はま/相沢沙呼『現代魔女の就職事情』3巻
現代魔女の就職事情
作画:はま
原作:相沢沙呼
掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(KADOKAWA)2015年-
単行本:電撃コミックスNEXT
「玉城禰子(たましろ ねこ)」は見習いのへっぽこ魔女だけど、魔法は一応つかえる。
箒で空を飛べるし、占いは得意だ。
でも恋占いの結果を遠慮なく宣告して、依頼主を傷つけたりする。
人の心は魔法より厄介なのをしらない。
3巻でも、禰子の精神的成長はあまり感じられない。
そこがいいとも言える。
ころころ変わる無邪気な表情や、ほそくうつくしい手足や、
セーラー服っぽい魔女っ娘衣装をながめてれば、読者はしあわせ。
単著多数の小説家である相沢沙呼が原作を担当しており、
物語のクオリティも高いのだろうが、やはりヴィジュアルに惹きつけられる。
特に作家性があらわれる扉絵のたのしさに。
15話扉絵は、本作の二枚看板の片割れである「弥生」の横顔。
調理師になる夢と、神社を継がせたい親の望みのあいだで悩んでいる。
弥生が禰子に辛くあたるのは、幼いころから魔女に憧れてたから。
空を飛べるくせに、くだらない不平不満ばかり言う甘ったれた根性をゆるせない。
あんたなんかが人生を語るな。
地べたに貼りついて生きる人間のやるせなさを、あんたがわかるわけない。
雨の灯台でのドラマティックなシーン。
憂鬱な重力を力強く、そしてやさしく受けとめる百合の空間。
かろやかで、繊細で、かわいく、うつくしく、ときどきほろ苦い。
『現代魔女の就職事情』は最高の漫画とおもう。
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ひみつ『ぺたがーる』2巻
ぺたがーる
作者:ひみつ
掲載誌:『コミックキューン』(KADOKAWA)2015年-
単行本:MFC キューンシリーズ
貧乳コンプレックスが強すぎ、おっぱいに複雑な愛憎をいだくJK「平野ひい」。
その言動はますます暴走し、ますますかわいい。
2巻は日常系4コマらしく、四季折々の情景とおっぱいをからめる。
たとえば梅雨だったら、雨に濡れて貼りついた透け透けのブラウス。
豊満な胸が日本の季節感をゆたかにする。
身体測定などの学校行事もはづせない。
まるで身長や胸囲が成長しないひいちゃんにとっては悪夢のイベント。
頭をなでられただけで背が縮んだと、この世の終わりみたいに大騒ぎ。
授業参観ではプロっぽい道具を用意し、同級生と母親の体型を比較。
胸のサイズが遺伝するのかについてデータをあつめる。
その熱意には脱帽せざるをえない。
ひいちゃんの母親である「数子」が初登場。
娘と双子にまちがわれるソックリ親子だ。
このお母さんが、ひいちゃんに匹敵するほどおもしろかわいい。
お正月と言えばおもち。
おもちと言えばおっぱい。
自分にはないふくらみを見て、あじわって、たのしむ。
神社で熱心に拝むひいちゃん。
願いごとは意外にもおっぱいの発達ではなく、親友のしあわせ。
2巻はやや百合度が薄まったが、底の方にピュアな感情がかわらず流れていて、
ヘンテコだけどキラキラしてる、ひみつワールドはさらに純度をたかめている。
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板倉梓『きらきらビームプロダクション』
きらきらビームプロダクション
作者:板倉梓
掲載誌:『月刊まんがライフオリジナル』(竹書房)2015年-
単行本:バンブーコミックス
「きらきらビームプロダクション」は芸能事務所の名前で、
3人組のアイドルグループ「からぁ~ず☆」が所属する。
美人で長身で巨乳の「星ひかり」が社長をつとめる。
さまざまなジャンルを手がけてきた板倉梓の新作は、
コロコロ可憐な絵柄をいかしたアイドルもの。
リーダーの「大月あかね」が一番かわいいかな。
黒髪ショートの元気者だが、体型までボーイッシュなのが悩み。
ファンにチェキ帳を見せてもらったら、自分の顔がコピペしたみたいに同じとか、
地下アイドルあるあるネタで笑わせたり。
殺し屋のアクションものから、5歳の双子のファミリーものまで。
良く言えば万能選手、悪く言えば器用貧乏なあずにゃん先生らしく、
未経験のジャンルをさらっとソツなくこなしている。
マネージャーは26歳の「宝田麻人」。
地味だが誠実な人柄で、褒めるときは全力で褒め、
可愛いと言われ慣れてるアイドルさえ赤面させる。
海辺での泊まりの仕事。
3人組が眠ったころ、社長と部下がサシで飲みはじめる。
なんだかいい雰囲気に。
ピチピチした16歳が飛んだり跳ねたりするのと並行して、
しっとりしたオトナの恋をえがくのが板倉流。
宝田は、ネットでたまたま10年前のアイドルグループをしらべてたとき、
そのなかのひとりが今の社長であると気づく。
当時の純情さは欠片もないが、顔立ちとホクロの位置が一致。
サブプロットを絡めつつ、じわじわ盛り上げる語り口はあいかわらず。
どうも板倉梓は「かわいい絵の漫画家」と認識されてる気がする。
事実なのだが、ちょっとあなどられてる。
シンプルで洗練されてるのに親しみやすい、稀有な絵柄がかえって災いしてか、
構図やストーリーテリングの才能が注目されない傾向がある。
もっとスポットライトがあたるべき作家だ。
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中山敦支『うらたろう』1巻
うらたろう
作者:中山敦支
掲載誌:『週刊ヤングジャンプ』(集英社)2016年-
単行本:ヤングジャンプコミックス
中山敦支の2年ぶりの連載である『うらたろう』は、失敗作かもしれない。
やけに重苦しく、ファンにとって歯痒い作品だ。
原因は、主人公の「温羅太郎」が無気力すぎること。
不死身であるがゆえ死をのぞみ、目的らしい目的をもたない。
『ねじまきカギュー』のあと表現衝動が枯渇した作者の自画像なのは明白。
だから読んでてつらい。
ヒロインの「ちよ」は対照的な性格。
斃したばかりの妖怪の肉に舌鼓をうつなど、おのれの欲望に忠実。
おおらかで、天真爛漫で、かわいらしい。
人生のすべてを味わい尽くそうと、貪欲に生きている。
ちよは呪いのせいで余命一年しかない。
いつものナカヤマ節である。
生を肯定しようが否定しようが、いづれにせよ平等に死はおとづれる。
死こそがすべてだ。
中山の作風は異常なほど健全。
セックスを描くことに関心がない。
僕が読んだ範囲内では、男女のキスシーンすらない(薬の口移しならある)。
けれども本作は、独自の死生観をふまえたうえで女性の肉体美をえがくなど、
プレーエリアを広げようとしているのがつたわる。
『うらたろう』がおもしろいかどうかと言えば、おもしろい。
中山がつまらない漫画を描くわけがない。
才能のカタマリみたいな男で、ごく初期からすぐれた作品しか発表してない。
しかしファンは複雑な気分になる。
この人はなぜこんなに正直なんだろうと。
代表作を描き終え、刀折れ矢尽き、ひきかえに多少の蓄えを得て、
そして寿命へむかって徐々に朽ち果ててゆく自分自身を、
なにもここまで戯画的にかつリアルに表現しなくてもいいじゃないかと。
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烏丸渡『NOT LIVES』完結
NOT LIVES -ノットライヴス-
作者:烏丸渡
掲載誌:『月刊コミック電撃大王』(KADOKAWA)2011年-
単行本:電撃コミックス
主人公たちを翻弄しつづけた「皇帝紳士」との闘いに決着がつく。
鏡花はこれまで以上に縦横無尽に飛び回る。
最終決戦の相手は「アスタロト」、つまり鏡花の父。
烏丸渡はこまかくコマ割りし、リズミカルにシーンを展開するタイプの作家だが、
この完結巻では見開きを多用して読者を昂揚させる。
天から降ってくる剣が刺さり、ハリネズミの様になっても、鏡花は倒れない。
エヴァンゲリオン旧劇場版で、EVA量産機を迎え撃つアスカみたいに神々しい。
ついに勝者となったあと、「ゲームマスター」と対峙。
鏡花がこのゲームにおいて特別だった理由があきらかに。
憎んでいた父との和解をへて、ひとつだけのこされた希望をおいもとめ、
翼をはやした鏡花はエンディングへむけて飛翔する。
『NOT LIVES』の象徴である「デリート」シーンが、最後に演じられる。
それがトゥルーエンドなのかバッドエンドなのか、ここには書けないけど、
天宮鏡花のスーパーレアな笑顔を一生忘れられそうにないのは事実だ。
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柳原満月『軍神ちゃんとよばないで』3巻
軍神ちゃんとよばないで
作者:柳原満月
掲載誌:『まんがタイムファミリー』(芳文社)2013年-
単行本:まんがタイムコミックス
いよいよ決戦がちかづいてきた。
武田軍の先鋒をつとめるのは、弾正こと高坂昌信。
ツインテの男の娘として描かれる。
戦記物は登場人物がふえすぎるのがネックだが、
本作はいまのところ味は薄まってない。
前巻であざやかに内乱をしづめ、22歳で越後国を統一した虎千代だが、
隠居した兄・晴景の死を見届けることになる。
戦国時代は過酷だ。
親兄弟で殺し合うのが当たり前の世界。
嫌々大名になった虎千代は、来し方行く末を思い悩む。
柳原満月は疾風怒濤の大河ドラマに、普通の女の子の心情をうまくのせている。
たとえば衣装のデザインで、和服は肌の露出がすくないから、
自身の強みであるエロい曲線をいかそうとアレンジしたり。
信濃の支配をめざす信玄を阻止するため、虎千代はしぶしぶ川中島へ出陣。
なんとなく刀を振ったら家臣に勘違いされ、はからずも大将みづからの突貫攻撃に。
隻眼の軍師・山本勘助が周到に練った作戦を崩壊させる。
それを迎え撃つ弾正が噛みしめる切迫感。
「逃げ弾正」の異名をとった理由があきらかに。
第1次川中島の戦いのあと、虎千代は上洛する。
将軍に直訴して大名を辞めさせてもらうために。
越後の田舎侍とイケズな京都人の異文化交流などが描かれ、
上杉謙信とゆう歴史的存在への興味もふかまる。
歴史を解釈するおもしろさ。
手に汗にぎる合戦の迫力。
かわいいひきこもり女子のグータラな日常。
どうかんがえても傑作だ。
読まぬなら、読ませてみせよう、『軍神ちゃん』。
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江島絵理『柚子森さん』
柚子森さん
作者:江島絵理
掲載サイト:『やわらかスピリッツ』(小学館)2016年-
単行本:ビッグスピリッツコミックス
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公園で猫の化身みたいな、妖精みたいな小学4年生を見かけたとする。
くらくらと目眩がして当然だ。
とはいえ、いきなり話しかけるのは非常識だろう。
「野間みみか」はれっきとした女子高生だから、
生徒手帳をみせれば信用してもらえるかもと、淡い期待をいだく。
講談社から小学館へうつって、主人公に「野間」を名乗らせるアイロニー。
もちろん効果はない。
「柚子森楓(ゆずもり かえで)」は防犯ブザーでみみかを撃退。
第1話の5ページで、読者は異様な愛の世界へ叩きこまれる。
7歳差の柚子森さんとみみかは、とりあえず友達になる。
自宅へ招いたらおしゃれしてくれて、それだけで感動。
ヴァージンスノーみたいな肌。
首や腕の細さ。
ムダな肉が1グラムもない、うすっぺらな体つき。
ウラジーミル・ナボコフが嫉妬しそうな技巧でえがく。
柚子森さんに脳のなかを占領されたみみかに、クラスメイトの「栞」が言う。
あんたはロリコンだと。
顔半分をフキダシで隠した病名宣告が容赦ない。
血みどろの闘争をえがく『少女決戦オルギア』から作風は大きく変化したが、
少女同士の不毛な関係がテーマなのはかわらない。
たがいを高めあうパートナーシップとはかけ離れている。
江島絵理が紙面にさらけだす性愛は、つねに無目的で醜悪な暴力性をはらむ。
パンキッシュな疾走感と、クールな構成力が共存する傑作『オルギア』とくらべたら、
ゆるゆるふわふわな『柚子森さん』は、江島にしては小品と言える。
さらっと一筆書きで描いた様な。
勿論、読者にそうおもわせる伎倆がすさまじいのだが。
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あさひあける『青春、失格。』
青春、失格。
作者:あさひあける
掲載誌:『コミックヘヴン』『Webゴラクエッグ』(日本文芸社)2015年-
単行本:ニチブンコミックス
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高校2年の男女3人を中心とする恋愛漫画。
ポニーテールの「愛音」が主人公で、右隣りの「陸」とは幼なじみ。
寮のルームメイトである左の「香魚(あゆ)」と仲がいい。
舞台である音楽学校は、学年に男子が7人しかいない。
陸がモテすぎるのが愛音の悩み。
じっさい作者は音楽学校で寮生活を経験したとか。
愛音は資料室で、陸がだれかと熱烈にキスをかわすのを目撃。
挑発する様な冷たい視線を、陸は幼なじみへ投げる。
愛音の世界観がゆらぐ。
人生とゆう物語において自分がヒロインだとおもってたら、
舞台袖から指をくわえて眺めるエキストラにすぎなかった。
心象風景をメタフォリックにえがくセンスがあざやか。
動揺する愛音につけこみ、陸は唇をもとめる。
繋ぎとめたい一心の愛音は抵抗しない。
もてあそばれたあげく、卑劣に突き放される。
愛音は知らなかったが、資料室で陸がキスした相手は香魚だった。
同性の愛音を愛しているので、陸との絆を断ち切ろうと策略をめぐらせた。
本作は、視点や時間をころころ入れ替えながら、青春の影の部分にせまる。
作者の初連載とゆうこともあり、正直プロットはあまり整理できてない。
主人公を固定しないで読者に感情移入をもとめるのは無理筋だ。
しかし可憐で親しみやすい絵柄と、作家自身の経験にもとづき、
若者たちのエゴイズムをえがく作風は、おなじく『コミックヘヴン』連載の、
佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』と通底しており、
「化ける」かもしれない新人として記憶しておきたい。
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『アイドル戦争』 第2章「声優ユニットと会談」
ソファに横たわるコテツは、断続的な物音に目を覚ます。父と妹が住む中野ブロードウェイ十階の2LDKのマンションに、昨晩は泊まった。日帰りで山梨へ帰る予定だったため、予備の布団がない。遅くまでアズサと話しこんで寝不足の目に、朝の太陽がまぶしい。
ケモノの臭いがリビングに充満する。キッチンへ行くと、アズサが寸胴鍋をかき混ぜている。
アズサが言う。「あ、おはよう」
「おはよう。なにつくってるんだ」
「お兄ちゃんの大好物のとんこつラーメンだよ。本当はきのう食べさせたかったけど」
「朝からラーメン……」
「この匂いで食欲湧いてきたでしょ」
「ひょっとしてお前、寝てないんじゃないか」
「好きな人のためなら、アズはいくらでも頑張れるの」
十分ほどして、湯気の立つ丼がふたつ食卓にならぶ。ネギとチャーシューとメンマがトッピングされ、辛子高菜の小皿が添えられる。本格的だ。
箸とレンゲを手にとり、コテツが言う。
「お前、料理なんて出来たっけ」
「独学。お母さんはあまり料理してなかったし。細麺はすぐ伸びちゃうから、めしあがれ」
「いただきます……うわ、なんだこれ」
「口に合わない?」
「うまくてビックリした。マジでお前が作ったのか」
「よかったあ。替玉がほしかったら言ってね」
薄味のスープは早朝でも胃もたれせず、コテツは夢中になって替玉を三つおかわりする。
「小さいときからお前は器用だよな」
「愛だよ、愛。歌とダンスも、見てる人に愛をつたえるために頑張るの」
「学校の成績は?」
「それは内緒」
コテツとアズサは笑い合う。両親の離婚で離れ離れになったが、兄妹仲は揺るがない。
「きのうの夜の約束を覚えてるか」
「うん。もう危ないことはしない。雷帝さんをやっつけたから大丈夫って、お父さんも言ってた」
「俺からも釘を刺しておく。娘を銃で戦わせるなんて冗談じゃねえよ」
「あまりお父さんを悪く言わないでね」
「わかってる。ケンカをしないのが俺の約束だ」
「離婚は悲しいことだけど、私たちが家族である事実は変わらない。それより大切なものなんて、この世に存在しないの」
アズサが十一歳のとき両親は離婚した。無邪気な笑顔の陰に、トラウマが隠れてるのだろう。父との軋轢を妹に見せるのは、傷口をえぐるにひとしい。
「オーディションはどうなった」
「再来週の日曜に延期」
「俺は行けないけど、がんばれよ。東京予選は突破できそうか?」
「楽勝。ほら、断トツでアズが可愛いでしょ」
アズサはアイフォンで、オーディション東京予選のエントリーリストを見せる。応募資格は十三歳から二十歳までの未婚女性で、プロ・アマ問わない。予備審査でえらばれた十人のうち七人が、すでにプロとして活躍している。みな名の知れたアイドルや女優やモデルたちだ。贔屓目に見ても、アズサがほかの九人にぬきんでてるとは思えない。
「お前のポジティブさはすごいよ」
「ありがと」
「別に褒めてねえよ」
「アズの人生はイージーモードだから。願ったことはすべて予定通りにかなってきたし」
「まあな。いまのところは」
「これからもそう。十四歳でジ・アイドルに選ばれて、十五歳で紅白に出る。ミリオンヒットを飛ばしまくって、二十歳からは女優活動にも力をいれる。人気が落ち着いた二十五歳ごろにお兄ちゃんと結婚。三十歳になったらちょっとエッチな映画に出て、それがブームになって人気が復活するの」
「さらっと変なこと言わなかったか」
「アズは最近おっぱいが大きくなったの。お兄ちゃんにはまだ見せてないけど。絶対需要あるよ」
「いや、そっちじゃなく」
「どっち?」
アズサは首をかしげ、コテツをじっと見つめる。触れない方がいい話題の様だ。
「俺は今日こっちでの用事をすませて、明日帰る。もう一泊させてくれ」
「いいけど、用事ってなに」
「作詞関係で人に会うんだ」
「プリンスレコードさんに行くんでしょ」
コテツの表情がこわばる。
「知ってたのか」
「アズも一応ギョーカイ人だからね。噂は聞いたよ。メダイヨンさんのシングル曲のコンペ通ったって」
コテツは昨年から作家事務所に登録し、細々と作詞家として活動している。「メダイヨン」は女性声優ふたりのユニットで、その新曲の歌詞にコテツの作品がつかわれると内定した。コテツにとって初めての大きな仕事だ。
「お前には関係ない」
「なにその言い方」
「オーディションに集中しろ」
「関係あるに決まってんでしょ。よりによってライバルのレコード会社からリリースするとか、お父さんへの裏切りじゃない」
「俺は俺だ。親には頼らない」
「お兄ちゃんは逃げてるだけだよ。日本一の作詞家であるお父さんから」
アズサは額に飾られたサイン入りのポスターを指差す。国民的演歌歌手だった美好スバルの『月の光のように』は、父ヨシトミの作詞家としての代表作として広く愛されている。
「あれが日本一の作詞家とか、笑わせるな。俗っぽい、ウケ狙いの詞ばかりだ。ただの商売人だ」
「歌詞をお父さんに見てもらいなよ」
「何度も見せてる。粗探ししてボロクソに言われるだけで、まったく無意味だ」
「プロの貴重なアドバイスじゃん」
「文字数を合わせろとか、情報量を増やせとか、くだらない指摘しかされない。俺はもっと本質的なものを表現して、人を感動させたい」
「アズはお父さんの歌詞好きだよ。歌ってて楽しい。お兄ちゃんのは硬い言葉が多くて歌いづらいよね」
「お前みたいなバカになにがわかる!」
プライドを逆撫でされてコテツは激昂するが、アズサはやさしい微笑を絶やさない。
「そうだよ、アズはバカだよ。でも歌って、アズみたいな普通の子に届けるものでしょ。国語の先生に向けて歌ってもしょうがないじゃない」
コテツは不覚にも涙ぐむ。アズサの意見はただしい。それなのに感情的になって暴言を吐いた自分が情けない。ちっぽけすぎる。
アズサは席をうつってコテツに寄り添い、背中をさすりながら言う。
「アズはお兄ちゃんの曲を歌うCDを、ウチの会社から出すのが夢なの。協力してくれるよね」
「俺だって、いつかお前に歌ってほしい」
「なら今日の面会はキャンセルだね。いますぐ電話して」
「それは……」
「キャンセルしないなら絶縁する。家族を大切にしないお兄ちゃんなんて、お兄ちゃんじゃない」
またアズサの瞳孔が黒々とひらいている。こうなると梃子でも動かない。
コテツは空の丼に視線を落とす。
人気声優ユニットのシングル曲のコンペに通ったのは、思いがけない幸運だった。もし二度めがあるとしても、何年後になることやら。
「アズ、わかってくれ。これはチャンスなんだ」
「ふーん、あっそ」
アズサは椅子を弾き飛ばして立ち上がり、コテツを見下ろす。自称超絶美少女は、悪鬼の形相を呈している。アイフォンと財布だけもって玄関へ向かい、振り返ってつづけて言う。
「アズはしばらく帰らないから、戸締まりとかちゃんとしといてね」
「たのむ、話を聞いてくれ」
「お兄ちゃんが考えを改めるまで、一切口きかない。電話にも出ない。さよなら」
扉が大音響を轟かせる。
コテツは頭を抱え、木張りの床にへたりこんだ。
五秒ごとに嘆息しながら、コテツは中野通りをあるく。総動員された建設業者が、龍鬼や重火器による破壊の痕跡を修復している。コンクリートの壁に覆われた、幸運にも無傷だった十二階建てのビルが目にはいる。業界第二位の大手レコード会社である、プリンスレコードの本社ビルだ。
紺の制服の腹が突き出た中年の警官が歩道で、自転車のそばに立つ長髪の女を叱責している。違法駐輪を咎めてるらしい。女は平謝りしながら財布をとりだす。相場は一万円。コテツは脇を素通りする。めづらしい光景ではない。アイドル戦争勃発後、公務員の横暴はつよまるばかりだ。
自動ドアを抜けたコテツを、紫のスカーフを首に巻いた受付嬢が笑顔で迎える。
コテツが言う。「作詞家の尼子コテツです。制作部の榊原さんと、一時から打ち合わせの約束をしてるんですが」
「はい、お待ちしておりました。ただいま榊原をお呼びいたしますね」
十六歳の自分が作詞家と堂々名乗ったことが、めったに目にしないほどの美人に自然に受け止められ、虚栄心がくすぐられる。
コテツは両手で頬をたたく。
気合を入れろ。別に妹が人生のすべてじゃない。仕事を手にいれなければ、なにもはじまらない。実績をのこせば、さまざまな可能性がひろがる。この世は競争だ。競争を勝ち抜いて、時代を変えるんだ。
俺ならできる。
受付嬢がソファへ手を差し伸ばして言う。
「よろしければ、あちらへお掛けになってお待ちください」
「大丈夫です」
「失礼ですが、尼子さんはおいくつですか?」
「十六です。高二の」
「高校生なんですか! 落ち着いて見えるから、てっきり二十歳くらいかと」
「はあ」
「いろんなお客様がお見えになるけど、高校生の作家さんは初めてです。私、尊敬します」
「いえ、ド新人なんで。ところで来るの遅いですね」
「申し訳ございません。もう一度呼んでみます」
内線通話する受付嬢の表情が曇る。警戒する様にコテツをながめ、手で口許を隠して小声で会話する。
受話器を置いて、受付嬢が言う。
「大変申し訳ございません! 榊原は急用で外出しておりまして、打ち合わせを後日に延期させてもらえないかと言うことなんですが」
「困ります。山梨からそう何度も来れません」
「くわしくはこちらから御連絡いたしますので、今日のところは……」
「簡単な打ち合わせって聞いてるし、部署のほかの方でもいいですよ」
「あいにく手の空いてる者がおりませんので……」
「平日の昼間に? それはおかしいでしょ」
受付嬢が眉をひそめる。「空気を読め、このガキ」と顔に書いてある。
コテツは事情を悟る。
圧力をかけやがった。あのクソ親父が。
歌詞を見せたら全否定して突っ返すくせに、よそで仕事しようとすると政治力を駆使して妨碍。支配欲の塊みたいな男だ。
コテツは握り拳を固める。受付嬢に罪はないが、怒りがおさまらない。
背後から右肩をつかまれる。振り返ると、太鼓腹の警官が冷笑をうかべている。呼ばれてもないのに、一般企業のエントランスに入りこんだ理由はわからない。
警官はカウンターに近寄り、受付嬢にたずねる。
「なにかトラブルですか」
「いえ」受付嬢が答える。「こちらのお客様がちょっと……」
「キミ、お姉さんが困ってるじゃないか。用がないなら家に帰りなさい」
コテツがつぶやく。「ほっとけ」
「警官にその様な口をきくものではない」
「ほっとけつってんだよ。クソッタレが」
「見ためはおとなしそうだが、とんだ不良少年だ。なにか要望があるなら言いなさい」
「俺は門前払いに抗議してるだけだ」
「大人には大人の事情がある。キミみたいな子供が騒いでたら仕事の邪魔だ」
「ポリの出る幕じゃない。うせろ」
警官はコテツに一歩詰め寄る。手が届くか届かないかの距離だ。
「その言葉遣い、いい加減にするんだ」
「なんの法律にもとづいてお前は口を出してる?」
「警察には街の秩序を守る義務が……」
「法律名を言え」
「あ、あきらかな侮辱罪だ!」
「寝言ぬかしてんじゃねえよ、汚職警官が」
腰のホルスターから、警官がラバーグリップのM37を抜く。手の甲一面に毛が生えている。受付嬢がキャッと短く叫ぶ。警官は後ずさりながら、照準をコテツの胸に合わせる。
警官が射撃姿勢をとるとコテツは予想しなかった。いちいち挑発にキレてたら、この稼業はつとまらない。おそらく太鼓腹の警官はイレギュラーな状況にある。昔飼っていた犬をよその家へ連れてったら、妙に昂奮して部屋で小便したのを思い出す。
つまり、こいつはクソ親父に買収されてる。
コテツがどの会社から作品をリリースしようが、するまいが、父の仕事への影響などない。息子に対し行使可能な権力を、意味もなく弄んでるだけだ。警官のむくんだ顔に、サングラスをかけたヨシトミの陰険な表情がダブって見える。
手ぶらで山梨には帰れない。でも無力な自分にはなにもできない。
ただナメられっぱなしは、我慢できない。
唾を飛ばしながらコテツは叫ぶ。
「撃てよ!」
「そこへ這いつくばれ!」
「どうしたポリ公、そいつはオモチャか!?」
警官はM37を黒塗りの天井へむけ、トリガーをひく。
バーン!
コテツの背後からガタンと物音が響く。受付嬢が気絶したのだろう。撃った警官が一番動揺し、膝を震わせてよろめく。コテツは発砲されたことより、トリガーに指をかけっぱなしの銃が暴発しないかが気になる。
自分でも不思議なほどコテツは冷めている。物静かで温厚な性格で、殴り合いのケンカなど一度も経験ないが、昨日の雷帝との戦いといい今日といい、実力行使の場面で慌てないタチらしい。
自動ドアが開いた。
黒のレザージャケットに両手を突っこんだ痩身の女が、ビルの中へ入ってくる。ヒールの高いブーツを履いており、百七十四センチのコテツと背丈がかわらない。髪は金色のショートカット。
女が言う。「盛大なパーティだね」
初対面だが、コテツは女の顔を知っていた。声優の里見マヤだ。年齢はたしか十七歳。コテツが歌詞を提供する予定だったユニット「メダイヨン」の一員でもある。
マヤの後ろから怯えた様子で、外で違法駐輪を咎められていた長髪の女がつきしたがう。二人組が並んだおかげでコテツは思い出す。長髪の女はユニットの片割れである島フブキだ。
火薬臭が鼻をつくエントランスを見回したあと、マヤが言う。
「あたしらも一緒に遊びたいけど、アポがあんのよ。そこ、どいてくれる?」
「ちょうどよかった」コテツが答える。「そのアポの相手が俺ですよ」
メダイヨンのふたりとコテツは、駅前へむかって中野通りを歩く。マヤは滑空する様な早足で、男のコテツでさえついてくのに苦労する。
マヤの後ろから、コテツが声をかける。
「ふたりが理解のある人でよかった」
「フブキが話を聞いてやれって言うから」
「たとえ五分だけでも嬉しいですよ」
「変な期待はやめて。あんたの味方はしない。九鬼さんみたいな大物に睨まれたくないし」
三人は弾痕が生々しい高架下を抜け、南口のビルの二階にあるガストへ入る。マヤは店員の案内を待たずに奥のテーブルをえらび、壁を背にして座る。客の数人がマヤに注目する。まだ新人声優で一般的な知名度はひくいが、金髪や服装が目立つのだろう。
コテツが言う。「マヤさんはせっかちですね」
「別に。サウッサイは物騒だから、用心できる席にしてるだけ」
「サウッサイ?」
「南側って意味」
「じゃあ南側って言えばいいじゃないですか」
「うっさいなあ。あと勝手に下の名前で呼ばないで」
「マズかったですか」
「別にいいけど、断るべきでしょ」
「すみません」
「飲み物とってくる。コーヒーでいい?」
「はい」
テーブルにのこされたコテツとフブキが向かいあう。二十歳のフブキは色白で目が大きく、端正な顔立ち。白のブラウスに、銀のネックレスをかけている。ぱっと見は地味だが、間近でながめるとマヤ以上の美形だ。
「ごめんなさい」フブキが言う。「マヤちゃんはちょっと個性的なの。でもとっても良い子よ」
「なんとなくわかります」
「会話にしょっちゅう横文字が出るけど、からかわないであげてね。すぐ怒るから」
「了解です」
コテツとフブキが笑うところに、トレーにマグカップを三つ乗せたマヤが戻って言う。
「あたしをディスってたんだろ」
コテツが答える。「フブキさんが褒めてましたよ。良い子だって」
「どうでもいい。で、話ってなに」
「さっき言ったとおりです。おふたりのシングル曲に歌詞を提供したいんです。てゆうか、提供するはずだった」
コテツはクリアファイルに入れていた紙をふたりに見せる。
興味なさげに目をとおしてマヤが言う。
「仮歌は聞いてるし、いい歌詞だとおもう。でもこの詞じゃなきゃダメってほどじゃない」
「僕にとってはチャンスなんです」
「そりゃそうでしょ。ところであんた、ウチらの曲知ってんの?」
「知ってますよ。『タイニー・パピー・タイニー』って曲がありますよね」
「えーと」
「キャラソンCDに入ってるやつ」
「ははっ、覚えてるわけない。ほんの片手間にやった、くっだらない仕事」
「あれ僕が詞を書いたんですけど」
「えっ」
マヤは赤面し、ふてくされてそっぽを向く。
フブキがコテツの方に身を乗り出し、手入れのゆきとどいた手をコテツの手に重ねて言う。
「本当にごめんなさいね。マヤちゃんに悪気は全然ないの」
「わかってますよ」
「良い子なのに、口が悪いから誤解されるのよねえ」
「わがままな妹がいるから慣れてます」
「九鬼アズサちゃん。とっても可愛い子」
「御存じでしたか」
「知り合いとゆうか、ライバルね。オーディションの。私は予備審査で落ちちゃったけど」
攻撃材料をみつけ、息を吹き返したマヤが向き直って言う。
「九鬼アズサは親の七光りだろ」
「もう、マヤちゃん! コテツくんは実のお兄ちゃんなんだよ!」
「八百長だってみんな言ってるよ。オーディションの主催者の娘が勝つに決まってんじゃん」
「アズサちゃんはすごいって、こないだ言ってたくせに」
「まあね。よくレッスンが一緒になるからね。たしかにあれはジーニアスだわ。七光りだけど」
マヤは音楽ユニットの一員としてプリンスレコードと契約しているが、クキ・エンターテインメント所属の声優でもある。アズサと接する機会は多い。
「しょせん」マヤが続ける。「出来レースなんだから、さっさと負けてよかったよ」
「でも東京予選の十人には残りたかったな」
「なんでアイドルなんかになりたいかねえ。声優の方がクールじゃん。いまんとこキャリアも順調だし」
「順調じゃないよ。来年は消えてるかも」
「オーバーだな」
「マヤちゃんはまだ若いから」
「三つしか違わないだろ!」
「二十歳になればわかるよ。若くて可愛くて、お芝居も歌も上手な子が、下からどんどん出てくるの。あっと言う間に追い越されるの」
「そんなもんかね。まあいいや。昼間っからこんなとこで人生語るのもあれだし」
仕事の話に夢中になっていた若手声優ふたりは、影の薄い同席者の存在を思い出す。
居住まいを正してフブキが言う。
「コテツくん。東京予選の出場者枠に空きが一つできたの知ってる?」
「いえ」
「きのうの事件のせいで棄権したんだと思う。笑っちゃうけど、巨大生物が出たってネットで噂だよね」
「そうですね」
「あのね、交換条件じゃないけど、お父さんに聞いてもらえないかな。私がエントリーできないか」
「僕は父とは……」
「なんでもしてあげる。新曲のコンペもそうだし、私にできることはなんでも。なんでも言って」
フブキはコテツと粘っこく視線をからめる。声が上擦り、唇は濡れている。左手を半袖のブラウスの胸のふくらみにあてる。コテツは唾液を飲みこむ。権限をもつ者の家族とゆうだけで、目の覚める様な美女がこれほど媚態をしめすとは。
冴えない男子高校生への、思わせぶりな相棒の態度にいらだち、マヤが急に立ち上がって言う。
「フブキ、打ち合わせの時間」
「マヤちゃん」
「いいから支度して」
コテツは鼻を鳴らす。コンペに通らなかったのは残念だが、アーティスト本人に直訴するなど、やれるだけのことはやった。今回はあきらめよう。書類をはさんだクリアファイルを、モスグリーン色のコールマンのリュックサックへいれる。
グレーのカラーコンタクトをつけた目で、マヤがリュックの中身を抜け目なく観察して言う。
「ちょっと待って」
「え?」
「それ出して見せて。その黒い機械」
ベクターガンに搭載する液晶ディスプレイつきのコンピュータが、リュックサックに入っている。ベクターガンをつねに持ち歩くようアズサに言われたが、さすがにアサルトライフルは穏やかでないので、コテツは上部のコンピュータだけ分解した。
腕組みしたマヤがせっつく。
「はやく出して」
「悪いけど見せられない」
「ベクターガンのシーケンサーでしょ」
「なぜ知ってる」
「聞きたいのはこっち……まさか、あんたが龍鬼を?」
コテツは肯定も否定もしない。
マヤは立ったままボールペンでLINEのIDをナプキンに走り書きし、コテツに手渡す。いつも無表情なコテツが目を細める。里見マヤから連絡先を教わったと山梨の同級生に言っても、信じてもらえないだろう。今期だけで主演三本の人気声優なのだ。
「ねえ」マヤが言う。「キモいんだけど。なにニヤニヤしてんのよ。そんなに嬉しかった?」
「フブキさんの方がよかったな。清楚な美人だし」
「おい、その紙返せ!」
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アサダニッキ『王子が私をあきらめない!』
王子が私をあきらめない!
作者:アサダニッキ
掲載誌:『ARIA』(講談社)2015年-
単行本:KCDX
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少女漫画誌『ARIA』で連載中の、ちょっと極端な「王子様もの」である。
生徒会長の「一文字初雪」は、生まれながらの王子。
IQ500とか、いとこが石油王とか、学校に胸像が飾られてるとか。
庶民なのに、なにかのまちがいで超名門校へ入学した「吉田小梅」は、
あまりに住む世界がちがいすぎ、初雪を見ても「怖い」としか思えない。
だが王子にも人知れぬ悩みがあった。
女子トイレにはいった小梅は、便所飯している初雪をみつける。
取り巻きと一緒だと疲れるらしい。
初雪の目に小梅は新鮮に映るらしく、積極的にアプローチしてくるが、
小梅にとっては理解しがたい相手だし、取り巻きに嫉妬されるのも面倒だし、
面とむかって「迷惑です」と正直な気持ちをつたえる。
嫌いではないけれど。
初雪は生まれてから一度も、他者から拒絶される経験がなかった。
知れば知るほど小梅が特別な存在となり、本気になってゆく。
……といった具合に、ヘンテコな舞台での恋模様が真摯にえがかれる。
もちろん、作風はドタバタコメディ。
初雪についた悪い虫を駆除する吹き矢も大活躍。
庶民の遊びがしたいと言うので、プリクラに初挑戦。
なにをやらせても王子クオリティになってしまうが。
小梅の葛藤がはっきりしない(=嫌いじゃないならとりあえず付き合えばいいのに)とか、
いまいち三角関係が盛り上がらないとか、プロットはやや弱いが、
「王子様との恋」に萌えたい人にはオススメできるラブコメの佳作だ。
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晴瀬ひろき『魔法少女のカレイなる余生』
魔法少女のカレイなる余生
作者:晴瀬ひろき
掲載誌:『まんがタイムきららMAX』(芳文社)2015年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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魔法少女モノの4コマ漫画である。
上掲画像のとおり、「かわいさ」とゆう当ジャンルの必須条件を満たしている。
晴瀬ひろきは10年以上のキャリアをもつ作家で、
単行本の表紙をならべて見比べると、絵柄の変化がわかりやすい。
いまは縦長で、キャラによっては瞳孔を白くするなど、
瞳の表現にクセがあるがバランスはよく、独特の洗練を感じさせる。
14歳の「黎明しじま」が主人公。
魔法少女見習いとして養成学校の寮に入居するが、
そこには引退した「元」魔法少女3人が住んでいた。
魔法少女は、引退した時点で体の成長がとまる。
上でキレている「桜花リラ」の外見は幼女だが、実年齢は100歳以上。
ロリババア好きの心を鷲掴みにするキャラだ。
高3で魔法少女になった「銀河ささり」の外見は大人っぽいが、
実年齢は30歳前後で、寮のなかでは若い方。
でもときどき言動から、しじまとの世代差がバレてしまう。
生活費を稼ぐため、コンビニでバイトしたり。
魔法少女幻想をぶち壊す様な、モラトリアム生活がえがかれる。
髪型や服装はひらひらふわふわと装飾がおおく、
4コマにしては情報過多と言えるが、たとえばツンデレお嬢様である、
「白鳥ななほし」の内面を付き人にフリップで代辯させるなど、
手法面でも工夫が凝らされていて、読みごたえあり。
入浴シーン。
つるぺたロリから、ボンキュッボンの三十路JKまで、
艶のある曲線で描き分ける手腕にうならされる。
本作の「痒いところに手が届いてる」感じが、以上の拙文でつたわったろうか。
ゆるゆるだけど、隙がない。
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山本亮平『ラブラッシュ!』
ラブラッシュ!
作者:山本亮平
掲載誌:『週刊少年ジャンプ』(集英社)2016年-
単行本:ジャンプコミックス
[ためし読みはこちら]
高校3年の「白馬レイジ」は、天界からきたキューピッドに上空で落とされ、
空手道場の天井を突き破ってしまう。
道場では幼なじみの「一宮シズク」が着替え中だったが、動揺をみせない。
まぶしいスポーツブラ、念入りな黒髪の表現。
ラブコメのヒロインの登場シーンとして割りとうまくいっている。
レイジは特殊な遺伝子のせいで、自然に女性を惹きつける能力をもつ。
しかも、その対象は人間にかぎらない。
夜の公園でレイジがシズクに告白したとき、
彼に求愛しようとするモンスター47体がふたりを包囲していた。
視覚的インパクトのつよさは、ジャンプ作家ならでは。
夕方の河川敷(空がキレイだ)で物思いにふけってたら、
ゴスロリ風の服を着た、ふくよかな胸の女の子がふってくる。
彼女はサキュバス族の「エリス」。
男を誑かす淫魔なのに純情すぎて、レイジを誘惑する最中に泣き出す。
1巻でも屈指のエピソードだ。
とはいえ、クールで凛々しいヒロインのたたずまいが本作の強み。
家族同然にそだったので、レイジの遺伝子の影響をうけないらしい。
6話での初々しいデートはニヤニヤ必至。
まだふたりは正式に交際してないけれど、レイジからの告白を真剣にうけとめ、
恋愛にうといシズクが自分なりにエスコートするのがいじらしい。
残念ながら本作は、全13話で連載終了している。
ジャンプ特有の容赦ない打ち切りってやつだ。
後半は未読なのでわからないが、おそらく「ハーレム遺伝子」と「亜人種」とゆう、
ふたつの現実離れしたギミックの整合性がとれなかったんだろう。
しかし可愛さとゆう点で評価するなら、本作は年間ベスト級の魅力で誘惑する。
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『アイドル戦争』 第1章「謎めいた妹」
サブカルの街は文明以前にもどっていた。
中野駅北口の広場で、百人をこえる群衆が喚声をあげ、はげしく揉み合う。女が男を、子供が大人を踏みにじる。バス乗降所へつながる階段から、ベビーカーが転がり落ちる。
アディダスの灰色のパーカーを着た十六歳の尼子コテツは、改札機の内側で呆然とする。
アイドルのオーディションを受ける妹から応援を頼まれ、はるばる山梨からやって来たが、半年ぶりの東京は予想以上に騒々しい。
待ち合わせをしてるので仕方なく改札機を抜けると、機械で増幅された音声が頭上から響く。
「お兄ちゃん、どこっ!?」
見上げると広場にかかる屋根の上で、二歳下の妹である九鬼アズサが、メガホン片手に仁王立ちしている。棒切れみたく足が細い。短いスカートの中に、フリルつきの黒いパンツが目に映る。人に見せてかまわない、いわゆる見せパンであってくれとコテツは祈る。
アズサは真下を指差し、メガホンで叫ぶ。
「いたっ!」
「うるさいよ。メガホン使うな」
四メートルの高さを飛び降りたアズサが、コテツに抱きつく。ボーダーTシャツの胸のふくらみが押しつけられる。昔から身軽で、やたら人懐っこい。
「ひさしぶり!」アズサが言う。「何年ぶりだろ」
「大袈裟だな、一年も経ってない」
「わざわざ山梨から来てくれるなんてねえ。妹思いの優しいお兄ちゃんだよ」
「来なかったら一生恨むとお前が言うから」
「うんうん。アズって愛されてるなあ」
三年前に両親が離婚して以来、兄妹は名字も住まいも別になっていた。連絡は取り合ってるが、さびしい思いはある。
アズサが尋ねる。「お母さんは元気?」
「世間話してる状況じゃないだろう。なにが起きてるんだ」
「緊急時はツイッターが便利だよ。『中野』『帝国軍』で検索してみて」
「帝国軍?」
「ほら来た」
アズサの右の人差し指がしめす方向に、デジタルフローラ迷彩の戦闘服を着た兵士数十名があらわれる。黒く無骨なアサルトライフルのAK74Mをかまえ、中野通りから駅前広場にちかづく。5・45ミリ弾を連射し、老若男女をなぎ倒す。
コテツは反射的にアズサの手を引き、柱の陰に隠れる。コテツにしがみついたアズサは、目を潤ませながら首筋にキスの雨をふらせる。
「夢だったの!」アズサが叫ぶ。「男の人に身を挺して守ってもらうのが。物語のヒロインみたい!」
「いったいお前はなにを言ってるんだ」
「お兄ちゃん大好き! 世界一愛してる!」
「はなれろ、暑苦しい」
「あいかわらずツンデレだなあ。でもわかってるよ。お兄ちゃんもアズを世界一愛してるって」
「銃が怖くないのか」
「なんで?」
「人が大勢死んでるだろ!」
「怖くないよ。この世にアズを嫌いな人がいるわけないもん。だからアズは撃たれたりしない」
アズサは間近からコテツを見つめる。キラキラまぶしい瞳を直視すると、実の妹なのに胸が騒ぐ。アズサの性格はキテレツだが、変人だからこそアイドルを目指せるのかもしれない。
AKのグレネードランチャーから放たれた弾薬が、三井住友信託銀行の外壁で炸裂する。窓ガラスの破片が広場にふりそそぐ。コテツはアズサに覆いかぶさる。昂奮したアズサが唇にキスをしてくる。
アズサを突き放し、コテツが言う。
「いい加減にしろ。避難するぞ!」
「避難って、どこに」
「公園とか……」
「中野一帯は帝国軍に制圧されたよ。素直に救援を待とうよ」
「敵はどこから来たんだ。九州が占領されたのは聞いてるが」
「さあ。オーディションを阻止しようと必死みたいね」
「わざわざそのために、やつらは戦争を?」
「しょうがないじゃん。これは『アイドル戦争』なんだから」
隣国同士である日本国と大アジア帝国は、昨年から戦争状態となっている。きっかけは、日本の国民的スターである「ジ・アイドル」が搭乗する旅客機が、日本海上空で爆発し墜落したこと。日本政府はそれを大アジア帝国によるテロ行為とみなし、報復として敵国の首都である大都を空爆した。つづいて対馬海峡で武力衝突がおこる。戦況は日本がやや劣勢だが、今年に入ってから膠着状態がつづいており、すでに国民の多くは戦争に関心を失っていた。
一方、アズサがエントリーした第二代ジ・アイドルを決めるオーディションは、日本中の注目をあつめている。帝国が芸能人ひとりに病的に執着してるとは、だれも想像しなかった。
高架鉄道の向こうから、ヘリコプターのプロペラ音がとどく。
陸上自衛隊の攻撃ヘリAH-64D二機が飛来し、三十ミリチェーンガンを掃射。帝国兵の四肢がちぎれ飛び、切符売り場が真っ赤に染まる。
「やるなあ」アズサがつぶやく。「ロングボウを投入してきたか」
「感心してる場合かよ」
「いかに航空支援が大事かわかるね」
「この隙に逃げるぞ」
「うーん、まだ早いかも」
背が低く肥った男が、歩道橋に身を隠しつつ、肩にかついだ細長い筒の狙いをつけるのを、コテツは発見する。髭をはやした顔に見覚えがある。
「あいつ」コテツがつぶやく。「どこかで見たことあるな」
「お兄ちゃんって視力だけはいいよね」
「だけとはなんだ」
「あれは多分、雷帝さんだよ。大アジア帝国五代皇帝の」
「まさか」
「皇帝みづから軍を組織し、訓練を施し、最前線に立って指揮するのが、帝国の強さの秘訣だってさ」
イグラから対空ミサイルが発射される。
バシューッ、ズドーン!
ミサイルがロングボウのテイルブームに命中。ロングボウはスピンしながら高架鉄道へ墜落する。爆炎が上がり、兄妹の顔をあかるく照らす。ミサイルを恐れ、残る一機が飛び去る。
雷帝は約二十名の残兵を呼びあつめ、アーケードのサンモールへ移動する。駅前広場には折り重なる無言の屍体と、うめき声をあげる負傷者がのこった。
アズサは立ち上がり、水色のフレアスカートの埃をはらう。帝国軍を追跡するかの様に、迷いなくサンモールへ歩きだす。
コテツは強引にアズサの手をひっぱって言う。
「どこへ行くつもりだ」
「事務所だよ。お父さんが心配だし」
アズサはデビュー前だが「クキ・エンターテインメント」とゆう事務所に所属している。兄妹の実父である九鬼ヨシトミがCEOをつとめる企業だ。
「ここからなら四季の森公園がちかい」
「行ってらっしゃい。アズも後で行くね」
「ふざけるな! この有り様を見ろ!」
コテツは敵味方いりまじった死傷者の群れを指差す。非日常的な暴力を目の当たりにして、十四歳の娘が平然としているのは不可解だ。
「見てるけど」
「なぜお前はそんなに冷静なんだ」
「アズがアイドルを目指してるのは知ってるよね」
「ああ」
「つねに笑顔でいるのがアイドルの使命なの。そうやってみんなを幸せにするの。悲しいことが目に入ったら、見て見ぬふりをするの」
「アズ……」
「お兄ちゃんはアズを応援してくれればいい。アズはもうじき世界を手に入れる。アズはお兄ちゃんのものだから、世界はお兄ちゃんのものになるよ」
アズサはコテツの手を振りほどき、大股でアーケードに入ってゆく。コテツは髪を掻きむしりつつ、妹を追いかけるしかなかった。
サンモールは歩道も店舗も人影がない。コテツとアズサは、携帯ショップやドラッグストアの前を足早に横切る。
細身のイタリア風スーツを着た男が、前方から声をかける。
「アズサ、無事だったか」
「ノブくん!」
アズサは勢いよく駆け出し、スーツの男に飛びつく。コテツは口をへの字にする。妹の過剰な愛情表現がほかの人間、特に男に示されるとおもしろくない。頼れる味方ではありそうだが。
男は左眉から左目の下にかけて、古い傷跡がある。アズサが送ってくる写真によく出てくる、マネージャーの佐竹ノブユキだ。ギターケースの様なナイロン製のバッグを背負っている。
佐竹はコテツを一瞥しただけで、挨拶しない。アズサの兄であることは、写真で知ってるのだろう。
「オーディションは中止だ」佐竹が言う。「車を用意したからついてこい」
コテツは安堵のため息をもらす。ほしかったのは「足」だった。
アズサの瞳孔がひらき、ただでさえ黒目がちの瞳がいっそう濃くなる。怒っている。
「ベクターガンを貸して」
「ダメだ。社長は持って行けと言ったが、これはまだ実用段階じゃない」
「アズが雷帝さんをやっつけて、オーディションを再開させる」
「ムチャ言うな」
アズサは佐竹の背後に回り、バッグのファスナーに手をかける。佐竹はアズサの右手をつかんで止めようとするが、ひらりと躱されてバランスを崩し、大理石で舗装された歩道に転ぶ。
奪ったバッグから、アズサはずんぐりしたブルパップ式の黒いアサルトライフルをとりだす。FNハースタル社のF2000だが、上部のスコープのかわりに、液晶ディスプレイつきのコンピュータを搭載している。
アズサが電源をいれた途端、けたましいビープ音が鳴り響く。おどろいて銃を落としかける。F2000はこまかく振動しはじめ、アズサは不安げな眼差しをコテツと佐竹に投げる。
佐竹が奪い返した直後、F2000が爆発する。
ドーン!
衝撃波で三人が吹き飛ぶ。回転寿司屋の窓ガラスが割れ、寿司の皿が歩道に散らばる。ライフル弾の暴発にしては威力が大きすぎる。
ガラスの破片に気をつけながら起き上がったコテツは、目を疑う。横たわる佐竹の、左手首から先がない。腹部から腸がはみ出ている。
青ざめたアズサは口を両手で覆い、うわずった声で言う。
「いや……こんなのいや」
コテツが叫ぶ。「アズ、見るな!」
「アズのせいでノブくんが死んじゃう」
「ここは俺がどうにかする。お前は逃げろ」
「お兄ちゃん」
「いいから任せておけ」
「お兄ちゃん、アズはどうしても戦わなきゃいけないの。理由は言えないけど」
「アイドル活動に関係あるのか」
「聞かないで。これはアズの戦いだから」
「おい、なめてんのか!?」
頭に血が上ったコテツは、乱暴にアズサの首根っこをつかもうとする。アズサは後ろ向きに跳躍し、横道に積まれていた放置自転車の山に乗る。
「お兄ちゃん、ノブくんの応急処置をおねがい」
「バカげてる。こんなのバカげてる」
「最愛の妹を信じてくれるよね」
「いったい何がどうなってるんだ」
「アズも世界一愛してるよ!」
投げキッスのあと、自転車の山脈のむこうにアズサは消えた。
コテツが爆発の現場にもどると、重傷だった佐竹の姿がない。大理石の歩道に、体を引き摺ってできたらしい血痕がのこるが、途中でかすれて見えなくなっている。瀕死のダメージを負いながら這って移動し、何者かに助けをもとめたのか。
コテツは寿司皿を蹴飛ばす。どいつもこいつも、まともじゃない。
とにかくアズサの安全確保を優先すべきだ。サンモールを北へ走り抜け、ブロードウェイの手前で左に曲がり、中野通りへ出る。
多種多様なヘリコプターが上空を飛び交う。装輪装甲車や機動戦闘車が駆けつける。89式小銃を手にした普通科部隊が、オーディション会場である中野サンプラザを囲む様に展開し、帝国軍と交戦している。M2重機関銃や120ミリ迫撃砲がそれを支援する。自衛隊の火力は圧倒的だ。
中野通りに面するサンプラザホール楽屋入口から、アズサが出てくるのをコテツは見つける。白い素肌の上に黄色のブラジャーとパンツしか身につけてない。サングラスをかけた五十歳くらいの男がつづいてあらわれる。太めの体に、ピンストライプの紺のスーツを着ている。兄妹の父親である九鬼ヨシトミだ。いまはアズサと同居しており、コテツと顔を合わせるのは一年ぶり。
残暑きびしい九月とはいえ、半裸で外出するのは寒々しい。コテツはアズサに駆け寄り、自分の灰色のパーカーを羽織らせる。
とがめる様な口調でヨシトミが言う。
「ふん。十五歳にもなってアディダスばかり着てるのか」
コテツが答える。「十六歳だけど」
「俺は十六のとき、放送作家として金を稼いでいた。お前も作詞家になりたいなら、大人に侮られない服装をしろ」
「いまはネットでやりとりするから関係ない」
「そんなのは体操服だ。乞食の格好だ」
「お父さんのヒューゴ・ボスはステキだね。真珠で身を飾る豚みたいだ」
ヨシトミはサングラスのブリッジを押し下げ、小さな目でコテツを睨む。つぶらな瞳のアズサと親子に見えない。アズサの容貌は、かつてヨシトミが手がけるアイドルだった母親譲りと言われる。
満面の笑顔のアズサが口をはさむ。
「きょうもお二人さん、仲がいいねえ!」
コテツの胸が痛む。自分が父と喧嘩するたび、家族の絆を大切にするアズサを傷つける。今回は売り言葉に買い言葉にするまいと思ってたのに。
射撃や砲撃の音が激化する。
二百メートル先のT字路に、雷帝の姿が見える。コテツは生まれつき視力が並外れており、比較すると普通の人間の十倍や二十倍どころではない。怪しまれないよう、視力検査でわざと間違えてるほど。
腕まくりした雷帝が、注射器の針をさす。薬物が血管を駆けめぐるにつれ、苦痛のあまり咆哮する。髪が逆立ち、体が縦横に膨れ上がって戦闘服が破れる。肌にウロコ状の模様がうかび、次第に岩の様にゴツゴツした外殻となる。
双眼鏡をのぞくヨシトミが、せせら笑いながらつぶやく。
「はじまったな」
アズサが答える。「あれが龍鬼?」
「そうだ。ベクターガンでしか斃せない」
巨大化し「龍鬼」とよばれた雷帝の全高は、カリヨン時計台を優に上回る。二十メートル近いだろう。M2重機関銃の連射を浴びるが、蚊に刺されたほどの注意も払わない。
攻撃ヘリのコブラ二機が、つぎつぎと対戦車ミサイルを発射する。さすがに効いたのか、絶叫しながら龍鬼は後ずさる。片手で三脚架ごとM2をつかんで投げつける。ジョン・ブローニングが想定しなかった使用法でコブラを撃墜した。
「お父さん」アズサが言う。「自衛隊さんに伝えて。龍鬼に手を出さないでって」
「一度痛い目にあわねば、やつらはわからんよ。軍隊とはそうゆうものだ」
「冷たいね」
「まあ、ぶちのめされても状況を理解できないかもしれないが」
即応機動連隊の切り札である16式機動戦闘車の四両が前進し、砲塔を旋回させて照準をあわせる。
105ミリライフル砲が吼える。
龍鬼はすばやく飛び上がって榴弾を躱し、その勢いで16式を踏み潰す。拳で装甲を砕く。二十六トンの車体をかついで放り投げる。
パニックにおちいった普通科部隊は、四方八方へ潰走した。
アズサはパーカーを脱いでコテツに返し、ふたたび下着姿となる。「ベクターガン」とよばれるF2000をヨシトミからうけとる。サンモールで爆発したのとは別の個体だ。深呼吸し、唇をぎゅっとむすぶ。
電源ボタンを押すと、またビープ音がする。
「こわいよ、お父さん」
「落ち着け。訓練をおもいだせ」
「まだ死にたくない。痛いのもいや」
「もしものことがあれば俺も一緒に死ぬ」
コテツはベクターガンの上部に手をのばし、電源を切る。ビープ音がやむ。
「説明してくれ」コテツが言う。「いまの状況を黙って見過ごせるわけがない」
ヨシトミが答える。「まだいたのか。部外者は失せろ」
「俺はアズサの兄だ!」
「お前の母親が書類を預けたはずだ。それを渡したら帰れ」
未払いだった養育費の請求書を、コテツはリュックサックから出して手渡す。ヨシトミはざっと目を通すと、上着の内ポケットにしのばせた分厚い封筒を取り出し、コテツの足許へ投げる。息子に背をむけ、娘のまっすぐな黒髪を撫でる。
コテツは震え声でつぶやく。
「クソ親父、ざけんじゃねえ」
「用は済んだ。封筒に一枚多く入れてある。往復の駄賃だ」
「ここまでコケにされる覚えはねえよ」
コテツはアズサからベクターガンを奪う。電源ボタンを押したが音は鳴らない。右手をトリガーガードに、左手をハンドガードに添えると、液晶ディスプレイに「KOTETSU」と表示される。
「だめッ!」アズサが叫ぶ。「あれ、おかしいな……シーケンサーが正常作動してる」
コテツはコッキングレバーを引いて給弾し、アズサに尋ねる。
「これであのバケモノを斃せるんだな」
「やってくれるの?」
「妹に殺し合いをさせてたまるか」
「やさしい! 好き! 大好き!」
コテツは冷たい視線をヨシトミへ投げる。父が苦虫を噛み潰すのが、サングラス越しでもわかる。
右膝をつき、立てた左膝に肘をのせ、百メートル先の雷帝へ銃口を向ける。帝国兵は雷帝を囲んで雄叫びをあげ、勝利を祝うダンスを踊っている。
拡大された映像がディスプレイに表示され、緑の四角いフレームが雷帝に重なる。射撃を補助する機能らしいが、コテツは無視する。百メートルでも肉眼だけで命中させる自信があった。飛び抜けた視力のせいかスリーポイントシュートが得意で、痩せっぽちで虚弱体質なのに、バスケ部のレギュラーをつとめている。距離感が人と異なるのかもしれない。
トリガーをひく。
バーン!
銃声がサンプラザの壁で反響する。銃口付近から排莢され、鈍器で殴られた様な反動が右肩を襲う。
雷帝のウロコに覆われた顔が、コテツの方を向く。牙を剥き出しにする。
上半身を掻きむしりながら、雷帝が苦悶の叫びをあげる。体中から緑色の液体が噴出する。
「この銃で」コテツがつぶやく。「なんらかの毒物を注入したのか」
アズサが尋ねる。「お兄ちゃん、大丈夫? 顔色が……」
不快感がこみ上げ、コテツは嘔吐する。吐瀉物は濃い緑色だった。甲府駅前で食べたハンバーガーはこんな色じゃない。
風景が暗転する。目をこすって視野を恢復すると、右手に緑のネバネバした液体がまとわりついている。鼻からも同様のものが垂れる。
アズサがコテツの腕にしがみついて叫ぶ。
「いますぐパワーオフして! 死んじゃう!」
薄気味悪い体液にまみれた雷帝が、時計台を引っこ抜いて担ぐ。苦痛のあまり絶叫し、味方を踏み殺しながら、兄妹に歩み寄る。
巨人が歩むときの音響は、榴弾の炸裂に匹敵する。一歩ごとに振動が大きくなる。
雷帝は兄妹を見下ろし、時計台を振り上げる。鐘がコテツの脇に落ち、弔鐘を鳴らす。
クソみたいな死に方だと、コテツは自嘲する。父から侮辱され、妹にいいところを見せたくて、みづから率先して糞壺にはまった。
でも、まだ仕事はおわってない。
コテツは右の人差指で、トリガーの下のセレクターをうごかす。幼い頃からアズサがミリオタだったため、家に東京マルイの電動ガンが十数挺あった。F2000は、おなじくFN社製であるP90と機構が似ている。
射撃モードをフルオートに切り替え、コテツは残弾二十九発すべてを叩きこむ。
コテツが目覚めると、そこは狭い空間だった。医療機器が周囲を埋めつくす。ガタガタ揺れている。つまり救急車の中だ。
泣き腫らしたアズサが、ストレッチャーに横たわるコテツにのしかかって叫ぶ。
「お兄ちゃんッ!」
コテツは口から人工呼吸器を外して答える。
「雷帝は……」
「どうでもいいよ! お兄ちゃんは心肺停止状態だったんだよ!」
アズサは涙と鼻水の混合物を、コテツの顔と首筋になすりつける。不快だが、幸福でもある。
点滴のチューブが左腕につながれている。相当やばかったらしい。
「お父さんは」アズサが言う。「自衛隊さんとどこかに行っちゃった。でもすごい心配してた」
「ふうん」
事実かどうかわからない。アズサは兄と父の関係を改善させようといつも骨折るから。
コテツは、きょう中野駅に着いてからの出来事を順に思い浮かべる。
「ああ、くそ」コテツがつぶやく。「謝らなきゃいけない。マネージャーを助けられなかった」
「それなら大丈夫」
アズサはアイフォンで病室の写真をコテツに見せ、話をつづける。
「ノブくんは自分で部下を呼んで、病院に運ばれたんだって」
「そうか。よかった」
「吹き飛んだ手と、はみ出した腸をビニール袋にいれて、感染症を防いだって言ってた」
「すごいサバイバルだな」
アズサはコテツの右手を小さな両手で包み、まばたきせずに見つめながら囁く。
「お兄ちゃん、カッコよかったよ」
「妹に言われても嬉しくない」
「またツンデレ。でもそうゆうところも好き。超絶カッコいいお兄ちゃんと、超絶美少女のアズって、窮極のカップルだよね」
「あのなあ。お前にはみっちり説教しないといかん」
「うん! ひさしぶりの兄妹水入らず、いっぱいおしゃべりしようね」
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佐々木ミノル『中卒労働者から始める高校生活』7巻
中卒労働者から始める高校生活
作者:佐々木ミノル
掲載誌:『コミックヘヴン』(日本文芸社)2012年-
単行本:ニチブンコミックス
本巻は5年前、普通高校にかよってたころの若葉をえがく。
彼女は主人公でもヒロインでもなく、現在はシングルマザーである脇役だが、
この作品らしく重厚なエピソードにしあがった。
一児の母となってからは子供を最優先にして生きる若葉だが、
かつては自分の気持ちに正直で、脇目もふらず突っ走るところがあった。
若葉の恋人は二股をかけていた。
好きでもない相手と別れようとしない男の優柔不断さを、
作者は断罪せず、それなりの理解をしめしつつ描写する。
二股と知りながら、恋心をとめられない若葉の未熟さも指摘するなど、
複雑な心理の綾がつづられる。
女のエゴにクロースアップでせまるのが、本作の特徴のひとつ。
サブプロットだが、感情のたかまりは最高潮かもしれない。
若葉が妊娠を自覚する。
読者はかわいく元気なひなぎくを知ってるから、おどろかないが。
だれにも言えない。
しかし、好きな人の子供を殺すわけにもゆかない。
崩壊する世界のなかで若葉は苦悩する。
のちの微笑ましい親子関係との落差がすさまじく、
ドラマティックアイロニーのきいた名場面だ。
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