左翼軍人ヒトラー

後列右にすわるのがヒトラー。1914–18年(ドイツ連邦公文書館)

 

 

ヒトラーは無教養だつた。

読書家だが、独学の限界があつた。

はじめからわかつていることを本のなかにさがす、そんな読み方をした。

 

ただ、戦争や軍事技術についてだけ精通。

前線兵士としての体験に照らし合わせると、知識は血肉化した。

つまり戦場が、かれの唯一の学校だつた。

 

 

戦争指揮をおこなうところ。1942年(ドイツ連邦公文書館)

 

 

第一次大戦後も軍事研究をおこたらず、

チャーチルやルーズヴェルトやスターリンに、すこしも引けをとらなかつた。

ドイツ国防軍の将軍とくらべても遜色ない。

 

グデーリアンの独立戦車軍団や、マンシュタインの対フランス作戦計画は、

ヒトラーがいなければ、伝統に固執する上官に握りつぶされたろう。

対ロシア戦も、かれの頑固一徹さで四年ねばれた。

 

すくなくとも軍事オンチでなかつた。

敵の弱点を嗅ぎわける、驚異的な勘をそなえていた。

外交や内政をふくむ、あらゆる面で発揮された。

ワイマール共和国、ヴェルサイユ体制、ドイツ国内の右翼、フランス……。

ドミノのごとくバタバタ斃れた。

 

 

 

 

 

オーストリア併合後、ウィーン市内でパレード。1938年(ドイツ連邦公文書館)

 

 

ヒトラーを分類するなら、「左翼」がふさわしい。

クロムウェルやジェファーソンやレーニンや毛沢東など、

壮大な理想をかかげ成功した革命家の系譜につらなる。

上流階級による支配をみとめないから、「ファシスト」でもない。

同時代人では、ムッソリーニよりスターリンにちかい。

 

政治家としての武器は、組織能力。

ナチス党の結束のつよさは脅威だつた。

ただひとりの支配者の意志にしたがい、猛然と選挙戦を制した。

党内の敵対者を、難なく骨抜きにして排除する、ヒトラーの術策のおかげ。

 

また、経済のシロウトで、関心すらもたぬヒトラーが、

1930年代の復興をもたらしたのは、独裁権力をにぎつたから。

背後に強制収容所をちらつかせることで、ブロック経済をつくり、

賃金・物価を統制し、インフレなき成長をみちびいた。

 

例の耳ざわりな演説は、いまきけば失笑ものだが、

当時は反論をゆるさぬ実績の裏づけがあつた。

別にガラガラ声が、大衆を惹きつけたのではない。

 

 

暗殺未遂事件現場をムッソリーニと訪れる。1944年(ドイツ連邦公文書館)

 

 

ヒトラーは野心のため国家を利用した。

精確にいうと、国家機能を破壊した。

第三帝国には憲法がなく、基本的人権はおろか、国務機関の職務規定すらなかつた。

ゆえにさまざまな権力機構が、足をひつぱりあう。

対外的には、いくらも機会があるのに、講和条約をむすばない。

それがヒトラーの望みだつた。

混沌のなかで、混沌を制御するのが目的で、そして最後の最後まで権力を独占した。

 

 

 

 

 

ブーヘンヴァルト強制収容所。1945年

 

 

天才とうぬぼれるヒトラーだが、地位は長続きしないと知つていた。

妙に冷めてるのが、かれの一番おそろしいところ。

1939年、ルーマニア外相ガーフェンクにいう。

「わたしはいま50歳だ。55、60になる前に、いま戦争するつもりだ」

歴史の進行速度を、自叙伝のページ数にあわせた。

 

世界征服とユダヤ人絶滅に邁進した。

相反する目標だつた。

大量虐殺のせいで、中立でいてほしい英米を敵にまわす。

数個師団に相当するSS隊員を前線におくれず、

収容所ゆきの貨物列車が大陸を往復、補給もとどこおる。

 

 

アルデンヌ攻勢で戦うドイツ兵(ドイツ連邦公文書館)

 

 

1944年8月、地下壕にこもり衰弱の極みにあるヒトラーは、電撃的に復活。

敗北が目前にせまつたから。

微塵も死をおそれなかつた。

むしろかれを興奮させた。

 

12月、アルデンヌ攻勢を決定。

東部戦線を手薄にし、西側列強に一泡ふかせようとした。

だが参謀総長グデーリアンが諫言したとおり、攻勢は頓挫、ロシア軍に侵入される。

 

結果はドイツ国民の心情の正反対に。

野蛮なロシア人におびえ、西側による占領をひそかに願つていた。

ヒトラーはわざと拙劣な作戦をえらび、よわき民族を罰した。

英雄的決戦に命懸けでのぞまぬなど、極刑にあたいしよう!

 

以上が20世紀最大の悲劇だが、ことなる見方もある。

もし本土決戦がながびけば、アメリカは広島・長崎にさきだち、ドイツに原子爆弾をおとしたろう。

ヒトラーが兵力をムダづかいしたため、まぬがれたといえる。

戦争の喜劇的側面だ。








【参考文献】

セバスチャン・ハフナー『[新訳]ヒトラーとは何か』(草思社)




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