はてしない戦場 ― ジョシュア・キー『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』

ファルージャ

イラク 米軍脱走兵、真実の告発
The Deserter's Tale
The Story of an Ordinary Soldier Who Walked Away from the War in Iraq

著者:ジョシュア・キー ローレンス・ヒル
訳者:井手真也
発行:共同出版 2008年


オクラホマ州、ガスリー。
著者の幼少期の逸話をよんでいると、
アメリカ南部の荒廃した風景がうかびあがる。
母親の所有するトレーラーにつぎつぎとやってくる三人の継父は、
みな例外なくアルコール依存症で、家族に暴力をふるう。
著者のかわいがっていた犬までころす。
女も子どもも、だれもが銃をもっていて、
ほんのはずみで自分の頭をふきとばして死んでしまう。
男は大抵ひどい人種差別主義者で、
黒人やアジア人をまえにするとぶつぶつと呪いのことばをはく。
そして、いつかまた北部と南部のあいだに戦争がおきて、
世界はすこしだけマシになるだろうと、真顔でかたりあう。


文なしで医療保険もなく、歯の治療もできない人間が、
それを提供してくれる軍隊にひかれるのは自然のなりゆきだ。
軍務をつとめあげたあと、溶接工としての正式な教育をうければ、
アリ地獄のような経済的苦境からぬけだせるはず。
陸軍は、そんな貧乏人のよわみ、
さらにわかさゆえの無知ににつけこもうとする。
著者であるキーは、入隊しても戦闘義務をおいたくなかったので、
「非戦闘配備対象基地」なるものにおもむくことを前提に、
2002年4月、陸軍と契約をむすんだ。
そしてかれは、パットン大将がひきいたことで有名な、
第三装甲騎兵連隊に属する第四十三戦闘工兵中隊に配属される。
「非戦闘配備」なんていうものはもちろん軍の勧誘者のウソッパチで、
イラク戦争開戦から三週間後、中隊は戦場へとぶ。
あり体にいえば軍、さらには政府にだまされたわけだが、
一旦契約した以上それにさからうことはできない。


イラクでは中部のラマディ、ファルージャなどの「戦場」におくりこまれる。
周知のとおり、戦争らしい会戦などおこりはしない。
空爆によって破壊された市街地を、狙撃や手榴弾におびえながら、
徒歩の一列縦隊でパトロールする。
駐屯地は毎晩のように迫撃砲で攻撃される。
敵兵がいるとおぼしき場所に見当をつけて家宅捜索をおこなうが、
家全体を解体するいきおいでさがしても、痕跡はなにもない。
ただオクラホマのガスリーとおなじで、
イラクのほとんどの住居にはカラシニコフ銃や手榴弾があった。
はじめのうちは片っぱしから押収していたが、
きりがないので一家族あたりカラシニコフ一挺は所持をゆるされることに。
バカげた話だ。
悪夢のような毎日のなかで、兵の士気はみるみると低下し、
市民に対して暴力や略奪をはたらくようになる。
ついには、戦闘員ですらないイラク市民の死体の頭部をボールがわりに、
わらいながらサッカーに興じるアメリカ兵のすがたをみて、
著者の国家への忠誠心は霧のようにきえうせてしまう。


休暇をあたえられて、一時的に帰国した著者は後遺症にくるしみだす。
酒におぼれ、つねにだれかに襲撃されるのではないかとおびえ、
買いものにでかけることすらできない状態に。
ふたたび戦場にもどるか、それとも牢獄にいれられるか。
とうとうかれは、妻と子どもをつれて逃亡することをえらぶ。
それは、かれなりの正義にもとづく決断らしい。

1945年から1946年にかけて、ナチスドイツの戦争犯罪人たちが
ニュルンベルク裁判で裁かれたとき、ひとつの重要な原則が確立された。
それは、人道的選択が可能であった場合には、
上官の命令に従っただけだという主張によって、
個人が国際法に対する責任を免れることはできない、というものだ。
だからぼくには、自分がしたことに対して責任がある。


上官の命令や軍法よりも、良心のほうがおもい。
だから、軍にもどりイラクで罪のない市民をころすことより、
困難ではあっても逃亡者としていきのびようとする。
現在はカナダにおちのび、難民認定をまっているそうだ。
この生き方がただしいかどうか、だれも判決をくだすことはできないだろう。
ただこの聞き書きの書物をよんでいると、
周囲のものごとに対するキー元上等兵のするどい観察眼が感じられ、
優秀な兵士だったことがわかる。
だからこそ、自分のなかの良心の声を信じ、
祖国をすててまで、孤独なたたかいをつづけられるのにちがいない。


イラク米軍脱走兵、真実の告発イラク米軍脱走兵、真実の告発
(2008/08)
ジョシュア・キー

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