国境をこえて ― ポール・グリーングラス監督作品「逃げのびた男」をみて

(1996年/イギリス/テレビ作品)
原題:The One That Got Away
邦題:ガルフ・ウォー スカッドミサイル爆破指令(苦笑)
[VHSにて鑑賞]

イラクの混乱も沈静にむかいつつあるといわれる今日、ひとびとのなかで1991年1月の湾岸戦争の記憶はうすれてしまったのだろう
だが遠い国でよその軍隊どうしがたたかった戦争でありながら、当時中学生だった俺にとって湾岸戦争の衝撃はいまだにきえていないとおもう
俺だけでなく、地球上のおおくのひとびとの世界観をかえたできごとではないだろうか
よきにつけあしきにつけ

イギリス陸軍の特殊部隊、特殊空挺部隊(SAS)の実際の作戦行動をえがく
イスラエルにむけられたミサイルを破壊するために敵前線の背後に潜入するというおそろしいもの
当事者であるアンディ・マクナブの手記がベストセラーになり、そのコールサインの「ブラヴォー・トゥー・ゼロ」の名で世界中の軍事オタクのあいだで有名な話だ
マクナブはイラク軍の捕虜になってしまったのだが、本作は「逃げのびた男」クリス・ライアンの視点で物語はすすむ
したがってリーダーだったマクナブの判断については批判的な描写がなされている
どちらがただしかったのかという議論はこの稿ではあつかわない

現在ハリウッドで活躍するポール・グリーングラスは、イギリス時代に「ブラディ・サンデー」(2002年)という傑作をのこしている
北アイルランドでおきた暴動事件(イギリス政府側からみて)を、手もちカメラを多用しドキュメンタリータッチでえがいた作品だ
「逃げのびた男」も、現実的でひえびえとした作風はかわらない
戦争まっただなかの敵地にたった8人で武装したまま潜入することのおそろしさは想像もつかない
チープなテレビ映画ではあるが、ひきこまれる魅力がある
もちろん西部劇だったら最後のピンチの場面で騎兵隊がやってくるし、現代の特殊部隊ものだったらふつうは航空支援で片がつく(ティアーズ・オブ・ザ・サンなど)
しかしこの作戦では通信手段に問題が生じ、完全に孤立
とほうもない孤独感だ

本作の主人公であるクリス・ライアンの精神、肉体のつよさが印象にのこる
いきのびるためには非情でなくてはならず、はぐれた仲間をみすてる判断をくだしたり、イラクの民間の老人を手にかけようともする
そしてまともな食料をもたないまま300キロを踏破し、8人のなかでライアンだけがシリア国境をこえた
その後軍務に復帰したが、イラクでの経験があまりに過酷で精神のバランスをくずしてしまったらしい
現在は小説家としてSAS隊員が活躍する力作をかいている

グリーングラスがアメリカで撮った「ボーン・スプレマシー」「アルティメイタム」「ユナイテッド93」もきらいではないのだが、イギリス時代のザラザラとしてとぎすまされた感覚はかんじられない
ハリウッドには世界中から人材があつまってくるわけだが、いざ引越ししてみるとその作品は本国のときより質がさがることがおおい
もちろんハリウッドのえらい人たちにとっては、あたらしい才能を輸血することでよい効果をもたらすのだが、じっさいの製作者やファンにとっては不幸な結果をうむ
映画にはローカルな視点が必要なのだ
どんなテレビ番組が放送されているのか、スーパーにはどんな商品がならんでいるのか、こどもたちのあいだでなにがはやっているのか、けっきょく外国人にはわからない
しかし映画ではそういうディテールが説得力につながる

才能あるひとびとがハリウッド帝国のグローバルな野望に翻弄されてほしくはない
かえるべき場所があるからこそ、兵士たちは危険をおかして国境をこえるのだ
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