金田一蓮十郎『ゆうべはお楽しみでしたね』5巻

 

 

ゆうべはお楽しみでしたね

 

作者:金田一蓮十郎

掲載誌:『ヤングガンガン』(スクウェア・エニックス)2014年-

単行本:ヤングガンガンコミックス

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女子であるゴローさんからプロポーズってのが、本作らしい。

しかも出掛けのなにげない一言で。

 

ゲーム仲間同士のルームシェアではじまったラブコメは、

前巻でなんとなく恋仲になったとおもったら、パウが大阪へ転勤となり、

バタバタした日常のなかで、ふたりは結婚を意識しはじめていた。

 

 

 

 

結婚イベントといえばドラクエV。

しかし恋愛に消極的なパウに、天秤にかける別の女がいるはずもなく、

これといった波風が立つこともなく関係は進展してゆく。

 

 

 

 

本作の魅力は、時空をねじまげるパルプンテ感覚。

「出会い→恋愛→結婚」というレールに沿ってる様で沿ってないし、

距離が離れてても、ドラクエXで毎日たのしくすごしてたりする。

 

 

 

 

「お楽しみ」の部分は、婉曲語法で匂わす程度にしか描写しない。

大事なのはふたりのあり方で、行為そのものではない。

 

 

 

 

ゴローさんがスイッチを購入したのも、ビッグイベントかな。

表紙でも持ってるけど、赤青の本体が似合うんだよね。





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烏丸渡『魔法使いと竜の屋根裏』

 

 

魔法使いと竜の屋根裏

 

著者:烏丸渡

掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(KADOKAWA)2018年-

単行本:電撃コミックスNEXT

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コマ割りなどの漫画上の演出もうまいし、カラーの一枚絵もうまい。

ヴィジュアルの完成度において、烏丸渡は現代最高の作家のひとりだ。

 

新連載である本作は、僕はためし読みをみて物足りなさを感じていたが、

『NOT LIVES』に入れ込んでたくせに冷淡だと思い直し、一か月遅れで購入した。

 

 

 

 

本作を乱暴にジャンル分けするなら、『魔女宅』の親戚にあたるだろうか。

主人公はプロペラをそなえた杖にのり、宅配業務などをおこなう。

 

 

 

 

ただし本作で描かれる世界は、より陰鬱。

百年前に巨大な物体があらわれ、そこから飛んでくる竜が空を支配している。

主人公も当然おそわれる。

 

背景にモザイクみたいな処理がほどこされており、僕はうならされた。

 

 

 

 

ためし読みでも感じたが、やはりプロットは物足りない。

だれが、なんのため、どんなコストをかけ、だれと戦うのか不明瞭だ。

随分のんびりした話だなとおもえる。

愛する弟のため、つねに命懸けだった天宮鏡花とくらべると特に。

 

メシマズネタにも既視感をおぼえた。

 

 

 

 

なんとなく難解なSFっぽいのが、作者の描きたいものなのかもしれない。

前作の、可憐な少女たちの苛酷なバトルは、需要に応じただけかもしれない。

 

それでも、ちょっとした脇役の、とんでもない可愛さを見るにつけ、

やはりこっちが作者の本質とおもわざるをえない。





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『殲滅のシンデレラ』 第6章「検問」


全篇を読む(準備中)






 赤いGLSが、首都高3号線の上り方面を駆け抜ける。反対車線で渋滞が生じている。ハンドルをにぎる羽多野は、左手で自分の頬をたたく。疲労で集中力がよわまっている。

 ウウー!

 猛追してきたパトカーが、背後からサイレンを鳴らした。停止するよう要求する。

 羽多野は舌打ちする。

 アヤに追随したのは判断ミスだった。高架道路は出入口がすくない。車も目立ちすぎる。捕まえてくださいと言う様なものだ。アヤの勢いに引きずられ、こちらも功名心にはやってしまった。

 スカイラインのパトカーが、徐々に減速するGLSを追い抜く。両方とも路側帯にとまる。パトカーからひとり、スカイブルーの制服を着た警官が降り立つ。白いヘルメットをかぶっている。懐中電灯でGLSを照らし、ナンバープレートを確認する。

 羽多野は後部座席をみる。制服を着た三人の女子高生が座っている。左からアヤ、トワ、ユウキの順だ。両端のアヤとユウキはまどろんでいる。ユウキは額から出血している。

 アヤがうわ言をつぶやき、トワに倚りかかる。肩に頭をのせる。知り合ったばかりの他人に甘えるタイプではない。相当具合がわるい。

 トワがアヤの額をさわる。おもわず叫ぶ。

「あつッ!」

 羽多野が尋ねる。「どうした」

「ものすごく発熱してます。触ってられない」

「そうか」

「はやくヒーラーにみせないと」

「手持ちの駒はすべて京都へ派遣した。まだ東京にいるソリストはお前らだけだ」

「たぶん五十度以上あります。こんな高熱に人体は耐えられません」

「スマホで重いアプリを動かすと熱くなるだろう。あれと同じ仕組みだ」

「私たちは機械じゃない」

「勿論だ。でも俺はなにもしてやれない。耐えてもらうしかない」

 ゴンゴン!

 GLSのサイドウィンドウが叩かれた。

 羽多野は窓をあけ、何食わぬ顔で青服に尋ねる。

「どうかしましたか」

「車内をみせてもらうぞ」

 青服は高圧的に言い放つ。懐中電灯をくまなく車内に照射する。

 紅梅学院の制服。グレーのベスト。黒髪。身長約百六十センチ。華奢で色白の女。

 道玄坂での目撃情報とぴったり一致する。

 青服は電灯をアヤの顔へむける。千二百ルーメンの光束をあび、アヤは薄目をひらく。両手で口許をおさえる。吐き気をもよおした。

 あわててアヤはドアをあけ、道路に嘔吐する。撒き散らしたのは血だった。

 青服が無線で応援をよぶ。あらたなパトカーが三十秒で到着する。警官二名が降車する。行動が迅速だ。アメリカ大統領来日にあわせ、都内でも警戒を強めてるのだろう。

 青服に聞こえない小声で、羽多野がささやく。

「トワ、やれるか」

「…………」

 返事がないので振り向くと、トワは眠っていた。アヤに感応術をすでに三回つかった。車内でもユウキに記憶消去の術をほどこした。トワはソリストになって五か月経つが、これほどの濫用は未経験だ。

 羽多野は、座席とドアの隙間に隠しておいた拳銃をつかむ。五・七ミリ弾を使用するFNファイブセブンだ。たいていの防弾ベストを貫通できる。

 心神耗弱した少女を三人つれて、警察や特殊部隊と鬼ごっこはできない。あしたは京都で暗殺作戦を指揮しないといけない。羽多野は、うしろの三人を置き去りにする覚悟をきめる。

 コーポレーションを殲滅したのは、満足できる戦果だ。あっさり返り討ちにあう恐れも十分あった。アヤはよくやった。しかし高熱を発し、青息吐息である彼女が、今後も役にたつ保証はない。

 羽多野は唾をごくりと飲みこむ。

 警官殺しもやむをえない。応援の二名がちかづく前に、直近の青服を撃ち、すぐさま逃げようと決心する。高速から下り、GLSを乗り捨てる。眠れる乙女らは放置する。警察が尋問しても、たいした情報を引き出せないだろう。

 ソリストはおそるべき戦士だが、つまりはトラウマを負った、ただの女学生でしかない。

 キキーッ!

 黒塗りのセダンが路側帯に急停車した。昭和の高級車風で、警察車輌にみえない。パトカー三台の警光灯に赤く照らされる。

 ドアが観音開きにあき、金髪の少女がおりる。サックスブルーのエプロンドレスに、ボーダー柄のストッキング。猫のぬいぐるみを抱えている。深夜まで起きているせいで、少女はあくびをする。

 ワイズ大統領のメッセンジャーとして日本をおとづれた、アリスだ。八十歳代とおもわれる和服の女に手を引かれている。

 青服はぶしつけに、白髪の老女へ懐中電灯をむける。その顔を認識し、青服の全身が硬直する。

 口籠って青服が言う。

「こ、こ、こうご……」

 老女が答える。「遅い時間まで、おつとめ御苦労さまです」

「とんでもございません、皇后陛下!」

「ワイズ大統領が来日されるので、警察のみなさんもお取り込みなのでしょうね」

「市民の保護は、われわれの崇高な使命であります」

「御立派な心がけです。そこをみこんで、ひとつお願いがあるのですが」

「はっ、なんなりと」

 皇后式子は、アリスの金髪を撫でながら言う。

「こちらのアリスさんはわたくしの友人なのですが、なにぶんまだお若いので、帰り道が心配で」

「なるほど。本官が護衛すればよろしいのですね」

「お仕事に差し支えない範囲でかまいません」

「本官が責任もって、最優先で送り届けます。まことに光栄であります、陛下!」

「ありがとうございます。頼もしくおもいます」

 アリスと式子が別れの挨拶をかわす。式子は振り返って手をふりつつ、黒塗りのセダンへもどる。青服は、直立不動の姿勢で敬礼して見送る。

 姿はみえないが、セダンの車内に運転手以外の気配がある。式子の夫、つまり天皇慈仁だろう。

 首を横にふり、羽多野がつぶやく。

 食えないやつらだ。

 あの夫婦が、こちらのワイズ暗殺作戦を把握してるかどうかはわからない。おそらく知っている。表立って関与しないが、自分たちにできるかぎりの支援はするというわけだ。

 アリスがGLSの助手席にすわり、シートベルトを自分で着用する。

 羽多野はサイドウィンドウを閉じる。ギアをいれ、パーキングブレーキを解除する。

 青服があわてて、閉じかかった窓に両手をさしこむ。ガラスごしに叫ぶ。

「おい、勝手に発進するな!」

 羽多野は中指をつきたてる。思い切りアクセルを踏みこむ。




 GLSは首都高から下り、六本木通りを疾走する。ライトアップされた東京タワーが右前方にみえる。偽名で予約した八重洲口のホテルへむかう。

 アリスが大口をあけてあくびする。あとから恥づかしそうに口許を覆う。

「ごめんなさい」アリスが言う。「あんまり眠くて。いま午前一時くらいかしら」

 羽多野が答える。「一時半だ」

「シキコとのお話がたのしくて、つい夜更かししちゃった」

「皇后を呼び捨てか」

「彼女がエンプリスなのは知ってるわ。でも昔からそう呼べと言うんだもの」

「ながい付き合いみたいだな」

「会うのは三回めね。日本で会うのは初めて。ドジスン先生のことをとても熱心に聞いてくれるの」

「ああ、そういうつながりか」

 ドジスンとは、アリスを主人公とする二篇の小説をかいた、ルイス・キャロルの本名だ。オックスフォードで数学講師をつとめていた。皇后式子は聖心女子大学英文学科を出ており、卒論テーマは「ルイス・キャロルにおけるチェスのモチーフについて」だった。アリスに興味をもつのは当然だ。

 それにしても、日本の皇后まで【おかしなお茶会】のメンバーだとは。アリスの人脈の幅広さにはおどろかされる。その気になれば、世界を牛耳れるのではないか。

 後部座席でアヤが身をよじる。呼吸がみだれている。かぼそい声で尋ねる。

「だれ? 助手席にだれかいるの?」

 羽多野が答える。「お前が会いたがってたメッセンジャーだ。あすの朝にでも話すといい」

「おうちに帰るのね」

「うち?」

「お父さん、私を迎えにきてくれたんでしょ」

 羽多野はハンドルを握ったまま振り向く。アヤは苦しげにドアにもたれている。どうみても冗談を言う余裕はない。

 譫妄状態だ。ときおり痙攣している。

 もう長くはもたない。

「ありがとう」アヤが続ける。「夕食のとき私、お父さんにひどいこと言ったのに」

「…………」

「怒ってる? あたりまえだよね。娘に裏切られたんだもん。本当にごめんなさい」

「怒ってないさ」

「二度と家出なんて考えません。私、もっといい子になります。だから……」

 チェスの駒のごとく少女らを使役し、非情な作戦を遂行する羽多野でも、胸が疼くのを感じる。

 アヤが言うとおり、羽多野はチンピラだった。無学であり、なんの後ろ盾もない。そんな男が、二十四歳という若さで多少のカネをうごかせるのは、狡猾に悪事をかさねたからだ。墓場にはいるまで口外できないことをしてきた。

 そんな羽多野は、人間のクズをたくさん見てきた。なかでもアヤの父は、十指にはいる人でなしだった。息をする様に上に媚びへつらい、公私にわたって下を食い物にする。羽多野は殺害の計画を思いめぐらせたことすらある。

 アヤだって知らないはずがない。だが、このペルシャ猫みたく優美で誇り高い少女は、父の愛を一心にもとめている。かつ罪悪感に苛まれている。

 人の親である資格などない相手なのに。

 厄介なものだ。家族ってのは。

 アリスが眠い目をこすり、羽多野に尋ねる。

「あのコがアヤね」

「そうだ」

「イクリプスになってる。かわいそうに」

「どうすればいい。いま東京にヒーラーはいない」

「鏡のなかに入るといいわ。右は左に、東は西に、病気は健康に逆転する」

「どうやって」

「二十一世紀にも鏡はあるでしょう。みんなで一緒に入りましょう」

「あんたの理屈だと、健康な人間が病気になりはしないか」

 アリスはため息をつく。

「鏡の国は、すべてが逆転するわけじゃないの。右は左になるけど、上は下にならない。わかる?」

 羽多野は頭を掻きむしる。

 わかるわけがない。

 チェシャ猫と会話するみたいだ。話せば話すほど、こっちまでおかしくなる。

 羽多野は唖然とする。フロントウィンドウごしの風景が変だ。六本木のビル街が消滅している。

 かわりに道の両脇に、トランプのカードがずらりとならぶ。絵柄はすべてハート。兜をかぶり、槍をもったトランプ兵だ。GLSは赤いカーペットの上を走行する。奥には証言台がある。ハートの女王と国王、さらに陪審員までいる。

 車内をふりかえる。人の姿はなく、巨大なウミガメが居座る。海から上がったばかりらしく、びしょぬれだ。座席の上につぎつぎと産卵する。

 羽多野はハンドルを叩く。

 ついに俺まで発狂したか。不幸な家庭にそだち、精神を病んだ乙女たちみたいに。

 赤いカーペットが途切れる。GLSは断崖から真っ逆さまに落ちてゆく。

 その下は、怒涛逆巻く海だった。




 新大阪行きの「のぞみ」の到着を告げるアナウンスで、アヤは目を覚ます。

 駅のホームのベンチに座っている。時刻は午前十時すぎ。キャリーケースを引くひとびとが、あわただしく行き交う。駅名板は「京都」と記される。

 アヤは深呼吸する。

 昨晩の出来事を、頭のなかで再構成する。自宅を出て、東急本店に立ち寄り、ジムの前と首都高で戦闘をくりひろげた。鮮明におぼえている。車の助手席に、見知らぬ金髪の少女がいたことも。

 だったらなぜ、私はいま京都にいるのだろう。

 身だしなみにうるさいアヤは、あることに気づいて狼狽する。昨晩は入浴しておらず、着替えてもない。外を出歩ける状態じゃない。全身をまさぐる。特に不快感はない。ブラウスの胸元をのぞくと、きのうと違う薄紫のキャミソールを着ている。

 どうなってるんだ。何時間かの記憶が飛んだのか。

 それともあの死闘は夢だったのか。

 胸ポケットのアイフォンをスリープ解除する。数えきれないほど通知がたまっていた。バッテリーの残量が三十パーセントを切っている。

 おかしい。

 私が充電を忘れるなんてありえない。

 あれは夢じゃない。何者かによって私はここへ強制的に転送されたんだ。

 十六両編成の「のぞみ」が、十三番ホームに勢いよく入ってくる。大荷物をたづさえた修学旅行の団体がおりる。女生徒はアヤとおなじ制服を着ている。すなわち、紅梅学院の同級生と鉢合わせした。

 短髪で背のたかい少女が、荷物を置いてこちらへ駆け寄る。ユウキだ。昨晩は額にひどい裂傷を負っていたが、痕跡がない。

「アヤ!」ユウキが叫ぶ。「なんで一人でこんなとこにいるんだ」

「あの……ちょっと遅刻しちゃって」

「らしくねーな。荷物はどうした。手ぶらかよ」

「ホテルへ送ってもらったの」

「まじか。さすがお嬢さまは旅慣れてるな」

「それよりユウキは大丈夫? 体とかいろいろ」

「元気だけど。新幹線でぐっすり寝たし」

 ユウキはきょとんとする。準軍事要員に暴行され、ジムの仲間を虐殺されたばかりの表情ではない。トワの記憶消去が効いてるらしい。

 アヤの記憶が正しいと仮定してだが。

 おかっぱ頭で、黒のスーツを着た女が、大股でちかづく。担任の東山奈美だ。年は二十七歳で、担当科目は英語。

「佐倉さん」東山が尋ねる。「いったいなにがあったの」

「すみません。遅刻しました」

「学級委員のあなたが行方不明で、みんな大騒ぎよ。旅行も中止になりかけたくらい」

「反省してます」

「まあ無事でよかったけどね。お母さんには電話した? とても心配してらしたわよ」

 東山は女教師らしい鋭さで、アヤの爪に目をやる。アヤは両手を握って隠す。まだゴシック風ネイルをオフしてなかった。

 片眉をあげ、東山はアヤの表情を観察する。言動を疑っている。

 もともとアヤと東山は、馬が合わなかった。アヤにとって極めて珍しいケースだ。アヤは教師という生き物から、例外なく寵愛されるタチだった。老若男女、ありとあらゆる教師が、熱烈にアヤに惚れこんだ。賢く礼儀正しい、理想の生徒だから。

 アヤも、教師という存在そのものが好きだった。蛇口をひねれば水がでる様に、気前よく知識をあたえてくれる人たち。感謝しないとバチがあたる。相思相愛の関係だった。

 東山は、ほかの教師とちがう。能天気なユウキみたいに騙せない。説明における事実の含有量をふやして対応すべきだ。

 アヤが言う。「ちょっと話しづらいんですが」

「話せる範囲でいいわ」

「きのうの夜ジムにいったら、そこでトラブルに巻きこまれたんです」

「トラブル?」

「ケンカです。警察が呼ばれる騒ぎになって」

「あなたがケンカしたの?」

「勿論私じゃありません。あの、男性が私をめぐって、その……」

「ふふ。なんだか複雑そうね。あなたが格闘技を習ってるなんて意外だわ。よかったら旅行中、プライベートの話も聞かせてちょうだい」

「はい! こちらこそ」

 東山はアヤに背をむける。二年C組が全員そろっているかの点呼をとりにゆく。

 アヤは髪の毛先をいじる。

 かんがえている。

 なぜ東山先生は、私が格闘技を習ってると知ってるんだ? お母さんにさえ秘密なのに。おなじジムへかようユウキは、昨晩の記憶がない。

 ふつう「ジム」と聞いて思い浮かぶのは、フィットネスの方だ。まして私は、格闘技をするのが意外に思えるらしいから。

 確実に言えることがある。

 東山は、暗殺作戦に一枚噛んでいる。

 敵か味方かはともかく。

 私は、羽多野やトワと合流しないといけない。でも、いましばらくは二年C組と行動をともにする。

 東山は、私を泳がせて監視してるつもりらしい。だが不用意にも先に尻尾を出した。逆にこっちが決定的な情報をつかんで巻き返したい。

 それに、ここは私の大好きな京都だ。どれほどこの修学旅行を楽しみにしていたか。ほんの数分でも満喫してやるんだ。




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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

新挑限『幼なじみになじみたい』

 

 

幼なじみになじみたい

 

作者:新挑限

掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA)2018年-

単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ

[ためし読みはこちら

 

 

 

舞台は青森県にある国立大学の、弘前大学。

1年生の「大助」は、見ず知らずの女生徒から話しかけられる。

キャンパスを案内してくれと。

かわいいし、おしゃれだし、スタイルもいい。

唐突に頼まれたとはいえ、ことわる理由がない。

 

 

 

 

おしゃべりしながら構内を歩くうち、ふたりはいい雰囲気に。

大助は名前をたづねるが、はぐらかされる。

どうも様子がおかしい。

 

 

 

 

女生徒の名は「日野まつり」。

8年ぶりの再会となる、大助の幼なじみだった。

うつくしく成長したまつりは、男勝りだった小学校時代とくらべて、

いまの自分の変わりように驚いてほしくて、イタズラをしかけた。

 

 

 

 

友達以上、恋人未満。

なおかつ、それらを超越するのが、幼なじみという関係。

ホラー映画をみにゆく初デート(?)とか、

微妙なふたりのイチャイチャを全篇にわたってえがく。

 

巻末のあとがきから引用する。

 

元々アクション系の荒い画風なんです。

ラブコメ? コメ? 米の一種?ってくらいラブコメパワー低いです。

許して……。

 

わかる気がする。

たとえばまつりが毎話おなじ服装で、デートですら着っぱなしなのは、

ラブコメファンの端くれとして残念におもう。

デート服は、ラブコメのハイライトだから。

もちろん服自体は、トレンドをとりいれててかわいいし、

本作がイラストシリーズから派生したという、特殊な事情はある。

 

 

 

 

8話。

まつりはコンビニからの帰り道、ガラの悪い連中にからまれる。

ぬるいラブコメと一線を画す、緊迫感のあるエピソードだ。

 

それはともかく、まつりのクソダサジャージ。

逆に新鮮で、かわいくみえる。

いかに服装が大事かという證拠だ。





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テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

白石純『魍魎少女』

 

 

魍魎少女

 

作者:白石純

掲載誌:『月刊コミックゼノン』(徳間書店)2018年-

単行本:ゼノンコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

金髪のポニーテール。

碧眼。

派手な柄の着物。

和洋折衷な雰囲気をかもしだす主人公の名は「林檎丸」。

いったいどんな物語なのか。

 

 

 

 

林檎丸は不死身の化物、つまり「魍魎」でもある。

巨大なノコギリを武器にしてたたかう。

目的は、バラバラになった師匠の体をとりもどすこと。

 

 

 

 

南総里見八犬伝や真田十勇士やゾンビものや大正ロマンなど、

えがかれるモチーフはさまざまで、悪くいえばごった煮の作品。

しかしコントラストのきいた構図と、流麗な描線が、個性と統一感を主張する。

 

 

 

 

デパアトのエスカレエタアでのバトル。

見開きページでの気合いのほとばしりは相当のもの。

 

 

 

 

見開きを縦にみせる、大胆な構図。

本作のヴィジュアルが一流なのはまちがいない。

 

 

 

 

おそらく当ブログの読者は、本作の世界観が気になるだろう。

時代劇か、大正ロマンか、現代ものか、これらの折衷か。

 

ただ、ラリー・ブルックス『工学的ストーリー創作入門』という本に、

世界観とはすなわち主人公の行動だと書いてある。

なにが見えるかではなく、なにをするかだ。

つまりわれわれはエンディングまで、世界観を知ることができない。

 

それまではゆたかなフレーバーを、存分にあじわいたい。





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『殲滅のシンデレラ』 第5章「舞踏術」


全篇を読む(準備中)






 沈黙が、道玄坂に君臨している。

 ライフル数挺の乱射があった路地に、好きこのんで踏みこむバカはいない。

 ビル一階のラーメン屋の客は、武装した外国人の集団が横切るのを、割り箸をもったままガラス越しにながめる。

 ジムの男たち七名を殺し、女一名を拉致したコーポレーションは、整然と行動する。五人づつ二台のハンヴィーに分乗し、離脱するつもりだ。見ず知らずの他人の様にさりげなく、なおかつ慎重に連携して周囲を警戒する。野良猫など、ちょっとした異変を感知しては銃口をむける。

 だからそれは当然だった。ゆらゆらとちかづく女学生を、隊員たちが発見したのは。

 グレーのベストを着た少女、すなわち佐倉アヤが、ガラスの靴を履いてるのを彼らは知らない。女学生のファッションに興味がない。すくなくともいまは。知りたいのは武装と、攻撃の意図の有無だけ。

 華奢な女だからと言って、コーポレーションは気をゆるめない。つい先週彼らは、イエメンの首都サナアのマーケットで、五歳の少女を射殺した。薄焼きパンを渡すふりをして、自爆攻撃を仕掛けてきたからだ。

 彼らの世界では、コンマ一秒の油断が死を意味する。決して油断しないから、精鋭のなかの精鋭でありつづけられる。

 ぴちゃぴちゃと不吉な音が響く。ビルの外階段で七人分の血が、滝みたく流れ落ちている。眉間を撃ち抜かれたジム会長の下野が、引き攣った表情のまま路面に横たわる。

 その脇を通りすぎたアヤは目をつむる。

 総合格闘技界にとって大きな損失だ。プロ格闘家として人気があり、指導者としても優秀だった。

 そして、親身になって私を鍛えてくれた。

 ゆるさない。

 泣いて命乞いしようが、絶対ゆるさない。

 お前らが支払うべき負債は死、ただそれだけ。

 この私が、きっちり回収してやる。




 いま路上にいる隊員八名は、全員がアヤの敵意を察した。だれもが野生の虎よりするどい直感をもつ。天性の才能であり、訓練と実戦でやしなった技倆でもある。

 隊員たちはアサルトライフルを構える。アヤに「止まれ」と叫ぶ。

 いや、叫ぶはずだった。

 一九五〇年のアニメでシンデレラは、王子さまからダンスに誘われるのを待っていた。だが二十一世紀の少女は、時代錯誤のしきたりを拒絶する。「天国への鍵」は、自力でこじ開ける。

 舞踏術【ピケ・トゥール】。

 時空をねじまげるステップで、アヤは隊列の中心へ飛びこむ。左脚を軸にスピンする。両手と右足で四人を打つ。頭蓋骨を、頚椎を、大腿骨を、腓骨を、一撃で粉砕する。

 足りない。まだまだ足りない。

 悶絶して倒れたコーポレーション隊員に、アヤは襲いかかる。

 そのときアヤは気づく。ラーメン屋の窓ガラスにシンデレラが映っていた。動顛している。両手でジェスチャーする。なにかを押さえつける様な。

 アヤは身をかがめる。

 ガラスが破砕される。黒人の指揮官が消音アサルトライフルを連射した。店内は酸鼻な地獄絵と化す。ブタの骨でダシをとったスープに、ヒトの骨と血と肉がまじる。きっと美味だろう。

 アヤは両手をアスファルトにつく。脚をまっすぐのばして側転をきめる。小学生のころ体操教室でならった技を体がおぼえていた。

 毎日習い事があって大変だねと、当時は友達によく言われた。同情される理由がわからなかった。その道の達人が、わざわざ知識や技術をシェアしてくれるのだ。習い事ほどありがたいものはない。

 アヤは指揮官のもとへ殺到する。遠心力をいかし、V字にひらいた指で両目を突く。中指が左目に食いこむ。十字架をあしらった黒い爪が、ぷちっと角膜をやぶる。指がゼリー状の硝子体にまみれる。

 まだだ。まだ足りない。

 叫び悶える指揮官を、ハンヴィーのドアへ打ちつける。さらに指を押しこむ。前頭骨の薄い部分が、指先で割れる。破片ごと前頭葉をえぐる。

 絶叫と抵抗が止む。

 アヤは眼窩から指を引き抜く。指揮官が崩れる。アヤは血まみれの手をふるう。

 ハンヴィーの窓ガラスに映るシンデレラと目があう。いつも陽気なシンデレラの表情がこわばる。アヤとの契約を後悔するかの様に。

 アヤが言う。「さっきはありがとう」

「え」シンデレラが答える。「なんのコト」

「警告してくれたでしょ。デレちゃんも意外と役に立つね」

「『意外と』は余計だヨ。伝説の戦士プリキュアみたいなコンビになろうネ」

「聞いたことない」

「もんでゅー! プリキュアを知らない日本人がいるなんて!」

「ひょっとしてデレちゃんってフランス人?」

「うぃ、びあんしゅーる」

「よかったらフランス語おしえて」

「いいけど、ホラ。アヤの友達がさらわれてくヨ」

 アヤは、シンデレラが指差す方をみる。ユウキをのせた、もう一台のハンヴィーが急発進する。

「はやく言ってよ、バカ!」




 コーポレーション隊員五名がのるハンヴィーが、首都高速を駆け抜ける。時速百三十キロで飛ばす。CIAのフロント企業である玩具量販店の、川崎市にある店舗が彼らの拠点だ。

 彼らは指揮官をふくむ仲間の五名を、道玄坂に置き去りにした。ユウキの身柄の確保を優先したわけだが、怖気づいて逃げたのが本音だった。

 鮮血で手を染めた制服の少女の、あの沈鬱な表情。幼いころ絵本でみた邪悪な魔女そのものだった。

 時刻は十二時をまわる。通行量はすくない。先行するドライバーがレーンをゆづる。バックミラーに映る、猛然と突き進む装甲車を恐れた。川崎まで彼らを妨げるものはない。

 しかしハンヴィーのルーフには、バーにつかまるアヤがいた。風圧をふせぐため、右手で顔を覆う。はげしく髪とスカートがたなびく。

 虚空にむかいアヤが叫ぶ。

「デレちゃん!」

 パキパキと音をたて、アヤの右の握りこぶしが透明になってゆく。結晶化して固まる。

 舞踏術【ブリゼ】。

 ガラスの鎚を、円形のハッチへ振り下ろす。執拗な打撃に装甲が歪む。

 結晶の硬度は、トワからおそわらなかった。砕け散るかもしれない。

 知ったことか。

 腕の一本や二本、くれてやる。

 留め金のはづれたハッチを開ける。後部座席にいた、そばかす顔の白人男と視線がぶつかる。呆然としている。そばかす顔は「ファック!」と叫び、拳銃のグロック19を連射する。

 アヤはハッチを閉じる。直後にハンヴィーが軌道から逸れる。跳弾が運転手に当たったのだろう。ユウキに被害がないのを願うばかりだ。

 ハンヴィーから飛び降りたアヤは、前転して衝撃を緩和する。路側帯へ退避する。ハンヴィーが横転する。三回転した。ぼんやりと電灯に照らされる防音壁に激突して止まる。

 アヤは、上下逆さまとなったハンヴィーへちかづく。ガソリンの臭いが漂う。爆発の恐れがある。はやく救出しないといけない。バックドアをあけ、気を失ったユウキを引きずり出す。

 ふりむくと、赤いメルセデスベンツGLSが十メートル後ろに停車している。セーラー服のトワが降車し、こちらへ駆け寄る。アヤは、両手を拘束されたユウキをあづける。

 私はまだ、やるべきことがある。

 横転事故は、乗員へのダメージが大きい。百戦錬磨のコーポレーション隊員でも、三半規管までは鍛えられない。しばらく目眩がつづき、立つこともままならないはず。

 それでも隊員たちは、天井が床になったハンヴィーから、アサルトライフルをかかえて這いずり出る。骨折などの重症を負ったにもかかわらず、死力をふりしぼる。兵士の鑑だ。

 アヤはガラスの靴で、それぞれの頭部を踏み砕く。四人殺す。すでに運転手は絶命していた。シートベルトを外して引っぱり出す。そして破壊する。原形をとどめないほどに。

 羽多野が、背後からアヤの肩をつかむ。

「無益な殺生はよせ」羽多野が言う。「こいつらも命令でやっただけだ。警察がくる前に離脱するぞ」

 死体損壊がとまる。アヤは手の甲で、小柄な羽多野の顔面を打つ。羽多野は仰向けに倒れる。

 アヤは振り返り、羽多野を見下ろす。瞳が黒く変色している。瞳孔がひらいたという次元ではない。白目がなく、眼球全体がどす黒い。

 イクリプス。

 心の平衡を失い、シャドウに自己を侵蝕された状態を意味する。

 まさに月蝕の様に。

 トワが、アヤと羽多野のあいだに立つ。右の人差指を突き立て、メトロノームの要領で規則的にうごかす。「チクタクチクタク」とささやく。

 感応術【チクタク・クロコダイル】。

 アヤの膝が曲がる。路側帯に横たわる。つめたいアスファルトを枕にして眠る。




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大宮宮美『リリィマリアと和解せよ』

 

 

リリィマリアと和解せよ

 

作者:大宮宮美

発行:一迅社 2018年

レーベル:百合姫コミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

漫画家をめざす女子大生「ゆり」の家に、かわいいロリ女神がやってきた。

ただ女神さまは、おのれの趣味をおしつけ、ゆりに百合漫画を描かせようとする。

 

 

 

 

かなり振り切った、女神「リリィ」の百合豚っぷりがみどころ。

街をあるくJKを見てよだれを垂らし、百合ップルだと妄想する。

 

 

 

 

そこに男が絡んできたら、さあ大変。

リリィは怒りにまかせ、神隠しで男を消滅させる。

 

画面に男が映っただけで発狂する、いわゆる百合豚の生態を、

幼女の姿を借りてマイルドに表現したコメディである。

 

 

 

 

ゆりの担当編集は女性で、なぜかヤンキーっぽい。

オタクの天敵といえば、ギャルとヤンキー。

それでもリリィは数々の百合作品をおもいだし、たとえば『citrus』みたいに、

外見はガサツだけど中身は繊細……みたいな展開を期待する。

 

コロコロした絵柄によるメタ視点のギャグは、独特の味わい。

 

 

 

 

神さまであるリリィは、プレイヤーでなく、あくまで観客として百合に参加する。

でもここは百合姫というフィールド。

美少女に観客席は、似合わない。

 

このカルト宗教は、ますます猛威をふるいそうだ。





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『殲滅のシンデレラ』 第4章「地下駐車場」


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 アヤは羽多野とトワに連れられ、薄暗い地下駐車場をあるく。ことなる制服の少女二名と、派手なスーツの男一名。見慣れない組み合わせだ。

 コンクリートで囲まれた空間は、無機質で陰鬱。別のレーンから、タイヤの摩擦音がひびく。食事を終えたどこかのだれかが、帰路についた。

 新幹線も飛行機も、すでに京都行きの最終便が出た。アヤたちは都内のホテルで一泊したあと、早朝の新幹線に乗る予定だ。そして明日の夜十二時までにテロリストを斃す。タイトな日程になる。

 羽多野の車は、赤いメルセデス・ベンツGLS。七名が乗車可能なSUVだ。自慢の愛車の前に、中年の男女が立っている。ひとりはアヤの母。となりのピンストライプのスーツの男も見覚えがある。一度か二度、夫人同伴でアヤの家に来ていた。たしか東急本店の店長だったはず。

 濃紺のワンピースを着た母に、アヤが言う。

「よくここがわかったね」

「一応母親ですから。あと無理を言って、こちらの関さんに御協力いただいたの」

 母は関に頭をさげる。丁重に礼をのべる。関は満足げに、エレベーターの方へ去ってゆく。

 このデパートにとって、アヤの母は最大のお得意さまのひとり。大口顧客をつなぎとめるのは、店長の重要な職務だ。よその親子ゲンカに介入するくらいの骨折りは、苦にしない。




 アヤと母のふたりがGLSに乗る。体を包みこむ革張りのシートに座る。地下駐車場も静かだが、車内はまったくの無音だ。

 息苦しい。

 窓にシンデレラが映っている。アヤにウィンクし、サムズアップする。母との対決を応援してくれるのはうれしいが、正直言って気が散ってしまう。

 シンデレラは、スカートをひるがえしスピンする。電飾をほどこされた馬車などの乗り物が、GLSの両脇を行進する。お姫さまや妖精がその上で踊る。おなじみの賑やかな曲がながれる。

 エレクトリカルパレードだ。

 眉をひそめて母が尋ねる。

「アヤちゃん、疲れてるみたい」

 目をこすってアヤは集中をとりもどす。

「べつに」

「お父さんと話したの。これを見せたわ」

 イタリア製の革のトートバッグから、母は一枚の書類をとりだす。あちこち記入されている。

「離婚届?」

「これが私の切り札。お父さんのうろたえぶりったらなかったわ。アヤちゃんにも見せたかった!」

「そうなんだ」

「仕事の大変さは理解してるし、大抵のことは我慢するけど、子供たちを傷つけるのだけは許さないって言ってやった」

「へえ」

「ネイルをしてもいいと認めさせたわ」

「そうなんだ。ありがとう」

 アヤの態度は冷淡だった。いまさら遅いと言わんばかりだ。

 母は察知する。娘はなんらかの覚悟を決めたのだと。離婚届より強力な、とっておきのカードを切る必要がある。

 さりげない口調で母が言う。

「そういえば私、例の話をアヤちゃんにしたかしら。私が高校時代にお付き合いしてた人の話」

 明敏なアヤは、母の戦略を看破している。だがそこは、思春期の女の悲しさ。おもわず餌に食いつく。

「なにそれ、知らない」

「家庭教師だったの。当時は大学院生」

「ありがちだね。友達にもいるよ。カテキョとつきあってるコ」

「アヤちゃんも経験あるでしょう。先生を好きになったことが」

「さあ。どうかな」

 アヤは無表情をよそおう。

 図星なのはミエミエだった。どれだけ大人ぶっても、母には見透かされる。手にとる様に。

 母はほくそ笑む。

 娘がいじらしくてしかたない。母親業ほどたのしい仕事はない。あるわけがない。

「私たちは将来を誓い合ってた。あの人と結婚すると信じこんでた。でもダメだったわ。おじいちゃんに反対されて」

「へえ」

「あの頃のおじいちゃんは、それはそれは怖かったの。お父さんなんて比べものにならない」

「想像できないね」

「ちょっとでも口答えしたらぶたれるの。私も気が強かったから、しょっちゅう鼻血を出してたわ」

「それはひどいなあ」

「いまじゃアヤちゃんにベタ甘なんだから、なんだか不公平よね」

「私が可愛いからじゃない?」

「なによ。私だって昔は可愛かったのよ」

 ほがらかに母娘ふたりは笑う。

 アヤの読書好きは、上智大学仏文科卒の母の影響だった。月に一度は、ふたりで映画や演劇を見に出かける。基本的に仲のよい親子だった。

「結局」アヤが尋ねる。「その人とはどうなったの」

「駆け落ちするつもりだった」

「ぷっ」

「アヤちゃんは笑うけど、すくなくとも私は本気だった。逃げられちゃったけどね。おじいちゃんからお金をもらって身を引いたみたい」

「本人がそう言ったの」

「そんなこと聞くわけない。もし事実だったら、私が惨めすぎるでしょう」

「いまでもその人を思い出す?」

「それがね……」

 母は脇腹をかかえ、笑うのをこらえる。鉄板のエピソードがあるらしい。

 アヤは、自分が母のペースに乗せられてるのを自覚している。でも話の続きがどうにも気になる。

「こないだ」母が続ける。「新聞でひさしぶりに彼の名前をみたの。いまは大学教授なんだって」

「へえ」

「でも、そこでセクハラ事件を起こしたって言うから、びっくりするじゃない。教え子にちょっかい出して。大学はクビになったそうよ」

「うわあ」

「男の人の性癖って、死ぬまで変わらないのかって思ったわ」

 なるほど、そういうオチか。

 アヤは内心で批評した。

 若い娘が激情に駆られ、後先かんがえない行動に出るのはしかたない。若い娘なのだから。

 でも、落ち着きを取り戻したその先に、人生において本当に大切なものがある。

 就職、社交、子育て、選挙運動、地域振興、慈善事業、趣味の集まり、なんだっていい。やりがいのある仕事が山ほどある。寝るのも惜しいくらい充実した人生、だれもが羨む人生が待っている。

 佐倉家の跡取り娘でいれば。

 その生きた見本が、目の前にいる。

 アヤはGLSのシートに背中を預ける。首を回す。ボキボキと音が鳴る。

 家出の決心が揺らぐ。

 誘惑が大きい。

 母の様な人生は、どうかんがえても三十億円より価値があるのでは?

 捨てたら、一生後悔するのでは?

 アヤは、母娘だけがシェアできるテレパシー的な感情の虜だった。まるでロールケーキみたいな、やわらかくて甘いなにかに丸めこまれた。

 とどめを刺すべく、母は白い紙袋をトートバッグからとりだす。Diorと印字されている。

「ささやかだけど」母が言う。「これは私からのプレゼント」

「なに? 開けていい?」

「どうぞ。ディオールのネイルよ」

 アヤは昂奮して箱を開ける。三千円するピンクのエナメルだ。自分ではとても買えない。こんなにうれしいプレゼントはない。

 アヤの目が潤む。

 母の愛は疑いようがない。ちょっとあざといけれど。この人を裏切るなんて、決して許されない。自分もやさしい母のことが好きだ。心から感謝している。そして、だれよりも愛している。

 一方で、アヤはおのれの観察力を呪う。

 母のトートバッグに、もうひとつディオールの箱があるのに気づいた。たしか八千円くらいのアイシャドウだ。

 アヤは窓の外を見やる。殺風景な駐車場で待ちぼうけを食らう羽多野が、煙草を吸っている。トワはアイフォンをいじる。

 アヤは内心でつぶやく。

 衝動的に家を飛び出した私を慰めるため、お母さんはディオールのお店に立ち寄った。私の好みを知り尽くしてるから。

 でもお母さんは、そこでつい自分用のアイシャドウを買ってしまった。我慢できなかった。

 買い物中毒だから。

 この家にいたら、だれもが病んでしまうから。

 お母さんには恩がある。ありえないけど、もし老後に困窮することがあれば、絶対助ける。

 ただ、ひとつ言えることがある。

 あなたは私のロールモデルじゃない。

 私は私の道をゆく。

 アヤは、胸ポケットで震えるアイフォンを手にとる。カラオケにいったユウキからの、LINEの通知があった。




 羽多野はGLSを運転し、松濤の自宅前でアヤの母を降ろす。アヤはユウキに呼ばれたと言い、車内にのこる。用事がすんだら娘をすぐに帰すと母に約束して、羽多野は車を発進させる。

 ユウキからのLINEは「なんかデュナミスがやばいらしい。見てくる」というもの。109の裏の、道玄坂の入り組んだ細い路地に、GLSがとまる。ビルの一階はラーメン屋で、地下がライブハウス。格闘技ジムのデュナミスがある二階へは、建物左の外階段からあがれる。

 三十メートルむこうに、砂色に塗装された大きな車が二台駐まっている。どちらもナンバープレートはない。アメリカ軍などで使用される兵員輸送車のハンヴィーだ。

 もともと治安のよい区域ではないが、装甲をほどこされた軍用車輌は、いかにも物騒に目に映る。

 助手席のトワが、こわばった表情で羽多野に言う。

「羽多野さん、あれって」

「ああ。おそらくコーポレーションだ。先手を打ってくるとはたまげた。たいした情報収集力だ」

「はやく逃げないと」

「そうだな」

 アヤは胃が痙攣するのを感じる。後部座席から羽多野に話しかける。

「『コーポレーション』ってなに」

「CIAが保有する準軍事組織だ。SADとか、さまざまな名称があるが、いまはコーポレーションが通りがいい」

「え……敵はCIAなの」

「敵の一部だ」

「話ではテロリストを斃すって」

「嘘はついてない。もし日本の警察が準軍事要員を逮捕しても、アメリカ政府はかならず関与を否定する。そういう汚い作戦だ」

 二〇〇一年にはじまるアフガニスタン紛争で、現地に一番乗りしたのはCIAの準軍事組織だった。二〇一一年にパキスタンでビン・ラーディンを暗殺した作戦は、実行したのは海軍の特殊部隊だが、指揮したのはCIA長官だ。もし失敗しても、あとで頬かむりできる様にするため。アメリカは積極的に、軍事作戦の定義を更新しつづけている。

 善し悪しはともかく。

 アヤの脳裏で警報が鳴り響く。頭蓋骨が砕け散りそうだ。

 テロリストと聞いて思い浮かぶのは、浅黒い肌のアラブ人だ。アッラーフ・アクバルなどと叫んで犬死にする狂信者たち。あとはせいぜい、日本の年老いた左翼の過激派とか。

 たしかに私は迂闊だったかもしれない。

 でも私みたいな普通の女子高生が、アメリカ政府と殺し合いをさせられるなんて、いったいだれが想像するだろう。

 おだやかな口調で、羽多野が言う。

「まだアヤは契約してない。降りたければ降りろ」

「降りるとは言ってない」アヤが答える。「暗殺のターゲットはだれなの」

「ウォーレン・ワイズ。アメリカ合衆国大統領。京都中心部への核ミサイル攻撃を計画している」

「そんな!」

「京都での首脳会談のため、あす来日する」

「なんなの。自分がミサイルを落とす都市にノコノコやってくるとか。そもそもなぜ攻撃を」

「敵の計画のすべては把握してない。ただ会談のなかで、一種の宣戦布告をおこなうらしい」

「信じられない」

「情報そのものは確実だ。あるメッセンジャーから直接聞いた。世界的な有名人だ」

 誇らしげにトワが口を挟む。

「ちなみに、私の未来予知でも裏付けされてる」

 アヤはそれを無視し、羽多野に言う。

「だまされてないという保証がほしい」

「頭金の十五億では不足か」

「あなたは核兵器が怖くないの」

「怖い。だが対抗手段がある」

「なに」

「あとで教える」

「さっき言ってたメッセンジャーに会わせて」

「無理だ。連絡先を知らない。多分どこかでひょっこり現れるさ」

 羽多野は左腕のスピードマスターをみる。しかめ面をして続ける。

「アヤ。議論してる暇はない。嫌なら、ガラスの靴を置いて車から降りろ。俺は手持ちの駒で戦う」

 助手席のトワが、隣の羽多野の腿に手をおく。上目遣いで熱っぽい視線をおくる。そして見下す様に、後ろのアヤを横目でみる。




 ビルの外階段で騒ぎがおこる。

 ぞろぞろと約十人の集団がジムから出る。ほとんどが白人で、屈強な体格をしている。服装は統一されておらず、カジュアルなシャツの上にプレートキャリアを重ねる。全員アサルトライフルを手にするが、こちらもHK416やFN・SCARなど、まちまちの武装だ。

 コーポレーション。

 CIAに飼われた、血に飢えた猟犬ども。

 列の中ほどで、学院の制服を着たユウキが暴れている。コーポレーション隊員が、HKのストックで殴る。頭から出血したユウキがうなだれる。

 車内から見守るアヤの手のひらに、黒く塗られた爪が食いこむ。

 助けないと。

 あいつらが探してるのは私だ。ユウキは人違いで拉致されようとしている。もしくは、尋問して私の居場所をしらべる気か。

 つまり拷問。

 会長の下野寛を先頭に、ジムからインストラクターと練習生があらわれる。総勢七名。みな激昂し、口々になにごとか叫ぶ。招かれざる客が、彼らが可愛がっている少女を攫ったのだから当然だ。

 アヤは両手で窓ガラスを叩く。このあとに起こる惨事を想像できた。

 下野が右ストレートの一撃で、コーポレーション隊員を倒す。ほかの六人も下野につづく。狭い階段で、格闘家と準軍事要員の乱闘がはじまる。

 四十代なかばの黒人が、あわてず銃を構える。年恰好と雰囲気からいって指揮官らしい。装備は、銃身全体がサプレッサーで覆われたASヴァル。ロシアの消音アサルトライフルだ。

 黒人の指揮官が、路上から発砲する。

 無音だ。

 下野が階段を転落する。

 堰を切った様に、コーポレーションの八名が連射した。

 今度は耳をつんざく銃声が、道玄坂の路地裏で反響する。

 格闘家たちはみな即死か、致命傷を負う。コーポレーション隊員が弾倉を交換する。

 発砲しなかった二名は、ユウキをハンヴィーのそばに引きずってゆく。プラスチックの結束バンドで両手首を縛り、荷台へ放りこむ。

 アヤはドアハンドルに手をかける。

 トワが助手席から身を乗り出し、アヤの手をつかむ。目を丸くして尋ねる。

「助けに行く気じゃないでしょうね」

「あのコは私の友達だ」

「いまのを見たでしょう。連中は、世界でもっとも経験豊富な殺し屋なの」

「巻きこまれたのは私のせい。だから助ける」

「まだ舞踏術を口頭でレクチャーしただけよ。一度も練習してない。危険すぎる」

 顎に手を添えた羽多野が、険しい顔で隣のトワに尋ねる。

「舞踏術はなにを教えた」

「【ピケ・トゥール】と【ブリゼ】です」

「いいチョイスだ。いけるな」

「羽多野さん!」

「敵はこちらの奇襲を予期してない。いま攻撃すれば戦力をかなり削げる。尋問も避けたい」

 斜め後ろを向き、羽多野が続ける。

「アヤ。交戦を許可する」




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佐藤ショウジ/サイトウケンジ『神装魔法少女ハウリングムーン』

 

 

神装魔法少女ハウリングムーン

 

作画:佐藤ショウジ

原作:サイトウケンジ

掲載誌:『別冊ドラゴンエイジ』(KADOKAWA)2017年-

単行本:ドラゴンコミックスエイジ

[ためし読みはこちら

 

 

 

なまめかしい肢体、セクシーなコスチューム。

視覚的にサービス満点な、魔法少女ものの誕生だ。

 

 

 

 

魔法少女として活躍するのは、中学生の「カグヤ」と「ヒマワリ」。

主人公である黒髪ロングのカグヤは、ヒマワリと一緒に修学旅行中だったが、

バスが戦闘に巻きこまれたのをきっかけに、組織からスカウトされる。

 

 

 

 

別々の組織に参加したカグヤとヒマワリは、親友同士で戦うはめに。

感情むきだしの美少女たちが激突する、熱い展開は『なのは』的だが、

そこに艶っぽさをくわえ、伝統ある魔法少女カルチャーにおいて新味をだす。

 

 

 

 

ストーリーは駆け足ぎみ。

主人公の心の襞を感じつつ、じっくり味わうタイプの作品ではない。

学校や家庭での人間関係などはすっ飛ばされている。

カグヤのオカルト趣味などは言及されるが、あまりプロットで活きてない。

 

 

 

 

佐藤ショウジは『トリアージX』の連載をかかえる作家だ。

季刊誌『別冊ドラゴンエイジ』創刊にあわせ、

原作者の力を借り、作画に専念できる環境をもとめたのだろう。

 

 

 

 

なので作画が圧倒的。

絵全体の情報量、構図の大胆さ、描線の躍動感。

これぞマンガって感じで、読みごたえたっぷり。





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まつだひかり『まことディストーション』完結

 

 

まことディストーション

 

作者:まつだひかり

掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA)2017年-

単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ

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女子高生のバンド活動をえがく傑作が、2巻で完結。

キュートでラウドでパンキッシュな軌跡を、最後まで追いかけよう。

 

 

 

 

まことがエフェクターをえらぶ第13話。

ベースの音だって、もっともっと目立っていい。

むしろJKは自由奔放であるべき。

 

 

 

 

スタジオで深夜練習する18話。

なにを勘違いしたか、まことはパジャマで参戦。

 

音楽に関するマニアックな描写と、女子のかわいさを完璧に両立させる。

 

 

 

 

クライマックスはライブ……ではなく、YouTubeへの動画投稿。

レイナの自己中すぎる編集が笑える。

 

『けいおん!』連載開始から11年。

JKバンドあるあるネタもアップデートされてゆく。

 

 

 

 

本作の美点はなんと言っても、主人公のかわいさ。

凡庸な結論で恐縮だが、ガチでかわいいのだから仕方ない。

 

天王寺まこと、高校1年生。

唯とあずにゃんのいいとこ取りをした様な最強ヒロインを、

僕たちは、コメ欄炎上させてでも語り継がねばならない。





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『殲滅のシンデレラ』 第3章「シンデレラ」


全篇を読む(準備中)






 東急百貨店本店は、道玄坂をのぼりきった三叉路に面する。夜八時すぎだと、界隈の人通りは減る。黙りこくった男女が、円山町のラブホテル街につづく路地へ、闇に吸いこまれる様に消えてゆく。

 グレーのベストなどを着替えてないアヤが、アイフォンで通話している。

「そんなに心配しないで。お父さんは大袈裟に言ってるだけだから。ありがとう。おじいちゃんは私の一番の味方だとおもってるよ。そうだね。また会える日を楽しみにしてる。それじゃ」

 アヤは、山梨県の松本市にすむ祖父からの電話を切った。

 家出には軍資金が必要だ。

 水商売などでなく、まっとうな職に就くには、あたらしい住所を確保しないといけない。百万円くらいあれば安心だ。そして大金をポンと貸してくれる知人は、アヤを溺愛する祖父しか思いつかない。

 父は先回りし、もともと折り合いの悪い義父に対し、アヤの家出を手助けしないよう釘を刺した。訴訟をちらつかされては、祖父も勝手はできない。

 アヤは、ビルの隙間の夜空を見上げる。

 みとめるしかない。

 父の方が一枚上手だと。

 歪んだ支配欲に衝き動かされてるくせに、打つ手のひとつひとつが的確で速い。

 もはや逃げ道はどこにもない。




 絶望に胸を苛まれるアヤは、無意識にもとづく習慣的行動で、東急本店七階の書店に来た。木張りの床面のフロアは、閉店時間が近いこともあって客はまばらだ。

 海外ミステリや美術書などがアヤの好みだが、いまは小難しい本を読む気になれず、児童書コーナーへ立ち寄る。サラ・ギブの絵本『シンデレラ』を手にとる。

 一九五〇年のアニメはすばらしい。でも、継母やふたりの姉が戯画的に誇張され、ちょっとギャグっぽく感じられる。王子さまもなんかダサい。その点サラ・ギブの絵は、ひたすら繊細で華麗。シンデレラのか細い肢体はスーパーモデルさながら。現代の少女のお眼鏡にかなう作品に仕上がっている。

 五歳くらいの女の子が、書棚の端の方からアヤを指差す。母親に耳打ちする。高校生が絵本を読むのがおかしいと言ってるのかもしれない。

 お嬢さん、わかってないね。

 アヤはつぶやいた。

 おとぎ話を必要とするのは、むしろ大人なの。

 だって私たちの世界は、あなたの世界とちがって、魔法使いも白馬の王子さまも存在しないから。

 アヤはふたたび絵本に目を落とす。

 水色のドレスを着たシンデレラが、お城の階段を駆け下りる。ガラスの靴が脱げて転がる。シンデレラは長いスカートの裾を踏み、よろける。

 おかしい。

 アヤは目をしばたく。

 絵がアニメーションみたく動いている。

 階段を転げ落ちたシンデレラは、頭を打って気絶する。御者が馬車へ引きずり込む。城の衛兵たちが馬車に発砲する。

 シンデレラに、こんな場面はない。

 どうなってるんだ。

 私が年を食ってるあいだに、絵本のテクノロジーが飛躍的に進化したのか。




 アヤは頭を掻きむしりながら、トイレへ逃げこむ。個室はどれも使われてない。洗面台に半袖のセーラー服を着た女がいる。髪はあかるい色のボブで、フレームの太い眼鏡をかけている。

 茶髪ボブは、アイフォンを二台もつ。左で通話し、右でLINEをする。頭のよさをひけらかしてる感じで、ちょっと嫌味だ。

 アヤは洗面台に手をつき、鏡をみる。

 水色のドレスを着た、見覚えのある金髪の女が、こちらを見返している。

 鏡のなかの女は、右目のそばで横ピースする。アヤにむかい叫ぶ。

「じゃじゃーん! ワタシは全世界の悩める乙女のアイドル、シンデレラちゃんダ! デレちゃんって呼んでネ!」

 アヤは顔をしかめる。左に立つ茶髪ボブをみる。通話はやめ、いまはLINEだけしている。

「ノンノンノン」シンデレラが続ける。「デレちゃんの声は、キミにしか聞こえないヨ。安心してネ」

 アヤは咳払いし、小声で言う。

「あのさ」

「ナニ?」

「このクソみたいな状況を終わらせたい。悪夢だかなんだか知らないけど」

「わかる、わかるヨ! 窮屈な籠から逃げて、舞踏会に出たいよネ! 乙女の共通の夢!」

「そういうこと言ってんじゃなくて」

「そういうことだヨ。キミは突然あらわれたデレちゃんに困惑してるネ。でも、心のなかでデレちゃんを育てたのはキミなんダ」

「お願いだから、さっさと消えてくれる」

「ひとつだけ方法があるヨ」

 シンデレラは、鏡の外へ手をのばす。ヒールの高い一足の靴を洗面台におく。

 ガラスの靴だ。

 おもわずアヤは靴をつかむ。青みがかった素材は、軽くて柔らかい。履くことはできそう。

「その靴は」シンデレラが続ける。「契約書がわりだヨ。キミはそれを履いて『舞踏会』に出る。そこで夢をかなえるんダ」

「条件は?」

 出入口に、紫のスーツを着た男があらわれる。

 羽多野昇一だ。自分を窮地へ追いこんだ、殺しても飽き足らないほど憎い敵だ。しかし不意を打たれてアヤは硬直する。

 ここは女子トイレなのだ。

 アヤは奥を振り返る。茶髪ボブがにやりと笑う。こいつはグルだ。偵察していた。

 アヤの脳内で、きょう起きた出来事が線でつながる。因果関係が完成する。

 密告。

 夕食の林檎。

 幻覚。

 アヤがつぶやく。「盛ったな」

「おそるべき洞察力」羽多野が答える。「この混乱のなかで見抜いたか」

「なにを林檎に注入した」

「説明しよう」

 羽多野は掃除中の看板を出入口におく。口笛を吹いている。

「結論から言う」羽多野が続ける。「仕込んだ薬は、常習しないかぎり無害だ。市場に出回ってないが、豊富な実験データがある」

「なにを注入したのか聞いている」

「『オグンの霊薬』だ。たしかナイジェリアの神話から取った名前だとか」

「答えになってない」

「具体的な成分は俺も知らない。アヤはボコ・ハラムについて聞いたことがあるか」

「馴れ馴れしく呼び捨てするな」

「好きに呼ばせてもらおう。で、ボコ・ハラムについてだが」

「アフリカのテロ組織。イスラム原理主義の」

「さすがだ。何百人もの女子学生を拉致し、自爆テロを実行させたことで悪名高い」

「まさか」

「そのまさかさ。女子学生を洗脳するのにボコ・ハラムがつかったのが、オグンの霊薬だ」

 アヤの怒りは限度を超える。視界がぼやける。

 あきらかな傷害罪だ。いくら羽多野が民自党関係者でも、揉み消せないだろう。通報すべきだ。

 いや、司直の手は借りない。

 アヤは、こういうときのため格闘技を習っていた。パーマのかかった羽多野の髪をつかみ、洗面台に打ちつけてやろうと、一歩踏み出す。

 機先を制する様に、羽多野が言う。

「三十億円」

「あぁ?」

「これから言う任務に成功したら、それだけ払う。頭金として半額、今日付けでアヤの口座に入金する」

「…………」

「一生遊んで暮らせる額ではないが、十六歳の女にとっては十分だろう」

「意味がわからない。なにもかも」

「納得ゆくまで説明する」

「任務とやらを言え」

「暗殺だ」

 アヤは顔色を変えない。

「だれを。どうやって」

「テロリストが日本に潜伏している。約二十四時間後に京都が攻撃される。たしかな情報だ。俺たちはそれを阻止する」

「バカらしい。警察か自衛隊の仕事だ」

「日本でこの情報を得たのは、いまのところ約十名。俺以外の全員が頬かむりしている。君の父親はおそらく知らない。自衛隊のボスなのだがね」

 たしかに、自宅でだらしなく酔っていた父が、テロリストによる攻撃を把握してたはずない。まあ、元から計画など存在しないなら問題ないが。

「あんたの目的は」

「俺は愛国者だ。永田町や霞が関の魑魅魍魎とはちがう。この国を守るため体を張る。勿論、あとで報酬を請求するつもりだが」

 アヤの右手の親指と人差指がうごく。

 不確かな情報の洪水のなかで、有用なものと無用なものと判断保留すべきものを選別する。そして、知るべき情報を限定する。

「暗殺の手段について、まだ聞いてない」

 背後から、茶髪ボブが声をかける。

「ようやく私の出番ね」




 胸を反らせ、茶髪ボブが言う。

「遅ればせながら自己紹介するわ。私は雨宮トワコ。高校三年生。トワと呼ばれてる。よろしく」

 握手のため差し出した手を無視し、アヤが答える。

「その制服は姫百合学園。女子の御三家筆頭」

「おたがいにね。そっちは共学だけど。ところであなたはなにが見えたのかしら」

「見えたって?」

「鏡のなかに見たでしょう」

「……シンデレラ」

「あはははっ。やっぱり。抑圧的な家族からの逃避願望」

「笑われるのはすごく不愉快」

「あら失礼。あなたが見たのは『シャドウ』よ。悩める少女の心に巣食う悪魔。そして解放の天使」

「文学的修辞じゃなく、客観的事実を知りたい」

 はじめて見たときから、この女と反りが合わないのは承知していた。賢明さを鼻にかける人間は嫌いだ。自分もそうだから。

「じゃあ」トワが言う。「客観的な事実を言うわね。私たちはこれから、シャドウの力を借りてテロリストを殲滅する。戦い方は私がレクチャーする」

「どんな力があるわけ」

「私はテレパスなの」

「テレパス?」

「精神感応よ。まあ実演するのが一番ね。四桁の数字を思い浮かべて。あ、できるだけ複雑なのがいいわ。1234とかじゃなく」

 アヤはぼんやりかんがえる。

 9870。

 即座にトワがつぶやく。

「9870」

 アヤはまじまじとトワの顔をみる。得意げに鼻をふくらませている。

 答えがよくなかった。誘導された気配がある。直前に言われた1234に影響され、逆に降順にならぶ数字を思い浮かべてしまった。

 羽多野がため息をつき、トワに言う。

「あれをやれ」

「はあ」

「あれが手っ取り早い」

「しょうがないなあ。気がすすまないけど」

 トワはアヤと目を合わせる。薄笑いを浮かべている。人差指をくるりと回す。

 アヤは右手で自分の喉をつかむ。全力で絞める。気道と頸動脈を圧迫する。

 無論、意図せざる行動だ。

 窒息が二十秒つづく。

 アヤは喘いでいる。よろけて洗面台に左手をつく。

「もう……やめて……わかったから……」

 トワは精神操作を解く。咳きこむアヤの背中をさすりながら言う。

「疑問の余地はなくなったかしら」

「は……はい」

 トワは、置きっぱなしだったガラスの靴をとり、アヤに手渡す。さっき握手を拒否したアヤだが、今度は受けいれる。

 トワがほほ笑んで言う。

「ようこそ。私たちソリストの世界へ」

「まだ契約するとは決めてません」

「あなたは契約する。私にはわかる」

「トワさん」

「トワでいいわ」

「トワさんのシャドウをおしえてください」

「ティンカーベルよ」

「え。『ピーター・パン』のあの妖精?」

「そうよ。なんで笑ってるの」

 高慢ちきで嫉妬ぶかく、ウェンディに意地悪をする、うつくしい妖精。

 ぴったりすぎて笑える。

 羽多野を先頭に、三人は女子トイレを出る。

 アヤは鏡を一瞥する。

 はちきれんばかりの笑顔で、シンデレラが両手を振っている。アヤを励ますつもりらしい。

 でもその碧眼は、悲しげだった。




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澄ノイ『地味姉とジェンダーレス』

 

 

地味姉とジェンダーレス

 

作者:澄ノイ

発行:KADOKAWA 2018年

レーベル:ビーズログコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

普通の女子中学生が、女装癖のある双子の弟にふりまわされる物語。

この明るい髪色の「少年」が、当該のトラブルメーカーだ。

 

 

 

 

黒髪の主人公「シオ」は、弟の「リオ」が目立ちすぎるせいで、

自分まで変な目でみられるのに悩んでいる。

予備の制服をパクり、学校でも女装をはじめるに至り、ついにキレる。

 

 

 

 

リオの飄々とした人柄が、本作の魅力。

クラスではいつも女子に囲まれている。

インスタグラムを介したコミュニケーションなど、よく描けている。

さらにリオは、読者モデルとして人気者になってゆく。

 

 

 

 

体育祭では応援団として活躍。

チアガール姿もみたかったが、これはこれでいいものだ。

 

 

 

 

本作は題名に、すこし固い「ジェンダーレス」という単語を採用。

作者はLGBTムーブメントへの共感を隠そうとしない。

ちょっと前に流行った「男の娘」カルチャーの、

露骨に煽情的な作風と一線を画している。

 

かわいいけれど、それだけじゃなく、けっこうまじめ。





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苑田 謙

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