東河みそ『突然の百合』
突然の百合
作者:東河みそ
発行:イースト・プレス 2018年
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ツイッターに投稿した4ページ程度の掌篇をあつめた、百合の単行本。
さいきん多い出版のパターンだ。
ぼんやりした女子大生が、公園で犬の散歩をしてたら、
ギャルにいきなり話しかけられ、意外な展開になったりとか。
登場する女の年齢や職業はさまざま。
なので出会い方も千差万別。
生活に疲れきった女が、自由を謳歌するJKの定期入れを拾ったり。
ロリータファッションでばっちりキメた少女が、
ライブ後に出待ちし、イケメンなバンドの女に告白する。
女の典型をすべてカバーする様な、守備範囲のひろさが魅力的。
あとファッションの描き込みもすばらしい。
作者ブログによると、単行本化にあたり相当手を入れたらしい。
かぎられたページ数のなかに、状況設定と心理戦とオチを詰めこむ。
どれも趣向が凝らされている。
全体的にコメディ色がつよく、たとえば上の引用では、
進展しない関係に業を煮やした相手のアピールに当惑し、
冷静になろうと必死に素数をかぞえる姿がおかしい。
でも僕が好きなのは、屈折した「まあさと由江」。
自嘲癖のあるエレベーターガールの味気ない日常におとづれた、
謎めいた美女との劇的な出会いをえがく。
百合の刹那性を、これほどみごとに切り取った例をほかに知らない。
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関口太郎『ゆるさば。』2巻
ゆるさば。
作者:関口太郎
掲載誌:『ヤンマガサード』(講談社)2018年-
単行本:ヤンマガKC
娘3人と父親が、廃墟となった東京でサバイバルする物語の第2巻。
続巻を買うべきかすこし迷ったが、個人的に年末でいそがしく疲れぎみなので、
開放的な世界観と、かわいい女の子による癒やしを期待して購入した。
コンクリートジャングルが大量の水をたくわえ、さまざまな動植物をよびこみ、
あらたな生態系をつくりあげる様子が描写される。
ストーリーはあまりうごかない。
人類消失の謎についての大ヒントとか、新キャラ登場とかはない。
あいかわらず家族仲がよく、ほのぼのしている。
吹奏楽部の先輩の家の前を通りかかったモモが、ちょっと中をのぞく。
玄関にあったスニーカーが、片思いの記憶をよびおこす。
ちょっとせつない、巧みな演出のエピソードだ。
僕みたいに女の子のかわいさを求めてもいいし、
食料調達などのサバイバルネタを楽しむのもいいだろう。
ただし、ネコはあまりかわいくない。
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戦国期の領国経営と交通
作者:Jmho
織田信長の戦争指導で感心するのが、1570年の姉川の戦いだ。
5月24日、信長は3万の兵を率いて京を出立し、越前の朝倉義景領に侵攻。
しかし北近江の浅井長政に裏切られ、あわてて逃げ出す。
琵琶湖をぐるっとまわり、鈴鹿山脈をこえ、命からがら岐阜城へたどりつく。
このとき6月12日。
ここからが速い。
再軍備をすませた信長は、7月21日に浅井・朝倉連合軍の征伐にむかう。
大混乱のなかで、どうやって物資を確保したんだろうと思うし、
同盟軍(実質的には家臣?)である徳川氏との連携もみごとだ。
むしろ浅井軍の方が補給で苦しんでいる。
積雪で補給線が途絶える朝倉軍も、冬になると越前に帰還する。
なので僕は、織田軍の継戦能力が高い理由を知りたかった。
小和田哲男『東海の戦国史』(ミネルヴァ書房)を読んでたら、気になる記述があった。
今川義元の領国経営のスタイルは相当進んでたと言うのだ。
先進的な法を整備し、駿河・遠江・三河の3か国にわたって、
効率よく税と兵を徴募するシステムを構築した。
今川氏と対峙した信長は影響をうけたろう。
また今川氏は、宿駅ごとに馬を乗り換える伝馬制度を早くに導入した。
信長の交通インフラ整備も、特筆すべきものがあるらしい。
戦国期は防衛的観点から、狭く曲がりくねったままにすべき道を、
6.5メートルに拡げ、松並木や側溝までつくらせた。
そもそも織田弾正忠家は、水上交通で栄えた家だった。
信長の父・信秀は、木曽川と伊勢湾の結節点である津島湊で経済力をつけ、
本家である守護代家を凌駕していった。
柴裕之『清須会議』(戎光祥出版)
その木曽川が、織田家に災いをなす。
1582年の本能寺の変で、信長と長男信忠が死ぬ。
後継者や領地再分配について話し合うため同年開かれたのが、「清州会議」だ。
明智光秀を斃した羽柴秀吉が、会議をリードする。
山城・丹波・河内東部を手に入れ、ぐんと勢力を拡大。
信長の次男・信雄は尾張を、三男・信孝は美濃をあたえられる。
政権中枢から外されたが、織田家ゆかりの地を得て結構満足したらしい。
ところが、尾張と美濃のあいだで国境問題が発生。
当時の木曽川は氾濫により、たびたび流路を変えていた。
信雄は伝統的な国境線を、信孝はあたらしい流路による国境線を主張。
自分たちの家が乗っ取られようとしてるのに兄弟ゲンカとは間抜けだが、
あんのじょう対立につけこまれ、織田家は真っ二つに割れて弱体化してゆく。
たかが川一本が、歴史をうごかすのがおもしろい。
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灯『Still Sick』
Still Sick
作者:灯
配信サイト:『pixivコミック』2018年-
単行本:ブレイドコミックス(マッグガーデン)
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社会人百合である。
左側の黒髪で長身なのが、29歳の主人公「清水」。
ソフトウェアを開発する部署のリーダーをつとめる。
右側の小柄で制服を着てるのが、25歳の「前川」。
総務部所属の、いかにもOLらしいOLだ。
主人公の清水には秘密がある。
それは百合専門の同人作家であること。
即売会で前川と出くわし、バレてしまう。
ネタバレを避けるためくわしく書かないが、前川にも隠しごとがある。
ふたりが親しくなるにつれ明らかとなる。
タイトルにある「病気」は、恋愛感情にくわえ、創作意欲も暗示する。
ふだんは愛想がよく、だれからも好かれる前川が、
内面に深刻なトラウマをかかえている意外性に、読者はゆすぶられる。
正直、前川さんが魅力的すぎるという、バランスの悪さは否めない。
清水に対し徐々に本性をあらわし、つっけんどんな態度をとりだす。
コロコロかわる表情がかわいい。
作者も相手役の方に、より強く感情移入してるはず。
主人公がちょっと受け身なのだ。
本作はメタフィクション的構造をもっている。
感情がたかぶり、百合の行為が演じられるシーンもあるが、
それは百合漫画の模倣だと、あとでエクスキューズがなされる。
女心はむつかしい。
女同士でさえ、しばしばこんがらがる。
ときには怖いとおもうことも。
だから私たちは、百合のファンタジーに逃げてしまう。
プロット面での弱さはあるが、それは百合漫画ではいつものことで、
キャラやテーマの卓越性において、真剣に推薦したい作品だ。
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楠木ともり/やぎぬまかな『ビター・エスケープ』
ビター・エスケープ
メディアミックス企画『バンめし♪』OP曲
歌唱:楠木ともり(「栗花落 夜風」役として)
作詞・作曲:やぎぬまかな
演奏:侍文化
発行:コナミデジタルエンタテインメント 2018年
『ひなビタ♪』につづく、コナミによる音楽配信企画の楽曲である。
いわゆるキャラソンだ。
声優の楠木ともりが歌うバージョンを中心に書こうとおもう。
作曲者のやぎぬまかなは、カラスは真っ白というバンドをやってた人。
僕はよく知らないが、ジャンルは「ファンクポップ」だったそうで、
ブンブン跳ねるベースの上でウィスパーボイスがたゆたう本作の曲調は、
バンド時代の延長線にあるとおもわれる。
あと歌詞は、田舎暮らしの少女の脱出願望をテーマとしている。
いかにもインディーロック調のサウンドに、幼さを強調した可憐な歌声。
相対性理論を連想させられる。
相対性理論のデビューは2007年。
僕が『ハイファイ新書』を聞いたのが2009年1月。
あれから10年だ。
相対性理論は、アニメ文化への親近感を前面にだして成功した。
そして、あっち系のプレゼンスがますます高まる現在からみると、
コロンブスの卵的な発想のバンドだったなあと痛感する。
そこで楠木ともりである。
彼女は、やくしまるえつこにないものを持っている。
たとえば18歳という若さ、とびぬけた顔とスタイルのよさ、
そしてなにより、すでにメインキャラ3名を演じた人気声優であること。
たしかにこれまでも同様の試みはあった。
花澤香菜とやくしまるのコラボとか。
でもざーさんは、パン屋さんめぐりが趣味のリア充お姉さんであって、
授業中に宇宙人の来襲を妄想してそうなタイプではない。
一方でともりるは、アート指向のサブカル少女だ。
イラストを描いたり、イベントのロゴをデザインしたり、作詞作曲したり、
中学時代のいじめ経験にもとづく自作曲を披露したりしている。
真部脩一とやくしまるが提示した先見的なビジョンが、
10年のときを経て具現化したのが、楠木ともりという存在なのだ。
作曲者による歌唱と、ともりるバージョンを聞き比べよう。
けだるく歌う、前者の解釈の深さも捨てがたいが、僕は後者に軍配をあげたい。
まるで耳許で囁かれる様に聞き手に錯覚させる声の透明度、
拙さも役作りとおもえるキャラソンならではのアドバンテージ。
「選択のない未来に」の部分の、前のめりのアーティキュレーションにハッとする。
背伸びして生き急ぐ、なにかを背負ってしまった少女の切迫感が、暴発している。
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つくしろ夕莉『広島妹 おどりゃー! もみじちゃん!!』
広島妹 おどりゃー! もみじちゃん!!
作者:つくしろ夕莉
掲載誌:『ヤングエース』(KADOKAWA)2018年-
単行本:角川コミックス・エース
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高校2年生の「一都」に、親の再婚で妹ができた。
燃える様な髪色の少女は、中学2年生の「もみじ」。
広島から東京に来たばかりで緊張してるだろうと、一都はやさしく話しかける。
ところがもみじちゃんの口調は、ヤクザ映画さながらのコテコテの広島弁。
見た目はおとなしく可憐なので、一都は仰天する。
そんなもみじちゃんのギャップ萌えと、熱い地元愛をたのしむ作品だ。
広島あるあるネタが満載で、特にカープへの言及は多種多様。
引用では4コマ部分だけ切り取っているが、欄外の解説も読みごたえあり。
たとえばお好み焼きについて。
広島っ子は「広島焼き」という呼称を嫌う。
あちらで食べられるお好み焼きにもいろいろあるからだ。
焼きそばが入ってるアレを指して適当に口走ったら、
彼らのソウルフードに対する侮辱と受け取られかねない。
作者は県東部の福山市出身。
広島市民からは岡山県の一部とみなされがち。
もみじと一都をめぐるライバルになる「びんごちゃん」が福山だ。
「なにもない」のを逆手にとってアピールする町おこしが笑える。
Perfumeでいうと、あ~ちゃんとかしゆかが広島で、のっちが福山。
たしかにのっちは、ふたりとなんかちがう。
「萌え×地方」漫画では、『北陸とらいあんぐる』などもあるけれど、
方言のインパクトの強さという点で、本作は特別な地位を占めるだろう。
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佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』11巻
中卒労働者から始める高校生活
作者:佐々木ミノル
掲載誌:『コミックヘヴン』(日本文芸社)2012年-
単行本:ニチブンコミックス
作者いわく、後篇のはじまりとなる11巻である。
単純計算すると全20巻で完結。
これほどの大長篇になるとは想像しなかった。
まことは、ついに父と再会した。
横領と傷害の罪で収監されていたらしい。
まことは、自分と妹の人生をめちゃくちゃにした父を許さないだけでなく、
はげしく動揺し、恋人の前でみっともない姿をさらす。
それに対し、過剰に反応する莉央。
深刻なトラウマを、さらにグサグサと抉るストーリーだ。
幼少期の回想シーン。
まことはむしろ、父親になついていた子供だった。
その分、幻滅したあとの反動が大きいのだろう。
小2の真彩が、亡き母に甘える様子もグッとくる。
風変わりな兄妹になった経緯が、家族の風景からつたわる。
もし最終的に、息子が父と和解するとしたら、
そこで重要な役割をはたすのは妹かもしれない。
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