『JCの魅力を楽しむ健全なアンソロジーコミック』
JCの魅力を楽しむ健全なアンソロジーコミック
作者:籠目 かれい 大堀ユタカ おおのいも はまじあき ほか
発行:一迅社 2017年
レーベル:REXコミックス
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青空の下、女子中学生がさわやかにワキをみせる、
籠目による表紙に心うばわれて購入したアンソロジーである。
第二次性徴をむかえて日が経ってないがゆえの、あどけなさ。
JCはすばらしい。
おおのいも『俺の妹が最終戦争(ラグナロク)』。
大学生の主人公がひさしぶりに帰省すると、妹が中二病に罹っていた。
挨拶は「ラグナロクっ!!」。
母親に管理責任を問うたら、「おもしろいから放置した」との返答が。
ほんわかした笑顔のわりに残酷。
おいしいネタをたくみに料理した、本書の白眉となる作品とおもう。
近江のこ『陸上女子!』のヒロインは、中3の「優香」。
隣にすむ中1の「健」は、彼女にあこがれている。
ふたりは陸上部に所属。
優香の陸上ウェア姿のエロさに、健はギンギンに昂奮する。
マジメな優香は、それを熱心な応援だと誤解し……。
食いちがいがおもしろい。
昆布わかめ『変わらないもの』。
男勝りの「ゆうき」が色気づき、きまぐれに幼なじみを誘惑するが、
相手から女の子あつかいされたのが意外で照れるとゆうお話。
大堀ユタカ『小悪魔かりんちゃんが教えてあげる!』
JCは、いつ暴発するかわからない時限爆弾。
存在そのものがドラマチック。
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春雨『JKすぷらっしゅ!』
JKすぷらっしゅ!
作者:春雨
掲載誌:『まんがタイムきららMAX』(芳文社)2016年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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舞台となる「鮮水(あざみ)高校」は、ユニークな校則がある。
つねに水着を身につけないといけない。
ただし大胆なビキニでもスク水でも、好きなものを着ていい。
主人公は、転校生である「汐女(しおのめ)かなた」。
おかしな校則の存在を知って仰天する。
だって、彼女は泳げないから。
貯水池のほとりに建つ鮮水高校は、水泳に関する行事がやたら多く、
かなたは転校初日に高飛び込みをやらされるハメに。
もちろん通学中も校則は適用される。
生徒は水着をファッションとして楽しんでるが、かなたは恥づかしくてしかたない。
友達になった「澪花」に隠してもらったところ、むしろ注目の的に。
スク水だけでは地味すぎるので、あたらしい水着を買いにお出かけ。
「はじめて友達と水着売り場へゆくときのドキドキ」は萌え系作品の定番だが、
下着の上に試着するなどの描写に、作者の水着へのこだわりが感じられる。
ビキニのパンツをなくした澪花に予備の下着を貸したら、変態あつかいされる。
下着とかスカートとか、恥づかしくて着れないらしい。
かなたの照れ顔が最高にかわいく、きらら作品のなかでも百合度は高い。
まるごと水着だけをテーマに1冊。
ちょっとエッチだけど爽やかな本作は、夏にむけて本棚にならべておきたい。
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Batta『狐のお嫁ちゃん』
狐のお嫁ちゃん
作者:Batta
掲載サイト:『みんなのコミック』(イーブックイニシアティブジャパン)2016年-
単行本:角川コミックス・エース
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「狐の嫁入り」を題材にしたケモナーホイホイである。
人間に化けて輿入れした狐の「お嫁ちゃん」と、
夫の「ぬしさま」の、京都の片田舎での新婚生活をえがく。
お嫁ちゃんはどちらかと言うと、押しかけ女房。
エッチに興味津々だが、ぬしさまはオクテなので欲求不満。
下着姿や裸エプロンで誘惑する。
第4話では海水浴デート。
ちなみにいつもより胸を大きめに化けている。
お嫁ちゃんは慣れない海で溺れ、心肺停止してケモノの外見にもどる。
ライフセーバーもどう助けたらよいかわからない。
そこへ駆けつけたぬしさまが、講習どおりの適切な応急処置をほどこす。
本作は民俗学的な背景をもっている。
ぬしさまの職場は文化資料館。
こう見え約三百三十歳のお嫁ちゃんも、昔話の講演で手伝う。
子供の興味をひこうと、ベーゴマとベイブレードの新旧対決をしたり。
こちらはぬしさまの妹の「新芽(あらめ)」。
女子高生だが鷹匠をやっている。
フクロウを手懐ける妹キャラなんて、そんじょそこらにいない。
人をたぶらかす生き物としての狐を、作者はうまくラブコメへ落としこんでいる。
ただ可愛いだけじゃなく、女とゆうものへの独特な解釈がある。
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鍵空とみやき『ハッピーシュガーライフ』5巻
ハッピーシュガーライフ
作者:鍵空とみやき
掲載誌:『月刊ガンガンJOKER』(スクウェア・エニックス)2015年-
単行本:ガンガンコミックスJOKER
焦らしプレイがやや鼻についたこの百合サスペンスは、
5巻に入っていよいよ話がうごきだす。
直接的な暴力が牙をむく。
さとうは、しおとの愛の巣をまもりたい。
狭まる包囲網を逆に利用し、局面の打開をはかる。
幼女に幻想をいだく三星に対し、脱ぎたてのしおの靴下を投げつける。
ほのかにただようミルクの匂いが変態的。
人間は欲求に駆られる、ただの動物にすぎない。
餌付けすれば、たやすくコントロールできる。
だがさとうの世界観は、ドライなだけではない。
因果関係で説明できない、ピュアな愛情を信じている。
さとうが恋愛論を熱く語る第20話は、本作のハイライトのひとつ。
ほとんど台詞なしで描かれる第23話。
しょうこはさとうを理解しようとするが、それは不可能なミッションだった。
悲劇は必然だった。
『ハッピーシュガーライフ』は緻密で論理的な作品だが、
不意に恋情と暴力が炸裂し、理性を崩壊させる。
こんなカタルシスをあたえる作品は、ほかに見当たらない。
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中山敦支『うらたろう』3巻
うらたろう
作者:中山敦支
掲載誌:『週刊ヤングジャンプ』(集英社)2016年-
単行本:ヤングジャンプコミックス
『うらたろう』第15話は温泉回。
現代サブカルチャーのハイライトである。
でも中山敦支の場合、エロくならない。
異端だが、健全な作家だ。
主人公一行は、目的地である黄泉比良坂へひとっ飛び。
離陸の仕方が少年漫画的でおもしろい。
たのしい空の旅は、鬼である「金熊童子」に妨碍される。
『トラウマイスタ』4巻を髣髴させる急展開。
ちよの家族がいる六波羅京は、妖怪によって滅ぼされていた。
廃墟と化した世界と言えばトラウマイスタ5巻だが、こちらの方がすさまじいイメージ。
苛酷な環境で男女がまっすぐな感情をぶつけあうのは、『ねじまきカギュー』の反響。
独自解釈をとりいれた和風の世界観は、『こまみたま』。
死と隣り合わせの旅のなかで、ちよは成長してゆく。
『アストラルエンジン』のロランドみたく崇高なうつくしさ。
僕は『うらたろう』2巻に脱帽し、1巻へくだした低評価を猛省したが、
3巻はまたとっちらかった内容になっている。
それでもファンなので、ナカヤマらしさの欠片をいくらでも見つけられる。
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『ナデシコ女学院諜報部!』 第4章「セレブリテ学園」
練習試合の翌日。
部室棟三階のサルーンで、諜報部の四人が沈鬱な表情で話し合っている。正しくは、ミキはまだ仮入部扱いではあるが。
国宝である七星剣が強盗団に奪われたニュースは、日本全国を揺るがせた。もちろん報道でミキをふくむ女学生たちは、不運な被害者として名を伏せられていた。糾弾されてるのは犯行を防げなかった警備員と、監督官庁である文部科学省だ。
しかし泣き寝入りするつもりのないミキは、テーブルを叩いて叫ぶ。
「あれが偶然とかありえない! ジェーン・カラミティが仕組んだに決まってる!」
「落ち着いて考えて」きららが答える。「なんでハリウッドスターがわざわざ日本の国宝を盗むの」
「さあ。刀剣マニアか何かじゃないですか。もしくは審神者かも」
「サニワ?」
「刀剣乱舞ってゲームのプレイヤーのこと」
「……それはともかく、私たちがプロフェッショナルな組織犯罪に対応するなんて無理。巻き込まれたのは気の毒だけど、はやく忘れるべきよ」
顎に手をあてて考えこんでいた千鳥が、ぼそっとつぶやく。
「あたしは平手さんに賛成」
「千鳥ちゃん」きららが言う。「先輩のあなたが冷静にならないと」
「レンジローバーの運転席に、アルテミシアってコがいるのを見たんだよ。マスクしてたけど」
「私もそばにいた。判別できる距離じゃなかった」
「あたしは自分の直感を信じる。セレブリテ学園はなにか企んでるから、潜入して調べよう。あたしと平手さんの二人だけでもいい」
きららが椅子を蹴って立ち上がる。スマートグラスが傾いている。唾を飛ばしながら叫ぶ。
「いい加減にして!」
「なにをそんなに怒ってるのさ」
「部長として、危険な行動は認めない」
「ルールに則ってやるから」
「そもそも平手さんは正式な部員じゃない。勝手な真似をしたら、千鳥ちゃん、あなたも強制退部よ」
普段は温和なきららの気迫に飲まれ、千鳥は肩をすくめて沈黙する。
すすり泣きの声がサルーンに響く。
パーカーのフードを目深にかぶった氷雨が、嗚咽をもらしている。きららは何事かささやきながら、右手を氷雨の手に重ね、左手で肩を抱き寄せる。
「きょうはこれで解散」きららが言う。「くれぐれも言っておくけど、暴走は許さないわ」
ミキはツインテールをいじりつつ、肩を落として靖国通りをすすむ。
諜報部への入部は許可されなさそうだ。したがって退学も避けられない。今週はいろいろありすぎて、どうすればいいものやら。
氷雨はなぜ泣き出したのだろう。部員同士のいさかいを見て悲しくなったのか。それともミキを諜報部に誘ったら事件に巻き込んでしまい、責任を感じたのか。氷雨がやさしくて繊細なのは知ってるが、やや過剰反応におもえる。
モヤモヤする。
こうゆうときはゲーセンに行って、音ゲーでフィーバーするにかぎる。
うしろから肩を叩かれた。
振り返ると千鳥が、黒のレザージャケットのポケットに両手を突っこんで立っている。
「悪かったね」千鳥が言う。「きららを説得できなくてさ。あの人が怒るのをはじめて見た」
「千歳川先輩が擁護してくれて嬉しかったです。嫌われてると思ってたから」
「まさか。平手さんはオシャレでお人形さんみたいだから、相性悪そうな気はしたけど」
「そうですか? ボクは先輩の服好きですよ。その革ジャンかわいい」
鼻をこすりつつ千鳥が言う。
「これは双子の弟にもらった。千歳川万太って知らない? 十六歳でFC東京の正ゴールキーパーだから、結構有名なんだ」
「サッカーには疎くて」
「逆にあたしはちっちゃい頃からサッカー漬けで、ひどいファッション音痴になった」
「はぁ。なら今からルミネでも行きます?」
「え、お金ない」
「試着だけでも楽しいですよ」
「マジで! つきあってくれんの!?」
千鳥は小躍りする。無邪気に喜ぶ先輩をみて、ミキはくすりと笑い声をもらす。
「情けないけど」千鳥が続ける。「あたし自分で服を選べなくてさ。でも周りにファッションに詳しいコあんまいないし」
「そんなに喜んでもらえるとは」
「いやいや、ありがたい。なぁ、平手さんのこと下の名前で呼んでいい?」
「ええ。ボクは千鳥先輩って呼んでいいですか?」
「おっけー!」
千鳥はミキを抱きしめる。まるでミキがサッカーの試合でゴールを決めたみたいに。
気づくのが遅かったかもしれないけど、友達をつくるのは案外簡単なのだとミキは思った。
ふたりは歌舞伎町一番街の手前の横断歩道をわたる。ユニカビジョンに公開中の戦争映画『アメリカン・サバイバー』のCMが流れる。
イラク戦争で、アメリカ空軍の女性パイロットが乗機を撃墜されて捕虜となるが、収容所から自力で脱出するとゆう、実話にもとづいた映画だ。主演はジェーン・カラミティ。物語の終盤だろうか、重傷を負った主人公が味方部隊に合流する場面が映る。男性兵士の手首に髑髏のタトゥーがある。髑髏は王冠をかぶり、額には十字架があしらわれている。
ミキは横断歩道の途中で立ち尽くす。
千鳥が尋ねる。「どうした?」
「おなじタトゥーです。目出し帽の男と」
「へ?」
「ボクを押し倒した強盗犯が、ジェーンの主演映画に出てたんです。絶対つながりがある」
「タトゥーが似てるだけじゃ」
「昨日の今日で、見間違えるわけない。ボクはそこまでバカじゃない!」
「と、とりあえず横断歩道わたろうぜ」
靖国通りの南側の歩道にわたったミキは、ブツブツつぶやきながら吉野家の前をうろつく。右の瞳が復讐心で燃え上がってるのは、カラーコンタクトのせいだけではない。
千鳥は、ジャケットからエクスペリアを取り出して言う。
「きららに電話するよ。タトゥーのことを話せば、気が変わるかもしれない」
エクスペリアを操作する千鳥の手を押さえ、ミキが言う。
「いいです。わからない人は何を言ってもわからない。ボクひとりでセレブリテに忍びこみます」
「さすがに単独行は危険すぎる」
「千鳥先輩を巻き込みたくない。やられっぱなしじゃ気がすまない、ボク個人の問題です」
ミキは厚底のブーツを鳴らして早足に立ち去る。自宅にもどり潜入の準備をするつもりだ。
千鳥はミキの手首をつかみ、力強く引き寄せて言う。
「勝手に帰るなよ」
「だから」
「巻き込みたくないとか、冗談じゃない。あたしは仲間を見捨てない。なにがあっても」
「先輩」
「ミキはあたしの友達だ。だから信じる。部室から装備をもってくるから、三十分後にここで会おう」
ふたりは東京駅で京葉線に乗り換え、新宿駅から五十分ほどで新浦安駅に到着した。ミキは制服のスカートを紫のミニに、千鳥は七分丈のデニムに着替えている。高層マンション群を通り抜け、徒歩でセレブリテ学園へむかう。
ミキが着ているタータンチェックのジャケットをまじまじとながめ、千鳥が言う。
「なんかミキって、いつもちがう服着てるよな。何着もってんの」
「さぁ。多すぎだと親によく怒られます」
「お金は? バイト?」
「バイトはしたことないです。お小遣いは月三千円。服とゲーム代に消えます」
「三千円じゃそんなに洋服買えないでしょ」
「メルカリで売ったり買ったりしてるうちに、どんどん増えてくんですよ」
「いまどきの若いコはすごいなあ」
千鳥はマンションの敷地内にあるベンチに腰をおろし、さりげなく単眼鏡を覗く。境川の向こう岸に、セレブリテ学園の石造りの巨大な校門が見える。
鉄製の二枚の扉はかたく閉じられ、手足のない寸胴の警備ロボットが複数台、周囲を巡回している。上空をドローンが飛んでいる。
「あちゃあ」千鳥がつぶやく。「水も漏らさぬ警戒ぶりだ。氷雨がいればハッキングできたかもしれないけど……」
隣に座るミキが単眼鏡を借りる。
鉄扉がゆっくり内側に開くのが目に映る。すべての警備ロボットが停止する。ドローンが飛び去る。
誘っている。
ジェーンがボクを。
ベンチから立ち上がったミキは、単眼鏡を千鳥に返して言う。
「校門が開きました。行きましょう」
「おいおい、正面突破かよ。罠だろ。アウェーでは慎重に戦うもんだ」
「敵の策は読めてます。怪我するのが怖いなら東京に帰っていいですよ」
「言ってくれるじゃんか」
ミキと千鳥は、高さ十メートルの石造りの門を通過する。静寂が校内を支配している。平日の五時なのに生徒はどこへ消えたのか。
ミキは背中のメッセンジャーバッグを正面にまわし、サブマシンガンのMP7をとりだす。千鳥は愛用するハンドガンのグロック19を抜く。
木立にはさまれた小道は、無数の石柱がならぶ広間に通じている。古代オリエントの宮殿を模した「百柱殿」だ。
銃を構えたミキと千鳥が広間に入ると、鼻にかかった甲高い声が柱のあいだで反響する。
「ふふ……いまだ懲りずにパールハーバー。日本人は奇襲しか能がない」
ミキが答える。「真珠湾攻撃は、空母を逃したのが失敗だった。今回は再起不能になるまで叩く」
奥の柱の陰からジェーンがあらわれる。アサルトライフルのF2000を両手でもつ。おかっぱ頭のアルテミシアが影のごとく付き従う。
MP7を腰だめに構え、ミキが言う。
「七星剣を返せ。お前が盗んだのはわかっている」
ジェーンが答える。「そう主張する根拠は?」
「強盗団はお前の仲間だ。映画で共演してる」
「意外だわ。猿に知性があるなんて」
ジェーンのF2000が火を吹く。ペイント弾とは桁外れの、鼓膜を圧迫する銃声が響きわたる。石柱が粉微塵に砕け、床に散らばる。
ミキと千鳥は柱に隠れる。千鳥は口をぽかんとして放心状態だが、ミキはだまってMP7の弾倉を交換し、ハンドルをひいて給弾する。
千鳥にむけてグロック用の弾倉を床にすべらせ、ミキが叫ぶ。
「そのマガジンは実弾です! すみません、内緒で自宅に持って帰ってました!」
「お前なに言ってんの!?」
「火力で負けたら二人とも殺られます。ひとっ走りするんで掩護してください。いきますよ!」
「ちょ……」
二分後。
黒のセーラー服を着たジェーンとアルテミシアが膝をつき、両手をあげている。足許にF2000が二挺ころがる。
ミキが背後からふたりにMP7を突きつけている。千鳥に支援されながら迂回し、敵の背面にまわって降伏を勧告した。
ジェーンは金髪を掻きむしり、背後のミキにむかって言う。
「平手ミキ、お前はどこの組織に属してる」
「組織?」
「正規の訓練をうけたエージェントだろう」
「ボクが属すのは神だけだ。死の天使として、お前たちに裁きをくだす」
ミキの斜め後方に立つ千鳥が、不審そうに眉をひそめる。ただのサッカー少女である千鳥にとり、ペイント弾でなく実弾を撃ち合うなど、悪夢以外の何物でもない。しかしミキを置いて逃げるわけにもゆかず、ここまで引きずられてきた。
千鳥が観察するところ、ミキはトランス状態にある。自己陶酔だ。ゲーム実況で「死の天使」とゆうキャラを演じるときと同じ。
「ふざけるな」ジェーンが言う。「自分のおこないを認識しているのか。私たちはかならず報復する。お前と、この国の全員を血祭りにする」
ミキは御影石の床にむけ、四・六ミリ弾をセミオートで五発撃ちこむ。
ジェーンは短い悲鳴をあげ、頭をかかえる。アルテミシアは涙を流し、ジェーンにしがみつく。彼女たちも実弾による銃撃戦は初めての経験だ。
バキバキバキッ!
ツゲの植え込みを踏み散らし、レンジローバーが急接近する。ナデシコ女学院で強盗をはたらくとき用いられた、フロント部分がへこんでいる車輌だ。百柱殿のそばで停まり、武装した四人の男が車を降りる。きのうと同様にFN・SCARを装備するが、目出し帽はかぶってない。
ミキと千鳥はアイコンタクトをとる。
そろそろ潮時だ。
タクティカルサングラスをつけた男が、うずくまるジェーンに手を差しのべる。手首に髑髏のタトゥーが彫ってある。アメリカ陸軍のアレックス・ハミルトン准尉だ。ジェーンはその手を払いのけて立ち上がる。セーラー服のスカートの汚れをはたく。
日本刀用のキャリングバッグを背負ったハミルトンが、ジェーンに言う。
「救出が遅れて申しわけない」
「ふん」ジェーンが笑う。「あなたに助けを求めた覚えはないわ」
「と言うと?」
「私は命令しただけ。遂行できないあなたが無能」
「……あまり調子にのるなよ。俺たちは好きでベビーシッターを務めてるわけじゃない」
「あらそう」
ジェーンは、ハンドガンのファイブセブンの照準をハミルトンの眉間にあわせ、発砲する。
アルテミシアが叫ぶ。「ジェーン!」
セーラー服の二人と、屈強な男三人が銃口を向け合う。男たちの方がより狼狽している。みな口々に四文字単語をわめく。ジェーンとアルテミシアは、無言で同胞を射殺した。
おかっぱ頭のアルテミシアはへたりこみ、めそめそ泣きはじめる。消え入りそうな声でつぶやく。
「なんてことを……」
ジェーンはファイブセブンをもったまま腕組みし、アルテミシアに言う。
「アル、あなたが見たのはどっち」
「いったい何を言ってるの」
「眼帯をつけた猿が、私のキャリアに汚点をのこしたところ? それともあの女が、我が軍の最精鋭を殺したところ?」
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いちかわ壱『ねーちゃんはぼくが守るっ』
ねーちゃんはぼくが守るっ
作者:いちかわ壱
掲載誌:『まんがホーム』(芳文社)2016年-
単行本:まんがタイムコミックス
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急に同居生活をはじめた「家族」をえがく物語。
12歳の「真矢」と5歳の「真人」は、母が病気のため実家へやってきた。
母の弟、つまり叔父である「晴一」に出迎えられるが、初対面なので気まづい。
真矢は年のわりに落ち着いており、慣れない田舎でも平然としている。
もっと子供らしく大人に甘えていいと晴一がアドバイスすると、
ためこんでいた感情が一気にあふれだす。
えらそうに家族面しないで。
ここは私の家じゃない。
すぐ都会へもどって、ママと一緒に暮らすんだから。
やさしさが反発を招くこともある。
憤慨した真矢は家をとびだすが、田舎の夜の暗さにおびえて足が止まる。
思春期女子の繊細さが丹念にえがかれる。
ある朝真矢が目覚めたら、知らない人が勝手に居間に上がっていて仰天。
都会ではありえない。
「山育ち」と作者がカバー袖で語るだけあり、田舎あるあるも面白い。
作者はほかにBL系の単行本が4冊ある。
「恋愛メインでない漫画を描くのは初めて」と後書きにあり、
たしかに全体的に淡白で、運動会など見せ場の描写が物足りない。
それはともかく、瑞々しいヒロインが成長してゆくさまに心惹かれる。
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弐瓶勉『人形の国』
人形の国
作者:弐瓶勉
掲載誌:『月刊少年シリウス』(講談社)2017年-
単行本:シリウスKC
本作の舞台は、一面雪におおわれた人工天体。
かつて「漆黒」が弐瓶勉のトレードマークだったが、
『シドニアの騎士』の途中から絵が白くなり、本作で極限に達する。
主人公は、ゴスロリ風の服を着た少女が軍隊に追われるところに遭遇。
よくわからないメモリや銃弾をわたされる。
世界の命運がかかるほど重大な物らしい。
人間のあいだの軍事衝突とゆうテーマは、弐瓶作品ではめづらしい様だ。
本作のおたのしみは、サイボーグ同士のバトル。
「鎧」を身にまとい、特殊能力でたたかう。
陰鬱な世界観を、強烈な銃撃一発で顛覆させるカタルシスが作者の持ち味だが、
本作は特撮ヒーロー的な描写が中心で意外性あり。
ただし拷問シーンなど、作者らしい非情さは健在。
すり潰される様に人間が死んでゆく。
シドニアで人気だったおしっこネタが本作でも。
殺伐とした物語ゆえ、しみじみとしたおかしさがある。
全体的にミリタリー色が濃いのも特徴。
銃器の描写もそうだが、たがいのリソースをすこしづつ削り合う、
人間同士の駆け引きが読みどころとなっている。
シドニア以降の好調を維持しつつ、さらに作風をひろげた、
SF好きなら無視できない作品にちがいない。
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『ナデシコ女学院諜報部!』 第3章「練習試合」
学院の部室棟のそれぞれのフロアには、階段に隣接してサルーンがある。最上階の三階は、長机のまわりに椅子が十脚ならぶ。部室は飲食禁止だが、サルーンはドリンクサーバーが設置され、部の垣根をこえて交流できる。アイパッドを繋いだディスプレイに、コスメを紹介するユーチューバーの動画が流れている。
ボマージャケットを着た千鳥が、背もたれに寄りかかってコーヒーを飲む。向かい側にミキと氷雨が座る。ふたりは千鳥より一年後輩だ。
「入部には反対」千鳥が言う。「氷雨の友達だから悪く言いたくないけど、きのうエージェントに逃げられたのは、このコのせいだしね」
責任を負わされたミキは、無言でアイスティーをストローで吸う。自分を辯護するのは苦手だ。
水色のパーカーを着た氷雨がマックブックをひらき、徹夜で編集したミキのプロモーションビデオをみせる。ミキの父親の趣味がサバゲで一緒に遊んでいたことや、オンラインゲームが得意なことなどを謳い上げるが、退学寸前なことなど芳しくない事情は隠してある。
「やさしいな」千鳥が続ける。「わざわざ動画をつくるなんて。でも平手さん本人の意欲を聞きたい」
ミキのエメラルド色の右目が、探りを入れる。くぐもった声でつぶやく。
「役に立てると思います。スパイ甲子園で優勝するのが目標ですよね」
「調べたよ。特待生の資格がほしいんだろ」
「…………」
「それはいいさ。重要なのは信頼関係を築けるかどうか。ヘタしたら大怪我すんだから」
「怪我なんて怖くないです」
「あたしは怖いよ。部長が来たら多数決をとろう……ほら噂をすれば」
明るい色の長髪の女が、階段を上ってあらわれた。髪を真ん中で分けており、広い額が知的な印象をあたえる。縁なし眼鏡の弦に、透明な小型のパネルとカメラが装着されている。スマートグラスだろうか。
氷雨がミキに、仲間を紹介する。
「こちらが部長の諸星きらら先輩」
「はじめまして、諸星です」きららが言う。「下の名前は忘れて」
嗜虐心を刺激されたミキが、目を細めてからかう。
「ステキな名前ですね」
「いいから忘れて」
きららは口を尖らせる。ミッキーとミニーがあしらわれたカップにホットコーヒーを注ぎ、副部長である千鳥の隣に座る。一座を見回しながら尋ねる。
「で、面接はどんな感じ?」
「いつもの様に」千鳥が答える。「多数決で決めよう。あたしは反対。このコには背中を預けられない」
テーブルに身を乗り出し、氷雨が反論する。
「平手さんは服装など個性的ですが、頭の回転が速くて諜報部向きの人材です。だいたい、土曜のセレブリテとの練習試合はどうするんですか。一人足りませんよ」
「そうね」きららが言う。「練習試合はともかく、月末の公式戦までには欠員補充したいわ」
「だったら」
「氷雨ちゃんのお友達なら信用できるけど、大事なことだから即断は避けましょ。ほかに候補もいるし。だから今日のところは、ね」
きららがウィンクする。部員同士の軋轢が生じない、日和見的な結論がくだされた。氷雨はパーカーのフードをかぶり、きまり悪げにミキを見上げる。
ミキは窓の外をながめる。
いつもボクは女子の派閥に入れてもらえない。休み時間のたびに連れ立ってトイレへ行ったりする、例のアレに。昔からそう。いったいボクには何が欠けてるんだろう。
三階の窓から、橋のかかった池の向こうに校門が見える。人だかりができている。リムジンから黒のセーラー服を着た女が降りると、出迎えに来た学院の生徒が絶叫する。
「あれって」ミキがつぶやく。「セレブリテの制服じゃないですか」
アイフォンでメールを確認したきららが、ほかの部員に言う。
「困ったわ。セレブリテ学園が今日練習試合したいって。いきなり」
千鳥が尋ねる。「連絡ミス?」
「そんなはずないけど、門前払いもできない。どうしよう……ねえ、平手さん。ひょっとしたらお手伝いしてもらうかもしれない」
氷雨が小躍りし、千鳥が顔をしかめる。ふたりは試合の準備のため部室へ入った。
部長のきららが、セレブリテ学園の部長に電話する。行き違いがあったらしく、きょう対戦したいと求められ、しぶしぶ承諾する。通話を切り、ため息をつく。
「あのう」ミキが尋ねる。「眼鏡についてるのグーグルグラスですよね」
「いわゆるスマートグラスね。グーグル社が開発したものではないの。つかってみる?」
「いえ、特に興味は。メールチェックや通話はスマホじゃなく、それで出来るんじゃないですか」
「氷雨ちゃんにもらったんだけど、いまだに使い方を覚えられなくて」
「ならなんでつけてるんですか」
「だってオシャレじゃない」
「はぁ」
やっぱり変な部活だと、ミキは思った。
クライスラーのリムジンのドアが跳ね上がり、ヒョウ柄のストッキングを履いた脚があらわれる。人間のものと思えぬほど長い。
黒のセーラー服を着たその少女は、身長が百七十センチをこえる。幅広の名古屋襟が高級感をかもしだす。髪はブロンドで、アーモンド型の瞳が生き生きと輝く。顎がややしゃくれており、自信家の印象をあたえる。
校門に殺到したナデシコ女学院の生徒が、耳をつんざく歓声で金髪の少女を迎える。彼女の名はジェーン・カラミティ。史上最年少の十七歳でアカデミー主演女優賞を獲得した俳優だが、いまは千葉県浦安市にあるセレブリテ学園に短期留学中だ。
腕組みしながらジェーンがつぶやく。
「スカートを穿いた猿ども」
おかっぱ頭のアジア系の女が、クライスラーから続いて降りる。きのう学院に侵入したチャオ・アルテミシアだ。きょうは変装せず、自校のセーラー服を着ている。
アルテミシアが背後からジェーンにささやく。
「口を慎んで。不用意な発言はSNSであっと言う間に拡散される」
「不用意?」
「人種差別と受け取られかねない」
「偏見じゃなくて事実よ。日本に来て五日経つけど、まともな知性をもつ人間がどこにもいない」
あっけらかんとした口調でジェーンは答えた。発言に悪意はない様だ。
アルテミシアは鼻を鳴らす。中国系アメリカ人である彼女は日本人に同胞意識をもたないが、愉快な話題ではない。ただ、ジェーンの強烈な自尊心がうらやましくもある。
ジェーンはヒップホルスターから拳銃のファイブセブンを抜き、ポリマー製のスライドを引いて薬室が装填されてるのを確かめる。
「ところで」ジェーンが尋ねる。「JSOCとの連携は問題ない?」
「さっきまでハミルトン准尉以下四名にブリーフィングをおこなったわ」
「何事もはじめが肝心。私は初主演映画でオスカーを獲った。この作戦も最初で決める」
「あなたの計画は完璧よ」
「油断しないで。私は完璧なキャリアをさらに完璧なものにする。誰にも邪魔させない」
ジェーンは池の向こう側にある木造の部室棟を、ターコイズブルーの瞳で見据える。
ミキが池のほとりに立っている。鞘に入った直刀を杖がわりにする。池には三つの中島があり、六つの反り橋が掛かる。学院にロクな思い出はないが、この庭園だけは好きだ。
手にする刀は、四天王寺所蔵の七星剣。聖徳太子の佩刀とされる国宝だ。学院の行事のため今週金曜日まで貸し出されている。無論、女子高生が気軽にさわれる代物ではないが、セレブリテ学園側が練習試合の「フラッグ」に指定してきたので、ミキがひとりで守っている。文部科学省が派遣した二十名の警備員が遠巻きに監視しており、特に危険はない。
試合の参加人数は四対四。攻撃側と守備側に分かれる。二十分以内に二つのフラッグのどちらかを裏門まで運べば、攻撃側の勝利。それを阻止すれば守備側の勝利。戦闘でどちらかのチームが全滅したら試合終了。ルールは単純だ。
試合開始時はきららとミキのふたりで七星剣を守っていたが、もう片方のフラッグが敵四名に襲われたとの連絡が入り、きららが救援にむかった。
あいつらアホだなと、ミキは思う。
古今東西のゲームに精通するミキは、ルールを聞いただけで本質をつかんだ。守備側が圧倒的に有利なシステムだ。フラッグをもって二十分逃げ回るだけで勝ちになる。だから攻撃側は片方のフラッグに集中し数的優位をつくろうとするが、それで精々互角になる程度。現在リーグ首位のセレブリテが、そんなつまらない戦術を採るはずない。
キャプテンのきららを誘い出したのは陽動で、仮入部の部員ひとりのこちらが主目標だ。まちがいない。おそらく敵はふたりで来る。きららに部室棟から絶対出るなと命じられたが、見晴らしのよい庭園をミキは迎撃地点にえらんだ。
カーキ色のGショックをみる。ちょうど半分の十分経過。そろそろだろう。七星剣をベルトの背中側に差す。サブマシンガンのMP7のストックをのばして肩にあてる。H&Kの実銃にさわれるとは、なんとゆう神部活なのか。
ザバッ!
水飛沫の音が耳に入った。
ミキは混乱する。水。なんの音だ。
奇襲。そう、奇襲だ。敵は池を潜ってきたのだ。
無我夢中でミキは木製のベンチに身を隠す。背もたれが耳許で鳴り響く。ペイント弾が裏側に当たったのだろう。どこから撃たれたのかもわからない。
動け。とにかく動け。
運動不足のミキは脚をもつらせながら、中等部の教室棟をめざしてジグザグに駆ける。
ミキは懸命に呼吸をととのえる。部屋を見回すとガスコンロやステンレスの流し台がある。自分は調理室にいるらしい。
ふたたびGショックをみる。まだ七分もある。
無理ゲーだ。体力がもたない。
部屋の外からアメリカ訛りの日本語が聞こえる。
「ヘイ、眼帯ガール」
ミキが答える。「なんだよ」
「一対一で勝負しよう。銃を構えずに中に入るから、とりあえず撃たないでほしい」
「好きにすれば」
テレビでおなじみの長身の美女が、開けっぱなしの引き戸のところに現れる。ジェーン・カラミティだ。金髪をタオルで拭いている。黒のセーラー服は乾いてるが、スカートの下のレギンスが濡れている。わざわざ着替えたらしい。アサルトライフルのF2000をスリングで吊るしている。
有名人のオーラに気圧されたミキが口走る。
「ナ、ナイストゥーミーチュー」
「日本語でいいわよ。時間がないからさっさと始めましょ」
「オーケー」
ミキが言い終わらないうちに、ジェーンはなめらかにスリングをすべらせ、射撃姿勢に入る。雨あられとペイント弾をばら撒き、調理室を前衛絵画のキャンバスに変える。ミキも散発的に応射するが、弾倉にある四十発をすぐ撃ち尽くす。予備の弾薬はあたえられてない。
ジェーンの一方的な攻撃は、数分で止んだ。
弾切れのF2000をファイブセブンに持ち替え、ジェーンは調理台の陰から長身を晒す。青い瞳がきらめき、鼻腔がふくらむ。
このハリウッドスターは偏愛しているのだ。成功とゆう美酒の味を。
尻餅をついて息を切らすミキに銃口を向け、ジェーンが言う。
「フラッグをこっちへ投げろ」
しかしミキには武器がひとつ残っていた。全世界のネット対戦でつねに有効な武器が。
それはすなわち、煽りだ。
左の中指を突き立て、ミキが叫ぶ。
「ファッキュー、ビッチ!」
血相を変えたジェーンが発砲する。ミキは顔の前にフライパンをかざして防ぐ。お返しに、虹色に塗られたフライパンを投げつけると、相手の頭部に命中した。
額に裂傷が走り、血がどっと溢れる。ジェーンは青褪める。来月からイギリスで文藝作品の撮影がはじまるのに。
ジェーンが叫ぶ。「ファッキンジャップ!」
引き出しを開けて包丁をつかみ、ミキの喉に突き刺そうと走り寄る。
ミキは七星剣を背中に差したまま、壮絶な死闘がくりひろげられた調理室を飛び出す。高圧電流のフェンスがある裏門周辺は、見物人と警備員が数十名いるだけ。敵味方ふくめプレイヤーはいない。
Gショックのタイマーはのこり二十秒。ミキは勝利を確信する。
ドガーン!
背後で騒音が轟いた。
ふりかえったミキの数メートル先に、ひしゃげた鉄製の門がころがっている。滑車でうごかすタイプだ。もともと門があったところに、フロント部分が壊れた濃紺のレンジローバーが停まっている。
目出し帽をかぶった大柄な男が四名、つぎつぎと車から降りる。みなアサルトライフルのFN・SCARを構えている。呆然とするミキにひとりが近づく。ほかの三人は各方向へ銃をむけ、ぬかりなく周囲を射界におさめる。
目出し帽がミキを小突き、アメリカ訛りで怒鳴る。
「カタナをよこせ!」
ミキのツインテールが虚しく揺れる。なにが起きてるのか把握できない。
目出し帽はミキの足を払い、うつ伏せにする。すさまじい勢いでコンクリートの地面に押しつけられたミキは、なす術なく国宝を奪われる。男の手首に髑髏のタトゥーがあるのが目に入る。
目出し帽の四人はレンジローバーに乗り込み、風の様に去っていった。
騒ぎを聞いて駆けつけた千鳥が、ミキを抱き起こす。フリルつきの黒のブラウスを着たミキの体はこわばり、はげしく震えていた。
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火事屋『わたしと先生の幻獣診療録』
わたしと先生の幻獣診療録
作者:火事屋
掲載誌:『月刊コミックガーデン』(マッグガーデン)2016年-
単行本:ブレイドコミックス
[ためし読みはこちら]
主人公である小柄な少女「ツィスカ」は、獣医師の見習い。
ただ世界観はファンタジーなので、
ドラゴンやサラマンダーなど幻獣を治療の対象とする。
ツィスカも微弱ながら魔法をつかえる。
獣医ものとして結構本格的で、手術シーンも緊迫感あり。
ツィスカは光の魔法でサポート。
前髪をピンで留めてるのが可愛い。
丁寧な作画のおかげで、読者は雰囲気にひたれる。
なにげない市場での売り込みがストーリーの伏線になってたり。
ツィスカが師事する「ニコ」とのやりとりがたのしい。
麻酔のため取り出した麻薬をみて、妙な心配をするツィスカ。
最高なのは4話。
謎の新薬を自分の体でためしたツィスカにあらわれる効果とは?
おかしくて、いじらしくて、たまらない。
愛くるしいヒロイン、ファンタジックな設定、命をすくう努力をえがくストーリー。
それらが結びついた各エピソードは鮮烈な感動をあたえる。
傷ついた幻獣を癒やすため、日夜がんばる少女。
応援せずにいられない。
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座紀光倫『少年の残響』
少年の残響
作者:座紀光倫
掲載誌:『月刊少年シリウス』(講談社)2016年-
単行本:シリウスKC
[ためし読みはこちら]
天使の歌声をホールに響かせるのは、
オーストリアかどこかで活躍するアウゲンブリック少年合唱団の面々。
聴衆には感動の涙を流すものも。
もともと孤児院だった寄宿学校で、少年たちは音楽と勉強をまなぶ。
彼らが習得したのは声楽だけではない。
銃器のあつかいかたを仕込まれ、暗殺を請け負う。
その報酬で寄宿学校は運営されている。
わかりやすく言えば本作は、ショタ版『GUNSLINGER GIRL』。
表現は全体的にアーティスティック。
少年ひとりひとりの心象風景を、各話でえがく。
第1話のミヒャエルは、殺された母の記憶にすがって生きている。
くせっ毛のエーリヒは極端なあがり症。
しばしばステージ上で卒倒する。
指揮者をつとめるクリス先生は、エーリヒを心配している。
先生は元団員で、暗殺仕事の引率もする。
少年らしい体つきをながめる視線が倒錯的だ。
暗殺のオペラを演じるとき、エーリヒは強気。
もうすぐ死ぬとわかってる人たちなんて、こわくないから。
エピソードとしては第3話が秀逸。
可憐な容姿を買われ、娼婦のふりをしてターゲットにちかづくカルルと、
初老の客のあいだに奇妙な心の交流が生じる。
男色をさらっとキレイにえがいており感心した。
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『兄に付ける薬はない! -快把我哥帯走-』
兄に付ける薬はない! -快把我哥帯走-
出演:中村悠一 雨宮天 小野賢章 森永千才
監督・脚本:ラレコ
原作:幽・灵
アニメーション:徳丸尚子
アニメーション制作:イマジニア ファンワークス
[PVはこちら]
美形だが頼りがいのない兄と、おなじく美形だが暴力的な妹の、
仲が良いのか悪いのかわからない関係をえがく5分アニメ。
『やわらか戦車』で知られるラレコが監督をつとめる。
4話から急にラブコメ色が濃くなった。
妹の「シーミョ」は、学食でお金を貸してくれた男に一目惚れ。
学食へ行くたび、ついその男をさがしてしまう。
見つけたらお金返して、お礼言って、名前聞いて、それから、それから。
兄に対しては乱暴なシーミョだが、恋に恋する乙女でもあった。
原作は中国のWeb漫画。
日本のアニメに毛沢東が映ったのは初めてかも。
夕方の校舎裏で、さがしていた「カイシン」にばったり出くわす。
まさに少女漫画のワンシーン。
ああああののののここここれ、しょしょしょしょくどうでお借りしたおおおお金……。
視聴者の予想をこえる狼狽ぶりが可愛い。
カイシンがしめした親切心についてシーミョは勘違いしており、ますますおかしい。
カイシンは兄の友人だった。
空気を読まずに顔を出し、いつものドタバタ兄妹コメディにもどる。
話はどうってことないが、キビキビした動きが見ててたのしい。
……なにこれ。
シーミョがぼそっと一言。
黒髪ロングで、シーミョと外見までそっくりな雨宮天がハマり役で、
最高に魅力的なヒロインをつくりあげている。
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雪子『鳩子のあやかし郵便屋さん。』/西岡さち『ざしきわらしと僕』
妖怪が出てくる4コマ漫画を2作紹介。
はじめに雪子『鳩子のあやかし郵便屋さん。』(バンブーコミックス/ためし読み)から。
かわいい郵便屋さんが、街に棲息する妖怪たちと交流する話。
イマドキは河童もタブレットをつかう。
水掻きが邪魔でミスタッチが多いけれど。
雪子のえがく女子は、かわいい系とゆうよりキレイ系。
たとえば猫又の「ここね」は、ノースリーブが似合う美人。
服は変幻術による効果なので、実際は素っ裸らしい。
九尾狐の「葛葉」も負けてない。
もふもふのしっぽを触らせてくれるなど、やさしい性格。
海にうかぶ不知火は、火傷するから触るのは無理だけど、
夜景にハートマークをえがくなどメッセージを送ってくる。
同作者による百合漫画『ふたりべや』に共通する空気が心地よい。
つぎは西岡さち『ざしきわらしと僕』(まんがタイムコミックス/ためし読み)。
小学5年の「裕貴」は、両親が離婚して田舎の祖母の家に預けられることに。
そしたらおかっぱ頭の座敷わらしがいた。
近所に住む年上の「希ちゃん」がやってくる。
座敷わらしを抱えて応対したら、彼女には見えないため妙な誤解をまねく。
『あやかし郵便屋さん』は、主人公が妖怪社会に仲間入りするが、
本作は、妖怪が人間社会に根を下ろす様子をおもしろおかしく描く。
本作は西岡さちの初単行本。
インタビューによると和歌山在住で、地元でロケハンしてるらしい。
緑ゆたかな風景、活発な女の子、ちんちくりんの妖怪が共存する世界観は、
作者の力量を感じさせる。
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冬目景『空電ノイズの姫君』
空電ノイズの姫君
作者:冬目景
掲載誌:『月刊バーズ』(幻冬舎)2016年-
単行本:バーズコミックス
[ためし読みはこちら]
デビュー25年のベテランの新作は、意外にもバンドもの。
セーラー服のギタリスト「保坂磨音(まお)」が主人公だ。
5歳のとき両親が離婚して、いまは父とふたり暮らし。
ミュージシャンである父からギターを習ったので、クラッシックロックが得意。
音楽雑誌の編集者をしている父の恋人と、車内で話す。
マオはギターが好きだが、職業にする気はない。
父をちかくで見て業界の大変さをわかってるから。
冬目景の作風は抑制的。
父の恋人との関係なんておいしいネタだが、
会話の空気感から関係性を汲み取れと、そっけなく読者に提示する。
テーマが「JK×バンド」でも、あずにゃんペロペロ的な方向とは真逆。
繊細で、しっとりした感触。
こちらは「支倉夜祈子(はせくら よきこ)」。
『羊のうた』の千砂に代表される、吊り目で黒髪ロングのキャラクター。
作者の十八番だ。
歌が上手なので、いづれマオとバンドを組むことになりそう。
とびぬけた美貌を妬まれた夜祈子は、イジメに遭う。
靴を隠されたりノートを破られたり、手口が昭和っぽい。
夜祈子はSNSをやってないので必然的にそうなる。
冬目作品の反時代性は、超時代的だ。
ただし本作は、アナクロニズムをトリックにつかうなど一筋縄でゆかない。
とぼけた雰囲気の女子の日常は『イエスタデイをうたって』に、
ファム・ファタールがひとびとを翻弄するのは『羊のうた』にちかい。
幻想性はひかえめで、初期の傑作群を髣髴させる。
冬目景のセーラー服には、だれもかなわない。
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むく『ひなたすたでい。』
ひなたすたでい。
作者:むく
掲載誌:『コミック電撃だいおうじ』(KADOKAWA)2015年-
単行本:電撃コミックスNEXT
[ためし読みはこちら]
「国枝ひなた」は28歳の家庭教師で、小学4年生の「みらい」に教えている。
生徒より背が低いため、指導するときは台に乗る。
理科の授業のあと、ホットココアかなにかを飲みつつ休憩。
カップから立ちのぼる湯気をみて、ならった内容を復習する。
教師と生徒の相性は抜群だ。
ふたりで文房具屋さんでお買い物。
女子なら筆記用具にこだわりたい。
作者は勉強とゆう堅苦しいテーマを、ほのぼの4コマにうまく落としこむ。
みらいのボーイッシュな服装もみどころ。
学校の友人である「なつめ」が遊びに来た。
勉強中だからと追い返すと、雨樋をつたって2階のベランダから侵入。
おなじく『だいおうじ』連載、ガヴドロのサターニャを髣髴させる。
プールへゆく11・12話では、小学生らしい水着姿を披露。
「ももか」のセーラーワンピース系の水着がかわいい。
ひなた先生は教え上手。
ここぞとゆうタイミングで頭をナデナデし、やる気を引き出す。
でも誰にでもやさしいので、みらいは嫉妬する。
大人ぶるロリと、ロリっぽい大人が、二人三脚でがんばる百合。
かわいいもの好きにとって至福の4コマだ。
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