仲谷鳰『やがて君になる』第44話

 

 

やがて君になる

 

作者:仲谷鳰

掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(KADOKAWA)2015-19年

単行本:電撃コミックスNEXT

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最終話直前の「お泊り回」である。

侑は、晴れて恋人同士となった燈子の自宅を、

相手の両親が旅行に出ている隙に、緊張しながら訪ねる。

ところがタイミング悪く、玄関で両親と鉢合わせしてしまう。

女同士なので怪しまれなかったが。

侑自身の人畜無害な雰囲気も役立ったろう。

 

 

 

 

料理中の会話の場面。

「恋人」「付き合ってる」という言葉を使いたくない、と燈子は言う。

客観的に見て、それ以外の何物でもないのだが、

言葉というのはぞんざいで、使い古されて汚れてるから拒絶する。

4巻にもあった、言葉に対する痛烈な攻撃だ。

 

完結により、『やが君』の歴史的意義が明確になった。

本作の斬新さは、ジャンルの爛熟期に現れたジャンル漫画である一方で、

その属するジャンルを否定し乗り越えた点にある。

ロボットアニメの飽和期に始まった『新世紀エヴァンゲリオン』が、

ジャンルの約束事を踏襲しつつ、それを否定する立場を取ったのに近い。

 

 

 

 

夜も更けたころ、ふたりは結ばれる。

肌はやけどしそうなほど熱く、じっとり汗ばむ。

いつもの涼しげな作風の対極にあるシーンだ。

 

 

 

 

侑の広背筋の描写とか、解剖学的な面白さがある。

これまでずっと静かな湖面の様だった絵柄が、

肉体と肉体が複雑にからみあう、三次元のパズルへ急接近する。

本作のテーマが「仲谷鳰の画才を見せつけること」だとすると、

みごとにオペラの終幕を飾るのに成功している。

 

 

 

 

後書きで作者が分析している。

やが君は、やたら感想が多い作品だと。

こんなブログを書いてる人間としては、

天才の手のひらで転がされてる気がして悔しい。

 

ではなぜ、人はやが君について語りたがるのか?

上述した歴史的意義や、作風の空虚さが理由だろう。

エヴァンゲリオンが、語られすぎなほど語られた様に。

 

 

 

 

僕も随分本作について語ったが、語りきった感じはしない。

それほど偉大だったり、深みがあるとも思えないが、

シルエットが不鮮明で、得体が知れないところがある。

とりあえずの結論は、「やが君は10年代の『エヴァ』である」だ。

残酷な百合のテーゼだ。

エゴサした作者が見たら鼻で笑いそうだが。





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ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合 

藤近小梅『ご主人様のしかばね』

 

 

ご主人様のしかばね

 

作者:藤近小梅

掲載誌:『月刊ガンガンJOKER』(スクウェア・エニックス)2019年-

単行本:ガンガンコミックスJOKER

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なんの変哲もない少年「言見」が友人と歩いていたら、

近づきがたい雰囲気を漂わす、長身の女から話しかけられた。

メイドみたいな格好をしており、「ご主人様」と呼んでくる。

 

 

 

 

街では連続通り魔事件が発生していた。

人間を襲う犯人は、これまたメイド服を着た、

「ステップガール」というゾンビみたいな存在。

 

 

 

 

言見に話しかけてきた長身の女の名は「ウルスラ」。

じつは彼女は、ステップガールを退治するのが役目の精霊だった。

通称「戦女中(ヴァルメイド)」。

 

 

人間と精霊の肉片や血しぶきが飛び散るなか、

漆黒のスカートがひらひらと舞う絵面は見応えあり。

 

 

 

 

ウルスラは言見の家に住み込むことに。

無愛想ではあるが、メイドの仕事はしっかりこなす。

 

 

 

 

「メイドとご主人様の絆」が本作のテーマ。

強く凛々しいウルスラも、なぜか一途に平凡な言見を慕っており、

ときおりデレて女らしい素顔を垣間見せる。

 

 

 

 

言見は戦闘能力がないし、性的魅力もない。

ただ恐ろしいステップガールにも向き合い、その怨念を理解しようとする。

 

「だれかに尽くしたい」という女心をしっかりと受け止め、

心から感謝するだけで、世の中の不幸はずっと少なくなる。

そんなメッセージが籠められた作品だ。





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ジャンル : アニメ・コミック

『竜圏からのグレートエスケープ』 第4章「背任」


全篇を読む(準備中)






 イクスピアリを出たジュンは、舞浜駅前のデッキにいた。アイフォンに繋いだヘッドセットで因幡と通話していた。基地のあるディズニーランドの方を眺めている。薄曇りの空を二十頭ほどのワイバーンが飛び交っていた。竜族の中では翼が大きく、戦闘機の様に宙を切り裂いてゆく。

 マイクを通して、ジュンが因幡に言った。

「石ころなんか放っておけ。極力交戦は避けろ。頼むぞ」

 ジュンは通話を切断した。

 せっかくのBBQデートは、非常ベルを鳴らされたせいで中止となった。迅速かつ内密に事態を収拾するため、因幡を司令部へ送らざるを得なかった。

 そこにワイバーンの来襲があった。報告によると、敵は禁衛府から竜鉱石を奪回しようとしている。新宿など西部地区を解放したとき大量に獲得した、黒竜族が生成する鉱石だ。

 竜鉱石のほとんどは地下倉庫に保管してあり、ワイバーンは手が出せない。地上に残した分を取られるのは痛いが、敵の台所事情の苦しさが透けて見えもする。竜族も霊力を使用するには、鉱石が必要なのだ。

 地下では装備局が竜鉱石を鍛造し、損壊した霊剣の十握剣と布都御魂の修復を急いでいた。クサナギを含む三振りが、後輩の霊剣遣いに委譲される予定だ。そして三人がそれぞれ連隊を率いて竜族を囲い込み、全滅するまで圧力を掛け続ける。これがジュンの長期戦略だ。

 ジュンはパンジーの花壇の縁に、セーラー服のスカートを穿いた腰を下ろした。赤青白黄紫、色とりどりの花弁を指でいじった。

 脳内のチェス盤で駒を動かしていた。

 なるべく戦力は温存する。挑発には乗らない。次の作戦ではナミたち後輩に実戦経験を積ませる。敵主力を痛撃したあと、あたしは潔く退役し、高校三年生らしく受験勉強を始める。

 これまでと同じくギリギリの綱渡りだ。ジュンは霊剣遣いになったとき、自分は百パーセント死ぬと予測した。悪運に恵まれ、いまのところ先延ばしに成功しているが。

 思い通り事は運ぶだろうか。仮にうまく行ったとして、あたしは日常生活に適応できるだろうか。

 勉強とか、おしゃれとか、恋愛とか。

 BBQデートにしても、因幡と恋人同士になるのを本気で望んでた訳じゃない。指揮系統に悪影響を及ぼすから、そもそも士官と下士官・兵の間の情事は御法度だ。ただ同年代の女子みたいに、惚れた腫れたの真似ごとをしたかっただけだ。

 辺り一帯に影が落ちた。ジュンはカシオの腕時計を見た。まだ四時台だ。日没には早い。

 空を見上げた。翼を広げた赤い物体が天穹を覆っていた。あの黒竜王よりは小さいが、全長百メートル以上ある。ジャンボジェット機が墜落したかと見紛うほどだ。

 赤竜神。

 竜圏を力で支配する赤竜族の長だ。

 普段は旧皇居に潜み、めったに姿を見せない。最後に目撃されたのは、ジュンも参加した一年前のスカイツリーの戦いだ。あの会戦で禁衛府は二人の霊剣遣いを失った。ジュンも赤竜神と刺し違えて死のうとしたが、若いジュンに希望を託そうとする先輩二人に説得され、泣く泣く離脱した。

 その恐るべき最強の魔物が、竜圏の外に出現した。前代未聞の出来事だ。

 消耗しきっていたジュンの全身を電流が駆け巡った。知らぬうちに立ち上がっていた。同時にクサナギを抜いた。

 上空を旋回する赤竜神に、ジュンは念を送った。

 降りてこいよ、赤トカゲ。

 一対一で決着つけようぜ。余計な犠牲を出さない方が、おたがい好都合だろ。

 防空警戒システムが作動し、避難を促すサイレンと機械音声が駅周辺に流れていた。けたたましい赤竜神の啼声が鳴り響き、警報を掻き消した。ランドの方から約二十頭のワイバーンが、竜神の召喚に応じて飛来した。

 ジュンは唾を飲んだ。さすがにやばいかもしれない。

 ワイバーンは次々と、後肢に掴んでいたオリーブ色のトラックを放した。逃げ惑う市民の頭上に落ちた。

 攻撃ではなかった。ワイバーンは赤竜神に命じられ、奪回した竜鉱石を放棄した。赤竜神を中心にダイヤモンド型の編隊を組み、江戸川を遡る様に飛び去っていった。

 ジュンは納刀した。無敵の竜神があっけなく退散したのに仰天していた。

 だが簡単に逃がしはしない。北へ向かい走り出した。




 ジュンは左側に堤防を見ながら、無人の車道を小走りで進んだ。竜の編隊は見失っていた。

 なぜ赤竜神は、巣窟である西方の旧皇居へ直行せず、遠回りに北へ逃げたのだろうと考えていた。まるでジュンをどこかに誘導するみたいに。

 背後からブレーキ音が聞こえた。

 振り向くと、兵員輸送用の高機動車が停まっていた。ロールバーにミニミ軽機関銃を取り付けてある。陸上自衛隊第1師団を母体とする禁衛府は、戦車やヘリコプターなどの装備も保有している。ただし人竜戦争における主要兵器は霊剣であり、10式戦車ですら補助的な役割しか与えられてない。

 サクヤが助手席で立ち上がった。華奢な体型だが首に赤いスカーフを巻き、凛々しく迷彩戦闘服を着こなしている。ジュンにナイフで切られた左頬に絆創膏を貼っていた。

 ジュンを手招きし、サクヤが言った。

「さっさと乗りなさいよ」

 ジュンは頷き、荷台へ飛び乗った。他に衛士が四人いるので満杯だ。クサナギを鞘ごと剣帯から外し、抱きかかえて座った。

 サクヤに礼を言おうとしたが、口篭った。罪悪感に苛まれた。まず顔を切ったことを詫びないといけない。でもどう言葉にしたら良いか解らなかった。

 高機動車は百キロ近い速度で走行した。サクヤはペンダントにして首に下げた竜鉱石を触りつつ、行き先を指示していた。彼女にも霊力適性があり、竜の居場所を探知するなどの異能を発揮できた。

 崩壊した橋の前で停車した。中洲である妙見島に掛かっていた橋だ。ジュンは高機動車から降り、単眼鏡を取り出した。コンクリートの護岸に囲まれた中洲を観察した。放置された工場や倉庫が見えた。いくつかの建物は屋根や壁が崩れ落ちていた。サクヤによると竜族の反応があるらしいが、百数十メートルある赤竜神が隠れられる場所はない。

 ジュンは拳銃のファイブセブンをリュックから出した。ホルスターを剣帯に留め、銃を右手に持った。愛用するサブマシンガンのP90は三キロと重く、通学時は携行しない。弾薬は共通だし、ファイブセブンでも十分役に立つ。

 五人の衛士に向かい、ジュンが言った。

「あたしが先頭に立つ。掩護しろ」

「バカね」サクヤが言った。「偵察が先でしょ。ヒューイがこっちに向かってるわ」

「ヘリは帰らせろ。バタバタ音を立てたくない」

「そもそも橋が落ちてるじゃない。どうやって渡るつもり」

「足場は悪いけど飛び移れる」

「皆があなたみたく猿の様に動ける訳じゃないの」

「じゃあここでお留守番してろよ」

 ジュンはスカートを穿いたまま瓦礫を滑り降りた。飛んだりよじ登ったりを繰り返し、昨日から流量が増えている江戸川を渡っていった。たしかに猿にそっくりだ。

 サクヤの部下四名は困惑げに、上官の顔色を窺った。理性においてはサクヤに与したいが、禁衛府長官を単独行動させるのは気が咎めた。

 首を横に振りつつ、サクヤが言った。

「やってらんないわ。こうやって六年間も振り回されてるの。私が川に落ちそうになったら、ちゃんと捕まえてね」




 ジュンは妙見島の工場内部へ潜入した。マーガリンなどを製造する食品工場だった。鉄製の点検用通路から、フロア全体を見下ろしていた。

 十一頭の黒竜が、船舶に使われる太い鎖で繋がれていた。工場の隅にはタンクがあり、赤い液体が溜まっていた。ここは竜の飼育場だった。育てた竜から採血し、不老不死の薬としてブラックマーケットで売り捌くための。

 丸眼鏡を掛けた禿頭の男が、通路に跪いていた。作業服を着ている。殴られて落ちた眼鏡にヒビが入っていた。この施設の管理者である四十代の男は、禁衛府に所属していた。しかも装備局局長という高官だった。

 ジュンはクサナギを抜き、丸眼鏡の首に刃を当てた。汚物を見るかの様な冷たい視線で言った。

「あたしが軍紀にうるさいのは知ってるだろうな」

 丸眼鏡の首筋の汗が、刃を湿らせた。暴行や略奪を働いた部下に対するジュンの怒りの凄まじさを、知らない衛士はいない。竜族の奴隷だった女に乱暴した一個小隊を、その場で全員斬り殺したという噂がある。

 ジュンが続けて言った。

「このくそったれな施設の目的は何だ。カネのためとは思えない。てめえの地位なら、もっと手っ取り早く稼ぐ方法がある」

「長官に報告が遅れましたことは誠に……」

「高校生だからってなめんなよ。そうやってごまかすなら、ぶった斬って竜に食わせてやる」

「私は軍紀に反する様なことは何も」

「クソが」

 ジュンは丸眼鏡の首根っこを掴み、手摺の外へ押し出した。通路の真下に人間の屍体が積み重なっていた。みな裸で、老若男女の日本人に見える。負傷などは目立たず、それほど腐敗も進んでいない。

 これらの屍体は竜の餌だった。

 ジュンが言った。「人肉を食わせて竜を飼う。これが悪くないとてめえは言うのか」

 丸眼鏡は答えなかった。落とされないよう抵抗するので精一杯だった。

 ジュンは背後からぽんぽんと肩を叩かれた。真っ赤な唇にぎこちない微笑を浮かべ、サクヤが立っていた。

「よしなさいよ」サクヤが言った。「尋問なら、司令部に帰って効率的にやりましょう」

 ふんと鼻を鳴らしたジュンは、丸眼鏡を突き落とした。屍体の山がクッションとなって受け止めた。

 サクヤに指を突きつけ、ジュンが言った。

「組織を監督するのはお前の責任だ」

「私のせいだと言うの!?」

「あたしはいつも現場にいるんだ」

「あなたの尻拭いで、こっちはどれほど苦労しているか!」

「うるせえ。お前、竜に咬まれたことあんのかよ」

「きょう私は、洪水の被害に抗議する団体と話したの」

「ラクな仕事じゃねえか」

「そうね。子供を亡くした悲しみで泣き叫び、怒り狂う母親たちの相手をするのはね。あなたがバスケで遊んでる間に」

「…………」

「あまり調子に乗らない方がいいと忠告しておくわ。『親友』としてね」

 サクヤの言葉の皮肉な響きが、胸に突き刺さった。

 ジュンは手摺を両手で掴んだ。混乱した頭は爆発しそうなほど痛んだ。視線を泳がせながら言った。

「あたし、サクヤに謝らないと」

「なによ」

「だから、その、黒竜王を斃すときに」

「ナイフで私の顔を切ったこと?」

「……うん」

「いまさら謝ろうってわけ」

「遅いけど、ごめんなさい」

 ジュンが深々と頭を下げるのを見ても、サクヤは眉一つ動かさなかった。自身の迷彩戦闘服を指して言った。

「今でこそこんなナリをしてるけど、私は見た目にも気を遣う、フツウの女の子なわけ。あなたと違って」

「サクヤはかわいい。昔から」

「顔を傷つけられてどう思うか、考えられないの?」

「謝ってすむ問題じゃない。許してもらえるとも思わない。でも本当にごめんなさい。反省してる。こういうダメな自分を変えたい」

 顔をしかめ、肩を落としたジュンの姿は、雨に濡れそぼつ野良猫の様だった。とても救国の英雄に見えない。

「まあいいわ」サクヤが言った。「こんなところでケンカしてる場合じゃない。難題が山積みなんだから」

「ありがとう」

「別に許してないわよ」

「ううん。サクヤと出会えたことに感謝してる。サクヤがいなかったらあたしは頑張れなかった」

「意外と人懐っこいからズルいのよね、あなたは。ところでどうするの」

「どうするって?」

「この施設よ。放置はできないでしょう」

 サクヤは飼育場を見下ろし、指をぐるぐる回した。

 人肉を食らい満腹になったのか、ほとんどの黒竜は眠っていた。誇り高い種族なのに、家畜としての立場を受け入れてる様に見える。薬物でコントロールされてるのかもしれない。

「壊すしかない。黒竜は殺す。証拠は一切残さない」

「写真は撮った方がよくない?」

「なんでだよ。禁衛府の恥じゃんか」

「これほど大掛かりな背任行為を、装備局長ひとりで取り仕切れるはずない。指図した人間を追及しないと」

「でも上官はあたしら二人だけだぜ」

「ええ。そして禁衛府は首相直属の機関なの」

「まさか」

 ジュンは蒼白になり、口許を手で覆った。

 現在の日本国総理大臣は白鳥健吉。禁衛府の初代長官だ。陸自第1師団長を務めていたが、霊剣遣いの少女たちを指揮官に抜擢するなど異例の指導を行い、ついには防衛省や統幕から独立した軍事組織を立ち上げるに至った。

 予算を奪われた自衛隊は反撥し、政治家は利権を求めて策動し、国民は動揺した。白鳥はクーデターを起こし、首相に就任した。憲法の停止を宣言して、人竜戦争を遂行する体制を整えた。その強引な手法には毀誉褒貶あるが、暁ジュンの様なじゃじゃ馬を乗りこなすには仕方なかったのも事実だ。

 首相就任後も白鳥は現役の軍籍を残しており、禁衛府の最高顧問を兼任している。

「嘘だ」ジュンがつぶやいた。「オヤジは悪党じゃない」

「あなたは最高顧問と親しいものね。気持ちは解るわ」

「撤回しろ」

「バカね。ちゃんと自分の頭で考えなさいよ」

 三年前、両親を黒竜王に殺されたジュンは、創設されたばかりの禁衛府に志願した。自分を虐める様に訓練に打ち込んだ。絶望し荒んでいたジュンを、白鳥は手塩にかけて育てた。いわば親代わりの存在だった。

 ジュンは白鳥健吉を尊敬していた。軍人としても、人間としても。戦争で国民に犠牲を強いながら、陰で竜族を家畜にして私腹を肥やすなど、似つかわしくない。盗賊ですらこんな非道はしない。

 ジュンは納刀したクサナギに手を添え、つぶやいた。

「ありえない。これじゃ仲間の死が茶番になってしまう」

「そうね。慎重に調査しないとね」

「あたしは甲府に行く」

「いまから?」

「ああ。首相と直談判して確かめる。もし本当なら斬る」




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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

アサダニッキ『あの鐘を鳴らすのは少なくともおまえじゃない』

 

 

あの鐘を鳴らすのは少なくともおまえじゃない

 

作者:アサダニッキ

掲載誌:『プリンセス』(秋田書店)2019年-

単行本:プリンセスコミックス

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高校生の「大橋チカ」は、生物教師の「西目」に憧れている。

かなり本気で。

しかしクラスメートにライバルがいた。

その「猪乃原愛矢」は美人で優等生で、チカとしては分が悪い。

 

 

 

 

なのでチカは決意した。

恋を実らせるためには手段は問わないと。

 

 

 

 

チカは、美化委員の仕事で先生と二人きりになろうと、

偽情報を流して猪乃原さんを出し抜くが、その陰謀は見抜かれる。

なぜなら猪乃原さんもチカの恋心を察し、これまで妨碍してたから。

一番上の引用部分でペンケースを落としたのも、彼女の仕業だった。

 

本作はJK同士の恋の鞘当ての、ドタバタを楽しむコメディである。

こまかく伏線を張ってきっちり回収する、作者の手際が見どころ。

 

 

 

 

舞台は共学校なので、男子生徒も絡んでくる。

ライバル心を燃やす一方で、奇妙な連帯感が生まれ、

美貌ゆえに脅迫されていた猪乃原さんを、チカが助けたりする。

 

 

 

 

週末、チカは幼い弟をつれて戦隊モノの映画を見にゆく。

自分はこれっぽっちも興味がないので、ただの子守役だ。

友達はデートしてるのに私は……とため息をついていたら、

偶然、隣の席に西目先生が座った。

特撮ファンだったという、先生のおちゃめな素顔を知った。

 

 

 

 

西目先生は優しく生徒思いの、善良な人物として描かれる。

しかし巻末の第4話で、チカと猪乃原さんから好意を寄せられてるのを、

先生はとっくに気づいていたことが明かされる。

平然としていたのは、それが思春期の女子が罹るはしかみたいなもので、

教師としては捨て置くべきだと考えているから。

その態度は、真剣に恋する側からしたら、いちばん残酷かもしれない。

 

一筋縄でゆかない、アサダニッキワールドを堪能できるラブコメだ。





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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

フライ/竹岡葉月『今日、小柴葵に会えたら。』

 

 

今日、小柴葵に会えたら。

 

作画:フライ

原作:竹岡葉月

掲載誌:『コミックREX』(一迅社)2019年-

単行本:REXコミックス

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おしゃれな女子高生の主人公「成田佐穂子」が登校前に着替える、

冒頭のシーンが本作のほぼすべてを物語っている。

誰も見てないはずなのに、他者からの視線を意識してる様な、

スキのない端正なたたずまいが示される。

 

スカートの柄の描写なども、こういうところで手を抜かないぞという、

作画担当者の宣言みたいなものを感じる。

 

 

 

 

佐穂子には気になる人がいる。

おなじ学年の「小柴葵」。

長身でバスケが好きで、いつも男子とつるんでる様なタイプ。

性格が真逆なのもあり、ふたりはほとんど接点がなかった。

 

 

 

 

放課後の駐輪場で、佐穂子は葵とふたりきりになる。

このチャンスに仲良くなりたくて、無意識的にキスしてしまう。

 

原作者はまずキャラ絵を渡され、それから話を考えたと語っているが、

たしかに本作のストーリーは少々とりとめない。

それでもフライは、コミック百合姫の表紙を担当していた人なので、

絵それ自体はなんの瑕疵もなくそこに存在している。

 

 

 

 

第1巻でいちばんエモーショナルな第5話。

明るい態度の下に隠していた悩みを打ち明けた葵は、

おもわず涙をこぼすが、その描写はあっさりしている。

 

 

 

 

むしろ次ページの、月とふたりの少女が織りなす不思議な遠近感の方が、

静かなのにずっとドラマチックに読者の胸に迫ってくる。

 

 

 

 

イラストレーターによるストーリー付きのイラスト集にすぎない、

みたいな低評価もアマゾンなどで散見する。

しかし、そもそも漫画とはストーリー付きのイラスト集なのであり、

本作みたいなシンプルさを許容する懐の深さがあると思う。





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テーマ : 百合漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合 

山田J太/平鳥コウ『JKハルは異世界で娼婦になった』

 

 

JKハルは異世界で娼婦になった

 

作画:山田J太

原作:平鳥コウ

配信サイト:『まんが王国』(ビーグリー)2019年-

単行本:バンチコミックス(新潮社)

[ためし読みはこちら

 

 

 

交通事故に遭った女子高生の「小山ハル」は、異世界に転生した。

右も左もわからない場所で食べていくために娼婦になった。

 

 

 

 

中世的なこちらの世界では、女たちは軽んじられている。

行為の最中に暴力を振るわれるなど日常茶飯事。

ハルはひたすら耐えるしかない。

 

 

 

 

生命を脅かされるほどであれば、機転を利かせて主導権を握る。

客の性的能力を讃え、感じてるフリをし、危なげなくことを済ませる。

 

 

 

 

ひと仕事終えたあと、涼しい顔で一階の酒場へもどる。

首を絞められた跡はチョーカーで隠した。

理不尽な状況で、尊厳を踏み躙られる日々を送りながらも、

たくましく生きるヒロインを魅力的に描写している。

 

男主人公が無双する異世界転生ものへのアンチテーゼと解釈できるが、

ちょいと薬を塗るだけで避妊できるなど都合の良い世界設定であり、

「性」に真剣に向かい合ってない点は指摘しないといけないだろう。

 

 

 

 

動き、表情、衣装。

とにかく主人公のハルがイキイキしている。

僕は女子高生が出てくる漫画をたくさん読んでいるが、

これほど惹きつけられるヒロインは久しぶりに出会った。

 

 

 

 

娼婦仲間3人でダベるシーンもうつくしい。

山田J太は20年近いキャリアがあるが、入念な背景描写などを見ると、

本作に相当入れ込んでるらしいのが伝わる。

モブキャラとかでも手抜きがない。

 

いささかドぎついテーマを扱っているけれども、

もしあなたが異世界を感じたいなら、本作を強く推薦したい。





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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

『竜圏からのグレートエスケープ』 第3章「咬創」


全篇を読む(準備中)






 真新しい白のセーラー服に身を包んだジュンが、レコード店の新星堂でアニメのブルーレイを物色していた。九頭竜に咬まれた左腕にはまだガーゼ包帯が巻かれている。帯刀して人目を引くジュンを、他の客たちは遠巻きから眺め、ひそひそと噂を語り合った。

 禁衛府次長のサクヤは昨晩、臨時首都の甲府市で会見を開き、黒竜王と九頭竜を討伐したことを発表した。作戦の詳細は明かされなかったが、誰が竜を斃したのか全国民は理解した。日本に現存する霊剣遣いはジュン一人だからだ。異常気象による付随被害に対する不満も存在したが、赫々たる戦果に抗議の声は押し流された。

 ジュンは救国の英雄だった。そして、畏怖されていた。

 彼女は左腕の包帯を撫でた。体育の授業を見学すればよかったと後悔していた。バスケットボールが好きなのでつい参加してしまった。十二針縫った傷口が開いたかもしれない。

 ジュンは現役の女子高生でもある。激務の合間を縫い、週に一度くらい浦安市にある高校へ通っている。四六時中軍人に囲まれていたら、本当の自分を見失いそうだから。

 禁衛府は東京ディズニーリゾートを接収し、前線基地として利用していた。広大な敷地と充実した周辺施設は、根拠地に打ってつけだった。竜圏に近いため閉園したTDRを、せっかくなので有効活用した。

 ショッピングモールであるイクスピアリの賑わいは、竜の侵攻が始まる前とさほど変わらない。江戸川を越えて竜が千葉県まで侵出することは稀だし、もし現れても基地から禁衛府の精鋭が出動するので、市民は安心して生活できる。

 慣れっこになっただけとも言えるが。

 ジュンはファンタジー系アニメのパッケージを手にした。竜と戦うのが仕事なのにおかしいが、好みのジャンルだった。剣と魔法の活劇が見たいというより、女の子の衣装がカラフルで可愛かったりするのが、見てて楽しい。

 九千人を擁する行政機関の長たるジュンは、国務大臣並みの給料を貰っている。しかも官舎暮らしなので金が貯まりすぎて困るほどだ。贅沢したくはないし、その暇もないが、唯一の例外はアニメグッズだった。声優イベントの優先販売申込券が封入されるとあれば、円盤を買わない訳にゆかない。

 店内の大型モニターに、新作アニメの宣伝が流れた。セーラー服の少女が刀を振り回し、竜を相手に奮闘していた。現在NHKで放映されている『ドラゴンスレイヤー暁ジュン』だ。

 目立つのが嫌いではないジュンも、さすがに赤面した。テレビ放映も第一話以降見ていない。政府の誇大なプロパガンダの材料にされるのは愉快ではなかった。

 ジュンは新星堂から飛び出た。包帯に血が滲んでいた。

 耐えがたい痛みに襲われた。腕が引きちぎられるかと思った。コールマンのリュックサックからピルケースを取り出すが、中身は空だった。アンフェタミンでごまかせない。

 地中海の港町をコンセプトとする建物をふらついた。鉄製のベンチの手摺につかまった。通行人は禁衛府長官の異変に気づいたが、敬して遠ざけた。触らぬ神に祟りなしという態度だ。

 楽天の野球帽をかぶった長身の青年が、目と鼻の先に立っていた。部下である因幡八代だ。

 水の入ったナルゲンボトルを差し出し、因幡が言った。

「長官、お疲れさまです。お買い物ですか」

「まあね」

「顔色が優れない様に見えますが」

「あたしは生理が重くてさ」

 ジュンは一口飲んで水筒を返した。ベンチに座りたいのを我慢し、背筋を伸ばした。虚勢を張らねば、十八歳の女の身で総司令官は務まらない。

「因幡は」ジュンが言った。「ここで何してんの」

「長官が出てるアニメのブルーレイを買いに来ました」

「あたしは出演してねーよ」

「そういう意味じゃなく」

「あんなもん見んな。作画もストーリーもクソすぎる」

「衛士は皆見てますよ。誇らしいです」

「ゴールデンなのに視聴率十パーセント切るってヤバいだろ。円盤に至っては大爆死だし」

「なんだかんだで詳しいですね」

「うるせーな」

 ジュンはため息をついて腰を下ろした。短いスカートから伸びる脚を組み、長身の因幡を見上げて言った。

「お前、あたしを尾けてたろ。全然気づかなかったけど。でも声を掛けてくるタイミングが不自然だ」

「鋭いですね」

「サクヤの命令で監視してんのか」

「何をおっしゃるんですか」

 因幡が左隣に座った。整った顔を近づけ、ジュンの目を見ながら言った。

「清原次長は関係ありません。長官を交代で護衛すると、側近の者同士で決めたんです」

「うざっ。いますぐ止めろ」

「では申し上げます。長官は検査入院をなさるべきです」

「休めるもんなら休みてえよ! でも霊剣遣いはあたしだけじゃんか。あたし抜きでどう戦うんだよ!」

 因幡は、四歳年下であるジュンのヒステリックな叫びを浴びても、涼しい表情を崩さなかった。

「禁衛府は池袋・新宿・渋谷などの西部地区を奪還しました。竜族は守勢に回っています。敵が反攻の態勢を整えるには、少なくとも一、二週間を要するでしょう」

「ほんとバカだな。流れが変わった今しかチャンスはない。全戦力を投入して、東西から旧皇居を挟撃する。次の一戦で竜族を滅ぼせなくても、この戦争での勝利は確実になる。そしたらあたしは退役する」

「禁衛府はどうなるんですか」

「サクヤに任せときゃ大丈夫だろ。あいつは生徒会長とか、仕切る仕事が大好きなんだよ。霊剣遣いもナミとか後輩が育ってきてる。あたしは世代交代のことまで考えてんだ」

 ジュンは人差し指で自分の頭をつつき、才幹をアピールした。

 因幡は小声で唸った。戦略を立案し遂行するジュンの能力は、実績が証明していた。反論の余地がない。

 深く頭を下げ、因幡が言った。

「差し出がましい振る舞いでした。御気分を害されたら申し訳ございません」

「別に怒ってねーし。むしろ、いつもありがとう。ワガママなあたしを支えてくれて」

「とんでもないです。軍人の義務を果たしてるだけです」

「義務ね。あたしはちょっとお手洗い行ってくる。そのあとスーパーで食べ物とか買うけど、因幡はどうする?」

「お付き合いします。頭脳はともかく、荷物持ちならお役に立てるので」




 ジュンは女子トイレに入った。擦れ違ったOL風の女から遠慮がちに会釈された。他に利用者はいない。

 洗面台の鏡に向かった。ひどい顔だった。日焼けした顔面は傷だらけで、髪もボサボサだ。こんな女子高生と出くわしたら、誰だってビビるだろう。

 左腕の包帯を外した。軽く触れるだけで、神経を削る様な感覚が走った。経験したことのない痛みだ。

 縫合された咬創をおそるおそる観察した。十二針縫われた傷の何箇所かで糸が切れていた。皮膚がかすかに波打ち、黒い物体の先端が傷口から見え隠れした。

 何かがいる。あたしの腕の中に。

 ジュンはリュックから戦闘用ナイフを取り出した。切先で糸を切り、慎重に刃を傷に差し込んだ。ナイフが刺さると、黒い物体がうねった。ジュンの喉の奥から呻き声が洩れた。意識が飛びかけた。

 黒い物体を指でつまみ、洗面器へ落とした。蛆虫などの寄生虫かと思ったが、色はどす黒く、長さは十センチ近い。ナメクジやヒルに似ている。しかし胴体には、未発達ながらも四本の足らしき物が生えていた。

 アンフェタミン中毒による妄想であってくれと、ジュンは祈った。一方で洗面器を這う、ヌメヌメした物体には現実味があった。ジュンはこの生物に心当たりがあった。

 黒竜の胚だ。卵から孵化する前の状態だ。

 ジュンは黒い物体を掴み、個室に入った。奥歯が鳴っていた。手にした物を便器へ投げ込んだ。それは水を嫌がり、水面で跳ねていた。ジュンは涙を流しながら「大」のボタンを押して流そうとした。

 ボタンに掛かった手を、背後から大柄な人間が止めた。因幡だった。断りもなく女子トイレに侵入していた。因幡は便器から物体を拾い、空のナルゲンボトルへ入れた。

 ジュンが叫んだ。「何しやがる!」

「捨ててはいけません。医務局に持っていって調査しないと」

「冗談じゃねえ!」

「自分に任せてください。信頼できるスタッフに極秘にやらせます。これは長官のお体のためです」

「お願いだ……やめてくれ……あたしがこんな体だと皆に知られたら……」

「命に代えても秘密は守ります」

 黒のサテンジャケットを着た因幡にしがみつき、ジュンは号泣した。乱れたジュンの髪を、因幡は不器用に撫でた。思春期を戦争に捧げたこの少女を、初めていじらしく思った。

「あたしは」ジュンが言った。「ひどいことをしてきた。卑怯で残酷なやり方で竜を殺した。人間も大勢死なせた」

「長官が、ではありません。私たちが、です」

「あたしは人間じゃなくなったんだ」

「違います。長官は人類の希望です」

「やっぱダメだ……サクヤに知られたら大事になる……」

「苦しいお立場は承知しています。たまには部下を頼ってください。長官に恩返ししたい人間は沢山いるんです」




 ジュンはイクスピアリの一階に降り、スーパーマーケットの成城石井に入った。大泣きしたせいで食欲が湧き、野菜や果物を因幡が持つ買い物カゴへ放り込んだ。

 精肉売り場でジュンの目付きは鋭くなった。竜圏にいるみたく集中していた。タレに漬けられて表面に胡麻が乗った黒毛和牛のパックを、目敏く発見した。

 ジュンは喉を鳴らした。

 あれは絶対おいしいやつだ。

 ジュンはパックを取った。隣にいた三十代の女と同時だった。気が逸っていたジュンは、太めの女を思わず睨みつけた。幼い娘を連れた女は身をすくめ、パックを手放した。

 食い意地の張ったジュンは、ばつが悪くなり頭を下げた。太めの女にパックを差し出して言った。

「すみません。これ、どうぞ」

「そんな」太めの女が言った。「恐れ多いです」

「あたしは一人なんで。家族で食べてください」

「どうかお気遣いなく。暁さんこそお疲れでしょう」

 母親は娘の手を引いて去っていった。刀を差した女子高生と関わるなどまっぴらと言わんばかりだった。

 戦利品をカゴに投げたジュンに、因幡が言った。

「今の態度は良くないですよ」

「あたしの?」

「そうです。あの女性は怖がってました」

「ちゃんと謝っただろ」

「我々は戦場帰りですから、殺伐とした雰囲気を発散してるんです。市民と接する時は腰を低くしないと」

「へいへい」

 ジュンはスナック菓子を漁り始めた。力自慢の因幡でも手でカゴを持つのがきつくなり、カートを使った。

 カートを押しながら因幡は嘆息した。

 難しいところだ。陰惨な戦争から解放された、ジュンのわずかなプライベートの時間は、自由に過ごさせたい。しかし周囲からの視線は無視できない。付随被害を躊躇しないジュンの戦略を、国民は心から支持してはいない。

 高校球児上がりの因幡は、十八歳の少女の立ち居振る舞いにきめ細かく配慮するのに向いてなかった。本来は親友であるサクヤが適任だが、最近は独走しがちなジュンと対立することが多く、さらに都庁跡で顔を切られた件で決定的な亀裂が生じた。

 だから、因幡など側近が支えるしかない。

 ステーキ肉を持ってきたジュンに、因幡が言った。

「肉屋でも開くつもりですか」

「官舎に帰って自分で焼く。めちゃくちゃ肉食べたい」

「ウチにバーベキューのセットがありますが」

「たしかお姉さんと一軒家に住んでるんだっけ」

「姉夫婦は妊娠してから甲府に引っ越しました。子供がいると竜圏の近くは不安らしくて」

「ふうん。じゃあお邪魔しようかな」

「ナミさんとか訓練生も呼びましょうか。長官を慕ってるから喜びますよ」

「それもいいけど早く食べようぜ」

 ジュンは無表情につぶやいた。

 内心では胸騒ぎしていた。

 つまりこれは因幡と二人きりではないか。

 たしかに因幡は、野球と近接格闘しか能がない朴念仁だ。それでも単なる上下関係から、もうちょっとマシな間柄にステップアップする好機となりそうだ。




 ジュンはカートを押してレジに並んだ。戦災による人手不足の影響か、長蛇の列ができている。因幡はバーベキュー用の炭を買いに、二階のアウトドアショップへ向かっていた。

 さっき肉を取り合った太めの女の背中が、目の前にあるのに気づいた。なんとなく気まずいが、ジュンは黙っていた。たかが和牛のパック一個ごときで国家的英雄に謝罪されては、相手も恐縮するだろう。

 カゴの中の、赤みの多い分厚いステーキ肉を見つめた。焼肉のタレも三種類選んであるが、大根おろしと醤油でさっぱり頂くのがいいかもしれないと、舌舐めずりした。

 ジュンはぼんやり考えた。

 この肉を生で食べたらどんな味がするのかと。

 鉄臭い肉汁を想像すると、唾液が口腔に溢れた。呼吸が荒くなった。ほかに何も考えられなくなった。

 ジュンはラップに爪を立てた。ステーキ肉を握り、そのまま齧りついた。さすがに固いが、強引に食いちぎった。咀嚼すると、想像以上の滋味が広がった。肉は生で食べるのが一番なのだと解った。

 前に並ぶ、ピンクのトレーナーを着た幼女がジュンをじっと見つめていた。母親と手を繋いだ五歳くらいの幼女は、人間が生肉に食らいつく行為を理解できず戸惑っていた。

 ジュンは我に返った。腋にじっとり汗をかいていた。コアラのマーチの箱を開け、中身を幼女に数個渡した。人差し指を唇に当て、内緒にしてねとメッセージを送った。幼女はぎこちない笑顔で応えた。

 太めの女がやりとりに気づいた。コアラのマーチを頬張る娘と、口許と右手を真っ赤に染めたジュンと、食いちぎられたカゴの中のステーキ肉に、落ち着きなく視線を動かした。

 太めの女が言った。「うちの子に何をしたの」

「別に。何も。お菓子をあげただけ」

「私たちに関わらないで」

「大丈夫。全然問題ない」

「まさかこんな所で生肉を食べてたの」

「一瞬おかしくなっただけだって」

「やっぱり。噂通りあなたは頭が……」

 激戦の後遺症で神経が過敏になっているジュンは、太めの女が興奮して喚き散らす前兆を感じ取った。反射的に左手がクサナギの朱塗りの鞘へ伸びた。

 機先を制され、太めの女は沈黙した。カゴを捨て、娘の手を引いた。行列を突き飛ばして出口へ急いだ。壁にある非常ベルを見つけた。振り向いてジュンを指差し、言葉にならない叫びを上げつつボタンを押した。

 警報が鳴った瞬間、買い物客はみな泡を食って逃げ出した。竜の襲来だと勘違いしていた。




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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

橙夏りり『コスプレ地味子とカメコ課長』

 

 

コスプレ地味子とカメコ課長

 

作者:橙夏りり

掲載誌:『まんがタイムスペシャル』(芳文社)2018年-

単行本:まんがタイムコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

「紫ノ井小鈴」は、地味ないわゆる事務職のOLだが、

週末になるとガチのコスプレイヤーとして活躍している。

ところがある日、イベント会場で「織部課長」と出くわし、

絶対に秘密にしておきたい趣味を、よりによって上司に知られてしまう。

 

 

 

 

課長はガチのカメコだった。

秘密を守るかわりに、もっとコスプレ写真を撮らせろと要求。

 

 

 

 

パワハラ案件と言えなくもないが、紫ノ井さんは断れない。

課長のカメラの腕がよくて、キレイに撮ってもらえるから。

そんな揺れる女心をコミカルに表現している。

 

 

 

 

「逢瀬」を重ねる紫ノ井さんと課長を、同僚は怪しみ始める。

USBメモリをこっそり手渡すのを目撃したときは、

一体どんな「プレイ」をしてるのやらと色めき立つのだった。

 

 

 

 

仕事終わりに雨が降り出したので傘を使おうと思ったら、

撮影用の番傘だったりとか、コスプレあるあるネタ(?)を、

タイム系4コマらしくお仕事モノに落とし込んでいて面白い。

 

 

 

 

新人の「泉谷れいあ」は、自己紹介で趣味がコスプレと宣言し、

同じ趣味を必死に隠している紫ノ井さんの度肝を抜く。

コスプレって、いつのまにか世間的にアリになってたのかと。

 

キャピキャピしすぎないレーベルカラーに合わせる一方で、

女子のかわいさも打ち出す、タイム系4コマの醍醐味をあじわえる。





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テーマ : 4コマ漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 萌え4コマ 

noga『フリクションガール』

 

 

フリクションガール

 

作者:noga

掲載誌:『ヤングチャンピオン』(秋田書店)2019年-

単行本:ヤングチャンピオン・コミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

女子高生によるボルダリングを題材とする漫画である。

最近増えてるらしく、同テーマの『のぼる小寺さん』も印象的だった。

SNSで「映える」のが、このスポーツが流行した理由のひとつで、

体重の軽さが有利に働くのもあり、JKものにピッタリだ。

 

 

 

 

主人公は高校1年の「うらら」。

ピアニストを目指していたが受験に失敗し、練習も止めてしまった。

いまは人生の目標を見失い、憂鬱な日々を過ごしている。

 

 

 

 

放課後、誰もいない校舎裏で時間を潰していたら、

信じられない様な光景を目の当たりにする。

ショートカットの少女が、非常階段を側面から登っていた。

 

 

 

 

うららは、「ギャオ」というあだ名の少女から強引に誘われ、

スポーツに無縁なのにクライミングジムへ行くことに。

体を動かすのは好きじゃないし、指を守るため避けていたが、

ピアノで挫折したいま、むしろ自分を傷つけたくなって挑戦する。

しかしうららは筋が良く、いきなりゴールまでたどり着いた。

指を鍛えていたのが奏功したらしい。

 

 

 

 

内気なうららと陽気なギャオの、好対照を楽しむ作品だ。

壁を見たら、それがマリア像でも登らずにいられない、

ヒトかサルか解らない、ギャオのクライミング馬鹿っぷりがおかしい。

 

 

 

 

タイトルにある「フリクション」とはすなわち「摩擦」、

フリークライミングにおける重要な要素を指しているが、

女の子たちが抱えている「軋轢」でもあるだろう。

 

全体の作風は、明るく元気なスポ根に仕上げてるが、

思春期の女子らしいウェットな感情も隠し味となっている。





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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

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苑田 謙

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たまにオリジナル小説。

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