『ナデシコ女学院諜報部!』 第3章「練習試合」


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 学院の部室棟のそれぞれのフロアには、階段に隣接してサルーンがある。最上階の三階は、長机のまわりに椅子が十脚ならぶ。部室は飲食禁止だが、サルーンはドリンクサーバーが設置され、部の垣根をこえて交流できる。アイパッドを繋いだディスプレイに、コスメを紹介するユーチューバーの動画が流れている。

 ボマージャケットを着た千鳥が、背もたれに寄りかかってコーヒーを飲む。向かい側にミキと氷雨が座る。ふたりは千鳥より一年後輩だ。

「入部には反対」千鳥が言う。「氷雨の友達だから悪く言いたくないけど、きのうエージェントに逃げられたのは、このコのせいだしね」

 責任を負わされたミキは、無言でアイスティーをストローで吸う。自分を辯護するのは苦手だ。

 水色のパーカーを着た氷雨がマックブックをひらき、徹夜で編集したミキのプロモーションビデオをみせる。ミキの父親の趣味がサバゲで一緒に遊んでいたことや、オンラインゲームが得意なことなどを謳い上げるが、退学寸前なことなど芳しくない事情は隠してある。

「やさしいな」千鳥が続ける。「わざわざ動画をつくるなんて。でも平手さん本人の意欲を聞きたい」

 ミキのエメラルド色の右目が、探りを入れる。くぐもった声でつぶやく。

「役に立てると思います。スパイ甲子園で優勝するのが目標ですよね」

「調べたよ。特待生の資格がほしいんだろ」

「…………」

「それはいいさ。重要なのは信頼関係を築けるかどうか。ヘタしたら大怪我すんだから」

「怪我なんて怖くないです」

「あたしは怖いよ。部長が来たら多数決をとろう……ほら噂をすれば」

 明るい色の長髪の女が、階段を上ってあらわれた。髪を真ん中で分けており、広い額が知的な印象をあたえる。縁なし眼鏡の弦に、透明な小型のパネルとカメラが装着されている。スマートグラスだろうか。

 氷雨がミキに、仲間を紹介する。

「こちらが部長の諸星きらら先輩」

「はじめまして、諸星です」きららが言う。「下の名前は忘れて」

 嗜虐心を刺激されたミキが、目を細めてからかう。

「ステキな名前ですね」

「いいから忘れて」

 きららは口を尖らせる。ミッキーとミニーがあしらわれたカップにホットコーヒーを注ぎ、副部長である千鳥の隣に座る。一座を見回しながら尋ねる。

「で、面接はどんな感じ?」

「いつもの様に」千鳥が答える。「多数決で決めよう。あたしは反対。このコには背中を預けられない」

 テーブルに身を乗り出し、氷雨が反論する。

「平手さんは服装など個性的ですが、頭の回転が速くて諜報部向きの人材です。だいたい、土曜のセレブリテとの練習試合はどうするんですか。一人足りませんよ」

「そうね」きららが言う。「練習試合はともかく、月末の公式戦までには欠員補充したいわ」

「だったら」

「氷雨ちゃんのお友達なら信用できるけど、大事なことだから即断は避けましょ。ほかに候補もいるし。だから今日のところは、ね」

 きららがウィンクする。部員同士の軋轢が生じない、日和見的な結論がくだされた。氷雨はパーカーのフードをかぶり、きまり悪げにミキを見上げる。

 ミキは窓の外をながめる。

 いつもボクは女子の派閥に入れてもらえない。休み時間のたびに連れ立ってトイレへ行ったりする、例のアレに。昔からそう。いったいボクには何が欠けてるんだろう。

 三階の窓から、橋のかかった池の向こうに校門が見える。人だかりができている。リムジンから黒のセーラー服を着た女が降りると、出迎えに来た学院の生徒が絶叫する。

「あれって」ミキがつぶやく。「セレブリテの制服じゃないですか」

 アイフォンでメールを確認したきららが、ほかの部員に言う。

「困ったわ。セレブリテ学園が今日練習試合したいって。いきなり」

 千鳥が尋ねる。「連絡ミス?」

「そんなはずないけど、門前払いもできない。どうしよう……ねえ、平手さん。ひょっとしたらお手伝いしてもらうかもしれない」

 氷雨が小躍りし、千鳥が顔をしかめる。ふたりは試合の準備のため部室へ入った。

 部長のきららが、セレブリテ学園の部長に電話する。行き違いがあったらしく、きょう対戦したいと求められ、しぶしぶ承諾する。通話を切り、ため息をつく。

「あのう」ミキが尋ねる。「眼鏡についてるのグーグルグラスですよね」

「いわゆるスマートグラスね。グーグル社が開発したものではないの。つかってみる?」

「いえ、特に興味は。メールチェックや通話はスマホじゃなく、それで出来るんじゃないですか」

「氷雨ちゃんにもらったんだけど、いまだに使い方を覚えられなくて」

「ならなんでつけてるんですか」

「だってオシャレじゃない」

「はぁ」

 やっぱり変な部活だと、ミキは思った。




 クライスラーのリムジンのドアが跳ね上がり、ヒョウ柄のストッキングを履いた脚があらわれる。人間のものと思えぬほど長い。

 黒のセーラー服を着たその少女は、身長が百七十センチをこえる。幅広の名古屋襟が高級感をかもしだす。髪はブロンドで、アーモンド型の瞳が生き生きと輝く。顎がややしゃくれており、自信家の印象をあたえる。

 校門に殺到したナデシコ女学院の生徒が、耳をつんざく歓声で金髪の少女を迎える。彼女の名はジェーン・カラミティ。史上最年少の十七歳でアカデミー主演女優賞を獲得した俳優だが、いまは千葉県浦安市にあるセレブリテ学園に短期留学中だ。

 腕組みしながらジェーンがつぶやく。

「スカートを穿いた猿ども」

 おかっぱ頭のアジア系の女が、クライスラーから続いて降りる。きのう学院に侵入したチャオ・アルテミシアだ。きょうは変装せず、自校のセーラー服を着ている。

 アルテミシアが背後からジェーンにささやく。

「口を慎んで。不用意な発言はSNSであっと言う間に拡散される」

「不用意?」

「人種差別と受け取られかねない」

「偏見じゃなくて事実よ。日本に来て五日経つけど、まともな知性をもつ人間がどこにもいない」

 あっけらかんとした口調でジェーンは答えた。発言に悪意はない様だ。

 アルテミシアは鼻を鳴らす。中国系アメリカ人である彼女は日本人に同胞意識をもたないが、愉快な話題ではない。ただ、ジェーンの強烈な自尊心がうらやましくもある。

 ジェーンはヒップホルスターから拳銃のファイブセブンを抜き、ポリマー製のスライドを引いて薬室が装填されてるのを確かめる。

「ところで」ジェーンが尋ねる。「JSOCとの連携は問題ない?」

「さっきまでハミルトン准尉以下四名にブリーフィングをおこなったわ」

「何事もはじめが肝心。私は初主演映画でオスカーを獲った。この作戦も最初で決める」

「あなたの計画は完璧よ」

「油断しないで。私は完璧なキャリアをさらに完璧なものにする。誰にも邪魔させない」

 ジェーンは池の向こう側にある木造の部室棟を、ターコイズブルーの瞳で見据える。




 ミキが池のほとりに立っている。鞘に入った直刀を杖がわりにする。池には三つの中島があり、六つの反り橋が掛かる。学院にロクな思い出はないが、この庭園だけは好きだ。

 手にする刀は、四天王寺所蔵の七星剣。聖徳太子の佩刀とされる国宝だ。学院の行事のため今週金曜日まで貸し出されている。無論、女子高生が気軽にさわれる代物ではないが、セレブリテ学園側が練習試合の「フラッグ」に指定してきたので、ミキがひとりで守っている。文部科学省が派遣した二十名の警備員が遠巻きに監視しており、特に危険はない。

 試合の参加人数は四対四。攻撃側と守備側に分かれる。二十分以内に二つのフラッグのどちらかを裏門まで運べば、攻撃側の勝利。それを阻止すれば守備側の勝利。戦闘でどちらかのチームが全滅したら試合終了。ルールは単純だ。

 試合開始時はきららとミキのふたりで七星剣を守っていたが、もう片方のフラッグが敵四名に襲われたとの連絡が入り、きららが救援にむかった。

 あいつらアホだなと、ミキは思う。

 古今東西のゲームに精通するミキは、ルールを聞いただけで本質をつかんだ。守備側が圧倒的に有利なシステムだ。フラッグをもって二十分逃げ回るだけで勝ちになる。だから攻撃側は片方のフラッグに集中し数的優位をつくろうとするが、それで精々互角になる程度。現在リーグ首位のセレブリテが、そんなつまらない戦術を採るはずない。

 キャプテンのきららを誘い出したのは陽動で、仮入部の部員ひとりのこちらが主目標だ。まちがいない。おそらく敵はふたりで来る。きららに部室棟から絶対出るなと命じられたが、見晴らしのよい庭園をミキは迎撃地点にえらんだ。

 カーキ色のGショックをみる。ちょうど半分の十分経過。そろそろだろう。七星剣をベルトの背中側に差す。サブマシンガンのMP7のストックをのばして肩にあてる。H&Kの実銃にさわれるとは、なんとゆう神部活なのか。

 ザバッ!

 水飛沫の音が耳に入った。

 ミキは混乱する。水。なんの音だ。

 奇襲。そう、奇襲だ。敵は池を潜ってきたのだ。

 無我夢中でミキは木製のベンチに身を隠す。背もたれが耳許で鳴り響く。ペイント弾が裏側に当たったのだろう。どこから撃たれたのかもわからない。

 動け。とにかく動け。

 運動不足のミキは脚をもつらせながら、中等部の教室棟をめざしてジグザグに駆ける。




 ミキは懸命に呼吸をととのえる。部屋を見回すとガスコンロやステンレスの流し台がある。自分は調理室にいるらしい。

 ふたたびGショックをみる。まだ七分もある。

 無理ゲーだ。体力がもたない。

 部屋の外からアメリカ訛りの日本語が聞こえる。

「ヘイ、眼帯ガール」

 ミキが答える。「なんだよ」

「一対一で勝負しよう。銃を構えずに中に入るから、とりあえず撃たないでほしい」

「好きにすれば」

 テレビでおなじみの長身の美女が、開けっぱなしの引き戸のところに現れる。ジェーン・カラミティだ。金髪をタオルで拭いている。黒のセーラー服は乾いてるが、スカートの下のレギンスが濡れている。わざわざ着替えたらしい。アサルトライフルのF2000をスリングで吊るしている。

 有名人のオーラに気圧されたミキが口走る。

「ナ、ナイストゥーミーチュー」

「日本語でいいわよ。時間がないからさっさと始めましょ」

「オーケー」

 ミキが言い終わらないうちに、ジェーンはなめらかにスリングをすべらせ、射撃姿勢に入る。雨あられとペイント弾をばら撒き、調理室を前衛絵画のキャンバスに変える。ミキも散発的に応射するが、弾倉にある四十発をすぐ撃ち尽くす。予備の弾薬はあたえられてない。

 ジェーンの一方的な攻撃は、数分で止んだ。

 弾切れのF2000をファイブセブンに持ち替え、ジェーンは調理台の陰から長身を晒す。青い瞳がきらめき、鼻腔がふくらむ。

 このハリウッドスターは偏愛しているのだ。成功とゆう美酒の味を。

 尻餅をついて息を切らすミキに銃口を向け、ジェーンが言う。

「フラッグをこっちへ投げろ」

 しかしミキには武器がひとつ残っていた。全世界のネット対戦でつねに有効な武器が。

 それはすなわち、煽りだ。

 左の中指を突き立て、ミキが叫ぶ。

「ファッキュー、ビッチ!」

 血相を変えたジェーンが発砲する。ミキは顔の前にフライパンをかざして防ぐ。お返しに、虹色に塗られたフライパンを投げつけると、相手の頭部に命中した。

 額に裂傷が走り、血がどっと溢れる。ジェーンは青褪める。来月からイギリスで文藝作品の撮影がはじまるのに。

 ジェーンが叫ぶ。「ファッキンジャップ!」

 引き出しを開けて包丁をつかみ、ミキの喉に突き刺そうと走り寄る。




 ミキは七星剣を背中に差したまま、壮絶な死闘がくりひろげられた調理室を飛び出す。高圧電流のフェンスがある裏門周辺は、見物人と警備員が数十名いるだけ。敵味方ふくめプレイヤーはいない。

 Gショックのタイマーはのこり二十秒。ミキは勝利を確信する。

 ドガーン!

 背後で騒音が轟いた。

 ふりかえったミキの数メートル先に、ひしゃげた鉄製の門がころがっている。滑車でうごかすタイプだ。もともと門があったところに、フロント部分が壊れた濃紺のレンジローバーが停まっている。

 目出し帽をかぶった大柄な男が四名、つぎつぎと車から降りる。みなアサルトライフルのFN・SCARを構えている。呆然とするミキにひとりが近づく。ほかの三人は各方向へ銃をむけ、ぬかりなく周囲を射界におさめる。

 目出し帽がミキを小突き、アメリカ訛りで怒鳴る。

「カタナをよこせ!」

 ミキのツインテールが虚しく揺れる。なにが起きてるのか把握できない。

 目出し帽はミキの足を払い、うつ伏せにする。すさまじい勢いでコンクリートの地面に押しつけられたミキは、なす術なく国宝を奪われる。男の手首に髑髏のタトゥーがあるのが目に入る。

 目出し帽の四人はレンジローバーに乗り込み、風の様に去っていった。

 騒ぎを聞いて駆けつけた千鳥が、ミキを抱き起こす。フリルつきの黒のブラウスを着たミキの体はこわばり、はげしく震えていた。




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苑田 健

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