『スクールガール・タクティクス』 第6章「指揮官」


全篇を読む(準備中)






 銃撃戦を生き延びたヒカルとソラは、軍用ヘリのブラックホークで奥多摩の上空を飛んでいた。眼下には山林が広がり、建造物は見えない。地勢は起伏が激しく、トライハートや警察などの追跡があるかは判断しがたい。

 ヘリには他に十名が乗っていた。ほぼ全員が迷彩戦闘服を着た男だ。イケメンに分類できる者はいない。それもそのはずで、彼らはみな虐殺から逃れたブサメンだった。「トータル・ミリタリー・エージェンシー」という組織を立ち上げ、密かに抵抗運動を展開している。略称はTMAだ。

 真向かいに島袋ヒロシが座っていた。小河内ダムのヘリポートでヒカルとソラを拾った。ヒカルが独走したせいで計画の大幅な修正を強いられ、苦虫を噛み潰していた。

 ヘッドセットを通じ、島袋は言った。

「最近の保育園は射撃訓練もするのか」

「さあ」ヒカルは言った。「どうでしょう」

「MP7は使いやすい銃じゃない。なぜ撃てた」

「弟が乗り移って、助けてくれたんだと思います。弟はミリタリーに詳しかったので」

「ふん。ミリオタの知識が通用するほど甘くねえよ」

 いっそう島袋は顔をしかめた。ブサメン組織を率いる資格は十分の容貌だ。

 搭乗者の中に例外的な人物がいた。背格好からすると十二、三歳くらいだが、髪を美しい銀色に染めており、年齢も性別も不詳だった。服は黒づくめで、ショートパンツを穿いていた。ニンテンドースイッチで黙々とゲームをしていた。

 右隣のソラが昂奮ぎみに、ヒカルに言った。

「あたし、あの人を知ってるッス。プロゲーマーの神月ヤヤさんッス。たしか中学三年生」

「有名なんだ」

「年に何億も稼いでる超天才ッスよ」

「男の子? 女の子?」

「女子ッスよ。いや、正確に言うとボクっ娘ッス」

「なにそれ」

「ヒカルさんはもっと若者文化を勉強すべきッスね」

 興味を抱いたヒカルは、天才中学生にじっと視線を送った。ゲームに没頭するヤヤは無反応だ。子供の相手が得意なヒカルが思うに、こちらの視線には気づいてる風だった。

 ヒカルは鼻を膨らませ、島袋に言った。

「なんで中学生を連れてきたんですか。危ないでしょう」

「ヤヤのことか? あいつはTMAの戦術顧問だ」

「まさかあの子に戦わせるんですか」

「言いたいことは解る。でもヤヤの戦術能力はダントツなんだ。あいつ抜きではトライハートに太刀打ちできない」

「冗談はやめてください」

 ヒカルは、初対面のヤヤのために本気で怒っていた。保育士と自衛官で倫理観に隔たりがあるのは知ってるが、到底許せることではない。

 警告音がコックピットから鳴り響いた。ヘリは地対空ミサイルに捕捉された。

 追尾してくるミサイルに対し、ブラックホークは強力な熱源となるフレアを放出した。赤外線センサーを欺瞞できるが、あくまで効果は限定的だ。

 ヤヤはニンテンドースイッチをしまい、立ち上がった。コックピットに顔を出し、山並みを観察した。

 右側の絶壁を指差し、ヤヤが言った。

「あの山の後ろに隠れて」

「無茶を言うな」パイロットが言った。「墜落する」

「ミサイル食らうよりマシでしょ!」

 ヘリは右へ急旋回した。絶壁に遮られ、携帯式対空ミサイルのスティンガーが爆発した。ヘリはミサイルの衝撃波と、旋回による揚力低下と、斜面に沿った下降気流に見舞われた。陸上自衛隊のパイロットですら機体を制御できない。

 大きく円を描きながら、ブラックホークは谷底へ落ちていった。隣で悲鳴を上げるソラに、ヒカルは覆いかぶさった。TMAのブサメンたちも機内で喚いていた。

 ヘリは不時着した。機体の底で台地を削り、ブレードで木々を薙ぎ倒したあと、静止した。

 谷間に反響する騒音は、しばらく止まなかった。




 グレーの制服を着たヒカルはシートベルトを外し、ソラの手を引いてブラックホークから這い出た。平衡感覚が狂ってたので、膝をついて進んだ。

 谷底にハードランディングしたヘリは、外見は特に異常なかった。すぐにでも離陸できそうだった。パイロットのふたりが点検を始めた。スティンガーを撃ったのがトライハートなら、とどめを刺しに来るだろう。

 銀髪のヤヤが、草地に横たわっていた。シートベルトをしてなかったため、機内で頭部を打ち裂傷を負っていた。血まみれだった。

 ヒカルはヤヤを仰向けにし、ほかに負傷部位がないか確かめた。意識はあり、呼吸や心拍も正常だった。ソラが救急箱を見つけて持ってきた。保育園で応急処置を学んだヒカルは、裂傷にガーゼを当てて包帯を二回巻いた。

 手当てを受けるヤヤは、ヒカルの腿に頭を乗せたまま、アイパッドを操作した。周辺の地形を調べていた。せわしなくスワイプ、ピンチイン、ピンチアウトしながら、ブツブツつぶやいた。脳を損傷したのではないかと、ヒカルは心配した。

 ヤヤをいじらしく思ったヒカルは、その乱れた銀髪を手で梳いた。不思議な少女だった。黒のスカジャンとショートパンツ。腰にはなぜか日本刀を佩いていた。整った顔立ちだが、可憐な美少女というより、凛々しい少年剣士の趣きだった。

 ヤヤが勢いよく起き上がり、ヘリに駆け寄った。屋根に登って修理するパイロットを見上げて言った。

「どう、直りそう?」

 パイロットが言った。「エンジン起動装置をやられたが、電気的な故障だ。どうにかなる」

「何分で修理できる?」

「わからん」

「大体でいいから時間を教えて」

「しつこいぞ。作業の邪魔だ」

 装甲がへこみそうなほど強烈に、ヤヤはブラックホークの機体を蹴った。

「何分かかるか聞いてんの! 答えろ!」

「十五分だ、畜生!」

 幹部自衛官であるパイロットは、中学生の女から頭ごなしに命令され、さすがに気分を害した。

 ヤヤは早足で、迷彩戦闘服を着たブサメンの集団に近づいた。総員七名。不時着による心身の打撃のせいで、ほとんどの者はヤヤとのアイコンタクトを避けた。

 リーダー格である島袋に、ヤヤが言った。

「五分後に追手が到着する。あの尾根を越えてくる可能性が高い。あそこに防衛線を築いて時間を稼ごう」

「今の状況で交戦するつもりか? 自殺行為だ。こいつらは実戦経験がまったくないんだぞ」

「ボクだってないよ。みんな仲良くロストバージンだね」

「ヘリを捨てて逃げた方がいい」

「敵は地上から攻撃してきた。ヘリはボクらの強みだ。捨てるなんてバカげてる。道のない山奥を歩くのも危険だ。敵がいなくたって遭難する」

「認められない。いくらお前の意見でも」

 黒漆が塗られた鮫鞘から、ヤヤは刀を抜いた。下段に構えて言った。

「ボクは戦闘における指揮権を与えられた。これ以上抗命するなら、ぶーちゃんを斬る」

 ぶーちゃんとヤヤに呼ばれている島袋は押し黙った。デブだからぶーちゃんという雑なネーミングだった。身長差は約三十センチだが、肩を落とした島袋の方が小さく見えた。

 緊迫したやりとりを眺めていたヒカルは、肩に提げているMP7を手に取った。ダムでした様に装填をおこなった。

 ヒカルが言った。「足手まといかもしれませんが、私も戦闘に参加します」

 ヒカルの人生は暴力と無縁だった。他人に暴力を振るった経験はないし、振るいたいと思ったこともない。ホラー映画を見たら、その夜は眠れないほどの怖がりだった。

 しかしヒカルは人一倍、庇護欲が強かった。年下の人間が危険に晒されると、居ても立っても居られなくなり、恐怖が吹き飛んでしまう。

 ヤヤは納刀し、MP7を持つヒカルの腕を撫でた。

「ありがとう」ヤヤが言った。「でも星野さんはヘリの側にいてほしいな」

「私は実戦経験者ですが、お役に立てませんか」

「そうじゃないよ。敵が迂回してくる可能性があるんだ。パイロットやヘリを守るために、星野さんはここで警戒して」

「なるほど」

 ヒカルは深く頷いた。実際は足手まといに思われたのかもしれないが、合理的な説明だった。この混乱した事態の中で、戦闘の全体像を俯瞰するヤヤの頭脳に感心した。




 ブサメンの八名は、クヌギやコナラの生える尾根の上に横並びに陣取った。ススキなどの草本で覆われた丘陵は、屈むだけで身を隠せた。

 ブサメンたちが支給された武器は、ヒカルと同じサブマシンガンのMP7だ。アサルトライフルに比べると、火力や命中精度は物足りない。ただ秘密作戦に従事する都合上、隠して持ち運べるサイズが求められた。現役自衛官の島袋だけは、オートマチックの狙撃銃であるSR25を構えていた。

 プロゲーマー兼中学生のヤヤが携えるのは、日本刀だけだ。毎日ゲームで何千発と撃ちまくってるから、実銃なんて見たくも触りたくもないと、うそぶいていた。

 オープントップの二台のハンヴィーが、草地を駆け抜けてきた。荷台に立つ二名と、ミニミ軽機関銃の銃手を合わせ、乗員はそれぞれ七名。みな学校制服を着ている。芳友舎以外の制服もある。斜面の前でハンヴィーは停止した。自動車が登るには厳しい角度だ。待ち伏せを用心してるのかもしれない。

 島袋は隣にしゃがむヤヤを見た。ヤヤは頷き、発砲を許可した。

 島袋はSR25のスコープで、銃手の頭部に照準を定めた。爽やかなポニーテール姿が魅力的だった。サプレッサーで減音されたSRが、七・六二ミリ弾を吐き出した。JFKみたく脳漿を荷台へ撒き散らし、ポニーテールのJKは即死した。諜報の専門家である島袋は優れたスナイパーではないが、二百メートルなら楽勝だった。

 これで八対十三。

 一斉にJKたちがハンヴィーから飛び降りた。木立の背後からアサルトライフルのFNSCARを発砲した。しかし太陽を背負ったブサメンたちを狙うのはまぶしかった。シューティンググラスを持っているJKは装着した。

 もう一台のハンヴィーで、ミニミ軽機関銃の連射が始まった。銃手は森下クルミだった。狂おしいクルミの絶叫が、銃声の合間に渓谷に響き渡った。

 フルオート射撃で弾幕を張るのが、クルミのお家芸だ。ライフル弾が関東ローム層の斜面を抉り、ススキの葉を散らし、クヌギの幹を砕いた。ブサメンたちは震え、縮こまった。泣いて母親を呼ぶ者もいた。クルミの凶暴性にふたたび直面するのは、虐殺の生存者にとっては酷な要求だった。

 ヤヤはカシオの腕時計を見た。あれから十分経過した。

「そろそろだ」

 ドーンッ!

 二百メートル下の草地で、迫撃砲の榴弾が炸裂した。さらに数秒おきに着弾し、JKたちの四肢を散乱させた。稜線を越えて撃つよう、ヤヤは事前にヘリのパイロットに指示した。

 ヤヤは立ち上がり、抜刀した。切先を斜面の下へ向けた。

「いくぞ!」ヤヤが叫んだ。「ビッチどもをぶち殺せ!」

 ブサメンたちの士気は点火された。さっきまで身をすくめて泣き喚いていた弱虫が、等間隔を保ちながら悠然と並進し、MP7を発砲した。

 作戦目標はヘリでの脱出であり、敵の殲滅ではない。しかし無事に逃げ延びるためには、ひとりでも多く「ビッチ」を斃しておきたい。




 胴体に衝撃を受け、銀髪のヤヤは斜面に転がった。

 被弾した。

 血相を変えた島袋が、ヤヤをクヌギの根本に引き摺った。防弾ベストを剥がして確かめると、ライフル弾は抗弾プレートを貫通していなかった。ただし肋骨や内臓へのダメージはあるだろう。

「バレバレだったかな」ヤヤがつぶやいた。「でもボクが指揮官だと一発で見抜くなんてさすがだ」

 島袋が言った。「何を言っている」

「銃声は多分AKだった。セミオートで正確に狙い撃たれた。右手の岩場にまだいると思う」

「あいつか。ティナか」

「間違いないね」

 痩せっぽちのブサメンが、前頭骨を吹き飛ばされた。

 急峻な岩場で、制服をまとった浅黒い肌の少女が、神出鬼没の機動を見せていた。精密にAK47を操作し、一人また一人と死傷者を増やしていった。

 ティナはシリア出身の高校一年生。イスラム国のテロリストとして主にヨーロッパで活動し、国際逮捕手配されていた。なぜか芳友舎高校へ入学、そこでエリコやクルミと意気投合し、三人でトライハートを結成した。この組織の最大の謎のひとつが、シリアの名家に生まれたというティナの存在だ。

 ティナの役割は、作戦立案と兵站と指揮だ。おそらく世界で最も軍事経験が豊富な少女だった。対空ミサイルのスティンガーを撃ったのもティナだ。

 パリやロンドンやブリュッセルなどで爆破テロを起こした凶悪犯が、日本で花のJK生活を満喫しているという情報を、島袋はコネを通じて各国へ流し、協力を求めた。しかし疑り深い各国の諜報機関は、鼻で笑うだけだった。

 ヤヤは跳ね起き、戦闘可能なブサメン五名に言った。

「ありったけの弾を、あの岩の周辺にばら撒いて。ギザギザのノコギリみたいな岩に。全弾撃ち尽くすつもりで」

 島袋が言った。「制圧射撃か」

「うん。撃ち終わったらスタコラ逃げよう」

 ヤヤは自分の平坦な胸を擦った。アドレナリンが分泌されてるせいか痛みはない。むしろゾクゾクと快感を覚えていた。

 ヤヤはつぶやいた。

 楽しい。やっぱ戦争は最高の娯楽だ。FPSの百万倍面白い。世界は広くて、すごい敵がいる。だからこそ楽しい。

 この神ゲーをとことん味わい尽くしてやるんだ。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

米田和佐『だんちがい』8巻

 

 

だんちがい

 

作者:米田和佐

掲載誌:『まんが4コマぱれっと』(一迅社)2011年-

単行本:4コマKINGSぱれっとコミックス

ためし読み/当ブログの関連記事

 

 

 

長期連載中の本作に、これまでで最大の変化が生じた。

それは最近の流行りである「ワイド4コマ」形式の導入。

きららに代表される、起承転結やオチのない4コマ、

4コマである必然性のない4コマが一世を風靡するなかで、

だったらコマを大きくし、普通の漫画っぽく見せようとする動きだ。

 

出版社としては、ネタあたりのページ数を稼げるメリットがあるし、

読者もスマートフォン風のアスペクト比に親しみを感じるかもしれない。

 

 

 

 

拡張された視野で、三女・羽月が躍動する。

豊かな表情、予測不能な行動。

いざとなったら羽月頼り、みたいなところが本作にはある。

 

 

 

 

とはいえ次女・弥生も、ワイド4コマの恩恵をうけている。

雨粒が落ちてきたときの反応をアップで描写したり。

 

 

 

 

好きと言ってほしいのか、ほしくないのか。

いや勿論言ってほしいに決まってるけど、どれくらい強く望んでるのか。

ツンデレはワイドコマが似合う。

 

ちょっとした移り変わりはあっても、四姉妹はいつだって可愛く、

本作のエバーグリーンな魅力は輝きを増してゆくのだった。





関連記事

テーマ : 4コマ漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 萌え4コマ  米田和佐 
最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
月別アーカイヴ
09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03