落合淳思『漢字の成り立ち』
漢字の成り立ち 『説文解字』から最先端の研究まで
著者:落合淳思
発行:筑摩書房 2014年
レーベル:筑摩選書
「字源」、つまり漢字の構成原理についての研究史をまとめた本。
実はあまり語られなかった世界だ。
藤堂明保や白川静といった字源の研究者が権威化し、
反駁しづらい状況がうまれ、ふるい学説が漢和辞典に引用されつづけている。
普段は歯に衣きせぬ高島俊男(藤堂にちかい立場)が、
この話題にかぎってはお茶をにごすのを、ボクも読んだことがある。
著者は1974年うまれ。
孫の世代がようやく、歴史を説きおこしだした。
「字音」を重視した藤堂明保は、
スウェーデンのカールグレンに影響うけ、上古音を復元したのが特徴。
西洋言語学の理論をとりいれ、隙のない体系を構築した。
ただし応用に無理があった。
漢字は、つくられた段階では「字音」が考慮されたものでも、
のちに「字形」のウェイトがたかまる。
発音がかわるたび字形をかえるのは非効率だから。
上古音自体、いまだ確定しないのがおおい。
かたや白川静は「字形」をおもんじた。
50歳をすぎてから本格的に字源研究をはじめた白川は、
甲骨文字や金文の知識を利用しつつ、文化や思想の面からも分析。
スケールおおきい学説は、一般読者にウケがよかった。
「魯」の下部が祭器であることの発見などは、すぐれた成果だ。
問題は、字源をなんでも「呪術儀礼」にむすびつけたこと。
その割合は3分の2におよぶ。
「鳴」が「口+鳥」でなく、「鳥の鳴き声による占い」と説くにいたっては、
さすがに牽強付会といわざるをえない。
たとえ殷代だろうと、王朝を呪術だけで維持できるだろうか。
合理的で物質的な支配機構が前提だったのでは。
じっさい祭政不可分な時代では、祭祀は王の支配権をつよめる力があり、
聖職者も神事以外のさまざまな職務をになっていた。
ボクがおもうに、漢字とゆうテクノロジーが開発され、普及したのは、
徴税や徴兵の公平性、商取引の信頼性などが目的だったのではないか。
複雑な事象をズバッと一元的にときあかした研究者を、
ひとは「大学者」と讃美するが、えてして彼らの方法は学術的じゃない。
日本語だったら、大野晋の「タミル語起源説」とか。
けっきょく複雑なものは、複雑なのだ。
著者はPCでデータベースをつくり、用例を検索できるようにした。
たとえば殷代に「省」が、呪術的行為を意味しないのを確認できる。
表示可能な字形の数など、技術的限界もあるが。
文系の高等教育をうけるには、4~5000字の知識が必要だが、
漢字を分解すると、意味のある形は300ほどにまとめられる。
最新の研究にもとづき初等教育をアップデートし、
日本の文化と文明が発展するスピードをはやめるべきだろう。
いまさら漢字をすてるわけにゆかないのだから。
![]() | 漢字の成り立ち 『説文解字』から最先端の研究まで (筑摩選書) (2014/04/14) 落合淳思 |
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