『スクールガール・タクティクス』 第3章「潜入工作」


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 真新しいグレーのブレザーに袖を通したヒカルが、芳友舎高校の廊下を歩いていた。スカートは腰の部分を巻き上げ、太腿がちらりと見えるくらい短くした。二十四歳という年齢を考えると恥ずかしいが、周囲に溶け込まないと任務遂行できないので仕方ない。

 とはいえ、久しぶりに制服を着れるのは嬉しかった。思わず肩で風を切った。なんだかんだでJKは最強だ。

 二年A組の女性の担任教師が、クラスへの道のりを先導した。これから朝のホームルームに出席する。

 ヒカルは窓ガラスを鏡にして、自分のカムフラージュを確かめた。ニセJKだと疑われないよう祈った。

 校舎は総面ガラス張りで明るく、広大だった。移動時間を短縮するため、キックボードやセグウェイに乗る生徒もいた。

 ヒカルはディスペンサーを指差し、担任に尋ねた。

「自販機でスナック菓子まで売ってるんですね」

「あれは無料だよ。太らない程度に持ってきな。授業中に食べてもOK」

 ディスペンサーの近くにはソファが置かれ、生徒や教師が和やかに談笑していた。マッサージチェアでリラックスし、うとうとする者もいた。

 ヒカルは吹き抜けの階段で二階へ上った。階段の下の壁面に突起物がついており、それを手がかりにTシャツにジャージ姿の生徒がボルダリングをしていた。

 クライマーを見下ろしながら、ヒカルが言った。

「施設の充実ぶりに驚きます」

「まあ日本一かな。ここが学校なのをたまに忘れるもん」

「トレーニングジムもあるとか」

「うん。あとはボウリング場とかクラブとか」

「クラブ? 部活のことですか」

「DJ部の活動場所だよ。ダンスミュージックを流して皆で踊るんだ。毎週金曜にイベントがあるから行ってみたら」

 校舎が老朽化した都立高校出身のヒカルは、カルチャーショックに打ちのめされながら2Aの教室に入った。担任とともに教壇に立った。自己紹介するよう促された。

 北欧デザイン風の白いデスクとチェアが、教室に三十セット並んでいた。六十の瞳が、新入生への興味でキラキラ輝いた。

 ヒカルの動悸に異変が生じた。

 若い。

 みんな若い。

 皮下脂肪が乗りやすい年齢で肌がテカテカしてるし、生活の苦労を知らないので表情に疲れがなく、ピュアで晴れやかだ。

 とにかく細胞のレベルで若い。

 ヒカルは自宅でこっそり制服を着たとき、全然イケると思った。記念に写真まで撮った。浅はかだった。JKはJKであり、自分は二十四歳のオバサンだった。

 通用しっこない。

 ひどく汗をかき、口をぱくつかせて何も言わないヒカルに、担任が言った。

「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「…………」

「辛いんなら保健室に連れてくけど」

 ヒカルは手のひらに爪をめり込ませ、歯を食いしばった。怪しまれては命が危ない。練習して覚えた内容を語り始めた。

 星野ヒカルです。静岡から引っ越してきました。趣味は音楽鑑賞です。こちらにはまだ友達がいないので、ぜひ仲良くしてください。よろしくお願いします。

 温かい拍手が返ってきた。

 椅子に座り、パンツスーツの脚を組んだ担任が言った。

「うーん、なんか普通の自己紹介だったね。オチがない」

 ヒカルは密かに歯軋りした。

 自他ともに認める平凡な人間が、平凡な自己紹介をして何がいけないのか。

「じゃあ」担任が言った。「星野さんに質問があったらしていいよ」

 最前列の生徒が即座に手を挙げた。

「彼氏はいますか?」

 ヒカルが言った。「いません。ステキな人がいたら紹介してくださいね」

 実際は婚約者がいるのだが。

 別の生徒が言った。

「好きな芸能人は?」

 恐れていたジャンルの質問だった。八年の年齢差は巨大な溝だ。女子高生の間の流行を事前に調べたが、付け焼き刃の知識なのは否めない。

 相手はJKだから、男性アイドルなどを挙げるのが無難だろう。でも知ったかぶりして、後で深く追及されるのも怖い。

 ヒカルは言った。「安室奈美恵さんです」

 教室に気まずい空気が流れた。

 あえてヒカルはガチの回答をした。最近話題になってたから通じると思った。でもよく考えれば、安室ちゃんは去年引退したアーティストだった。高二の少女たちは、顔と名前くらいしか知らないので困惑していた。

 これが世代間ギャップか。

 ヒカルは担任の方を向いた。保健室へ連れて行ってもらおうと思った。

 それとも、今すぐ校舎から走って逃げるべきか。島袋には強がりを言ったが、斬首されるのは嫌だ。

 右奥に座る黒縁メガネの生徒が、元気よく手を振った。林檎のマークのマックブックをデスクで開いていた。

「どうしたソラ」担任が言った。「まだ質問があるのか?」

 ソラと呼ばれた少女が言った。「安室奈美恵さんについて、あたしが解説するッス!」

「じゃあ頼むわ」

 ソラは立ち上がり、スティーヴ・ジョブズみたく自信満々に同級生全員に語りかけた。。

「安室奈美恵さんは沖縄県那覇市出身のアーティストです。養成所の仲間と結成したスーパーモンキーズの一員としてデビューしますが、安室さんはめきめきと頭角を現し、ソロアーティストとバックダンサーの関係に変わったほどの逸材でした。小室哲哉さんがプロデューサーを務めてからの快進撃は社会現象を引き起こし、安室さんに憧れて格好を真似した『アムラー』と呼ばれる女性が街にあふれました。代表曲とされる『CAN YOU CELEBRATE?』は、今でも結婚式の定番ソングとして人気があります。R&B色の強い楽曲を激しく歌って踊るパフォーマンスが画期的で、日本の音楽シーンに与えた影響はきわめて大きいと言えるでしょう」

 周囲から「おお」と感心する声が上がり、まばらな拍手が続いた。おかげでヒカルは、転校してからわずか一分で四面楚歌となるのは免れた。

 最後列の自分の席に着くとき、ヒカルは前のソラに言った。

「フォローしてくれてありがとうございます」

「お安い御用ッスよ」

「あなたも安室ちゃんがお好きなんですね」

「いえ、全然。名前も知らなかったッス」

 ソラはマックブックの画面を見せた。ウィキペディアの安室奈美恵のページが表示されていた。

 ヒカルがふと口にした名前をウェブ検索し、一瞥しただけで膨大な記述を頭に入れ、流暢にプレゼンしたらしい。

「なんて記憶力」

「あざっす。でもこうやって出しゃばるからウザがられるッス」

「私は保護者……じゃない、友達などの名前を覚えるのが苦手だから尊敬します。あなたのお名前は、ええと」

「蒼井ソラ。パソコン部の部長もしてるッス。困ったことがあればなんでも聞くといいッスよ」

 ヒカルは差し出されたソラの手を握った。

 任務は案外楽勝だった。ソラにパソコンの場所を教わってUSBメモリを挿せば、おそらく一丁上がりだ。




 昼休みになった。ヒカルは部室棟へ向かい、空中の渡り廊下を歩いていた。床以外はガラス張りなので、地上からスカートの中が見えないか心配だった。隣でソラがキックボードに乗り、ゆっくり滑っていた。

 ヒカルはさりげない口調で尋ねた。

「トライハートというグループが、この学校にいると聞いたんですが」

「よく知ってるッスね。各学年の選抜クラスの、それまたトップの三十人くらいで組んでるらしいッス。雲の上の存在ッス」

「どんな活動をしてるんですか」

「さあ、パーティとか? 芸能人の知り合いも多いらしいッス」

 ソラの表情は屈託がない。恐るべきブサメン絶滅計画については何も知らない様だ。

 パソコン部の部室は、木製のデスクにディスプレイやキーボードがあるだけの質素な空間だった。

 ソラはヒカルに椅子を勧め、自分は隣に座った。

 ヒカルが尋ねた。「部員は何人いるんですか」

「六人ッス。昼休みはあたし一人のことも多いッスね。いま手掛けてるのはこれッス」

 画面に銀髪の少女が現れた。やけに露出の多いコスチュームを着ていた。ソラがマウスをクリックすると、飛び跳ねたりウィンクしたりした。

「かわいい! これはCGですね」

「そうッス。最近ウチの部は3Dモデルで遊んで……いや、勉強してるッス。ユーチューブに動画も投稿してるッス」

「いじってもいいですか」

「どうぞどうぞ」

 ヒカルは仮想空間のカメラを動かし、銀髪の少女をくまなく観察した。パンツまで見えた。

 自分のスカート越しに、ヒカルはポケットの中のUSBメモリを触った。ソラはトライハートの構成員ではないが、やはり隣にいられると工作活動がしづらい。

「それにしても」ヒカルが言った。「この学校は広いですね。教室から部室棟まで歩くだけでクタクタ」

「申し訳ないッス。あたしだけキックボード使って」

「みなさん同じキックボードに乗ってますよね」

「もらわなかったッスか? 全員に支給されるんスけど」

「まだですね」

「じゃあ今から取ってくるッス。そのあいだ好きにパソコン使ってくれていいッスよ」

 ヒカルは部室にひとりになった。唾を飲んだ。

 ありふれた形状のUSBメモリを、デスクの下の本体のポートへ挿し込んだ。画面に新しいウィンドウが開き、文字列が高速で流れた。速すぎて読み取れない。

 メモリは青いランプが点滅していた。これが赤になれば任務完了だ。ソラは親切にしてくれたので心苦しいが、別れを告げずにこのまま去るのが最善だろう。

 両開きのドアから、三人のJKが入ってきた。ひとりは背が高く金髪だ。ヒカルは戦慄した。サンプラザでブサメン二千人の虐殺を実行した、副リーダーの森下クルミだ。

 弟の仇だ。

 クルミは腰の両脇に、ホルスターに入れた拳銃を帯びていた。ケンジに対し発砲したFNファイブセブンだ。

 登下校中すらクルミは武装していた。明白な銃刀法違反だ。だが拳銃は個性的なファッションアイテムとして、膨大なアクセサリーの中に埋没していた。JKなら犯罪は見逃された。




 ヒカルは咄嗟にマウスを動かし、プログラムのウィンドウを最小化した。

 谷間を見せつける様に胸を張り、クルミが言った。

「おい、そこのブス。お前パソコン部か」

 ヒカルが言った。「ちがいます。私はきょう入ったばかりの転入生です」

「選抜クラスのサーバに不正アクセスがあった。アクセス元はこの部室だ。調べるからどけ」

 クルミの口から発せられる言葉のひとつひとつが、ヒカルの心を抉った。なんて傲慢なのか。一方で、こちらの正体がサンプラザの男子トイレで泣いていた女だと、気づかれてないのは朗報だ。

 ヒカルは視界の端でUSBメモリのランプを確認した。

 まだ青だった。

 ヒカルは椅子を回転させて向き直り、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい! なんか変なボタンを押しちゃって」

「いいからどけ」

「部長のソラちゃんに好きにいじっていいと言われたので……」

「しつけえんだよ」

「痛ッ!」

 クルミはヒカルのショートカットの髪を掴み、椅子から引きずり下ろした。ヒカルから奪った婚約指輪が右手中指にはまっていた。指輪を失ったことを、ヒカルは婚約者にまだ報告していない。どう詫びたらいいか解らなかった。

 ヒカルは大袈裟に転び、デスクの下のパソコン本体の前にうずくまった。メモリは赤いランプが点灯していた。引き抜いてポケットに忍ばせた。

 クルミは慣れた手つきでキーボードを叩いた。履歴を調べ、スキャンを行った。しかしバックドアを開いたプログラムは、おのれの痕跡を消し去っていた。

 クルミは舌打ちし、パソコン本体を蹴った。ほかの二人に綿密な調査をするよう命じ、部室から出ていった。




 キックボードに乗ってソラが戻ってきた。髪を乱してへたり込むヒカルを見て仰天した。

 ヒカルから事情を聞いたソラは、トライハートの三年生ふたりに平謝りに謝った。

「あたしの責任ッス! 頼まれてたサーバのメンテを今朝やったんスけど、ログアウトしないで放置してたかもしれないッス。カナコさん、ヨウコさん、申し訳ないッス!」

 カナコと呼ばれた、ツリ目の女が言った。

「別にいいって」

「でも、クルミさんがすごい怒ってたって」

「あいつ最近機嫌わりいんだよ。エリコとうまくいってなくてさ」

「噂は聞いてるッス。クルミさんは本当はリーダーになりたかったとか」

「ウチだって二年がリーダーなのは面白くねえよ。でもエリコは別格だからしょうがねえじゃん」

「何もかも兼ね備えた完璧超人ッスからね。エリコ様はあたしら二年生の誇りッス」

「やっぱムカつくな。まあいいや。ここのパソコン使わせてもらうよ」

「御自由にどうぞ」

 ツリ目とタレ目は着席し、パソコンで作業を始めた。自動車や歩行者が行き交う公道の状況が、画面に数か所表示された。警察の監視カメラをハッキングしてるのだろうか。実績から見て、トライハートはそれくらいの能力はあるはずだ。

 ヒカルは迷っていた。目的は果たしたから逃げていい。ただ怪しまれないよう自然に振る舞うべきだ。それにツリ目とタレ目が工作の痕跡を発見し、無効化する恐れもあった。

 映像に興味を示したソラが言った。

「面白そうなソフトッスね。ゲームッスか」

「そうだよ」

 ツリ目とタレ目は顔を見合わせ、笑いを噛み殺した。ソラの勘違いがおかしいらしい。

 ツリ目が赤いボタンをクリックした。画面では自動車同士が、交叉点で全速力で衝突した。次々と玉突き事故が起きて大混乱に陥った。

 身を乗り出してソラが叫んだ。

「めちゃくちゃリアルッスね! 最近のゲームはよくできてるッス」

「やってみるか?」

「ぜひ!」

 ヒカルは目眩に襲われた。

 あれはゲーム映像ではなく、現実の出来事だ。ツリ目は交通信号を操作し、人為的に衝突事故を起こしたのだ。

 ヒカルはソラの肩をつかみ、首を横に振った。

 ソラが言った。「ヒカルちゃんもやりたいッスか?」

「そうじゃなくて」

「じゃあお先に失礼するッスよ」

 ソラは別の五叉路のボタンをクリックした。石油を積んだタンクローリーが急停止しきれず、横断歩道を渡る人の群れに突っ込んだ。後続車が横転したタンクローリーにぶつかった。なんとか追突を避けた車は、歩行者を轢いた。流出した石油が引火し、タンクローリーが爆発した。

 ソラが叫んだ。「うおお、すげえ!」

「やるじゃん」ツリ目が言った。「お前ゲームの才能あるな」

「いやあ、それほどでも」

「とっておきのゲームを教えてやるよ」

 ツリ目は新たにソフトを立ち上げた。

 今度は雄大な自然が映っていた。山並みを背景に、水面が広がっていた。コンクリートの建造物が水を堰き止めていた。巨大なダムの映像だ。

 タレ目がツリ目に、口ごもりながら言った。

「カナコちゃん、まずいって」

「なにが」

「計画じゃ、ダムにあれをばら撒くのは来年って」

「来年じゃウチらは卒業してるじゃんか。下の代が一番のお楽しみを独占するとかおかしいだろ」

「それはそうだけど」

「ウチらJKの命は短いんだ。せっかくなら華々しく散ってやろうぜ」




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