小説20 パーティ

『自由か、隷属か』


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8月14日 朱星ジョージ



 「幕張イベントホール」に数千の口と食器からのノイズがこだまする。サポーター連隊の石田と自転車連隊の千葉、連隊長同士の結婚披露宴だ。今後の兵站が不安になるほど食べ物と酒を用意した。Perfumeの曲にあわせ踊るものもいる。

「歌いすぎて喉がかわいた。ワインをもってこい!」

 髪の長い大柄な女性が部下をよびつける。

 人民解放軍のフェン上尉だ。フランちゃんが北京でスカウトした。豪快にビンからラッパ飲み。この宴会は彼女の歓迎会も兼ねるが、たのしんでくれてる様だ。

「アイシェンさん、『いーあるふぁんくらぶ』って曲しってる?」

 カラオケのリモコンをもってジュンが話しかける。

「もちろん! 『ハイハイチャイナ、ちょちょ夢心地♪』」

「じゃ予約したよ~」

「日中の架け橋となる名曲だな! いや愉快愉快。さあみなでもっと飲もう。戦勝の前祝いだ!」

 最近すこしは社交的になった妹だが、シラフで初対面の相手とデュエットなどするはずない。だれが飲ませた?

「カシスオレンジを一杯あげただけですよ」

 中田参謀長が、茶色の液体でみたしたグラスふたつもって背後にいた。

「こまるなあ。これ以上アイツの評判をおとしたくない」

「陽気になってカワイイじゃないですか。マジメな話、無礼講で兵の不満を解消したいんです。ジュンさんがあんなに酔っぱらうとは思わなかったけど」

「ウチは両親ともまったく飲めないから」

「まぁボクも弱いですけどね。カルーアミルクしか飲めないし。司令もいかがです?」

「せっかくですが遠慮します」

 オレは無能なのだから、せめて日常生活は模範的でありたい。



 中国の女武将が、右にワインボトル、左にジュンとフランを抱きかかえ正面で仁王立ちする。ジュンは笑い転げ、フランちゃんは涙目。

「いま知ったのだが、司令官閣下は……」

「『閣下』はよしてください」

「……司令官はジュン殿の兄君であるそうだな!?」

「ええ、幸か不幸か」

「謙遜を。才色兼備の妹をもつあなたがうらやましい。『エヴァンゲリオン』のテレビ版と劇場版の全セリフを暗記するなど、人間業とおもえない。わたしは今日からジュン殿に弟子入りしたぞ! あとすこし立ち入ったことを聞きたいのだが……」

「なんでもどうぞ」

「司令官と参謀長がホモとゆうのは本当か!?」

 ジュンが真っ赤な顔で下をむき、吹き出すのをこらえる。フランちゃんが不器用にウインクをくりかえす。口裏合わせろってことか。

「いや急にいわれたら照れるな~。ここだけの話ですよ」

 中田参謀長がオレの肩をだき、頬をよせる。それをみてフェン上尉の睫毛のこい目が、あっとゆう間にうるんだ。

「愛する者のため、革命に身を投じた男たち……なんとうつくしい友情か! さすがはホモの国日本! 司令官、わたしはあなたに絶対の忠誠をちかう!」

 床を涙で濡らしながら平伏する女武将に、いまさら嘘とはいえなかった。



 盛りをすぎたころ宴会を中座し、自室にひきこもるアリアの様子をみにきた。ノックの返事はないがドアをあけると、書類と酒瓶で足の踏み場がない。隻眼の女のシルエットが闇にぼんやりうかぶ。

「こんなところで飲むくらいなら下で……」

「血の臭いのする人間がいたら、新郎新婦に迷惑だろう」

「なあアリア、キミはもっとマシなユーモアのセンスの持ち主じゃなかったか?」

「わたしはつまらない女さ。最近よく死んだ母をおもいだす。マリア様とウォッカにしか興味のない、典型的ロシア女だった。娘は宗教のかわりに戦争に狂ったわけ」

 自嘲の表情があまりに傷だらけなので、ベッドに腰かけ抱きよせる。タンクトップごしに胸をさわる。石像を抱擁してるみたいだ。

 ノックにつづき女の声がした。

「失礼します……あっ司令官、出直します」

「気にしないで。用件はなんですか」

「フジテレビの取材班が到着しました。屋上で撮影の準備中です」

 彼女はたしか茅野さん、県庁でトモコ会長のもとで、広報業務にたづさわる。「書類審査」で厳選しただけある、ショートカットの似あうキレイな大学生だ。

 内戦勃発から四か月たち、中立とはいわないまでも、マスメディアは自由軍に関心もちはじめている。特にあまたの武勲たてた中二病女戦士に。アリアの不機嫌はオレがひきうけてでも、宣伝する価値はある。

 茅野さんが声をひそめてゆう。

「ところで司令、斯波会長から伝言があるのですが」

「なんでしょう」

「ここではちょっと……妹さんのことで」

 ちらちらオレの隣りへ視線をおくる。アリアは鼻をならして立ち上がり、刀をさす。

「取材ならひとりで問題ない。ジョージ、いつもありがとう」

「ん?」

「やさしく抱いてくれて」

 目を白黒させた茅野さんを尻目に部屋をでる。

 わたされた一冊の大学ノートをひらく。なにかの帳簿らしい。ひきつった悪筆は、ジュンのものにみえる。

「これのどこが重要なんだろう」

「非常にいいづらいことですが……ジュンさんに横領の疑いがかかっています」

 ふかくため息をつく。アイツはしょっちゅう親のカネに手をだしていた。オレのなけなしの貯金まで盗んだ。ありえないことじゃない。

「この件を知ってるのは?」

「会長とわたしだけです。できればジュンさんと直接お話しできれば」

「その方がはやいですね。一緒にゆきましょう」

 ホールへもどる足取りは重い。もう衛兵もおらず、会場にほとんど人はいなそうだ。入口から、グミだかキャンディだかをうたうジュンの歌声がもれる。オレはここで一体なにをしてるんだ。命懸けで妹の尻ぬぐいする、世界一愚かな兄じゃないか。

「そうだ、なにをしてるんだ」

「司令、どうしました?」

 なぜ守衛がいないのか。ジュンに対しては二十四時間の警護体制をしいている。よからぬことがおきている。

「ジュンはわたしの部下が見張っている。安心しろ」

 柱の陰からアリアの半身がのぞく。白刃がにぶくひかる。

「撮影じゃなかったのか」

「そもそも取材なんてないのさ。スタッフに化けた政府軍特殊部隊は拘束した。わたしとジュン、ついでにキミを殺す計画だった様だ」

「アリア、ちゃんと事情を説明しろ!」

「そこの美人に聞くといい。なあ、フジテレビのアナウンサーに内定がきまった茅野さん?」

 名指しされた当人はカチカチ歯をならす。化粧が汗でくづれている。かすれ声でさけんだ。

「わ、わたしは知りません。すべて斯波会長の命令です!」

「バカだな、泳がされてたのに」

「ちがいます、わたしはハメられたんです! それにノートとゆう動かぬ證拠もあるでしょ? 司令官、信じてください!」

 アナウンサーの卵の媚態に、ふと迷いが生じるが、ふりはらう。

「これはジュンが書いたノートじゃない」

「そんな、筆跡も一致してるのに」

「オレは妹が紙に字を書くのを見たことがない。小学校のときからずっとパソコンだ。あのズボラ娘が、カネの出入りなんて記録するはずない。ならどう偽造したんだろう……アイツの漫画を資料にしたのか」

 アリアがぷっと失笑する。

「陰謀をしかける相手をまちがえたな。衛兵、この女も監禁しろ! 乱暴はするなよ。人質としての価値がなくもない」



 アリアとふたりで、遊び疲れてホールで寝ていたジュンを部屋へはこんだ。せいのでベッドによこたえる。アリアがジュンの前髪をとかす。

「赤ん坊みたいにぐっすり眠ってるな。寝顔はお兄ちゃんそっくりだ」

「ウブでだまされやすい兄妹だからね」

「怒ってるのか? 暗殺計画を報告しなかったことを」

「あたりまえだ。ジュンやオマエにもしものことがあったら……」

「正直ゆうと茅野と会長とジュン、だれが黒幕か百パーセント確信なかった」

「だからといって……」

「キミはいざとゆうとき、妹を斬れまい? よってわたしの責任で処理した」

 あわい色の右目につめたい光がもどる。

「オマエならジュンを斬れると?」

 沈黙。

「いや、無理だな。ジュンのことは実の妹の様におもっている。すまない。ひとりで抱えこむのがわたしの悪癖だ」

「しってるよ」

「お詫びをかねて、ふたりだけのパーティをひらこうか。今夜はわたしを好きにしていい」



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苑田 謙

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