ふたなり作家・森鷗外 ― 『灰燼』を読んで

ふたなり

灰燼
森鷗外 著
[ちくま文庫版で読了]

半陰陽ってご存知ですか?
ふたなり、両性具有、アンドロジニー、インターセックス、ヘルマプロディトス
などというよびかたもあります。
第一次性徴における性別の判別がむずかしい状態をさす言葉です。
要するに男か女かわからない人のこと。
原因や特徴もさまざまで、遺伝子や染色体の構造もいくつかあり、
性器の形状にいたっては人それぞれ多様なモデルがあるとか。
「男と女」という性別の二分法も案外粗雑なものなのです。
森鷗外の『灰燼』には、相原という半陰陽の「青年」がでてきます。
しかも主人公と拳銃でたたかう場面もあったりして。
鷗外先生もヤるときはヤるのです。

今にSadismeやなんぞのような、
性欲の変態を書いて成功する人も出て来るかも知れない。
己は変生男子の小説でも処女作として書いてみようかしら。
なんにしろその相原と云う奴を見たいものだ。


「性欲の変態」!
キタキタキタキタ!
主人公である書生の山口節蔵は小説家志望でもあって、
創作の題材にしたいという目的をもちつつ相原にちかづく。
相原が下宿先のお嬢さんにちょっかいをだしてこまらせるので、
それをやめさせてくれとたのまれたのだ。

英書が少しずつ楽に読めるようになったので、ある時ポオの物を読むと、
自分の行くべき道をこの案内者が示してくれるようでもあり、
また自分の企ての無謀で危険なのを、
この先進者が高い処から見て笑っているようでもあった。


これは節蔵のかんがえをあらわした部分なのだけど、
小説家鷗外の気分が前面にでているとみてとれる。
鷗外はこの時期エドガー・アラン・ポーにかぶれて、
推理小説や怪奇小説に分類されるような作品を書いてみたかったのだろう。
それも倒錯した趣味の。
そもそも鷗外先生の作品には変態性欲の嗜好がヌキがたくある。
『山椒大夫』では、安寿と厨子王がひどい拷問にあう。

とうとう火筯を安寿の額に十文字に当てる。
安寿の悲鳴が一座の沈黙を破って響き渡る。
三郎は安寿を衝き放して、膝の下の厨子王を引き起し、
その額にも火筯を十文字に当てる。
新たに響く厨子王の泣き声が、ややかすかになった姉の声に交じる。


けなげな少女とその弟に対する残虐なしうち。
倒錯的だ。
結局夢のなかのできごとだとわかるけれど。
『高瀬舟』もこわい。
喜助が自殺をこころみた弟にとどめをさす場面がある。

わたくしはなんと云はうにも、聲が出ませんので、
默つて弟の咽の創を覗いて見ますと、なんでも右の手に剃刀を持つて、
横に笛を切つたが、それでは死に切れなかつたので、其儘剃刀を、
刳るやうに深く突つ込んだものと見えます。
柄がやつと二寸ばかり創口から出てゐます。


これは瀕死の弟の様子をえがいているわけだが、
鷗外は医者だから、このような切所でも冷静な描写に徹する。
そして、かれには人体を破壊する暴力への執着があるようにおもえる。

『灰燼』の主人公である節蔵はハードボイルドで、
ラスコーリニコフ的な虚無感をかかえたヒーローでもある。
下宿する谷田家の娘、華族女学校にかようお種さんに対しても冷淡だ。

「わたくし間が悪くてしようがないわ」と、お種さんは云ったが、
その間の悪いと云う詞も、学校で年上の女の子が使うのを聞き覚えて、
人真似に言うらしく、どうも男に揶揄われて間が悪いと云う感じが実際にあって、
それを詞に発したものとは聞き取られなかった。


良家の娘でも容赦なくその浅薄な言動を内心で軽蔑する。
節蔵は、女や女の尻をおいかけているような連中を

己は赤裸々の生活をしている。
あいつ等は衣服ばかりの生活をしている。
それに光彩があると云うなら、人世はペンキ塗だと、ふと思った。


という風に歯牙にもかけようとしない。
レイモンド・チャンドラーからの引用ではありません、鷗外です。

さあ、われらが節蔵君は物語の後半ではどんな活躍をみせてくれるのか?
十八章からは、『新聞国』と題した小説を書きはじめる。
新聞の種をつくる人と、種をひろって書く人と、それを買って読む人の
三種類の人間しかいない架空の国家をえがく寓話。
意味不明で、おもしろくもなんともない。
節蔵自身は「血の出るような風刺」と自讃しているが…。
サディズムも半陰陽もほうりだして、書けもしない風刺に手をつけて失敗し、
鷗外はこの作品を十九章でとじた。
小説を書いて同時代の社会に挑戦することからにげたといえるだろう。
その後の陸軍軍医総監は六十一歳で死去するまで、
平凡な歴史小説の執筆に没頭する。
変態性欲の兆候をオブラートにつつみながら。

灰燼 かのように―森鴎外全集〈3〉    ちくま文庫灰燼 かのように―森鴎外全集〈3〉 ちくま文庫
(1995/08)
森 鴎外

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