ほっけ様『専門学校JK Ctrl+Z』
専門学校JK Ctrl+Z
専門学校JK
作者:ほっけ様
監修:代々木アニメーション学院
掲載サイト:『電撃ツイッターマガジン』(KADOKAWA)2018年-
代々木アニメーション学院でがんばるJKたちの漫画が、
やりなおしのコマンドを打ち込んだかの様に、華麗に復活。
能面が悩みの声優志望・岡山さんも、いくらか表情豊かに。
数秒限定だけど。
絵師あるあるネタはやっぱりおもしろい。
僕は絵を描かないけど、なんかわかると思ってしまう。
窓サッシの資料とか、作業そっちのけで探すほど重要じゃないだろう。
ダメな専門学生の見本、大宮さんは流行にのってVtuberをめざす。
無印版より真剣味が増している……気がする。
新キャラ「加古川めんこ」が、Ctrl+Z版の真骨頂。
同人誌を売るためなら手段を選ばない、承認欲求モンスターだ。
才能と努力だけで生きてけるほど甘くない、
この業界の身も蓋もないリアリティを体現している。
奇跡の復活をとげた大宮は、けっきょく大宮だった。
読者は、JKたちの変わらぬ可愛さに癒やされつつも、
その変わらなさが身につまされ、心がささくれ立ってくる。
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『スクールガール・タクティクス』 第5章「反攻」
ヒカルは終点でバスを降りた。緑豊かな山岳に囲まれる奥多摩湖が見えた。東京都に属すとは思えない秘境だ。多摩川をダムで堰き止めて出来た人造湖であり、村をまるごと水没させたという悲しい歴史もあった。
黒縁メガネの少女が続いて降車した。芳友舎高校のパソコン部部長である、蒼井ソラだ。脇にマックブックを抱えている。
ぽかんと口を開けて、ソラが言った。
「うわー、絶景じゃないスか! こんなのどかな大自然でテロが起きるなんて、信じられないッス!」
「ソラちゃん」ヒカルが言った。「そういう物騒なことは、あまり大きな声で口にしないでね」
「申し訳ないッス。つい浮かれちまったッス」
「化学工場の火災はどうなったかな」
「調べてみるッス」
ソラは湖畔のベンチに座り、モバイルルータに繋いだマックブックで調査を始めた。ふたりとも芳友舎高校のグレーの制服を着ていた。
昨晩、国内トップシェアの九鬼ケミカルなどが所有する、千葉県市原市にある化学工場で爆発事故が起きた。トライハートによる爆破テロだと、ヒカルは直感で判断した。陸自の島袋ヒロシの発言がヒントになった。
炭疽菌くらい塩素で簡単に殺菌できると、島袋は言った。
それは正しいだろう。
だがもし、塩素の供給が止まったら?
あのJKたちは、大人の裏をかく。そして闘争の中で自己の意志を貫き通し、欲しい物すべてを手に入れる。
島袋の連絡先をヒカルは知らなかった。防衛省に電話して取り次いでもらおうとしたが、けんもほろろの対応をされた。なので今朝も制服を着て芳友舎に登校し、パソコン部のPCを使って情報を集めた。
ヒカルは、駐在所に詰めている警官に話しかけた。自分と同じ制服の女の子がほかに来なかったか尋ねた。警官はきらめく湖面の方を指差した。トライハートに所属する三年生、ツリ目のカナコとタレ目のヨウコがいた。
水辺に台車が置かれ、大きな透明の容器が載っていた。中にインスタントコーヒーみたいな褐色の顆粒が入っていた。ツリ目とタレ目は、風邪のときに使う簡易マスクをしていた。
ヒカルは愕然とした。無防備すぎる。化学防護服を着て作業するんじゃないのか。透明な容器も、百円ショップかどこかで売ってそうな粗製品に見えた。
トライハートのふたりは動画の撮影をしていた。ツリ目が、タレ目が構えるアイフォンにしゃべりかけた。自分の写り具合を幾度も確かめては、同じセリフを繰り返した。この期に及んでも、JKにとってはインスタ映えが最優先だった。
ベンチでマックブックを操作しつつ、ソラが言った。
「化学工場はまだ鎮火してないッス。現在のところ死者は二十六名ッス」
「かわいそうに」
「これがトライハートのみなさんの仕業だなんて、まだ確信が持てないッス」
「気持ちはわかるよ。虐殺を目の当たりにした私ですら、そうなんだから」
「弟さんのことはお気の毒でしたッス。でもクルミさんみたいにいろいろ噂のある人はともかく、エリコ様が人を殺すとかありえないッス」
「むしろ彼女がリーダーなんだけどね」
「エリコ様はすごいんスよ。定期テストはいつも全科目満点なんス。全科目ッスよ! ハーバード大入学が内定してるほどの才媛なんス。しかも学校以外では全然勉強してないらしいから、あたしらは絶望するッス」
ヒカルはグレーのブレザーを脱いだ。上半身は白のブラウスと臙脂のネクタイだけだ。
ブレザーをソラに手渡し、ヒカルが言った。
「これを預かっててくれる?」
「いいッスよ」
「今から私は彼女たちを説得する。もし事がうまく運ばなかったら、駐在所のお巡りさんを呼んでほしいの」
「あたしも行くッス」
「ダメだよ。あの子たちは銃を持ってるかもしれない。そこまでソラちゃんを巻き込めない」
「例の交通信号のゲームで本当に人が死んだのなら、あたしにも責任があるッス」
「ソラちゃんのせいじゃないよ」
「人数が多い方が説得しやすいッス。あたしはおしゃべりだから、きっとお役に立てるッス」
ヒカルはうなずいた。不意を打てたとしても、数的劣勢では心許ない。味方がいれば優位に立てるだろう。
背中に挿していた電動ガンのグロック17を抜いた。ミリタリーオタクだった弟の遺品だ。足音を立てずに階段を下りた。ツリ目とタレ目は動画撮影に夢中で気づかない。
グロックをツリ目に向け、ヒカルが言った。
「そこまでよ。あなたたちが何をしようとしてるか、私は知ってる。一緒にあそこの駐在所へ行きましょう」
意表を突かれたツリ目は、言葉にならない叫びを上げた。それでも一呼吸のあと、鼻で笑って余裕を見せた。
「転校生」ツリ目が言った。「やはりお前はスパイだったのか。クルミが言った通りだ。あいつの直感は外れたことがない」
「ここでは会話しない。あなたたちが先に階段を上って」
「つれないこと言うなよ。そうだ、タバコ吸うか?」
「動かないで! 両手を頭の後ろで組みなさい。ちょっとでもおかしな動作をしたら撃つ」
ブレザーの内側に手を差し入れようとしたツリ目に、ヒカルは警告した。
何にでも首を突っ込みたがるソラが、目を輝かせて言った。
「身体検査した方がいいッスね。あたしがやるから、ヒカルさんには掩護をお願いするッス」
「ソラちゃんはじっとしてて」
「こういうのやってみたかったんスよ」
制止の声を無視し、ソラはツリ目に近寄った。ヒカルは狼狽した。ツリ目とタレ目はスカートの下から拳銃を取り出した。サプレッサーを装着したHK45だ。ツリ目は後ろからソラを抱きかかえ、こめかみにサプレッサーを押し当てた。
「なめてんのか」ツリ目が言った。「二年坊がウチらに歯向かうとか百年早えよ」
ヒカルが言った。「その子は巻き込まないで」
「うるせえ。さっさとグロックを遠くへ投げ捨てろ」
ヒカルは脅迫に従った。こっちはおもちゃで、あっちは実銃だ。人質を取られたら手も足も出ない。
背後から男の声が響いた。
「君たち、そこで何をしてる」
ヒカルが振り向くと、階段の上に駐在所の警官二名がいた。拳銃のホルスターのボタンを外している。ただのJK同士のケンカという認識ではない。ダムはテロの標的になりうる施設であり、彼らは町の交番のお巡りさんより用心深かった。
無邪気な笑顔を浮かべ、タレ目が言った。
「お騒がせしてすみません。自主映画の撮影をしてました」
「銃を地面に置くんだ」
「これのことですか?」
「おいッ!」
「よく出来てますよね。まるで本物みたい」
バスッ、バスッ!
タレ目とツリ目はほぼ同時に、減音されたHKを発砲した。警官二名は殉職した。彼らの弱腰を誰も責められないだろう。短いスカートの少女に先制攻撃するのは至難だった。
湖畔に倒れ込んだソラを、ヒカルは強引に立たせた。手を引いて鉄骨の階段を駆け上った。コンクリートの塊であるダム堤の天端を目指した。
階段を上り切ったヒカルは、両膝に手を突いて喘いだ。高校時代は、ソフトボール部で俊足巧打の一番バッターとして鳴らし、年代別の日本代表にも選ばれた、ちょっとしたアスリートだった。しかし運動不足と加齢には勝てなかった。
パソコン部のソラが言った。
「ヒカルさん、大丈夫ッスか」
「すぐ敵が追いつくわ……私はいいから逃げて」
「スカートの下に銃を隠してるとは予想外だったッス。チェ・ゲバラの『ゲリラ戦争』に書いてある内容を思い出したッス。女性は革命戦争における運搬役として優秀だと」
「またウィキペディア?」
「ウィキペは最高の読み物ッス。あたしのことは歩くウィキペディアと呼んで欲しいッス」
「知識自慢はもういいから!」
弟より一学年下の少女の手を引き、ヒカルはふたたび駆け出した。
バキーンッ!
堤頂の手摺に45口径弾が当たった。減音された銃で狙われるのは悪夢だった。むしろ辺りに銃声が轟いた方が、身に迫る危険が解りやすいからマシだ。
通路には死体が多数転がっていた。外国人観光客もいれば、東京都水道局に雇われた警備員もいた。ツリ目とタレ目にやられたに違いない。
ビシッ!
足許のコンクリートで銃弾が跳ねた。背後から笑い声が聞こえた。敵はこちらを弄び、なぶり殺しにするつもりだ。
ヒカルは死体のそばに膝をついた。ダムの警備員に仲間を潜り込ませたと、島袋は言った。案の定、警備員はジャケットの下にサブマシンガンを隠していた。ドイツ製のMP7だ。これも弟のコレクションにあった。
ヒカルは、MP7のストックとフォアグリップを伸ばした。セレクターをフルオートに合わせた。コッキングハンドルを引いて弾薬を装填した。
ストックを肩に当てつつ、ヒカルは言った。
「ここであの子たちを迎え撃つから、ソラちゃんは逃げて。森に逃げ込んで警察を呼べば助かるはず」
「そんな。ヒカルさんを置いてけないッス」
「私は二十四歳なの。お姉さんの言うことは聞くものよ」
師弟関係は信頼関係だ。ヒカルは保育士稼業でそう学んだ。子供は、信じている相手の言うことなら、なんでも聞く。だからこっちは、信頼できる大人に見える様にふるまえばいい。
脇目も振らずにソラは疾走した。
ヒカルは満足した。素直ないい子だ。博識ぶりを鼻にかけるところは良くないけど、やっぱりすごくいい子だ。
悠然と歩み寄るツリ目を、ヒカルは照準器に捉えた。ツリ目が口にした冗談に、タレ目が笑った。距離は三十メートル。何を言ってるかまでは解らない。
よく弟は、ヒカルの電動ガンの構えをバカにした。そんな持ち方じゃ反動を受けきれないとか。実銃を撃ったら、自動車にぶつかるくらいの衝撃が伝わるとか。他にもいろいろ。自分だって実銃を触った経験はないくせに。
ヒカルは上半身で抑え込む様に、MP7を安定させた。ツリ目の胴体のど真ん中に照準を合わせた。トリガーを引いた。四・六ミリ弾を、片っ端から撃ち込めるだけ撃ち込んだ。
ブラウスを切り裂かれたツリ目は、仰向けに倒れた。
照準をタレ目に変え、ヒカルは言った。
「降伏しなさい」
唇を震わせ、タレ目が言った。
「殺したのか……私の大切な人を」
「撃たれたいの!?」
「ぜってえ許さねえッ!」
せめて苦しみが少ない様に、ヒカルはタレ目の額に銃弾を放った。反動は、弟が言うほど強くなかった。
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楠元とうか『好きこそももの上手なれ!』
好きこそももの上手なれ!
作者:楠元とうか
掲載誌:『まんが4コマぱれっと』(一迅社)2018年-
単行本:4コマKINGSぱれっとコミックス
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桃井さんご、高校1年生。
容姿は可憐で、性格はほがらかで優しい。
エロゲーから飛び出してきた様な、非の打ち所がないヒロインだ。
ただし、性別は男。
いわゆる男の娘モノは、二つの作風に大別できる。
主人公自身が女装趣味に目覚める「これが……ボク?」系と、
主人公が男の娘に翻弄される「小悪魔」系。
本作はどちらでもない。
主人公の家に居候する男の娘は、すこしも小悪魔でなく、むしろ天使だ。
とても慎み深く、他人に迷惑かけないよう心掛けている。
つまり本作は鉄壁のプロットを放棄している。
さんごは外見も性格もかわいい。
だったらなんの問題もないじゃん、というわけ。
そして葛藤がない本作は、いわゆる日常系に接近している。
ホットケーキを作って女子力をアピールする最中に、
空手で鍛えた握力で泡立て器を捻じ曲げたりとか。
これぞ、男の娘のいる日常。
第7話、横柄な口調でさんごに話しかける人物があらわれる。
さんごの反応から察するに、ただならぬ関係らしい。
このキャラは秀逸なので、ぜひ単行本で顛末を確かめてほしい。
男の娘モノといえばドタバタコメディと相場が決まってるが、
安直なスチャラカで読者の気を散らすより、かわいさを優先すべきでは?
そんな思想を感じる佳作である。
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FLOWERCHILD『割り切った関係ですから。』
割り切った関係ですから。
作者:FLOWERCHILD
掲載誌:『コミック百合姫』(一迅社)2019年-
単行本:百合姫コミックス
[ためし読みはこちら]
右のメガネの高校1年生は、主人公である「鏑木綾」。
内気な性格の持ち主。
その隣は24歳の「黒崎静(せい)」。
美人だが地味めの服装なのは、高校教師だからなのもあるだろうか。
そんなふたりの関係をえがく百合漫画だ。
身体や下着の描写のみだらさが目に飛びこんでくる。
ふたりは別の高校に属している。
いわゆる出会い系アプリを通じて知り合った。
秘密の花園感のない、ドライな世界観だ。
思わせぶりだったり、激しく体を求めてきたり、
年上なのに気まぐれな女に、綾は翻弄される。
いくら突っ撥ねても、手のひらの上で遊ばれてる気がする。
肉感性が強調された画風だ。
タートルネックやデニムパンツのふくらみ。
いつも濡れてる様な黒髪の質感。
それでいて全体の印象は重くなくシャープ。
綾には「陽紀(はるき)」という幼なじみがいる。
ボーイッシュでさわやかだが、綾に重い愛情を抱いており、
静との仲を引き裂こうと妨碍してくる。
ただ、自分の感情に正直なところがメインのふたりと対照的で、
作品のよいアクセントになっている。
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『スクールガール・タクティクス』 第4章「デブリーフィング」
転校生になりきったヒカルは、特に怪しまれることもなく下校時間を迎えた。電車を乗り継いで自宅へ向かった。着替えは持っているが制服のままだ。
山手線の車輌から新宿駅のホームに降りた。
すれちがう人々の視線が快感だった。JKの格好をしてるだけで注目度は段違いだ。名門校の制服だと見抜き、羨望の思いをひそひそと語り合う他校生。短いスカートから伸びる脚に嫉妬する、二十代のOL。
ソフトボール漬けだった現役JK時代、ヒカルは女子として全然評価されなかった。実際、男みたいだった。特権を十分に享受しなかったのが悔やまれた。
JKであることは勲章だ。
これはクセになる。やめられない。
紺のスーツを着た男がこちらを熱心に見つめていた。ヒカルは反射的に目を伏せ、通り過ぎようとした。ナンパはあまりよろしくない。
なにしろ私は保育士だし、こう見え結婚を控えた身なのだ。
ヒカルは背後から男に腕をつかまれた。驚いたが、いくばくかのときめきも感じた。
無礼なふるまいをした男に、ヒカルが言った。
「すみません、急いでるので……あっ!」
黒いヨドバシカメラの買い物袋を持つその男を、ヒカルは見知っていた。新宿区役所に勤める二十四歳。ヒカルの婚約者である森山リュウジだ。
しどろもどろになりつつ、ヒカルが言った。
「リュ、リュウジ! こんなところで会うなんてすごい偶然」
「お前、その格好は」
険しい顔つきでリュウジは言った。会うのは弟の葬儀以来だった。悲しみで気が触れたのではないかと、リュウジは心配していた。連絡を密に取ってはいるが、平日の夕方にJKコスプレで街を練り歩いてたら、正気を疑われても仕方ない。
「これは……保育園の劇の衣装なの」
リュウジはすこし警戒を緩めた。まだ怪しんでいるが、悲劇への対処法は人それぞれだと、自分を納得させる様だった。
「あのね」ヒカルが言った。「私、謝らなきゃいけないことが」
「なんだよ」
「サンプラザで火事に巻き込まれたとき、婚約指輪を失くしちゃったの。ごめんなさい」
「そんなことか」
「でも大事な指輪なのに」
「ヒカルが無事だったのは、せめてもの救いだよ。俺はそれ以上なにも望まない」
普段は無愛想なリュウジが、ほほ笑んだ。知り合ったのは高二のときだった。誘われて映画に行くなどデートはするが、恋人とは言えない関係が一年ほど続いた。卒業間際に、業を煮やしたヒカルは自分から告白した。
リュウジは、ヒカル以上に真面目な性格だった。世界一のイケメンではないが、誰よりも誠実で、自分にはもったいないほどのパートナーだと、ヒカルは思っていた。
ヨドバシカメラの袋を指差し、ヒカルが言った。
「なにを買ったの。大きな品物だね」
「これは炊飯器」
「料理まったくしないんじゃなかったっけ」
「まあね。ただ、家に炊飯器すらないのはどうかと思ってさ」
「いいことじゃない」
リュウジはうつむき、首筋を掻いた。何事かを言おうかどうか迷っていた。
意を決したリュウジが、ヒカルと目を合わせて言った。
「なあ、ヒカル。ひとつ提案があるんだが」
「どうしたの」
「俺と一緒に暮らさないか」
「結婚前に? 同棲ってこと?」
「うん」
「嬉しいけど、なんでまた急に」
「お前が苦しんでるからだよ。ケンジくんが亡くなってから」
「私、別に」
ヒカルは悩乱した。
どこまで婚約者に打ち明けるべきか?
弟は火災でなく、JKに殺されて死んだこと。そのJKがブサメンの絶滅を企てていること。警察やマスコミが何もしてくれないこと。女子高に潜入してスパイ行為を働いたこと。そこで大規模なテロ計画を突き止めたこと。
どこまで言うべきか?
「大丈夫」ヒカルが言った。「心配しないで」
「言えないなら、それで構わない。夫婦の間でも知られたくないことはあるだろう。でも明らかにお前が苦しんでるのに、何もしてやれないのは辛い。近くで支えたいんだ」
映画やドラマを見るたびハンカチをびしょ濡れにするヒカルは、公衆の面前での落涙を堪えられなかった。
「ありがとう。嬉しいよ。今抱えてる問題が片づいたら、全部リュウジに話す。約束する」
「最近なにか無理をしてないか」
「うん、してる」
「経済的なトラブルなら力になる」
「ちがうの。言えないけど、私がやらなきゃいけないことなの。でもこれ以上無理はしない。リュウジに心配かけたくない」
「信じるよ」
「ありがとう。心の底から愛してる。私のことを大事に思ってくれて本当にありがとう」
リュウジは炊飯器を地面に置き、コスプレ姿の婚約者を抱きすくめた。ヒカルは熱烈にそれに応えた。
ヒカルは最寄り駅である東中野駅を出た。トイレで淡いピンクのカーディガンと、濃い青の花柄のスカートに着替えていた。JKの魔法はあっさり解け、駅前の風景に溶け込んでいた。
紙袋に入れた芳友舎の制服を、ヒカルは名残り惜しそうに眺めた。もうこれを着る機会はないだろう。
バス停のベンチに巨漢の背中が見えた。潜入工作をヒカルに依頼した、陸上自衛官の島袋ヒロシだ。任務終了後、向こうから接触してくる取り決めだった。
島袋は、スマートフォンを耳に当ててしゃべり始めた。ヒカルの出現に気づいたという合図だ。ヒカルは隣に腰を下ろし、ベンチの下の大きな封筒を拾った。中には生命保険の書類と、札束が三つ入っていた。三百万円だ。
別の人間と通話する素振りで、ヒカルが言った。
「こんな大金いりません」
「あんたは良くやってくれた。これは口止め料も兼ねてる。遠慮せず受け取ってくれ」
「ハッキングはどうなりましたか」
「大成功だ。敵の行動を常にモニターできる様になった。これからは戦いの主導権を握れるはずだ」
「急いでください。あの子たちはテロの計画を前倒ししようとしています」
「まあ後は任せてくれ。何かあったら連絡する。ひとまずはおさらばだ」
島袋が立ち上がった。肥満体だが、鍛えてるせいか機敏な動きだ。
ヒカルは偽装を放棄し、アイフォンを島袋へ向けた。パソコン部部長のソラの助けを借り、芳友舎高校で撮った動画だ。PCの画面を録画したものだ。
「まだ報告は終わってません。これを見てください」
「ダムの映像だな」
「トライハートはどこかのダムに毒物を流して、水源を汚染しようとしています」
「それは奥多摩の小河内ダムだ。クソガキどもが炭疽菌を入手したのも認識している。あえて泳がせてるんだ」
「卒業を控えた三年生が、焦って暴走してるんです。私は軍事のシロウトですが、非常に危険だと思います」
「ダムの警備員に仲間を二人潜り込ませてある。炭疽菌の撒布装置も無効化した。そもそも、ダムに菌をばら撒いたところで実害はない。浄水場の塩素で余裕で殺菌できる」
「もし一般市民が知ったらパニックになります。少なくとも私は恐ろしい」
「どうでもいい。こっちは限られたアセットでやりくりしてるんだ。市民の感情など知ったことか」
「自衛官なのに無責任ですね」
島袋がふたたび腰を下ろした。百キロの荷重でベンチがミシミシと悲鳴を上げた。
巨大な顔を近づけ、島袋が言った。
「妙な使命感に駆られてないだろうな。所詮あんたは非力な保母さんにすぎない。弟の復讐など考えるな」
「そんなの解ってます」
「あんたが芳友舎にいる間、スナイパーに掩護されてたのを知ってるか?」
「いいえ」
「新宿駅で男とイチャついてたのも俺は聞いている」
「侮辱しないでください」
「身の程をわきまえろと忠告してるんだ。現在時刻をもって、あんたへの支援は打ち切る。今後、当作戦に関与するなら敵と見なす」
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らうりー『彷徨いスタァ』
彷徨いスタァ
作者:らうりー
発行:KADOKAWA 2019年
レーベル:フルールコミックス
[ためし読みはこちら]
大学4年生の「翔太」は、友人3人と卒業旅行にやってきた。
温泉地の夜の楽しみといえばストリップ。
ところがステージに現れたのは男で、観客もみな男。
女性向けのいわゆるメンズストリップとはちがう、淫靡な空間だった。
この小屋には「まな板本番ショー」まである。
翔太は、踊り子の「彷徨(かなた)」に招かれてステージへのぼり、
ローションで勃たされた上で、その場で行為におよんでしまう。
実際は、昔ながらのストリップ劇場は閉館が相次いでおり、
まな板ショーなどというサービスもとっくに消滅した様だ。
ゆえに本作の世界観は現実離れしている。
それでも作者は、彷徨が踊り子になった経緯などを具体的に描き、
キャラクターの個性を前面に出して読者を引き込む。
翔太は、同性愛趣味のまったくない普通の大学生だったが、
妖艶な踊り子の魅力に絡め取られ、滞在期間中に足繁く通うことに。
ずぶずぶとハマってゆく姿が見ものだ。
ストリップ劇場の名物として「リボン」がある。
ステージ横からリボンを投げ込むのが役目の、熱狂的ファンのことだ。
リボンさんは、彷徨が翔太とただならぬ仲になったのに嫉妬し、
ナイフを持ち出して極端な行動にでる。
普通じゃない関係だからこそ、思いは先鋭的になるのかもしれない。
僕は試し読みで物珍しい設定に注目し、怖いもの見たさで手にとったが、
BLというジャンルに縁の薄い読者でも楽しめる、上出来の作品だった。
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山珠彩貴『へちもん~信楽陶芸日記~』
へちもん~信楽陶芸日記~
作者:山珠彩貴
発行:竹書房 2019年
レーベル:バンブーコミックス
[ためし読みはこちら]
タヌキの置物で有名な滋賀県信楽を舞台に、イギリス人の「リリー」が、
これまたJKである陶芸家「椿」に弟子入りする物語だ。
今風の可憐な絵柄であるわりに、作者はやきものに関心あるらしく、
窯焚きの場面など、よく取材して丁寧に描写している。
リリーと椿は地元の工芸高校に通う。
つまり本作は学園モノでもある。
頑張る女の子たちの感情のぶつかり合いは、読みごたえあり。
よくよく考えると、ろくろを回す作業ほど地味な絵はない。
動きがまったくない。
それでも作者は、情熱や集中力を背中で表現するなどの工夫を凝らす。
「めざせ全国優勝!」みたいなギミックはなく、淡々としているが、
題材そのものが侘び寂びの世界でもあって、読後感は上々の一冊だ。
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『スクールガール・タクティクス』 第3章「潜入工作」
真新しいグレーのブレザーに袖を通したヒカルが、芳友舎高校の廊下を歩いていた。スカートは腰の部分を巻き上げ、太腿がちらりと見えるくらい短くした。二十四歳という年齢を考えると恥ずかしいが、周囲に溶け込まないと任務遂行できないので仕方ない。
とはいえ、久しぶりに制服を着れるのは嬉しかった。思わず肩で風を切った。なんだかんだでJKは最強だ。
二年A組の女性の担任教師が、クラスへの道のりを先導した。これから朝のホームルームに出席する。
ヒカルは窓ガラスを鏡にして、自分のカムフラージュを確かめた。ニセJKだと疑われないよう祈った。
校舎は総面ガラス張りで明るく、広大だった。移動時間を短縮するため、キックボードやセグウェイに乗る生徒もいた。
ヒカルはディスペンサーを指差し、担任に尋ねた。
「自販機でスナック菓子まで売ってるんですね」
「あれは無料だよ。太らない程度に持ってきな。授業中に食べてもOK」
ディスペンサーの近くにはソファが置かれ、生徒や教師が和やかに談笑していた。マッサージチェアでリラックスし、うとうとする者もいた。
ヒカルは吹き抜けの階段で二階へ上った。階段の下の壁面に突起物がついており、それを手がかりにTシャツにジャージ姿の生徒がボルダリングをしていた。
クライマーを見下ろしながら、ヒカルが言った。
「施設の充実ぶりに驚きます」
「まあ日本一かな。ここが学校なのをたまに忘れるもん」
「トレーニングジムもあるとか」
「うん。あとはボウリング場とかクラブとか」
「クラブ? 部活のことですか」
「DJ部の活動場所だよ。ダンスミュージックを流して皆で踊るんだ。毎週金曜にイベントがあるから行ってみたら」
校舎が老朽化した都立高校出身のヒカルは、カルチャーショックに打ちのめされながら2Aの教室に入った。担任とともに教壇に立った。自己紹介するよう促された。
北欧デザイン風の白いデスクとチェアが、教室に三十セット並んでいた。六十の瞳が、新入生への興味でキラキラ輝いた。
ヒカルの動悸に異変が生じた。
若い。
みんな若い。
皮下脂肪が乗りやすい年齢で肌がテカテカしてるし、生活の苦労を知らないので表情に疲れがなく、ピュアで晴れやかだ。
とにかく細胞のレベルで若い。
ヒカルは自宅でこっそり制服を着たとき、全然イケると思った。記念に写真まで撮った。浅はかだった。JKはJKであり、自分は二十四歳のオバサンだった。
通用しっこない。
ひどく汗をかき、口をぱくつかせて何も言わないヒカルに、担任が言った。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「…………」
「辛いんなら保健室に連れてくけど」
ヒカルは手のひらに爪をめり込ませ、歯を食いしばった。怪しまれては命が危ない。練習して覚えた内容を語り始めた。
星野ヒカルです。静岡から引っ越してきました。趣味は音楽鑑賞です。こちらにはまだ友達がいないので、ぜひ仲良くしてください。よろしくお願いします。
温かい拍手が返ってきた。
椅子に座り、パンツスーツの脚を組んだ担任が言った。
「うーん、なんか普通の自己紹介だったね。オチがない」
ヒカルは密かに歯軋りした。
自他ともに認める平凡な人間が、平凡な自己紹介をして何がいけないのか。
「じゃあ」担任が言った。「星野さんに質問があったらしていいよ」
最前列の生徒が即座に手を挙げた。
「彼氏はいますか?」
ヒカルが言った。「いません。ステキな人がいたら紹介してくださいね」
実際は婚約者がいるのだが。
別の生徒が言った。
「好きな芸能人は?」
恐れていたジャンルの質問だった。八年の年齢差は巨大な溝だ。女子高生の間の流行を事前に調べたが、付け焼き刃の知識なのは否めない。
相手はJKだから、男性アイドルなどを挙げるのが無難だろう。でも知ったかぶりして、後で深く追及されるのも怖い。
ヒカルは言った。「安室奈美恵さんです」
教室に気まずい空気が流れた。
あえてヒカルはガチの回答をした。最近話題になってたから通じると思った。でもよく考えれば、安室ちゃんは去年引退したアーティストだった。高二の少女たちは、顔と名前くらいしか知らないので困惑していた。
これが世代間ギャップか。
ヒカルは担任の方を向いた。保健室へ連れて行ってもらおうと思った。
それとも、今すぐ校舎から走って逃げるべきか。島袋には強がりを言ったが、斬首されるのは嫌だ。
右奥に座る黒縁メガネの生徒が、元気よく手を振った。林檎のマークのマックブックをデスクで開いていた。
「どうしたソラ」担任が言った。「まだ質問があるのか?」
ソラと呼ばれた少女が言った。「安室奈美恵さんについて、あたしが解説するッス!」
「じゃあ頼むわ」
ソラは立ち上がり、スティーヴ・ジョブズみたく自信満々に同級生全員に語りかけた。。
「安室奈美恵さんは沖縄県那覇市出身のアーティストです。養成所の仲間と結成したスーパーモンキーズの一員としてデビューしますが、安室さんはめきめきと頭角を現し、ソロアーティストとバックダンサーの関係に変わったほどの逸材でした。小室哲哉さんがプロデューサーを務めてからの快進撃は社会現象を引き起こし、安室さんに憧れて格好を真似した『アムラー』と呼ばれる女性が街にあふれました。代表曲とされる『CAN YOU CELEBRATE?』は、今でも結婚式の定番ソングとして人気があります。R&B色の強い楽曲を激しく歌って踊るパフォーマンスが画期的で、日本の音楽シーンに与えた影響はきわめて大きいと言えるでしょう」
周囲から「おお」と感心する声が上がり、まばらな拍手が続いた。おかげでヒカルは、転校してからわずか一分で四面楚歌となるのは免れた。
最後列の自分の席に着くとき、ヒカルは前のソラに言った。
「フォローしてくれてありがとうございます」
「お安い御用ッスよ」
「あなたも安室ちゃんがお好きなんですね」
「いえ、全然。名前も知らなかったッス」
ソラはマックブックの画面を見せた。ウィキペディアの安室奈美恵のページが表示されていた。
ヒカルがふと口にした名前をウェブ検索し、一瞥しただけで膨大な記述を頭に入れ、流暢にプレゼンしたらしい。
「なんて記憶力」
「あざっす。でもこうやって出しゃばるからウザがられるッス」
「私は保護者……じゃない、友達などの名前を覚えるのが苦手だから尊敬します。あなたのお名前は、ええと」
「蒼井ソラ。パソコン部の部長もしてるッス。困ったことがあればなんでも聞くといいッスよ」
ヒカルは差し出されたソラの手を握った。
任務は案外楽勝だった。ソラにパソコンの場所を教わってUSBメモリを挿せば、おそらく一丁上がりだ。
昼休みになった。ヒカルは部室棟へ向かい、空中の渡り廊下を歩いていた。床以外はガラス張りなので、地上からスカートの中が見えないか心配だった。隣でソラがキックボードに乗り、ゆっくり滑っていた。
ヒカルはさりげない口調で尋ねた。
「トライハートというグループが、この学校にいると聞いたんですが」
「よく知ってるッスね。各学年の選抜クラスの、それまたトップの三十人くらいで組んでるらしいッス。雲の上の存在ッス」
「どんな活動をしてるんですか」
「さあ、パーティとか? 芸能人の知り合いも多いらしいッス」
ソラの表情は屈託がない。恐るべきブサメン絶滅計画については何も知らない様だ。
パソコン部の部室は、木製のデスクにディスプレイやキーボードがあるだけの質素な空間だった。
ソラはヒカルに椅子を勧め、自分は隣に座った。
ヒカルが尋ねた。「部員は何人いるんですか」
「六人ッス。昼休みはあたし一人のことも多いッスね。いま手掛けてるのはこれッス」
画面に銀髪の少女が現れた。やけに露出の多いコスチュームを着ていた。ソラがマウスをクリックすると、飛び跳ねたりウィンクしたりした。
「かわいい! これはCGですね」
「そうッス。最近ウチの部は3Dモデルで遊んで……いや、勉強してるッス。ユーチューブに動画も投稿してるッス」
「いじってもいいですか」
「どうぞどうぞ」
ヒカルは仮想空間のカメラを動かし、銀髪の少女をくまなく観察した。パンツまで見えた。
自分のスカート越しに、ヒカルはポケットの中のUSBメモリを触った。ソラはトライハートの構成員ではないが、やはり隣にいられると工作活動がしづらい。
「それにしても」ヒカルが言った。「この学校は広いですね。教室から部室棟まで歩くだけでクタクタ」
「申し訳ないッス。あたしだけキックボード使って」
「みなさん同じキックボードに乗ってますよね」
「もらわなかったッスか? 全員に支給されるんスけど」
「まだですね」
「じゃあ今から取ってくるッス。そのあいだ好きにパソコン使ってくれていいッスよ」
ヒカルは部室にひとりになった。唾を飲んだ。
ありふれた形状のUSBメモリを、デスクの下の本体のポートへ挿し込んだ。画面に新しいウィンドウが開き、文字列が高速で流れた。速すぎて読み取れない。
メモリは青いランプが点滅していた。これが赤になれば任務完了だ。ソラは親切にしてくれたので心苦しいが、別れを告げずにこのまま去るのが最善だろう。
両開きのドアから、三人のJKが入ってきた。ひとりは背が高く金髪だ。ヒカルは戦慄した。サンプラザでブサメン二千人の虐殺を実行した、副リーダーの森下クルミだ。
弟の仇だ。
クルミは腰の両脇に、ホルスターに入れた拳銃を帯びていた。ケンジに対し発砲したFNファイブセブンだ。
登下校中すらクルミは武装していた。明白な銃刀法違反だ。だが拳銃は個性的なファッションアイテムとして、膨大なアクセサリーの中に埋没していた。JKなら犯罪は見逃された。
ヒカルは咄嗟にマウスを動かし、プログラムのウィンドウを最小化した。
谷間を見せつける様に胸を張り、クルミが言った。
「おい、そこのブス。お前パソコン部か」
ヒカルが言った。「ちがいます。私はきょう入ったばかりの転入生です」
「選抜クラスのサーバに不正アクセスがあった。アクセス元はこの部室だ。調べるからどけ」
クルミの口から発せられる言葉のひとつひとつが、ヒカルの心を抉った。なんて傲慢なのか。一方で、こちらの正体がサンプラザの男子トイレで泣いていた女だと、気づかれてないのは朗報だ。
ヒカルは視界の端でUSBメモリのランプを確認した。
まだ青だった。
ヒカルは椅子を回転させて向き直り、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい! なんか変なボタンを押しちゃって」
「いいからどけ」
「部長のソラちゃんに好きにいじっていいと言われたので……」
「しつけえんだよ」
「痛ッ!」
クルミはヒカルのショートカットの髪を掴み、椅子から引きずり下ろした。ヒカルから奪った婚約指輪が右手中指にはまっていた。指輪を失ったことを、ヒカルは婚約者にまだ報告していない。どう詫びたらいいか解らなかった。
ヒカルは大袈裟に転び、デスクの下のパソコン本体の前にうずくまった。メモリは赤いランプが点灯していた。引き抜いてポケットに忍ばせた。
クルミは慣れた手つきでキーボードを叩いた。履歴を調べ、スキャンを行った。しかしバックドアを開いたプログラムは、おのれの痕跡を消し去っていた。
クルミは舌打ちし、パソコン本体を蹴った。ほかの二人に綿密な調査をするよう命じ、部室から出ていった。
キックボードに乗ってソラが戻ってきた。髪を乱してへたり込むヒカルを見て仰天した。
ヒカルから事情を聞いたソラは、トライハートの三年生ふたりに平謝りに謝った。
「あたしの責任ッス! 頼まれてたサーバのメンテを今朝やったんスけど、ログアウトしないで放置してたかもしれないッス。カナコさん、ヨウコさん、申し訳ないッス!」
カナコと呼ばれた、ツリ目の女が言った。
「別にいいって」
「でも、クルミさんがすごい怒ってたって」
「あいつ最近機嫌わりいんだよ。エリコとうまくいってなくてさ」
「噂は聞いてるッス。クルミさんは本当はリーダーになりたかったとか」
「ウチだって二年がリーダーなのは面白くねえよ。でもエリコは別格だからしょうがねえじゃん」
「何もかも兼ね備えた完璧超人ッスからね。エリコ様はあたしら二年生の誇りッス」
「やっぱムカつくな。まあいいや。ここのパソコン使わせてもらうよ」
「御自由にどうぞ」
ツリ目とタレ目は着席し、パソコンで作業を始めた。自動車や歩行者が行き交う公道の状況が、画面に数か所表示された。警察の監視カメラをハッキングしてるのだろうか。実績から見て、トライハートはそれくらいの能力はあるはずだ。
ヒカルは迷っていた。目的は果たしたから逃げていい。ただ怪しまれないよう自然に振る舞うべきだ。それにツリ目とタレ目が工作の痕跡を発見し、無効化する恐れもあった。
映像に興味を示したソラが言った。
「面白そうなソフトッスね。ゲームッスか」
「そうだよ」
ツリ目とタレ目は顔を見合わせ、笑いを噛み殺した。ソラの勘違いがおかしいらしい。
ツリ目が赤いボタンをクリックした。画面では自動車同士が、交叉点で全速力で衝突した。次々と玉突き事故が起きて大混乱に陥った。
身を乗り出してソラが叫んだ。
「めちゃくちゃリアルッスね! 最近のゲームはよくできてるッス」
「やってみるか?」
「ぜひ!」
ヒカルは目眩に襲われた。
あれはゲーム映像ではなく、現実の出来事だ。ツリ目は交通信号を操作し、人為的に衝突事故を起こしたのだ。
ヒカルはソラの肩をつかみ、首を横に振った。
ソラが言った。「ヒカルちゃんもやりたいッスか?」
「そうじゃなくて」
「じゃあお先に失礼するッスよ」
ソラは別の五叉路のボタンをクリックした。石油を積んだタンクローリーが急停止しきれず、横断歩道を渡る人の群れに突っ込んだ。後続車が横転したタンクローリーにぶつかった。なんとか追突を避けた車は、歩行者を轢いた。流出した石油が引火し、タンクローリーが爆発した。
ソラが叫んだ。「うおお、すげえ!」
「やるじゃん」ツリ目が言った。「お前ゲームの才能あるな」
「いやあ、それほどでも」
「とっておきのゲームを教えてやるよ」
ツリ目は新たにソフトを立ち上げた。
今度は雄大な自然が映っていた。山並みを背景に、水面が広がっていた。コンクリートの建造物が水を堰き止めていた。巨大なダムの映像だ。
タレ目がツリ目に、口ごもりながら言った。
「カナコちゃん、まずいって」
「なにが」
「計画じゃ、ダムにあれをばら撒くのは来年って」
「来年じゃウチらは卒業してるじゃんか。下の代が一番のお楽しみを独占するとかおかしいだろ」
「それはそうだけど」
「ウチらJKの命は短いんだ。せっかくなら華々しく散ってやろうぜ」
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源素水『先生は恋を教えられない』
先生は恋を教えられない
作者:源素水
掲載誌:『ゲッサン』(小学館)2018年-
単行本:ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル
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顔はきれいだけど、地味でお堅い女教師「凛子」と、
マイペースな男子高校生「荒瀬」の関係をえがくラブコメ。
転生とかアイドルとか、そういうギミックはなくストレート。
ふたりは両思いの関係で、凛子は下宿に差し入れを持っていったりする。
しかし荒瀬が二十歳になるまで交際はしないという約束。
いつも飾り気のない凛子だが、オフは髪をほどくので印象が変わる。
おあずけを食わされている荒瀬は、なにかと凛子にちょっかいを出す。
今すぐ彼女になってくれないなら合コンへ行くと言って揺さぶったり。
生徒とただならぬ仲になったくらいだから、
いくらマジメそうに見えても、凛子はけっこう押しに弱い。
そんなふたりの不器用な駆け引きが見どころだ。
後書きによると作者は、連載になると企画時点で意識しなかったそうで、
ストーリーの発展性に乏しいのが難点ではあるだろう。
とはいえセクシーな英語教師フーミン先生など、脇役にも魅力があり、
すっきりとした絵柄で、禁断の恋をほのぼのと演出している。
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タカキツヨシ『HEART GEAR』
HEART GEAR
作者:タカキツヨシ
配信サイト:『少年ジャンプ+』(集英社)2019年-
単行本:ジャンプコミックス
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人類絶滅後の世界をえがく、ポストアポカリプスSFである。
ただし作品の冒頭は牧歌的だ。
唯一の人間の生き残りである、黒縁メガネの少女「ルゥ」は、
「ギア」と呼ばれるロボットたちとのんびり平和に暮らしている。
第三次世界大戦が終わっても、ギアのあいだには闘争があった。
「狂機(インセイン)」と呼ばれる戦闘用ギアが、盲目的に破壊を続ける。
ルゥの親代わりのギアである「ゼット」が、不意に攻撃された。
ヒト型のギア「クロム」が、狂機からルゥを守った。
人工細胞からなるクロムのボディは、人間と見分けがつかない。
本作はヒーローアクションものの側面がある。
後書きから引用する。
こういったSF作品は、どちらかと言えば読む人を選ぶと言われることが多く、
その点は本作を企画するにあたっても、
一番気を遣って編集さんと打ち合わせを重ねました。
気を遣ったのは、キャッチーなヴィジュアルだろう。
給仕用ギア、つまりメイドさんの「マリー」はその代表だ。
マクロスのデストロイド・モンスターみたいな狂機も登場。
荒々しい筆致で描写されるメカは見ごたえあり。
こういうサービス精神は、「詰め込みすぎ」な印象に繋がりやすい。
それでも統一感が結構あるのは、ヒロインがアラレちゃんを髣髴させるなど、
少年ジャンプのDNAをどことなく受け継いでるからだろうか。
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『スクールガール・タクティクス』 第2章「日常」
青いエプロンを身につけたヒカルは、中野区にある「はじめ保育園」の園庭にいた。子供たちが汚したバケツやシャベルなどを洗っていた。
弟を喪ったあと、ヒカルは警察と話したり葬儀を営んだりで、仕事を一週間休んだ。心の傷は癒えてないが、家に閉じ籠るより気が紛れると思い復帰した。
捜査の進展具合はわからない。警視庁に問い合わせても、うやむやな反応が返ってくるだけ。二千人の死者が出たのに、報道が一切ないのも不可解だった。
けれども知ってることをすべて伝えたヒカルとしては、公的機関に任せるしかない。ただの保育士でしかない自分に、ほかに何ができるだろう。とにかく今は生活を、もとの軌道に戻すことから始めたい。
それだって、決して簡単な作業ではない。
スモックを着た三歳児のユマが、ヒカルの袖を引いた。降園準備をする時間帯だが、まだ園庭に残っていた。
ヒカルは蛇口を締め、両膝をついて言った。
「ユマちゃん、どうしたの」
「ヒカルせんせい、弟が死んじゃったんだよね」
ヒカルは懸命の努力で笑顔を維持した。ママ友同士の情報伝達速度にはいつも驚嘆させられる。
「うん、よく知ってるね。先生は悲しいことがあったんだ」
「ユマにもふたごの弟がいるの。ずっと病院にいたけど死んじゃったの」
「そうだね。先生も知ってるよ」
ヒカルの脳で警報が鳴っていた。デリケートな話題だった。幼児における死の概念の認識は千差万別だ。三歳にもなれば、ある程度の理解を示すこともある。基本的にごまかすべきではない。だがそれには保護者との情報共有が必要だ。
ヒカルはユマの母親との会話の記憶を辿った。心に余裕がなく、なにも思い出せなかった。引き攣った笑顔を貼りつかせたままでいた。
「ママが言ってた。ユウタは長いあいだ眠ってるんだって。神さまがそう決めたの」
「そうなんだ」
「ユマが、ママやパパやせんせいの言うことを聞いていい子にしてれば、神さまがユウタを起こしてくれるの。だからせんせいもお仕事がんばるといいよ」
「うん。ユマちゃん、ありがとう」
園舎へ戻るユマの後ろ姿を見ながら、ヒカルは呼吸を整えた。多分ユマは、ヒカルが弟を亡くしたと母親から教わり、心底同情し、タイミングを見計らって励ましてくれたのだ。なんて優しい子だろう。純粋ゆえに残酷でもあるが。
ヒカルは蛇口を開け、洗い物を再開した。
ユマの言葉が内面でこだましていた。彼女は三歳児なりに肉親の死と向き合っていた。比べて自分はどうだろう。なぜ弟は死ななければならなかったか。トライハートと名乗るJKの集団はいったい何だったのか。
私は現実から逃げてないか。
園長の小林が背後にいるのに気づいた。白い髪をベリーショートに刈った五十代の女性だ。
ヒカルが言った。「園長先生、お疲れさまです」
「水」
「はあ」
「さっきから出しっぱなし」
「わっ、すみません!」
ヒカルは慌てて蛇口を締めた。
腕組みしながら園長が言った。
「星野先生。今から小言を言うけど、いいかしら」
「はい。なんでもおっしゃってください」
「あなた、ひどい顔してるわよ」
ヒカルの顔面表情筋が痙攣した。濡れた指先で頬のあたりをマッサージした。
ヒカルは園長を尊敬し、信頼していた。ズケズケと物を言うので厳しく感じるときもあるが、それは部下をよく観察してる証拠でもあった。前に勤めていた保育園で、ヒカルは女の職場特有のギスギスした人間関係に悩まされてたから、なおさらだ。
園長が言った。「自慢の笑顔が台無しね。子供たちも怖がってるわ」
「すみません。気をつけます」
「謝ってほしいわけじゃないのよ。やっぱり復帰は早かったんじゃないかしら」
「でも」
「もっと周りを頼りなさい。保育はチームワークなんだから。あなた有休を全然消化してないじゃないの」
「でも白石先生がお辞めになるので、その引き継ぎもしなきゃいけないですし」
園長は大袈裟に首を横に振った。
「ほら、そうやって何でも背負いこもうとする。あなたは優秀な保育士だし、だからこそ分野別リーダーを任せるんだけど、チームワークはまだまだね」
「努力します」
「そういやTOEICを受けると言ってたっけ」
「ええ。英語教育に関心の高い保護者も多いので」
「なら一週間あげるから勉強なさい。これは業務命令よ」
ヒカルは保育園を早退したあと、駅前のガストでカプチーノを飲んでいた。マルイにある雑貨店で買った千代紙で、折り紙を折った。手先が器用なヒカルは、目をつむって鶴を折ることができる。
まっすぐ自宅に帰りたくなかった。母親はヒカル以上に悲嘆に暮れていた。狂人みたいな有り様だった。家でふたりきりになるのは耐えられない。店の迷惑にならない程度に、できるだけ長居をしたい。
千代紙を折りながら、ヒカルはどうやって一週間を過ごすか考えていた。勿論TOEICの勉強もするが、それだけでは暇を持て余すだろう。婚約者はあまりお金を使えない時期だし、短大時代の友人を誘って温泉にでも行くのがいいかもしれない。
古典的な折り紙である「風船」をアレンジした「ロケット」を作った。ストローで空気を入れて膨らませると格好よく仕上がった。男の子に見せれば大喜びだ。
右隣のテーブルに白人の老夫婦が座っていた。ヒカルの妙技に興味津々だった。ついには「それはオリガミですか」と英語で尋ねてきた。ヒカルがそうだと答えると、作り方を教えてくれとせがまれた。
ヒカルは外国人観光客に好まれそうなテーマを考えた。とんとん相撲で遊べる「お相撲さん」を完成させた。
作品を老夫婦のテーブルに置き、ヒカルが言った。
「ディス・イズ・スモウレスラー」
「ファンタスティック!」
老夫婦は目を輝かせて喜んだ。たかが正方形の紙一枚を折っただけの代物だが、子供から大人まで楽しめる。折り紙ほど偉大なアートはない。
左のテーブルにいた日本の中年女性の四人組も、輪に加わった。ファミレスが賑やかな折り紙教室に変貌した。
一方でヒカルは店員の目が気になった。人に折り紙を教えるのは嫌ではないが、あまり目立ちたくない。
損なのか得なのか解らないが、ヒカルは知らない人間から声を掛けられやすかった。いつも柔和な笑みを絶やさず、温厚で人当たりがいいので、他者から警戒されないのだろう。でも町中で道を聞かれるくらいなら構わないが、デパートで婦人服売場が何階か尋ねられたりすると、質問する相手が違うのではないかと不満に思うときもあった。
私にだって、いろいろ都合があるのだ。
ガタンッ!
向かいのテーブルでふたりのJKが、椅子を蹴って立ち上がった。不機嫌そうにスクールバッグをつかみ、帰ろうとしている。
ヒカルは唇を噛んだ。
言わんこっちゃない。あの子たちは、放課後の楽しいおしゃべりを邪魔されて怒っている。
春物のセーターを着たひとりがヒカルに近づいた。ヒカルは視線を逸らせた。サンプラザでの惨劇のあと、恐ろしくてJKを直視できない。
ヒカルを見下ろしてJKが言った。
「さっきからうるせえんだよ」
ヒカルが言った。「ごめんなさい」
JKはテーブルの上の赤いウサギをつまんだ。冷笑を浮かべて言った。
「なにこれ、折り紙?」
「はい」
「ババアのくせにガキの遊びかよ。だっさ」
JKはウサギを握り潰し、床に捨てた。
ふたりのJKは、勝利の実感を分かち合う様に甲高く笑いながら、自動ドアから出ていった。
折り紙教室は興が冷めて中止となった。
ヒカルはカプチーノのカップを口に運ぶが、手が震えて半分こぼした。紙ナプキンでテーブルを拭いた。
ヒカルはつぶやいた。
みっともない。若い女の子の態度に動揺するなんて。いつまでも例のJKの影に怯えてたらダメだ。
体重百キロ近くあるであろう、くたびれたストライプのシャツを着た巨漢が目の前に立っていた。サンプラザの駐車場でヒカルを保護した、陸上自衛官の島袋ヒロシだ。
島袋は椅子を指差して尋ねた。
「ここ、座ってもいいですか」
ヒカルは気乗りしない様子で頷いた。
島袋はあれから二度、ヒカルにコンタクトしてきた。そしてブサメン絶滅をたくらむJKの組織「トライハート」に、工作員として潜入するよう依頼した。
いくらなんでも冗談が過ぎる。警察への情報提供などは市民の義務だから協力するが、スパイの真似ごとをさせられるなんて非常識だ。ヒカルはにべもなく断っていた。
席についた島袋は、新たに注いだカプチーノをヒカルの前に、アイスコーヒーを自分の手許に置いた。
「あんなこと言われて」島袋が言った。「よく黙ってられますね。俺ならぶん殴ってる」
「迷惑かけたのは事実ですから」
「ガツンと言った方がいいですよ。でないとあいつら、ますます調子に乗るんで」
「たしかに女子高生は怖いものなしですね。私だって、あの若さはうらやましい」
「わはは。星野さんも昔はあんな風でしたか」
「高校時代はソフトボール部で、真っ黒に日焼けしてました。毎日部活だから放課後に遊ぶこともなかったなあ」
島袋の目的がこちらの勧誘なのは解ってるし、何度懇願されても断るつもりだ。でも話術が巧みなせいか、知らず知らずに個人情報を引き出されがちだ。
島袋は「情報部別班」と呼ばれる、市ヶ谷に本部のある諜報部隊に所属していた。中でも彼の専門は北朝鮮対策であり、朝鮮総連などに協力者を作って情報収集に励んでいた。
ちなみに別班は、首相や防衛大臣すら実態を知らない秘密部隊だ。トライハートという伏魔殿の存在を認識した彼らは、その暴走を阻止しようと独自の判断で行動してるらしい。
とはいえ島袋の話を、どこまで信じていいかは解らない。
新しいカップには手をつけず、ヒカルが言った。
「また私をスカウトしに来たんですか」
「それだけじゃないですけどね。あなたは現場にいたし、どんな些細な情報も俺にとっては貴重です」
「私にも生活があります。特に今はそっとしてほしいんです」
「でも休みをもらったでしょ」
「監視してるんですか?」
「俺は地獄耳なんですよ。あちこちに『友達』がいるんです。そしてもっともっと目や耳がほしい」
島袋はシャツの胸ポケットからUSBメモリを取り出し、小さなテーブルに置いた。
USBメモリにはプログラムが仕込まれている。トライハートの本拠地である芳友舎高校へ侵入し、このメモリをコンピュータのポートへ挿し込めば、校内のネットワークにバックドアが開かれ、遠隔操作が可能になる。
サンプラザの虐殺と同時に大規模な通信障害が起きたのは、島袋にとって衝撃だったらしい。トライハートは、この国の重要インフラを操る能力を保有していた。
次はいったい、何をしでかすのか。
「私は」ヒカルが言った。「コンピュータに疎いですが、自衛隊にもそっち方面の部隊が存在するでしょう」
「勿論。でも情けない話ですが、あの高校のファイアウォールは市ヶ谷より強固なんです。外部からは手が出せない」
「なら女性隊員を潜入させれば」
「三人送り込んだが、露見しました。トライハートは自衛隊や警察のデータベースにアクセスできるらしい。この作戦にプロは使えない」
「その三人はどうなったんですか」
「斬首されました」
ヒカルの背筋に悪寒が走った。
この巨漢は、そんな野蛮な集落へ私を行かせたがってるのか。ピアノと折り紙だけが取り柄の保育士を。
「私は二十四歳です。女子高生になんて化けられません」
「いやいや、めっちゃ若いですって! その点は俺が保証しますから!」
島袋は、もともと細い目をさらに細めて笑った。手を叩いて大きな声を上げた。わざと軽薄に振る舞っている。もしくは非情なスパイ稼業で人間らしい心を失ったか。
ヒカルはトートバッグから、保険会社の封筒を取り出した。中身が詰まって膨らんでいた。生命保険に関する書類一式だ。
ヒカルは先月、婚約者と一緒に生命保険に入った。保険の受取人は半額を婚約者に、もう半額を弟にした。しかし弟に不幸があったので、ヒカルには受取人を両親に変更する意思があった。半年くらい経って落ち着いたら、両親に相談するつもりだった。ただヒカルはマメなので、書類だけ先に準備していた。
「仮に」ヒカルが言った。「依頼を引き受けるとして、一つ条件があります」
「なんですか」
「もし私が死んだら、保険金の半額が両親に渡るよう、手続きなどをお願いします」
「え」
「書類は揃ってるので保険会社の方は問題ないはずですが、両親が受け取りを拒否するかもしれません。そうなったら島袋さんが両親に会って、直接説得してください」
「おいおい。別に命懸けの任務じゃない。校内のPCにメモリを挿すだけだし、バレそうになったら逃げていい」
「すこしは本音で語ったらどうですか」
トライハートは手強い組織だ。直にやりあった経験があるから解る。リーダーは冷静で統率力があり、副リーダーは凶暴だが銃器の扱いに長けていた。マスクをしてたおかげでヒカルは顔や声を知られてないが、会話を交わしたリーダーは観察力が優れてそうなのも不安材料だ。
島袋はヒカルを上目遣いで睨んでいた。軽薄な笑みは消えていた。保育士とスパイは似てるかもしれない。つねに仮面をかぶっているという点で。
ヒカルが言った。「約束できますか」
「あんた、只者じゃないな」
「ただの保育士ですよ。普通に家族を大切にしている」
あの日、弟の遺体が運ばれた病院で、ヒカルは両親と対面した。そして嘘をついた。サンプラザで目撃した出来事を打ち明けられるはずがなかった。
死ぬより辛い思いがあるのをヒカルは知った。
だからって、このまま引き下がりはしない。
ヒカルが所属していたソフトボール部は、都内でベスト4に入る強豪だった。遊撃手を務めるヒカルは、俊足巧打の一番バッターとしてヒットを量産し、対戦相手から恐れられた。
あの頃のファイティングスピリットが蘇ってきた。
ヒカルが言った。「戦死者の遺族に会うことは、戦場で敵と撃ち合うより苦しい。違いますか」
「ああ、そうだ。でも約束しよう。もしものことがあったら、俺が御両親にすべて説明する」
島袋は、唇をぎゅっと結んで封筒をつかんだ。
交換する様に、ヒカルは島袋の足許にあった紙袋を手にした。中には地味だが上等なグレーの上下が入っていた。全女子高生の憧れ、芳友舎高校の制服だ。
ヒカルはほくそ笑んだ。
ふふ。
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配信サイト:『ふらっとヒーローズ』(小学館)2018年-
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アラサーOLの「相沢」は、美人だがBLをこよなく愛する腐女子。
神絵師と崇める「ミスミ」の新刊を入手しにイベントに来たところ、
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高校の新人教師である「押谷愛子」は、マジメだがおとなしい性格で、
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自分たちが率先して授業を盛り上げると約束する。
そして生徒たちはやりすぎた。
授業中にサイリウムを振りったり、声を合わせてコールしたり。
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毎時間大騒ぎしてれば、当然隣のクラスから苦情が出る。
学校でも問題視されるが、いかつい風貌の教頭先生が実は元ドルヲタで、
一番熱心な押谷先生ファンになってしまうのだった。
テンポのよい作風であり、目立つのが苦手な押谷先生が、
あれよあれよとノセられてゆくのが笑える。
委員長キャラの意外な反応も見もの。
同僚の男性教員との、ほのぼのした恋模様も微笑ましい。
ひたすら可愛いし、全体的にニヤニヤしながら楽しめる作品だ。
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