『群狼のプリンセス』 第6章「日野源三」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)






 そよ風の吹く、おだやかな朝だ。

 ジュンは、千駄ヶ谷駅から歩いて十分ほどの本部へ出社する。二階建ての大仰な門をくぐる。一番隊のチャンコとダニエルが、陰で待ちかまえていた。

 チャンコが尋ねる。

「道場へ行くッスか」

「うん。オクの復帰がきびしいし、チャラ男を追い出したから欠員二名。補充しないと。選考手伝って」

「いま顔出すのはマズいッス。教授がいる」

 昨晩ジュンは新宿のホテルで、四番隊隊長・山咲亮子を扼殺した。事後、部屋に死体があると一一〇番で通報してから帰宅した。

 まだ直接にも間接にも、警察からのコンタクトはない。報道も皆無だ。

 隊内で噂が流れている。警視庁に指図された教授が、自分の息のかかかった五番隊に死体を処理させたと。事実なら、随分と手際がいい。

 ひとつの推論が成り立つ。

 アカツキセキュリティが社員を粛清するのは、これがはじめてじゃない。

 ジュンは、玄関でニューバランスを脱ぐ。道場へむかう足取りに迷いはない。

 あたしは教授の愛人を殺した。むこうにとっては憎むべき敵にになる。

 だからどうした。

 止める機会はいくらでもあった。あとから文句を言われる筋合いはない。

 ジュンはレザージャケットのポケットから、銀のネックレスをだす。ハート型の飾りがついている。山咲にたのんで譲りうけた。命をうばう前に。不謹慎とおもい遠慮していたが、首にかける。

 道場では、四番隊と五番隊がトレーニングにはげむ。道着をきた教授が、青帯のくせに指導している。隊員たちは、ジュンをみて凍りつく。特に四番隊の動揺がはげしい。

 ジュンはネックレスをいじる。

 山咲の部下だった四番隊には、経緯を説明すべきかもしれない。本人が強く死を願ったと。でも、あのときのふたりの感情を、どう言葉にすればよいだろうか。たとえ言葉でつたえたところで、遺恨が晴れるだろうか。

 立ち尽くす教授に、ジュンが言う。

「気にしないで稽古つづけて」

 教授の顎が震えている。一言も発することなく、道場を去る。

 十八歳のジュンが、アカツキセキュリティの全権を掌握した瞬間だった。




 ジュンはチャンコとダニエルをしたがえ、道場の脇に腰を下ろす。トレーニングを観察する。五番隊は新人が主体で、作戦でも後詰めを任されることが多い。訓練部隊にちかい位置づけだ。できれば二人スカウトしたい。

 五番隊の稽古は、ジュンの目にはユルく映る。技をかけられるたび大袈裟に痛がり、だれかがミスをすると皆でからかったりする。笑いの絶えない、大学のサークルみたいなノリだ。ジュンは怒鳴り散らしたいのを我慢する。

 ジュンは右隣のダニエルに尋ねる。

「ダンはどうおもう? 使えそうなやついる?」

 ダニエル・トーレスは二十歳。フィリピンではボクシング選手をしていた。戦績は二勝(一KO)三敗。プロボクサーとしては平凡だった様だ。バス運転手である父が事故をおこし、まとまった金が必要となり、ツテをたよって出稼ぎにきた。

「ダメダメだね。練習がレベル低すぎ」

「だよなあ」

「フィリピン人はもっと強い。紹介するよ」

 温厚でマジメな性格のダンは、隊内での信頼も厚いが、やたら家族や知人をアカツキに入れたがるのが玉に瑕。

「うーん」

「妹のミカの話をしたよね。ボクの専門はボクシングだけど、ミカはずっとエスクリマをやってる。すぐアームズに慣れるよ。日本語も上手」

「あのコか。でも写真見ちゃったからな」

「写真? ミカの顔が気に入らないの? マニラでもめったにいない美人だよ!」

「それが問題なんだって。あたしより若くて可愛いコを入れたらマズいだろ」

「オジョウ……」

「ま、かんがえとく」

 頭を掻きつつジュンは、左に座るチャンコにも尋ねる。

「どうする? 帰る?」

「ウッス」

「日野さんて御隠居さん状態だよなあ。ピリッとしない」

「よく若い連中に投げ飛ばされてるッスね」

「正直、あの人はお荷物だわ。パパの警察時代の上官だから、だれも文句言わないけど」

「お嬢」

「アカツキに要介護老人はいらないっての。しょうがねえから、しばらく八人編成でがんばるか」

「お嬢、うしろ」

 ジュンが振り返ると、顎鬚を生やした白髪の男が立っていた。

 五番隊隊長・日野源三。頭頂が禿げ上がっており、五十四歳とゆう年齢より老けて見える。身長はジュンより低い。道着を黒帯で締めている。

 落ち着いた口調で、日野がジュンに尋ねる。

「お眼鏡にかなう隊員はいなかったかな」

「別に悪口を言ったつもりはないです」

「気にせんでいい。実際、もう御隠居みたいなものだからね。荒事は一・二・三番隊にお任せだ」

 日野は皺だらけの顔で笑う。会社が危機にあるのに、のんびりしすぎだとジュンはおもう。

「あの、この際言いますけど、もっと稽古を厳しくできませんかね。あたしは即戦力がほしい」

「即戦力を育ててるつもりだが」

「佐々木とかクズでした。何の役にも立たない」

「あいつはもう半年、五番隊に置くべきだった。そう言ったのに、強引に移籍させたのはお嬢だよ」

「半年も待てない」

「バカとハサミは使いよう。役に立たないのは使う人間がクズだから、とは考えられないかな」

「へえ、言ってくれますね」

 ジュンはゆっくり立ち上がる。首を回してボキボキ鳴らす。激怒しているときの癖だ。

 ダンが立ちふさがり、首を横に振る。いま隊長同士が私闘におよんだら、目も当てられない。

 ジュンは深呼吸する。部下に言われずとも、自重すべきなのはわかっている。そこまであたしは短気じゃない。

 ジュンの首元に目を留め、日野が言う。

「いいネックレスをしているな」

「どうも」

「殺して奪ったのか。似合いもしないのに」

「いくらパパの元上司でも、言って良いことと悪いことがある」

「意に添わない人間は、力でねじ伏せる。そんな生き方は長続きしないぞ。親の教育がよくない」

 ジュンの理性のタガがはづれる。衝動的に日野の道着の襟をつかんで言う。

「てめえ、ボケてんのか」

「まあ年相応にな」

「あたしと勝負しろ。足腰立たねえ老人が隊長なのが気に入らなかった。結果次第でクビにする」

「一隊長の分際で?」

「いまはあたしがリーダーだ」

「やれやれ。じゃじゃ馬娘にお仕置きするのも、年寄りの務めか」




 ジュンと日野のふたりが、青いマットの中央に立つ。ウォーミングアップはしていない。

 ジュンは白のVネックTシャツに、黒のミニスカートとレギンス。ピンクのオープンフィンガーグローブをはめている。日野は道着で、グローブをつけない。両者とも警棒をもたない。

 ジュンは日野と立ち会うのは初めて。小柄で眠たげな隠居老人にしか見えない。こちらのすべての攻撃がヒットしそうだ。

 間合いは三メートル。日野は心持ちひらいた右手を突き出す。構えの様でもあり、道端で知人に挨拶する様でもある。

 ジュンは瞬きする。

 あの構え、あなどれない。上半身の急所をカバーすると同時に、敵の接近を牽制している。

 気づくと、日野が肉薄していた。

 あわてて出したジュンの右ストレートを、日野が手刀で払う。ジュンの手首をつかんで返す。ジュンは空中で回転し、背中からマットへ墜落する。

 ダメージは軽い。ジュンは跳ね起きる。

 くそッ、合気道か。

 もう油断しない。

 合気なんてインチキだ。弟子が師匠の動きにあわせて転がる、ただのお遊戯だ。アームズは、火器で武装する敵との戦闘まで想定した体系だ。絶対強い。

 ジュンは軽快なフットワークで駆け回る。ジャブとローキックで空間を支配する。いざとなればテイクダウンとゆう奥の手もある。伝統武藝のレパートリーに、対抗策はない。

 日野が大きなあくびをする。

 ジュンは右のミドルキックをくりだす。途中で軌道を上方修正する。膝から下をコンパクトに振り、側頭部を斬り下げようとする。

 またも日野が手刀で叩き落とす。ジュンは前のめりに突っ伏す。

 ジュンの戦意は衰えない。

 認めよう。日野は達人なのだと。いつも平隊員にすら後れをとってるので予想外だが。でも彼はまだ、ディフェンス技しか見せてない。グラウンドポジションの攻防へもちこめば、主導権をうばえる。

 ジュンはかがんだ姿勢で、相手の足許へ踏みこむ。膝の裏をおさえて後方へ押す。

 びくともしない。

 電信柱にタックルしたみたいだ。

 日野が腰をひねる。それにつられてジュンはコロコロ横転する。

 脇で観戦するチャンコとダンが目に入る。驚愕している。泣く子も黙る一番隊隊長が、禿頭の老人に太刀打ちできない体たらくに。

 寝たままジュンが叫ぶ。

「チャンコッ!」

 阿吽の呼吸で、チャンコが樹脂製の練習用警棒を投げる。ジュンはそれをとって立ち上がる。

 卑怯と言われようが、負けるのは御免だ。

 日野が自分を翻弄している理由はわかる。相手の心理をあやつり、勢いを利用するトリックだ。だったら、体にさわらせなけりゃいい。

 ジュンはスナップをきかせ、斜めに警棒を打ちこむ。樹脂製とは言え直撃すれば痛いが、日野は躊躇せず間合いを詰める。警棒をつかむ。

 綱引き状態となり、ジュンはおもわず武器を引き寄せる。心理操作とわかっていても、肉体が反応する。日野は逆に警棒を押し出し、ジュンを転倒させる。左の手首を極め、上から動きを封じる。

 ジュンが叫ぶ。「ぎゃっ!」

 過去にジュンが感じた最大の苦痛は、歯医者で麻酔がきいてない状態でドリルをつかわれたとき。意識が一瞬飛んだのを覚えている。

 いま日野がかける技は、大して力をこめてないのに、ずっと痛い。体内の全細胞を死滅させるほどの電撃がほとばしる。

 ジュンはマットをタップする。

 人生初の降伏だ。




 試合後数分経った。

 ジュンはまだ伏せている。泣いてる姿をチャンコやダンに見られたくない。

 右腕で顔を隠した恰好で、仰向けになる。震え声でつぶやく。

「ちょっと油断しただけだ。アームズが合気道なんかに負けるわけない」

 そばであぐらをかく日野が笑う。

「おかしな意見だな。アームズは合気を取り入れてるのに」

「聞いたことない」

「そもそもアームズを開発したのは俺だ」

「嘘。パパが警察時代に編み出したって教わった」

「あいつはなにかと手柄を横取りする。警察では随分と嫌われてたよ」

 泣きやんだジュンは、日野と目を合わせる。表情が険しい。

「パパが嫌いなの?」

「あいつを好きなやつがいるか?」

「ならなんで長年一緒に働いてるわけ」

「腐れ縁さ。それに優秀な男なのは確かだからな。警官とゆうよりセールスマンみたいだった」

「パパの悪口はやめて」

「褒め言葉だよ。自分のかんがえた格闘技に名前をつけて売り出したら、一財産築けるなんて思いもよらなかった。使用料を取ればよかった」

「結構お給料もらってるでしょ」

「まあな。感謝すべきか」

 日野は遠くをみる目つきをする。十五歳年下の元部下に仕える心境は、複雑かもしれない。ジュンにはよくわからない。

 ジュンは身を起こす。あぐらをかいて尋ねる。

「日野さんはパパより強い?」

「さあ」

「だって、あんなに」

「最近は暁と手合わせしてない」

「あたしはパパに勝てる様になってきた。パパは忙しくて稽古できてないし」

「勝ち負けとか、強弱とか、虚しいだろう」

「そう?」

「格闘技は結局のところ、暴力だ。人を傷つけるだけの代物だ。まあ、俺が年だから思うのもしれん」

「あの」

 居住まいを正してジュンが言う。

「日野さんのこと師匠と呼んでもいいですか」




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

文尾文『私は君を泣かせたい』2巻

 

 

私は君を泣かせたい

 

作者:文尾文

掲載誌:『ヤングアニマル』(白泉社)2016年-

単行本:ヤングアニマルコミックス

ためし読み/当ブログの関連記事

 

 

 

映画鑑賞を媒介にした百合漫画の、続刊である。

「羊」と「ハナ」はあいかわらずスクリーンに没入。

関係は進展しない。

 

 

 

 

部室でセクシャルな映画を見ていたら、通りかかった同級生が喘ぎ声を耳にし、

羊とハナが交渉をもってると勘違いするエピソードなども、あるにはあるが。

 

こうした婉曲語法が、百合漫画の醍醐味。

 

 

 

 

体育の授業で着替えをする。

龍をあしらったスカジャンがトレードマークである、ハナの下着はヘビ柄だった。

ドン引きする羊。

 

 

 

 

一緒にお出かけする服をえらぶためのファッションショー。

百合漫画のお約束である。

 

ただ文尾文の表現は、どことなく定型を外れている。

 

 

 

 

文尾のいまの絵柄は、髪の描写に特徴がある。

アクセントになるかならないか程度に、ほそい線を何本か描きくわえる。

いわゆるアホ毛の様でもあり、独自の描き癖の様でもある。

 

少女たちと現実世界のあいだの薄い皮膜として、

命を吹きこまれた髪が、まわりくどいけれど断固たる意思表示をしている。





関連記事

テーマ : 百合漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合 

坂野杏梨『さよならピーターパン』

 

 

さよならピーターパン

 

作者:坂野杏梨

原案:サンライズ

掲載誌:『ヤングマガジンサード』(講談社)2017年-

単行本:ヤンマガKC

[ためし読みはこちら

 

 

 

アニメ制作会社サンライズとのコラボによる、ロボットSF漫画だ。

ウェブ小説として『矢立文庫』で同名の作品が配信されている。

 

 

 

 

ジャンルはジュブナイルでディストピア系。

本作の世界観をわかりやすく解説するのは、ちょっと大変かも。

 

いろいろ端折って言うと、すべての子供はネズミくらいの大きさに縮められている。

現実世界と見分けがつかない「檻」のなかで集中的に管理し、

そのなかの優秀なものだけ、18歳になったら大人とおなじサイズへもどす。

 

不要な連中は廃棄処分する。

動物実験のマウスみたいな存在にすぎないから。

 

 

 

 

狂ったシステムに反旗を翻すものもいる。

そのための武器が「ピーターパン」。

少年少女にとっては巨大ロボット、大人にとっては等身大のロボットだ。

 

 

 

 

親友を殺された「シズ」は、ピーターパンのパイロットとして戦う。

真実を知った以上、もう良い子ではいられない。

 

巨大ロボット文化についての、興味ぶかい解釈とおもった。

なぜガンダムやエヴァンゲリオンが少年や元少年に愛されるのか?

……それに乗れば、彼らは大人と肩を並べられるから。

 

 

 

 

シズは幼なじみの「マチ」とともに、あまりに巨大な現実世界で逃げ惑う。

定規の橋や、スケッチブックの梯子。

ピーター・パンとゆうより、ガリバー旅行記的なたのしさ。

 

 

 

 

すべての大人が敵とゆうわけではない。

シズは、盲目の画家との出会いに心をうごかされる。

 

ハードな設定をふわっとした絵柄でえがく本作は、独自の魅力がある。





関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

各務浩章『くにはちぶ』

 

 

くにはちぶ

 

作者:各務浩章

掲載誌:『少年マガジンエッジ』(講談社)2017年-

単行本:マガジンエッジコミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

タイトルの「くにはちぶ」とは、いわゆる「村八分」の拡大版。

全国民が総掛かりで、法にもとづき、ひとりの中学生を無視する。

イジメの根絶を目的として。

 

無作為にターゲットにえらばれたのは、中学2年の「道端たんぽぽ」。

なにも知らない今は、めぐまれた家庭でしあわせに暮らす。

 

 

 

 

ある日、中学校に国の役人がやってきた。

たんぽぽが無視の対象にきまったと、冷酷に告げる。

したがわない者は現行犯逮捕するとも。

 

 

 

 

いきなり親友を無視するなんて、不自然なまねはできない。

やさしい「しろつめ」は、人生を棒にふる覚悟でたんぽぽに接触する。

そして、その場で逮捕される。

 

 

 

 

家では、料理上手のママが約束どおりカルボナーラをつくっていた。

ただし、たんぽぽの分はない。

監視カメラがしかけられており、家族でさえ法の適用外ではない。

 

 

 

 

食べるものがないのでコンビニへゆく。

レジで店員が相手をしない。

よくみると壁に自分のポスターが貼ってあった。

 

コントラストを強くきかせた表現が、苛酷なストーリーをきわだたす。

 

 

 

 

おもったのは、たんぽぽの立場って、本人が考えるほど悲惨なのかなってこと。

なにしても無視されるなら、やりたい放題できそうだが。

変装するとかインターネットをつかうとか、抜け道もいろいろあるはず。

 

とは言え、したり顔で語るテレビのコメンテーターなど、

本作の世界観は、われわれの日常の延長線上にあるのが怖い。

日本人がいちばん苦手な、ジョージ・オーウェル的社会風刺に、ある程度成功している。





関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた』

たくま朋正/水野良『ロードス島戦記 灰色の魔女』(角川コミックス・エース)

 

 

日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命

 

著者:大塚英志

発行:星海社 2017年

レーベル:星海社新書

 

 

 

『「おたく」の精神史』『二階の住人とその時代』につづく、

日本のサブカルチャーの歴史をたどる三部作の完結巻。

タイトルが軍事ものみたいでミスリーディングだし、

僕はあまり評論系の本を読まないクチだが、本書は力作とおもった。

リアルタイムで知ってる出来事に、納得できる解釈がなされている。

 

80年代後半、新聞社がおこなう高校生対象の読書調査で、

水野良の小説『ロードス島戦記』が、夏目漱石と一位二位をわけあった。

衝撃的な事件だった。

日本人の教養が、古典からラノベに交代した。

 

 

 

 

ロードスは小説だが、もとは1986年から『コンプティーク』誌掲載の、

テーブルトークRPG『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のリプレイから派生した。

このあたり補足説明が必要かもしれないが、

正直めんどくさいし、言ってもその「新しさ」はつたわらないだろう。

 

とにかく当時、角川歴彦はTRPGにいれこんでいた。

D&Dの発売元であるTSR社をたづねるためアメリカへ飛んだり、

『ドラゴンランス戦記』翻訳のため、グループSNEの安田均と接触したりした。

 

 

 

 

将棋の奨励会初等科に属していた歴彦は、ゲームへの親和性があったらしい。

そして経営者としては、TRPGの「システム」に刮目した。

プレイヤーがテーブルをかこんで会話し、ダイスをころがすなかで、

物語が勝手に生成されてゆくメカニズムに。

 

歴彦が後継者に、ドワンゴの川上量生を抜擢したのも、

ニコニコ動画のシステムがTRPGに似ているから。

ひとりの天才が、斬新なキャラクターや世界観をフルスクラッチで創造し、

受け手はそのメッセージをありがたく学び取る……。

そんな風習はスマートじゃない。

ワイワイガヤガヤ、アットランダムに、いまこの瞬間をたのしめ。

 

 

 

 

1992年に歴彦は兄・春樹と対立し、角川書店から追放される。

歴彦にちかい立場にいた著者は、彼が副社長室から、

ドラゴンのフィギュアをいくつか大切そうに持ち出すのを目撃した。

TRPG文化への歴彦の思い入れがつたわるエピソードだ。

 

ドラゴンはあの時の歴彦にとって、

TRPG的ファンタジーの象徴のようなものでした。

角川のロゴは鳳凰ですが、あの時の歴彦にとっては

ドラゴンがその位置に心情的にはあったとさえ言えます。

 

p183

 

その後ドラゴンは猛威をふるい、ラノベやボーカロイドなどの亜種をうみだし、

古典的な物語のコミュニティを焼け野原にした。

悪龍を退治するヒーローの誕生がまちのぞまれる。





関連記事

テーマ : 文明・文化&思想
ジャンル : 学問・文化・芸術

篠原ウミハル『鬼踊れ!!』

 

 

鬼踊れ!!

 

作者:篠原ウミハル

掲載誌:『週刊漫画TIMES』(芳文社)

単行本:芳文社コミックス

[ためし読みはこちら

 

 

 

新任教師の「県(あがた)」はある朝、校庭に鬼がいるのを見つける。

ただし下半身は制服なので、中身は人間かもしれない。

 

 

 

 

中の人は、高校1年の「小田島紬」。

小柄な体で、岩手の郷土藝能である「鬼剣舞」の練習にはげんでいる。

北上市あたりでは必修らしいが、東京の女の子が習うのはめづらしい。

 

 

 

 

県は「民俗藝能部」の顧問になることに。

現在、部員はひとりだけ。

紬は岩手出身で、伝統文化を継承するのに執念を燃やすが、

その情熱は内側へむかい、他者に心をひらかない。

 

 

 

 

紬の幼なじみで、クラスメイトでもある「未桜」。

見た目が派手で大人っぽく、たまに県をドギマギさせる。

座敷童子みたいな紬と好対照。

未桜も岩手にルーツがあり、部へ参加する。

 

 

 

 

歴史教師である県は、鬼剣舞に興味をもち、理解をふかめてゆく。

少年剣士のごとく頑なだった紬も、やさしい笑顔をみせはじめる。

 

 

 

 

東京で暮らす女子高生が、郷土藝能に熱中するにいたった動機は、

1巻時点で説明がやや不十分に感じた。

よくわからないけど変わったコだな、と読者はおもうだろう。

 

それでも、セーラー服ショートカットのヒロインの凛としたたたずまいは、

背景にひろがるヒストリーへの関心をかきたてる。





関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

『群狼のプリンセス』 第5章「粛清」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)






 午後六時。夕闇が渋谷区を覆いつつある。

 ところは千駄ヶ谷のアカツキセキュリティ本部。禅寺を改修した和風建築だ。

 ジュンは床板をギシギシ鳴らし、本部の渡り廊下を抜ける。晴れなのに、道場の雨戸が閉まっている。雨戸を力づくですべらせ、中へはいる。

 道場は畳でなく、青色のやわらかいマットが敷かれている。サンドバッグやベンチプレスが脇にある。

 重傷を負った奥沢以外の、一番隊八名がそろってトレーニングする。隊長であるジュンに会釈する。

 彼らの表情は暗い。

 ジュンの命令で一番隊は、妨害工作をしかけた山咲に反撃をはじめた。だが山咲は、庇護をもとめて教授から片時も離れない。トイレにまでついてゆく。いくらジュンでも、副社長の目の前で暴力はふるえない。さらに山咲は出社退社のコースを毎日変え、尾行を巻く。自宅へ寄りつかず、ホテルか男の家か知らないが、ねぐらを転々としている。

 教授が山咲とグルかどうかは、はっきりしない。すくなくとも肯定してない。教授は指揮系統においてジュンより上位だから、追及を止める権限をもつのに、どっちつかずの態度でいる。

 一番隊と大五郎をハメた企みは、山咲が主導したのか、教授が山咲にやらせて後で切ったのか。それとも別のプレイヤーが絡むのか。杳としてつかめぬまま、三日経過した。このまま無為にすごせば挽回できなくなる。一番隊の隊員たちは焦れている。

 ジュンは荒療治をおこなうと決めた。自分の庭に棲みついた「モグラ」を、これから燻り出す。

 オープンフィンガーグローブをつけ、ジュンは道場の中央へすすむ。樹脂製の練習用警棒をもつ。

 ルームランナーで走っている、サラサラの金髪の隊員に言う。

「佐々木、あたしとスパーしよう」

「僕でいいんですか」

「早く!」

「は、はい」

 佐々木愛二郎は二十二歳。入社してまだ三か月だ。ピアスをするなど、装いは軽薄。隊内でチャンコに次ぐ長身だが、実行部隊としては痩せすぎで、美容師かなにかに見える。実際、アカツキで一番弱い。イケメンに目がないジュンが外見だけでえらんだ。

 佐々木を口説きたいジュンは、しつこくラインを送ったり食事に誘ったりしているが、いまのところ色好い返事はない。

 スパーリングがはじまる。

 出端の間合いは二メートル。佐々木はジュンのキックを恐れ、それ以上近づかない。

 ジュンは警棒を背後へ投げ捨てる。佐々木を手招きして言う。

「ガンガン打ってこい」

「だぁッ」

 堰を切った様に、佐々木が警棒をやみくもに振り回す。すべて空を切る。

 ジュンは部下のリーチを正確に把握している。理論上、ヒットの可能性はゼロだ。

 佐々木はコンビネーションやフェイントをこころみるが、思考速度が隔絶しており、鼻歌まじりのジュンに躱される。攻撃に手応えがまるでなく、疲労が佐々木にのしかかる。隙が大きくなる。

 フィリピン出身の隊員である、ダニエルが叫ぶ。

「ディスアーム!」

 実行部隊がつかう汎用格闘術アームズは、棒術を主体としたフィリピンの武術エスクリマを取り入れている。大五郎が現地で学んだらしい。

 ジュンは佐々木の右側面に密着し、手首をねじ上げる。警棒がマットに落ちる。

 哀れな佐々木は対抗手段をうしなった。スパーリングを止めてもらえると期待し、同僚の顔色をうかがう。反応は冷たい。それどころか隊員たちは輪になり、逃げ道をふさぐ。

 ジュンに弱い者いじめの趣味はない。この茶番を一撃で終わらせようと、下段後ろ回し蹴りをくりだす。左の踵が相手の腿を貫く。神経が焼き切れそうな激痛が走り、佐々木は突っ伏して悶絶する。涙と唾液でマットを汚す。

 ジュンが叫ぶ。「顔上げろ、ヤリチン野郎!」

 勘の鈍い佐々木はようやく、自分が危地にいるのを悟る。これはスパーリングではない。

 リンチだ。

 伏せている佐々木の顔前に、ヲタがポケットティッシュを投げる。四谷にあるラブホテルのもの。

 口の端をゆがめてジュンが言う。

「先月、山咲とラブホに行ったんだってな。ヲタが見つけて後をつけたって。普段からそんなことしてるヲタもヤバいけど。ストーカーかよ」

 ヲタが言う。「うっせえ」

「佐々木。お前スパイだろ。あたしらを売ったな」

 佐々木はべそをかくのを止める。潔白を證明しないと命にかかわる。口をすぼめて反論する。

「それとこれとは関係ない」

「関係ありまくりだろうが。なぜ黙ってた」

「プライバシーに触れられたくない」

 なにがプライバシーだ。弱くて仕事もできないくせに、セックスに関しては強気なのが片腹痛い。ジュンが自分に気があるのを知ってるので、優位に立ったつもりでいる。

 ジュンは高速ジャブで顎を打つ。

「ふざけんな」

「殴るのはやめてくれ。俺と山咲さんはマジメにつきあってるんだ」

「はあ?」

「近いうち同棲をはじめる予定だ。そうしたら皆に報告しようと思ってた」

「あいつが教授とデキてるの知らないのか」

「嘘だ。山咲さんは不倫なんてしない」

 ジュンはヲタの方を向く。ヲタは天井を仰いで嘆息している。

 佐々木は想像以上にバカだった。すくなくとも三股かけてる尻軽女を、素直に信じている。こんなウスノロにスパイなんて、つとまりっこない。

 くやしいのは、こうゆう何も考えてないやつにかぎってモテることだ。




 その夜。

 ジュンは、新宿のシティホテル五階の廊下を行き来している。部下は連れてない。宿泊客や従業員としばしばすれ違う。荒くれ者を従えてたら怪しまれる。

 五〇三号室のドアがひらき、佐々木が細面をのぞかせる。しきりにまばたきする。ジュンは入れ替わりで部屋へはいる。ノブに「DO NOT DISTURB」のサインをかけておく。

 ダブルベッド、テレビ、椅子と机。ビジネスマンや外国人観光客がおもに利用するホテルだ。部屋の奥のミニソファに、山咲の私物が置かれている。服はキレイに折りたたまれている。

 ジュンは、山咲のバッグやコートのポケットを漁る。武器はない。バスルームからシャワーの音が聞こえる。くわしく聞き取れないが、恋人に楽しげに話しかけている様だ。奇襲は成功した。

 ジュンはダブルベッドに腰かける。オープンフィンガーグローブを装着する。特殊警棒を振って伸ばし、傍らに置く。

 華奢な体にバスタオルを巻いた山咲があらわれる。

「でね、前の会社で私が……きゃあっ!」

 ジュンが言う。「ども、お邪魔してます」

「な、なんのつもり」

「とりあえず服を着な。裸じゃ落ち着いて話できない」

 ジュンは衣装一式を放り投げる。山咲は紫の下着をつけ、ベージュのワンピースを着る。するどい上目遣いでジュンをにらむ。

「粛清しに来たのね」

「協力するなら傷つけない」

「暴力に依存するケダモノ。佐々木君があなたをなんて呼んでるか知ってる? 『ブタゴリラ』よ」

「そうゆう渾名があるのは知ってる」

「彼にちょっかい出してたそうね。無理やり飲みに誘ったり。迷惑がってたわ」

「いくらあたしでも作戦中にキレたりしない。挑発は無意味だ」

「嫉妬してるんでしょう。大好きなパパを取られて」

「自分の顔は嫌いじゃないけど、男があんたを選ぶのは理解できる」

「アカツキセキュリティはじきに消滅する。あなたも大五郎さんもおしまい」

「その呼び方やめろ」

「なに」

「パパを名前で呼ぶな!」

 ジュンは特殊警棒を、山咲の足許へ転がす。山咲は警棒とジュンを交互に見比べる。

 ジュンが続ける。「そいつはハンデだ」

「いい気にならないで。四番隊も格闘のトレーニングを積んでるのよ」

「対等の条件でもいい。それも一興かもね」

 吸い寄せられる様に、山咲は警棒をひろう。これが餌なのは承知している。自分のリズムで戦いたいジュンが、主導権を握るため撒いた。しかし、アカツキで三本指に入る格闘の天才と、素手で渡りあう勇気は山咲になかった。

 ジュンはベッドから腰を上げる。グローブを中段に構える。

 ヒュッ、ヒュッ、ヒュンッ!

 風切音を立て、カーボンスチール製の警棒が襲いかかる。フォアハンド、バックハンド、上段、中段、下段。打撃は速くて多彩だ。

 ジュンは泡を食う。

 山咲は佐々木より百倍強い。逢引きの現場を不意打ちされて動揺するどころか、快楽を奪われた怒りに燃えている。歯茎を剥き出しにして叫ぶ。どっちがケダモノかわからない。

 ジュンは山咲を過小評価していた。嫉妬心が判断を曇らせた。

 頭部は守っているが、鉄棒によるダメージが蓄積してゆく。為す術なく後ずさるジュンは、ミニソファにぶつかる。後ろへよろける。

 バランスを保とうと踏ん張れば、致命的な打撃を食らうはず。ジュンはあえて仰向けに倒れる。

 山咲はトドメを刺そうと駆け寄るが、警棒を振り下ろせない。寝転がりながら不敵に笑うジュンが不気味だった。

 ジュンは山咲の脚を、ニューバランスの靴底で蹴る。重心のかかった膝に当たると痛烈だ。蛇の様にうねるジュンの長い両脚は、苛立つ山咲があやつる警棒をひらひら躱す。

 人体で下肢ほど強力な部位はない。全体重を担って疾走し、跳躍までこなせる。途轍もない筋力だ。バランスをとるだけなら背中で用は足りる。

 ジュンの色白の頬が紅潮し、瞳がきらきら輝く。あきらかに勝負を楽しんでいる。おもちゃを与えられた赤ん坊みたいに。

 山咲は焦燥する。

 私はなにをやってるんだ。この女を殺すつもりが、ベビーシッターになっている。こんなのバカげてる。

 逃げた方がいい。

 山咲は振り向き、ドアの方を見る。

 その刹那、ジュンが上体をおこす。山咲の足首をつかんで倒す。馬乗りになり、拳で顔面を打つ。山咲は入念に化粧した顔を、両手で守る。その細い右腕をジュンは腿で挟む。背筋の力を借りて肱をのばす。

 腕ひしぎ十字固めだ。

 山咲が叫ぶ。「あッ!」

 肱が異常な角度で曲がっている。ここから逆転はありえないが、山咲はもがいて抵抗する。

 ジュンが叫ぶ。「タップしろッ!」

 山咲は降参しない。バレエでも習っていたのか、関節がおそろしく柔らかい。ジュンの足首に噛みつく。ジュンは頭を蹴って防ぐ。

 ジュンは腰を浮かせ、靭帯を引きちぎる。

 恋人に抱かれての嬌声が響くはずだったダブルルームを、苦悶の叫びが満たした。




 ジュンはのたうち回る山咲の髪をつかむ。ダブルベッドの上に引きずる。

 ふたたび馬乗りになり、ジュンが言う。

「もう意地を張るな。あんたひとりの仕業じゃないのはわかってる。全部吐け」

「私に勝ったつもりなのね。笑えるわ」

「命が惜しくないのか」

「こっちの台詞よ。自分が破滅へ向かってるのも知らないくせに」

「あたしは愛する家族のため戦う。それだけだ」

「かわいそうに。洗脳されて」

 ジュンは激情を抑制できず、無抵抗の山咲を殴る。山咲は端正な顔を歪ませ、睨み返す。

 山咲が叫ぶ。「ケダモノ! あんたも父親もケダモノよ!」

「だまれ。本当に殺すぞ」

「やりなさいよ! いつか地獄で再会するとき、あざ笑ってやるわ!」

 ジュンは山咲の首を締める。親指を押しこみ、気管をふさぐ。山咲は暴れるが、反撃してこない。充血した目に、複雑な感情がうかぶ。

 その意味がなにか、ジュンは推察する。

 怒り・憎しみ・軽蔑・恐怖・絶望・後悔……。混沌としている。しかしパレットの上に、ひときわ濃い色彩がある。

 悲しみだ。

 男たちにいい様に利用され、あっけなく切り捨てられた運命のはかなさを、山咲は嘆いている。

 山咲が黙秘するのは、味方をかばうからではない。自身のプライドを守るためだ。暁親子に鞍替えしたところで、裏切った事実は消せない。彼らは彼女を憎悪しつづける。かと言って、会社から離れることも許さないだろう。

 山咲は、一世一代の賭けに負けた。今後の人生で、自分がもとめる水準の幸福をかちとる見込みはない。女としての魅力も、二十六歳のいまがピークだ。すべてを賭け、すべて失った。

 流れこんできた感情の洪水に圧倒され、ジュンは両手をゆるめる。

 喘ぎながら山咲が言う。

「おねがい……殺して……」

 ジュンの胸が締めつけられる。ダブルベッドを叩く。自分の甘さを呪って叫ぶ。

「くそッ! くそッ!」

 無理だ。

 同情をいだいた相手を殺すなんてできない。たとえ父のためであっても。

 ジュンはベッドに仰向けに転がる。




 グレーの天井を見上げ、ジュンがつぶやく。

「ここから逃げろ。後はごまかしておく」

「逃げ場所なんてないわ」

「あんた英語できるだろ。海外へ飛べばいい。もう追いかけない。あたしが止める」

「あの人はそんなに甘くない」

「パパはあたしの言うことなら聞く」

「本当にお父さんが好きなのね」

 ジュンは横向きになり、左隣の山咲と向き合う。皮肉かとおもったが、やさしくほほ笑んでいる。瞳はまだ虚ろだが。

「あきらめるなよ。まだ若いからやり直せる」

「おかしなコ。さっきまで私を殺そうとしてたのに、必死に励ましてる」

 ジュンと山咲は吹き出す。自分たちのいる状況に現実味はまったくない。

「これまでのこと全部」山咲が続ける。「夢のなかの出来事みたいに感じる。私たち、なんであんなにいがみ合ってたんだろう」

「だよね」

「もっとうまくやれたのに。年上の私が心を開くべきだったわ。ごめんなさいね」

「あたし、山咲さんと仲良くなりたかった。ひとりっ子だから、キレイなお姉さんに憧れがあって」

「ふふ。きっと楽しかったでしょうね。姉妹みたく一緒に買い物に行ったり、食事したり」

 右肘を脱臼している山咲は、左手で涙をぬぐう。

 さっきから山咲が過去形でしか語ってないのに、ジュンは気づいていた。彼女の人生に、もう未来形は存在しない。

 殺してやることが慈悲なのだ。

 ジュンは歯を食いしばる。

 あたしはこうならない。男は女をボロ雑巾かなにかとおもっている。薄汚い目的のために使い、終わればゴミ箱へ投げ捨てる。

 あたしは負けない。この欲望の海を最後まで泳ぎきってやる。どれだけ傷ついたとしても。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

江島絵理『柚子森さん』4巻

 

 

柚子森さん

 

作者:江島絵理

掲載サイト:『やわらかスピリッツ』(小学館)2016年-

単行本:ビッグスピリッツコミックス

ためし読み/当ブログの関連記事

 

 

 

マクドナルドかどこかでの他愛ないガールズトーク、

はてしないダベリを描かせたら、江島絵理が最高の作家のひとりだ。

本巻冒頭では、小学生4年生がファッションや恋愛をかたる。

柚子森がおとなしい性格で同年代の友達がいないため、

この新境地によって世界観が拡張し深化した。

 

 

 

 

モデルの仕事をしている「りりは」が、敵役として動きだす。

柚子森とちがい社交的だが、性格が悪く、言動に裏表がある。

 

すでに美少女だらけの漫画に、さらにランクが上の美少女を登場させても、

説得力をうしなわないキャラクター造形力はさすがだ。

 

 

 

 

りりはの目的は「離間工作」。

柚子森が年上の女とよろしくやってるのが気に入らないので、仲を裂こうとする。

得意の作り笑顔で、ロリコンのみみかに取り入る。

 

 

 

 

りりはは友人をつれて、みみかの自宅を訪問。

いつも入り浸ってる柚子森をまじえ、JS3人でゲームしてあそぶ。

みみかは痛感する。

JSにはJSの世界があり、JKが踏むこむのは不自然だと。

 

 

 

 

みみかは本人のためをおもい、柚子森と距離をおく。

まだセミの鳴き声がきこえる2学期はじめの放課後、

喪失感におそわれながら、制服を脱ぎかけのまままどろむ。

 

1対1の差し合い、絵になる世界観、KOシーンのはかなさ。

本作は『少女決戦オルギア』以上にドラマチックになってきた。





関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 百合 

板倉梓『間くんは選べない』完結

 

 

間くんは選べない

 

作者:板倉梓

掲載誌:『月刊アクション』(双葉社)2016年-

単行本:アクションコミックス

ためし読み/当ブログの関連記事

 

 

 

サイテーの二股愛をえがくラブコメが完結。

最終巻では友人の広田が、間を脅迫する。

恋人ふたりにバラされたくなければ3000万円よこせと。

 

 

 

 

銀行預金は270万円しかなく、要求額にまるで足りない。

間はナイフを購入し、受け渡し場所に指定された屋上へもってゆく。

これを見せつけて威嚇し、改心させるつもりで。

 

仲のよかった友人同士が、死ぬか生きるかの瀬戸際まで追い詰められる。

オチもふくめて非凡なエピソードだった。

 

 

 

 

間の行動がおかしいのは、恋人たちも認識する様に。

面とむかって、浮気してないかとあんりに問いただされるが、

間もある意味覚悟を決めており、舌先三寸でごまかしてしまう。

 

 

 

 

作者はおそらく鏡香に肩入れしている。

吊り目でショートカットでクールな物腰、板倉梓のオルターエゴだろう。

最後のラブシーンも熱がこもる。

 

 

 

 

結末に関して言うと、大きなどんでん返しはない。

二股を肯定したまま、丸く収められたらすごいと期待して読んだが、

もともと女子にやさしい作風だし、社会通念から逸脱する内容ではなかった。

それならなぜ、こんな題材をえらんだのだろう?

 

性や暴力を大胆にえがきつつも、可憐でシンプルで洗練された表現。

個々のエピソードの魅力。

目を見張るほどの技量であり、僕は大好きなのだが、でもあいかわらず、

作品ならではのテーマ、言いたいことが稀薄なきらいがある。





関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

タグ: 板倉梓 

『オリエント急行殺人事件』

 

 

オリエント急行殺人事件

 

出演:ケネス・ブラナー ジョニー・デップ ミシェル・ファイファー ジュディ・デンチ

監督:ケネス・ブラナー

脚本:マイケル・グリーン

撮影:ハリス・ザンバーラウコス

製作国:アメリカ

公開:2017年

[予告篇はこちら

 

 

 

名高い推理小説の映画化だ。

長距離夜行列車が雪崩のせいで立ち往生したその夜、殺人事件がおこる。

犯人は、乗員乗客のうちにしかありえない。

 

 

 

 

監督のケネス・ブラナーが、探偵エルキュール・ポワロに扮する。

ベルギー訛りの特訓をうけたとかで、堂々たる芝居だ。

 

 

 

 

撮影はハリス・ザンバーラウコス。

『スルース』以降のブラナー監督作4つに参加している。

65mmフィルムで撮った映像は艶があり、「密室劇」を盛り上げる。

 

 

 

 

僕は1974年の映画の方は未見だ。

予告篇を見るかぎり、似通った印象をうける。

舞台が限定的なので、大きくいじり様がないのでは。

 

ブラナー監督作は『マイティ・ソー』と『エージェント:ライアン』を見ている。

正直、よくわからない人物だ。

シェイクスピア俳優としての輝かしいキャリアがある一方で、

最近では映画監督としてハリウッドで商業的成功をおさめている。

この記事を書く前に、若書きの自伝『私のはじまり』(白水社)を読んでみたが、

イギリス劇壇に無知すぎて理解がおよばなかった。

 

たぶん27歳で劇団をたちあげて苦労したので、監督業に適応できるのだろう。

 

 

 

 

ジュディ・デンチは、劇団の旗揚げ時に演出家として関わった戦友だ。

(ブラナーは『マイティ・ソー』でもアンソニー・ホプキンスを引っぱりこんでいる)

本作の大テーマとして、「人間の本性は善か悪か」とゆうものがある。

尻の青い若者ではなかなか表現しきれない領域であり、

ブラナー監督はアンサンブルを指揮して、その高みへ到達している。



関連記事

テーマ : 映画
ジャンル : 映画

『群狼のプリンセス』 第4章「リーク」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)






 ジュンは自宅の冷蔵庫をあけ、炭酸水のペットボトルを出す。自分と来客用のグラス三つに氷をいれ、炭酸水をそそぐ。トレーにのせてリビングまではこぶ。

 割腹自殺をはかった大五郎は、本部の医務室で松本医師による応急処置をうけた。二日経ったいまも治療をつづけている。出血多量の影響で意識は混濁したままだ。勿論ジュンは毎日見舞いに行っているが、ほかの社員に過剰に気をつかわれるため、いたたまれなくなって帰宅した。大きな病院へ移した方がいいとおもうが、松本医師に拒否された。大五郎に恩義を感じてるらしい。ふたたび自殺しないよう目を光らせる意味もある。

 リビングルームは、マンションの角に位置する。大きな窓からロールスクリーン越しに日光がとどき、白を基調とした室内を照らす。壁にピカソの『ゲルニカ』の模写が掛かる。

 ベッドにも使える革張りのソファに、チャンコとヲタが座っている。人に会う気分でないジュンだが、緊急の用と言われ、しかたなく迎え入れた。

 アディダスの黒のジャージを着たジュンが、トレーをリビングのテーブルにおく。チャンコがさっそく炭酸水を飲む。

 落ち着かない口調で、ヲタが尋ねる。

「お嬢、大丈夫か」

「家族はあたしひとりだから、気を強く持たないとね」

「一番隊はできるだけサポートする」

「ありがと。で、用件は」

 ヲタが鞄から、ファーウェイのタブレットを取り出す。アプリを起動し、一通のメールを見せる。グーグルドライブのリンクだけ張られ、文面はない。

「なにこれ」ジュンが続ける。「だれから?」

「わからない。昨晩突然送られてきた。リンク先に動画がある」

「なんの動画」

「社長のプライバシーに関係してる。いまお嬢に見せていいのか、俺は判断できない」

「さっさと見せろよ」

「よく考えてくれ。お嬢にとってショッキングな内容かもしれない」

 ジュンはタブレットをひったくり、動画を再生する。

 薄暗い部屋が映る。照明はベッドサイドランプだけ。生活感がないので、ホテルの一室に見える。ベッドがふたつならび、左側のシーツが乱れている。男女の裸体がふたつ横たわる。

「盗撮か?」ジュンが尋ねる。「悪趣味なもの見せんなよ」

「だからよく考えろと言ったんだ」

 動画では女が起き上がり、ベッドから下りる。男の方は眠りこけている。女はカメラのあるこちらへ近づく。テーブルの上のノートパソコンを操作しはじめる。ディスプレイの光で顔が浮かびあがる。髪型は崩れているが、直線的にそろった長めの前髪に特徴がある。四番隊隊長・山咲亮子だ。華奢なくせに意外と胸が大きいと、ジュンは感心する。

 男はうつ伏せになっており、顔が見えない。しかし既視感がある。短く刈った髪も。この寝相の悪さをジュンはよく知っている。休日の朝など、ベッドに忍びこんで抱きついて甘えている。

 父、大五郎だ。

 ジュンと大五郎を罠にはめたのは、同僚の山咲だった。大五郎のマックブックを密かに使用し、公安警察との連携を妨碍した。サイバー戦の専門家である山咲ならもっとスマートにできそうだが、より確実な手段をえらんだのだろう。

 美貌とゆう武器を。

 妻子ある教授と不倫関係にあるくせに。

 ジュンは汚物に触れたかの様に、タブレットをヲタへ投げ返す。炭酸水を喉へ流しこむ。はげしくむせる。

「あの女」ジュンがつぶやく。「ここまでやるのか。仮にもおなじ会社の仲間だろうに」

 ヲタが言う。「お嬢、落ち着け」

「あぁ?」

「言うまでもないが、これは情報戦だ。何者かが監視カメラを設置し、メールを送ってきた。そいつの意図を探らないといけない」

「なにが言いたい?」

「まづは情報収集が先だ」

「動画が十分證拠になるだろが」

「捏造かもしれない」

「あたしがパパを見間違えるかよ」

「感情的になるな。相当ヤバい状況に俺たちはいる」

 バリン!

 ジュンの右手のグラスが割れる。飲みかけの炭酸水と鮮血が、絨毯に滴り落ちる。

 チャンコが自分のハンカチを巻こうとするが、ジュンはそれを奪い、右手の親指と歯をつかい片手で器用に巻いてしまう。

 極端に顔を近づけ、ジュンがヲタに言う。

「まさかと思うが、一応聞いておく。お前、あたしがあの女に嫉妬してるとか思ってないよな?」

「…………」

「パパはモテるから、そりゃ彼女はいるさ。たまに外泊するし。男の人にそうゆう相手が必要なのも知ってる」

「俺が言いたいのは……」

「パパがだれと寝ようが、どうでもいい。問題は、あの女が裏切り者ってことだろ! お前らはなんとも思わないのかよ!?」

 部下に当たり散らすジュンの醜態は、嫉妬に狂ったヒステリー女そのものだ。内心でヲタは、メールを送ってきた黒幕の手腕に舌を巻く。ターゲットをみごとに遠隔操作している。

 ジュンが正式にアカツキセキュリティへ入社したのは高校卒業後だが、八年前の会社設立時から道場に出入りし、実行部隊のメンバーに可愛がられていた。大五郎が家長で、ジュンを末子とする、疑似家族的な雰囲気がアカツキの強みだった。一方でそれは、弱みでもあった。

 隣に座るチャンコを小突き、ヲタが言う。

「お前もなんか言えよ。やっぱ見せない方がよかったじゃねえか」

 タトゥーを入れた太い腕を組み、チャンコがジュンに言う。

「俺が少年刑務所あがりなのは知ってるッスよね」

「知らない」

「高校のころグレてて、ケンカで人を殺しちまったんだ」

「はあ」

「ツレがボコられて入院して、それで頭来てみんなで……。マジで後悔した。自分の家族にも、相手の家族にも迷惑かけた」

「だろうね」

「年に一度は墓参りに行くんスけど、そこで向こうの家族に会うのが辛くて……」

 般若党との戦闘で負傷し、包帯の巻かれた右手でチャンコは涙をぬぐう。

 ティッシュ数枚を渡して、ジュンが言う。

「デカい図体して泣くなよ。まあわかった。お前らが心配してくれてるのは。軽々しく動かないよ」

 ヲタが答える。「よかった」

「で、なにか策はあんの? この情報戦とやらに。相手はプロのハッカーだけど」

「まるで手掛かりがない。メールを送ったやつが社内か社外かもわからない」

「あの女に直接聞くしかないよな」

「壮絶な内ゲバになる。それが黒幕の狙いだ」

「ふん」

 ジュンは鼻を鳴らす。ひねくれた性格のヲタは、猪突猛進のジュンに対し、参謀の役割を果たしている。でも、慎重すぎる傾向がある。いまプレイしているのはターンベースでなく、リアルタイムのストラテジーだ。迷ってたら、ますます不利になる。

「あたしは本部へ行く」ジュンが続ける。「パパの具合がよかったら話してみる。許可をえてから行動しよう」

「了解」

「やるときはやるけど、お前らはついてこれんの?」

 ヲタとチャンコが顔を見合わせる。あきらかに覚悟ができてない。無理もないが。

「殺しはマズい」ヲタが言う。「特にいまは警察に目をつけられてるし」

「別に殺すとは言ってねえよ。あの女の出方次第だ。ま、腕の一本くらいへし折ってやるけど」

 ジュンは乾いた声で笑った。




 アカツキセキュリティ本部は、隅に医務室がある。手狭ながらも診察室と手術室と病室をそなえる。医師二名と看護師五名を擁し、ほぼ二十四時間体制の医療サービスを提供している。

 病室には三台ベッドがならぶ。つかっているのは大五郎だけ。自動点滴装置につながれた大五郎が、身を起こして女の看護師と談笑している。死にかけていたくせに。

 まったく男ってやつは。

 ジュンはベッドの横に立ち、看護師と向き合う。すこし化粧は濃いが、綺麗な顔立ちだ。胸が膨らみ、白衣がはち切れそう。大五郎の好みなのだろう。母親も胸が大きかった。この特徴が遺伝しなかったのは痛恨の極みだ。

 ジュンは看護師に言う。

「おつかれさまです」

「あ、おつかれさまでーす」

「父と大事な話があるので、ちょっと」

「はい」

「さっさと出てってもらえます?」

 刺々しいジュンの口調に眉をひそめ、看護師はなにごとかつぶやきながら退室した。

 ジュンは首を横に振る。自分の心の狭さにあきれる。女の敵は女。いまはひとりでも味方をふやす努力をしないと。

 大五郎は枕に後頭部を沈める。重態だったこの二日間でやつれたが、持ち前の精気は失われてない。

 パイプ椅子に腰掛け、ジュンが言う。

「いまは意識がはっきりしてるみたいだね」

「ああ。そうちょくちょく見舞いに来ないでいい。俺は大丈夫だから、夜はちゃんと家に帰れ」

「美人のナースもいるし、安心だね」

「お前なあ」

 ジュンはボディバッグから本を一冊出す。読書家の大五郎のため、書斎から読みかけらしきものを持ってきた。ポール・ジョンソンが書いたナポレオンの伝記だ。ジュンは中身をちらっと読んだが、文字ばかりで頭がクラクラし、おもしろいかどうか判別できなかった。

「暇だろうから持ってきた」

「気が利くな。家の方は問題ないか。食事とか」

「あたしの心配はいいって。ウチにはいつ帰れるの」

「松本先生は十日後と言っている」

「お祝いしないとね。たまにはあたしが料理しようかな。食べられるくらい恢復してるといいけど」

「五月五日か。お前の誕生日だな。俺はケーキでも買って帰るか」

「…………」

 病室に入ってから平静を装っていたジュンだが、我慢しきれず頭を垂れる。おととい自殺をはかった人間が、ここまで優しくできるのが信じられない。完璧をとおりこし、異常ですらある。

 ジュンは理解する。

 父はスーパーマンじゃない。スーパーマンであろうと振る舞っているだけだ。人はそれをスーパーマンと呼ぶのかもしれないが。

 見たくないものを見せられ、眠れぬ幾夜をすごすジュンは、愚痴のひとつも言いたかった。でも、父のそばにいると不満は消し飛ぶ。愛情の虜となり、熱っぽい快感の渦に飲みこまれる。

 危険な手術をうけたばかりの父にしがみつき、はげしく嗚咽する。




 ひとしきり泣いたジュンは、ティッシュで顔をふく。すっぴんなので化粧崩れはない。

「会社のことだけど」ジュンが言う。「一番隊はあたしの判断で動いていいかな」

「お前はしばらく出社するな。休職あつかいにしておく」

「一番隊もハメられた。隊員が納得しないよ」

「俺はいまこうゆう状態だ。自分の面倒すら見れない。お前をフォローしてやれない」

「だから家でメソメソしてろっての? 冗談。あたしはそんな人間じゃない」

「これは命令だ。従わないなら一番隊を解散する」

 ジュンはレザージャケットからアイフォンを出す。ダウンロードしておいた盗撮映像を再生する。大五郎の表情がこわばる。

「ヲタに送られてきたんだ。チャンコも知ってる」

「お前がそんなものを見るべきじゃない」

「別に気にしないよ。ママはともかく、あたしは怒ってないから。やっぱ巨乳好きなんだなってだけ」

「それが親に言うことか」

「あのさ、子供あつかいは止めてくんない? いまのパパにとって、あたしより頼れる人間がほかにいる? 教授だって敵か味方かわからないのに」

「めったなことを言うな。あいつは俺の相棒だ」

「いやいや、怪しいでしょ。勿論、そう誘導する策略かもしれない。とにかく山咲を拉致してボコるから、そのつもりでいて」

 大五郎は沈黙する。目の周りが落ち窪み、クマができている。急に老けたなとジュンはおもう、

「これは醜い世界だ」大五郎がつぶやく。「お前に足を踏みこんでほしくない」

「そう? 父親のハラキリを見るよりマシじゃない」

「…………」

「あと確認したいことが一点あんだけど」

「なんだ」

「尋問しても山咲が口を割らない可能性がある。ムダな抵抗をしたり、死を選ぶかもしれない。パパがあいつを大切におもうんなら、手加減するよ。必要以上に追いこまない」

 ジュンは山咲が心底憎い。制裁するのが当然とおもう。それでも大五郎にとって彼女は、情を交わした相手だ。父が、自分が抱いた女が痛めつけられるのを望む様な、薄情者であってほしくないとゆう気持ちが、ジュンのなかにある。

 大五郎は視線をそらし、ブラインドのかかった窓をわざとらしく見る。

 黙認の合図だ。

 ジュンの胸が痛む。それは複雑な感覚だった。




 ジュンは駒沢のスケートパークで、BMXに乗っている。ここ数日、矛盾する感情が衝突し、心が悲鳴をあげていた。体を動かして発散しないとやってられない。

 勢いよく助走をつけ、ランプを駆け上る。空中で全身をひねり、三百六十度回転して着地する。周囲で拍手があがる。スマートフォンで録画する者もいる。悪い気はしない。

 十分ほどで練習を切り上げる。睡眠不足のせいで体調がすぐれず、トリックのキレはいまいち。

 内部抗争が陰惨になりがちなのは、ジュンにも想像がつく。報復は連鎖するものだ。もし副社長である教授が山咲のバックにいるなら、アカツキが真っ二つに割れる。損害は計り知れない。山咲が裏切ったのも、本人なりの事情があるだろう。かんがえだすとキリがない。

 だからと言って、黙ってもいられない。

 ぼんやりスケートパークをながめる。紺のハーフパンツを穿いた男子小学生が目につく。危なっかしいが、スケートボードで果敢にミニランプに挑戦している。睫毛が長く、色白の頬が紅潮している。

 ジュンはイケメン好きだが、もっと好きなのは美少年だった。ひとりっ子なので、可愛い弟がいたらいいなと妄想することもしばしば。

 少年がスケボーを縦に手で持ち、自動販売機のあるこちらへやってきた。

 満面の笑みをうかべ、ジュンが話しかける。

「上手だね。ひとりで来たの?」

「…………」

 少年は一顧だにせず、コーラのペットボトルに口をつける。顔がいいので、年上の女から話しかけられるのに慣れてる感じだ。ジュンはますます気がはやる。むしろショタはこうでないと。

「お姉ちゃんは近くに住んでるから、よくここに来るんだ。スケボーも持ってるよ。いまはBMX専門だけど」

「BMXとか興味ない」

「古いのが家にあるから貸してあげようか。いや、あげてもいい」

「いらない」

「なんでスケボー始めたの」

「おばさんには関係ない」

「お、おば……お姉ちゃんは、『ET』って映画を見たのがきっかけだな。子供たちがBMXでパトカーから逃げるのがカッコよくて」

 軽蔑の眼差しで、少年はジュンを見上げる。その冷たい表情にジュンはときめく。

 フェンスに立て掛けていたスケボーをつかみ、少年が言う。

「俺は戻るけど、いい?」

「うん。いきなり話しかけてごめんね。ああでも、プロテクターはつけた方がいいよ」

 少年の目の色が変わる。プライドを刺激されたらしい。

「おばさんだってつけてないじゃん」

「あたしは上級者だから」

「腕前の問題じゃないでしょ。プロだって、つけてる人はつけてる」

「じゃあなんで君はつけないの」

「カッコ悪いじゃん。プロテクターしてても、怪我するときはするし」

「わかる」

 少年は歩み去り、黙々とミニランプでの練習を再開する。

 負けじとジュンは、大きなセクションへ入る。エアターンを決めようとRをのぼる。ランプの頂点でホップし、体を内側へ倒す。

 スピードが足りなかった。遠心力が働かず、十分に回転しない。着地するが、タイヤとRの面が噛み合わない。真横にBMXごと叩きつけられる。

 ジュンは後悔する。

 さっきの休憩が止め時だった。コンディション不良のうえ、考えごとをしすぎていた。父のこと、会社のこと、山咲のこと、少年のこと。

 ストリートスポーツに負傷はつきものだが、時期が悪い。いま自分が大怪我をしたら、だれが父を守るのか。

 BMXがガシャンと嫌な音を立てる。フレームが折れたかもしれない。大の字になって動かないジュンの周りに、人が集まる。

 ふとジュンは我に返る。BMXの無事を確認する。傷だらけだが、これは元からだ。つぎに自分の体をまさぐる。骨折も打撲もない。痛みもない。左肘を擦りむいただけ。

 ギャラリーのなかにいた少年に、ジュンはウインクする。

 君にはいいヒントをもらったよ。好きな様に、やりたい様にやればいいって。

 結果がどうなるかは、運次第。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

ひみつ『たば子ちゃん』・『ぺたがーる』3巻

 

 

可憐な絵柄と、ひねりのきいたユーモアが特徴の、

ひみつ作品が同時期に2冊出たので、まとめて紹介。

 

まづはタバコ擬人化コメディの『たば子ちゃん』。

タバコに火をつけてフーッと煙を吐くと、妖精みたいな幼女があらわれる。

 

 

 

 

仕事の合間に喫煙所で、ああだこうだと自問自答。

そんなストレス解消の時間を、美少女との会話としてアレゴリカルに表現する。

 

 

 

 

僕はタバコが嫌いだが、そう悪くないかもと思わせる。

ひみつ作品には、ふんわりとした不思議な包容力がある。



 

 

 

 

巨乳にあこがれる貧乳女子「ひいちゃん」がいじらしい、

おっぱい系4コマの『ぺたがーる』は3巻が刊行。

ひいちゃんは相変わらず、涙ぐましい努力をしている。

 

 

 

 

銭湯回の32話では、お約束の背中の洗いっこ。

ひいちゃんのママが娘の背中をゴシゴシするが、そこは胸だった。

おっぱいをネタにからかうことはあるけれど、みんな仲良し。

 

 

 

 

僕は貧乳派なので公平に評価できないが、

巨乳派が本作を読んでも、ひいちゃんを可愛いとおもうだろう。

 

奇抜なアイデアで対立を調停する、やさしい世界観が心地よい。




関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

鈴木マナツ『朝比奈くんのひみつ』

 

 

朝比奈くんのひみつ

 

作者:鈴木マナツ

掲載誌:『月刊コミックガーデン』2018年1月号(マッグガーデン)

[当ブログの関連記事はこちら

 

 

 

主人公は「如月美織」、女子高生である。

自宅が下着屋さんなので、よく店の手伝いをする。

商品知識が豊富で、接客も上手だ。

むしろ熱心すぎるくらい。

 

本作は『コミックガーデン』に掲載された、読み切り作品。

『ウルトラジャンプ』に連載中の『コネクト』では、作者最大の武器である、

繊細で艶のある女体の表現が不足ぎみなので、期待せずにいられない。

 

 

 

 

店にパーカーを着た男子がひとりでやってくる。

鈴木マナツ作品はやたらパーカーの出番が多いので、ファンはニヤリ。

フードをおろしたら、同級生の「朝比奈くん」だとわかった。

彼女へのプレゼントだろうか。

 

 

 

 

ところが朝比奈くんは、自分の下着を購入するため来店した。

いわゆるブラ男子である。

美織の家が下着屋さんなのを秘密にするかわりに、

自分にぴったりのブラをえらぶよう要求する。

 

 

 

 

朝比奈くんがブラ男子になるにいたった事情もあかされる。

ちょっと切ない、しっとりした読後感はさすがだ。

 

女の子のカラダを見たいとゆう、こちらの当初の目的が達成されなかったのは残念。

それはともかく、鈴木マナツのキャリアは現在「日常」寄りの時期にあるらしいが、

『阿部くん』『WIXOSS』みたいな全開の中二病趣味も読みたいところ。





関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

マシュー・ガスタイガー『NAS イルマティック』

(画像は映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』から)

 

 

NAS イルマティック

 

著者:マシュー・ガスタイガー

訳者:押野素子

監修者:高橋芳朗

発行:スモール出版 2017年

 

 

 

1994年にリリースされたNasのアルバム『Illmatic』を、仔細に解説する本だ。

結論から言うと、さほどおもしろくない。

論じる対象があまりに傑作すぎ、麓から高峰を見上げて終わった様な読後感。

ドキュメンタリー映画『Nas/タイム・イズ・イルマティック』の方が、

映像の力がある分だけ胸に迫るものがある。

 

でもそれは逆に言うと、23年が経過しても語り尽くせないアルバムってこと。

 

 

 

 

ドクター・ドレーの『クロニック』が1992年。

ヒップホップ史的には、西に押されっぱなしの東海岸勢が結集し、

弱冠20歳のNasを刺客として送りこんだ……と言われる。

しかし実際はNasが、アルバム制作を完全にコントロールしていたらしい。

 

すでに大御所だったピート・ロック以外全員のプロデューサーを、

クイーンズブリッジへ呼びつけて綿密に打ち合わせをした。

また、ヒップホップアルバムは曲数を水増ししたがるのに、「10曲」にこだわった。

1曲めが短かくてイントロ風なので、「9曲入りのEP」扱いされすらした。

 

 

 

 

まだ自作を発表してない20歳の男が、大物プロデューサーたちを仕切れたのは、

ジャズミュージシャンである父のオル・ダラの影響が大きい様だ。

Nasは幼いころトランペットを吹いていたが、父によるとその腕前は「神童」だった。

音楽に関する審美眼に自信があったはず。

 

 

 

 

全部で3曲に参加したDJプレミアは、頑固なNasに手こずったが、

9曲めの「Represent」だけは反対をおしきり、自分好みのビートをいれた。

1924年の映画のテーマソングをサンプリングした、無機質で硬質なビートが、

ジャズ的な哀愁やふくよかさに親近感をもつNasに敬遠されたのだろう。

 

結果として「Represent」は、プレミアのキャリアでも秀逸なトラックとなった。

プレミアは、ほかのプロデューサーによるアルバム収録曲を聞き、

その出来栄えにおどろき、自身も一切妥協しないと決意した。

ネイティヴタン風のいかにも東海岸らしいサウンドを乗り越え、

『Illmatic』を普遍的で不朽の藝術作品の域へ到達させるのに貢献した。

 

 

 

 

2001年にジェイ・Zが、Nasを罵倒する曲「The Takeover」を発表する。

それ自体はヒップホップ業界では日常茶飯事であり、どうでもいいが、

問題はディスソングのなかですら、『Illmatic』を10年にひとつの傑作と認めてること。

あまりに高みへ登りすぎ、タブーのないMC同士でもアンタッチャブルな聖典となった。

 

2ndアルバム以降、Nasは「セルアウトした」と批判された。

『Illmatic』が大して売れなかったので、同情すべき面がある。

それより重要なのは、90年代に社会の荒廃が劇的に改善したこと。

ヒップホップの躍進期に、賢いMCは黒人男性に対するステレオタイプを利用し、

暴力的なイメージをふりまいて音楽市場を制覇した。

しかし一夜にして、窮極のリアリティは、時代錯誤のファンタジーとなった。

 

事情は複雑にいりくんでいる。

まるでNasの多音節語のライミングみたいに。





関連記事

テーマ : HIPHOP,R&B,REGGAE
ジャンル : 音楽

『群狼のプリンセス』 第3章「父」


登場人物・あらすじ(準備中)


全篇を読む(準備中)






 ジュンは、世田谷のマンション六階の住居へもどった。自室に入るより先に、客間兼トレーニングルームになっている和室で、仏壇の前に膝をつく。母である洋子の写真が飾られている。娘に似て気の強そうな顔立ちだ。線香を立て、鈴を鳴らす。この日課を欠かしたことはない。

 洋子は五年前、沖縄のホテルの屋外プールで溺死した。夜に酒気を帯びて泳いだのがよくなかった。それ以来、父と娘のふたり暮らしが続いている。

 合掌しながらジュンがつぶやく。

「さっきメッセで知ったんだけど、いま大変なの。きょうあたしが仕事でやっつけた中に、潜入捜査中の公安警察官がいたんだって。噂では死んだって。あたしがどうなるかはともかく、会社が潰れるかもしれない。ママ、助けて。パパはまだ再婚せずに、親子二人でがんばってるの。助けてくれるよね。おねがい」

 予兆はあった。

 駐車場の三階にいた、マッシュルームカットの男だ。「話がちがう」と言ってジュンを押しとどめようとした。公安警察がなんらかの形で、アカツキセキュリティと共同戦線を張っていた可能性はある。通達を無視され、それどころか潜入捜査官を殺されたとあれば、警察は激怒するだろう。

 ジュンの判断は戦術的にまちがってない。マッシュルームカットは武装していた。しかし、ことは政治だ。警察がアカツキと連携するのはあくまで有用だからであり、内心では素性の卑しい野良犬と蔑んでいる。ひとたび落度が見つかれば、組織をあげて制裁にうごく。

 ジュンは床の間にある三本掛けの刀掛けから、朱塗りの鞘の刀をとる。「鬼切」とよばれる一振りで、値が張るものらしい。父が購入したとき、母と口論になったのを思い出す。

 父に抜刀術を仕込まれたジュンは、毎日和室で稽古している。鬼切をなかばまで抜く。ざらついた刃紋を見るたび鳥肌がたつ。乱れに乱れているのに、匂い立つほどうつくしい。

 こんな風になりたい。一本の刀の様に。

 信義によって生き、愛する者のため戦い、斃れるときは正々堂々と斃れる。

 わけのわからない連中の、密室での謀議に足を引っ張られるなんて、まっぴらだ。

 いや、それでもかまわない。

 全世界を敵に回しても、あたしはパパを守る。来るなら来い。ひとり残らず返り討ちだ。

 ノックのあと襖がひらき、大五郎が中をのぞく。もともと特殊な親子だが、娘が抜身の真剣とにらめっこする姿は、あまり穏やかに見えない。

 肩をすくめて大五郎が言う。

「夕飯ができたぞ」




 白い清潔なテーブルクロスのの上に、手製の料理がならぶ。ラザニア、鶏肉のシチュー、きのこのサラダ、パン、チーズ。そして赤ワインのボトルが一本、グラスが二脚。

 ジュンは席につくが、フォークを手にするのをためらう。トマトソースの匂いを嗅いでも、食欲をそそられない。胃が縮み上がっている。

 大五郎は、うつむく娘に言う。

「例の噂を気に病んでるのか」

 ジュンは喉を詰まらせる。申しわけなさと恥づかしさで言葉が出ない。それでもどうにかひとこと、ふりしぼる。

「ごめんなさい」

「お前が謝るべきことは何もない。すべての責任は俺にある」

「でも、会社が」

「心配するな。ちゃんと丸く収める」

「公安警察官が死んだって」

「情報が錯綜してる様だな。会社は問題ない。俺がお前に嘘をついたことが一度でもあるか」

「ううん」

「だったら冷めないうちに食べよう。せっかくお前の好物をつくったんだ」

 大五郎はやさしくほほえむ。

 ジュンの胃のさらに下方から、あたたかい感情がじわじわ上り、全身を包みこむ。現金なもので、働きづめで空腹だったのに気づく。ラザニアにフォークを刺し、挽肉やチーズがからみあう風味を堪能する。

「おいしい」

「それはよかった」

 ジュンの顔が火照る。やはり自分は甘えすぎかもしれない。

「あたし、ダメダメだよね。なんで忙しいパパに料理させてんだろ」

「きょうはお前をねぎらうため、腕に縒りをかけただけさ」

「いつもじゃん。あたしもすこしは家事しないと。せめて掃除や洗濯とか」

「俺がやった方が早いからな」

「ママもそうだった。料理するの見たことない」

「あいつの料理はひどかった。あれならドッグフードの方がマシだ」

「あはは」

 ジュンは半分注がれたワイングラスに口をつける。うっとりとした表情で続ける。

「パパってほんとスーパーマンだなあ。イケメンで、仕事ができて、強くて、やさしくて、家事もできる」

「おだてても何も出ないぞ」

「心から尊敬する。あたしは何一つかなわない」

「家事なんてくだらんさ。俺はそんな物をやらせるために、お前を育てたんじゃない」

「いづれ会社を継がせるため?」

「ちがう。アカツキセキュリティは、お前にとって踏み台にすぎない。俺の希望は、お前に政治家になってもらうことだ」

「えっ」

「お前は総理大臣の器だとおもっている」

 大五郎のワインの進みは普段より速い。しかし酔いにまかせての妄言ではなさそうだ。

「いくらなんでも過大評価だよ! あたしみたいな高卒のバカが政治家になれるわけない」

「俺だって高卒だ。親が貧しかったからな。それでも起業して成功した。学歴になんの意味がある」

「たしかに」

「俺はもうすぐ四十になる。いまから政界へ転じても天下は取れない。でもお前はまだ十八歳だ。総理大臣になるまでの戦略はすでに立てた。時期が来たらくわしく教える」

「うへえ」

 ジュンはもう一口、赤ワインをふくむ。比較的酒に弱い体質で、いつもは父の晩酌のつきあいで舐める程度しか飲まないが、つい手がのびる。

 首を横に振り、ジュンが続ける。

「パパはすごいや。なんでもかんでも戦略どおり実現してくんだもの」

「そんなことはない。人生は予測不能なことばかりだ」

「ママが亡くなったこととか?」

「そうだな」

「でもママは幸せだったよ。パパみたいな人と結婚できて」

「だといいが」

 昂奮ぎみだった大五郎の声が低くなる。娘の立場ではわからない、夫婦の機微があるのかもしれない。ジュンはちょっと癪におもう。

「なんでパパとママは結婚したの? 熱心にアプローチしたのはどっち?」

「俺だな」

「ママが美人だったから?」

「そりゃそうだ」

「二十歳で結婚って早いよね。大恋愛ってやつ?」

「だいぶ酔ってるな」

「前から聞きたかった。あたしもそうゆう恋がしたい。燃える様な恋が」

「いま彼氏はいないのか」

「いない。これまで付き合ったのは二人。でもどうしてもパパと比べちゃう。パパの方が好き」

「喜ぶべきか、悲しむべきか」

「悲しんでよ。決して幸せになれない運命のファザコン娘を」

「そう思うのは、お前がまだ若いからさ。結婚して子供を産めば、だれでも子供が一番大事になる」

「かもね。ならあたしは結婚なんてしない。すくなくともパパの夢がかなうまで」




 翌朝。

 ジュンは千駄ヶ谷にあるアカツキセキュリティ本部にいる。禅寺を買い取って改修した和風建築だ。渡り廊下を早足ですすみ、社長室へむかう。白砂で大海を模した石庭が、左側にある。

 紙の束と一冊の本を、両手に抱えている。書名は『東京のミステリースポット』。駐車場で拘束された般若党のメンバーは警察が取調べ中だが、ジュンは資料をあつめ調査している。闘争の場に身をおいた自分にこそ、見える真実があるはずだから。

 般若党は、既存の政治や宗教の団体とつながりがない。彼らの唱える反人権主義は、政治思想としては過激すぎる。かと言って、宗教として成立するほどの確固たる教義も見出だせない。それなのに、だれも得をしない愚行に、異常な熱心さで取り組んでいる。発生した事件の共通点は、実行犯が能面をかぶって無差別に大勢殺したことだけ。彼らはどこから来て、どこへ向かっているのか。

 そこでジュンはかんがえた。般若党には独自の価値観があるらしいと。たしかに彼らの行動はまさにテロリストだが、その本質はテロリストでないかもしれない。三度の爆破事件は、人々を恐怖に陥れるためでなく、ほかに目的があるのでは。

 ジュンは戦闘だけでなく、戦略面でも父に貢献できる自信がある。きっと褒めてもらえる。

 社長室の木製のドアをノックする。

 返事がない。トイレだろうか。

「パパ、入るよ」

 最初に視認したのは、無垢フローリングにひろがる血溜まりだった。床に横たわる大五郎のYシャツがはだけている。前腹壁がやぶれ、ピンク色の小腸が露出している。紙の巻かれた短刀がころがる。

「…………」

 ジュンは悲鳴を上げたが、声にならない。呼吸器官が停止しており、発声できない。

 切腹だ。

 戦国武将に憧れる大五郎らしい行為だ。

 全責任は俺にある。会社は問題ない。ちゃんと丸く収める。子供が一番大事だ。俺はお前に一度も嘘をついたことがない。

 父はそう言った。

 いつになく饒舌だった。あれは最後の晩餐だったのだ。

 ジュンはまったく兆候を感知せず、たらふく食べて飲んで、しゃべりたいだけおしゃべりした。父が死をもって責任を果たすと決意していたのに。

 会社のため。

 そして、ひとり娘のため。

 ジュンの脳は酸素不足により、身体のコントロールをうしなう。父とむきあう様に倒れる。

 部屋の外から声が聞こえる。道場は障子をあけていると社長室の様子をうかがえるので、だれかが異変を察したらしい。

 よかった。

 本部には医師が常駐しており、外科治療の設備もある。ひょっとしたら助かるかもしれない。

 ジュンは、すこしづつ暗くなる視界のなかで力をふりしぼり、目をつぶった最愛の父に手をのばす。

 パパ、ごめんなさい。

 あたしのミスで、袋小路へ追いこんでしまって。つらかったよね。苦しんだよね。絶望したよね。バカで親不孝な娘で、本当にごめんなさい。

 この借りは、かならず返します。

 たとえ我が身が粉々に砕け散っても。




関連記事

テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』9巻

 

 

中卒労働者から始める高校生活

 

作者:佐々木ミノル

掲載誌:『コミックヘヴン』(日本文芸社)2012年-

単行本:ニチブンコミックス

ためし読み/当ブログの関連記事

 

 

 

9巻はまるごと、莉央の初アルバイトの話。

小遣いに不自由してないが、人生経験をつみたくてファミレスで働きだす。

要領悪いタイプなので、読者の予想どおり失敗ばかり。

 

それはそれとして、メイド風の制服が可愛い。

リアルな青春群像を指向している本作だが、

一方で萌え的なサムシングを忘れないのが美点だ。

 

 

 

 

職場には、かつての恋敵である、あかりがいた。

性格も正反対なふたりは、当然衝突する。

 

ただあかりは単純な憎まれ役でなく、発言は意外と深い。

 

 

 

 

仕事に慣れたころ、通信制高校の仲間が店をおとづれる。

真っ赤になって恥づかしがる莉央。

お約束の展開だ。

 

 

 

 

職場では、大学生の「岬」が莉央にちょっかいを出していた。

やさしくサポートしてもらい、内気な莉央も心をひらく。

しかし、彼氏であるまことの目からは、不必要に馴れ馴れしく見えるし、

こちらは客なのに挑発的な態度をとるので、ついにキレてしまう。

 

 

 

 

9巻は途中まで、ベタなエピソードで引き延ばしをはかるのかと作者を疑ったが、

最後にどんでん返しが決まり、自分の雑な読みを反省させられた。

ネタバレになるので、くわしく書かないけれども。

 

甘く苦い、青春のトワイライトを丁寧に塗り重ねる、本作の魅力はかわらない。





関連記事

テーマ : 漫画
ジャンル : アニメ・コミック

最近の記事
記事の分類
検索とタグ

著者

苑田 謙

苑田 謙
漫画の記事が多め。
たまにオリジナル小説。

Twitter
メール送信

名前
アドレス
件名
本文

カレンダー
11 | 2017/12 | 01
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
月別アーカイヴ
02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03