『ナデシコ女学院諜報部!』 第1章「侵入者」


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 ナデシコ女学院に不審人物が侵入するのはめづらしくない。世間に変質者は掃いて捨てるほどおり、なかでも名門女子校は彼らを強烈に惹きつける。ただ今回のケースが特殊なのは、防犯カメラの顔認證システムが感知したのが成人男性でなく、十代の少女である点。おそらく他校の生徒が、学院の制服で変装している。

 高等部二年の千歳川千鳥は、教室棟と職員棟をむすぶ渡り廊下をいそぐ。黒髪のショートカットで、百七十センチちかい長身だ。サッカー部所属なので日焼けしている。制服のブレザーでなく、黒のレザージャケットを羽織る。服装に関する校則は学院にない。

 ガラス張りの自動ドアにたどり着いた千鳥は、四桁の数字をテンキーパッドに打ちこむ。数名の生徒しか教えられてない番号だ。木造の校舎だが機械的なセキュリティをそなえている。

 4649。

 ドアがひらいた。誰が設定したか知らないが、もうすこしヒネれよと千鳥は内心で毒づく。

 用務員室のドア越しに断続的な物音が聞こえる。引っ越しでもするかの様な。千鳥は覗き窓から中をうかがう。ピンクベージュのブレザーを着たおかっぱ頭の少女が、派手に室内を荒らしている。すべての引き出しが開けられ、椅子や仮眠用のベッドがひっくり返されている。千鳥はアイフォンのスリープを解除し、監視カメラが五分前にとらえた画像と照らし合わせる。画像は不鮮明だが同一人物だろう。

 千鳥は耳掛け式のヘッドセットで通話する。

「きらら先輩」

「名前で呼ばないで。部長と呼んで」

「きらら部長」

「……なによ」

「ターゲットを視認。行動から判断するに、敵対勢力の様です。どうしますか」

「難しいわね。正体がまるでわからない」

「敵のスパイだとあたしは確信してます。いま踏みこめば余裕で殺れます」

「あなたを信じるわ」

 千鳥はレザージャケットの下のホルスターからグロック19を抜く。左手でドアノブをまわし、ブーツの音を立てて勢いよく入室する。

「うごくな!」千鳥が叫ぶ。「ナデシコ女学院諜報部だ!」

 敵が不穏な反応をしたら発砲できるよう、背中に照準をあわせる。だが第二歩を踏み出したとき、足許にピンと張られた掃除機の電源コードに引っかかり転倒した。グロックが床で跳ねる。

 おかっぱ頭は持っていた引き出しを落とす。中の書類が部屋中に散らばる。罠にかかった千鳥に目もくれず、窓枠に手をかけて屋外へ飛び出した。

 はげしく顔を打った千鳥は膝立ちになり、手の甲で顔をぬぐう。赤く濡れている。

「チクショウ」

「どうしたの」きららが尋ねる。「大丈夫? ケガはない?」

「鼻血出てる。めっちゃ痛い」

「ターゲットは? 現状を報告して」

「窓から逃げられた。でも絶対つかまえる」

 千鳥はグロックを拾い、サッカーで鍛えた脚力で軽々と窓枠を飛び越した。




 そんなバカな。あたしは「韋駄天チドリ」だぞ。

 全速力で走っても、おかっぱ頭との距離がちぢまらない。年代別の代表チームにえらばれた経験もあるサッカー選手なのに。

 あいつは一体何者だ。

 おかっぱ頭は濃紺のスカートをひるがえして教室棟の角を曲がり、校舎裏へ姿を消す。出血で鼻が詰まり息を切らせた千鳥は、速度をゆるめる。待ち伏せを警戒し、ふたたびグロックを構えた。

 スピーカーから校内放送が流れる。

「一年ゆり組の平手ミキさん。職員棟二階の進路指導室まで来てください」

 のんきな教員たちは通常営業のまま。侵入者への対処は、諜報部所属の学生にまかせている。

 四階建ての教室棟の二階の窓から身を乗り出し、女生徒数名が手を振って声援をおくる。

「千鳥センパイ、がんばれぇ!」

 凛々しい顔立ちでスラリとした体躯の千鳥は、学院で断トツの人気がある。同性からアイドル視されるのを本人が喜んでるかはともかく。

 千鳥は木の壁に身を寄せ、顔とグロックの銃口だけ出して校舎裏を覗く。ダサいエンブレムがついた制服の警備員と、おかっぱ頭が口論している。警備員は侵入があったのを知らされてないが、ドタバタ走り回る生徒を怪しんで誰何したのだろう。明日から国宝が学院に寄託される予定で、もとより厳重な警備がさらに増員されている。

 警備員がおかっぱ頭の肩をつかむ。おかっぱ頭はその手を引き剥がし、手首を極め、肥満体を投げ飛ばす。仰向けになった警備員に馬乗りになり、体重を乗せて肘を顎に叩きこむ。警備員は声もなく気絶した。おかっぱ頭は立ち上がり、また駆け出す。

 やりすぎだ。諜報部の活動の範疇を超えている。

「いい加減にしろ!」千鳥は叫ぶ。「両手を上げてそこに膝をつけ!」

 振り返らず、おかっぱ頭は金網のフェンスへ殺到する。右手をかけた瞬間、アッと悲鳴を漏らして草叢に崩れ落ちた。ナデシコ女学院のフェンスには百万ボルトの高圧電流が流れている。

「調べが足りないな」千鳥が続ける。「勝負ありだ。ギブアップしろ」

 おかっぱ頭は痙攣しながら、かろうじて動かせる左手をブレザーの懐に差しこむ。銃での反撃が予想される。千鳥は覚悟を決め、グロックを二発連射した。おかっぱ頭のブラウスが赤く染まる。

 ただし外傷はない。発射したのはペイント弾だ。

 千鳥がいま参加している「スパイゲーム」は、文部科学省が普及につとめる新種のスポーツ。頭脳明晰で勇敢な、幅広い分野で役立つ人材を育てるのが表向きの狙いだが、特に優秀な者はスパイとして正式採用されるとゆう噂がある。職業の特性上、噂の真偽を確かめようがないけれど。

 千鳥はおかっぱ頭のブレザーをたくし上げ、FNファイブセブンを奪う。五・七ミリの新型弾薬をもちいる高価な銃だ。さらに左の袖をめくり、手首に描かれたQRコードを露出させる。レーザーでプリントされたもので、スパイゲーム参加者の義務のひとつだ。おかっぱ頭は下着をつけておらず、第二ボタンまで開けたブラウスから胸の谷間が見え、濃厚な香水の匂いがたちのぼる。

 千鳥はアイフォンにインストールしてある専用アプリで、手首のQRコードを読み取る。画面に表示された名前は「チャオ・アルテミシア」。通学先はセレブリテ学園で、学年は千鳥とおなじ二年。登録された顔写真とも一致する。事務局のデータベースへのハッキングなどで、偽の経歴を仕込むのも不可能と言い切れないが、銃の選択が成金学校らしいし、千鳥は事実だと直感した。

 千鳥が尋ねる。「ひょっとして中国人?」

「アメリカ人だ」アルテミシアが答える。「サンフランシスコの高校から留学している」

「そう言えば、有名なハリウッド女優も来てるんだってね。ミーハーな子たちが噂してる」

「いづれ彼女と今日のお礼をさせてもらう」

「サインをもらおうかな。迎え撃ったあとで」

 アルテミシアは皮肉を黙殺し、目尻の吊り上がった目で千鳥の背後を凝視している。足音を聞き取った千鳥は、背面攻撃をうけたと思い戦慄した。




 振り向くと同時に、千鳥は足音の主に対しグロックを構える。闖入者はいきなり銃口を向けられ、あくびをしたまま硬直する。

 異様な風体だ。

 髪をツインテールにむすび、ごてごてとフリルがついた黒のブラウスを着ている。スカートは指定のものだが、パニエでふくらませてある。いわゆるゴシックロリータのスタイル。青白い顔の左目を眼帯で隠している。右目には紫のカラーコンタクト。自由な校風とは言え、あまりに突飛なファッションだ。

 彼女は高等部一年の平手ミキ。「中二病のコ」と陰で呼ばれる、千鳥とちがい悪い意味での有名人だ。校内放送で呼び出されたのに、まだ校舎裏をうろついてるあたり、問題児の評判を裏切らない。

「君は一年の平手さんだね」千鳥が言う。「こんなところで何してる」

「ははっ」ミキが笑う。「不審者はどっちですか。警備員のおじさんが倒れてるし、そこの人は血まみれだし、先輩なんてグロック持って鼻血出してるし」

「これは部活動だ」

「ああ、あれね。学校公認のサバゲ」

「スパイゲームはサバゲじゃない」

 生意気な口調にいらついた千鳥はトゲのある声で言い返すが、ミキはすでに会話に関心を失ったらしく、通りすぎてフェンスへちかづく。

「おい」千鳥が叫ぶ。「知らないのか。フェンスには高圧電流がながれてる」

「毎日の通学路ですけど。ボクんちは裏の蕎麦屋なんで」

 ミキが地面の敷物を引くと、フェンスの下に約一メートルの深さの穴があらわれる。草をくくりつけたカモフラージュネットで隠されていた。

 やりとりを見守っていたアルテミシアがよろけながら立ち上がる。潜ろうとするミキに体当たりし、自分が先に小さな穴を掻いくぐった。

 ミキは、走り去るアルテミシアに「ふざけんな死ね」と呪詛を投げつけたあと、四つん這いで穴を通り抜ける。慎重に、かつ手際よくネットを元にもどす。ゴスロリ服についた土埃を払う。

 千鳥はわざとらしく両手を上げて首を振り、金網ごしにミキへ言う。

「さっき校内放送で呼ばれてたぞ。進路指導室に来いって」

「どうでもいいです。いまさらボクに関係ない」

 ミキは鼻で笑うが、眼帯に覆われてない紫の瞳が虚ろになったのを、千鳥は見逃さなかった。




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