哲学するより昼寝しよう ― フリーマン・ダイソン『叛逆としての科学』

シャルトル大聖堂

叛逆としての科学 本を語り、文化を読む22章
The Scientist as Rebel

著者:フリーマン・ダイソン
訳者:柴田裕之
(2008年/みすず書房)


フリーマン・ダイソンは、1923年のイギリスに生まれた理論物理学者。
ジュリアン・シュウィンガー、リチャード・ファインマン、朝永振一郎らと同年代で、
みずからを「保守主義」の世代とよんでいる。
老いたアインシュタインやディラックらが馬鹿げた大理論に拘泥するのをみて、
自分たちは既存の物理学の細部を整理することに専念し、
実験結果にぴたりと一致する目ざましい業績をあげた。
この書評を大半として編まれた随筆集は、
伝統を墨守した物理学者としての現実主義と、
ゆたかな藝術的素養がとけあって読みごたえがある。
ただ翻訳の際に七つも章をけずったそうで、それだけが気にいらない。


本書のあちこちで詩が引用されている。
教養をひけらかすという風ではなく、
韻文の力をかりて自身の思想をふかめているようだ。
偉大な物理学者は大抵そうなのだが、
文系人間のオレがおよびもつかないような文学の心得があるものだ。

科学はその日常的実践において、哲学よりもはるかに芸術に近い。
真偽決定の不可能性を謳った不完全性定理の
ゲーデルによる証明に目をやっても、私には哲学的議論は見えない。
この証明は高々とそびえる建造物であり、
シャルトルの大聖堂に劣らず独特で美しい。


ダイソン先生、言いきっております。
比類ない創造的な業績をあげた科学者にかぎって、
その晩年に不毛な還元主義の哲学の罠にはまることがある。
アインシュタインの最後の二十年は、物理学全体を統一する
一組の方程式をさがすことに空費された。
ヒルベルトは数学全体を形式的命題のあつまりに還元することを目ざした。
ゲーデルにより、全体は各部の総和よりつねに大きいことが証明され、
その夢はうちくだかれてしまったが。
世界をひとつの方向に統一しようとするテツガクはつねにむなしい。


本書の六から十章でダイソンは戦争についてかたる。
物理屋のにわか軍談とおもったら、ところがどっこいこれは玄人の藝だ。
第二次大戦時にイギリス空軍で数理モデル化の研究に従事しており、
戦後も軍の活動にあれこれとかかわってきたらしい。
数学ができるとツブシがきくのでうらやましいですね。
どの話もおもしろいが、著者は大筋において
「戦争とは、何ひとつ予定どおりすすまず勝敗の歴史的原因も
確定のしようがない、やぶれかぶれの場当たり的行為だ」という、
トルストイ的な戦争観に同調している。
そして、終戦まで戦術の次元で猛然と戦争を遂行した、
ナチス・ドイツのヘルマン・バルク大将の職業軍人意識を賞賛する。
戦争においては、戦略という「哲学」は無意味どころか有害で、
役にたつのは戦術という「藝術」だけなのだ。
限定的な目的と手段で戦争をおこなったワシントンは、
アメリカに安定した政治体制の礎をきずくことができた。
しかし、目的に制限のない戦争を、
ヨーロッパ史上空前の規模の陸軍をつかって重ねたナポレオンの帝国は、
かれの生命がつきるよりさきに崩れさった。
奮戦した軍事指導者に対する敬意が、職業上の技術面から逸脱し、
かれらの軍事的な才能と道徳的な美徳が混同されるにいたり、
世界を統一せんとする野心がそだってゆくものらしい。


未来にむけて。
1918年に出版された、シュペングラーの『西洋の没落』の
終末的ビジョンに感化された科学者たちにより、
物理学と数学の両分野で革命のイデオロギーが勝利したという主張など、
科学史に関する記述にも興味がひかれる。
文学趣味があったヘルマン・ヴァイルやエルヴィン・シュレーディンガーは、
危機的な状況にある数学や物理学には急進的な改革が必要とかんがえ、
古典数学や物理的な因果関係の原理の正当性を否定し、
のちの量子力学や不完全性定理の革命が準備された。
オレは『西洋の没落』ってまだ読んだことがないんだよね。
いつかは読もうとおもいつつもう十年もたちましたか。
また、現代ではPCやWorld Wide Webなど、
安価で強力な機器の恩恵をあらゆる種類の科学者がうけられるようになり、
天文学などではアマチュアが定量的な科学をおこなう能力をえた。
つまり先ゆきが不透明なのです。
オッペンハイマーの三つの顔をえがく十五章が一番よく書けているかな。
鬼神のような頭脳と教養と組織力をもちながら、
どこか不幸の影がつきまとう男の生きざまをうまくまとめている。

こうした書簡を読むと、オッペンハイマーの性格を知る手がかりが得られ、
彼の人生がけっきょく悲劇に終わった元凶が浮かび上がってくる。
その元凶とは焦燥感であり、休むことを知らぬ生まれながらの性格だ。
きわめて高い水準の創造的な仕事をするためには、
休養期間も必要なのではなかろうか。
シェイクスピアは戯曲創作の合間には遊んでばかりだったと伝えられる。


よいことをいってくれるなあ。
焦燥感にかられた人間っていやですよね。
オレだって沢山休みをもらえれば、このブログの文章ももっとよくなるのに。
シェイクスピアやアインシュタインに追いつけるとまではいいませんが。


叛逆としての科学―本を語り、文化を読む22章叛逆としての科学―本を語り、文化を読む22章
(2008/06/21)
フリーマン・ダイソン

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