小説23 再会

『フリーダム・シスター』


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10月27日 朱星ジョージ




 千葉市緑区のビジネスホテルの一室で、アリアと朝食をとるところに、妹と中田参謀長がとびこんできた。

「まだ食べてんのかアニキ。ミンスの裏切り者がきたぞ」

「ミンス?」

「民主党だよ、売国朝鮮政党の」

 門田ホウセイ。衆議院議員だったが革命にくわわり、北方軍の司令官となった。性格や能力に問題ありと聞くが、人のことはいえない。

 幕張防衛戦での敗走のなか、一部の役人や将官がオレを解任し、かわりに門田を総司令官にしようと策動した。だが中国との同盟が成立したあと、政府軍が幕張を放棄するなど状況は激変、陰謀は陰謀のままおわった。

 ジュンに、紙の束とUSBメモリをわたされる。

「メールと通話の記録。これで共謀者も一網打尽にできる」

「そうか、ありがとう」

「アニキ、全員死刑に……」

 長袖のポロシャツをきた四十歳くらいの男が、「おはよう、朱星君!」とさわやかな挨拶とともに姿をあらわした。

 会議は午後からなのに妙に早いのと、オレを役職名でよばないのは駆け引きだろう。

 丁重に挨拶をかえす。

「おはようございます。直接お会いするのははじめてですね」

「先の敗戦は残念だったが、北部戦線は依然としてわが軍が優勢。力をあわせ難局をのりこえよう!」

 ジュンが舌打ちをくりかえすのを、門田は聞こえないふりする。いまにも妹は暴発しそうだ。

 門田の胸ポケットがふくらんでるのに気づいた。

「ライターをお持ちでしたら、貸していただけますか?」

「キミは未成年だろう。立法府にいた人間としては……」

「ここに解任騒動に関する證拠がしるされています。ボクはまだ読んでません」

 目のまえで火をつけ、灰をトイレにながした。USBメモリはコーヒーカップにしづめる。

 ジュンのおおきな眼球が、みひらいた目からこぼれ落ちそうで心配になった。





 午前中に戦略会議がおわったあと、さっそく妹になじられる。

「バカアニキ、あの情報をチェックする大変さをわかってないだろ! そうゆう甘ちゃんだから裏切られんだよ!」

「警告になったからいいのさ。それに叛逆者がでたのも当然だ。オレに軍事的才能がないのは事実だし。でしょ、中田さん?」

 ノートパソコンをたたいている参謀長に話をふる。

「自分のことを棚に上げていいますが、司令に将才はないですね。断言できます。参加したほとんどの戦闘で負けてますから」

 予想以上に遠慮なく批評された。

「じゃあダメじゃん。アリアさんなり、アイシェンさんなりに交代しろよ」と、セーラー服の革命家が口をとがらせる。

「でも大多数の職業軍人は司令を支持しています。傑出した人物だと敬意をはらってます」

「はぁ、どこが?」

「部下に対し公平で、自分は決してハメをはづさない。いざとゆうとき決断をくだせる。そしてなにより、戦況の良し悪しにかかわらず感情的にならない」

「ニブいだけだよ、アニキは」

 妹に「感情をおさえられるのはオマエに鍛えられたからだ」と皮肉をいおうとしたら、蒼ざめた兵が連絡にきた。

 ある捕虜の身元が判明した。氏名は「朱星ヒロシ」、階級は陸軍中佐。われわれの父だ。





 軍医の説明によると、父は幕張の戦いで衝突事故をおこした車両にいた。右足切断などの手術をおこなうも昏睡状態がつづくが、けさ意識をとりもどした。

 妹と女性軍医をつれ部屋にはいると、オヤジがベッドに腰かけている。

「少々『アンバランス』なので正座はできかねる。容赦ねがいたい」

 軍医が息をのむ。自力で上体をおこしたのが信じられないらしい。医者の出番じゃないので退室してもらった。

 パイプ椅子を二脚ならべてすわる。

「ジョージ、稽古はしているか」

 間髪いれず質問がとぶ。

「全然ダメだね。サボってるよ」

「多忙なときこそ、稽古で自己をとりもどすんだ。一日もやすむな」

 どちらが重傷の捕虜かわからない。

「あいかわらずだな、お父さんは」

「オマエは随分かわったな。まさか叛乱軍の首領になるとは。いや、責めているのではない。なった以上、死力をつくせ」

 ジュンはうつむいたまま。妹と父は反りがあわず、いつからか会話がなくなった。両親が離婚してからは一層。

 オレはオヤジがきらいじゃない。きびしすぎる父親だが、単純でわかりやすい人だし、尊敬もできる。妹にはもっとやさしくすべきとおもうが。

 ふと、頭のなかで渦まいていた疑問の数々がつながる。政府軍の戦略は父がたてていたとひらめく。敵のうごきを読み、コントロールする。剣道の試合とおなじ。完璧主義がわざわいし、偵察のため深入りしすぎて捕われたのだろう。

「そうか、オレはお父さんと戦ってたのか」

「わるいが作戦に関しては一切言及できない」

「いわなくてもわかる。あれはお父さんの戦い方だ。勝てなかったわけだ」

「わたしは一作戦参謀にすぎない。それに俘虜の身で功をほこっても、むなしいとおもわんか」

 日々の激務と鍛錬でぶあつくなった面の皮の下に、よろこびが見え隠れ。政府軍中佐はつづける。

「そっちには中田がいるだろう。陸大百二十六期の」

「うん、力になってくれてる」

「陸軍でも切れ者でとおっていた男だ。ただ、いささかソロバンにたよりすぎるな」

「ソロバン?」

「兵力集中の原則に忠実だから、敵は予測しやすい」

 ガタンと音をたてジュンがたちあがる。外から食事をはこんできた。

「アニキの大バカ野郎。それがケガした家族との会話かよ」とかすれ声でゆう。「お父さま、お腹がお空きではないですか」

 三年ぶりに父へかけた言葉だった。

 幼いころのジュンは、とびぬけて従順な娘だった。「朱星家開祖以来の剣術の天才」とみこまれ壮絶にシゴかれたが、狂信者みたくオヤジに心服していた。一心同体の父娘だった。だが小学四年生のとき男と問題をおこし、私生活は放埒になり、管理責任をなすりつけあう様な両親の確執があり、剣をすてた。

 他者をコントロールしたがる父と、自由をもとめる娘。本質的に相容れない両者だった。いいたくないが、エゴのつよすぎる二人が家族なのが不幸だった。

 顔の火傷がいたいたしいオヤジが、娘とむかいあう。

「わたしはよき父ではなかった。つねに武人であることを優先した。言い訳はしない。『家族』より『国家』の方が重いと信じているからだ」

「そんなことは知ってますし、お父さまに謝罪なんてしてほしくありません」

 解決策はひとつしかない。どちらからでもいい、父娘でハグすることだ。でもふたりの自尊心がそれをさまたげる。

 オヤジがゆう。

「生きて虜囚の辱めをうけた以上、わたしは自らを裁かねばならない。罪滅ぼしになりはしないが、誠意の證明にはなろう」

「……それはお父さまから聞いた、もっとも愚劣な発言です」

 ジュンの頬が濡れている。

「わたしがお父様の死をよろこぶと、本当にお思いですか? 毎晩わたしはお父さまを夢にみます。気絶しても骨折しても稽古を中断してもらえず、めった打ちにされる夢です。こわくて、痛くて、つらくて、夜がくるのが嫌でしかたないんです。お父さまが自殺したとして、なんの助けになります? ねえお父さま、どうしてわたしを理解してくれないんですか!?」

 ジュンはベッドに上半身をうづめ、猛獣の断末魔の様になきさけんだ。





 いろいろあった日の五時ごろ、アリアと一緒に大百池公園をあるく。二十歳くらいの男女がベンチで口づけをかわしている。アリアは鞘をおさえ、誰何のまなざしを投げた。

 からかい半分で彼女にゆう。

「民間人のカップルをこわがらせるなよ」

「恋人同士に化けるのは、諜報技術の基礎の基礎だ。まったくキミはお人好しだな」

 あきれるアリアの肩をつよく抱いた。

 殺し合いとか騙し合いとか、どうでもいい。人生は思う存分たのしんだ方が勝ちなんじゃないか。

 父と妹の会話についてはなすと、アリアは関心をしめした。ジュンにとって有意義な面会だったろうとゆう。オレはなにもできなかったが、そうねがう。

 こうものべた。

「話をきくところ、キミの父上は捕虜の境遇にあまんじるタイプじゃない。自殺防止のため、厳重に監視すべきじゃないか?」

「ムダさ。オヤジはオレに、牢獄で命を絶つ方法を何通りもおしえこんだ男だ。とめようがない」

「しかしジュンのためにも……」

「体力が回復したら、オヤジは片足で脱走するだろう。どこかに身をかくし、ひっそり死ぬつもりだ。オレにはわかる。それがあの人なりの譲歩なんだ」

 珍獣をみる様な目つきで、アリアに観察される。

「ふむ、父と息子にしかわからない世界かな。でも生きていればいいこともあるだろうに。孫の顔をみるとか」

 冗談をいってる風ではない。

「アリア、まさか」

「あっはっは、なんだその反応は。毎晩愛しあっているのだから、おどろくことではあるまい」

「妊娠したのか」

「母とおなじ17歳なのがおかしくてね。なあジョージ、そう複雑な顔をするな。わたしは産むつもりだが、キミに迷惑をかけはしない。しあわせな気分にひたってるのだから、すこしは祝福してくれ」

 このことは覚悟していた。でもひとつ聞いておかねばならない。

「軍務はどうするんだ」

「自由軍はわが子同然だ。最後まで面倒をみる。命にかえても」





第二部「乱花篇」了



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