救世主・オブ・ザ・イヤー ― 「スピード・レーサー」をみて

スピード・レーサー
Speed Racer
出演:エミール・ハーシュ クリスティーナ・リッチ マシュー・フォックス
監督:アンディ・ウォシャウスキー ラリー・ウォシャウスキー
(2008年/アメリカ/135分)
[新宿ミラノ2で鑑賞]
熱血ヒーローを演じた1994年の「スピード」のあと作品にめぐまれなかったキアヌ・リーブスを、少々難解なSF映画の主演に抜擢したチャウチャウ兄弟はやはりえらかった
「脚本の哲学用語を理解できたのはかれだけだったから」とかいう理由をきいたことがある
救世主になりきるのは楽じゃない
カリスマ性っていうんですか、ありがたみがなくてはいけないし
まあ映画界では毎年のようにあらたな救世主があらわれるわけですが
「世界を破滅からすくう」というみずからの運命をさとるためには、複雑な「世界」のあり様を理解する知性も必要だ
全人類の期待を背負うんですから、並みたいていの責任感じゃつとまりません
そしてキアヌは黒いコートを身にまとい、ふたつの世界をかるがると行き来しながら、みごとにその使命をまっとうした
「マトリックス」の世界観はフランスの思想家、ボードリヤールの本にもとづくとされているそうだが、実際は映画の「攻殻機動隊」から影響された部分の方がおおきいとおもう
なにが現実なのか明瞭ではない世界のなかで、高度に訓練されたプロフェッショナルがおのれの存在をかけてたたかうという筋書き
ちがうのは、押井守の作品が現実と虚構の狭間にしずみこんでゆく憂鬱な色調であるのに対して、チャウチャウ兄弟の方はもっとイケイケでアメリカンなノリであることだ
演歌とロックのちがいといいますか
おい!この世界を裏で牛耳る悪者がいるんだってよ!
だったらぶっ倒しにいこうぜ!
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの"Wake Up"を大音量でききながら脚本を書きあげたとか
「スピード・レーサー」の物語も、そういう意味で前作にそっくりだった
まるで「マトリックス」のマトリックス世界をみているかのよう
主人公のスピードは、ひょんなことから巨大企業がレースの世界を支配しており、自分が愛するグランプリはすべて八百長であったことを知る
レーサーとしての誇りをとりもどすため、スピードはたったひとりで、ほかの競技者全員を敵にまわした状態でグランプリにいどむ
ちがうのは「スピード」なのに、そこにキアヌがいないってことだけだ
二十三歳のエミール・ハーシュはいったら悪いがまだひよっ子だ
べつに美青年ではないし、つよい個性も感じなかった
「マトリックス」公開時のキアヌは三十五歳だったので、くらべたら酷な部分もある
それでも作品全体が子どもっぽい印象になってしまったのは事実だ
映像的なアイデアが豊富でそれなりにたのしめるが、ときおりはさまれる弟と猿の寒いギャグで気分はなえてしまう
場内はだれもわらっていなかった
わらいがもれたのは、猿がウンコを投げつけるときくらいだったかな
チャウチャウ兄弟はユーモアのセンスがたりない人たちだということが判明した
おめめぱっちりで近未来顔のクリスティーナ・リッチはかわいいのだが、あの刈りあげたショートボブ(またの名をおかっぱ頭)をうけいれるのには勇気がいる
最近のハリウッドじゃおかっぱがはやっているのか?
少女時代のトリクシーの方に萌えくるってしまった自分がかなしい
しかしトリクシーって、これまたトリニティーに似ている名前だな
キャリー=アン・モスのトリニティーは話の展開におおきくからみますが、トリクシーははっきりいっておまけです
母親を演じるのはスーザン・サランドン
どういう偶然かしらないが、ここ一か月でかの女の出演作をみるのは三本目だ
うまい役者なので、悪ふざけぎみの映画のリズムを熟練のドラマーのように安定させている
しかし逆にかんがえると、おもしろみがないともいえます
刈りあげボブのようにきっちりとまとまった映画でけっしてわるくはないのだが、はっきりとした中心線がとおっていないためあざやかな印象がのこらない
スターウォーズ新三部作のカメラをまかされたデヴィッド・タッターサルが撮影監督をつとめており、色とりどりの画像はたしかにうつくしい
しかしこわれた信号機みたいで目ざわりだな、とおもえなくもない
かつて主演俳優にめぐまれたチャウチャウ兄弟は、作品を必要以上に深よみしてくれるファンをまきこみながら堂々たる三部作をつくりあげた
しかし映画はしょせん映画で、おかっぱ頭はただのおかっぱ頭だ
「刈りあげボブって近未来的でステキ」と「いまどきおかっぱ頭って(笑)」は紙一重であり、本作は残念ながら後者のように受けとられる映画の系譜に属している
もうすぐ公開される押井の「スカイ・クロラ」と見くらべて、時代と映画の関係についてかんがえてみたいとおもったりもした
関連項目:重要な更新があります?―「攻殻機動隊2.0」をみて
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