saku『うちの変態メイドに襲われてる』
うちの変態メイドに襲われてる
作者:saku
掲載サイト:『コミックニュータイプ』(KADOKAWA)2017年-
単行本:角川コミックス・エース
[ためし読みはこちら]
ひとり暮らしをしている大学生で18歳の「遥斗」が、
変態メイドの「美亜」に翻弄される、ちょっとエッチなラブコメ。
美亜の造形が魅力的だ。
メイド服にしては胸元が大きく開いており、ちょっと夜のお仕事風。
じっさい遥斗の父に、バーみたいなお店でスカウトされた。
美亜は意識的または無意識的に、遥斗を誘惑する。
しかし遥斗は食いつかない。
アプローチが強引すぎるし、相手が4歳年上なのも微妙なところ。
美亜は心理的に遥斗を追いこんでゆく。
しゃれたデザインでインテリアになじむTENGAが、特にお気にいり。
そんなこんなで遥斗は洗脳される。
ゴムと聞けばエロいものを連想するくらいに。
本作はあからさまに性的な描写はなく、
ちょっと歪な「メイドと御主人」の関係性を中心にえがく。
ありえねーと内心でツッコミつつも、やはりうらやましくて、ひきこまれる。
- 関連記事
米田和佐『だんちがい』6巻
だんちがい
作者:米田和佐
掲載誌:『まんが4コマぱれっと』(一迅社)2011年-
単行本:4コマKINGSぱれっとコミックス
先週末に漫画の新刊をチェックしていたら、
米田和佐の新連載『悪役王子は恋ができない』が26日にでると知った。
そして、昨年9月の『だんちがい』6巻を見逃していたことも。
いろんな作品を追ってると、どうしても漏れてしまうのがつらい。
ツイッターで作家をフォローとかもしてないし。
いわゆる日常系に分類される作品だが、7年におよぶ長期連載なので、
たとえ年齢は変わらなくても、登場人物はすこしづつ成長している。
インドア派の四女・咲月は、昆虫採集で大活躍。
本作のシンボルは、おっぱいとゆう飛び道具をもつ長女・夢月だろう。
一方で僕のお気にいりは、次女・弥生と咲月。
でも最重要キャラはだれかと問われたら、三女・羽月と答えるかも。
感情表現がヘタな姉ふたりとちがい、いつだってポジティブ。
6巻では夢月にかわって母親役に挑戦。
萌え4コマのジャンル内で相対的にみると、米田和佐は内面描写が巧いとおもう。
きょうだいは、わがままを言いつつ、おたがいを気にかけている。
ああでもない、こうでもないと、かんがえている。
結果として、いつもの風景になってるだけ。
たしかに「穏やかな日常」を描いてはいるけれど、
「女4男1のきょうだいの団地暮らし」とゆうテーマは新しかったし、
連載中にめきめき上達してゆく作者の画力も見ものだった。
どこがどうすごいのかをズバッと指摘するのはむつかしいが、
いまでもなお『だんちがい』は意義深い作品だとおもう。
- 関連記事
渡邉嘘海『エデンの処女』2巻
エデンの処女
作者:渡邉嘘海
掲載サイト:『COMICリュエル』(実業之日本社)
単行本:リュエルコミックス
生物兵器によって男が死滅したディストピア(あるいはユートピア)の、
鬱蒼と草花しげる庭園を舞台とするゴシック百合は、第2巻が刊行された。
作者が「本当に出るとは驚き」と語るくらいで、よろこばしい。
かませ役である葵の、空回りするはげしい恋愛感情が、2巻でも印象ぶかい。
百合が特別でない世界でも、その恋は容易に叶わない。
葵の幼少期のエピソード。
彼女が完璧主義者となった経緯があかされる。
葵の失恋をえがくのに力をいれすぎるあまり、
主人公側のプロットがおろそかになったのは否めない。
しかし小羽と葵が感情をぶつけあう、うつくしいシーンもある。
ラファエル前派やアール・ヌーヴォーみたく、シンボリックで耽美的な世界。
そこにこれほど浸らせてくれる作品はそうないだろう。
- 関連記事
『ダンジョンシスター』 第4章「雌伏」
三鷹での騒動から三日後。
水曜の午前七時。
ヒロは千葉県千葉市にある自宅で朝食をとる。四人家族だが、妹は囚われの身で、父は早朝に出かけた。いまは母とふたりだ。
マーマレードをぬった食パンを頬ばりながら、ヒロは台所にたつ母に目をやる。ナノのことを気に病んでるはずだが、普段とさほど変わりなく見える。
テレビで流れるNHKのニュース番組に、見知った顔が映る。スーツをきた父が、生放送中のスタジオでキャスターと話している。日本政府は探索者任せにするのではなく、みづから警察や自衛隊をうごかしてナノを救出してほしいと訴える。
父はしばらく会社を休み、役所やマスコミなどを回って、ナノを救おうと奮闘している。
食器を洗う手をとめた母が、テーブルのそばに立つ。エプロンで両手を拭く。じっとテレビ画面をみつめる。ニュースは別の話題にうつった。
母がヒロに尋ねる。
「パンのおかわりは?」
「いらない」
テレビでドラマがはじまる。猿神が主人公の男女を演じている。着飾った猿同士が、朝からキスシーンを熱演する。見様によっては滑稽な文化だが、五年もつづくとありふれた光景となった。
ヒロはテレビを消す。台所へもどった母に言う。
「俺もお父さんを手伝うよ」
「あなたは学校に行きなさい」
「輿論はそう簡単にうごかせない。そもそもNHKの会長が猿神なんだ」
「知った風なことを言わないで」
「お母さんも一緒に行こう。家族全員で訴えた方が効果がある」
「そうゆうのはお父さんに任せてるの」
「じゃあちょっとお金くれない? 俺に考えがあるんだ」
「はやく学校の支度をしなさい」
「ナノが心配じゃないのかよ」
ガシャン!
皿の割れる音が響いた。
「心配に決まってるでしょう! この三日間、私は一睡もできないのよ!」
「…………」
「あなたを見張るために、私は家にのこったの。お父さんとの約束よ」
「ごめん」
「お願いだから、余計なことはしないで」
やつれて土気色になった顔で、母はヒロを睨む。ジャバウォックより恐ろしい形相だった。
ヒロは詰め襟の学生服を着て、市内にある県立高校へ電車で登校した。昼休みの2‐Hの教室で、三名の女子生徒がヒロの机をかこむ。
長髪の女生徒が言う。
「テレビみたよ。妹さん、大変だね」
「そうだね」ヒロが答える。「心配してくれてありがとう」
「私たちに出来ることがあれば何でも言って」
「わかった」
女生徒たちは自分の席にもどり、昨日買ったコスメの話をはじめる。
ヒロはため息をつく。やさしい言葉をかけてもらい、感謝してるのは本当だ。ただ、なにも解決に寄与しないとゆうだけ。パンのおかわりが必要かどうか、母が聞いてきたのと同じ。彼女らは非日常に引きずられないよう、日常を繋ぎとめたいのだ。
ヒロは、父のお下がりのスマートフォンを鞄から出す。SIMカードが入ってないので、モバイル回線を使用できない。自作のゲームをテストプレイするための端末だ。ヒロは右手でスマホを操作しながら、左手でカロリーメイトとウィダーインゼリーを食べる。休み時間の効率的な活用法だ。
制作中の『ダンジョンシスター2』を起動する。ナノが描いたイラストが表示される。剣と弓矢をかまえる若い男女の絵だ。3Dグラフィックで描画されるダンジョンに潜り、戦闘をくりかえす。
前作は、ゲームデザインが不親切と批判されがちだった。いまどきオートマッピング機能を搭載しないなんておかしいとか。
ヒロに言わせれば、オートマッピングなど論外だった。できれば方眼紙にマップを手書きして遊んでほしい。
ゲーム好きの父が、ファミコンやスーパーファミコンのソフトを大量に所有しており、その影響でヒロはレトロゲーに夢中の変わった子供になった。特に好きなのは『ウィザードリィ』と『ダンジョンマスター』だ。
ナノのイラストをみていると胸が締めつけられる。ヒロはスマホを切る。気分を変えようと席を立ち、学食へむかう。
学食は混み合っており、ヒロは行列にならぶ。券売機でかき揚げうどんを購入し、トレイに乗せてテーブルへはこぶ。黒人の外国語指導助手であるテリーザが、ひとりでうどんを食べている。白のブラウスを着てるので、胸元のタトゥーはみえない。
むかいの席に座り、ヒロが言う。
「テリー先生。御無事だったんですね」
「ヒロ! 妹さんの話は聞いたよ」
「先生が探索者なのをすっかり忘れてました。もっとはやく相談すればよかった」
「ジャバウォックの巣に潜ってほしいのかい? そりゃ、あたいも考えたさ」
「吹上にあるサナトリウムにいるそうです」
「申しわけないけど、ドラゴンは相手が悪いよ」
「だれか紹介してくれませんか」
テリーザはしかめ面をし、大袈裟に両手をあげる。
「ドラゴンに挑戦できるのは、最強クラスと認められたパーティだけだ。あたいはまだ新米だから、とてもとても」
「複数のパーティがサナトリウムを攻略中と聞きました」
「モスクワで白龍を斃した『ルクス』ってやつが、東京に来てるらしいね。仲間がジャバウォックに攫われたんだって」
「お知り合いですか」
「いや。探索者はライバル同士でもあるから、あんまり交流はないんだ」
ヒロはテリーザの手許に目をやる。どんぶりの中身は素うどんだ。値段は百円。
「ところで先生。僕のかき揚げ食べます? 教室でも食べてきたから、お腹いっぱいで」
「マジか! ありがとう!」
「素うどんじゃ足りないでしょう」
「しょうがないだろ。こないだの作戦が失敗して、大赤字だったんだ」
「僕、ここの回数券もってますよ」
テリーザのアーモンド型の瞳が輝く。
口の端をあげて、テリーザが言う。
「あたいと交渉しようってのか。意外とやるねえ」
「いえいえ。僕はいつも教室で食べるので」
「何円分あるんだい」
「五千円です。カツカレー十食分ですね」
テリーザが唾を飲みこむ。
「交換条件は?」
「反物質剣を手に入れたいんです。それをもって僕自身がダンジョンに挑みます」
ヒロは午後の授業を早退し、テリーザと一緒に秋葉原へやってきた。駅に隣接した高層ビル、秋葉原UDXの十階が目的地だ。ちなみにUDXは二年前、中国企業のシア・エレクトロニクスに買収された。
十階はフロア全体が、シア・エレクトロニクス日本支社のオフィスとなっている。受付にいるのは、グレーのスーツをきた三十歳くらいの男だ。背が高く、胸板が厚い。学生服の男子と黒人の女とゆう珍しいペアを、用心深くながめる。
日本人らしきアクセントで、男が言う。
「御用をうけたまわります」
ヒロが答える。「反物質剣を買いにきました」
「アポイントメントはおありですか」
「ありません」
「御足労いただいたのに恐縮ですが、こちらはオフィスでして、一般のお客さま専用の窓口が別にございます。パンフレットをさしあげますね」
「パンフレットに書かれてる程度の情報はしらべました。担当部署に取り次いでください」
男はヒロの隣のテリーザに目をやる。テリーザはとぼけた表情で、斜め上に視線をそらす。
ふふん。男はかすかに鼻を鳴らす。こうゆう厄介な訪問者を捌くため、自分は雇われている。給料分の働きをせねば。
「お客さま。反物質剣はヴォイド物理学にもとづいて作動するテクノロジーでして、個人で所有できるものではございません。たとえるなら……」
「原子力空母なみの維持費がかかる。ウィキペデイアに書いてますね」
「御存じなら、なぜ」
ヒロはスマートフォンのメールアプリを起動し、男の方にむけてデスクに置く。先週届いたメールを開いてある。男は視力が悪いのか、目を細めてそれを読む。
「差出人は弊社のゲーム事業部ですか」
「僕が開発したアプリを買い取りたいとの申し出がありました。そのときは断ったんですが」
「ええ」
「権利を無償で譲渡します。悪くない条件だとおもいますよ。一応八十万ダウンロードですから」
「しょ、少々お待ちください」
おどろいたことに、ヒロとテリーザは社長室へ通される。黒塗りのデスクの背後は大きな窓で、電気街を一望できる。MITと記された赤い三角旗が壁に飾られている。社長の出身校だろうか。
社長のシア・クーロンが、最初にテリーザ、つぎにヒロとゆう順で握手する。おだやかな笑顔で愛想がいい。ヒロたちにソファに座るよう勧め、自分も腰をおろす。
シア・クーロンは、中国を代表するオルガリヒの御曹司だ。弱冠二十三歳で支社長をつとめる。痩身で、長い髪が背中にかかる。物腰は洗練されている。珍妙な比喩かもしれないが、ナノが好きな乙女ゲーに出てくるキャラクターみたいな風貌だ。
長い脚を組み、クーロンが言う。
「おふたりをお迎えできて嬉しく思います」
「ありがとうございます」ヒロが答える。「突然の訪問だったのに」
「あたらしい友人にめぐりあう以上の喜びはありません。きょうは資源エネルギー庁に呼ばれてたんですが、キャンセルしましたよ」
クーロンの口調は柔和だが、ヒロは圧力を感じる。社会的地位が隔絶しているから。
「おふたりは」クーロンが続ける。「千葉にお住まいだそうですね」
「はい」
「成田空港がある県ですよね。あとディズニーランド」
「そうですね」
「私は日本に来たばかりで、周辺地理にくわしくなくて。千葉はいいところですか」
「どうだろう。なにもない気がします」
「やはり東京が便利なのかな」
なごやかな会話を交わしながら、ヒロはクーロンの表情をうかがう。大企業の経営者が、好きこのんで男子高校生との世間話に時間を割くはずない。クーロンはこちらを値踏みしている。
クーロンが続ける。「高校生活は楽しいですか」
「勉強より部活の方が充実してます。パソコン部でゲームをつくってます」
「ああ。アプリの権利を無償で譲渡してくださると言う話でしたね」
「はい」
「若いあなたが情熱を注いだ作品を、タダでもらうのは気がすすみません」
「あくまで交換です」
「なるほど。でも交換と言うなら、釣り合いが取れてないと」
「たとえば反物質剣を一日だけレンタルとか」
クーロンが乾いた笑い声をあげる。
「反物質剣は、世界の軍事バランスを破るほどの兵器なんですよ。二〇一四年のウクライナ内戦を知ってますか」
「あまりくわしくは」
「ヴォイドテクノロジーが軍事衝突に投入された、唯一の例です。いま日本にいるルクスとゆう剣士が、たったひとりでクリミア半島を制圧しました」
「『クリミアの英雄』」
「そうです。翌年のサラエボ条約で、人間に対する使用は禁止されましたけどね。つまり、それくらい危険なものなんです」
クーロンは手を裏返し、両腕をのばす。会話に飽きはじめている。
「わかりました」ヒロが言う。「一介の高校生が手を出すべき代物ではなさそうですね」
「おっしゃるとおりです」
「ではうかがいますが、なぜシア社長は……」
「クーロンと呼んでください。私もヒロと呼んでいいですか」
「はい。なぜそれほど危険なドラゴン征伐に、クーロンさんは参加したのですか」
クーロンは肩をすくめる。ヒロの意外な指摘に身構えた様にもみえる。
「唐突な質問ですね」
「ネットでみました。モスクワで白龍を退治したパーティにクーロンさんがいたと」
「そんな情報は出回ってないはずですが」
「『5ちゃんねる』の書き込みです」
「そのサイトは知ってます。失礼だが、日本人はデマに影響されやすいと言われる。弊社も対策をしています。あれはいかがわしいサイトでしょう」
「矛盾する情報を突き合わせると、対象を立体的に理解できます。たとえば僕はゲームを買うとき、高評価と低評価の両方のレビューを参考にします」
「私を立体的に理解できたんですか」
「なにひとつ不自由のない身分だからこそ、あえて危ない橋を渡りたがる御曹司」
「はははっ。おもしろい!」
クーロンは手をたたき、のけぞって笑う。
テリーザにむかい、クーロンが尋ねる。
「どうですか先生。ヒロは学校でとても優秀なんじゃないですか」
テリーザが答える。「居眠りさえしなければ、いい生徒だね」
クーロンはソファから立ち上がる。壁のテンキーパッドに暗証番号をうちこみ、クローゼットを開ける。中にあるテーブルを引き出す。
テーブルの上に、ヨーロッパの田園風景を模したジオラマがつくられている。山間を縫って敷かれた線路に、蒸気機関車の模型が置かれる。感心したテリーザが口笛をふく。
誇らしげな表情でクーロンが言う。
「これは秘密ですよ。社長室にジオラマがあることは、秘書ですら知らないんです」
「Nゲージですか」
「ええ。秋葉原は鉄道模型店がたくさんあってすばらしい。私は日本で言う『オタク』かな」
クーロンはコントローラを操作し、機関車をゆっくりと走らせる。
機関車を目で追いつつ、ヒロがつぶやく。
「いいですよね、箱庭って。僕がつくるダンジョンRPGも一種の箱庭ですから」
「箱庭を精密につくりこむと、まるで自分が神になった様な気分になりませんか」
「わかります」
「みてるだけで仕事のストレスが吹き飛びます」
「雰囲気あるなあ」
「SLはスピードとパワーの象徴です。蒸気機関が世界を決定的に変えたんです」
「ヴォイドテクノロジーはそれに匹敵する進歩だと、クーロンさんは考えるんですね」
クーロンはコントローラのダイヤルを回し、最大出力にする。
「やはりあなたは優秀だ。でも蒸気機関とヴォイドテクノロジーは、異なる点がひとつあります」
「ふむ」
「蒸気機関は共有されたテクノロジーです。発展させたのはイギリスですが、軍事利用したのはプロイセンでした」
「大モルトケですね。参謀総長をつとめた」
「ロシアは逆に、ヴォイドテクノロジーを独占しようとした。機密を盗み出そうとするアメリカとの間に、夥しい血が流れたと言います。いや、いまも流れつづけている」
機関車が脱線し、鉄橋から谷底へ転落する。クーロンは無表情でそれを拾う。
腕組みしてヒロが言う。
「今度こそ立体的にクーロンさんを理解できた気がします。あなたの動機は愛国心だ」
「それだけではないですが」
「中国は列強に追いつくため、ロシア人がリーダーのパーティにあなたを派遣している。でも探索が成功すればするほど、ロシアが強くなる」
「反物質の九割をロシアが独占してるんです」
「僕がそれを妨碍できるかもしれない」
機関車がふたたび走り出す。
クーロンは腰に手をあて、息を吐く。うつむき加減につぶやく。
「いまから私はひとりごとを言います。でも、それをあなたがメモしても特に気にしません」
ヒロは鞄からロディアのブロックメモと、ジェットストリームのボールペンをとりだす。決して学校の授業では発揮しない真剣さで、クーロンが口にする内容を逐一書き留める。
- 関連記事
柴田五十鈴『私と師匠と影解きの旅』
私と師匠と影解きの旅
作者:柴田五十鈴
掲載誌:『月刊プリンセス』(秋田書店)2017年‐
単行本:プリンセス・コミックス
[ためし読みはこちら]
見習いの魔法使い「アリシア」を主人公とする、ファンタジー漫画である。
まだ修行中なので、魔法を唱えても不発におわる。
師匠は銀髪のイケメンである「カイル」。
アリシアは師匠の自宅に住みこみで、仕事を手伝っている。
魔女の呪いから、物語はうごきだす。
逆恨みされたカイルは、アリシアの影にとじこめられてしまう。
引用画像からわかる様に、コメディ調の作品だ。
呪いを解くための旅がはじまる。
丁寧な作画により、衣装や風景など、ファンタジーものの醍醐味を満喫できる。
黒髪の美女がカイルに添い寝する、冒頭のシーンはちょっときわどいが、
その正体は使い魔の黒猫で、魔法のアイテムの素材をとどけにきた。
クロネコの宅急便とゆうわけ。
キレイな絵で、ほのぼのとした世界観をたのしめる、良質な少女漫画だ。
- 関連記事
江島絵理『柚子森さん』完結
柚子森さん
作者:江島絵理
掲載サイト:『やわらかスピリッツ』(小学館)2016年-
単行本:ビッグスピリッツコミックス
女子高生が、女子小学生に恋する百合漫画が、5巻で完結。
拍手をおくりたくなる大団円だ。
お邪魔役として登場したりりはのエピソードも決着がつく。
超大盛り上がりとは言えないが、見せ場はある。
あとがきで作者は、主人公への愛をかたる。
タイトルロールの柚子森より、みみかの方に思い入れがあるらしい。
「柚子森のかわいさ」が本作の肝だが、実は造形的にそれほどかわいくない。
作者は描き分けが上手とは言えない(つまり全員かわいい)。
みみかの必死さに共感したゆえ、読者は柚子森を色眼鏡でみるわけだ。
ブランコに二人乗りしながら花火を見上げるシーンのうつくしさは、
きっと漫画の歴史にのこるだろう。
ギミック満載の絵面のなかで、みみかのオフショルダーブラウスの胸元が印象的。
演出のうまさと、白熱しっぱなしのテンション。
たまにウダウダトーク。
『オルギア』に『柚子森さん』と、江島絵理はいまのところハズレなし。
まだWikipediaにページがないレベルの知名度にとどまってるが、
いづれさらなる傑作をとどけてくれるだろう。
- 関連記事
『ダンジョンシスター』 第3章「猿神」
弁天池のほとりで、ヒロは自分が仰向けに寝そべってるのに気づく。ストライカー装甲車から投げ出されたときより、不吉に雲が垂れこめている。
顔がむず痒いので掻こうとするが、右手がうごかない。顎を引いて手許をみると、高熱のブレスが直撃したせいで、どす黒く炭化している。
ひどく息苦しい。呼吸がままならない。肺や気道も損傷した様だ。
ヒロはとっくに死を覚悟していた。まだ生命を維持している肉体にむしろ感心する。
ナノの命を救えたなら、自分が死んだとしてもコストパフォーマンスは悪くない。いつかはゲームは終わる。肝心なのは終了時のスコアだ。
紅花で染めた袴が目にうつる。巫女のカイリが地面に膝をついている。目を細めるが、口は真一文字にむすばれる。重傷を負ったヒロをみて哀れんでるのだろう。
さほど目立つ容姿ではないが、カイリには落ち着いた色気がある。ジャバウォックの毒牙にかからなかったのは、非処女だからか。
「妹は?」
ヒロはそう尋ねようとしたが、口がぱくぱく動くだけで声にならない。
咳払いをし、カイリが言う。
「しゃべってはいけません。目撃情報によると、妹さまはジャバウォックに攫われた様です。聖遺物と一緒に。それより御自身の心配をしてください」
焼け爛れたヒロの喉が、へたな口笛みたいに耳障りな音をたてる。
まだ俺は死ねない。
「率直に申し上げます」カイリが続ける。「探索者資格をもつ巫女としての所見です。高深度の熱傷が広範囲にわたっています。通常医療では救命の可能性は低いとおもわれます」
カイリはかがんで顔を寄せる。
「ただいまから治術をほどこします。まづヒロさんの体内へナノロボットを注入します。ただ、ちょっとした問題がありまして、その……」
カイリが顔を赤らめる。
「実はナノロボットは、わたくしの体液に存在するのです。それを他人に移すには、あの、その、男性に試すのは初めてでして、なんと言えばよいか」
「…………」
「ええ、それどころではないですね。恥づかしながら申し上げますと、キスをしないといけないのです。言い換えますと口づけ、接吻です。それも結構ディープなものでして。正直気が引けると言うか」
「…………」
「殿方は気にならさないかもしれませんが、人によるでしょうし。ですから施術の前に御意志を確認したいと存じます。『はい』はまばたきを一回、『いいえ』は二回。確認の合図をお願いします」
ぱちり。
ヒロは目をつぶった。
「では質問いたします。いまから治術をほどこしても構わないでしょうか」
ぱちぱちぱちぱちぱち。
カイリが勿体ぶるせいでヒロは取り乱し、せわしくまばたきする。人工呼吸のたぐいの処置なのだろうが、ディープキスなどと言われたら昂奮するではないか。こっちも初体験だし。
「ヒロさん」カイリが言う。「ふざけられては困ります」
ぱち、ぱち。
「巫女はだれにでも治術をほどこすのではありません。危険を顧みず妹さまを助けようとしたヒロさんの、尊きお心を信じてのことなのです」
ぱちり。
「わかりました。それでは失礼いたします」
カイリは白い小袖で口許をぬぐう。切れ長の目が爛々とかがやく。水ぶくれのできたヒロの唇に、濃厚なキスを浴びせる。見ためは貞操堅固な大和撫子なのに、情熱的にむしゃぶりつく。
三十分後。
ヒロはカイリをつれ、三鷹市の西部にある国立天文台の敷地を歩いている。焼け焦げた服は捨て、コンビニで買った長袖のTシャツに着替えた。燃えた頭髪はカイリに切ってもらった。
鉛みたく体が重い。とは言え、炭化した腕まで恢復してくれた医療用ナノロボットに、感謝しなければバチがあたるだろう。
国立天文台は緑ゆたかだが、資料館の周囲はひらけた空間となっている。芝生の上に築かれた祭壇の前に、束帯をきた十頭の大猿が、横一列にならんで座る。角材をくんだ火櫓がごうごうと燃え盛る。
ひとりだけ黒い装束のサトリが、立って祝詞を奏する。口が縫われてるので、思念のみ伝わる。華やかな冠をかぶった巫女たちが、炎のまわりで踊る。
カイリが小声で言う。
「あれは御内儀と呼ばれる巫女たちです。交代しながらですが、儀式のあいだずっと踊りつづけます」
ヒロが答える。「内儀? 妻ってことですか」
「そうですね。私的な面もふくめ、サトリさまのお世話をするのが務めです。かくゆう私も、御内儀に選ばれることが内定しております」
ヒロはカイリの顔色をうかがう。祝福すべきことなのかどうか、よくわからない。ヒロとしては気の毒におもう。
ひとりが舞の輪から離れ、別の巫女と交代する。カイリをみつけて手を振る。ヒロは仰天する。朝の連続テレビ小説の主演をつとめ人気者となった、モデル兼女優の出雲邦子だ。しばらくテレビで目にしなかったが、サトリの妻になっていたとは。
うやうやしく頭をさげ、カイリが言う。
「御苦労さまです」
「御苦労さまです」邦子が答える。「聖遺物の件は残念でしたね」
「面目次第もございません」
「あなたにできないなら、ほかのどの巫女も無理だったでしょう。斎宮さまをのぞけば」
「不徳の至すところです」
邦子はヒロに目をむける。片眉を上げ、怪訝そうな顔つきだ。カーゴパンツは焼け焦げ、頭髪は不揃い。不審者とおもわれてもしかたない。
邦子がカイリに尋ねる。
「こちらの方は、例の?」
「湯川尋です」ヒロが答える。「ジャバウォックに妹とアインシュタインの脳を奪われました。一刻も早く救いたいんです」
「すでに探索者のパーティが複数、ジャバウォックの巣を攻略中です」
「どこにあるんですか」
「吹上のサナトリウムに棲みついてる様です」
「僕も行きます」
「お気持ちはわかりますが、探索者ライセンスがなければ不可能です」
「それをサトリさまにお願いしに来ました」
ヒロはあえて猿のバケモノに敬称をつかう。邦子にむかい深く頭を下げる。
さぐる様な目つきで、邦子が冷淡に言う。
「陳情の方が百人ちかく来られてますから。サトリさまもお疲れですし」
カイリがヒロとならんで頓首する。
「わたくしからもお願いいたします。攫われた妹さんは紅梅生なんです」
名門である紅梅学院は、巫女を多数輩出している。面識はなかったらしいが、高校三年のカイリはナノの四年先輩にあたる。現役女子高生にしては、カイリはやや大人びて見えるが。
「なるほど」邦子が言う。「紅梅生の絆は強いですからね。私もできるだけのことはしましょう」
ヒロはカイリと一緒に、陳情の列の先頭にならぶ。強引に割りこんだのを、うしろの和装の老女に咎められるが、カイリがやさしくなだめた。
空から白っぽい粉末が降っている。雪ではない。火山灰だ。ダークゾーンが東京に出現した九年前から、富士山・浅間山・三宅島などの火山活動が激しくなった。目や喉など、粘膜のある部分が刺激され、ちくちく痛む。
炎がほとばしる火櫓のはるか上空に、重苦しい雲が湧きいでる。雨が降りはじめる。豪雨だ。風が猛々しく吹き荒れる。陳情の列にならぶ人々が、サトリの名をよんで歓喜する。火山灰を吹き飛ばす、恵みの雨とゆうわけだ。
儀式を終えたサトリが、天幕の下にはいる。三方を屏風にかこまれた畳に腰をおろす。巫女たちがサトリの濡れた装束を脱がせ、長い毛に覆われた巨体をタオルで拭く。
サトリの隣にかしづく邦子が、ヒロとカイリを手招きする。
あぐらをかくサトリと向き合い、ヒロが言う。
「お話する機会をあたえてくださり、感謝いたします」
「礼ニハオヨバヌ」サトリが答える。「探索者ノらいせんすガホシイソウダナ」
「はい」
「探索者ハ全世界デ六十人シカイナイ。ソノ価値ヲ知ッタ上デノ要望ダロウナ」
「妹を取り戻したら返上します」
「反物質剣ヲツカエルノカ」
「えっと」
サトリは目と口と耳が縫われた顔を、カイリへむける。カイリは恐縮し、もぞもぞ身をよじる。
サトリがカイリに尋ねる。
「オ前ハナゼコノ少年ニ肩入レスル。ムザムザ死ナセルコトモアルマイ」
「妹さんをおもう心に共感いたしました」
サトリが沈黙する。心を読んでいる。
「ホウ。コノ少年ニ治術ヲホドコシタカ」
カイリは赤面し、平伏する。
サトリの念話がつづく。
「モット固イ女トオモッテイタガ。唇ヲユルシテ情ニホダサレタカ」
「と、とんでもございません」
「マアヨイ。コノ話ハ保留ダ。ホカノ陳情ヲ聞イテカラ沙汰ヲクダス。下ガッテオレ」
ヒロとカイリはうつむいて天幕を離れる。つぎの陳情者である老女とすれちがう。老女は手紙を包んでいた和紙をひろげる。中に金属の筒がはいっていた。口紅ほどの大きさだ。
それを見たカイリが目を丸くする。天幕にむかって叫ぶ。
「反物質爆弾ですッ」
ズドンッ!
天幕で爆発がおきた。核融合の数千倍の威力をもつ対消滅を、ライデンフロスト効果によって範囲を半径数メートルに限定した攻撃だ。
品のよい和装の老女は、暗殺者だった。
広場にクレーターができる。サトリも老女も巫女たちも全員消滅した。
カイリがへたりこむ。見ひらいた目は虚ろで、まばたきしていない。
骸骨将軍に率いられた骸骨兵が、剣を抜いて陳情者の行列に斬りかかる。老若男女百名が虐殺される。ヒロはそれを為す術なく見つめる。
逃げるべきか。しかし、探索者ライセンスを取得するチャンスは今しかない。
クレーターのそばの空間に、モザイク状の靄が浮かびあがる。映像は次第に解像度が上がってゆき、ついに二足歩行の生物の姿をなす。黒い縫腋袍をきた巨猿がそこにいる。目と口と耳が縫われている。
猿神の長、サトリだ。
サトリは、時間を巻き戻す能力の持ち主だった。物理的身体が消失しても復活する。だれも彼を殺めることはできない。
骸骨兵による殺戮には目もくれず、サトリは大股でストライカー装甲車へむかって歩く。
ヒロは走って先回りし、土下座して叫ぶ。
「どうかライセンスを!」
「ワカルダロウ。イマ私ハ機嫌ガワルイ」
「妹を救いたいのです。なにとぞお願いします!」
「ソンナニ死ニタイノカ」
「攫われた妹を思うと、居ても立ってもいられないんです」
「ナラバ寝テオレ」
サトリはひらいた右手を突き出す。ヒロは金縛り状態におちいり、崩れ落ちる。呼吸がとまる。
まるで『スターウォーズ』のダースベイダーがあやつるフォースさながら。
ヒロは力をふりしぼり、自分の頭を幾度も殴る。サトリが金縛りをつかうのは予測していた。ボス戦の前に万全の準備をととのえるのは、ゲーマーなら当然。ヒロは自己暗示をかけ、マインドコントロールから逃れる手立てを講じておいた。
よろよろ立ち上がり、ヒロが叫ぶ。
「ライセンスを!」
サトリはさらに左手も突き出す。
息苦しさが増す。これは精神攻撃ではない。もっとフィジカルなものだ。喉に大きな物体が詰まり、気道を塞いでいる。それは段々迫り上がってくる。
物体は口腔まで飛び出し、その一部がヒロの視野にはいる。
ぬめぬめと赤く光る、肉の塊。
規則ただしく脈打っている。
自分の心臓だ。
意識を失ったヒロが倒れる。
サトリはストライカーへ乗りこみ、国立天文台から去る。
骸骨兵に刎ねられた百人の生首が、広場に散らばっている。深緋色の装束を着た猿神たちが、その首にかぶりつく。頭蓋骨を齧り、脳漿を啜る。
猿神にとってもっとも価値ある栄養は、ヒトの脳なのだった。
- 関連記事
イコール『しっくすぱっく!』
しっくすぱっく!
作者:イコール
掲載誌:『ヤングコミック』(少年画報社)2017年‐
単行本:YKコミックス
当ブログで紹介するのは、女子高生を主人公とする漫画が多いが、
女子大生は服装が華やかだし、日常生活も自由だし、いいものだ。
大学1年生の「たまみ」は、廃部寸前の女子ラグビー部へ強引に加入させられる。
これまでまったく運動に縁がなかったのに。
本作は「女の子の筋肉が見たい」とゆうフェティシズムに応える。
言うなれば肉弾戦の百合だ。
1巻時点でラグビーの試合はおこなわれない。
ボールをつかった練習も描かれない。
スポ根と言うより、筋トレとローカーボダイエットとJD百合がテーマだ。
僕の苦手分野なので取り上げなかったが、食へのこだわりは読み応えあり。
でもやっぱり、かわいいシーンに注目してしまう。
- 関連記事
三枝えま『我楽多郷の借金ガール』
我楽多郷の借金ガール
作者:三枝えま
掲載誌:『月刊少年シリウス』『マガジンポケット』(講談社)2017年‐
単行本:シリウスKC
[ためし読みはこちら]
女子高生「ミワ」を主人公とする、異世界転生ものである。
アイドルグッズを売りに、ミワは怪しい店にはいるが、
いろんな世界のガラクタがあつまる「我楽多郷」へ落ちてしまった。
我楽多郷では移民税を払わねばならない。
総額は1000万円。
それでもミワは、持ち前の適応力で資金をあつめる。
異世界の衣装がよく描けていて、ファンタシーものらしい楽しみがある。
ミワの弱点は、男性アイドルに夢中なこと。
格安で売られるグッズをみつけて買いこみ、結局赤字に。
モンスターに襲われることもある。
巨大な「アメンボ」は魅力的な造形だ。
絶体絶命のところを「駆除隊」に救われる。
アクション描写でも見せ場がある。
『シリウス』での読切を『マガジンポケット』で連載化したそうで、
借金を負うくだりなど、ストーリーが説明不足なのは否めない。
とはいえ、まだ単行本2冊めとはおもえない力量をみせつける作品だ。
- 関連記事
『ダンジョンシスター』 第2章「ジャバウォック」
ヒロはナノを、無理やり屋内へ押しこめる。ドアを閉め、身を翻す。向かいの二階建ての住居にジャバウォックがとまっている。スレート瓦の屋根が崩れ落ちる。
ジャバウォックは道路ごしに、牙のはえた頭部をちかづける。唾液が庭にしたたると、芝生が溶けて地表が露出する。
あたりを嗅ぎ回り、ジャバウォックが言う。
「美少女の匂いがするぞぉ」
ヒロはドアに寄りかかる。足がすくんでいる。
ジャバウォックが続ける。
「甘い香りだぁ。十三か十四ってとこか。ちょっとばかり熟れすぎか。小四くらいがベストだがなぁ」
ドアの裏側からつぶやきが漏れる。
「きもい……きもすぎる」
板金鎧の骸骨将軍が、無言で剣の切先をジャバウォックへむける。散開した八名の骸骨兵が、長弓で矢を一斉に射かける。
放たれた矢は、一本も鱗を貫通できない。ジャバウォックは苛立たしげに咆哮する。首の倍の長さの尾をふるう。骸骨兵三名が吹き飛び、四散してばらばらの骨となる。
ヒロはドアをあけ、玄関で立ち尽くすナノの手をとる。脇目もふらず庭を駆け抜ける。
ジャバウォックはナノに目を留める。飛翔してから叫ぶ。
「ロリ巨乳か! あれは上玉だぁ!」
悪鬼の様な形相でナノが言う。
「あいつきもすぎ。にぃに、やっつけて」
ヒロが答える。「だまってろ」
骸骨兵が第二射をはなつ。白っぽい腹が比較的弱いらしく、矢が突き刺さる。ジャバウォックは猛り狂い、炎を吐いて反撃する。
紅蓮の炎が、住宅街にほとばしる。骸骨兵たちは爆散する。祖父宅をふくむ数棟が灰燼に帰す。
ヒロは足を止め、振り返る。祖父宅は全焼した。骸骨兵は全員斃れたが、板金鎧の将軍だけ剣を杖がわりにし、立ち上がろうとしている。黒龍の巨体は見当たらない。
バサッバサッ!
ジャバウォックは前方上空へ回りこんでいた。
「ロリ巨乳ちゃん。逃げるんなら容赦しないよぉ。丸焼きにして、おいしくいただくからね」
ナノが叫ぶ。「ペドフィリアは死ねッ!」
「怒ってる顔もかわいいなぁ」
ヒロはナノの手を引き、横道へ入る。血相かえて走る兄妹をみて、道端の猫が仰天する。
ヒロは逃走経路をかんがえる。
飛行する敵を撒くのは至難だ。たとえばマンホールの蓋をあけて下水道へ降りてはどうか? いや、降りるあいだに攻撃を食らう。
車を止めようと、ヒロは交叉点に出る。ジャバウォックが首をもたげ、ふたたび炎を吐こうとする。
時速百キロでほかの車輌を撥ね飛ばし、ストライカー装甲車が殺到する。兄妹とジャバウォックのあいだに停車する。
火炎が直撃し、車体が揺れる。セラミック製のメクサス装甲は、かろうじて熱波に耐えた。
後部ハッチがひらき、レザージャケットを着た黒人の女が手招きする。
「ほら、乗りな!」
ヒロとナノは言われるままストライカーへ乗りこむ。狭い車内には、女以外にアメリカ陸軍兵が三名いる。二名は操縦席と助手席に座る。
ストライカーが走りだす。席についたナノは、となりに座るヒロの手の甲をつねる。
ヒロが言う。「痛いな」
「どうゆうわけ。巫女さんの胸触ってぼーっとして」
「ぼーっとなんかしてない」
「どすけべ。変態。痴漢」
「それどころじゃないだろ」
向かいに座る黒人の女が、ヒロの顔をまじまじと見る。鼻にピアスをし、髪をこまかく編んでブレイズにしている。
「ヒロ? 2‐Hのヒロか?」
ヒロはあらためて女を観察する。褐色の胸元に、蝶のタトゥーをいれている。
「もしかしてテリー先生?」
「そうだよ! こんなところで何してる」
テリーザ・ビショップは、ヒロの高校で外国語指導助手をつとめる教師だ。陽気な性格で生徒に人気がある。
「テリー先生こそ」
「実はあたいはフリーの探索者なのさ。最近東京が熱いらしいから、一攫千金を狙いにきた」
「高校での仕事は?」
「生活費を稼がないとね。フリーランスはつらいよ」
ナノがヒロの顔を見上げる。会話に混ざりたくてうずうずしている。
テリーザが尋ねる。「となりの可愛いコはだれだい? ガールフレンド?」
「はい!」ナノが答える。「彼女のナノです」
ヒロが言う。「嘘つくな。こいつは妹です。亡くなった祖父の家に来たら、ジャバウォックに襲われて」
「そりゃ災難だったなあ。とりあえずライトゾーンにむかおう」
テリーザはポケットから、折りたたみ式の小さな端末をとりだす。ゲームボーイアドバンスSPに似ている。表示された地図をしらべ、運転手に目的地を英語でつたえる。
ほくそ笑むテリーザが、ヒロに言う。
「ヒロの顔みたらアレ食べたくなってきた。いつも食べてるアレ」
「カロリーメイトですか」
「もってる?」
「どうぞ」
チーズ味を箱ごとわたす。学校の昼休みにテリーザは各教室に出没し、生徒の弁当をおすそ分けしてもらっていた。食費を節約してるのだろう。
ナノが笑う。「完全に『カロリーメイトの人』って思われてるね」
ストライカーが加速する。蛇行して車体が揺さぶられる。ジャバウォックの鳴き声が中まで届く。
米兵がモニターを見つつ、車内からM2重機関銃を発砲する。通常兵器はモンスターに一切通じないと言われる。まして相手は最強のドラゴンだ。目くらまし程度の効果しか期待できない。
ヒロたちの上下の感覚が狂う。強烈な衝撃が全身を幾度も襲う。ジャバウォックのブレス攻撃をくらい、ストライカーが横転した。
ヒロの意識は鈍痛で朦朧とする。目の前にナノの顔がある。涙をうかべている。背景は曇り空だ。ヒロは道路に横たわり、ナノは膝をついてそれを見下ろしている。ヒロは痛みの発生源である側頭部をさわる。右手がべっとりと血にまみれる。
アサルトライフルのHK416を撃ちながら、米兵が叫ぶ。
「ラン(逃げろ)!」
総督府支配下の東京において、米軍は日本人を保護する義務を負わない。あっぱれな兵士だ。しかしジャバウォックの鋭い爪が、アーマープレートごと米兵を貫きとおす。
惨劇を間近で目撃し、ナノが尻餅をつく。両手で口許を覆う。ナノは気が強いが、一方でイラストを描くのが趣味であるなど、神経が細やかなところがある。特に視覚的なショックに弱い。祖父の焼死体をみたときも激しく動揺した。
ジャバウォックは、先が三叉にわかれる舌をのばす。刺激臭が鼻をつく。ナノのハイウエストスカートを唾液で汚す。
「コレクションにしようかなぁ。それともここで食べちゃおうかなぁ」
ヒロは米兵が落としたHK416を拾う。ストックを肩にあて、見様見真似でトリガーを引く。眼球にでも命中すれば、多少効くのではないか。しかしハンマーで殴られる様な反動が上半身につたわり、全弾外れる。
でたらめな撃ち方が、かえって威嚇になったらしい。ジャバウォックが羽ばたき、十メートル上方で滞空する。牙を剥き出して叫ぶ。ナノをコレクションにくわえる気をうしなった様だ。
ヒロは強引にナノを立てせ、鬱蒼と木の茂る公園へ逃げこむ。車内にのこしたテリーザの安否は気がかりだが、確認する余裕はない。探索者なら、自力で切り抜けるスキルをもってるだろう。
左手にジブリ美術館がみえる。宮﨑駿がデザインした、トトロの森をイメージした建物だ。ナノは熱心にジブリアニメを愛好するが、その聖地の前にいるのに気づいてない。
ナノが足を引きずっている。右足首を捻挫した様だ。ヒロはリュックサックを腹側で負い、ナノをおぶって走る。ナノの体重は四十キロ台に満たないが、速度は急低下する。
ヒロは吉祥寺駅を目指している。地下街へ潜れば、絶好のシェルターとなるはず。
井の頭池のそばの段差でよろける。ベンチに脚をぶつけ転倒する。ナノが石畳でころころ回転する。
立ち上がったヒロの左手に激痛が走る。目眩がする。手のつけねの部分が不自然に曲がっている。橈骨と尺骨が折れた。
ヒロは背後を見上げる。敵との距離を百メートル稼いだ。逃げ切れる可能性はある。
ナノがはかなげな微笑をうかべる。ヒロの負傷を目ざとく見抜いた。
「にぃにだけ逃げて。その手じゃナノをおぶれない」
「なに言ってる。駅までもうすこしだ」
「どっちかが生き残らなきゃ。子供がふたりとも死んだら、パパとママがかわいそう」
「あきらめるな」
「安心して。ジャバウォックが変なことしたら、舌を噛んで死ぬ。家族に恥はかかせない」
ナノはほほ笑んだまま後ずさる。ジャバウォックとの距離は五十メートルに縮まる。
「ごめんね」ナノが続ける。「いつも生意気でうるさくて。ウチの学校厳しいから、めったに外出許可もらえないの。にぃにとお出かけするの久しぶりだから、舞い上がっちゃった」
「ナノ!」
「絶対忘れないでね。にぃにのことを大好きな、ちっちゃな女の子がいたことを」
疲労とダメージが蓄積し、行動不能となる寸前のヒロが、おのれの心を鞭打つ。
考えろ。
攻略法はある。
かならず、どこかに。
走りながら考えるんだ。
ヒロは右脇にナノを抱える。つんのめって階段を駆け下りる。ジャバウォックの絶叫が鼓膜を裂く。
十メートル。
弁天池にかかる木造の橋を渡る。連休のたのしみを台無しにされたひとびとが、恐惶をきたしている。ほとんどが凍りついている。ヒロは傷ついた左腕でそれを掻き分ける。
ふりかえって曇天を仰ぎ見ると、真上でジャバウォックが長い首を左右に振り、空気を肺へ溜めこんでいる。
ヒロは右脇に抱えた荷物、つまり妹を、欄干ごしに池へ放りこむ。
ジャバウォックが猛烈な炎を吐く。
そのブレスは軍用車輌の装甲すら破壊する。木の橋などひとたまりもない。精力をつかい果たしたヒロは、呼吸困難に陥っていた。欄干につかまり、弁天橋が粉々に爆ぜ散ってゆく様子をながめる。火柱は直線的にちかづく。
医学に精通してなくても、あの劫火にまきこまれて生存する可能性はゼロだと理解できる。それでもヒロは火炎に背をむけ、両腕で頭部をまもる。
妹にはゲーム脳と笑われるが、悪あがきする性分なのだ。
- 関連記事
栗橋伸祐『ダンジョン・マスター』
ダンジョン・マスター
作者:栗橋伸祐
発行:メディアワークス 1993年
レーベル:電撃コミックスEX
スーパーファミコンで1991年に発売されたゲームのコミカライズである。
ダンジョンの奥深くにいる魔道士ロードカオスを斃すのが目的。
パーティはイアイドー、ヒッサー、ウー・ツェ、ティギーの4人で構成される。
たとえば3階でブルートロールに襲われるなど、かなり原作に忠実な内容だ。
もとは暗くて殺伐としたゲームなので、不気味なモンスターと戯れはしても、
可憐な幼女を愛でる要素など皆無だが、そこはアレンジしてある。
ウー・ツェのサービスシーンもあり。
栗橋伸祐の出世作に相当するらしく、全体的に気合いが入っている。
いま読んでもおもしろい。
ダンジョンRPGの醍醐味であるトラップはあまり描かれず、
バトルが中心のストーリーとなっている。
パズル的な謎解きは、漫画にしづらいのかもしれない。
印象ぶかいのは、ウー・ツェのまっすぐなヒロインらしいたたずまい。
20世紀の物語では、登場人物はガンガン感情をぶつけあったものだが、
いまは架空の世界でさえ、ひとびとは傷つくのを恐れてる気がする。
- 関連記事