同級生対決! 中村とうよう vs 石原慎太郎

狼

ミュージックマガジン八月号をよんでいたら、音楽評論家・中村とうようのコラム「とうようズ・トーク」の火をふくようなはげしさにびっくりした
このじいさんが数か月ごとに感情を激発させることはしっていたが
東京都知事をつとめる石原慎太郎の六月六日の会見での発言にかみついている

イシ腹死ンダローなる男のデタラメ、イイカゲンぶりムキ出しの言葉に今さらながらアキレ果て、胸がムカムカしてならなかった。

オリンピック候補地の第一次選考を通過した四都市のうち、市民からの支持率は東京が59%で最低だったことについて石原は、

東京の人のメンタリティーというのは、非常にぜいたくになっているからね。みんな他人事と思って、肩越しにしらっと眺めている。オリンピックをやるなら勝手にやれ、ってものじゃないと思うんだな。これから機運が高まって、必ず東京の人も日本中もみんなでやろうってことになる。僕はそういう意味で、日本人を信じている。メディアはあまり信じていないけど。


と、かたっている
たしかに傲慢な口ぶりだ
オリンピック招致などというイシ腹が「勝手に」やっていることを、冷ややかにうけとめている都民を「ぜいたく」と形容するトンチンカンさを批判することにはおおいに同意する
都民から見はなされてもなお「これから機運が高まる」と強弁する知事の姿勢には、独裁者の危険な悪臭がただよっているのも事実だ
しかしとうようはコブシをまだおろさない
イシ腹を当然のようにファシストよばわりしながら、

イシ腹はぼくと同じ歳だと思うが、あの戦争の時代に受けた教育を憎悪するぼくとは正反対のファシスト、しかも幼時に受けた教育が拭い切れずにいる時代遅れの老人というよりも、アベ晋三と同じように骨の髄からの「君が代」・靖国主義者たることを戦略的に選択した悪辣な犯罪人という正体を、今さらながら見せつけた。

と非難する
インターネット上ではもっとひどい罵詈雑言が飛び交っているわけだが、やはり紙の上でみると破壊力があるものですねえ

中村とうよう(本名・中村東洋)は1932年7月17日の京都にうまれた
石原慎太郎と同年ということになる
京都大学を卒業したあと銀行勤務などをへて、ボブ・ディランやビートルズのような新世代の音楽に関する情報の需要にこたえるため、1969年に「ニューミュージックマガジン」を創刊
日本の風土とは縁もゆかりもない「ロック」という音楽が受けいれられるようになったのは、中村とうようの功績がおおきいと言われている
ロックミュージシャンが商業的に成功し、ロックが「普通の音楽」として消費されるようになるなかで、とうようはさらに世界各地の音楽に触手をのばし、「ワールドミュージック」の紹介者として活動する
まあとにかく外国の音楽の研究と紹介に明け暮れた人生だ
わが国の音楽ファンで、とうようの音楽に対する造詣の深さ、視野の広さをしらない人はいないし、よくもわるくも影響力はおおきい
たしか独身のはずで、世人なら家族のためについやす時間と資金をすべて音楽にそそぎこむことで、膨大な音源と知識をたくわえたのだ
その遺産を引きつぐ人間はいないけれども

そういう人生はむなしいといっているわけではないですよ
本人だっておのれの成しとげた仕事に誇りをもっているだろう
おれだって人づきあいより自分の関心をふかめることを優先するところがあり、要するにオタクなわけだが、すきでやっているのだから他人にどうこういわれたくはない
「世界にはまだ自分がきいたことのない音楽がある」とかんがえただけでいても立ってもいられなくなり、収蔵品が日に日に膨張して住居を占拠する
自分より音楽にくわしい人間がいれば嫉妬に身が焦がれそうになり、その知識の一片でもぬすみとろうとあがく
そしていつか音楽の世界を征服し、その道の権威とみなされたいという欲望
家族や知人からはまず理解されることはなく、ときに狂人あつかいされたりもするが、そういう種類の男が一定数存在しているのも事実だ
孤独といえば孤独だが、地平線をめざして駆けぬけてゆく一頭の馬をとめられるものはいない

しかし東京都知事は老評論家の悪罵など気にもとめないだろう
そもそもとうようの声が耳にとどくこともあるまい
三度目の任期をつとめる首都の長のまわりには、猫なで声で自分をほめそやす人間しかおいていないはずだ
都庁に出勤することも週に二三日程度で、午後の数時間しかはたらかないことも多いらしい
もと右翼活動家で、かつて石原の秘書をつとめていた副知事・浜渦武生が実際の政務をとりしきり、都庁は宦官に牛耳られた宮廷のようになっているようだ
(浜渦は予算委員会での偽証の罪をとわれていったん辞職したが、のちに参与として都政に復帰)
しかし石原は「つよいリーダーシップをもつ政治家」という印象づくりになぜか成功している
弟は大根役者だったくせにね
七十五歳の老人になにが期待されているのかはわからないけれど
この歳なら職場にでるのだって億劫だし、書類など読むふりだってしたくないだろう
たぶん都民もそういう事情をわかったうえで、この言語能力のあやしい死にぞこないを放し飼いにしているのではないだろうか
七十の老人なら、わが町を崩壊させるようなバカはやらないはずと
実際に1975年に美濃部亮吉に挑戦して都知事選に立候補したときは見事にやぶれている

ところで石原がテレビにうつるといつも目をパチパチさせて気もち悪いが、あれはチック症の症状なのだろうか
かれは人種、性別、職業、障害者などに関して侮辱的発言をすることで有名だが、自分が精神もしくは脳の障害をかかえていることに起因する卑屈なコンプレックスにちがいない
「差別発言」をするなって?
町の行政責任者が精神や脳の病気をわずらっているとしたら、それは全住民の生活にかかわる重大な問題だ
公人の精神や身体の健康については一般のプライバシーの原則はあてはまらない
あえて皮肉な見方をするならば、石原のそういう柔弱さが有権者の共感をよんでいるともかんがえられる
東京は弱者の王によっておさめられているのだ

中村とうようは五月号のコラムでも石原を批判している
2005年に開業した新銀行東京(またの名を石原銀行)の累積赤字が三月までに1016億円に達し、東京都による400億円の追加出資がきまったことだ
話によると400億ぽっちで経営が再建できるわけがなく、国際決済銀行による自己資本比率の基準を維持するための捨て金だそうだ
現知事の任期がおわるまで潰すわけにはいかないということか
これだけでもゆるしがたいが、「つよいリーダーシップをもつ政治家」の石原慎太郎はいまだに目をパチクリさせながら自分の責任を否定しつづけている

弱者の王がオリンピック招致に躍起になるのはよくわかる
いまのままでは史上最悪の東京都知事として記憶されるわけで、職務経歴書の最後に「オリンピック招致」と書きこめば「終わりよければすべてよし」で一発逆転!
人生の最晩年をささげた十二年間の激務の日々(週二三日だが)もむくわれるというものだ
そう都合よく物事ははこびませんけどね、石原さん
われわれ都民はあなたの名誉欲を嗅ぎとっているから、駅にポスターが何枚貼られていようと招致運動を応援しないのですよ
べつにスポーツがきらいだからではありません
石原慎太郎が人生ののこり時間をついやすべきなのは、時代おくれのお祭りさわぎではなく、私財のすべてを投じたうえで「石原銀行」の後始末をつけることだ
歴史の女神に断罪されるまえに
弱者があつまれば都知事になることくらいはできるが、草原をかける悍馬、断崖でほえる狼の声を掻き消すことはできない
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