『殲滅のシンデレラ』 第15章「三本指」


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 アヤは、下京区にある梅小路小学校の校門前にいる。旅館「眠れる森」のちかくだ。トマホークミサイルや海兵隊による被害に遭った、紅梅学院の生徒たちが避難している。

 日は暮れかかり、街灯が青白く光る。アヤはLINEでユウキを呼び出した。父とは桂駐屯地で別れて以来、連絡がとれない。

 半袖のブラウス一枚のユウキが、校門からあらわれる。スカートは短く、長い脚が映える。いつもとちがい表情は冴えない。

 黒髪をいじりながら、アヤが言う。

「無事でよかった。ほかの子たちはどう?」

「麻倉と夏川は病院じゃねーかな」

「どこにいるかわからないの?」

「ここに避難できたのは半分もいない」

「そう……心配ね」

 詰問する口調でユウキが尋ねる。

「お前はなにしてたんだよ」

「薄々察してるでしょ。今回の騒動に私が関わってると、父に告げ口したのは知ってる」

「良かれと思ってやっただけだ」

「そうなんでしょうね。感謝はしないけど」

「むかつく言い方だな。で、用件はなんだ? 世間話をしに来たんじゃないだろ」

「ユウキ。あなたもソリストなのね」

「…………」

 口籠ったユウキは、腕を組む。

「京都に来てからのユウキは、妙に物分かりがいい。普段はもっとワガママなのに」

「お前ほどじゃねえよ」

「昨晩ジムでユウキが拉致されたとき、私は人違いだとおもった。でもそうじゃない。CIAは最初からあなたを狙っていた」

「お前の嫌いなところ、もうひとつあったわ。察しが良すぎるところ」

「どうもありがとう」

 アヤは無感動に言い、アイフォンの画面をユウキへみせる。

 京都市南東部に墜落した、オスプレイの画像だ。機体は大破し、バラバラになった。山林に火の手があがる。オスプレイは市街上空を横切って墜落した。アリスの攻撃で損傷してコントロールをうしない、人目にさらされた。報道機関や市民によって撮影され、情報が拡散されている。

「私たちは」アヤが続ける。「ワイズ大統領を追ってるの。京都を守るために。ユウキも手を貸して」

「知るかよ」

「格闘の天才であるユウキの力が必要なの」

「あたしは関係ない。ほかをあたれよ」

「どうして。あなたもソリストなんでしょう。憑依してるシャドウはなに」

「プーさんだけど」

 アヤは噴き出すのをこらえる。

 もともとユウキはくまのプーさんのグッズをあつめてたし、意外ではない。でもおかしくて仕方ない。

 口を尖らせてユウキが言う。

「なんで笑うんだよ」

「……別に笑ってないわ。マイペースなあなたにぴったりね」

「バカにしてるだろ。プーさんかわいいじゃんか」

「ええ、でもそれどころじゃない。京都が灰になるかもしれないの。お願いだから協力して」

「どの面下げて言ってやがる」

「私たち友達でしょう」

「トモダチ? あたしが地下鉄に乗ってるのを知ってて、神経ガスをつかったお前が?」

 アヤは咄嗟に視線を逸らす。

 一番知られたくないことを、一番知られたくない相手に知られていた。

 口の達者なアヤでも、弁解できない。

 うごかせない事実だから。

 私は、親友を見殺しにした。

「お前さ」ユウキが続ける。「プライベートでも付き合いのある友達って、あたしだけだろ。よくあっさり切り捨てられたな。逆に感心するよ」

 反論したいアヤだが、舌と下顎がうごかない。

 なにを言っても虚しい。

 ユウキがため息をつく。会話を終わらせようとしている。

「普通に絶交だわ。だれでもそうするだろ。人間として最低だもん」

 背のたかいユウキは、刺す様な目で見下ろす。腹の底から軽蔑している。

 アヤはまだ視線を合わせられない。

 私に裏切られたと知って、どれだけユウキは傷ついたろう。

 嫌われて当然だ。私は最低の人間だ。

 でも。

 それでもやっぱり、私はまちがってない。

 いや、まちがっててもかまわない。

 とにかくこんなところでリタイアできない。

 私はアリスからバトンをうけとったんだ。

 アヤは左手を突き出す。指を三本立てている。

 ユウキは目を丸くする。それはふたりのあいだで通じるサインだった。

 新日本プロレスのルールに関係している。相手の指をつかんで逆に曲げる場合、三本以上でないといけない。指一本か二本を曲げたら反則。

 つまり、かかってこいとアヤは言っている。

 ユウキは口の端をあげる。

 新日を愛するあたしは、興味のないアヤにいつもプロレスの話をしていた。アヤはつきあわされて迷惑そうだったのに、こまかい話をおぼえている。

 単に記憶力がいいだけかもしれない。

 でもアヤが、あたしの適当なおしゃべりをちゃんと聞いてたのは確かだ。

「おい」ユウキが言う。「あたしを挑発してんのか」

「だって私の方が強くなったもの」

「生意気言ってんじゃねえ」

 ユウキは右手でアヤの三本指をつかむ。




 アヤとユウキは、オスプレイが墜落した稲荷山に来た。京娘セブンのマネージャーが運転するステップワゴンでの移動だ。

 闇が降りる山の中腹が、火の海となっている。応仁の乱では、東軍がこのあたりでゲリラ戦をおこなった。「足軽」という軽装歩兵戦力が組織された端緒と言われる。きっと室町時代の京都人も、おなじ風景をみたろう。

 それにしても京都は山の多い町だ。正直アヤは見飽きてきた。三方を山岳にかこまれた鍋の底みたいな地形が、ながく政治と文化の中心だったのは不思議におもえる。ただ近代以降は、急増する人口を支えられなくなったかもしれない。

 ふたりは農園に沿った坂道をのぼる。

 炎上する稲荷山を見上げ、ユウキがつぶやく。

「あの火事やべーだろ。おさまりそうにない」

「そうね」

「逃げた方がいい」

「いざとなったら舞踏術で突破するから大丈夫。ユウキを脇にかかえて」

「ぞっとしねえな」

 ユウキは顔をしかめる。総合格闘技の年代別チャンピオンだが、殺し合いの経験はない。

「この山のどこかに」アヤが言う。「ワイズがいる。私が先頭にたって探す。待ち伏せに合うかもしれないから、そのときはユウキが掩護して」

「ワイズさんを見つけたらどうすんの」

「状況次第ね。抵抗するなら殺す」

「おーこわ」




 人ふたり通るのがやっとの石段の途中に、紫のスーツを着た羽多野が座っていた。拳銃のFNファイブセブンを、先頭でのぼるアヤへむける。

 意に介さず、アヤは歩きつづける。銃口が揺れており、命中しそうにない。後ろ回し蹴りでファイブセブンを吹き飛ばす。ユウキがあわててそれを拾う。興味津々でいじくる。

 羽多野がよろけて手をつく。石段が大量の出血で濡れている。アヤが黒いシャツをはだけると、腹部に負傷していた。おそらく銃創だ。

 つとめて冷静な口調で、アヤが尋ねる。

「父がどうなったか教えて」

「知るか」

 アヤはガラスの靴で腹を蹴る。羽多野が低くうめく。手負いの獣みたく哀れっぽい声が、山林にひろがる。

「時間がないの。質問にはちゃんと答えて」

「……職務室で撃ち合いになった。あいつも無事ではないだろう」

 アヤは目をつむる。

 父を失うことも覚悟しておこう。ただし悲しむのは、闘いが終わったあとだ。

「ワイズの居場所を言いなさい」

「聞いてどうする」

「なぜ私たちソリストを売ったの? あなたは最初からワイズのために動いてたわけ?」

「そうだ」

「この国を売ったも同然じゃない」

「なんとでも言え」

「理由を知りたい」

「長い話だ。お前みたいな小娘に理解できない」

「中国人の奥さんに関係あるのね」

「…………」

 羽多野の妻だったロン・メイシンは、イスラエル系企業につとめるソフトウェア開発者だが、その正体は中国政府の産業スパイだった。しかしメイシンは機密を盗む行為に疲れ、北京との関係を絶った。日本で職をもとめ、結婚もした。

 四年前、中国政府は報復にでる。東京にいる中国系マフィアをうごかし、メイシンを殺害した。警視庁はそれを黙認し、まともに捜査しなかった。中国を怒らせたくなかった。そもそも二重スパイでもないかぎり、雇い主を裏切った元スパイなど、どの国にとっても唾棄すべき存在だ。

 二十歳だった羽多野は、準暴力団に属していた。もともと中国系マフィアと抗争をくりひろげていた。怒りに衝き動かされた羽多野は、復讐の鬼となる。仲間を率いてマフィアを殲滅した。自分ひとりだけでも三人殺した。

 警視庁は、羽多野のあつかいに困り果てる。裁判をおこなえば、秘密が明るみに出て国際問題になるし、無罪放免にするには凶悪すぎる事件だ。

 そういうとき、民自党議員は頼りになる。あまりに獰猛で野に放てない獣を、飼い慣らしてくれる。

 羽多野は佐倉惣吾の配下となった。

「あなたは」アヤが言う。「日本政府のために働きながら、ずっと恨みに思っていた。奥さんが殺されたとき、政府はなにもしなかったから」

「メイシンはただ殺されたんじゃない。やつらはひどいことをした」

「四年間ずっと、復讐の念に捕われてるのね。ことの正邪はともかく、すごい愛情とはおもう」

「わかった様なことを」

「暗殺計画は、ワイズ本人が仕組んだ茶番なんでしょう。核ミサイルによる報復を正当化するための」

「そのとおりだ。だがお前はやりすぎた。あの金髪のクソガキ……」

「アリスのこと?」

「やつがお前に靡いたのも誤算だ。おかげで世界を牛耳る【おかしなお茶会】の全貌は……」

 息を切らせた羽多野が喘ぐ。会話をつづけられそうにない。横向きに倒れる。

 アヤは羽多野にまたがる。妻に再会させてやるのが情けだろう。しかしアヤは、足許にころがる注射器に目をとめる。最初はモルヒネなどの鎮痛剤かとおもったが、よくかんがえると不自然だ。

 なぜ羽多野はわざわざ、こんな鬱蒼とした森で薬剤を注入したのか?

 アヤはちいさな注射器を手にとる。数滴のこっている液体は透明だ。鼻にちかづけて嗅ぐ。記憶にある、かすかな刺激臭がする。昨晩自宅で食べたリンゴとおなじ。

 羽多野は、みづから毒リンゴを食べたのだ。

 アヤは数段下へ飛び退く。羽多野に異変がおきている。シャツのボタンが弾け飛び、スーツが破れる。体が膨張している。体毛が全身を覆う。ここまで毛深い男ではなかった。

 十倍に巨大化した羽多野が立ち上がる。牙のはえた口を大きくあけ、夜空へむかって咆哮する。

 美女と野獣だ。

 魔女に呪いをかけられた、あの野獣が吠えている。




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