『きみの声をとどけたい』
きみの声をとどけたい
出演:片平美那 田中有紀 岩淵桃音 飯野美紗子 神戸光歩 鈴木陽斗実 三森すずこ
監督:伊藤尚往
脚本:石川学
キャラクターデザイン:青木俊直
アニメーションキャラクターデザイン:高野綾
音楽:松田彬人
アニメーション制作:マッドハウス
製作国:日本
公開:2017年8月25日
湘南を舞台に、女子高生がミニFMでラジオ番組をはじめる、
さわやかな長篇アニメーション映画である。
スタジオは、かつて喫茶店だった廃屋にある。
主人公の「なぎさ」が雨宿りしたとき偶然、機材をみつけた。
12年前の交通事故により、店主は帰らぬ人となった。
ラジオのDJをつとめていた娘も、いまだ昏睡状態のまま。
そのまた娘である「紫音」は、眠りつづける母を見舞いに湘南へ来ていた。
鍵が開いてたとは言え、無断で喫茶店に侵入し、
なんとなしにDJごっこをしたなぎさに最初は怒るが、
お母さんに思いをつたえるためラジオを再開しようと持ちかけられ、承諾する。
主人公が「言霊」を目視できるのが、本作のギミックとなっている。
予告篇はやや地味だが、ファンタジー色が結構つよい。
本作の魅力はキャラクターだ。
幼なじみグループに、ラジオオタクで仕切りたがりの「あやめ」や、
音楽学校へかよう不思議ちゃんの「乙葉」などがくわわり、
高2女子だらけになるが、みな個性的でみな愛おしい。
キャラクターデザインは、手びろく活動する青木俊直。
ぜひ、物語のなかで動く彼女たちを見てほしい。
シンプルな造形と、繊細な感情表現の両立に感嘆するはず。
ラクロス部のエースとしてたがいをライバル視する、
「かえで」と「夕」のアンビバレントな関係が、大きな見どころ。
ドラマチックな感情の波がおしよせる、思春期女子の友情物語だ。
勿論、百合に分類してもいい。
主要キャストが現役高校生の新人である本作は、
絢爛豪華なところがなく、多くの注目をあびてると言えないが、
2017年夏の忘れがたい記憶として、静かに語り継がれるであろう傑作だ。
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『ナデシコ女学院諜報部!』 第9章「テスラシステム」
黒のセーラー服姿のジェーンが、タコ足配線がほどこされた巨大なタワー型装置の前に立つ。
ここは、千葉県浦安市の地下二百メートルに埋設された軍事基地。東京ディズニーリゾートの、荷物の搬入搬出につかわれる地下通路へ直結する。米軍は一種のアメリカ租界である浦安で、日本政府に断りなく基地を建設していた。
ジェーンは手鏡を見つつ、焼け焦げた前髪をハサミで切り揃える。専従のヘアメイクをアメリカから呼び寄せたいが、その暇はない。
おかっぱ頭のアルテミシアが、椅子にすわりノートPCのキーボードを連打している。「テスラシステム」と呼ばれるタワー型装置のランプが、満天の星の様に点灯するが、数十秒後にすべて消える。
「何度やってもダメ」アルテミシアが言う。「起動はできるけど、操作を一切うけつけない。強固なファイアーウォールだわ」
ジェーンが答える。「明日までにこのカタナを返さないといけないの。知ってるわね」
「ええ。残念だけど」
「私は約束は守る。ただその前にやるべきことがある」
ジェーンはテスラシステムの制御卓に置かれた、抜き身の七星剣をつかむ。それをもってタワー型のコアシステムへ歩み寄る。
アルテミシアがあわてて立ち上がる。パイプ椅子が後ろに倒れる。全力疾走してコアシステムの前に立ちはだかる。
ジェーンは設計者が想定しなかったやりかたで、ファイアーウォールを突破するつもりだ。鍵である七星剣をスロットに挿しこむと、コアシステムを強制的に初期化できる。ただし、デフォルト設定された機能が自動で発動するが。
具体的に言うと、マグニチュード七の直下型地震が東京を襲う。
テスラシステムは地震発生装置だ。アメリカ国防総省が中心となって開発した。そのコアシステムが送りこむ地球定常波が地殻を振動させ、人為的に大地震を誘発する。
その実験場にうってつけなのが日本だった。アメリカの同盟国のなかで、もっとも地震が多いから。
アルテミシアが両手をひろげて叫ぶ。
「あなたは正気じゃない!」
「根拠はなに」
「私怨を晴らすため、同盟国の市民を虐殺しようとしている」
「同盟国? ニホンザルの群れが?」
「おねがい、目を覚まして」
不揃いの前髪を揺らし、ジェーンがちかよる。碧眼の放つ光がアルテミシアを射抜く。
「あなたも見たでしょう、眼帯女の不遜な態度を。ここは神を信じない悪魔が棲む国よ」
「あれはたかがゲーム……」
「そう、戦争とゆう名のゲーム。ポエニ戦争で勝利したローマが、カルタゴでなにをしたか知ってる?」
「建物を破壊し、地に塩を撒き、絶対に再興できないようにした」
「さすがチャイニーズ。歴史にくわしい」
ジェーンは薄笑いをうかべ、腰のホルスターに右手を添える。妨害するものは躊躇せず撃つ。味方の特殊部隊の精鋭四人にそうした様に。
奥歯をカチカチ鳴らし、アルテミシアが言う。
「撃ちたければ撃てばいい。無辜の市民を巻き添えにするのは間違ってる。私の倫理が許さない」
「あら、意外ね。あなたが倫理を語るなんて」
ジェーンは背をむけ、アルテミシアのノートPCの前へ移動する。「etc」とゆうフォルダを開き、パスワードを入力し、隠しファイルの動画を再生する。水飛沫の音が地下基地にひびく。
ジェーンは知っていた。アルテミシアが自分をひそかに恋慕し、入浴中の姿などを盗撮してるのを。知った上で泳がし、脅迫の材料にとっておいた。
「ひどい」アルテミシアがつぶやく。
「被害者みたいな口ぶりだわ」
「そう、私はレズビアンよ。女しか愛せない。だからと言って、恥じる気もない」
「立派な心がけね。でも世間はどう思うかしら。特に国家の中枢は」
アメリカは自由の国だ。同性愛者にも権利が認められる。藝術家や大学教授をめざすなら、さほどの障碍にならないだろう。でも政治やビジネスの世界でキャリアを積むのが目標だとしたら。
アルテミシアの脳裏に、優しくも厳しい両親の顔が思い浮かぶ。サンフランシスコのチャイナタウンで食料品店を経営しつつ、貧しいながらも娘に特別な教育をほどこした、この世でもっとも大切な存在だ。史上初の中国系のアメリカ大統領になり、民族の誇りになれと言うのが口癖のふたり。
アルテミシアは肩を震わせ、泣き濡れる。ジェーンが背後から抱きすくめる。アルテミシアの小ぶりな耳を噛む。反応がとぼしいので、千切れるほど噛みしめる。バイオリンの様なうつくしい音色で、アルテミシアが鳴く。
ジェーンはひとりごつ。
女同士ってのも悪くない。癖になりそう。
平手ミキ、見てなさい。
いまからオペラの終幕がはじまる。どんな悲劇になるか、たのしみでしかたないわ。
明けて朝八時。
ミキは自宅の一階にある蕎麦屋で着替えている。まだ開店前だ。店内の狭さをごまかそうと鏡を張った壁があり、全身を映せて便利。
ロココ調の花柄があしらわれたワンピースの上に、学校指定のブレザーを羽織る。はじめて合わせたが、わるくない。彼女にしてはシックな装いなのは、天狗になりそうな自分を戒める意図もある。
ミキはツインテールをなびかせてスピンし、前後左右のバランスをたしかめる。氷雨が言う様に、アニメのヒロインが作品から飛び出したみたいだ。われながらナルシストだとおもうが。
ちいさな革のハンドバッグをもって店を出ようとしたミキを、厨房で仕込みの作業をしていた母親が呼び止める。
「忘れ物してるよ」
ふりむくと、作務衣を着た母がカウンターを指差している。ミキが外でつねに着用する、みづからのシンボルである眼帯が置きっぱなし。
ミキは頬を赤く染めながら、視力一・五の左目を隠す。恥づかしいのではなく、嬉しかった。これまで中二病趣味をまったく理解しなかった母に、認めてもらえた気がして。
ミキが言う。「お母ちゃん、ありがとう」
「もう時間だろ。いそぎな」
「お母ちゃんもお仕事がんばって」
不良娘のねぎらいの言葉にぽかんとする母を後にのこし、ミキは出入口のドアをスライドさせる。
スパイゲーム優勝により、無償で好きな大学に通える資格をえた事実は、ケチな母親をいたくよろこばせた。活躍がテレビで報道され、ゴスロリ衣装の「カミカゼガール」として有名になったのも、ミーハーだから満足したにちがいない。
十五歳にしてはじめて、親孝行できた。
バシャバシャバシャッ!
暖簾をくぐったミキを、フラッシュの洪水が襲う。
カメラやマイクをもった百人を超す報道陣が、店の前で待ち伏せしていた。膨大な光量から視力を守るため、ミキは右目の前に手をかざす。
記者たちはボイスレコーダーをミキに突きつけ、口々に叫ぶ。
「カミカゼガール! いまの気持ちは!?」
「こっち視線ちょうだい!」
「ジェーンに対しなにか一言!」
もともとスパイゲームは、さほど注目される大会ではない。試合の映像は編集されたものがネット配信されるだけだし、むしろ税金の無駄遣いと批判されがちだった。ただ今回はハリウッド女優のジェーン・カラミティが電撃的に参戦、しかもそれを独特の風体の美少女がねじ伏せたのだから大騒ぎだ。
無論、ジェーンがCIA工作員だと自白し、機密の一部を漏らした件は、主要メディアは黙殺している。しかし噂が陰謀論者によって拡散され、SNSの話題を独占中だ。
濡れた手をタオルで拭きつつ、母が店から出てくる。余所行きの笑顔をしている。
ミキは直感する。
お母ちゃんがマスコミを呼んだんだ。店の宣伝のために。眼帯をつけさせたのも、これが理由か。
母が深く頭を下げる。棒立ちしたままのミキの髪を下に引く。
「みなさま」母が言う。「きょうは遠いところからお集まりいただき、ありがとうございます。そば処ひらての店主でございます」
ミキが囁く。「お母ちゃん、やめてよ」
耳を貸さずに母はつづける。
「ふつつか者ではございますが、娘のミキは当店で毎日勤務しております。たくさんのお客さまの御来店をお待ちしております」
報道陣のあいだに「おお」と歓声があがり、ふたたび大量のフラッシュが焚かれる。
真っ赤な嘘だ。
ゴシック的な世界観を愛するミキは、家業である蕎麦屋がダサくて大嫌いだった。無愛想で接客に向いておらず、店に出ろと求められたこともない。
女記者が叫ぶ。
「カミカゼガールさん、お店の魅力を全国にアピールしてください!」
ミキは咄嗟に三本指を顔の前にかまえる。十五年の人生でつくりあげた中二病キャラに、いまほど感謝したことはない。
ミキがつぶやく。「称号をまちがえるな。ボクは『死の天使』だ」
「はぁ」女記者が答える。「シノテンシ?」
「愚かな人間どもに運命を告げるため、神がボクを地に遣わした」
「なるほど。天使なのにお蕎麦屋さんで働いてるんですね」
「君は無知だな」
「と言うと」
「この神殿に捧げられる供物の名は、ただしくは『エンジェルズ・ダーク・ヌードル』」
「黒い麺……十割蕎麦ってことですか」
「そうゆう解釈もありうる」
ミキは氷雨や千鳥と、ナデシコ女学院の部室棟の階段をのぼっている。すれちがう生徒が敬意のこもった視線をおくる。苦労が報われる思いがする。
白い歯を見せ、千鳥が大声で言う。
「朝からお腹抱えて笑ったよ」
ミキが答える。「スルーしてください。頭が真っ白になって変なこと口走りました」
「いや、堂々としてた。ああゆうのって台本とかあんの」
「あるわけないでしょう」
千鳥はサッカー部に顔を出すと言って二階で別れ、ミキと氷雨は三階の部室へむかう。
左半分が黒で右が白のパーカーを着た氷雨が、ややかすれた低い声で言う。
「テレビのニュースに出るなんて大変だったね」
ミキが答える。「まったくだよ」
「でもやっぱりミキちゃんはすごい。たくさんの大人に囲まれて一歩も引かないんだもん」
「キャラをつくってれば、ボクは結構しゃべれる」
ミキはふと思う。
氷雨とは素のままで自然に会話ができる。つまり氷雨は一番の理解者だ。
鼻を掻きながらミキが言う。
「あの……氷雨ちゃん」
「なに」
「もしよかったら、今度どこか遊びにいかない? ディズニーとか」
「えっ」
「ごめん、虫がいいよね。映画館に誘ってもらったとき大失敗したくせに」
「なに言ってるの!?」
階段の途中で立ち止まり、鼻息荒く氷雨が続ける。
「あれは私のせいだよ。ずっと申しわけなく思ってた。こんなダメな私を許してくれるの?」
「許すもなにも、氷雨ちゃんはボクの親友だよ。だれより大切におもってる」
「うれしい! 私もミキちゃんが一番大好き!」
小柄とは言え、勢いよく氷雨に飛びつかれ、ミキは階段から転落しかける。
しがみつく体重四十キロ弱の氷雨を引きずり、ミキは諜報部の部室の前に立つ。鍵をノブにさしこむ。
はいらない。
背筋に悪寒が走る。ミキはセキュリティに敏感になっていた。CIAもしくはジェーンが単独で、報復に出る恐れがあった。
廊下にコツコツと足音が響く。
黒縁メガネをかけた女教師の並木が、ダークスーツを着た見慣れぬ男二人をしたがえている。
全員武装していると雰囲気でわかる。
ミキはかすかに腰を落とし、拳銃のHK45を構えやすい姿勢をとる。実弾を装填してある。
険悪な空気を察知してない氷雨が言う。
「先生、鍵が壊れたみたいです」
「いえ、壊れてません」並木が答える。「その鍵は付け替えました。きょうから諜報部は活動停止です」
「そんな」
「いままで御苦労様。あなたたちは役割をしっかり果たしたわ」
真紅のカラーコンタクトをつけたミキが、憤怒で瞳を燃やしながら言う。
「アンタ、公安のスパイだな」
「正解」並木が答える。「勉強はダメなのに、こうゆうことだけは知恵が回るわね」
「アンタときらら先輩は怪しかった。そっち側の人間とおもってた」
「ええ、私はこちら側の人間。国家の安全のため日々精勤してる」
「陰謀の存在を知りながらボクたちを泳がせ、CIAの情報をあつめた」
「いますぐ分析官になれそうね。素行の悪いあなたを入部させるなと上に反対されたけど、結果は予想以上だった。礼を言うわ」
「クソッタレ」
並木はミキの細い喉をつかみ、鍵のかかった扉へ押しつける。厚底の靴の分だけ、ミキの方が背が高い。怯えた氷雨が隣で悲鳴をあげる。ミキは押しつけられたまま、片目で相手を睨む。
「たしかに」並木が言う。「私はスパイだけど、正規の手続きをふんで配属された教員でもあるの。敬意を払いなさい。態度が悪い子はおしおきよ」
「やれるもんならやってみろ。高校生同士の戦いを指くわえて眺めてた卑怯者が」
「優秀なスパイはそうする。自分の手を汚すなんて三流よ。成果を見なさい。わが政府はすくなくとも今後十年、アメリカを脅せる。この意味がわかる?」
「知るか」
「日本の諜報機関の歴史が、きょうから始まるの!」
並木はミキから離れ、わざとらしく両手をひろげる。昇進の期待で昂奮している様だ。
ミキは白ける。ジェーンや並木みたいな、出世欲の虜が理解できない。人生なんて、かわいい服とおもしろいゲームがあれば十分だろうに。
千鳥が二階から走ってきた。動揺しているのか並木や二人の男には目もくれず、ハンカチにつつまれた物をミキに手渡す。
「サッカー部の後輩が」千鳥が言う。「これを諜報部へ届けるよう頼まれたって」
折りたたんだハンカチをひらくと、フレームが曲がり、レンズの割れた眼鏡がある。小型のパネルが装着されたスマートグラスだ。
ミキが答える。「きらら先輩のかな。いったいどうしたんですか」
「わからないのかよ、これはCIAのメッセージだろ! きららを拉致して拷問してるってゆう」
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『崖際のワルツ 椎名うみ作品集』
崖際のワルツ 椎名うみ作品集
作者:椎名うみ
発行:講談社 2017年
レーベル:アフタヌーンKC
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『青野くんに触りたいから死にたい』で単行本1巻が出ている新人の短篇集だ。
おとなしい女子小学生の葛藤をえがく『ボインちゃん』は、アフタヌーン四季賞獲得。
母と一緒に祖母をたづねる場面は、母の卑屈さや祖母の老いの描写が容赦ない。
「まお」の悩みは、急にふくらみはじめた胸。
目立ちたくなくてサラシを巻いて登校したら、さらに好奇心の対象に。
子供たちの社会の、どこにでもありそうな無邪気な行動をとおして、
集団内のもっとも弱い部分を総掛かりで攻撃する狂気が表現されている。
『セーラー服を燃やして』の主人公は、中学2年の「内藤」。
仮病をつかい学校をズル休みしたら、なんとなく行きづらくなり、
そのまま一か月も不登校がつづいている。
本作は担任教師との関係がテーマ。
新任の「丸山」は、内藤が不登校になった理由がわからず悩む。
より正確に言うと、彼女の不登校に理由がないのを理解できない。
生徒と向き合い、その内面を理解するため、丸山は内藤の自宅を毎日訪問する。
次第に行動はエスカレートし、屋根伝いに窓から侵入をはかったり。
善意が犯罪行為に転化する瞬間を、作者はあざやかにとらえている。
ごくフツウの日常にこそ、深刻な摩擦の火種がひそむのかもしれない。
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平松伸二『そしてボクは外道マンになる』
そしてボクは外道マンになる
作者:平松伸二
掲載誌:『グランドジャンプPREMIUM』(集英社)2016年-
単行本:ヤングジャンプコミックスGJ
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最近はやりの自伝漫画だが、『ドーベルマン刑事』での連載デビュー以来、
43年のキャリアをもつ平松伸二が作者なのだから興味をそそられる。
プレ黄金期の『週刊少年ジャンプ』の内幕をつたえる、貴重な證言でもある。
作者独特の誇張表現のおかげで、編集者はみなヤクザみたくおっかない。
まだ出版業界で漫画がみくびられてた頃の、男たちの鬱屈があらわれている。
ドーベルマン第2話は、ホテルにカンヅメになって制作。
20歳になったばかりの平松は、年上のアシスタントたちに翻弄される。
新人作家としては、週31ページを仕上げる実作業だけで精一杯で、
アシスタントの内面をおもんばかる余裕などない。
締め切り間際におきた叛乱をどうにか鎮めようと、土下座して作業続行を乞い願う。
編集部をおとづれたら、先輩作家の本宮ひろ志がいた。
学ランに下駄履き、日本刀をふりまわして暴れる。
「テメエらは漫画家に対する敬意が足りない」と叫びながら。
70年代における本宮の影響力の大きさがわかる。
以上の誇張表現は、逆説的に題材の地味さを物語っている。
フツウに描いたら、漫画家の人生なんてマンガにならない。
つまり本作のドラマは、主人公の内面にこそある。
岡山の農村で生まれ育った平凡な青年が、いかにして「外道」に目覚めたか。
なぜ極悪人や暴力に惹かれてしまうのか。
まあそんな裏読みも、超ベテラン作家が仕掛けるフェイクかもしれないけど。
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久野遥子『甘木唯子のツノと愛』
甘木唯子のツノと愛
作者:久野遥子
発行:KADOKAWA 2017年
レーベル:ビームコミックス
[ためし読みはこちら]
中学1年の「唯子」は、教室でもどこでも帽子をかぶっている。
クラスの男子がイタズラで脱がそうとするが死守。
なにか隠してるらしい。
唯子の額にはツノがあった。
秘密を知った神父から、自分がユニコーンかもしれないと教わる。
多摩美を出た27歳の作者は、キラキラまぶしいキャリアの持ち主。
旧約聖書への言及など思わせぶりな表現に、育ちのよさを感じる。
短篇集である本書は、在学中の2010年発表の作品もふくんで玉石混淆だが、
表題作である『甘木唯子のツノと愛』はプロらしい出来映え。
100ページ弱に、母の死などの仕掛けが詰まっている。
いつも自分を守ってくれる兄に恋人らしきものができ、唯子は動揺。
帽子を落として露出した額を、その「野重さん」に触られる。
なにごともなく。
唯子のツノは、孤独な兄妹がはぐくんだ幻想だったと明らかに。
幻想性が本作の吸引力となっている。
部屋に散らばる段ボール箱を、迷宮として演出するカメラワーク。
それを、映画監督・岩井俊二は単行本帯で「意思を持ったパース」と、
卒業制作の担当教員・野村辰寿は「全篇浮遊するカメラワーク」と評する。
思春期の通過儀礼で否定された唯子のツノは、攻撃性の象徴だろう。
オトナなら、隠さないといけないものだ。
もちろんペニス羨望を視覚化した、屈折した近親相姦の物語でもある。
本書に収録された初期の3篇は、いかにもサブカル調で僕の趣味じゃないが、
最新の表題作はジャンルのタコツボを抜け出て、精彩を放っている。
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松本剛『ロッタレイン』
ロッタレイン
作者:松本剛
掲載誌:『月刊IKKI』『スピリッツ増刊 ヒバナ』2014年-
単行本:ビッグコミックススペシャル ヒバナ
作品冒頭で、バス運転士である主人公「玉井」は、
恋人がパワハラ上司とセックスしてるのを目撃する。
この暗さに「ああ、松本剛だな」とファンは納得。
30年におよぶキャリアにおいてヒット狙いは皆無だ。
事故をおこして仕事を辞めた玉井は、父がいる新潟県長岡市へ一時的に移る。
作者の出身地でもある。
「後妻さん」が土下座し、長年の非礼を詫びる。
盗った盗られたでどうのこうのの、昭和っぽいあれだ。
北陸あたりでは、いまもこんな感じだろうか。
父には「初穂」とゆう13歳の娘がいた。
玉井と血はつながってない。
庭で飼っているニワトリを絞め、料理の準備をする。
土地がもつ強烈な磁力にあらがう、凛とした立ち姿。
初穂は中学で、「二号さん」だのなんだの言われてイジメられている。
着替えに仕込まれた毛虫をそっと手のひらに乗せ、窓から逃がす。
初穂は玉井に反撥する。
「本宅」とか「長男」とか、くだらないから。
なんの責任もないのに自分が後ろ指さされる原因ってだけで、許せない。
汚された服を洗濯機に投げこみながら当たり散らすくだりは、
芯の強いヒロインをえがく松本らしい名場面。
1964年生まれの松本が、いまさら新境地を開くことはないだろう。
初穂の喪服姿のうつくしさに息を呑みはするが、
びっくりするほど絵柄も作風も変わらない。
松本剛は重言の作家だ。
「美少女はうつくしい」、ただそれだけを表現しつづけている。
奇跡の様でもあり、呪詛の様でもある。
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夕仁/里好『聖へき†桜ヶ丘』
聖へき†桜ヶ丘
作画:夕仁
原作:里好
掲載誌:『電撃PlayStaton』(KADOKAWA)2017年-
単行本:電撃コミックスNEXT
[ためし読みはこちら]
国内有数のお嬢さま学校「桜ヶ丘学苑」の入学式。
桜色の制服がステキだ。
はたして、どんなトラブルが待ちうけるのか。
主人公の「佐藤菜乃」は、幼いころから特殊能力をもつ。
それは、他人の性癖を読みとる力。
顔にデカデカと「制服フェチ」などと表れるので、だれが変態なのか丸わかり。
教師や警備員さえ信用できないから、つらい。
入学初日から能力が発揮される。
学苑のアイドルである生徒会長「上月契(かみつき ちぎり)」の性癖は「人喰い」。
ほんらい趣味に良い悪いもないが、カニバリズムはヤバそうだ。
菜乃は神父から、その能力で学苑の風紀を守るよう命じられる。
監視してたら案の定、欲望にかられた契が親友の首筋に喰らいつく。
ところが襲われた副会長は「超ドM」で、おとなしく快感に身をゆだねる。
なんだかんだで、いいコンビだった。
名門の子女ほど、きびしく躾けられたせいで性的嗜好は歪みがち。
つまり桜ヶ丘学苑は、狂い咲きする変態たちの花園だった。
おなじく生徒会の「植原さん」は、まじめで仕事ができて隙がない。
ただひとつ、背中に靴底の跡がある以外は。
彼女が隠しもつ性癖とは?
そんなこんなで、スリリングな女子校ライフがたのしめる作品だ。
原作つきである本作は、作画担当者が絵に集中できるとゆう美点がある。
植原さんは主要キャラではないが、吊り目ショートボブでキャラデザがきまってて、
しかも変態さんだなんてたまらない。
ちょっとエッチな百合コメディを読みたいなら、本作はベストチョイスだろう。
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鈴木マサカズ/押川剛『「子供を殺してください」という親たち』
「子供を殺してください」という親たち
作画:鈴木マサカズ
原作:押川剛
掲載誌:『月刊コミック@バンチ』(新潮社)2017年-
単行本:バンチコミックス
病識のない精神障碍者を、暴力にたよらず説得し、
病院へつれてゆくプロが書いたノンフィクションにもとづく。
「子供を殺してください」とゆう訴えは、普通じゃない。
でも20針縫うほどの重傷を負わされたなら、理解できるだろう。
暴力的な障碍者との生活は、絵にすると壮絶だ。
この39歳の「則夫」は、アルコール依存症。
脱糞するまで酒を飲むので、家族は椅子の下にブルーシートを敷いている。
「説得移送サービス」の提供者である押川に、危害をくわえることも。
全篇がなまなましく理不尽な暴力で満ちており、読むには一定の覚悟が必要。
『銀座からまる百貨店お客様相談室』の作者である鈴木マサカズは、
おなじくドキュメント風の本作でも、冴えた手腕を発揮している。
たとえば、初対面の人間になれなれしく煙草をもとめる態度は、
依存症患者に典型的とか、人間観察のおもしろさがある。
本作のテーマは「暴力の連鎖」。
精神疾患で家庭が崩壊するのは親の責任と、原作者はかんがえるらしい。
則夫の父は、妻や息子に殴る蹴るの暴力をふるっていた。
息子は父の真似をしてるだけ。
しかし社会的地位の高い父は、息子が自分に似ているのを認めないので、
原因を理解して問題を解決する可能性を、みづから潰していた。
この暴力の連鎖説は、多様な精神疾患に普遍的にあてはまらないだろうが、
すくなくとも本作において重厚なドラマをつくりあげている。
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『NEW GAME! アンソロジーコミック』2巻
くろば・U
NEW GAME! アンソロジーコミック
作者:得能正太郎 御北きぬ 森沢晴行 紅緒 くろば・U るい・たまち 他
発行:芳文社 2017年
レーベル:まんがタイムKRコミックス
アンソロ2巻でも、ねねっちは絶好調だ。
青葉の自宅を訪問するシーンは、本篇になかった気がする。
呼び出しかたが昭和の子供っぽい。
ぼや野
ねねっちが自作ゲームを、本職のうみこさんにプレイさせる一篇では、
ヌルい本篇やアニメではありえない毒に、ファンはおどろくだろう。
蟹丹
イーグルジャンプの面々が、めづらしく非電源のクトゥルフ系TRPGをあそぶ。
勿論ねねっちもノリノリで参加。
キャラの自己紹介で、ロケットランチャーが特技のお嬢さまを熱演する。
いつもとちがう、いつもどおり天真爛漫なねねっち。
るい・たまち
イーグルジャンプのマスコットである、もずくを相手にかくれんぼ。
2巻の白眉とおもう。
『NEW GAME!』の影の主役と言える、「空間」を活かしている。
とこみち
駅前で偶然うみこさんに出会った休日をえがく一篇。
青葉との待ち合わせに遅れそうなのに、道端で犬とたわむれたり。
犬も猫も似合う。
水陸両用のズゴッグに匹敵する最強キャラだ。
ちさこ
ガチ百合担当、りんにも見せ場が。
今回は酒乱モードでなく、ひとり相撲のさびしさに涙をこぼす。
晴瀬ひろきによる巻頭イラスト。
『魔法少女のカレイなる余生』の作者なだけあり、
ピンクなど暖色系のイメージがあるねねっちに、黒い水着を着せる。
ハイビスカスの花をアクセントにした、赤と黒のXの構図があざやか。
あどけない笑顔で、あらゆる色彩を輝かせ、あでやかな空間をつくりあげる。
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もちオーレ『出会い系サイトで妹と出会う話』
出会い系サイトで妹と出会う話
作者:もちオーレ
発行:KADOKAWA 2017年
単行本:電撃コミックスNEXT
[ためし読みはこちら]
いわゆるウェブ漫画に疎い僕はよく知らなかったが、
ツイッターで人気のある百合系作家らしい。
表題作は、同性の恋人をもとめて出会い系サイトを利用したら、
実の姉妹がひさしぶりに再会したとゆう、意外性にとむ連作。
気の毒なほど狼狽する、妹の「小夜」がかわいい。
親が知ったら卒倒確実な「出会い」だが、姉は平然としている。
でも内心はドキドキしてるらしい。
相手は家族なのに、エンカウントのシステムがちがうだけで色めきたつ。
作者は、セリフ回しでキャラの個性を増幅させ、
ありえない関係性にイキイキしたリアリティを付与する。
ふたりは8年前から百合だった。
当時中1の小夜は、彼氏とのファーストキスを失敗したくないから、
キスの予行演習につきあってと、5歳年上の姉にもちかける。
彼氏がいるなんて嘘だけど。
長女らしくしっかり者の姉は、あんがい感情に流されやすい。
あっさりキスの快楽に溺れ、「練習」を名目にし、
親の目を盗みつつ、みづから妹の唇をもとめた。
思春期女子が複数いる家庭は、ハリネズミの巣だ。
些細なきっかけで、楽園が戦場と化す。
姉の受験勉強ですれちがいが生じ、妹は恨みをいだく。
この苦味は7年後、誤解がとけた姉妹の甘味をきわだたすスパイスになるが。
こちらはバスケ部を舞台とする別シリーズの『ダメな先輩×デキる後輩』。
ミニマルな作風だが、動きの描写も的確だ。
どれほどの隔たりも一息で踏破する、百合とゆう特別な心のありかた、
そのうつくしい奇跡をつめこんだ短篇集である。
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町田翠『ようことよしなに』
ようことよしなに
作者:町田翠
掲載誌:『月刊!スピリッツ』(小学館)2017年-
単行本:ビッグコミックス
[ためし読みはこちら]
富山県の山麓でくらす、女子高生ふたりの物語。
自転車をこぐ癖っ毛が「マキ」で、黒髪ロングが「ようこ」。
ジャンル名を強いてつけるなら「田舎百合」か。
ふたりは「ユニコーン☆ドリィム」とゆうユニットをくみ、
のど自慢の予選に参加するなど、音楽活動をしている。
退屈なド田舎から抜け出す方法は、これくらいしか思いつかない。
ただしこのユニットは、フラストレーションを持て余したゆうこが、
マキを強引につきあわせてるとゆうのが実態。
別の高校へすすんだのに、ゆうこはあたらしい友達をつくらず、
だれもいない家に帰るのも嫌で、毎日マキとあそんでいる。
わがままでさびしがり屋の友人に振り回されているマキだが、
深夜に河原でギターの練習をするなど、まんざらでもない様子。
JKの相互依存や、田舎の風景の描写がたくみな、作者の初単行本だ。
マキにとってゆうこは大切な存在だが、いいことばかりじゃない。
たとえば、いつも他校の生徒とつるむせいでクラスで浮いている。
それをごまかす保身の術もそなえてない。
のど自慢の予選でひさしぶりに再会した、同中の「桑原えみり」。
なりふりかまわずアイドルをめざす痛々しいキャラ。
ときどき楳図かずおみたいな誇張がまじる独特の絵柄で、
青春漫画以上百合漫画未満のモラトリアムな関係をえがく、
淡々としてるのに起伏にとむ要注目作だ。
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