松田広子『最後のイタコ』

撮影:佐々木信行

 

 

最後のイタコ

 

著者:松田広子

発行:扶桑社 2013年

 

 

 

1972年八戸市にうまれた著者は、現役最年少の「最後のイタコ」とよばれる。

おさないころから病弱で、髄膜炎などにかかり医者から匙をなげられたが、

根気づよくイタコのお祓いをうけつづけることで恢復。

自身もイタコになると発心した。

 

家族は反対する。

定収入がなく、クレジットカードもつくれない職業だから。

一方で責任はおもい。

自分がつたえた「お告げ」は、ひとの人生をくるわせかねない。

 

 

 

 

「へ~そうなんだ」と、友人はうけいれる。

八戸では奇異な存在でない。

恐山をおそれるのは、観光バスの運転手やガイドさん。

つかれてるとき足をふみいれると、霊をもらうことが。

まさか労災認定もされないだろうし。

 

「口寄せ」は参拝客をまきこむ共同作業だ。

よびだした「仏様」が、客の期待した言葉をはなさないこともある。

「あなたにそんなことを言われるおぼえはない!」

「面倒みてあげたのに、感謝のことばもないなんて!」

……などと、感情的な反応をしめしたり。

クレーマーをたしなめるのが、常連の参拝客の役目。

「文句いつたら、仏さんがかなしむよ……」

おたがいつらい記憶をもつから、わかりあえる。

 

 

 

 

「オシラ様遊ばせ」もイタコの仕事。

年三回、東北につたわる女の守り神、オシラ様をお祀りする。

親類一同の女が堂々あつまれる、むかしとしては貴重な「女子会」だつた。

 

なにより家族を大切におもう、女たちの共同体にイタコは必要とされた。

男は「非科学的だ」と否定するものがおおい。

ただそんなねじけた人間ほど、口寄せを体験すると感動で涙するとか。

 

 

 

 

「マリリン・モンローをよびだせ」とか、「失踪した息子をみつけて」とかはNG。

わからないことは、わからない。

イタコの能力をためしてはいけない。

 

ボクは司馬遷とか、支那の歴史家を連想した。

たとえば陳寿の『三国志』で、赤壁の戦いの経過についての記載はまづしいのに、

前後の魯粛や諸葛亮などの発言はばかにくわしい。

史実の捏造はゆるされないが、発言は歴史家の自由裁量にまかされるから。

「何年に生れ、何年に死んだ」といつた、無味乾燥な事実だけでなく、

心こもるセリフあつてこそ、人がその時代を生きたあかしとなる。

 

かつてお祓いをうけにくる客の目的は、ほとんど病気治療だつた。

いまは人生になやんでの相談がおおい。




最後のイタコ最後のイタコ
(2013/07/22)
松田広子

関連記事

テーマ : 心と身体
ジャンル : 心と身体

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
01 | 2020/02 | 03
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03