『ダンジョンシスター』 第4章「雌伏」


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 三鷹での騒動から三日後。

 水曜の午前七時。

 ヒロは千葉県千葉市にある自宅で朝食をとる。四人家族だが、妹は囚われの身で、父は早朝に出かけた。いまは母とふたりだ。

 マーマレードをぬった食パンを頬ばりながら、ヒロは台所にたつ母に目をやる。ナノのことを気に病んでるはずだが、普段とさほど変わりなく見える。

 テレビで流れるNHKのニュース番組に、見知った顔が映る。スーツをきた父が、生放送中のスタジオでキャスターと話している。日本政府は探索者任せにするのではなく、みづから警察や自衛隊をうごかしてナノを救出してほしいと訴える。

 父はしばらく会社を休み、役所やマスコミなどを回って、ナノを救おうと奮闘している。

 食器を洗う手をとめた母が、テーブルのそばに立つ。エプロンで両手を拭く。じっとテレビ画面をみつめる。ニュースは別の話題にうつった。

 母がヒロに尋ねる。

「パンのおかわりは?」

「いらない」

 テレビでドラマがはじまる。猿神が主人公の男女を演じている。着飾った猿同士が、朝からキスシーンを熱演する。見様によっては滑稽な文化だが、五年もつづくとありふれた光景となった。

 ヒロはテレビを消す。台所へもどった母に言う。

「俺もお父さんを手伝うよ」

「あなたは学校に行きなさい」

「輿論はそう簡単にうごかせない。そもそもNHKの会長が猿神なんだ」

「知った風なことを言わないで」

「お母さんも一緒に行こう。家族全員で訴えた方が効果がある」

「そうゆうのはお父さんに任せてるの」

「じゃあちょっとお金くれない? 俺に考えがあるんだ」

「はやく学校の支度をしなさい」

「ナノが心配じゃないのかよ」

 ガシャン!

 皿の割れる音が響いた。

「心配に決まってるでしょう! この三日間、私は一睡もできないのよ!」

「…………」

「あなたを見張るために、私は家にのこったの。お父さんとの約束よ」

「ごめん」

「お願いだから、余計なことはしないで」

 やつれて土気色になった顔で、母はヒロを睨む。ジャバウォックより恐ろしい形相だった。




 ヒロは詰め襟の学生服を着て、市内にある県立高校へ電車で登校した。昼休みの2‐Hの教室で、三名の女子生徒がヒロの机をかこむ。

 長髪の女生徒が言う。

「テレビみたよ。妹さん、大変だね」

「そうだね」ヒロが答える。「心配してくれてありがとう」

「私たちに出来ることがあれば何でも言って」

「わかった」

 女生徒たちは自分の席にもどり、昨日買ったコスメの話をはじめる。

 ヒロはため息をつく。やさしい言葉をかけてもらい、感謝してるのは本当だ。ただ、なにも解決に寄与しないとゆうだけ。パンのおかわりが必要かどうか、母が聞いてきたのと同じ。彼女らは非日常に引きずられないよう、日常を繋ぎとめたいのだ。

 ヒロは、父のお下がりのスマートフォンを鞄から出す。SIMカードが入ってないので、モバイル回線を使用できない。自作のゲームをテストプレイするための端末だ。ヒロは右手でスマホを操作しながら、左手でカロリーメイトとウィダーインゼリーを食べる。休み時間の効率的な活用法だ。

 制作中の『ダンジョンシスター2』を起動する。ナノが描いたイラストが表示される。剣と弓矢をかまえる若い男女の絵だ。3Dグラフィックで描画されるダンジョンに潜り、戦闘をくりかえす。

 前作は、ゲームデザインが不親切と批判されがちだった。いまどきオートマッピング機能を搭載しないなんておかしいとか。

 ヒロに言わせれば、オートマッピングなど論外だった。できれば方眼紙にマップを手書きして遊んでほしい。

 ゲーム好きの父が、ファミコンやスーパーファミコンのソフトを大量に所有しており、その影響でヒロはレトロゲーに夢中の変わった子供になった。特に好きなのは『ウィザードリィ』と『ダンジョンマスター』だ。

 ナノのイラストをみていると胸が締めつけられる。ヒロはスマホを切る。気分を変えようと席を立ち、学食へむかう。




 学食は混み合っており、ヒロは行列にならぶ。券売機でかき揚げうどんを購入し、トレイに乗せてテーブルへはこぶ。黒人の外国語指導助手であるテリーザが、ひとりでうどんを食べている。白のブラウスを着てるので、胸元のタトゥーはみえない。

 むかいの席に座り、ヒロが言う。

「テリー先生。御無事だったんですね」

「ヒロ! 妹さんの話は聞いたよ」

「先生が探索者なのをすっかり忘れてました。もっとはやく相談すればよかった」

「ジャバウォックの巣に潜ってほしいのかい? そりゃ、あたいも考えたさ」

「吹上にあるサナトリウムにいるそうです」

「申しわけないけど、ドラゴンは相手が悪いよ」

「だれか紹介してくれませんか」

 テリーザはしかめ面をし、大袈裟に両手をあげる。

「ドラゴンに挑戦できるのは、最強クラスと認められたパーティだけだ。あたいはまだ新米だから、とてもとても」

「複数のパーティがサナトリウムを攻略中と聞きました」

「モスクワで白龍を斃した『ルクス』ってやつが、東京に来てるらしいね。仲間がジャバウォックに攫われたんだって」

「お知り合いですか」

「いや。探索者はライバル同士でもあるから、あんまり交流はないんだ」

 ヒロはテリーザの手許に目をやる。どんぶりの中身は素うどんだ。値段は百円。

「ところで先生。僕のかき揚げ食べます? 教室でも食べてきたから、お腹いっぱいで」

「マジか! ありがとう!」

「素うどんじゃ足りないでしょう」

「しょうがないだろ。こないだの作戦が失敗して、大赤字だったんだ」

「僕、ここの回数券もってますよ」

 テリーザのアーモンド型の瞳が輝く。

 口の端をあげて、テリーザが言う。

「あたいと交渉しようってのか。意外とやるねえ」

「いえいえ。僕はいつも教室で食べるので」

「何円分あるんだい」

「五千円です。カツカレー十食分ですね」

 テリーザが唾を飲みこむ。

「交換条件は?」

「反物質剣を手に入れたいんです。それをもって僕自身がダンジョンに挑みます」




 ヒロは午後の授業を早退し、テリーザと一緒に秋葉原へやってきた。駅に隣接した高層ビル、秋葉原UDXの十階が目的地だ。ちなみにUDXは二年前、中国企業のシア・エレクトロニクスに買収された。

 十階はフロア全体が、シア・エレクトロニクス日本支社のオフィスとなっている。受付にいるのは、グレーのスーツをきた三十歳くらいの男だ。背が高く、胸板が厚い。学生服の男子と黒人の女とゆう珍しいペアを、用心深くながめる。

 日本人らしきアクセントで、男が言う。

「御用をうけたまわります」

 ヒロが答える。「反物質剣を買いにきました」

「アポイントメントはおありですか」

「ありません」

「御足労いただいたのに恐縮ですが、こちらはオフィスでして、一般のお客さま専用の窓口が別にございます。パンフレットをさしあげますね」

「パンフレットに書かれてる程度の情報はしらべました。担当部署に取り次いでください」

 男はヒロの隣のテリーザに目をやる。テリーザはとぼけた表情で、斜め上に視線をそらす。

 ふふん。男はかすかに鼻を鳴らす。こうゆう厄介な訪問者を捌くため、自分は雇われている。給料分の働きをせねば。

「お客さま。反物質剣はヴォイド物理学にもとづいて作動するテクノロジーでして、個人で所有できるものではございません。たとえるなら……」

「原子力空母なみの維持費がかかる。ウィキペデイアに書いてますね」

「御存じなら、なぜ」

 ヒロはスマートフォンのメールアプリを起動し、男の方にむけてデスクに置く。先週届いたメールを開いてある。男は視力が悪いのか、目を細めてそれを読む。

「差出人は弊社のゲーム事業部ですか」

「僕が開発したアプリを買い取りたいとの申し出がありました。そのときは断ったんですが」

「ええ」

「権利を無償で譲渡します。悪くない条件だとおもいますよ。一応八十万ダウンロードですから」

「しょ、少々お待ちください」




 おどろいたことに、ヒロとテリーザは社長室へ通される。黒塗りのデスクの背後は大きな窓で、電気街を一望できる。MITと記された赤い三角旗が壁に飾られている。社長の出身校だろうか。

 社長のシア・クーロンが、最初にテリーザ、つぎにヒロとゆう順で握手する。おだやかな笑顔で愛想がいい。ヒロたちにソファに座るよう勧め、自分も腰をおろす。

 シア・クーロンは、中国を代表するオルガリヒの御曹司だ。弱冠二十三歳で支社長をつとめる。痩身で、長い髪が背中にかかる。物腰は洗練されている。珍妙な比喩かもしれないが、ナノが好きな乙女ゲーに出てくるキャラクターみたいな風貌だ。

 長い脚を組み、クーロンが言う。

「おふたりをお迎えできて嬉しく思います」

「ありがとうございます」ヒロが答える。「突然の訪問だったのに」

「あたらしい友人にめぐりあう以上の喜びはありません。きょうは資源エネルギー庁に呼ばれてたんですが、キャンセルしましたよ」

 クーロンの口調は柔和だが、ヒロは圧力を感じる。社会的地位が隔絶しているから。

「おふたりは」クーロンが続ける。「千葉にお住まいだそうですね」

「はい」

「成田空港がある県ですよね。あとディズニーランド」

「そうですね」

「私は日本に来たばかりで、周辺地理にくわしくなくて。千葉はいいところですか」

「どうだろう。なにもない気がします」

「やはり東京が便利なのかな」

 なごやかな会話を交わしながら、ヒロはクーロンの表情をうかがう。大企業の経営者が、好きこのんで男子高校生との世間話に時間を割くはずない。クーロンはこちらを値踏みしている。

 クーロンが続ける。「高校生活は楽しいですか」

「勉強より部活の方が充実してます。パソコン部でゲームをつくってます」

「ああ。アプリの権利を無償で譲渡してくださると言う話でしたね」

「はい」

「若いあなたが情熱を注いだ作品を、タダでもらうのは気がすすみません」

「あくまで交換です」

「なるほど。でも交換と言うなら、釣り合いが取れてないと」

「たとえば反物質剣を一日だけレンタルとか」

 クーロンが乾いた笑い声をあげる。

「反物質剣は、世界の軍事バランスを破るほどの兵器なんですよ。二〇一四年のウクライナ内戦を知ってますか」

「あまりくわしくは」

「ヴォイドテクノロジーが軍事衝突に投入された、唯一の例です。いま日本にいるルクスとゆう剣士が、たったひとりでクリミア半島を制圧しました」

「『クリミアの英雄』」

「そうです。翌年のサラエボ条約で、人間に対する使用は禁止されましたけどね。つまり、それくらい危険なものなんです」

 クーロンは手を裏返し、両腕をのばす。会話に飽きはじめている。

「わかりました」ヒロが言う。「一介の高校生が手を出すべき代物ではなさそうですね」

「おっしゃるとおりです」

「ではうかがいますが、なぜシア社長は……」

「クーロンと呼んでください。私もヒロと呼んでいいですか」

「はい。なぜそれほど危険なドラゴン征伐に、クーロンさんは参加したのですか」

 クーロンは肩をすくめる。ヒロの意外な指摘に身構えた様にもみえる。

「唐突な質問ですね」

「ネットでみました。モスクワで白龍を退治したパーティにクーロンさんがいたと」

「そんな情報は出回ってないはずですが」

「『5ちゃんねる』の書き込みです」

「そのサイトは知ってます。失礼だが、日本人はデマに影響されやすいと言われる。弊社も対策をしています。あれはいかがわしいサイトでしょう」

「矛盾する情報を突き合わせると、対象を立体的に理解できます。たとえば僕はゲームを買うとき、高評価と低評価の両方のレビューを参考にします」

「私を立体的に理解できたんですか」

「なにひとつ不自由のない身分だからこそ、あえて危ない橋を渡りたがる御曹司」

「はははっ。おもしろい!」

 クーロンは手をたたき、のけぞって笑う。

 テリーザにむかい、クーロンが尋ねる。

「どうですか先生。ヒロは学校でとても優秀なんじゃないですか」

 テリーザが答える。「居眠りさえしなければ、いい生徒だね」

 クーロンはソファから立ち上がる。壁のテンキーパッドに暗証番号をうちこみ、クローゼットを開ける。中にあるテーブルを引き出す。

 テーブルの上に、ヨーロッパの田園風景を模したジオラマがつくられている。山間を縫って敷かれた線路に、蒸気機関車の模型が置かれる。感心したテリーザが口笛をふく。

 誇らしげな表情でクーロンが言う。

「これは秘密ですよ。社長室にジオラマがあることは、秘書ですら知らないんです」

「Nゲージですか」

「ええ。秋葉原は鉄道模型店がたくさんあってすばらしい。私は日本で言う『オタク』かな」

 クーロンはコントローラを操作し、機関車をゆっくりと走らせる。

 機関車を目で追いつつ、ヒロがつぶやく。

「いいですよね、箱庭って。僕がつくるダンジョンRPGも一種の箱庭ですから」

「箱庭を精密につくりこむと、まるで自分が神になった様な気分になりませんか」

「わかります」

「みてるだけで仕事のストレスが吹き飛びます」

「雰囲気あるなあ」

「SLはスピードとパワーの象徴です。蒸気機関が世界を決定的に変えたんです」

「ヴォイドテクノロジーはそれに匹敵する進歩だと、クーロンさんは考えるんですね」

 クーロンはコントローラのダイヤルを回し、最大出力にする。

「やはりあなたは優秀だ。でも蒸気機関とヴォイドテクノロジーは、異なる点がひとつあります」

「ふむ」

「蒸気機関は共有されたテクノロジーです。発展させたのはイギリスですが、軍事利用したのはプロイセンでした」

「大モルトケですね。参謀総長をつとめた」

「ロシアは逆に、ヴォイドテクノロジーを独占しようとした。機密を盗み出そうとするアメリカとの間に、夥しい血が流れたと言います。いや、いまも流れつづけている」

 機関車が脱線し、鉄橋から谷底へ転落する。クーロンは無表情でそれを拾う。

 腕組みしてヒロが言う。

「今度こそ立体的にクーロンさんを理解できた気がします。あなたの動機は愛国心だ」

「それだけではないですが」

「中国は列強に追いつくため、ロシア人がリーダーのパーティにあなたを派遣している。でも探索が成功すればするほど、ロシアが強くなる」

「反物質の九割をロシアが独占してるんです」

「僕がそれを妨碍できるかもしれない」

 機関車がふたたび走り出す。

 クーロンは腰に手をあて、息を吐く。うつむき加減につぶやく。

「いまから私はひとりごとを言います。でも、それをあなたがメモしても特に気にしません」

 ヒロは鞄からロディアのブロックメモと、ジェットストリームのボールペンをとりだす。決して学校の授業では発揮しない真剣さで、クーロンが口にする内容を逐一書き留める。




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