役者バカ一代 ― 『トロピック・サンダー』をみて

ロバダニ

トロピック・サンダー 史上最低の作戦
Tropic Thunder

出演:ベン・スティラー ロバート・ダウニー・Jr ジャック・ブラック
監督:ベン・スティラー
制作:アメリカ 二〇〇八年
[新宿ピカデリーで鑑賞]


まっくろなロバート・ダウニー・Jr。
五つのオスカー像をえたオーストラリア出身の名優で、
役づくりのために手術をおこなって皮膚をくろくして、
新作の撮影にのぞむ、というアホみたいな役。
ちなみ五度の受賞は、キャサリン・ヘップバーンをこえて歴代最多!
そんな「人物」に本当になりきるから、この役者はおそろしい。
カメラがまわらないところでも、勝手に黒人を代表する発言を、
あやしいなまりでまくしたてる。

ダウニー(ニセ黒人)「まて、それはオレたち黒人に対する侮辱か!?」
ジャクソン(本物黒人)「なにいってんだ、あんたは白人だろ」
ダウニー(ニセ黒人)「ああそうか」


こんなかけあいにわらわされつつも、混乱する。
これって、政治的に「アリ」なのか?

アル・ジョンソン

うえの画像は一九二七年、アル・ジョンソン主演の『ジャズ・シンガー』。
かつてのアメリカでは、白人が滑稽な黒人を演じるだしものが、
大衆藝能の定番だった。
うけがよいからやるだけで、別に悪気はないんですよ。
しかし、かの国でもっとも人気のある歌手だったジョンソンは、
いまでは、全国民がはずべき記憶として封印された。
娯楽の世界は残酷だ。
『トロピック・サンダー』も差別を助長する意図はないけれど、
人種的特徴をからかわれたら、だれでもおこるよね。
まあ、波風をたてる映画はつくらないほうが身のためだ。


本作の監督・制作・脚本・主演をつとめた、
つまりやりたい放題をやったベン・スティラーの役は、
ベトナム戦争の映画で復活をはかる落ち目のアクションスター。
まえに知的障害者を演じた感動作を酷評された経験をもつが、
その理由をダウニーが分析する。
一見おもい障害をかかえる役がらのようにみえても、
『レインマン』のダスティン・ホフマンは計算と記憶の天才で、
『フォレスト・ガンプ』のトム・ハンクスは卓球の天才。
だけどおまえは本当のバカを演じたから、オスカーをもらえなかったんだ。
『アイ・アム・サム』でれっきとした障害者になったショーン・ペンも、
受賞できなかったじゃないか。
なるほど、これはふかい洞察。
観客は弱点をもつ人物に共感する。
でも、完全な無能者では満足しない。
わがままなのだ。
スティラーが演じるダグの持ち役である障害者のサムは(ややこしい)、
ものがたりの鍵となる人格だが、
ダウニー風にいえば「やりすぎ」てしまったみたい。
本当かどうかしらないがアメリカでは、
二十二の知的障害者の支援団体から抗議をうけたそうだし、
監督と主演をかねたくせに、ダウニーの怪演にくわれぎみ。


終盤でダウニーはかつらとカラーコンタクトをとって、「素の自分」にもどる。
青いひとみのうつくしさにおどろいた。
中年男の顔にまったく興味はないのだが、
このひとは目をみはるような美貌のもちぬしだ。
なにも黒ぬりまでしなくても、
まっとうな二枚目俳優としていきてゆけるだろうに。
もう四十すぎで、私生活では不摂生(おクスリ)をつづけたひとだけれど、
ぞくりとするような艶がたっぷり。
そして、さっきまでものがたりをひっかきまわした、
オサイラス軍曹の存在は泡ときえる。
人種をこえた危険な綱わたりにつきあわされた観客は興ざめ。
あの胡散くさいけれど、魅力的な黒人男は一体なんだったんだ。
でもまてよ。
たしかロバート・ダウニー・Jrは金髪碧眼ではなかったよな。
じゃあいまスクリーンにうつっているのは、え~と…。
というわけでこの映画は、当代きっての役者バカが、
役を演じることの神髄をみるものにおしえる迷作です。
たぶん。


[推奨サイト]
『陽面着陸計画』
ロバート・ダウニー・Jrについては、いま一番あついブログなのでは。
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