garnet『セレブ漫画家一条さん』
セレブ漫画家一条さん
作者:garnet
掲載サイト:『@vitamin』(KADOKAWA)2017年-
単行本:電撃コミックスNEXT
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液晶タブレットを背にして座る、22歳の「一条茉莉」の職業は漫画家。
しかし洗練された身なりのせいで、そう見えない。
実際、一条さんはセレブだ。
英才教育をうけた彼女は、7歳から巨大企業の経営にたづさわり、
各国の要人を相手にタフな交渉をこなす毎日をおくる。
一方で、漫画家になるのは幼いころからの夢。
出版社くらい余裕で買収できる財力があるのに、
あえて実力で勝負してるので、編集者の言葉に一喜一憂する。
こんな風にギャップ萌えをたのしむ作品だ。
打ち合わせ中、編集者がオフレコで話したいと言うので、
一条さんが人払いすると、店から人が一瞬でいなくなる。
セレブは取材にも気合いをいれる。
制作中のファンタジー漫画にリアリティをだすため、北極圏をおとづれたり。
いろいろズレてる天然ぶりが可愛い。
本作は、ツイッターで発表した作品をもとにしてるそうで、
ストーリーの奥深さでなく、シチュエーションのおもしろさが売り。
そして高い画力により造形された一条さんが、魅力的なキャラなのはたしかだ。
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板倉梓『きらきらビームプロダクション』完結
きらきらビームプロダクション
作者:板倉梓
発行:竹書房 2016-7年
レーベル:バンブーコミックス
アイドルもの4コマ漫画は、完結となる2巻が刊行。
からぁ~ず☆の3人が海で、カレンダーの撮影をおこなう。
2月なので寒くて震える。
士気を高めようと、無理な仕事をいれたマネージャーも上着を脱ぐが、
自分たちとおなじく生足になれと、リーダーのあかねが要求。
そんな些細なことでテンションあがる、箸が転んでもおかしい年頃だから。
撮影がおわり、温泉であたたまる。
ヌード撮影もこなす女性カメラマンが、「いまこの瞬間を写す意味」を語る。
つい、この人にヌードを撮ってもらいたいと思ったメンバーは、
プロカメラマンのもつ吸引力におどろく。
天使の様な無邪気さから、そこはかとないエロスへの落差。
あいかわらず板倉梓は、エピソードの盛りこみ方が巧み。
カレンダー発売を記念してのイベント。
ファンから直接「8月のが夏らしく元気でよかった」と言われ、してやったりの表情。
うつろう季節のなかで、偶像と実像を表現するアイドルの、
はかなさとしたたかさを描く第24話は、本作の白眉かも。
本作は2巻で終了したので、「板倉梓の代表作はなにか」問題は未解決のまま。
僕は比較的萌え4コマを読む方だが、なんでも描ける板倉は、
このジャンルにおいても一流でありつづけてると思う。
でもやっぱり、器用なんちゃらなのは否めないかな。
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まつだひかり『まことディストーション』
まことディストーション
作者:まつだひかり
掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA)2017年-
単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ
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女子高生のバンドものである。
JK4人が楽器もってれば、とりあえずツカミはOK。
主人公「天王寺まこと」の担当はベース。
ギターだとおもって買って、メンバーに見せたら違うと言われ泣き出す。
ベースなんて、地味で存在意義のなさそうな楽器は嫌だから。
練習よりおしゃべりに熱心なのは、このテの漫画のお約束。
エロく見えるギターの持ち方を競い合ったり。
シャイなまことは、あけすけな会話についてゆけないが、
ちらほらと天然のエロスを発散しており負けてない。
せっかくスタジオ借りてるのに、いつまでも終わらないガールズトーク。
しびれを切らしたドラムの「葵」が、貧乏ゆすりでバスドラを叩く。
辛辣で容赦ないやりとりがたのしい。
作者はバンド活動をしてるらしく、描写は意外と本格的。
キャラの描き分けもたくみで、さほど目新しさはないが充実した作品だ。
それにしても、制服女子がギターや銃や刀をもってるだけで、
かわいさがぐんと増幅されるのはいまだに謎。
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室吉隆『永遠の青』
永遠の青
作者:室吉隆
発行:日本文芸社 2017年
単行本:ニチブンコミックス
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入れ墨をテーマとする、1巻完結の作品である。
主人公「狩野周心」は女しか彫らない、変わり者の彫師。
周心を訪れる女はさまざまで、カタギもいる。
共通してるのはみな虐げられ、食い物にされてること。
入れ墨は覚悟をきめた女たちに、過去を断ち切らせる。
蛹が蝶になる様に変身させる。
勿論、切った張ったのヤクザものらしいお楽しみもある。
銃を突きつけられても、彫師のプライドを守ったり。
姐さんである「美咲」との関係が、本作のメインプロット。
ほかの女が出入りするだけで露骨に嫉妬してかわいい。
入れ墨の施術をセックスに見立てる描写は、見ごたえあり。
別名義でいくつか萌え系作品を発表している作者が、
大胆に絵柄を変えて賭けに出た異色作だ。
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ちると『とっても優しいあまえちゃん!』
とっても優しいあまえちゃん!
作者:ちると
掲載サイト:『ドラドラドラゴンエイジ』(ドワンゴ)2017年-
単行本:ドラゴンコミックスエイジ(KADOKAWA)
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「あまえちゃん」は乳房が発達してるけど、まだ小学生。
マンションの隣に住む漫画家志望の「おにーさん」になついている。
むしろあまえちゃんの方が、おにーさんを小動物みたく可愛がっている。
あまえちゃんは恋愛感情に目覚めてないし、おにーさんは性欲を抑制している。
ふたりの仲は進展しそうにない。
巨乳JSが全身から発散する、無邪気なエロスを堪能する作品だ。
1巻時点で、あまえちゃんの家庭環境は説明されない(おそらく描き様がない)。
ヤンキーっぽい毒舌な友達「まともちゃん」とか、ロリキャラの描き分けは巧みだ。
公園であまえちゃんに抱きついてるところを、婦警さんに目撃される。
現行犯逮捕されてもしかたない状況だが、
婦警さんが天然キャラだったため意外な結果に。
萌え文化を「甘ったれたマザコン趣味」と腐すのは典型的な論法だが、
批判を逆手にとって、ヒロインの属性にギュッと凝縮したのが本作。
このダメすぎる世界観を受けいれるべきか判断に迷っていたら、
いつの間にか思考停止し、全面降伏している恐るべき踏絵だ。
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尾崎かおり『金のひつじ』
金のひつじ
作者:尾崎かおり
掲載誌:『月刊アフタヌーン』(講談社)2017年-
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河川敷に捨てられた車のなかで練炭自殺しようとした少年を、
ボンネットに乗った明るい髪の少女が、ギターでフロントガラスを割って助ける。
少女は涙ぐんでおり、はげしく複雑な感情が内面で渦巻いてるのが解る。
寡作で知られる尾崎かおりの新連載が、『アフタヌーン』11月号からはじまった。
繊細かつ洗練された、あいかわらず魅力的な絵だ。
自殺未遂とゆう、のっぴきならない状況を説明したあとで、
すこし時間を遡ったところから物語がはじまる。
高校生の「三井倉継(みいくら つぐ)」は、小学校まで住んでいた街へもどってきた。
家族は母と姉に、妹がふたり。
父の死が、引っ越しのきっかけらしい。
本作は、男ふたり女ふたりの幼なじみの関係を中心にえがく青春もの。
仲良しだった4人は、多感な時期である6年間を経て変わってしまった。
キリキリと胸を締めつける、センシティヴな作風は尾崎かおりならでは。
第1話の38ページに、練りこんで磨きあげた物語の実質がつまっている。
上から目線で恐縮だが、本作を読まずに漫画は語れないとさえ言いたい。
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小川亮『私人警察』
私人警察
作者:小川亮
掲載サイト:『マンガボックス』(講談社)2017年-
単行本:講談社コミックス マガジン
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「ストーカー捕まえます」と書かれたオンボロのVWに乗ってるのは、
長髪でイケメンな元警察官の「麻木蓮二」。
アイドルの「古都みはる」は麻木に警護を依頼するが、ライブ中に拉致される。
ストーカーたちの手のこんだ陵辱シーンが本作のみどころ。
バトルも迫力がある。
速乾性の樹脂で窒息させられた麻木は、
ペンを自分の頬に突き刺し、口金だけのこして空気孔にする。
ストーカーへの敵意がすさまじい。
傭兵あがりとの一戦もよかった。
意識をうしないながら、自身を介して鉄柵と敵を手錠でつなぐ。
妻子を殺された経験のある麻木は警察を辞め、
ストーカーを「私人逮捕」するのに執念を燃やしている。
作者の画力は相当高い。
ちなみに小畑健が単行本帯に推薦のコメントを寄せている。
荒木飛呂彦的なケレン味も魅力だ。
細いのに出るところは出ている女体の描写に惹かれるが、
本作の女キャラはあくまでターゲットであり、さほど主体的に動かないのが惜しい。
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さんかくやま『概念』
概念
作者:さんかくやま
掲載誌:『月刊ドラゴンエイジ』(KADOKAWA)2016年-
単行本:ドラゴンコミックスエイジ
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女子高生が反復横飛びしたら、枠線をシュンとはみ出した。
そして本来関係ないはずの、となりの4コマのオチに影響をあたえる。
ジャンルの制約を逆手にとったシュール系4コマだ。
ブルーベリーを食べるつもりが、イクラじゃないかと疑われ不安に。
たしかに色がついてないから解らない。
残酷に突きつけられる記号性や概念性により、もはや読者は、
流行中のグルメ漫画を以前の様にたのしめなくなるだろう。
あちこちに罠が仕掛けられている本作は、読者に集中をもとめる。
挙句の果てにコマそのものが迷路に。
僕は解いてみたが、けっこう本格的だった。
少女たちは、文字どおり4コマの枠をこえて自由にふるまうが、
いきなりあらわれた警察官に拘束されたりも。
以上の枠線藝が本作のウリだが、「やる気を出すためのやる気が出ない」とか、
阿部共実作品などに通底する、イマドキの女子のたたずまいもステキだ。
猫も杓子もデジタルな時代なので、自分も倣おうとするが、
友人が実演してくれたのに、かわいくないのでアナログにとどまる。
「かわいいは正義」がゼロ年代のイデオロギーだとしたら、
「かわいいしか正義がない」が10年代のそれに当たるだろうか。
突発する不条理な暴力性。
刹那性と虚無感。
かわいさの残像だけが、コマのないコマにただよう。
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『ナデシコ女学院諜報部!』 最終章「七星剣」
ジェーンはミキに憤慨し、ケーブルが張り巡らされた床をドシンドシンと踏みつける。
銃と刀だ。絶対的な優位はうごかない。でもあの女は、いちいち予想外の手を打ってくる。自分の立ってる土台が崩れてゆく様な、漠然たる不安。
ジェーンはファイブセブンの照準を、汗で前髪が貼りついたミキの額にさだめて言う。
「そんな近接武器でどうするつもり? 日本は石器時代から進歩がない」
「石器時代に金属器はないだろ」
「いまだに人が外でタバコを吸っている。文化は差別主義的で、女性を蔑視している」
「お前にだけは言われたくない」
「日本は先進国じゃない。土人の国よ」
「かもね。だからと言って、ボクがお前に劣ってるわけじゃない」
ミキはかすかに腰を落とし、七星剣を天に突き上げる。
「信じられない」ジェーンが言う。「この期におよんでカミカゼアタック」
「さっさとケリをつけよう」
「刀は日本の魂ってわけ? アルカイダと変わらない野蛮な原理主義」
「ゴチャゴチャうるせえな。お前は嫉妬してる。日本の文化に」
「なんですって」
「アメリカには歴史がないからな。シンデレラ城みたいな単なるハリボテだ」
ジェーンが手にするファイブセブンが揺れる。深呼吸するが、耳鳴りがやまない。壁一面を覆う巨大な星条旗がぼやけて見える。星条旗こそが正義で、地上の唯一の真実なのに。もともと激しい気性だが、これほどの怒りは経験がない。
「この銃は二十発装弾できる。予備弾倉が四つ。全弾ぶちこんでやる」
「超音速の刃で、そのキレイなお顔を真っ二つにするのが先だ」
「お前たちは弱すぎる。原爆二発であっさり降伏するなんて。私が大統領なら千発落とした」
「それは典型的なプロパガンダだ。日本が降伏した直接的原因はソ連参戦だ」
「ファッキンジャップ!」
ジェーンはファイブセブンを発砲する。彼女はさほど優秀な射手ではない。激情に駆られての射撃では、命中率は五割を切っていたろう。
ミキは五メートルを全力疾走し、右足を最大限に踏み出し、袈裟懸けに斬る。巨匠による彫刻の様な顔は傷つけるに忍びなく、相手の左肩から右腰にかけて振り下ろす。心臓を両断し、蘇生不可能なダメージを負わせた。
ジェーン・カラミティは死んだ。
ミキは七星剣にまとわりついた血を振り払う。怯えながら決闘を見守っていた三人の技術者はミキに睨まれ、なだれをうって逃げ散る。
ミキは嘔吐をもよおしていた。氷雨が部室棟の屋上から飛び降りて以来、ずっと煮え滾っていた復讐の念願を果たしたが、気分は晴れない。
後悔はしていない。しかしこの罪悪感は、死ぬまで自分を苦しめるだろう。
ゴトンとゆう重い物が落ちた音が、出入口から聞こえる。ミキが視線をむけると、両手で口を覆うおかっぱ頭のアルテミシアがそこにいた。足許に木工用ドリルが転がっている。
アルテミシアが叫ぶ。「ジェーン!」
嗚咽を漏らしながらジェーンの上半身を抱き上げる。頬を血糊で染め、目を極限までひらいてミキを凝視する。アルテミシアはこれまでジェーンの陰に隠れがちだったが、壮絶なうつくしさだ。
「ひどい」アルテミシアが言う。「これほど崇高な美を破壊するなんて」
「…………」
ミキは返す言葉もない。
アルテミシアは口づけできるほど顔を寄せ、ジェーンに語りかける。
「ごめんなさい。いつかこうなると解っていた。身を挺して止めるべきだった。でも勇気がなかった」
アルテミシアは、ミキに視線をもどして言う。
「あなたは私の最愛の人を殺した。決して許すことはできない」
「…………」
「でもジェーンは誇り高い。彼女の名誉を守らなきゃいけない。この場は私が収めるから、あなたは今すぐどこかへ消えて」
ミキは整った右眉をもちあげる。
「あんた中国政府のスパイだろ」
「……侮辱する気?」
「警報がガンガン鳴ってるのに、いまごろになって部屋に戻ってきた。そのくせ事後処理を任せろって? 漁夫の利を得ようとする魂胆ミエミエだ」
アルテミシアは腕のなかの遺骸を取り落とす。ジェーンの十字架が血の海に沈む。
立ち上がったアルテミシアが三歩近づく。武装してるかは不明だが、彼女はマーシャルアーツの心得があり、数十分前にミキをねじ伏せたばかり。七星剣をもった今でも、格闘ではミキの不利だろう。
「憶測の真偽はともかく、この愁嘆場で動揺しないのは大したものね」
「コミュ障だから感情に流されない」
「ふふ。あなたには驚かされ続けた。諜報の世界は狭い。きっとまたどこかで会うでしょう」
「一緒にすんな。ボクはゲーム漬けの毎日にもどる」
「わかってないわね。諜報の世界の方が、あなたを放っておかないの」
アルテミシアはすれ違いざま、ミキのなめらかな頬にキスする。まったく信用できない女だが、同性愛者だとゆう情報だけは本当だったかもしれない。
狂騒の日々から一か月経った。
ミキは手にした色紙をながめつつ、高等部校舎の階段を下りている。きょうで学院を退学するので、クラスメートから寄せ書きをもらった。辞めるよう圧力を受けてはいないが、ケジメをつけるべきと自ら判断した。
転校するつもりはない。どうやら自分にはゲームの才能があるらしいと解った。家業の蕎麦屋を手伝いながら、本気でプロゲーマーをめざそうと考えている。
下駄箱で厚底のレザーブーツに履き替える。ほかのクラスの生徒たちとすれ違い、昇降口から出る。女子校の賑やかさの中にいるのも最後と思うと、柄にもなく感傷的になる。
秘密の抜け穴をつくった校舎裏のフェンスへたどりつく。もう一度色紙を見る。「かわいい」とか「おしゃれ」とか「かっこいい」とか、褒め言葉が書き連ねられている。クラスメートとあまり交流は持てなかったが、それでもうれしい。なにかと言うと女子が寄せ書きを書きたがるわけだ。ただし、まだ入院中の氷雨からのメッセージはない。
革のリュックサックに色紙をしまう。中に隠してあるMP7を撫でる。この相棒との別れだけは耐えられず、早朝に部室へ忍びこみ、実弾三百発と一緒にいただいてきた。公安が交換した錠前を、テンションレンチとレークピックでこじ開けた。学院でまなんだもっとも有益な技能だ。将来食うに困っても、空き巣で稼げるだろう。
背後から声がした。
「あいかわらず手癖が悪いな」
振り向くと、ボマージャケットを着た千鳥が苦笑いを浮かべている。思えば彼女とはじめて話したのも校舎裏だった。
ミキが答える。「えっと、これはその」
「まあ銃のことはともかく、きょうが最後なら先輩に一言挨拶しなきゃダメだろう」
「別に縁を切るわけじゃないですし」
「どうだか。学院辞めてなにして過ごすんだ? 朝から晩までゲーム三昧か?」
「ボクなりに夢ができたんです」
「ふうん。ならこうゆうのはどうだ?」
千鳥がスマートフォンの画面を見せる。どこかのホームページらしい。モデル風に端正な顔立ちの女子高生が、銃を構える写真が載っている。
「なんですか、これ」
「スパイゲームが復活するんだ。文科省が絡まない形で。あたしの親父は顔が広いから、スポンサーを集めてくれてる。ただひとつ条件をつけられて……」
「ボクが参加するってことですか」
「話が早いのもあいかわらずだな」
ミキは唇を噛み、首を回す。
心は揺れる。
斜めに刀傷を負ったジェーンの姿が、いまだに毎晩夢に出て悩まされている。許されざる罪だ。スパイゲームは封印したい過去なのだ。
一方で、こっそりMP7を盗み出したくらい、自分にとってもっとも充実した日々でもある。
キーキーとゆう金属音とともに、校舎の陰から車椅子があらわれた。座るのは氷雨で、きららが背後から押している。
「氷雨ちゃん!」ミキが叫ぶ。「退院したの」
「きょうからね。驚かせたくて内緒にしてた」
「車椅子だと学校生活大変でしょ。手伝ってあげたいけど、ボクはもう……」
「リハビリも順調だから大丈夫。スパイゲームの実行委員としても、みんなでがんばるつもり」
「そうなんだ」
氷雨の優しい笑顔に、ミキは胸をしめつけられる。飛び降り自殺をこころみるほど追い詰められてたのに、また前向きな姿勢を見せている。
やっぱり一緒にいたい。またチームを組みたい。
「あの」ミキが言う。「退学届って、いまからでも撤回できるかな……」
千鳥が飛び跳ねながら叫ぶ。
「よっしゃ来たあ! きららの作戦どおりだ。頑固なミキも、氷雨の説得なら耳を貸すって」
「ボクは頑固じゃないですよ」
「なに言ってんだか。あたしがどんだけ苦労したか」
諜報部の四人は、声をあわせて笑う。いますぐ試合に出れそうなくらい、息はぴったりだ。
いたづらっぽく右目を細め、ミキが言う。
「ところで新しいスパイゲームですけど、実弾射撃ありにするのってどうです?」
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栗山ミヅキ『保安官エヴァンスの嘘』
保安官エヴァンスの嘘
作者:栗山ミヅキ
掲載誌:『週刊少年サンデー』(小学館)2017年-
単行本:少年サンデーコミックス
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「エルモア・エヴァンス」は、西部の街をまもる保安官。
銃のあつかいも凄腕だ。
しかし頭の中ではつねに女の子のことを考えている。
モテたいため保安官になったから。
富豪令嬢の警護をまかされるなど、毎話美少女が登場する。
その都度いい雰囲気になるが、1話14ページではさしたる進展もなく終わる。
『男はつらいよ』的な寸止めエピソードの連続は、日本人好みかもしれない。
孤高のガンマンをきどるエヴァンスは、結局のところモテない。
ウェイトレスのスカートの中をのぞいたりする、
職業柄にそぐわないムッツリスケベぶりが本作のみどころ。
西部劇の世界観は、20世紀以降の自由恋愛主義とは趣きが異なる。
たとえば氏素性さだかならぬ女を助けたら、
相手はお礼をカラダで支払おうと服を脱ぎはじめる。
こうゆうことに慣れてるらしい。
独特の味つけとして利いている。
本作のヒロインは、賞金稼ぎの「フィービー・オークレイ」。
ウサ耳風のリボンが、アメリカンな感じでかわいい。
射撃の練習にかまけたエヴァンスとオークレイは、ともに恋愛はからっきし。
おたがいを憎からず思ってるのに、いがみ合ってばかり。
西部劇映画でよく見る、あのじれったい恋模様が、
ラブコメのフォーマットとの意外な相性のよさを発揮している。
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くろたま『社畜に死神が憑く案件』
社畜に死神が憑く案件
作者:くろたま
掲載サイト:『ジーンピクシブ』(ピクシブ)2016年-
単行本:MFCジーンピクシブシリーズ(KADOKAWA)
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27歳のOL「有本栞」が深夜に帰宅すると、玄関口に死神がいた。
過労のあまり死期が迫ってると伝えにきたらしい。
栞は動揺するどころか、正確な死亡日時を知りたがる。
たくさん仕事を抱えてるので、スケジュール調整しないといけないから。
付箋だらけの手帳とか、ヒロインの社畜っぷりが見どころ。
死神の世界では、人間それぞれの寿命を守らせる義務があり、
過労死寸前の栞を諌めるため人間界へやってきた。
しかしお説教中に睡眠不足の栞は眠りだす。
死神はしかたなく部屋に住み着き、家事を受け持つことに。
栞はなかなかのスーパーウーマンとして描かれる。
マジメで有能であるがゆえ、膨大な仕事量を背負いこむとゆうジレンマもあるが。
寝る暇もない毎日のなかで、ときおり見せる可愛らしい笑顔。
魅力的なヒロインを提示するのに成功している。
イケメン同期との食事中、恋人ができたのではと疑われる。
死神との同居生活で、心身ともに変化が生じたらしい。
三角関係の発生が匂わされ、変則的なラブコメとしても楽しめそう。
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水谷ふみ/瀬戸内ワタリ『浜咲さんなら引いている』
浜咲さんなら引いている
作画:水谷ふみ
原作:瀬戸内ワタリ
掲載誌:『ビッグコミックスペリオール』(小学館)2017年-
単行本:ビッグコミックス
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「浜咲さん」は、長い黒髪がトレードマークの女子高生。
こう見えて釣りが大好きで、放課後に都会の真ん中で竿をふる。
つまり本作は、JK版『釣りバカ日誌』だ。
腕前は名人級。
穴場を日々調査し、魚がいなさそうなところでもヒットさせる。
ぎゅんと釣り上げるときの紅潮した顔は、これまでの釣り漫画にない可愛さ。
研究熱心なあまり、学校でバケツに顔をつっこんで道具を調整。
まわりには心配されてしまうが。
糸を切るとき口にくわえたりとか、地味な題材にも「萌えポイント」がある。
きらら系に載ってそうな絵柄だが、掲載誌は『スペリオール』。
浜咲さんは、釣ったものはおいしくいただくタイプ。
本作はグルメ漫画の側面もある。
エプロン姿がまた似合っている。
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『ナデシコ女学院諜報部!』 第13章「スティンガー」
炎上し崩壊するシンデレラ城を、ミキは呆然と見上げる。来場者や従業員が悲鳴を上げながら衝突し、蜂の巣をつついた様な混乱だ。笑顔のくまのプーさんが、赤ん坊を抱いて走る母親を突き飛ばす。
ミキは人混みを掻き分けながら考える。
随分と雑な戦術だ。セミアクティブレーダーで誘導されるヘルファイアの命中精度は、こんなものじゃない。八キロ離れた地点から、トイレの窓を狙えるくらいなのに。
敵は混乱している。
勿論それがミキの行動方針だ。神出鬼没の機動で敵を引きずり回し、有利な状況をつくって決戦をいどむ。いつものプレイスタイルだ。
レストランから、SCARを構えたSADオペレーター四名があらわれる。ファンタジーランドの雰囲気をぶち壊す無粋な男ども。
千鳥やきららとは、しばらく合流できそうにない。無事を祈るしかない。自分がこの四人を引きつけて打開したい。
ミキは遮蔽物をもとめ、鉄柵を飛び越えて「アリスのティーパーティー」へ踏みこむ。にぎやかな音楽が流れるなか、床とカップが高速回転しはじめる。ライフル弾がカップに当たり、リズミカルな伴奏をつける。
ミキは駆け寄るSADに対し、MP7を発砲する。弾は見当ちがいの方向へ飛ぶ。だが百戦錬磨の射手である敵も、ライドの不規則な動きに手こずる。
ミキはライドから降りて逃げる。敵の気配がない。追手を撒いたとはおもえない。SADはおもに軍の特殊部隊出身者で構成されている。無能なはずない。深追いしないのは理由がある。
ヘルファイアだ。
ミキは空を見上げる。上空の黒点が空対地ミサイルだと判断する。ヘルファイアの速度は秒速四百二十五メートル。甘く見積もって命中まで十秒。
ミキは運行開始間際の「空飛ぶダンボ」に飛び乗る。レバーを倒すとダンボがふわりと舞い上がり、ヘルファイアの直撃を躱す。しかし爆風で土台ごとライドが揺れる。指揮棒を振るティモシーマウスが立つ中央の柱が、根元から折れる。
ミキは前転しながら着地する。両手で全身をまさぐる。骨折などの重傷はない。ツイてる。まだまだイケる。
ディズニーってあんま好きじゃなかったけど、思ってたより刺激的だな。
きららはAWライフルを両手で持ったまま、シンデレラ城前の広場で立ち尽くす。お城が焼け落ちたのを信じられない。いくらなんでもやりすぎだと思う。夢の国で戦争するなんて。
目眩がして、ベンチに腰を下ろす。自然と涙がこぼれる。自分がいかにディズニーランドを愛していたのかに気づく。
なにかと気苦労の多い女子にとって、現実逃避できる場所は必要だ。無邪気な子供に戻ってはしゃいで、ストレス発散しなきゃやってけない。
つくづく自分は損な性格だとおもう。それなりに気配りが上手で、頼まれると断れないのをいいことに、いつの間に諜報部部長や生徒会長にならされていた。教師に苦情を言われ、OGに振り回され、自分勝手な下級生に悩まされる毎日。多事多忙で、恋愛にも縁がないまま十八歳になった。そこそこ美人だと自負してるのだけど。
それはそれでいい。人の役に立つのは嫌いじゃない。でもこんな私から、たまの楽しみを奪うことないじゃない。
冗談じゃないわよ。
きららは怒りに震えつつ立ち上がる。ゴミ箱の横側をひらき、照準器のついたミサイル発射装置をとりだす。諜報部OGの白井が隠匿しておいた、携帯式防空ミサイルシステムのスティンガーだ。
きららは照準器を覗きながら、ユニットの開放スイッチを押す。発射可能であると知らせるブザーが鳴る。
これは父の仇討ちでもある。きららの父親は特殊作戦群の指揮官で、テスラシステムを奪うため六年前に米軍と交戦した。優秀な自衛官だったが、命令違反と部下に多数の死傷者を出した責任をとらされ、左遷同然に防衛駐在官として外国へ赴任した。飛び立つ前に娘に、公安ですらその存在を知らない、天才ハッカーである氷雨の保護を託した。
きららはトリガーを引く。
白い航跡を残しながらミサイルが突進する。赤外線センサーをもちいた自動追尾機能により、高度三千メートルを旋回するリーパーを撃墜した。
敵航空戦力を排除したことで、諜報部の三人はどうにか合流する。千鳥のお気にいりのレザージャケットは、背中が大きく破けている。
三人は『ふしぎの国のアリス』をモチーフにしたレストラン、「クイーン・オブ・ハートのバンケットホール」へ向かう。トランプの兵士に見守られながら店内に入ると、人の姿はなく、チェス盤を模した床にテーブルと椅子が転がっている。店の周囲で何度もミサイルが爆発してるのだから当然か。
三人は足音をしのばせて厨房をすすむ。火がついたままのコンロの上でスープが煮えている。ミキはつまみ食いしたい欲望と戦う。
ドアを開けて廊下へ出る。千鳥は角の前で立ち止まり、小火器用のアダプターであるコーナーショットを構える。先端にグロック19が装着され、手前に小さなモニターがある。先端部を右に九十度折り曲げ、自身を敵の射線にさらさずに奥を観察する。
デニムシャツを着たSADオペレーターが、モニターに映る。地下基地へつながるエレベーターの番をしている。オペレーターは即反応し、SCARを発砲する。千鳥は落ち着いて敵を赤い十字にとらえ、四回トリガーを引く。アダプターと連動したグロックが九ミリ弾を放つ。オペレーターは斃れた。
ミキは間髪いれずエレベーターへ走り、MP7の銃口をオペレーターに向ける。その必要はなかった。さすがはフリーキックの名手、全弾頭部に命中している。
ミキはボタンを押してエレベーターに乗りこみ、ドアが閉まらないよう手で止める。
ミキが言う。「卑怯な武器だなあ。ロマンがない。でも使ってみたい。ちょっと交換しましょう」
「いや」千鳥が答える。「あたしらはここに残る」
千鳥はグロックをアダプターから分離し、両手で握る。アサルトライフルのHK416を持つきららと一緒に、ミキに背を向けている。
「へ?」ミキが言う。「なに言ってんですか」
「じきにSADが殺到する。あたしら二人で食い止める。テスラシステムの方は任せた」
「嫌ですよ。いままで散々チームワークが大事と言ってたくせに、そりゃないでしょ」
「お前にそんなもの期待してねえよ。なあ、メッシとかロナウドとか知ってるか」
「サッカー選手ですか」
「あいつらは守備をしないんだ。ほかの十人が汗をかいてるあいだ、ずっとサボってる。その代わり、絶対に点を取ることを要求される」
「それがボクだと」
「諜報部のエースはお前だろ」
千鳥はニヤリと笑う。
ミキの細い両腕に鳥肌が立つ。ここに残るのと、テスラシステムへ向かうのと、どちらが危険かはわからない。
とにかく期待に応えたい。
ミキと千鳥は、おたがいの拳をぶつけ合った。
ミキは、おかっぱ頭のアルテミシアに背中を小突かれ、管制室に入る。エレベーターを降りたあと、SAD二名と交戦し無力化したが、アルテミシアに武装解除された。
約四十名がいた管制室は、ジェーンとアルテミシアのほか、三名の技術者しか残ってない。ウォーターサーバーのゴボゴボとゆう気泡の音が、静寂の空間に響く。
無人航空機が不慮の攻撃をしかけたことにより、指揮権はCIAから国防総省へ委譲された。三十分以内に、待機していた三千人規模の兵員が浦安に展開される。「第二次トモダチ作戦」発動だ。作戦目標は六年前と同様、テスラシステムの確保。名実ともに日米両国は武力紛争状態におちいった。
逃げ足の速さで知られるCIA高官たちは、自分に責任がないと立證する書類をつくりに、執務室のあるフロント企業へもどった。
ジェーンは尖った顎を傲然と突き出し、腕を組む。彼女はいつも腕組みしている。
「ボディチェックはしたの」
アルテミシアが答える。「ええ」
「具体的に報告して」
「膣や直腸まで調べたわ。生理中だった」
「甘いわね」
ジェーンは左手でミキの顎をつかみ、無理やり口を開かせる。右手に拳銃のファイブセブンを持っている。ミキの奥歯を観察しながら言う。
「たとえば歯に毒物を仕込んでるかもしれない。私ならもっと徹底的にやる。ペンチとかドリルとか、使えそうなのを持ってきて」
どんよりした目でうなづき、アルテミシアは管制室から出る。
ジェーンは顎から手を離す。ミキの左目に紫色の炎がゆらめく。
拷問が怖くてスパイはつとまらない。歯の一本や二本、くれてやる。
「バカな女」ジェーンが言う。「東京から離れろと忠告してやったのに。そんなに命を捨てたいなら、手伝ってあげるわ」
「死ぬときは刺し違えて死ぬ」
ジェーンは十字架をいじりながら、くぐもった声で笑う。いまの状況が楽しくて仕方ないらしい。
「悲劇じゃなく喜劇で終幕ね。カミカゼガール、お前は最高の道化だったわ」
いましかない。
ミキは脱兎の様に走り出す。ジェーンとの十メートルの間隔を一気にちぢめる。
ジェーンは当然、反撃を予期していた。眉ひとつ動かさずにファイブセブンの銃口をむける。
ミキは機敏に方向を変え、ジェーンの脇をすり抜ける。コアシステムにつながれたノートPCへ駆け寄る。USBメモリをポートに挿す。血で濡れてるのは、生理用タンポンに擬した容器に隠していたから。氷雨の自宅から拝借したスパイ道具だ。幸か不幸かちょうど月経が来たので、いい偽装になった。生理が軽いタチで助かった。
USBメモリには、氷雨から受け取ったプログラムを保存してある。六年前にテスラシステムの防壁を書き換えた当人だから、突破するのはたやすい。地震発生を停止すると同時に、電圧を急上昇させてシステムを内部から破壊する。非常ランプとサイレンで、管制室は途端に騒がしくなる。
ファイブセブンを構えるジェーンが、ゆっくり近づく。平静を装うが、口の端が痙攣している。
「で?」ジェーンが言う。「そんなガラクタを壊されたところで、痛くも痒くもない」
「これを見てもそう言えるかな」
ミキはコアシステムの操作卓のスロットから、日本刀を引き抜く。
国宝・七星剣だ。
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