宮尾行巳『アンダープリズン』
アンダープリズン
作者:宮尾行巳
掲載誌:『週刊漫画ゴラク』(日本文芸社)2019年-
単行本:ニチブンコミックス
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近未来の地下刑務所を舞台とした物語である。
正確にいうと、死刑囚専門の「拘置所」。
収容者は凶悪犯ばかりなので治安は最悪だ。
主人公である金髪の「桃瀬純矢」は、殺人罪で死刑判決を受け、ここに送られた。
端正な顔立ちの純矢は、男色趣味の看守の餌食になりかける。
しかしこの監獄の情報は調査してあり、どうにか切り抜ける。
実は純矢は警察に出頭し、みずから進んでこの監獄へやってきた。
目的は復讐。
家族3人を殺した男を、国家権力ではなく、自分の手で葬るために。
復讐の相手である「櫛目仁吾」とは同房になった。
殺ろうと思えばいつでも殺れる。
しかし櫛目は、想像してたのと違う人間だった。
絵が趣味で、被害者である純矢の姉の肖像画を描いたりする。
僕は復讐譚だと思って単行本を購入したが、予想は裏切られた。
殺害現場にいたのに、なぜか当時の記憶が残ってない櫛目は、
純矢との接触がきっかけとなり、すこしづつ記憶が戻ってゆく。
どうやら犯人は別にいて、もっと大きな陰謀が絡んでるらしい。
あとがきで作者は刑務所や拘置所について語っている。
作中の風景は誇張でなく、むしろマイルドな描写だと。
「国家権力は一個人の暴力よりずっと恐ろしい」という世界観の中で、
ポリティカルサスペンス的な要素が、物語に深みを与えている。
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はまじあき『ぼっち・ざ・ろっく!』
ぼっち・ざ・ろっく!
作者:はまじあき
掲載誌:『まんがタイムきららMAX』(芳文社)2018年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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彼女たちは「結束バンド」。
拷問でも始まりそうな不穏なバンド名である。
本作は『きららMAX』連載の、JKバンドものの4コマ漫画。
第1巻は昨年3月に発売され、すでにかなりの人気を博してるらしい。
同ジャンルの『けいおん!』と比較しつつ、きららの現在と未来を占う。
4人組で印象的なキャラは、ベースの「山田リョウ」。
家が裕福なので小遣いは多いが、楽器を買いまくって常に金欠、
雑草を食べて空腹をしのごうとしたら死にかけた。
ぶっちゃけベースなんてのは、あってもなくてもいい楽器で、
逆に言うとベーシストをどう描くかが作品の個性だ。
凛として女らしい秋山澪との対比が鮮やか。
部室でダベる放課後ティータイムとちがい、彼女らの溜まり場はライブハウス。
テーブルの描写なんかもいちいち凝っている。
作者の妹・日笠希望も漫画家で、背景を手伝っているとか。
単行本おまけのカット。
主人公の「後藤ひとり」、通称「ぼっちちゃん」は重度のコミュ障で、
バイトをする羽目になったがどうしても行きたくなくて、
わざと風邪をひこうと氷風呂に入って凍死寸前となる。
それを母親は陰から見守る。
芳文社なのに竹書房的な不条理ギャグに接近している。
なおメンバーの名字はアジカンから取っている。
P-MODELから頂いた『けいおん!』へのオマージュだろう。
正直僕は、音楽を題材にした漫画が苦手だ。
いくら紙の上で名演奏を披露されても、脳内で音声が再生されないから。
しかし本作の狂気や暴力性が、ステージで爆発する瞬間を目撃したとき、
音楽漫画のあたらしい扉が開かれたのを認めざるを得なかった。
『けいおん!』に代表されるきらら諸作への直接的言及もある。
いわく「不自然なくらい女の子しか出てこない」
「特に何の事件もなく話が進む」
「社会に疲れた大人が見るアニメ」など。
自己言及のパラドックスに陥っている。
そしてアー写を撮るときは「きららジャンプ」をこころみる。
例のアレである。
マンネリズムのマンネリズムみたいなきらら諸作は、
それがマンネリだと受け手に意識させない論理で構築されており、
社会に疲れた僕たちを現実逃避させるのに一役買ってきた。
『ぼっち・ざ・ろっく!』はその方向性でさらに加速しつつ、
素粒子同士が衝突し、スリリングな高エネルギー反応が生まれている。
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望月桜『恋にならないシェアハウス』
恋にならないシェアハウス
作者:望月桜
掲載誌:『エレガンスイブ』(秋田書店)2019年-
単行本:A.L.C. DX
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ウェブ関係の会社に勤める31歳の「斎木真奈」は、最近引っ越しをした。
購入していたマンションは、同棲相手が浮気するのに利用され、
嫌な思い出が残ったので、貸しに出してしまった。
そこで選んだのが郊外にあるシェアハウス。
たがいに見知らぬ4人の共同生活がはじまる。
男が2人いることを、うっかりネット広告で見落とした真奈だが、
管理人の「西川」はイケメンで料理も上手で、むしろ万々歳だった。
研究者だという「吉岡」とは、女同士仲良くしようと話しかけるが、
いつも素っ気ない反応しか返ってこず、関係を構築できない。
しかしある日、吉岡は心の病気を抱えていることを告白する。
真奈の母が様子を見にやってくる第4話も秀逸なエピソードだ。
美人だが自己中心的な性格で、周囲に迷惑をかけがち。
真奈がつい自分の感情を押し殺してしまう傾向があるのは、
母親からのプレッシャーを受け続けてきたからだと解る。
シェアハウスの4人は、不器用でフツウの幸せをつかめなかった人たち。
でも人と一緒にいるのが嫌なわけではなく、むしろ求めていて、
ゆるやかだけど安心できる空間を、一から作り上げようと努力している。
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都陽子『ニュースの現場から!』
ニュースの現場から!
作者:都陽子
配信サイト:『COMIC BRIDGE online』(KADOKAWA)2019年-
単行本:ブリッジコミックス
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小さな地方テレビ局に勤める、アルバイトの新米カメラマンの漫画。
田舎なので大事件は起きないが、それでも火災現場などは相当危険だ。
主人公は26歳の「相原夏未」。
やりたいことが見つからず職を転々とし、ふらふら暮らしていた。
現在はコンビニ店員をしているが、そこに大学の先輩「岩隈」が現れる。
人手不足なので気の合う後輩をスカウトしにきた。
夏未の方も岩隈を憎からず思ってたので、オファーを受け容れる。
夏未は時給900円でアシスタントの仕事をはじめる。
映像に興味があった訳でもないので、知らないことばかりだ。
5、600万円するカメラを壊したときは大ピンチに。
数か月アシスタントをこなした夏未は、
5分間のニュース映像のためご当地アイドルを追う仕事を任される。
しかし、うまくいかない。
カメラマンは、ただカメラを担いで立つだけの職業ではない。
われわれ視聴者は、映像を見るときカメラマンの存在を意識しないが、
被写体にとってはそうでなく、視界にいるだけで足を引っ張ることも。
作者はアイドルを題材にした作品をいくつか発表しており、
得意のネタを取り上げたこの第5話は、出色のエピソードとなっている。
本作は、まんがタイム掲載作みたいな「お仕事もの」風のノリだ。
淡々としている。
「やりたいことを見つける」というストーリーはやや弱く感じるが、
飾らない性格の20代女子のがんばる姿がナチュラルに浮かび上がる。
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森猫まりり『源氏物語~愛と罪と~』3巻
源氏物語~愛と罪と~
作者:森猫まりり
掲載誌:『Sho-Comi』(小学館)2019年-
単行本:フラワーコミックス
3巻は若紫篇である。
紫上は初登場時まだ10歳。
庭で雀をつかまえて戯れる、無邪気な少女だった。
のちに心身ともに成長し、この作品のヒロイン格となり、
原作者の呼称「紫式部」の由来とされる重要キャラだ。
祖母が他界し、頼れる身寄りがいなくなった紫上に、源氏は同情する。
保護するという名目で、幼女誘拐犯さながらに自邸へ連れ去ってしまう。
源氏の庇護のもと、紫上はおだやかな生活を送る。
「潮が引く様にお兄さまの心が離れたら嫌だ」とか、
絶妙な切り返しで源氏をタジタジとさせたりする。
このとき紫上は14、5歳で、海など見たこともないだろうに、
それらしい返歌をさらっと詠むあたり、知性と教養が光っている。
本作は、女子中高生にもダイレクトに伝わるスタイルを採用するが、
その枠内で宮廷文化の香りを漂わせるのが巧い。
ある日源氏は豹変し、保護者としての仮面を脱ぎ捨てる。
計画通りであり、正妻葵上を喪った悲しみゆえの行動でもある。
心の準備ができてない紫上は抵抗するが、相手が源氏では分が悪い。
性愛というものの暴力的な本質を抉り出す名場面である。
衣擦れの音がエロティックだ。
信頼を裏切られた紫上は悲嘆に暮れる。
自分への優しい態度は、すべてこれが目的だったのかと。
そして庭を歩きながら身の振り方を考える。
例の行為は許せないが、これまで源氏から大切にされてたのは事実だ。
不自由なく暮らせる私は、客観的に見て幸福な女だ。
主観的には不幸だが、ならば幸福とはそもそも何か。
私はいったい誰に何を求めているのか。
人生の荒波に翻弄されるヒロインの心理描写が冴えている。
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