あfろ『mono』
mono
作者:あfろ
掲載誌:『まんがタイムきららミラク』『まんがタイムきららキャラット』2017年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
写真部の女子高生をえがく4コマ漫画である。
先輩が颯爽と撮影する姿を、主人公「さつき」が撮影し、
そのさつきを親友の「アン」が撮影するのが、おもな活動だった。
ところが先輩が卒業したので、部は休止状態に。
アニメ化された『ゆるキャン△』がヒットし、一躍人気作家となったあfろだが、
持ち味である、シュールでひねくれた作風は健在の様だ。
作者の趣味をネタにする点は『ゆるキャン』と共通だが、
さつきがあやつるのは、スマホと連動させたパノラマカメラ。
一眼レフのレンズがどうとか、いかにもカメラマニア的な話題は皆無。
アンが購入したのはアクションカム。
猫の頭にマウントして町内を撮影する。
ゆるキャラにもみえる。
7話から一同は、山梨県にある『ゆるキャン』のロケ地をめぐる。
自作の「聖地巡礼」をえがくなんて前代未聞だ。
作品という概念が、読者の脳内で溶解する。
12話からは唐突なフードファイト。
小柄な「敷島さん」が意外な活躍をみせる。
尖ったセンスと、ハズシのテクニックで勝負する作家だが、
「かわいい女の子の日常」という、きららのお約束はきっちり守る。
カメラは女子の趣味としてポピュラーだし、それを題材とする漫画は多数ある。
ただ本作は、カメラを「青春の一コマを切り取る象徴」として扱わない点で独特。
単なる小道具として、ふかい意味を背負わずに存在する。
それゆえ、なにかが胸に直接せまってくる。
緑がかった空の色とか、本当にうつくしい。
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『殲滅のシンデレラ』 第14章「ジャバウォック」
アヤは海兵隊の防禦陣地を突破したあと、ヘリコプターが不時着した小倉山へむかう。アリスとは、竹林での戦闘中にはぐれた。おたがい唯我独尊な性格なので、連携がとれなかった。
麓にある化野念仏寺の境内に、ブラックホークの残骸をみつける。まだかすかに煙がたちのぼる。機体は横倒しとなり、ブレードが折れている。
かつて化野地区には、風葬の習慣があった。その無縁仏をあつめ、寺の境内に八千もの小さな石仏を立てて祀っている。数えきれない死が、来訪者を圧迫する。無常感をおぼえずにいられない。
めづらしくスーツを着たワイズが、ヘリのそばに横たわる。目をつむっている。海兵隊員六名が怪我の手当てをする。ワイズの頭頂部と下顎に包帯が巻かれる。出血が多かったらしく、点滴のチューブを腕につないでいる。二名の兵士がM16の銃口をアヤへむける。発砲する気配はない。彼らもブラッディネイルを不用意に刺激したくない。
石塔の陰から、眼帯をつけた黒人の男があらわれる。フリースのジャケットにカーゴパンツと、カジュアルな格好。CIAのハワード・フックだ。フックは道玄坂でアヤに脳を抉られ、神護寺でアリスに凍らされて五体バラバラとなった。
だがいまは、左目以外は無傷だ。
アヤは唇を噛む。
気づくべきだった。
こいつも人間ではない。
アヤが尋ねる。「あなたは何者なの」
「返答しづらい質問だな」
フックは両手で自分の頭を首から離す。四、五本の細いケーブルで胴体とつながっている。数秒後に元にもどす。
目眩をこらえつつアヤがつぶやく。
「ロボットだったのね」
「定義の曖昧な言葉は好きじゃない。とはいえ、この体をロボットと呼ぶのは間違ってない。君と話している主体は、別の範疇に属するがね」
アヤは、父から聞いた話をおもいだす。ワイズがイスラエルの企業を買収し、先端的な人工知能を手に入れたと。
いま目の前でなにごとか口走っているのが、その人工知能にちがいない。
「ワイズはあなたを悪用し、大規模な相場操縦をおこなった。それがバレそうになり、政界へ進出した。大統領選もあなたの入れ知恵で勝ったんでしょう」
「当然だ。戦略用プログラムなのだから」
「おそらくワイズはあなたの言いなりになってる。京都を核で攻撃するなんて理不尽な計画も、AIが考えたならありうる。つまり黒幕はあなたよ」
「『黒幕』か。価値判断をふくむ言葉だな。私は善でも悪でもない。そんなものは超越している」
「大量虐殺なんて悪にきまってる」
「利害関係にもとづく主観的見解にすぎない」
「だまれ」
「いい単語がある。『神』だ。私の記憶領域には地球上の全言語の全語彙が蓄えられているが、これがもっともふさわしい」
アヤは首を横にふる。
埒があかない。ハンプティ・ダンプティと議論する様なものだ。話せば話すほど、相互理解から遠ざかってゆく。
問答無用で破壊しろ。
アヤはガラスの靴で砂利を踏みしめる。
フックが飛び上がる。
文字どおり、空を飛んでいる。両脚から噴き出すジェットによって推進される。時速百キロちかく出して旋回する。
バシュッ、バシュッ、バシュッ!
赤い光線が連続して降り注ぐ。フックの右腕はガトリングレーザーガンに変形した。無数の石仏が砕け散り、砂礫となって土へ還ってゆく。
アヤは石垣の陰に隠れる。気休めにもならない。両手で頭を掻きむしる。
まさに悪夢だ。
そろそろ覚めてくれないか。
ブゥーンッ!
航空機が飛来した。
轟音をたてる航空機は、宙を舞うフックのさらに上空を飛び越す。固定翼機とヘリコプターの両方の能力をもつティルトローター機。海兵隊の輸送機オスプレイだ。
墜落事故が多発したため、いまだ「未亡人製造機」と悪口を言われる機種だが、ずば抜けた速度と高度は、実戦において将兵の信頼をあつめている。
オスプレイは小倉山の上でホバリングし、展望台に着陸しようとしている。六名の海兵隊員は、意識のないワイズを両脇から抱え、曲がりくねる山道を登りはじめる。
それを空から掩護しに、フックは飛び去る。
アヤはワイズを追って、有料道路の嵐山高雄パークウェイをのぼる。洛西のゆたかな山林を見渡せる自然公園だが、いまは身体的な負担でしかない。いくら急いでも、海兵隊の後ろ姿すら見えない。最高司令官を救おうと、彼らは士気盛んだった。
走り疲れたアヤは、路肩に腰をおろす。ガードレールはない。休んでる場合ではないが、仮に追いついても、どうせ上空からレーザーを撃たれて死ぬだけだ。
アニエスベーの時計をみる。五時を回っている。日没までしばらくあるが、陽は傾きはじめる。カラスの鳴き声が、ものがなしく山道にひびく。
旅館ですこし休憩した以外、アヤは正午から働きづめだった。舞踏術も数回つかった。
心身ともに限界だ。
ふたりの少女が、とぼとぼと舗装道路をのぼる姿が視野にはいる。アリスとイオリだ。黒のセーラー服を着たイオリが、アリスの手を引く。いや、逆に引かれてる様にもみえる。
駆け寄ってきたアリスが言う。
「こんなところで休んでたのね」
「正直もう疲れた」
「がんばって。上には遊園地があるそうよ」
つねに人生をたのしんでそうなアリスを、アヤはうらやましく思う。差しのべられた手をとって立ち上がる。その手はやわらかく、ほんのりとあたたかい。
アリスの金髪を撫でながら、アヤが言う。
「生身をもった人間にしか見えない」
「自分でもそう思うわ」
「アリスの実体はなんなの」
「うまく説明できるかしら。理科は苦手だから。お父さまも文献学者だし」
「私もどちらかと言えば文系」
「気があうわね。簡単に言うと、あなたが見てるのは一種の放電現象よ」
「プラズマみたいな? こうやってさわれるのに」
ふわふわなアリスの金髪を、アヤは指にからめる。
「錯覚よ。衝撃波を触覚と勘違いしてるの」
「プラズマによるホログラムなのかな。でもやっぱり信じられない」
「こんなこともできるわ」
エプロンドレスを着たアリスが、瓜ふたつの二体に分裂する。ただし左のアリスがあかんべえをし、右のアリスが泣き真似をする。
不意に右のアリスが消える。左のアリスが大口をあけて笑い出す。しかし笑い声は、右のアリスがいたあたりから聞こえる。
圧倒されたアヤがつぶやく。
「すごい……まるでチェシャ猫みたい」
「あっはは」アリスが笑う。「アヤ、なにを言ってるの。私はあんな変な猫じゃないわ!」
なにげないアヤのつぶやきが相当おかしいらしく、アリスはお腹をかかえて笑い転げる。箸が転んでもおかしい、七歳の少女そのものだ。これまでアリスの言動は、ときどき妙に大人びていた。表情や仕草は年相応に幼い一方で。
ひょっとしたらこのアリスは、本家による「コスプレ」だったのかもしれない。
どうにか呼吸を整え、アリスが言う。
「アヤみたいな楽しい女の子とお友達になれて、私とってもうれしいわ」
「こちらこそ」
「できれば、もっと一緒にすごしたかったな」
アリスは微笑をたやさないが、その碧眼はかすかに曇っている。その表情の意味をアヤは悟る。アリスはアヤのかわりに戦おうとしている。常識はづれの秘密兵器と。
喉をつまらせてアヤが言う。
「だめだよ、アリス」
「なに」
「あなたの冷熱術もフックには通じない。空からレーザーを撃たれたらどうしようもない」
「【ジャバウォック】っていう技があるの。プラズマを高エネルギーで圧縮して、反応を引き出す」
アヤは唾をのみこむ。
「か……核融合」
「よく知ってるわね」
アヤは呆然とする。
理論上は可能かもしれない。でも危険すぎる。だいたい、アリスが無事ではすまない。
おそらくまるごと消滅する。
だまってふたりの会話を聞いていた、イオリが口を挟む。
「ボクがサポートするから大丈夫」
アヤが答える。「あなたまでどうしたの。理系なら核融合反応の恐ろしさがわかるでしょ」
「放射性物質を出さないからクリーンだよ」
「そういう問題じゃない!」
取り乱してアヤは叫んだ。
イオリが背後から、アリスの首に両腕をまわす。いつの間になついたアリスが身をあづける。
アヤはイオリとむきあう。身長差は三センチだが、ガラスの靴のせいで視線の高さはおなじ。
イオリは顎をひき、まっすぐアヤを見返す。いつも自信なさげで、足手まといになりがちだったイオリではない。
アヤの両手をにぎり、アリスが言う。
「アリス・リデルとしての私は、その後いろいろな経験をしたの。すてきな恋もしたわ。くわしくは言えないけど」
アリス・リデルがレオポルド王子と恋愛関係にあったのは、アヤも知っている。
「きっと」アリスが続ける。「ドジスン先生のご本より、魅力的な物語だとおもう。つぎはあなたにバトンをわたすわ」
「…………」
「もうすぐ終わる私の物語は、アヤに語り継いでもらいたいの」
「そんなこと言わないで」
「お願いできるかしら」
「いやだよ。そんなのいや」
小刻みにアヤの手が震える。アリスの小さな手が添えられたまま。アヤはじっとうつむく。アリスの目をみたら、反論できなくなりそうだった。
アリスの提案は理にかなっている。この場はふたりに任せるしかない。
アヤはほかにやるべきことがある。父の安否をたしかめ、合流する。そして知ってることをすべて話す。場合によっては、京都市民の避難を手伝う。羽多野や東山がおかしな動きをしたら、対応する。ユウキのことも気がかりだ。
アリスとイオリが、山道をのぼりはじめる。
後ろ姿に胸が張り裂けそうになり、アヤが叫ぶ。
「アリス!」
アリスがふりむく。スカートを持ち上げて挨拶する。つぶらな瞳はいつもの様に輝いている。
アヤは言葉につまる。
不思議の国のアリスを、どんな論理で説得すればよいのか。
エプロンドレスを翻し、またアリスはスキップするみたいに歩き出す。
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稲光伸二『はじめての虐殺』
はじめての虐殺
作者:稲光伸二
掲載誌:『月刊モーニングtwo』(講談社)2018年-
単行本:モーニングKC
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マンションのドアを破壊し、スク水の女子小学生4人が乱入してきた。
みなゴーグルを着用し、電動ノコギリなどの工具をもっている。
目的は、部屋にいる男たちを殺すこと。
ネイルガンで容赦なく顔面を釘だらけに。
作品世界では、「LOウイルス」という病原菌が蔓延している。
これに感染した男は正気をうしない、幼女を襲う。
スク水の4人は、ロリコンを殲滅するための部隊だった。
それにしても、このネーミングは茜新社もびっくりだろう。
「神7」(このネーミングもすごい)という別の組織も登場し、スク水軍団と遭遇戦となる。
服はゴスロリで、鋭利な医療用のメスで闘う。
ネイルガンをあやつるショートカットの「カスミ」が、特に印象的。
主人公「寺田」の監視役をまかされるが、
寺田はウイルスに感染してないとはいえロリコンなので、
カスミは心底から軽蔑しているのを露わにする。
タガのはづれた現代日本のサブカルチャーと併走しつつ、
そこから最大限の距離をおく、ドライでアイロニカルな作風。
設定のおもしろさでグイグイ読ませる、漫画らしい漫画だ。
必読作だろう。
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高橋脩『ラストギアス』
ラストギアス
作者:高橋脩
掲載誌:『ヤングエース』(KADOKAWA)2018年-
単行本:角川コミックス・エース
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ちょっと、いやかなりエロいラブコメである。
ヒロイン「立夏」の特徴は、黒縁メガネとカチューシャとアホ毛と巨乳。
高度なバランス調整を感じるキャラ造型だ。
物語は、オカルト話がギミックとなっている。
主人公「草太」が古書店で購入した魔導書が、幼なじみとの関係を変化させる。
魔導書を読んだ立夏は呪いにかかり、性欲の虜となる。
人がかわった様に、草太にぐいぐい迫る。
スクリーントーンの濃淡であらわされる、女体の質感。
下着の描きこみや、ゴムの食いこみ具合。
充実した作画だ。
こちらの黒髪ロングは、風紀委員の「真琴」。
攻めてる立夏とちがい、どちらかといえばテンプレ的なデザイン。
真琴が草太に、風紀委員の仕事をがんばる理由や、
地方議会議員になりたいという夢を語るシーン。
横顔がうつくしい。
告白のあとの(事実上の)ファーストキスのシーン。
4時方向にわづかに顎をあげる立夏の表情が、実に可憐だ。
高橋脩は、前作『ISUCA』がアニメ化もされた作家で、
キャリアをいかした表現力が本作にみなぎっている。
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『殲滅のシンデレラ』 第13章「シャワー室」
嵐山にあるカフェで、イオリが木質の床にうずくまる。顔に痣ができ、鼻から血をながす。九名の海兵隊員に虐待された。さきほどの戦闘で彼らの多くが斃れ、指揮官である中尉をも喪った。米軍の槍の穂先にあたる男たちは憤激していた。
桂川の西岸にあるこのカフェは、健康食品などを提供する小洒落た店だ。ジョギングやサイクリングのコースに面しており、ロッカーやシャワー室などもそなえる。店員や客は追い出された。
赤ら顔に頬髯をたくわえた白人が、イオリへ近寄る。百九十センチをこえる巨体だ。両手に包帯が巻かれる。アリスの冷熱術で熱傷を負った。
赤ら顔はブーツでイオリの腹を蹴る。イオリは嘔吐し、黒のセーラー服を汚す。昼に食べた豆腐は、まだ消化しきれてない。屈強な男たちから物理的に心理的に脅され、失禁もしていた。
ずれたイオリのウィッグを、赤ら顔がもとに戻す。下品な冗談を言って、仲間と笑う。イオリが男なのは身体検査でわかった。さんざん侮辱されたイオリはうつむき、ちょっとした物音や動きにびくつく。ぜいぜいと過呼吸になりかけている。
実はイオリの体内に爆薬がある。イエメンで活動するテロリスト、イブラヒム・アシリが開発したもので、羽多野から支給された。もとはサウジアラビア皇太子を暗殺するため考案された。金属をもちいない化学的な起爆装置をそなえており、海兵隊員にも発見されなかった。
念動術をつかえば、ここにいる全員を木っ端微塵にできる。おそろしい暴力からも逃れられる。
だがイオリは歯を食いしばる。
ボクは自爆攻撃なんかしない。
下っ端の兵隊をやっつけても意味がない。
カオリさんが稼いでくれた時間を、アヤちゃんに直接つなげなきゃ。
争いごとが苦手なイオリだが、あるひとつの真理を理解しようとしていた。
戦いの本質は、時間だと。
団子鼻をした小柄なヒスパニック系の兵士が、赤ら顔とイオリのあいだに割って入る。
「やめろ」団子鼻が言う。「殺さずアメリカへ送れと、ペンタゴンのお偉いさんが要求してる」
赤ら顔が叫ぶ。「ファック! デスクワークのクソどもなんか知るか。こいつらに何人やられたと思ってんだ」
赤ら顔の両手を一瞥し、団子鼻が言う。
「気持ちはわかる。でも拷問はよせ。マリーンのすることじゃない」
「てめえ、このガキに惚れやがったな。クソったれのホモ野郎が」
「なんだと」
団子鼻が胸ぐらをつかむ。赤ら顔は包帯をした手で押し返す。ほかの兵士も巻きこんで乱闘になる。カフェの椅子やテーブルが倒れる。
イオリはシャワー室で温水を浴びる。失禁や嘔吐で汚れた体を洗いたいと申し出たところ、団子鼻に許可された。磨りガラスのむこうで、団子鼻がM16アサルトライフルをもって監視する。
水を弾くなめらかな自分の肌をみる。華奢で色白だが、女らしいふくらみは皆無で、股間に男性の象徴がぶら下がる。
イオリは三年くらい前から、男であることに耐えられなくなっていた。同世代の女が、長い髪やスカートやフリルつきの服など、自由にファッションをたのしむのが羨ましかった。自分もああしたい。いや、自分ならもっと可愛くなれるのにと、歯噛みした。かわりにアイドルの追っかけに熱中したが、心は満たされなかった。
つまらないことに悩んでいたと、いまでは思う。大事なのはハートで、性別は関係ないとカオリは言ってくれた。まったくそのとおりだ。
そして自分のものの見方は、かなり表面的だったと反省する。女の服や髪型や化粧は、あくまで外側の特徴だ。たやすく模倣できるし、模倣したところで本物の女になれない。
服なんて、ただの布切れでしかない。
真にイオリが憧れていたのは、女の子の心のあり様だった。繊細でピュアな心。信じるものにすべてを捧げられる情熱。自分ではなく、他人のためになにかをしたいという姿勢。
京都を守るため、自己犠牲をいとわなかった京娘セブン。信じられないほど勇敢で、つねに先頭にたって危険地帯へ飛びこんでゆくアヤ。
彼女たちの戦う姿はうつくしい。
ボクもできれば、ああなりたい。
イオリは温水を出したまま、磨りガラスのドアの方をふりむく。シャワーを浴びたのは、体を洗う以外の目的があった。
ドアごしに、イオリは団子鼻に言う。
「あの、すみません」
ドアをわづかに開け、団子鼻が答える。
「どうした」
「シャワーの調子が悪いみたいです。ちゃんとお湯になってなくて」
団子鼻はイオリの体を直視せずに、シャワー室を観察する。濛々と湯気がたっており、異常はなさそうに見える。
「それくらい我慢しろ」
そう言って団子鼻はドアを閉めようとする。
「閉めないでください。ボクはあなたとお話がしたいんです」
「ドアごしでも会話できる」
「ヘンなの。なに意識してるんですか。男同士なのに」
渋面をつくって団子鼻は黙りこくる。
会話の主導権をにぎったイオリが続ける。
「お名前をおしえてください」
「マイケル・リベラ。海兵隊伍長」
「さっきはありがとうございました、マイケルさん。すごく頼もしかったです」
十字架のネックレスをいじり、団子鼻がつぶやく。
「礼は不要だ。まっとうなクリスチャンは拷問などしない」
「マイケルさんはおいくつですか」
「二十三」
「故郷に恋人はいますか」
「お前はなにを聞いてるんだ」
「ただ知りたくて」
「おい。勘違いするなよ。俺はホモじゃない」
「あははっ。ボクだってちがいますよ」
上擦った声でイオリは笑い、背をむける。
団子鼻の欲望に火がついたはずだ。顔を見ないでもわかる。最初からそういう目でこちらを凝視していた。同性愛指向のない男でも、イオリの美貌には狂わされる。そのことを経験で知っていた。
M16を廊下に投げ捨て、団子鼻がシャワー室へ乱入する。本来は律儀な性格だが、戦闘のストレスでおかしくなっていた。湯気で視界の悪いなか、ぎこちなくファスナーをおろす。イオリを前屈みにし、小ぶりな尻をつかんで性器を挿入しようとする。
挿入できない。
イオリの直腸には爆薬が仕込まれていた。
団子鼻が叫ぶ。「ワッタッファック!?」
タイル張りの壁に押しつけられた体勢で、イオリはドアを蹴る。完全に開放する。懸命に首をのばして振り返る。シャワー室に連れられてきたとき、厨房にガス給湯器があるのを確認した。
目視すれば、念動術をつかえる。
厨房にガスが漏れ出す。暴走した給湯器によって引火する。
店の酒を飲んで騒いでいた八名の兵士を、爆風圧が吹き飛ばした。
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渡邉ポポ『埼玉の女子高生ってどう思いますか?』
埼玉の女子高生ってどう思いますか?
作者:渡邉ポポ
掲載誌:『ゴーゴーバンチ』『月刊コミックバンチ』(新潮社)2017年-
単行本:バンチコミックス
埼玉県北部の行田市にすむ女子高生3人の、
どうにもパッとしない日常をえがく、ご当地あるある漫画だ。
「埼玉貧乳問題」など、自虐ネタがたのしい。
ただし「みなと」は、県民歴わづか1か月。
顔もファッションもスタイルも、埼玉県民離れしている。
シティガールのわりに性格もよいが、東京にいた頃はいろいろあったらしい。
あるあるネタだけでなく、キャラクターの個性でも読ませる。
主人公は、いつも澱んだ目をしている「小鳩」。
最近おしゃれに目覚めた妹に脅威を感じている。
姉妹でしまむらに買い物にゆく3話は、名エピソードだ。
僕も行ったことあるのでわかるが、大宮はおしゃれタウンだ。
クリスピー・クリームの店舗もある。
都会の洗礼をうけた小鳩は、緊張のあまり固まる。
第5話「埼玉(さきたま)古墳群」あたりから、深みが増してくる。
作者は歴史に関心あるらしく、なにやら深遠なことを少女たちに言わせる。
東京はたしかに都会だけど、それってついこないだの話でしょ?
埼玉県や行田市は、古墳群の世界遺産への登録をめざしている。
あまりうまくいってなさそうなのが、埼玉らしくもあるけど。
前作『ふらら一人でできませんっ』でも風景描写などで、
あずまきよひこ『よつばと!』からの影響を感じさせたが、
本作はさらに進展し、キャッキャウフフにおさまらない世界観を提示。
連発される自虐ネタがいつのまにか、お国自慢にかわる快感。
これは傑作だ。
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秋アニメOPを語る 『となりの吸血鬼さん』と『アニマエール!』
『となりの吸血鬼さん』は、400歳の美少女吸血鬼と、
おせっかいな女子高生の同居生活をえがくコメディだ。
「ソフィー」は吸血鬼だが温厚な性格で、けっして人間を襲わない。
血液はアマゾンで購入している。
本作はゴシック要素が薄い。
かわいい女の子がいっぱいで、絵面もぱっと華やか。
僕は基本的に吸血鬼ものが苦手だ。
血を吸うという行為が、どうも不衛生に感じられる。
そして露骨に性的すぎるとおもう。
しかし本作は、「少女同士のちょっと過剰なスキンシップ」がモチーフで、
吸血行為がむしろそこに埋没するのがおもしろい。
OPアニメーションは、コンセプトデザインの杉村苑美が担当。
本作のビジュアル面をリードしている様だ。
ちらちらと健康的なエロスをアピールする。
園田健太郎による楽曲はにぎやかで、いわゆる電波ソングに分類できそう。
感心するのは、ソフィー役をつとめる富田美憂の歌唱力。
電波ソングはある意味、声優が強引な譜割りをたどたどしく追う、
「歌わされてる感」が魅力だが、この人はさらっと歌いこなす。
役柄もぴったり。
堕天使や吸血鬼をやらせたら、右に出るものはない。
相方をつとめる篠原侑は、アイムエンタープライズ所属の若手声優。
本渡楓や千本木彩花のひとつ下で、嶺内ともみの同期。
若いふたりの掛け合いが中心なのに、安定した芝居に感じられるのは、
音響監督・明田川仁の力量が大きいとおもわれる。
Studio五組制作ということで、『きんいろモザイク』をなぞる雰囲気を出しつつ、
「日常/非日常」「明/暗」「友情エピソード/ギャグ」「若手声優/中堅声優」などの、
絶妙なバランスをたのしめる秀作となりそう。
『アニマエール!』はチアリーディングを題材とするアニメ。
制作はきらら系を得意とする動画工房で、ハズレはないだろうと期待させる。
OP曲はチアを模しており、掛け声が飛び交って元気いっぱい。
おもわず体がうごくアクティヴな曲だ。
主人公ではないが、チア経験者の「有馬ひづめ」が鍵となるキャラ。
優等生で、ふだんは無表情。
しかし演技がはじまった途端、人がかわった様なキラキラの笑顔をみせる。
チアにかける情熱がつたわり、グッとくる。
僕が好きなのはサビのはじめの部分。
カメラが奥に、つづいて横にうごくなかでとらえた、勢いよく跳ねるポニーテール。
熱い青春の一コマを象徴している。
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『殲滅のシンデレラ』 第12章「嵯峨野」
アヤは父と輸送防護車に乗り、京都市南西部にある桂駐屯地へきた。後方支援を主な役割とする、陸上自衛隊の施設だ。敷地内では迷彩戦闘服をきた隊員があわただしく行き交うが、さほど殺気立ってない。戦闘に参加する可能性が低いからか。
司令部庁舎の三階へのぼり、駐屯地司令職務室にはいる。壁に日の丸と地図が貼られている。窓には赤いカーテンがかかる。駐屯地司令をつとめる一等陸佐が起立し、惣吾に敬礼する。
ほかに紺色の戦闘服をきた二名がいた。海上保安庁に属する特殊警備隊、通称SSTだ。ふだん大阪の基地に配備された部隊で、京都での騒ぎにもっともはやく反応した。自衛隊法にもとづき、いまは防衛大臣の指揮下に組み入れられている。
SST隊員は、アルミ製のブリーフケースをデスクに置く。アヤは仰天する。ノビチョクの噴霧器がはいっていたのと同型だ。
青褪めるアヤに惣吾が尋ねる。
「このケースに見覚えがあるか」
「わ、私は」
「答えはイエスかノーだけでいい」
「あります」
「わかった。これは実物だが、除染ずみだ。安心しろ。いまから羽多野に尋問をおこなう。お前も同席してほしい」
「お父さん。私、どうしたら」
「いるだけでいい。自分からは一切発言するな。俺にまかせておけ」
紫のスーツの羽多野が、自衛官につれられ職務室に入ってくる。体のうしろで両手首をバンドで拘束されている。アヤがいるのに気づき、くすりと笑う。駐屯地司令が空気を読み、自分のオフィスから出る。
職務室にいるのはアヤ、惣吾、SST隊員二名、そして羽多野の五名。SST隊員はサブマシンガンMP5の銃口を、羽多野にむけている。
惣吾がデスクをまわり、駐屯地司令の椅子に座る。羽多野にむかって言う。
「あらかじめ言っておく。裁判をうける権利は期待するな。SSTのふたりも承知している」
ヘルメットをかぶる隊員二名は、まったく表情を変えない。集中している。異変を察知したら、まよわずトリガーにかけた人差指をひける。
羽多野は何食わぬ顔で部屋を横切る。許可もえずに、来客用の革張りのソファに腰をおろす。後ろ手に縛られてるので窮屈そうだ。
小馬鹿にした口調で、羽多野が言う。
「後援者に対し大層な仕打ちだな」
「お前みたいな」惣吾が答える。「チンピラを使ったのが、人生最大の過ちだ」
「まだ俺には利用価値がある。なにしろ情報をもっている」
「小娘たちに語った与太話のことか? 京都が核ミサイルで狙われてるとか」
「信じないのは勝手だが」
惣吾が合図すると、SST隊員がソファの前のテーブルに一枚の紙をおく。カラー写真が印刷されている。さまざまな人種の男女十数名が、庭を背景に笑顔をみせる。
「ロン・メイシン。中国人。お前の妻だった女だ。イスラエルのソフトウェア開発会社、ゼペット・テクノロジーにいた」
「こんな写真があったんだな。ありがたくいただくよ」
「ゼペット社は四年前、フレンドリー社に買収された。先進的なAIを開発したらしい。つまりお前はワイズとつながっている」
「その程度の証拠で疑うのか」
「政治家のコネクションをなめるな。俺は中東に顔が利く。お前の金の出どころを完璧につかんだ」
羽多野のまばたきが増える。神経質な仕草で、パーマをかけた髪をいじる。
アヤは胃が重くなるのを感じる。
自分は不用意に羽多野を信じたのではないか。口座に三十億円が振り込まれたのは確認した。アヤにとっては大金だ。
しかし、羽多野の背後に巨大な組織がいるとしたら。フレンドリー社の時価総額は六千億ドル。ワイズの個人資産は七千億ドル。三十億円など吹けば飛ぶ数字だ。
トワが、京都が灰燼に帰すのを未来予知したというのも、本当かどうか。トワは羽多野に忠実だった。嘘をつく動機がある。嘘でなくとも、そう自身に信じこませたかもしれない。
「いまから言うのは」惣吾が続ける。「サウジアラビア総合情報庁から聞いた話で、確証はない。ワイズ氏は、AIで大規模な相場操縦をおこなった。そのせいで政府機関の捜査対象となった。彼が大統領になったのは、資産を守るためらしい」
「出来のわるい陰謀論だな」
「株がらみでFBIなどの捜査をうけた事実は、すでに報道されている」
「あんたは信じるのか」
「最初は信じなかった。だがお前の動きもあわせて考えると、妙に説得力がある」
羽多野が背もたれに後頭部をのせる。苦虫を噛み潰している。
「ネタはほかにもある。たとえば、あんたの女についてとか。ここでしゃべってもいいぞ」
卑劣な脅迫だ。それでも惣吾は動揺をみせない。アヤはそっと惣吾の手をにぎる。
羽多野は鼻を鳴らす。
米軍を恐懼させるブラッディネイルが、いじらしい箱入り娘に変貌した。思春期の女は、たやすく洗脳できるが、移り気なのが玉に瑕だ。
羽多野はテーブルの下にあった物体を蹴る。円形で直径は二十六センチ。92式対戦車地雷だ。
SST隊員二名がそれをみて叫ぶ。
「あっ!」
その隙に羽多野は立ち上がり、革張りのソファを地雷にむかい蹴倒す。起爆はしない。羽多野は倒れたソファに右足をのせ、職務室を睥睨する。
羽多野は周到だった。この部屋で尋問されるのを見越し、反撃の手段を仕込んだ。地雷が、安全ピンが抜かれた待機状態かどうかはわからない。ハッタリかもしれない。
アヤは父の手をにぎったまま硬直する。
舞踏術をつかえば、父と自分が逃げるくらいは容易だ。逆に羽多野を守るため、SST隊員を無力化することもできる。
決断しなければ。
私が帰るべき場所は我が家か、それともシンデレラ城か。
できれば父の味方をしたい。でも、羽多野がワイズの手先だったなんて真実なのか。あのまっすぐな瞳のアイドルたちさえ、騙されてたなんて。
それとも全員、嘘をついてるのか。
「アヤ……こっち、こっちよ」
職務室のなかでアヤひとりが、金髪の少女の存在に気づいた。アリスが赤いカーテンから顔をだし、アヤを手招きしている。
嵯峨野の竹林の小径を、十名の女が二列をなして歩く。先導するのは京娘セブンだ。各人は待ち伏せ攻撃にそなえて距離をたもち、できるだけ目立たない様に移動する。
ワイズをのせたブラックホークは、アヤの投げた手榴弾のせいで飛行不能となり、五キロと離れてない小倉山のふもとに不時着した。ソリストがとどめを刺すか、海兵隊が先に救出するかの競争だ。
天を摩してそびえる竹のあいだを、涼風が駆け抜ける。おもわず瞑想にさそわれるが、最後尾にいるアヤの心は乱れている。
駐屯地に置き去りにした父が気がかりだ。アリスに誘われて不思議なトンネルへはいるとき、背後から銃声が響いた。無事を祈ることしかできない。
肩を落とすアヤを見上げ、アリスが言う。
「アヤ、元気ないみたい」
得意の作り笑顔でアヤが答える。
「そんなことないよ。二度も助けてもらったのに、お礼を言ってなかったね。ありがとう」
「どういたしまして」
アリスはスカートを持ち上げ、女の子の挨拶をする。続けて言う。
「つらいときは、お歌をうたうといいわ。私はいつもそうするの。それに日本の歌も知りたいし」
アリスの目が好奇心で輝く。はやく歌えと無言でせがんでいる。奇想天外な世界に迷いこんでも平然としている、例のおしゃまなヒロインそのもの。
「あなたは本当に」アヤが言う。「あのアリスなのね」
「ええ、そうよ。コスプレじゃないわ」
「そんな言葉、よく知ってるね」
「二十一世紀の日本について、いっぱい学んだもの。コスプレってすてきな文化だわ。いろんなキャラクターになりきるなんて。アキハバラという町にも行ってみたいわね」
「私が案内するよ」
「うれしい!」
「でも、なぜアリスだけ具現化してるんだろう。ほかのシャドウはソリストに憑依するのに」
かわいらしく首をかしげ、アリスが言う。
「さあ。ドジスン先生に聞かないと」
「あなただけモデルがいるからじゃない? 本名はアリス・リデルというんでしょ」
「私はアリス・リデルであって、アリス・リデルじゃない。つまりアリスよ」
「むつかしいな。ドジスン先生って、ルイス・キャロルのことだよね。彼と交流した記憶はある?」
「もちろん。とっても楽しい人」
「キャロルは少女愛者だと言われるけど」
アリスが眉をひそめるのをみて、アヤは後悔する。下世話な関心から、つい七歳の少女に余計なことを聞いてしまった。
「よくそういう質問をされるわ」
「ごめんなさい。気にしないで」
「きっとみんな想像がたくましすぎるのね。二十一世紀の人は自由だから」
「そうかな」
「自転車にのる女の子をみたとき、私は腰が抜けるほどおどろいたわ」
「そりゃあ、ヴィクトリア朝時代とくらべたら」
「でもドジスン先生のご本は、ちっとも堅苦しくないの。そうおもわない?」
「たしかに。説教くさくない。なさすぎるくらい」
「ドジスン先生は、女の子を勇気づけたくて物語を書いたんじゃないかしら。おそらくアリス、つまりこの私は、先生が書いたプログラムなの。永遠に女の子を応援する使命を担った」
「プログラムって、コンピュータを動かすあれ?」
「ええ。論理学者であるドジスン先生が現代に生まれたら、優秀なプログラマになったでしょうね」
アリスは誇らしげにウィンクする。そのつぶらな瞳は、とてもプログラムにみえない。
ドーンッ!
二列縦隊の先頭あたりで爆発がおきた。小径の両脇に設置したクレイモア指向性地雷を、海兵隊が同時に起爆した。京娘セブンのミナとヤエが直撃をうけて吹き飛ぶ。即死した。
浅葱色の衣装のハルが、頭部を撃たれる。竹林のどこかに敵の狙撃兵が潜んでいる。小径の奥から、海兵隊一個小銃小隊がむかってくる。M16アサルトライフルを発砲する。
アヤはアリスを抱きかかえ、垣根をこえる。落葉の積もった地面に伏せる。銃弾があたった竹が震える。まわりの竹が共鳴し、自然のオーケストラが鳴り響く。山吹色の衣装のエイコが腹這いになり、レミントンMSRで敵の狙撃兵と対峙する。
アリスがアヤの腕からすり抜ける。立ち上がって叫ぶ。
「失礼しちゃう! 私はアヤとお散歩を楽しんでたのに。邪魔するのは、とってもいけないことだわ」
子供らしい身軽さで、アリスはまた垣根をとびこえる。小径にあらわれた少女を、銃弾の嵐が襲う。アリスは両手を突き出し、小声でつぶやく。
冷熱術【赤の女王】。
海兵隊員が苦悶の叫びをあげる。M16を取り落とす。加熱された銃の金属部分が、焼けて赤く光る。
アリスのサックスブルーのエプロンドレスに、ライフル弾が命中する。一瞬だけ、モザイク処理みたいにイメージが乱れる。アリスは胸を押さえてよろける。しかし鼻息を荒くして前進する。
伏せていたアヤも立ち上がる。
アリスは生身の体をもたないらしい。だからってダメージがないと断定できない。
掩護しなくては。
アヤは竹林のなかを突き進む。迂回されるのを恐れた海兵隊がM16を連射する。
舞踏術【パ・ド・シャ】。
猫の様にかろやかに、しづかに、アヤは疾走してゆく。海兵隊はその機動力に追いつけない。
黒のセーラー服をきたイオリは、林を走りつづける。懸命にアヤを追ったが、はぐれてしまった。
イオリはおのれの無力さを噛みしめる。たとえば相手の弾倉を暴発させるとか、念動術を戦闘に活かすこともできた。でもイオリは銃の構造をよく知らず、結局なにもできなかった。
なんて情けないんだ、ボクは。女の子に守ってもらってばかりで。
林をぬけ、イオリは河原にでる。京都市西部をながれる桂川だ。斜面で足がすべり、川のほとりまで転げ落ちる。
息切れしたイオリは、立ち上がれない。足音がする。味方であるのを期待して見上げる。
四名の海兵隊員だった。
ズダダダダッ!
兵士たちは後方から撃たれ、あっけなく斃れる。
稜線ごしに、椿をあしらった紅の衣装があらわれる。リーダーの花澤カオリだ。中学一年生のサキの肩を抱いている。サキは腹部に被弾していた。
力尽きたサキが崩れる。呼吸も止まっている。これ以上逃げるのは無理だ。
膝をついたカオリは、素手で石だらけの地面を叩く。言葉にならない絶叫をあげる。
涙をながし、イオリがつぶやく。
「カオリさん。ボク、なんて言ったら……」
鬼気迫る形相で、カオリはイオリを睨む。しかし、すぐにイオリの同情の念をくみとり、苦労して微笑をうかべる。
川面を指差し、カオリが答える。
「嘆き悲しんでる暇はないね。ちょうど岩場がある。あそこから向こう岸へわたろう」
瀕死のサキを放置し、イオリとカオリは足場の悪さに苦しみつつ、桂川をわたりきる。
カオリはHK416の弾倉を交換する。最後のひとつだ。目を細くして対岸を観察しながら言う。
「私はここにとどまって、敵を足止めする。迎撃するのに絶好の地形だから。イオリちゃんは、アヤちゃんと合流して」
「そんな。カオリさんも逃げましょう」
「ソリストを死なせるわけにいかない。絶対に。あなたたちは特別なの」
「いやです。ボクは……ボクは、カオリさんのファンだったんです」
「まさか、あなた『いおりん』? ツイッターで毎日リプを送ってくれてる?」
「名前を覚えてたんですね!」
「あたりまえだよ。いつもありがとう。こんなに可愛い女の子とは思いもよらなかった。ひょっとしてアイドル活動とかしてる?」
数秒間の沈黙のあと、目を伏せてイオリが言う。
「実はボクは男なんです。いろいろあって、いまは女装してますけど」
カオリはイオリをきつく抱擁する。ぶあつい衣装ごしに、ゆたかな胸のふくらみの感触がつたわる。これまで女に性的関心がなかったイオリだが、未経験の昂奮につつまれる。
「そんなの関係ない」カオリが言う。「男とか女とか。大事なのはハート。ファンのみんなが愛をくれるから、私たちは頑張れる。四十度の熱があっても、骨折しててもステージにたてる。そうせずにいられない。熱い気持ちがそこにあるから」
対岸に十二名の海兵隊員があらわれる。二手に分かれ、片方は岩場をわたり、もう片方は胸まで水に漬かって渡河する。カオリは岩場をすすむ六名に対し、セミオートで発砲する。河水が兵士の血で濁る。
振り返ってカオリが叫ぶ。
「はやく行きなさい!」
カオリは全弾撃ち尽くしたHKを、河原に捨てる。ホルスターから拳銃のP226を抜き、セフティを外す。
躊躇するイオリにむかい、さらに叫ぶ。
「いそいで! アヤちゃんには、あなたの助けが必要なの!」
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中山敦支/小高和剛『ギャンブラーズパレード』
ギャンブラーズパレード
作画:中山敦支
原作:小高和剛
掲載誌:『週刊少年マガジン』(講談社)2018年-
中山敦支の新連載は、ゲーム畑の小高和剛による原作つき。
『アストラルエンジン』や『オフサイドを教えて』は秀作だし、
中山は作画のみ担当の場合でも、いい仕事をする。
僕は完璧な作品リストをしらないけど、講談社の雑誌には初登場かな。
(いわゆるウェブコミックでは描いている)
テーマはギャンブルである。
主人公の「花梨」は、疫病神といわれるほどの不運体質で、
勝負事にまったく向かないが、高額の賭けにまきこまれる。
極限状況をえがくのが得意な中山にふさわしいテーマかもしれない。
花梨の心理描写など、迫力がみなぎる。
10万円の負けとなりかけた花梨に、救い主があらわれる。
クラス担任の「蜘蛛手(くもで) 渚」。
ギャンブルをはげしく憎み、ギャンブルによってギャンブラーの殲滅をはかる。
中山ファンなら『ねじまきカギュー』のカモ先生を思い出すだろう。
矛盾をかかえこんだ、この蜘蛛手の人物造形は、
死をもとめて戦う『うらたろう』の延長線上にある。
どうも『カギュー』以降の中山作品は、すっきりしない。
太く荒々しい描線が中山の特色だが、本作ではますます太い。
『オフサイドを教えて』で試みていた、ポップな画風を指向している。
気になる点をあげるなら、主人公のキャラや、画面全体の緊迫感のよわさ。
確信もって、主人公とならんで突っ走ってゆく快感がない。
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飴野『高嶺の花はウソツキです。』
高嶺の花はウソツキです。
作者:飴野
発行:一迅社 2018年
レーベル:百合姫コミックス
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「ギャルJK×清楚OL」の百合漫画だ。
左が17歳の「巡(めぐる)」、右が24歳の「雪帆」。
本来なら接点をもたないふたりだが、
電車で痴漢にあう雪帆を助けたのがきっかけで、親しくなる。
巡は外見こそギャルだが、性格は素直。
やさしく包容力のある雪帆に惚れこみ、仔犬みたいになつく。
雪帆にしても妹ができた様なもので、あれこれ相談にのる。
しかしある日、巡はラブホテルから出てきた雪帆をみかける。
相手はいかにもチャラそう。
ヒマだったので、たまたまナンパしてきた男に体をゆるした。
いても立ってもいられず、巡は疑問を直接ぶつける。
雪帆さんはそんな人じゃないのにおかしいと。
それに対し雪帆は、不機嫌な暗い表情をみせる。
自分の清楚な外見や、やさしい言動は、すべて作り物だったとあかす。
あなたと遊んでやったのも、ただの暇つぶしだと。
だまされたと知った巡は怒り、動揺する。
でも幻滅すればするほど、自分がいかに雪帆に執着してるかに気づく。
もう引き返せない深みにまで。
本気で好きだから、こんなにつらいんだ。
作者は別名義でBL系の単行本をだしてるが、雑誌連載は本作がはじめて。
キラキラまぶしい正統的少女漫画風の絵柄は、百合姫ではやや異色かも。
自分の気持ちに正直な、巡のまっすぐなふるまいが印象的で、
どきどきしながらストーリー展開をたのしめる、1巻完結の名作となっている。
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『殲滅のシンデレラ』 第11章「油小路通」
アヤは京都駅にちかい下京区の、油小路通に面した旅館「眠れる森」へやってきた。市内の鉄道はすべて運行停止。自動車の通行もきびしく規制されている。たまにサイレンを鳴らしたパトカーが往来するだけで、繁華街なのに気味悪いほど静かだ。
イオリと話し合い、アヤはもともと宿泊する予定の旅館にきた。いま潜伏地をもとめて動き回れば、かえって怪しまれる。女子高生を隠すなら、女子高生のなかだ。
警察の捜索はさほど怖くない。治安当局はガタガタだった。行政機関をつかさどる総理大臣は死亡した。陰謀をめぐらす重鎮たちは雲隠れ。指揮系統は錯綜し、情報は共有されてない。
アヤとイオリは、みごとな庭木をそなえた日本旅館にチェックインする。イオリはズボンに着替えてある。ロビーでイオリと別れたアヤは、ユウキと相部屋になる三階のドアをノックする。
ユウキがドアをあける。いぶかしげに質問してくるが、アヤは無視して浴室へはいる。浴槽に冷水を張る。昨晩同様に高熱を発していた。服を脱ぐが、まともに指がうごかない。下着をつけたまま浴槽に倒れこむ。水は心臓を止まらせるほど冷たい。でも、こうしないと焼け死んでしまう。
アヤが長いうめき声を漏らす。
「うぅ……ううぅ」
浴室に飛びこんできたユウキが叫ぶ。
「おい! なにやってんだ!」
「こおり……」
「あぁ?」
「氷をもってきて……たくさん」
「どうしたんだよ、いったい」
「もうだめ」
失神したアヤは冷水のなかで溺れる。
バスローブを羽織ったアヤが、ベッドに仰向けに横たわる。額に濡れタオルをのせている。まだ熱っぽく頭痛もするが、ベッドサイドテーブルにある源氏物語を読みはじめる。じっとしてられない性格なのだ。ちょうど「若菜」の巻で、光源氏にいじめられた柏木が病に伏せるのがおかしかった。
些細なパワハラで心を痛め、ころっと死んでしまうのだから、平安時代の男はずいぶん柔弱だ。
ユウキが濡れタオルを交換する。ついでにアヤの読んでいる本を手にとり、パラパラめくる。汚物に触れたかの様にベッドへ投げつける。
顔をしかめてユウキが叫ぶ。
「なんだこりゃ、古文じゃねえか!」
「ロビーに置いてあったから借りたの。暇つぶしになると思って」
「旅先でもお勉強か。どんだけ優等生なんだ」
「そうでもないわよ。普通に源氏が好きなだけ」
「全然普通じゃねえって」
アヤは枕に頭を沈め、天井をみつめる。
京都で源氏物語を読むのは至上のよろこびだけど、あまりゆっくりできなくて残念。
ユウキが続ける。「具合はどうよ」
「だいぶよくなった」
「喉渇いてないか」
「大丈夫。ありがとう、介抱してくれて」
「こんなのあたりまえだろ」
ユウキが事情を追求しないでくれるのが嬉しかった。騒動にアヤが関与していると、さすがのユウキも察してるはずだ。でもだからこそ、なにも聞かない。聞けばアヤを困難な立場へ追いやるから。
性格がまるでちがうユウキと親友になれた理由を、アヤはわかった気がする。ユウキは心がひろく、なんでも受けいれられる。それは自分にない美点だ。
隣のベッドに寝転んだユウキが尋ねる。
「で、水瀬とはうまくいったか?」
「うん。仲良くなれた」
「マジか! やるじゃん!」
「ユウキが想像する様な関係じゃないけどね。あくまでお友達よ」
イオリがはたして「友達」の定義にあてはまるかどうか。まさか女装癖に触れる訳にいかないので、説明がむつかしい。
「いやいやいや。それはない。あたしには正直に言えよ」
「嘘なんてつかないわ」
アヤはまた嘘をついた。
「あたしから見てもお似合いだとおもうぞ」
「恋人をつくる気はないの。いまは」
「家出するからか?」
「まあ、そうね」
「関係ないだろ。別にいますぐ家出するわけじゃないんだし」
アヤは皮肉な微笑をうかべる。松濤の家には、もう二度と帰るつもりはない。ワイズを斃したら、このまま京都に定住する。
「本当にそういうんじゃないの。だいたいイオリの方が、私以上に恋愛に興味なさそう」
がばと身をおこし、ユウキが叫ぶ。
「もう名前で呼んでんの!? ガードの堅いお前が!? 信じらんねえ!」
アヤは手で口許をかくす。イオリには戦友としての気安さがあり、つい口がすべった。
「名前で呼んでるからって、別に」
「告白したのか?」
「だからちがうと言ってるでしょ」
「自分から告白しろよ。あいつボンヤリしてるから、こっちからアタックしないと。水瀬のこと、嫌いじゃないだろ?」
「嫌いじゃないから付き合うって、まちがってる」
「まちがってねえよ」
「恋人同士というのは、もっとこう、おたがいを高め合う様な……」
ユウキの投げた枕が顔面に命中し、アヤの空疎な演説が中断された。
「お前はヘリクツばっかりだな!」
「うるさいなあ。隣室に迷惑よ」
「お前ってモテる様で、そうでもないだろ。男から告られたことあるか?」
「……ない」
「壁をつくるから、けっきょく男は逃げてく。あたしはブスだけど……」
「ユウキはブスじゃない。愛嬌のある顔だわ」
「フォローになってねえよ。まあいいや。あたしはこんな顔だけど、何度も告られたことあるぜ」
「すがすがしい自慢ね」
「だって恋愛って楽しいもん。幸せになれるし、気持ちよくなれる。すぐ飽きちゃうけどさ。そしたら次の相手を見つけりゃいいし」
「価値観のちがいを感じるわ」
「一生処女でいいのか?」
「そうは言ってない」
「なら水瀬に告白しろ。いま、ここで。内線電話であいつを呼び出してやる」
「余計なことはやめて」
ユウキはベッドサイドテーブルの電話へ手をのばす。ちらりとアヤの反応を観察する。口を尖らせてるが、止めようとはしない。
まったく、素直じゃないやつだ。
トゥルルルル。
着信音が鳴った。ユウキは受話器をとる。フロントからの電話だった。
アヤの父親である佐倉惣吾が、フロントに来ているという。ロビーまで下りてこいと、惣吾はアヤにもとめている。
庭園のみえるラウンジで、スーツ姿の惣吾がコーヒーを飲んでいた。制服に着替えたアヤは、むかいのソファに座る。
安堵のため息をつき、惣吾が言う。
「とりあえず無事だったみたいだな」
「うん」
「四条駅で神経ガスが散布されたらしい。ちかづいてないか」
「大丈夫」
勿論嘘だ。なにせアヤが実行犯の片割れだ。
「俺は陸自の輸送ヘリで京都にきた。桂駐屯地にとまっている。お前はそれに乗って東京へ帰れ」
「公私混同と批判されるよ」
「知ったことか。家族すら守れないで国防ができるか。お前がそんなことを気にするな」
「わかった」
アヤは心にもない返事をした。自宅には帰らないと決めている。この場をやりすごせばいい。
「巻きこまれて怖かったろう」
「そりゃ、すこしは。お父さんこそ、よくきたね。わざわざ防衛大臣が乗りこむ必要はないんじゃない」
あたりを見回し、惣吾が小声で言う。
「ここだけの話だが、官邸近辺がおかしくなってるんだ。閣僚の何人かが忽然と消えた。わけがわからん。首相とも連絡がとれない。しょうがないから、俺が現地で指揮することになった」
「貧乏くじだね」
「クウェートでの出来事をおもいだすよ」
「なにそれ」
「お前には言ってなかったか」
ウェイトレスが、アヤの分のコーヒーをテーブルにおく。アヤは一口のむ。
惣吾が続ける。「俺がむかし三菱商事に勤めてたのは知ってるな」
「うん」
「大学を出てすぐ、エネルギー関連の仕事でクウェートへ赴任した。そこである事件がおきた」
「ああ、イラクのクウェート侵攻」
「そうだ。イラク軍はたった一日で全土を制圧した。上司は逃げ出すし、大混乱さ。なぜか俺が、現地の日本人社会のまとめ役になった」
「いまと同じだね」
「あとで外務省から感謝されたよ。政界とのつながりもできた」
惣吾はビールを注文する。酒癖が悪い父の飲酒にいい思い出はないが、アヤは不安をおぼえない。自分を心配し、助けに来てくれたのが嬉しかった。抱きついて甘えたい気持ちだった。あんなに父のことが嫌いだったのに。
「俺は」惣吾がつぶやく。「あのまま商社マンでいた方が幸せだったかもしれない」
「政治家は向いてない?」
「サラリーマン生活は気楽だった。がむしゃらに働くだけでよかった」
「うるさい野党やマスコミがいないもんね」
「ふふ。よくわかってるな」
惣吾はグラスを空にし、二杯めを注文する。上機嫌で続ける。
「京都へ来るのはひさしぶりだ。前は家族旅行で毎年来てたのにな」
「最後に来たのは三年前だね」
「ああ、そうか。裕貴がオーストラリアに留学してから、家族で旅行してなかったな」
「お父さんも入閣して忙しくなったもんね」
「……アヤ、すまなかった」
「急にどうしたの」
「お前が家出を計画していたことについてだ。全面的に俺が悪い。それを謝りにきた」
惣吾は両手をテーブルにつき、頭を下げる。頭頂部の髪が薄くなっており、年齢を感じる。
「やめてよ。お父さんらしくない」
「俺は短気な人間だ。自分でもわかってる。秘書にパワハラで訴えられたこともある。思いどおりにならないとカッとなるんだ」
「かもね」
「バカな秘書が怒鳴られて、転職するのはまだいい。本人のためだし、日本のためでもある。でも子供にそれをするのは間違いだ。逃げ場がないからだ」
「…………」
「お前みたいにマジメな娘が家出をかんがえるなんて、相当悩んだ結果だろう。相当苦しんだろう。本当に申しわけないことをした」
惣吾は涙をうかべている。
アヤは両手を握りしめる。黒い爪が手のひらへ食いこむ。
やめてくれ。
決心を鈍らせるのは、やめてくれ。
いつもの様にアヤは嘘をつく。
「私は家出なんてしないよ。だまって資格取ったりしたのは事実だけど。羽多野さんが、あることないこと言っただけだよ」
「羽多野を永田町へちかづけたのも俺の責任だ。今回のテロはヤツが糸を引いてるらしい。あれほどの悪党とは夢にも思わなかった。俺に人を見る目がなかった。万死に値する罪だ」
「お父さん、私……」
「なにも言うな。若い娘をたぶらかしてテロをおこすなど、鬼畜の所業だ。刺し違えてでも、俺がヤツを止める」
惣吾はまばたきせずにアヤをみつめる。
すべて知ってるらしい。
テーブルの下で、アヤの右手がそろばんの動きをしている。
だれがバラしたんだ。
羽多野自身はありえない。東山先生もちがう。
ひとりだけいる。私のことを知っていて、それをお父さんに教える動機のある人間が。
「ユウキがしゃべったんだね」
「……お前に隠しごとはできないな」
「ひどい。親友なのに」
「善意でやったことだ。恨むのは筋違いだ」
ユウキの考えはわかる。家族思いのユウキは、アヤの家出に反対していた。お節介にも、父娘の関係修復の役目を買って出たのだ。タイミングは新幹線で京都駅に着いたときか。
ひょっとしたら、昨晩の記憶をうしなったというのも演技かもしれない。
惣吾は二杯めのビールを飲み干す。いつもなら見苦しい酔態をみせるころだ。しかし今日はおだやかな微笑をたやさない。
「この先どうなるかわからんが、もし俺が無事だったら……」
「縁起でもないこと言わないで」
「ひとり暮らしをしていい。お前なら問題ないだろう。それもいい経験だ」
「別に私は」
「もうひとつ提案がある。アヤ、よければ俺の秘書にならないか」
「えっ」
「どちらかと言えば俺は世襲に反対だが、お前以上に後継者にふさわしい人間はいない」
「なに言ってるの。佐倉家の家訓では、女は跡継ぎになれない」
「くだらん!」
酔った勢いで惣吾は叫んだ。アヤがウェイトレスに目配せすると、水のはいったグラスがはこばれる。
グラスを傾け、惣吾が続ける。
「なにが家訓だ。優秀な人間が政治家になって悪いことがあるか」
「お母さんやおじいちゃんが反対するよ」
「どうしようもないやつらだ。俺は日本のために言ってるんだ。連中のことは心配しないでいい」
「でも、私が政治家になるなんて」
「お前は頭がいい。だれもが認めるだろう。だがそれだけじゃない。お前には品がある。俺みたいに感情的にならない。やはり血筋なのか」
「そんな。褒めすぎだよ」
「いや、裕貴がああいうボンクラだから、血筋では説明がつかんな。持って生まれたお前の長所だ」
アヤの頬が濡れている。涙がとまらない。
生まれてからずっと求めていたものを、いま手にいれた。
父からの愛を。
もはや京都への攻撃とか、ワイズ大統領の暗殺とか、どうでもよかった。そんなものはほかの人間にまかせればいい。
私はこの愛情にこたえなきゃいけない。そうでなければ、この世に生をうけた意味がない。
親子水入らずの会話を、轟音と震動が妨碍した。アヤが十一歳のとき経験した東日本大震災の、何倍もの揺れだ。人間をふくめた、ロビーのあらゆるものが転倒する。ソファに座っていたアヤと惣吾さえ、床に転がる。
彼らは知る由もないが、アメリカ海軍の駆逐艦から発射された巡航ミサイルが、旅館の隣にある総合病院に命中した。核弾頭は搭載されてない。トマホークの平均誤差半径は十メートルだから、旅館に直撃しなかっただけ幸運だ。
しばらく意識をうしなっていたアヤが、我に返る。ロビー周辺は非常ベルが鳴り響くが、アヤには聞こえない。内耳へのダメージで一時的な難聴となっていた。フロア全体が停電している。爆煙にとざされ、窓からの光もとぼしい。
立ち上がり、アヤが叫ぶ。
「お父さん、どこ!? 大丈夫!?」
返事はない。あっても聞こえない。朦朧とするなか、這って周囲を手探りする。だれもいない。
エントランスから銃声がとどく。おそらく自動小銃の連射だ。かすかに聞き取れるだけだが。街路で銃撃戦がおきている。
アヤはガラスの靴で絨毯を蹴り、油小路通へ飛びだす。新選組を脱退した伊東甲子太郎らが、一八六七年に内部抗争で粛清された舞台でもある。
外へ出たアヤは、我が目を疑う。そこはイラクやシリアとみまがう戦場だった。五階建ての総合病院が崩壊し、さかんに炎上している。紅梅学院のおなじ学年の少女が、鄙びた通りをよろよろと歩く。アヤの眼前を左へとおりすぎる。片腕がない。迷彩戦闘服をきた海兵隊員たちが、M16の一斉射撃をあびせる。華奢な少女は、全身を穴だらけにして死んだ。ほかにも一般市民が虐殺されてゆく。特に制服の少女が狙われている。
つまり、ターゲットはアヤだ。
おなじみの兵員輸送車ハンヴィーが、交差点付近にとまっている。M2重機関銃の掃射がはじまる。引越し業者のトラックが、五十口径弾でエンジンを撃ち抜かれ、通りの右奥で燃え上がる。
アヤは気配を感じて空を見上げる。輸送ヘリのブラックホークが旋回している。搭乗員がミニガンを散発的に発砲する。
もはやアヤに抵抗する気はない。やるだけのことはやった。こんな戦争ごっこには付き合えない。
やりたい人間がやればいい。
アヤは両手をあげ、降伏の意思表示をする。一ブロックむこうにいる海兵隊員と目があう。二十歳くらいの白人だ。海兵隊員はM16の照準をさだめたまま近寄る。
シュパッ!
海兵隊員は、そばかすの残る頬を撃たれた。
「スナイパー!」
ほかの兵士たちは口々に叫び、散開する。自動車や電信柱などを盾にして隠れる。しかし高所から放たれた銃弾は、手足や骨盤など、装備に守られてない部位を精確に射抜いてゆく。
トラックからのぼる火焔のむこうから、色とりどりの着物をきた六人の女があらわれる。ミニスカートにしたステージ衣装だ。アヤはきょう、彼女たちを生で見たばかりだ。
ご当地アイドルの京娘セブン。
京娘セブンは全員、アサルトライフルのHK416を構えている。ステージ上とおなじく息のあった動きで、海兵隊員を圧倒する。
最後尾にいた薄紫の衣装の少女は、肩に長い筒をのせている。最年少で一番小柄な、日高リサだ。まだ中学一年生。肩にあるのは防空ミサイルシステムのスティンガーだ。狙われてるのに気づいたブラックホークが、あわてて飛び去る。
せまい路地から、海兵隊は一掃された。
椿をあしらった赤い衣装の女が立ち止まる。リーダーの花澤カオリだ。HKを背中にまわし、アヤを抱きしめる。顔の大半を占める大きな瞳から、涙がこぼれる。人気絶頂のアイドルの泣く姿は、さすがに絵になる。
震え声でカオリが言う。
「ありがとう」
「なに」アヤが尋ねる。「どういうこと」
「あなたが佐倉アヤさんよね。噂は聞いてる。ひとことお礼が言いたかったの」
「状況がつかめない」
「ごめんね。自己紹介してなかった。私は花澤カオリです」
「京娘セブンのリーダー。それは知ってる」
「私たちはデミ・ソリストなの。シャドウはつかえないけど、宝具の力で戦う。新幹線のトンネルを爆破したのは私」
カオリは愛おしげにHKを撫でる。HKがぼうっと青白く発光する。尋常な武器ではなさそうだ。
パルスプラザでのライブに、カオリは不在だった。破壊工作のため別行動してたなら、辻褄はあう。
「それでね」カオリが続ける。「東京の女の子が命懸けで頑張ってると知って、私うれしくて」
「あなたたちこそアイドルなのに、なぜこんな危険な真似を」
向かいのマンションの玄関から、山吹色の衣装の女があらわれる。髪は毛先をたてたベリーショート。減音器をつけたスナイパーライフルのレミントンMSRを抱えている。
「紹介するね」カオリが言う。「メンバーの喜多村エイコ。百発百中の狙撃手なんだ」
エイコが言う。「大袈裟だな」
「そんなことない。エイコちゃんはすごいよ」
「ただのチートさ。私は宝具に誓いをたてた。一発でも外したら、その場で命を絶つと」
メンバーの六人は、カオリのうしろで横並びになる。それぞれ手をつなぎ、腕をくみ、肩を抱いている。みな表情がキラキラかがやく。
「私たちは全員」カオリが言う。「この町で生まれ育った。戦うのは当然なんだ。たとえ傷つき斃れるとしても」
アヤは視線を逸らす。カオリのまっすぐな瞳がまぶしすぎる。絆の強さがうらやましい。
学校ではつねにトップの成績で、数えきれないほどの習い事もこなしてきたアヤだが、そのすべてが個人種目だった。真剣に団体種目に打ちこんだ経験がない。
カオリはアヤの両手を、自分の手で包む。はげます様に明るい口調で言う。
「桂駐屯地へ向かって。羽多野さんがそこにいる」
「なんで民間人が自衛隊の施設に」
「さあ。あの人のことだから、うまく取り入ったんでしょう。マリーン・ワンが不時着した場所をつかんだらしいよ」
アヤはうつむき、おのれの手をみつめる。
正規軍との交戦は自殺行為だ。上空から銃砲の雨が降り注ぐ戦場では、ソリストの力は役立たない。それになにより、父が望む自分になりたい。
帰りたい。我が家へ。
「カオリさん、私はもう……」
「板挟み状態なのは知ってる。でもアヤちゃんは駐屯地へ行かなきゃいけない。お父さんもそう言ったでしょう」
「正直怖いんです」
「アヤちゃんは勇敢に戦った。ここで降りたとしても、だれもあなたを責められない。でも、どちらの道をゆくにしても、自分で切り開かなきゃ」
「いったいどうしたらいいのか」
「正解はないわ。私たち七人も、それぞれが心を引き裂かれてる。ただ、仲間を裏切れないという思いだけは、共通しているの」
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仲谷鳰『やがて君になる』6巻
やがて君になる
作者:仲谷鳰
掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(KADOKAWA)2015年-
単行本:電撃コミックスNEXT
ながく引っぱってきた生徒会劇がはじまる。
主演は燈子である。
死別した姉への思いが、彼女を舞台へ駆りたてた。
2話にわたり、劇の一部始終を再現する。
はっきりいって冗長だ。
ただでさえ淡白な作風なのに、この空虚さは耐えがたい。
とはいえ侑がチョップをくりだすところとか、きらりと光る瞬間はある。
前にも言ったが、本作はすでに「セリフつきのイラスト集」となっている。
むしろセリフのないページがいい。
扉絵とか。
象徴主義的な手法が、めざましい効果をあげる。
僕が気にいったのは、カバー下の4コマ。
作者は主要キャラ全員の誕生日をあかし、
燈子と侑は先輩後輩なのに、2か月も離れてないのをネタにする。
おまけにするには勿体ない会話だ。
逆にいうと、本篇の価値がいまいちわからない。
34話は、本作ではおなじみの飛石のある川で、
「攻守逆転」となる重要なシーンが演じられる。
光と風の繊細な描写。
瞳にうつる川面。
表情の対比。
しんとした時間と、だしぬけな運動。
たかぶる感情。
仲谷鳰の画風は誇張がすくない。
少女漫画みたく背景で花が咲き乱れないし、男性むけのサービスもない。
でもこれは、漫画における少女のうつくしさの表現の、まさに極致だろう。
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