえる。「そんなものないわ。わたしはただのオブザーバーで、なにもしない。もとめられれば助言はするけれど」

「お呼びじゃない。とっとと失せろ」

「暁さん!」あわてるフラン。「殿下になんて口のききかたを!」

「いいのよ」微笑と解釈可能なシャドウの表情。「わたしはゴッドガール陛下の『目』です。行動の自由がない陛下のかわりに、あらゆるものを見聞きするのが務め。そうやって数千年の治世をたもってきた。今回なら山手線の轢死体。実に哀れで、これはなにかあると嗅覚がはたらいたわけ」

 ジュンはたちあがり攻撃姿勢をとる。「おまえに関係ない!」

「だから、おしづかに」ふたたび一本指。「女が大声をだして良いのは、男に抱かれるときだけよ。暁さんと言ったっけ、スマートフォンをみせなさい。さっきから録音してるでしょう」

 ジュンは歯がたたない相手と悟り、絶対だれにもさわらせないiPhoneをさしだす。シャドウガールはファイルを消去した。どんなに些細でも足跡はのこさない。

「でも安心したわ」シャドウは借り物をかえす。「あなた、中学生のわりにしっかりしてるもの。今回はふたりに任せるわね。多分また来るけど。別件で聞きたいこともあるし」

「なに?」不審がるジュン。

「じょうずなフェラチオの仕方よ」

 顔をみあわせたジュンとフランが視線をもどしたとき、シャドウガールはどこかの影にとけていた。



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苑田 健

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