小説2 「血煙高田馬場」

『フリーダム・シスター』


登場人物とあらすじ


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 せっかちで、階段やエスカレーターを駆け上がるタイプの暁ジュンは、見せパンを誇示しながら地下鉄の高田馬場駅から外へでた。

 きょう中等部で「剣技大会」がひらかれる。大学から兄が審判として来ており、登校せざるをえない。武道ぎらいのジュンにとり、第一次安倍晋三内閣による「武士道必修化」は、安倍を熱烈に支持するネトウヨであっても迷惑千万だった。

 おなじ紺のブレザーをみると動悸がはげしくなり、よろよろセブンイレブンへ逃げこみ、シールをはがしてジャンプの立ち読みをはじめる。

「ジュンちゃん、おはよう」見知らぬ人物に挨拶される。「真木だけど。ひさしぶりだから忘れちゃった?」

 真木アカネは絵が上手で、ジュンと比較的話題のあう同級生だが、印象かわった。

「あっ、コンタクトにしたんだね」とこたえたジュンは、「そろそろ行こう」とうながされ、缶コーヒーを買ってから店をでた。




 世話をやくタイプのアカネは、ジュンの左手首の絆創膏を気にしている。言うべきかどうかまよっている。

「また切っちゃったの?」さぐる様な表情でアカネは言った。「よくないよ。こうゆうのは言ったら逆効果かもしれないけど。怒らないでね」

 ジュンの腹部で熱い感情がとぐろを巻く。きっと自分はいま嬉しいんだろうとおもった。

「『ナウシカ』の冒頭で、リスみたいな生き物に手を咬ませるじゃない?」他人ごとめかしてジュンはゆう。「あたしあの場面がすごい好きで。ナウシカの純粋さが伝わるってゆうか。あんな感じ」

「ジュンちゃんはいつも二次元が基準だね」アカネはあきれ顔。「でもお兄さんは心配してると思うよ。まあいいや、この話はおしまい」



 ふたりで昇降口にはいると、三人の女子生徒がいた。みなブラウスのボタンを三つあけ、下着をみせている。ジュンは無視して靴を履きかえようとしたが、

「超ひさしぶりじゃん、元気?」と声をかけられる。

「どうも、御無沙汰です」とかえすと、

「中絶って大変だったでしょ。もうウリはやめときな」といい、三人は耳ざわりな高音で笑った。

 むきだしの憎悪に困惑するアカネをみて、ジュンは申しわけなさで一杯に。




 教室へゆかず保健室に顔をだし、そこにいるのも飽きて、校舎外をうろつく。大会に参加する気はなかった。もともと武士道の授業をサボってるし、まして中等部で兄に会うなんてありえない。

 保健室のベッドで泣いたので、すこしおちついた。いまは芝生に寝転がり、自分を侮辱した三人へ復讐する妄想にふけっている。ズタズタに斬り刻んだ。まったく心は晴れなかった。

「こんなところにいたんだ」ビニール袋をさげたアカネが立っている。「ジュンちゃん御飯は? よかったら一緒に食べる?」

 起きてからなにも口にしておらず、目眩するほど空腹だが、アカネに甘えてばかりもよくないと思った。

「気をつかってくれるのは嬉しいけど」ジュンは寝たまま言う。「あたしと話してると、いいことないよ」

「ああ、あのコたちね」アカネは苦笑い。「ジュンちゃんが目立つから、嫉妬してるだけ。本当は仲良くしたいんだよ」

「あいつらの方がよっぽど派手じゃん」

「ファッションとか必死にがんばってるのに、なにもしてないジュンちゃんの方が可愛くて、モテるんだもん。やっかみたくなるよ」

「なにもしてないって……まあ事実だけど」

 ふたりは同時にふきだした。学校もそう悪くないかもとジュンはおもった。

「そういや髪の色かえた?」他人に無関心なジュンがようやく目にとめた。「雰囲気かわったね。アカネちゃん、すごく可愛くなったよ。きょうの朝、だれかと思った」

「ありがと。わたしも努力が必要な側だから」

「でね、黒バスのブルーレイ全巻揃えたたんだけどさ……」

 ジュンの早口に、アカネが相槌うちながら、カフェテラスへむかう。




 近道しようと校舎裏をゆく途中、暗がりでブラ露出の三人組に阻止された。やけに切迫した表情。

 背後から五人の男子がちかづく。袖に二本線あるから高等部で、みな刀をさげている。複数人に見覚えある。兄のジョージが、剣道部の後輩として自宅につれてきた。

 ひえきった態度で、ジュンがきく。「アカネちゃん、あたしを裏切ったの?」

 まだ剣士資格をもてない高校生の刀は刃挽きしてあるが、斬られたら無事にすまない。自分におそいかかる暴力をおもうと戦慄する。

 でもそれ以上に、見捨てられたことに絶望。

 動揺し、ブラ女の顔色をうかがいながら、アカネがゆう。「友達の彼氏を取るなんて、よくないよ……」

 ジュンが不登校のあいだにアカネは三人と仲良くなり、制裁に加担したのだろう。ただ、武器をもちだすほど深刻なものと知らなかったらしい。それに彼女は、もともとジュンの親友ってわけじゃない。

 でも、裏切られたのは事実。

 眉毛の濃い高等部男子がジュンの鞄をうばい、中身をしらべる。道を外れたとはいえ剣士の家の娘、用心にしくはない。彼が家にきたとき、ジュンは自分が性的に興味をもたれたのに気づいていた。乱暴に鞄をつきかえされる。背中をドンと押される。

 校舎には生徒も教員もいない。たよれるのは暁家につたわる格闘術「雪風流」だけ。




 角をまがった刹那、右肘を眉毛男の顎先に命中させる。踵をもう一人のふくらはぎにめりこませ、よろけたところを拳で首の横をなぐった。

「キエェェェーーーッ!!」ジュンが絶叫する。右手にはしった激痛をアドレナリンで緩和。

 のこり三名は抜刀している。

 法的に過剰防衛とみなされるのを恐れ、刀はうばわない。鞄から缶コーヒーのはいったビニール袋をとりだす。

 多人数でかこまれても、一度に攻撃されることはまづない。順序をみきわめ、それを逆手にとるべし。

 摺足で、もっとも戦意旺盛な敵の間合いへ侵入。反応したところを間髪いれず躱し、別の男のこめかみへ、BOSSの無糖ブラックをたたきこむ。ながれる様に回転し、体勢をくづしたままの、さっきの相手の耳のうしろを撃つ。

 死ぬかもしれない。いやむしろ死ね。

 さすがに息ぎれしたジュンが肩をおとした隙に、最後のひとりが逃げた。

 わざとだった。缶がわれてコーヒーが袋からしたたる。殺傷力は半減だし、もう十分あばれた。奇襲の要素があるとはいえ、武装した四人の男を斃せたのは運がよかった。




 首謀者は、予想に反する結果を理解できず、かたまったまま。野良犬みたいに、シッシッとブラ女どもを手で追い払う。

「アカネちゃんのおかげだね」ジュンの頬に悪魔の笑みがうかぶ。「コンビニで話しかけられたとき、なんかイヤな予感したんだ。だからコーヒー買ったんだよ。あたし苦くて飲めないのに」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」泣きながら震えるアカネ。

「コーヒー嫌いなの覚えられてないとか、あたしってその程度なんだ」とつぶやきつつ、裁縫セットをとりだす。「あたしね、クソオヤジからいろんな怖い技おそわったんだ。友達『だった』から、殺しはしないよ。でも、きょうのこと一生わすれられない様な痛みをあげる。うふふっ、リアルで試すのはじめて。うれしい」

 アカネは声もでない。




「そこまでだッ!」

 泡をくってジュンがふりかえると、異様な風体の女がすぐうしろにいた。髪はブロンド、左目に眼帯をつけ、佩刀している。

「わたしは羽生アリア、蒼龍学園大学一年生。剣士資格所有者だ。この場はあづからせてもらう」

 ジュンがそばに確保していた刀が消えた。

 こいつ、デキる。

 最高度に警戒しながらジュンがゆう。「現行犯逮捕する気か?」

「一部始終を見たわけじゃないが」法執行権をもつ剣士が周囲をみわたす。ひとり起きあがりつつあるが、三人気絶したまま。「集団でひとりの女を襲う男どもに、理はあるまい。この件は不問に付そう」

 そそくさとアカネがたちさる。どっと疲労をおぼえたジュンは地面にへたりこんだ。




 ジュンは、剣士のアリアから借りた水筒の残りを飲み干した。

 隣にすわるアリアと話している。カーキ色のミリタリージャケットに、濃い色のスキニージーンズ。彫りのふかい顔立ちから白人とおもったが、目の形や瞳の色は日本風だから、ハーフかもしれない。

「あっはっは」アリアが豪快に笑う。「つまり、文字どおり『恋の鞘当て』で斬られかけたわけだな!」

 ジュンは口を尖らせる。「笑いごとじゃないですって。ヘタすりゃレイプされてたし」

「たしかにな」真顔にもどるアリア。「わたしも多少撃剣の心得があるが、おなじ局面で無傷でいられる自信はない。ところで、貴殿の流派を聞いてもかまわないか?」

「知らないとおもいますよ。超マイナーってゆうか、お爺ちゃんの代で道場は畳んでるし。雪風流ってゆうんですけど」

 アリアが薄い色の右目をみひらいた。「キミは暁ジョージの妹君か!?」

「ええ。お知り合いですか」

 全国でもっともおおく剣士を抱える蒼龍大学でも、百名にとどかない。面識あって当然。

「勿論さ」アリアは昂奮している。「なるほど、缶コーヒーで五人にいどむクソ度胸、これが雪風流の神髄か! キミのことはジョージからよく聞いている。一度会いたかったんだ」

「どうせ悪口だし」

「いやいや。うちのジュンは美人で頭がいいと、大層な妹煩悩ぶりだよ」

「こまったシスコン野郎ですね。そんなだからアニキはモテないんですよ。大学でも全然でしょ?」

「あっはっは」アリアはジュンの背中をたたく。「聞きしにまさる烈女だな。気にいった!」

 アリアは細身なのに腕力がつよく、呼吸をとめられたジュンはむせこんだ。

「……で、アニキは大学でどうなんです?」

「どうやら彼はなにも言ってないんだな」微苦笑するアリア。「わたしとジョージは、将来を誓いあった恋人同士さ」



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