鬼八頭かかし『たとえ灰になっても』3巻
たとえ灰になっても
作者:鬼八頭かかし
掲載誌:『ヤングガンガン』(スクウェア・エニックス)2016年-
単行本:ガンガンコミックス
ある意味『賭ケグルイ』フォロワーっぽくはじまって、
命懸けのギャンブルを描いた本作は、3巻から「鬼ごっこ篇」へ突入。
もはやギャンブルと言うより、サバイバル。
鬼ごっこのルールは変則的。
腕時計型の端末で所持金を管理しつつ、
「テレポーテーション」など4種のスキルを発動する。
お嬢さまぶってるお嬢さまの常称寺さんは、
丁半ダウト篇をへてヒロイン的ポジションにおさまった。
注目すべきは、だれが鬼かわからないこと。
「ペアを組みましょう」と近寄ってきたプレイヤーが、敵かもしれない。
子供の遊びとは異なる駆け引きがある。
主人公のユキが、「ナイトメア」のスキルで攻撃される。
幼少時の忌まわしいトラウマが抉り出され、しばらく戦意をうしなう。
「キャラの掘り下げ」をルールに組みこむなど、プロットは引き締まっている。
本戦前夜の、最後の晩餐。
プレイヤーはおいしそうな「豚肉料理」をほおばるが、
「ヒトと豚の生物的特徴は似てる」「豚からヒトへの臓器移植が進んでる」とか、
知りたくなかった情報を耳にして青褪めるものも出たり。
本作のお楽しみと言えば、拷問シーン。
3巻でクロエルは、自分に手向かったプレイヤーに対し、脳へ直接おしおきする。
キャラクターと世界観とストーリーで漫画の出来がきまるとしたら、
『たとえ灰になっても』は、すでに名作の気配をただよわせている。
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鈴木マナツ『コネクト』3巻
コネクト
作者:鈴木マナツ
掲載誌:『ウルトラジャンプ』(集英社)2016年-
単行本:ヤングジャンプコミックス・ウルトラ
同人イベントでCDが完売したのを祝し、
アニソン制作チーム「スタードロップ」は海で合宿をおこなう。
マイペースな絵師・藤尾さんの水着姿が、意外なほどキュートでセクシー。
鈴木マナツの強みは描線のうつくしさ。
女のカラダを描かせたら、だれにも負けない。
でも『コネクト』では武器を出し惜しみする。
あと僕がおもうに、本作のストーリーは「オッズ」がはっきりしない。
主人公が賭けに勝ったらなにを手に入れるのか、
負けたらなにを失うのか、よくわからなくて読者はいまいちノレない。
3巻ではアラサー声優「花巻しおり」が登場。
キャリアはパッとせず、そのくせ担当キャラへの愛着がふかく、
レコード会社の人間からめんどくさい女とおもわれている。
しおりは、和奏が提出したキャラソンのデモに感動し、
レコード会社の会議室でみっともなく号泣する。
キャラクターのことを、演じる自分をのぞけば誰よりもふかく、
作曲者が理解してくれたのが、音楽からつたわったから。
アラサー女子の純情がほとばしる名場面だ。
ギョーカイものである本作には、矛盾が内在する。
どんな業界だろうと、決定権をにぎるのはオジサンであるとゆう社会的現実と、
女の子を描くときもっとも際立つ作者の資質のあいだに。
たとえばネコ耳マネージャーの「リカ」には、
『阿部くんの七日間戦線』の最凶ヒロイン「一夏」の残響がただよう。
でも、こうゆう楽しみが散発的なのが残念だ。
作者がツイートしている。
ご無沙汰してます
コネクト3巻の単行本作業ぼちぼち進めてます。
やったー足塗れると思ったけど
この絵はかなり小さく使われるのを思い出して…
ああ、やっぱりマナツ先生は女の子の脚が大好きなんだなと、
ファンである僕はほくそ笑んでしまった。
そんなに好きなら、もっともっともっともっと描けばいいのに。
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つっつ『おむじょ!』
おむじょ!
作者:つっつ
掲載サイト:『WEBコミックぜにょん』(ノース・スターズ・ピクチャーズ)2016年-
単行本:ゼノンコミックス(徳間書店)
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おむつ女子がテーマの、ちょっとエッチなラブコメである。
高校2年の「大根将太」は、落とした消しゴムを拾おうと屈んだところ、
クラスメートの「乙姫いちご」が、イチゴ柄のおむつを穿いてるのに気づく。
いちごは自身の体質で悩んでいた。
好きな男と接触するなど、性的に昂奮するとおもらししてしまう。
満員電車は特に要注意。
群衆の描写はむつかしいものだが、
作者はたくみな構図と丁寧な描きこみで処理している。
おむつと思春期の女の子は、やはり特異な組み合わせ。
いちごがレジに持っていこうとすると、後ろ指をさされることも。
二十代女性が買うなら、なんとも思われないだろうに。
義侠心にかられた将太は身代わりになり、男らしさを発揮。
将太の幼なじみである「猫又もれい」もオムツァーだった。
こちらは体質でなく、将太といちごの仲のよさに嫉妬して着用。
おむつがモテるなら、おむつを穿かない理由はない。
案外ファッションはこうやって流行するのかも。
もれいが将太に惚れたのは、小学校時代のおもらしエピソードがきっかけ。
とにかく全篇、失禁失禁また失禁の失禁祭りの漫画だが、
ストーリーが思いのほか大きく展開してゆくのに感心。
11話は、いちごに誘われて映画館へ。
ポニーテールにむすんだ髪に、デートを成功させたい決意がみなぎる。
はたしていちごはおもらしせずにいられるか?
ワンピースやサンダルなど、よく描けている。
僕は、おむつやおもらしが一定の人気があるジャンルなのは知りつつも、
どちらかと言えば悪趣味に感じられて熱心な読者になれずにいたが、
本作はおむつを女子のファッションの一部として描写しており、センスがいい。
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前原タケル『おはようサバイブ』
おはようサバイブ
作者:前原タケル
掲載誌:『週刊少年マガジン』(講談社)2017年-
単行本:講談社コミックス マガジン
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山手線車輌の上に洗濯物を干す。
この若者たちは、文明崩壊後の世界で生きている。
新病のパンデミックにより人々は斃れた。
16歳の「ナユタ」と「ユメ」の視点で物語はすすむ。
冒頭の引用画像に商業ビルのBIG BOXが描かれているとおり、
ふたりのサバイバル生活は高田馬場ではじまる。
女の子のかわいさを前面に出しているが、マガジン連載らしく、
どちらかと言えばストーリードリブンな作品だ。
ユメの食欲を満たすためプリンをつくるのが、当面の目標。
半壊した東京駅。
周辺に市場がひらかれ、物々交換経済が成立している。
ロケハンにもとづく風景描写がみどころ。
「かなぴー」とゆう年上の女がメンターの役割をはたす。
電波系でエッチが大好きなキャラだ。
たとえるなら夢眠ねむみたいな、アートスクール出身っぽい雰囲気。
食うか食われるかの弱肉強食の世界なのに、いやだからこそ、
若者の頭のなかは煩悩ばかりで、暇をみつけてセックスにはげむ。
それが本作のテーマだ。
それぞれ異なる意図をもった組織同士の争いなど、
ポスト・アポカリプスSF的なお楽しみについても紹介すべきだったが、
12歳で東北辯の「ツキミ」とか、やはりキャラ造形に惹かれる。
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『ナデシコ女学院諜報部!』 第8章「ドローン」
極彩色に階段が塗られてゆく。小田急百貨店の正面にある歩道橋だ。ミキと千鳥が上から、ジェーンとチームメイトが下から、ペイント弾をばら撒く。階段のあちこちで塗料がしたたり落ち、うかつに踏みこめば滑り落ちそう。
膠着状態を打破しようと、ジェーンはお団子ヘアのチームメイトへ指示をとばす。お団子ヘアが走り出す。反対側のエスカレーターを昇り、挟み撃ちするつもりだ。
MP7を階段下のジェーンに対し連射しながら、ミキが叫ぶ。
「千鳥! クレイモア!」
交戦中だから呼び捨てはしかたないが、先輩としてはあまりおもしろくない。千鳥は背後にある公衆トイレの壁に身を寄せ、エスカレーターの降り口を凝視する。お団子ヘアが駆け上がってくる。
千鳥は、あらかじめ仕掛けておいた指向性地雷の起爆スイッチをいれた。
ボンッ!
お団子ヘアはアサルトライフルのFN・SCARを構えたまま、頭頂から爪先まで青く染まる。
セレブリテ学園にヒット。生き残りは三対二で、ナデシコ女学院がリード。ミキたちは状況をまだ正確に把握できてないが。
ジェーンは四文字言葉を罵り、姿をくらます。
満面の笑みをたたえたミキが、千鳥とハイタッチして言う。
「よっしゃあ! 一気にトドメ刺そう!」
千鳥はおだやかな微笑を返す。
ふだんは感情表現がとぼしいミキだが、ゲームに勝つと無邪気な幼女に変貌する。こういった勝負事が好きでたまらないのだろう。
実際ミキは、天賦の才にめぐまれている。背中に目がついてるかの様に周囲の動きを察知する。数手先を読んで有利な位置を占め、味方を手足の様にあやつり、ためらいなく敵を殲滅する。
すっかり後輩にリーダーシップをうばわれた千鳥だが、ミキの命令にしたがって行動するのがすこしづつ快感になってきた。
トランプ柄の黒いスカートをなびかせ、ミキはジェーンを追ってびゅんと突っ走る。
千鳥はつぶやく。
あのコは本当に、神の使いかもしれない。
ミキと千鳥の先輩後輩コンビは、エスカレーターで歩道橋から地上へ降りる。ドローンが約二十メートル上空を飛んでるのに気づく。工具箱の様なものを運搬している。ドローンは小田急百貨店と京王百貨店の隙間にある細い道、モザイク通りへ入ってゆく。ジェーンに弾薬などを補給するのだろう。
ミキは腰だめにしていたMP7を右肩に引きつけ、ビルの谷間へむかい歩を速める。
千鳥が、ミキのジャケットの襟をつかんで言う。
「おいおいおいおい、さすがにあそこは危険だろ。あきらかに誘ってる」
「そりゃ、まあ」
「策があるなら教えてくれ」
「ボクが敵だったらスナイパーをおきます」
「どこに」
「小田急の屋上かな。でも居場所がわからないのがスナイパーの存在意義だから、なんとも言えない」
「だめじゃん。あたしが走って裏へ回ろうか」
「セレブリテはドローンで監視してます。上空を取られてる以上、回りくどい戦術は効果が薄い。もっと直接的に揺さぶりたい」
「で、どうすんの」
ミキは右目を伏せ、ツインテールをいじる。
人生はむつかしい。ゲームの中なら相手を容赦なく叩きのめしても許される。所詮ゲームだから。一方、現実世界で人を傷つければ遺恨となる。
でも、言わなければ。闘争の霧のなかで即座に判断をくだし、チームを牽引しなければ。
「先輩は囮になってもらいます」
「スナイパーをおびき出す餌になれってか」
「はい」
「勝算はあんの」
「百メートルくらいはMP7で狙えます」
「わかった」
「生意気言ってすみません」
「チームのためなら喜んで犠牲になるさ。あたしはそうゆう運命なんだ。どの分野でもトップにはなれない」
ミキは、奇麗にととのった眉をひそめる。意外な発言だった。千鳥は有名なサッカー選手であり、諜報部のエースとしても人気がある。父親が開業医で、自身も医学部進学が確実と聞いている。陽のあたるところを歩いてきた人生とおもっていた。
「でも」ミキが言う。「先輩はサッカーの世界大会に出たりしてますよね」
「上に行けば行くほど、バケモノみたいな天才がいるんだよ。逆立ちしてもかなわないってゆう」
「そんなものですか」
「天才にはわからないさ。あたしは勉強でもスポーツでも、ちょっと努力すればすぐ上達する。でも二流で止まっちゃう。器用貧乏なんだ」
「ボクは先輩を信頼してますよ。体力もガッツもあるし」
「ありがとな。さ、暗い話はやめて仕事しようぜ」
モザイク通りの手前で、ミキと千鳥は庇の下に入る。ミキはタータンチェックのジャケットを脱ぎ、千鳥に手渡す。
ミキがささやく。「上着を交換しましょう。敵はボクを狙ってくるはずだから」
「緊張するなあ」
ふたりは、長さ約五十メートルのゆるやかな登り坂坂にさしかかる。上方に蓋の開いた弾薬箱がある。左右の巨大なデパートがふたりを圧迫する。
ビシッ!
先をゆく千鳥の左肩が緑に変色する。
ヒット。二対二。
ミキはMP7を構えたまま振り向く。十四階建ての小田急の屋上に銃口をむけ、ドットサイトを覗く。髪がベリーショートのセーラー服の女が伏せている。スナイパーライフルであるFNバリスタの減音器を、鉄柵の隙間から突き出している。ボルトハンドルを引いてまた戻し、薬室へ次弾を送りこむ最中だ。
ミキはトリガーを引く。
ターゲットより一メートル下の白壁に、赤い染みができた。
ビシッ!
ミキの足許で音がした。
ふたたびベリーショートが発砲した。予想よりこちらの反撃が早く、あせって外したらしい。
ミキは呼吸をとめる。死人の様に静止する。照準を微調整し、トリガーをそっと引きよせる。
ペイント弾は鉄柵に命中する。塗料が飛び散る。ビル風で弾道が5センチ流れた。
ベリーショートは、バリスタをつかんで視界から消える。
スナイパーの宗教は、正々堂々としたふるまいを禁忌とする。互角の条件で撃ち合うなど、彼らにとって恥でしかない。ミキは日夜ゲームのネット対戦で、この種族に悩まされてるので知っている。
ミキが叫ぶ。「くそがッ!」
MP7を石畳調のタイルへ叩きつけようとする。
大風呂敷をひろげ、先輩を犠牲にしておいて、このザマか。無能にもほどがある。
ミキは振り上げた腕をとめる。
物にあたるな。感情をコントロールしろ。MP7はボクの大事な相棒じゃないか。
退場となった千鳥が、肩をすくめて言う。
「ジャケットが汚れたけど大丈夫か? お気にいりだったんじゃないの」
「試合終わるまで革ジャン貸してください」
「いいけど、それ男物だぞ。いつも着てる可愛い服と全然ちがうだろ」
「パンク系のロリータもあるんですよ」
ミキは左手を腰にそえ、かるくポーズをとる。おなじ服を着てるのに、ファッション雑誌から抜け出した様に見えるのが、千鳥には不思議だ。
「言われてみれば、案外似合うな」
「でしょう。ロリータファッションはヴィヴィアン・ウエストウッドの影響をうけてるから、もともとパンキッシュな服と相性いいんですよ」
「ヴィヴィアンなんとかって誰?」
「話すと長くなるんで、またあとで」
ミキはいま、新宿ミロードの外にあるアナスイのブティックにいる。派手なバッグが陳列された棚の後ろにしゃがみ、息を殺している。厚化粧の店員たちはおびえ、店の奥へ逃げた。
一分前に坂を登り切ったところで、オープンカフェのテーブルを倒して盾とするジェーンと撃ち合いになった。狙撃を警戒するミキは、迷惑と思いながらも店に飛びこむしかなかった。
高校生では手が出ないブランドなので、店内を一度じっくり見たかったのもある。
四枚のプロペラで風切音を立て、ドローンが通過するのがガラス越しに見える。ミキの居場所をたしかめている。
射界にスナイパーはいない。なにか別の攻撃をしかける気だ。
ミキは立ち上がり、試着室へ入る。すばやくカーテンを閉める。
ガシャン、ズドーンッ!
ミキは試着室の外へ出る。フロア全体に服や雑貨が散らばり、オレンジ一色に塗りつぶされている。対戦車ミサイルを撃ちこまれた。
スパイゲームにおける被害は、文部科学省が補償する。請求額をみて役人は腰を抜かすだろう。
ミキはガラスの砕けた自動ドアを抜ける。ジェーンが木製のテーブルごしにSCARを発砲してくる。
セミオートでミキは応射する。ヒットを狙わずテーブルに当て、ジェーンを牽制するにとどめる。予備弾倉が切れたので弾を節約したいし、ミサイルを担いでどこかに潜むベリーショートも怖い。
ドローンは他のメンバーが遠隔操作してるから、戦況は実質的に一対三。氷雨が無事なのは確認したが、合流までしばらくかかる。
ミキはアナスイの隣の眼鏡屋へ逃げこむ。その場しのぎでしかない。残り時間は七分。さっさとこのクソツボから抜け出さないと。
キーンとゆう風切音が聞こえる。またドローンがくる。
ミキはMP7の弾倉を外し、ウエストポーチに忍ばせていた実弾をひとつ装填する。別にルール違反ではない。そもそも銃刀法に抵触するから、「実弾の使用は禁止」などと明文化されてない。
銃撃戦の混乱で、プロパンガスのボンベがカフェの前に放置されている。
ドーンッ!
バルブを狙った四・六ミリ弾が、ボンベを爆発させる。ガラスが吹き飛び、瞬く間に各店舗に炎がひろがる。ビルの谷間ですさまじい乱気流が生じ、ドローンは墜落する。
ミキは新南口のペンギン広場へうつった。三段重ねのベンチや植え込みがある憩いの場だ。ペンギンの銅像が改札口にむけて手を挙げ、この街への訪問者を出迎える。
ミロードデッキを走り抜け、甲州街道の上を横切ったミキは、肩で息をしている。終了まであと五分。膝が笑って直立できず、銅像に背をもたせる。
後を追ってきたジェーンが、SCARの銃口をむけつつ、余裕の足取りで歩み寄る。自慢の金髪とセーラー服がすこし焼け焦げている。
「カミカゼガール」ジェーンが言う。「ついにお前を追い詰めた」
「変な呼び方はよせ。ボクは死の天使だ」
「お前はよくやった。でも今日が、私たちのミッドウェーになる」
ベリーショートがピラミッド型のベンチへ登る。スコープを覗かずにバリスタを構え、左右に目を光らせる。ナデシコは氷雨がまだ生き残っている。戦力としてはたかが知れてるが、味方を救うため行動をおこすと予測される。
ジェーンはミキをボディチェックし、残弾のなくなった拳銃のHK45と、アイフォンを没収する。MP7は弾切れのときミロードに捨てた。
ジェーンは拳銃のファイブセブンに持ち替え、ミキの額にむけて言う。
「いい死に場所ね」
「そうかな」
「ここいらは『君の名は。』に出た聖地よ」
「そのアニメ見てない」
「嘘でしょう。大ヒットしたのに」
「あんた結構日本好きだろ。ツンデレか」
「ちょっと、いまなんて?」
ジェーンが顔をしかめる。
時間を稼いでるのに、怒らせたら元も子もない。どもりながらミキが言う。
「い、いや、ツンデレとゆうのはアニメキャラとかの分類で、決して悪い意味……」
「本当に!? 日本人から見て、私はツンデレなの? 釘宮理恵みたいな?」
「そのたとえはちょっと古……」
「すごいわ! ねえ聞いた!? 私ってツンデレなんですって!」
ジェーンは上ずった声で、ベリーショートに対して叫ぶ。
ベリーショートは苦笑しながら答える。
「ジェーン、あと三分」
もうすこし執行猶予を引き延ばそうと、ミキがジェーンに尋ねる。
「それで、お前たちの要求はなんだ」
ジェーンが答える。「はぁ?」
「ボクらが勝てば七星剣を返してもらうはずだった。そっちの要求については部長同士で交渉したらしいけど、くわしく聞いてない」
ジェーンは右側のベリーショートの方をむき、空を指差す。ドローンが浮かんでいる。
「監視は問題ない」ベリーショートが言う。「だれも私たちを見てないし、聞いてない」
「寒椿氷雨はハッキング能力がある」
「ウチの技術班が、ドローンの無線通信のトラフィックをすべて捕捉してる。これを掻い潜るシステムがナデシコにあるわけない」
「それもそうね」
火災で傷んだ前髪を振り払い、ジェーンが言う。
「CIAは二年前から、ナデシコ女学院を調査している。国防上重要なある案件に関して」
「らしいね」
寝耳に水だったが、ミキは冷静を装う。
スパイの世界では、情報が通貨の役割をはたす。事情通のふりをして、価値ある人間に思わせないといけない。
でないと死ぬ。
「人的に通信的にあらゆる情報を収集しても、なにも出てこない。足跡をたどると必ず、あるところでぷっつり途絶える」
「諜報部」
「そう。なのでCIAは、高校生の私を派遣した。アメリカに害をなす虫を燻り出すため」
「それって、きらら先輩だろ。あの人は隠しごとが多い。セレブリテに潜入するのに異様に反対したし、警察とつながってるし」
「じきにはっきりする。カミカゼガール、お前のせいで手こずったが」
ジェーンは会話を打ち切り、ファイブセブンの角度をレザージャケットの胸のあたりへ下げる。見物人が広場にやってきた。おしゃべりしてる場合ではない。話題が国家機密ならなおさら。
ジェーンは不審げにギャラリーを見回す。もう百人を超えた。後から後から増えてゆく。
薄紫のパーカーを着た氷雨が、群衆を掻き分けてあらわれる。左手にマックブックを乗せ、画面をこちらにむけている。
ペンギン広場が画面に映る。上空から俯瞰している。中心に金髪とツインテールの少女がいる。会話はライブストリーミングされていた。
碧い瞳を吊り上げ、ジェーンがベリーショートを睨む。話がちがう。絶対ハッキングされてないと断言したじゃないか。
ジェーンに銃をむけられたまま、ミキが言う。
「彼女は正しい。これはハッキングじゃない」
「でも、映像がリアルタイムで」
「ドローンが落ちたとき、ジャケットにあった先輩のスマホをヘアゴムでくくりつけた」
「なんですって」
「ヘアゴムはツインテール女子の必需品だもん。ドローンが重くなったけど、バレないでよかった」
ジェーンは両手で口を覆う。ファイブセブンがタイルで跳ねる。
諜報機関の歴史にのこる大失態だ。
キム・フィルビーやエドワード・スノーデンに匹敵する災禍として、自分の名が記録される。
いや、下手すれば抹殺される。
存在すら。
ミキは拾ったファイブセブンをジェーンに、氷雨はグロックをベリーショートに対し発砲する。
二対〇で試合終了。
ナデシコ女学院諜報部の、今年度の全国優勝が決定した。
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早川パオ『まどろみバーメイド』
まどろみバーメイド
作者:早川パオ
掲載誌:『週刊漫画TIMES』(芳文社)2017年-
単行本:芳文社コミックス
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屋台で酒を提供する、世にもめづらしいバーを舞台とする作品。
バーテンダーの「雪」は女なので、女性客だけでも気軽に美酒をたのしめる。
ストーリーは1話完結の人情話が中心。
とりあげるのは若い女性がおおい。
たとえば4話は、居酒屋でカルーアミルクを飲んだ経験しかない書店員に、
ちょっと背伸びしてオトナの世界を垣間見させる。
百合版『BARレモン・ハート』といった趣き。
僕はくわしくないが、現実のバーはおじさんが主役だろう。
もちろん本作にも出てくる。
彼らは聞いてないのにウンチクを語るし、酔いにまかせてセクハラをする。
それでも、イラストレーターとして活動してきた作者は、
達者な画力でバランスのとれた世界観を構築している。
雪はバーメイド3人でルームシェアしている。
店ではしゃんとしてるが、普段は寝起きがわるくグータラ。
バーメイド仲間の「日代子」がかわいい。
味よりパフォーマンスで勝負する、フレアバーテンディングで華麗にきめる。
酒がテーマの漫画のなかで、もっともヴィジュアルに秀でてた作品だろう。
月明かりの下、美女が配合したカクテルに酔いしれる。
香り高い都会のファンタジーは、病みつきになるかも。
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江島絵理『柚子森さん』3巻
柚子森さん
作者:江島絵理
掲載サイト:『やわらかスピリッツ』(小学館)2016年-
単行本:ビッグスピリッツコミックス
いつもより絵面がきらきらでふわふわ。
あとがきに重要な情報がある。
じつはすこし前から「自分の絵を見つめ直したいな」という気持ちがありまして、
ためしにこの巻はアシスタントさんお願いしないでひとりで描いてみました。
絵に気合いを入れれば入れるほど画面がうるさくなってくんだけど、
多少うるさくないと私っぽくないような気も…?
作者は転機をむかえてるらしい。
本巻は、江島の作家性をよみとるのに都合がよい。
江島絵理と言えば、女同士のたわいないおしゃべり。
緊迫したメインプロットの合間に、別種のおたのしみがやってくる。
「友達未満恋人未満」をあらわすグラフとか、なんともおかしい。
カフェの内装や栞のワンピースなどにさりげない魅力があり、
漫画としての密度が高まっている。
19話でみみかと柚子森さんが、架空の対戦型格闘ゲームに興じる。
描写がやけにマニアックで、『少女決戦オルギア』のルーツがわかった気がする。
華やかなヴィジュアルと苛酷なバトルの、二兎を追う理由が。
江島作品はキャラが立っている。
立ち姿にただならぬ雰囲気があり、キャラ同士で、
そして読者と作者のあいだで、差し合いがはじまる。
格ゲー脳がうみおとした果実だろう。
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板倉梓『間くんは選べない』2巻
間くんは選べない
作者:板倉梓
掲載誌:『月刊アクション』(双葉社)2016年-
単行本:アクションコミックス
第1巻の最後で、仕事仲間のあんりと結ばれた間くんは、
軽く二股(キスまで)をかけてた鏡香に対し、別れ話をきりだす。
ところが鏡香はひどく動揺する。
女子高生にしては大人っぽいから、わかってもらえると思ってたのに。
間はその場をごまかし、鏡香を自宅へつれこむ。
制服を脱がされた鏡香は、なにもかもはじめてで、羞恥のあまり身悶える。
よくないと自覚しつつも、間は鏡香の処女をうばう。
26歳まで童貞だった間は、とくべつ女癖が悪くはない。
個人の性格や理性では抵抗できない、大きな力に押し流された。
それからは二股セックス三昧。
2巻収録の5話だけで、鏡香と3回、あんりと2回。
憧れの女性が求められるまま、フェラチオしてくれたり騎乗位で乱れたり。
夢の様な生活をおくる。
成人向け指定されてないのが不思議なほど、2巻はエロい。
ショッキングですらある。
だって『少女カフェ』の作者が、初期から完成してた絵柄を変えず、これだもの。
脇役の存在感は、板倉作品の特徴のひとつ。
鏡香の親友である「美沙」が、間を品定めしにやってきた。
背伸びするタイプの鏡香が、年上に惹かれるのはわかる。
でもその嗜好につけこまれ、悪い男に遊ばれてないか心配。
あんりを交じえた飲み会で口をすべらせ、浮気がバレそうになる。
いつもは軽薄で嫌味な上司が、さりげなく話を逸らせて窮地からすくう。
それとは逆に、学生時代からの友人でノイズミュージックが趣味の「広田」が、
急にモテだした間に嫉妬し、二股の報いを受けさせようと暗躍。
あちらが立てば、こちらが引っこむシーソーゲーム。
確固たるバランスと構成力は、作者ならでは。
ぐっちょんぐっちょんにエロエロで、板倉先生どうしたのと不安なくらい、
相当タガが外れている本作だが、暴走すればするほど逆説的に、
作者の器用貧乏っぷり(失礼)が顕著になる奇妙な作品で、
藝のない僕はいつもの結論をつぶやくことになる。
板倉ガールズはやっぱりピュアで、やっぱりかわいいと。
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千田大輔『異常者の愛』
異常者の愛
作者:千田大輔
掲載サイト:『マンガボックス』(講談社)2017年-
単行本:講談社コミックス マガジン
惨劇は夜の教室でおきた。
主人公である小学5年生の「カズミ」は、仲のよいクラスメートの「フミカ」が、
カッターナイフで刺し殺されるのを目撃する。
おなじくクラスメートの「三堂三姫(みどう さき)」が手をくだした。
動機は、痴情のもつれ。
好きな男子を自分のものにするため殺した。
サキのアシメトリックなぱっつん前髪が、無邪気な狂気を感じさせる。
秀逸な造形だ。
6年の月日がたち、カズミは高校生になった。
この男はやけにモテるらしく、今度は美術部仲間の「シノ」に惚れられる。
もののはずみで日に何度も告白するほどの天然キャラ。
小学校時代のトラウマがあるのでカズミはためらうが、
一途に自分を慕うシノに心をひらく様になる。
初デートのときの服は、ニット帽に短めのワンピース。
前作『さよならトリガー』は日常系萌え4コマだったし、
女の子のかわいさは安定している。
カズミとシノが付き合いはじめてから、周囲に異変が生じる。
下駄箱に、カッターの刃が刺さったウサギの死体がはいってたり。
サキは児童自立支援施設に入所したあと、自由の身となっていた。
あいかわらずカズミに偏執的な愛情をいだいており、
彼にちかづいたシノを監禁し、またもカッターをもちいて拷問する。
デートのためにとっておきの下着をつけてたのを揶揄するなど、
物理的にも精神的にもいたぶる。
本作は、ウェブ連載だからかもしれないが(前作は『マガジンSPECIAL』)、
いささか作風が露悪的だ。
ただ、シノがカズミに逆レイプをしかけるときのパンツを脱ぐ仕草など、
狂気を孕んだかわいさが前作の延長線上に開花しており、
たとえば鍵空とみやき『ハッピーシュガーライフ』に拮抗している。
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瀬口たかひろ『漫画家接待ごはん』
漫画家接待ごはん
作者:瀬口たかひろ
掲載誌:『月刊少年エース』(KADOKAWA)2016年-
単行本:角川コミックス・エース
さいきんグルメ漫画があまりに多すぎ、文字どおり食傷ぎみだが、
本作は食べるのが好きな漫画家の話なので読んでみた。
主人公は、作者とおなじく福岡在住の中堅漫画家。
漫画家は編集者と打ち合わせするとき、会社のカネでうまいものを食べられる。
この職業のオイシイ部分をテーマにすえたわけ。
漫画家は店からサインをもとめられることがある。
おとづれるたび、捨てられてないか不安でたしかめる。
「編集者が電話してくるタイミングベスト3」など、漫画家あるあるがおもしろい。
なにせ現名義だけでざっと数えて単行本69巻のベテラン、ネタにこまらない。
主人公はプロットを綿密に練りこむタイプだそうで、
行き当たりばったりなのに人気のある作家を妬んでいる。
左下の休載ばかりの男は冨樫義博がモデルか。
主人公が作者の自画像かどうかはわからない。
手堅い職人タイプなのは共通だが、原作つきが多い瀬口とは別人におもえる。
おそらくモデル問題にカムフラージュをほどこしている。
瀬口は食えない作家なのだ。
取材で東京にきたとき、新宿の思い出横丁(ションベン横丁とも言う)で、
観光客らしい金髪の幼女に目をとめる。
やけに印象的なカットであり、作者が実際に見たのだろう。
作家性を前面に打ち出さない瀬口が、20年以上活動できた理由がわかる。
街頭のふとした光景を記憶に焼きつける、その観察力のするどさだ。
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はんざわかおり『こみっくがーるず』3巻
こみっくがーるず
作者:はんざわかおり
掲載誌:『まんがタイムきららMAX』(芳文社)2014年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
つーちゃん巻である。
本作に登場するJK漫画家たちのなかで、翼は一番成功しているが、
母親は漫画にまったく理解がなく、会社を継ぐよう娘にもとめる。
支配欲のつよい母を、翼は陰で「大魔王」と呼び、敬遠している。
たしかに三者面談をえがく回の扉絵は、ラスボス感出まくり。
母は面談の場でも、娘の夢を否定する。
漫画家がいかに不安定な職業であるか、デメリットだけ並べ立てる。
ふだん男勝りでクールな翼が、めづらしく切実な感情をあらわにして反論。
仲間たちが泣きながら加勢する。
だれよりがんばってるつーちゃんが、家族から認められないなんて、
自分のネームがボツになるよりずっとつらいから。
もともと翼の熱狂的ファンである、担任の虹野先生まで肩をもつ。
少年漫画のクライマックスみたく熱い展開。
袋叩きにあって立腹した母が席を立つ。
苛立ちのせいか、去り際につい、口をすべらせる。
実は娘の漫画をかかさず読んでいると。
きらら作品とおもえないほどドラマチック。
デビュー時に『りぼん』などで鍛えられ、作家として底力があるのだろう。
主人公のかおすがちっとも成長してないのは困りものだが、
濃厚な母娘百合を堪能できて満足の3巻である。
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『ナデシコ女学院諜報部!』 第7章「決勝戦」
小田急新宿駅の改札口へむかう上りエスカレーターに、諜報部の四人が乗っている。先頭に立つのはミキ。セレブリテ学園に潜入したときとおなじ、タータンチェックのジャケットを着ている。いわゆる勝負服だ。
背後に立つきららが、スマートグラスを通じてだれかと話している。ようやく使い方をおぼえたらしい。ありがとうと言って通話を切る。
「やっぱり」きららが言う。「セレブリテは急行に乗って新宿に来るわ。ジェーンをふくめて全員。中等部のコたちのお手柄ね」
ミキが尋ねる。「中坊は敵を目視したんですか?」
「ええ。いまおなじ先頭車輌に乗ってるって」
「そいつら信用できるのかな。コアメンバー以外に頼りすぎると、作戦を台無しにしかねない」
「かわいくて優秀なコたちよ」
きららは鼻に皺をよせる。六歳からナデシコ女学院にかよう生え抜きだから、高等部からの外部生であるミキの、無遠慮な発言が気に障ったのだろう。
ここ新宿駅が、スパイゲーム決勝戦の舞台となる。巨大ダンジョンと称される、世界一の乗降者数をほこるターミナル駅だ。ルールはシンプルな、四対四のチームデスマッチ。二十分以内に相手を何人斃せるかを競う。
きょうリーグ戦の決着がつく。優勝チームのメンバーは、国内のどこでも好きな大学の入学資格をあたえられる。
なんと、東大生・平手ミキの誕生だ。
ミキは両手で頬を叩く。
楽観してる場合か。
諜報部で戦闘訓練をつんだミキは、運動神経のよい千鳥は例外としても、ほかの部員はアテにならないと感じた。きららは交渉、氷雨は技術面のサポートに適した人材だ。無策で試合にのぞめば、確実に負ける。
きららを中心に四人でかんがえた作戦は、電車から降りた敵を待ち伏せ攻撃するもの。そこで二人ほど削れば、優位に試合をはこべる。
ミキは改札をスイカで抜ける。平日の昼間だが混雑している。いまから新宿駅が塗料まみれになるのを、利用客は知らない。
特急ロマンスカーの発着場でもある2・3番ホームで、ナデシコ諜報部員たちは待機する。
前面がブルーの急行列車が入ってきた。ミキはリュックサックからMP7をとりだし、ストックをのばす。千鳥とペアをくみ、柱の陰に身をひそめる。
小田急4000形は、降車専用の3番ホームに人混みを吐きだす。
ミキは右の親指の爪を噛む。なにかおかしい。
かんがえろ。観察しろ。
なにもおかしくない。
つまり、なにもおかしくないのがおかしい。
アイフォンのツイッターアプリで「小田急 新宿 ジェーン」と入力し、検索する。
表示は「検索結果はありません」。
ハリウッドスターが車内にいて、だれも何もつぶやかないとかありえない。
偽情報だ。中等部は買収されていた。
「罠だ!」ミキが叫ぶ。「退避しろッ!」
ズダダダダッ!
連射音が駅構内で反響する。女の悲鳴が耳につきささる。ペイント弾で顔面を汚された老人が、呆然と立ちつくす。
ミキは銃声がきこえた改札口の方を向く。オレンジの壁のロマンスカーカフェに、おかっぱ頭のアルテミシアがいる。コーヒーを飲んでるのではない。テーブルにおいたFN・MINIMIでフルオート射撃をおこなう。分隊支援火器まで持ち出せるのは、セレブリテの潤沢な資金をものがたる。
ホームの奥からも、ドンパチの音が聞こえる。きららと氷雨のBチームが交戦してるらしい。だが混沌の渦にのみこまれたミキは、視覚的にも聴覚的にも確認できない。
母親とはぐれたらしいお下げ髪の幼女が、「ママー」と泣き叫び、柱の陰から飛び出そうとする。ミキはそれを抱きすくめる。
ミキは幼女の耳許で言う。
「もうちょっと我慢しな。お姉ちゃんが、あの迷惑女をやっつけるから」
レザージャケットを着た千鳥が、すぐ隣のミキにむけて左の親指を立てる。右手は拳銃のグロック19をにぎっている。
千鳥が言う。「ピンチなのに余裕あるな」
「はあ、まあ。ロリは正義なんで」
千鳥は苦笑いする。サッカーの年代別の世界大会に出場したくらいで度胸はあり、退路を断たれても冷静さを残している。
「今回も」ミキが続ける。「掩護おねがいします」
「おいおい、カフェまで五十メートルはあるぞ。遮蔽物がないから絶対やられる」
「どこ見てんですか」
ミキは黒く塗った爪で、2番ホームの線路をさす。
たしかに段差があるから、死角になる。
氷雨ときららが、新宿西口の前をドタバタ並走する。十月とはいえ日差しがつよく、ふたりとも汗だくになっている。
ミキのいるAチームが包囲を突破したのに続き、いったん駅の外へ出た。はやく巻き返しの計画を立てたいが、Aチームとまともに通信できない。
部長のきららは直感にしたがい北進し、ゆるやかな坂を駆け下りる。ユニクロの角を右折し、東口へ抜ける角筈ガードにたどりつく。
とりあえず追手は撒いた。反対側にまわってからAチームと連携をとろう。
ガード下は、小柄な氷雨でも頭上に圧迫感をおぼえるほど狭い。サラリーマンやキャバ嬢やホームレスが、銃をもった女子高生を奇異な目でみる。スマートフォンで撮影し、SNSで拡散する。決勝戦はのこり十五分。ギャラリーは増えてゆくだろう。
ドォーン!
爆発音が轟き、地面が揺れた。爆煙がガード下に充満する。転倒したサラリーマンを踏みつけ、キャバ嬢が逃げる。さっきホームレスが押していた台車が、主をうしなってさまよう。壁と天井が奥で崩落し、出口をふさいでいる。ホームレスが生き埋めになってないか心配だ。
ズダダダッ、ズダダダッ!
FN・MINIMIの連射音が、悪夢の第二幕のはじまりを告げる。
氷雨ときららは、台車のダンボール箱の陰に隠れる。きららがグロックで応射するが、フルオートの弾幕に圧倒される。
きららが叫ぶ。「氷雨ちゃんも撃ち返して!」
「はいっ」
ダンボールから半身をのぞかせた氷雨を、5・56ミリ弾が襲う。おかっぱ頭のアルテミシアは、バイポッドを立てて伏射する。狙いは精密だ。ひとりで敵ふたりを釘付けにしている。
氷雨は涙をこらえるので精一杯。銃弾の嵐に身をさらせと、自分に命令できない。
きららが叫ぶ。「あっ」
氷雨が右をむくと、きららの明るい色の髪が緑に染まっている。
ヒットにより退場。
うつむき加減できららが言う。
「ごめんなさい……私はあなたを守らないといけないのに」
アルテミシアは、さらに気前よくペイント弾をばらまく。台車はストッパーがかかっておらず、衝撃ですこしづつ動く。氷雨の体力では制止できない。
セレブリテ学園は予想以上に強い。勝てっこない。罠をひとつ食い破っても、その先に別の罠がある。袋小路にきららと氷雨が追いこまれた時点で、のこりの状況は二対三。いくらミキが奮闘しても逆転はむつかしい。
ミキはどうしてるだろう。怪我してないだろうか。きっとまたムチャしてるはずだ。
薄紫のパーカーのフードをかぶる氷雨は、歯ぎしりする。
いったい私はなにをやってるんだ。
機械が得意だからと言い訳し、いつも危ないことは人任せで甘えてばかり。
そんな自分を変えたかったんじゃないのか。
氷雨はグロックを腰のホルスターに挿し、空いた両手で台車の取手をつかむ。全身の力をふりしぼり、布団などの荷物が積まれた台車を押す。数十発の5・56ミリ弾が突き刺さるが、貫通する威力はない。加速した台車は、地面のMINIMIを撥ね飛ばす。
アルテミシアは寸前で身をかわした。同時に拳銃のファイブセブンを抜く。
しかし近接戦闘では氷雨に分がある。なにせ二歳から道場で稽古しているのだ。
氷雨はアルテミシアの側面にまわり、ゴム製のダミーナイフの刃を喉にあてる。
フードの下りた氷雨が、力づよく言う。
「一本ですっ」
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