かなしき修学旅行 ― 井上章一『日本に古代はあったのか』

修学旅行

日本に古代はあったのか
(角川選書)

著者:井上章一
発行:角川学芸出版 2008年


だれがきめたのかはしらないが、
オレの中学、高校の修学旅行はおさだまりの奈良・京都。
にきび面の旅人たちと、
古ぼけた建築や薄気味わるい仏像のくみあわせ。
あうわけがない。
龍安寺の超モダンな石庭はあざやかだったが、
全国各地の中高生でごったがえす境内はさながら動物園で、
ながめをたのしむ余裕もなくイライラさせられた。
千葉から京都くんだりまでつれられて、
なんでこんなスクラップを見なければならないのか。
津田左右吉は奈良時代の仏像のことを、
「異国の物」、「人間界を離れた怪物」といったそうだが、
まさにそのとおり。
感覚的にうけいれることができない異物だし、
どうやっても親しみをおぼえようがない。
あんなものを「偉大な国宝」、「日本文化の根源」と宣伝したところで、
少年少女に対しては説得力がとぼしすぎる。


本書は「古代-中世-近世-近代」という、
西洋の時代区分を無批判に日本史にもちこんだ学会を批判し、
中世を起点として歴史をかきなおそうという興味ぶかい提案。
著者の国際日本文化研究センターの同僚である
ドイツ出身のリュッターマン氏も、
日本史の時代区分に疑問を感じているとか。

日本人の研究者は、
日本にも古代があったと思いたがっているんじゃあないでしょうか。
かがやかしく偉大な古代が、日本にもあった。
『万葉集』や『源氏物語』は、すばらしい古代の産物だ。
日本人はそんなふうに位置づけたがっているんじゃあないかと、私は感じます。


蒙をひらかれるおもいがした。
「日本の偉大なる古代文明」というプロパガンダがデッチアゲだとすれば、
修学旅行で感じたフラストレーションの説明がつくからだ。
ながい中世のほんの一時期の、特定地域のできごとや遺産が、
歴史のなかで必要以上の特権的地位をしめているのではないか。


はじめて西洋にあわせて日本史を、
古代と中世にわけて叙述しようとこころみたのは、
原勝郎の『日本中世史 第一巻』(1906年)だとされる。
王朝をローマ、東国をゲルマンになぞらえて、
武士が隆盛した鎌倉時代以降を中世と位置づけた。
なにも無理して歴史まで西洋にすりよらなくてもよいとおもうのが。
かがやかしきローマ帝国になぞらえて、
わが畿内にめぐまれた政治・宗教・文化的権威があたえられた。
もちろん関東人は野蛮な夷狄となる。
しかしみやびなるわが王朝を、
アフリカからブリタニアまでを支配し、
法律、交通路、度量衡などを整備統一した
大帝国に見立てるのは無理がありませんかね。
日本の文化は、権威で他国をおどしつけるような、
帝国主義的ふるまいがにあわないとおもう。
たしかにローマは西洋の中心だったかもしれないが、
すくなくともオレは奈良・京都に対して、求心力も遠心力も感じない。


実はこれまでの要約は著者の主張から意図的にずらしている。
京都でうまれそだった井上の歴史観はあまりに畿内にかたよりすぎ、
均衡をうしなっているとかんがえるからだ。
まあオレは根っからの野卑な関東人なのでおゆるしねがいたい。
しかし、著者の結論にまったく同意できなくても、
ときに知見がひろまることがあるのが本のよいところ。
おもうに、日本史の時代区分はふたつで十分ではないだろうか。
明治以前が「日本1」で、大正以降が「日本2」。
この区分法にしたがえば、わが国の歴史叙述から中心が取りのぞかれ、
あやしげな権威をまえにしてフラストレーションをためることもなくなる。
中高生の旅行先も、劇的に選択肢がふえるにちがいない。


日本に古代はあったのか (角川選書 (426))日本に古代はあったのか (角川選書 (426))
(2008/07/11)
井上 章一

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