『高天原ラグナロク』 第6章「戦乱」
パイプ椅子を三つ並べ、テントの下でジュンが昼寝している。ただし、あたりは真っ暗だ。岩波文庫の『孫子』が顔にかぶさる。半蔵が読めと命じた課題図書で、二百ページに満たない薄い本だが、字ばかりの本は彼女にとって荷が重い。
ジュンがいる国立昭和記念公園は、自然を愛するアマテラスがつくった緑ゆたかな広場だ。太陽が昇っていれば景観をたのしめたろう。防災都市である立川市の広域避難場所に指定されており、現在は陸軍東部方面軍の駐屯地として利用されている。隣接する立川駐屯地に司令部がある。あわただしく車輌や兵員が出入りするが、ジュンは眠り続ける。
聞き慣れないディーゼルエンジンの音が耳に入り、ジュンは上体を起こす。105ミリライフル砲と左右に四本づつのタイヤをそなえた、装輪式の機動戦闘車が列をなして走る。ずんぐりむっくりした外観がジュンのお気にいりだ。
隣で狙撃銃のストックを調整する与一の袖を引き、ジュンが言う。
「はじめて見たよ、機動戦闘車。かわいい!」
「あんな紙装甲じゃ使い道ない」
「高速道路も走れるし、市街戦向きでしょ」
「RPGくらえば終わりのポンコツ」
「それは10式も同じじゃん」
与一は膝に置いていたレミントンMSRを、左手でテーブルへうつす。夜刀神との銃撃戦で骨折した右腕を、スリングで吊っている。休養を勧められたが、ジュンの護衛をすると言い張って同行している。
大好きな10式戦車をコケにされ、与一は声を震わせる。
「おかしら、もっと勉強して。あのポンコツは自動装填装置がないから乗員四名。90式より遅れてる」
「そうかぁ? ひとりしか違わないよ」
「大体、二十六トンって戦闘車輌としては軽すぎ」
「よいっちゃんってカタログスペックしか見てないよね。要は戦車のコンセプトそのものが、ポスト冷戦期には時代遅れなんじゃない」
「くそうざ……そのペラペラ回る舌を切る」
与一は立ち上がり、左手でナイフを抜く。
テントに半蔵や玉依などが入り、第一国立銀行を襲撃したタスクフォースの九名がそろった。
「なに暴れてる」半蔵が言う。「お前らは仲が良いんだか悪いんだか」
ジュンが答える。「お尻を預け合う戦友だよ」
「それを言うなら背中を預けるだ。あとお前の希望どおり、このメンバーでの作戦参加が認められた」
「やった」
「チーム名を決めておけ。今日中に報告する」
頬を紅潮させたジュンが言う。
「実は考えてあるんだ……チーム・ミョルニル」
「ださっ」与一が言う。「いまどき北欧神話って。十六歳にもなってまだ中二病」
「う、うっさい! ミカヅチもミョルニルも雷だから似てんだろ」
「ぷぷっ、雷神トール……腹筋崩壊する……」
ジュンと与一が取っ組み合いをはじめたところ、七名の陸軍高官がテントの外を通りかかった。東部方面軍司令官の坂上田村麻呂と参謀たちだ。坂上は髭もじゃの巨漢で、迷彩服の腹が突き出ている。
飛び出したジュンが、高官たちの行く手に立ち塞がって言う。
「坂上中将! あたしの作戦計画書、読んでくれました!?」
「ああ、摂政殿の娘さんか」
「多摩周辺をパトロールする計画です。土蜘蛛はたぶん生きてます」
「状況は流動的だ。今作戦が終了したら検討する。参謀と話してくれ」
「何度も話してます。一個中隊くらい貸してください!」
「いそぐので失礼」
高官たちの背中を見送るジュンは舌打ちする。テントへもどり、パイプ椅子を蹴飛ばして叫ぶ。
「あいつらどうしようもねえ!」
半蔵が言う。「お前は怖いものなしだな」
「手柄を横取りしておいて、服部軍団の情報は無視する。冗談じゃねえよ」
「忍びの苦労がわかったろう」
「……いっそのこと乗っ取っちまうか」
仲間の視線の半分がジュンに集中し、残り半分が天幕の外を見回す。シャレにならない発言だ。
与一がぼそりとつぶやく。
「チーム・ミョルニル(笑)でクーデタをおこすってこと?」
「ミョルニルの発音に悪意を感じるけど、まあそうだよ。敵が仕掛けてくるのをじっと待つなんて、性に合わない」
「神術を使えれば勝算あったかも」
「うまくいかねーな」
ジュンは倒した椅子を置き直して座る。ジュンと玉依以外のメンバーは、訓練に出かける用意をしている。
ジュンが半蔵に言う。
「あたしも行くよ。思いきりぶっ放したい」
「お前はその本を読み終われ」
「もう読んだし」
「嘘つくな。知らない漢字は玉依に聞け」
「うげぇ」
ジュンはうなだれる。題名の読み方さえ、「そんし」か「まごこ」か分からない。全部読むまで何日かかるやら。
「勝利者がいよいよ決戦となって人民を戦闘させるときは、ちょうど満々とたたえた水を千仞の谷底へ切って落とす様な勢いで、そうした突然の激しさへと導くのが形(態勢)の問題である」
ジュンは六十二ページまで読んだ文庫本を投げ出し、テーブルに突っ伏す。まだ百二十ページ残っている。しかし、書物から戦略を学ぶなんて徒労としか思えない。仮にじゃんけんでグーを出すのが軍事の常識だとする。こちらはパーを出せば勝てるではないか。ナンセンスだ。
ランプに照らされるテーブルの向かいで、学院のジャージと制服のスカートを身につけた玉依が、背筋をのばし分厚い本に没頭している。暇さえあれば本を開くタイプだ。
ライバル同士の家系に生まれたふたりは、性格も正反対。直接の知り合いになったら案の定、反りが合わなかった。半蔵がジュンを残したのは、ギクシャクした関係を改善する機会をあたえたのかもしれない。
視線を感じた玉依が顔を上げ、ジュンに言う。
「岩波文庫には古今東西の叡智が詰まってます。いっぱい読むといいですよ」
「うそ、エッチが詰まってるの?」
「すみません。ジュンさんには縁のない話でした」
ジュンが目を輝かせて叫ぶ。
「いま名前で呼んでくれた! うれしい!」
「お城であなたがそう要求したじゃないですか」
「そうだっけ」
玉依は溜息をつき、手許の本に目を戻す。
ジュンと接していると疲れる。玉依がだれかと仲良くなる場合、相性を見極めつつ徐々に親交をふかめてゆく。馴れ馴れしく名前呼びしておいて、あっさりそれを忘れたジュンは無神経だ。
目を細めて玉依の本の背表紙を見ていた、ジュンがつぶやく。
「『光速より速い光』って中二病なタイトルだね」
「中二病。そうゆう病気があるんですか」
「うん。中高生が北欧神話や古代ユダヤ教とかにかぶれると危険らしいよ」
「これは宇宙論の本ですが」
「うちゅうろん?」
「物理学の一種ですね」
「あははっ」
「冗談ではなく」
ジュンは唖然として玉依を見つめる。異星人と対面しているかの様に。ブツリガクとかゆうジャンルの本を読むなど拷問としか思えない。
「かわいそすぎる」
「あの、意味がよくわかりません」
「半蔵先生に強制されたんでしょ」
「私は科学が好きなんです。本当は理論物理学者になるのが夢だったんですが、忌部の娘である以上我儘は言えませんので」
玉依は人の目をまっすぐ見て話す。ジュンはテーブルの下に避難したくなる。十六年の人生で我儘しか言ってない気がする。
「たまちゃんはすごいなあ」
「あなたもいづれ政界へ入るでしょう」
「まさか!」ジュンが笑う。「あたしみたいなバカが政治家になれるわけない」
「でも御両親はなんと?」
「お母さんはともかく、お父さんには甘やかされてるから。妹の方が向いてそうだし……」
あふれ出した涙を、ジュンは曲げた腕で隠す。母と妹は蝦夷に殺され、父は囚われの身だ。特に妹のスミレを思うと感情を抑えられないのに、つい口にしてしまった。
「ごめんなさい」玉依が言う。「辛いことを思い出させて」
「大丈夫。たまちゃんと立場はおなじだもん。でも……」
「でも?」
「あの日、お母さんとケンカしたんだ。最後にお母さんに言った言葉が『ほっといてよ』なんだ」
「ジュンさん……」
「死ねばお母さんに会えるかな。お母さんに会いたい。会って謝りたい」
ジュンは平常心を維持できず、はげしい嗚咽をもらす。玉依はジュンの隣に座って震える肩を抱き、そっとささやく。
「ずっと苦しんでいたんですね」
「あたしは最後の最後までお母さんに迷惑かけて、悲しませた」
「そんな風に思うはずありません。お母様は貴族らしい、立派な最期を遂げたと聞いています。ジュンさんはこうゆう言い方を好まないでしょうが」
「ううん。お母さんが聞けば喜ぶよ。たまちゃんみたいなコが娘ならよかった」
「必要以上に自分を責めないで。私たちが生き残ったのも、神々の思し召しです。力を合わせて前向きに生きてゆきましょう」
「……強いな、たまちゃんは」
玉依はきょとんとし、首を傾けて尋ねる。
「強い? 私がですか? 武器を取って戦うこともできないのに?」
「めちゃくちゃ強いよ! いつも自信満々で、将来の目標に向かってがんばってる」
「あなたには自信満々に見えるんですね」
「ちがうの?」
「自信なんて持てるわけないです。この乱れきった世の中で。将来を思うと不安でしかたない」
「あたしもそう」
「私はジュンさんが羨ましかった。おなじ名門の生まれなのに、自由奔放に生きていて」
「全然奔放じゃないよ。コンプレックスの塊だよ」
「じゃあ、おたがい誤解してたみたい」
犬猿の仲だったふたりは、手を取り合って笑った。
泣き疲れて喉が渇いたジュンは、クーラーボックスからウィルキンソンのジンジャーエールの瓶を取り出す。イスラエル製のアサルトライフルである、ガリルARMのハンドガードを栓抜き代わりにして開栓する。百九十ミリリットルを一気に飲み干す。
緑の王冠がテーブルに五つ散らばる。ジュンはげっぷをしながら、首都圏の十万分の一地図に王冠を布置する。中心の高天原城にひとつ、その周囲を時計回りに、さいたま・松戸・川崎・高尾山に四つ。さらにお茶の綾鷹のペットボトルの白いフタを、現在地である立川に三つまとめて置く。
玉依が尋ねる。「なにしてるんですか」
「緑の王冠が蝦夷の部隊で、それぞれ人員は二千名。白いフタが政府軍で、人員は四千名」
「シミュレーションですね。我が軍は勝てますか」
「模擬戦してみよう。あたしが蝦夷をやる。土蜘蛛の次の一手の予想をメモするよ」
ジュンは各部隊の行動をメモアプリで入力し、アイフォンをテーブルに伏せ、背もたれに寄りかかる。意地悪な微笑がランプの光に浮かぶ。
玉依は地図とコマを注視する。兵力は一万二千対一万で政府軍が有利。しかし西側の高尾山に敵が潜伏しているのが不気味だ。背後を気にしつつ高天原城を奪還せねばならない。
玉依が唸る。「うーん」
「そろそろ時間切れ。あと罰ゲームを決めよう。そうだなあ……負けた方が恋バナするってのはどう」
「えっ」
「マジメなのは知ってるけど、そんだけ可愛いんだから何かあるでしょ」
「まったくありませんよ。忌部の娘が軽はづみなことはできません」
「噂は聞いてる。いろんな男子から告白されて、片っ端からフッてるって。でも好きな人はいるよね。たまちゃんだったら、学院の先生とかかな」
「し、失礼な! 怒りますよ!」
図星だったのか、玉依はテーブルを叩いて立ち上がる。心理戦で揺さぶりをかけられていると気づいてない。
にやつくジュンが、地図を指差して言う。
「ほら、たまちゃんのターン」
「まったく……私は先輩なのに」
玉依は二十三区と多摩地域の境目あたりに、白いフタを縦に三つならべる。
ジュンは腕組みしてつぶやく。
「ありゃりゃ。デブ中将の戦略と変わんない」
「部隊を三つに分けた、現行の作戦は合理的だと私は考えます。南北の敵が脅威なのは事実ですから。ただし、多摩地域に伏兵がいるとゆう情報をふまえ、川崎と高尾山の中間に右翼を配置します」
「どっちが出てきても対応できる様にすると」
「はい。敵が拠点を動かなければ左右両翼を閉じ、高天原城を包囲します」
「なるほどね。では正解はこちら」
ジュンはアイフォンのメモを玉依に見せ、緑の王冠を動かす。川崎と高尾山の部隊が政府軍の右翼を、松戸とさいたまの部隊が左翼を挟撃する。
「そんな!」玉依が叫ぶ。「敵は松戸から、こちらの左翼を迂回できる機動力があるんですか!?」
「そこに書いてあんでしょ。北海道で鹵獲した90式戦車が、松戸に配備されてる。機甲部隊の指揮官は、ピンク髪の夜刀神。たぶんいまごろは、北部戦線を電撃的に蹂躙してる」
「栄光ある日本軍が、蛮族に敗れるはずありません!」
「だといいよね。でも現実は、両翼ともに同数の兵力で包囲攻撃されてる。本隊の退路が断たれるのも時間の問題かな」
右腕をスリングで吊った与一が、訓練場からテントに戻ってきた。ジュンにささやく。
「後期高齢者から伝言」
「なに」
「サイパン失陥」
「あーあ」
ジュンは地図をたたみ、糧食をリュックサックに詰め、ガリルの弾薬を掻き集める。
不審がる玉依に向かって言う。
「たまちゃんも逃げる準備して」
「どうゆうことですか? まだ作戦は始まったばかりでしょう」
「とにかく急いで。へたすりゃ全滅だよ」
「いくらなんでも」
「ハンニバルは五万の軍勢で八万の敵を包囲殲滅した。ウチらがローマ軍より強いと言える?」
半蔵が、紅梅学院の教え子五人をつれて駆け戻る。息を切らすが笑顔を浮かべ、ジュンに尋ねる。
「帰り支度はできたか」
「うん。でもなんで嬉しそうなの」
「これを喜ばずにいられるか。名将と相対するは武人の本懐」
「マゾかよ」
「まあ小娘にはわかるまい」
あわてて荷物を片づける玉依が、綾鷹のペットボトルをテーブルから落とす。空中でそれをつかんだジュンが言う。
「恋バナの約束、忘れないでね。あとでじっくり聞かせてもらうから」
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中山敦支『ちよ』
ちよ
(『うらたろう』0話)
作者:中山敦支
掲載誌:『週刊ヤングジャンプ』(集英社)2016年8月11日号
[同作者の過去記事はこちら]
意識高い系の藝術家は「最新作が最高傑作」と言いたがる。
むろん、世の中そんなに甘くない。
最高傑作は、最高傑作だ。
中山敦支なら『ねじまきカギュー』だ。
ほかに漫画家あるあるとして、「代表作のあとに歴史物を手がける」を挙げたい。
江川達也の『日露戦争物語』とか、岩明均の『ヒストリエ』とか。
だって王様とか将軍とか描けば、偉くなった気がするもの。
懐が潤った作家は、つぎに自尊心を満たそうとする。
でもって、中山敦支の新連載の題材は、源平合戦。
あちゃー。
ナカヤマアツシ、おまえもか。
いや、だけど、どこかおかしい。
「平氏大勝利」って、なんだそりゃ。
怪物がいるし、それに浮世絵風のデザインがほどこされてるし。
平氏大勝利、六波羅京の六波羅時代、平氏が落ち延びる奥州平泉……。
いったいぜんたい、なにがなにやら。
僕は、自分でも痛々しいと思うほどのナカヤマ信者だが、
彼が2年も無為にすごしていることに、正直苛立っていた。
あれほどの才能でも涸れるのかとおもっていた。
杞憂だった。
ナカヤマは資料をあつめ、取材に出かけ、審美眼を鍛え上げていた。
すくなくとも、だれも見たことない世界を創造できるくらいの。
主人公は15歳の「平千代(たいらのちよ)」で、平家の姫君らしい。
おそらく、相方となる男性キャラが出るだろう。
どうしようもなくヘテロセクシャルなのが中山だから。
「翳」を感じない天真爛漫なヒロインは、『こまみたま』のサクヤ以来か。
中山作品は暗いので、女子はウジウジしてたりミステリアスだったりしがち。
西尾維新と組んだ読切『オフサイドを教えて』の経験が活きてるかもしれない。
独自解釈の「日本回帰」とゆう点も、『こまみたま』と共通。
「中山敦支の唯一の失敗作」の弔合戦とみなしてもよさげ。
僕には源氏物語は、異星人の著作におもえる一方で、
平家物語は感性にダイレクトにアピールする。
だから中山が、リスタートの題材に平家をえらんだのはうれしい。
本作が最高傑作だろうが、準最高傑作だろうが、失敗作だろうが、どうでもいい。
毎週ナカヤマ作品に触れることで、僕たちはいまここで生きてると実感できる。
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尾崎かおり『ラブレター』
ラブレター
作者:尾崎かおり
掲載誌:『月刊アフタヌーン』(講談社)2016年9月号
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53ページの読み切りである。
主人公は霊的存在で、いまは天上にいる。
なんか精子みたいなやつだ。
地上に遣わされる際の媒介物、つまり母親に、
ルックスのいい17歳の家出娘「魚沼麻子」をえらぶ。
子供の父親はクズで、麻子はすぐシングルマザーになる。
生活はたのしいが、きびしい。
風俗店で働いて糊口をしのぐしかない。
それなりに幸せな出産から、どん底への転落を4ページで描き切る。
メタファーとしてのジェンガ。
尾崎かおりの筆力は現役漫画家で最高峰と評したとして、
異を唱える人間はすくないだろう。
麻子は息子を愛している。
しかし彼が存在するせいで、ふたりが不幸なのは事実だった。
麻子は育児を放棄し、息子は孤独に死ぬ。
また4ページで、尾崎は子殺しにいたる母の心理をなぞる。
漫画史上に類似作があるか僕は知らない。
おそらくない。
懲役刑をへて、麻子は出所する。
実家にもどり、本名を隠してスーパーで働く。
二度と子供はつくらないと決めている。
麻子に無慙に殺されたが、彼女の最大の理解者でもある、
息子の魂との和解が達者な画力で描かれる。
ネグレクトは名作『神様がうそをつく。』のテーマだが、
本短篇ではそれを親の側から表現し、世界像を完成させる。
だれより不器用だが、当人なりにまっすぐな女子の生き様。
「かわいいは正義」だとしたら、本作がその根拠にふさわしい。
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神崎かるな/黒神遊夜『武装少女マキャヴェリズム』5巻
武装少女マキャヴェリズム
作画:神崎かるな
原作:黒神遊夜
掲載誌:『月刊少年エース』(KADOKAWA)2014年-
単行本:角川コミックス・エース
盲目の居合の天才、因幡月夜がついに刀を血で染める5巻。
光なき世界で邪眼がまたたく。
薬丸自顕流の術理を饒舌に語り、読者にげっぷを催させる。
うんざりするほどクドい黒神節。
無刀の剣士であるノムラのルーツも示現流にあった。
『しなこいっ』の龍之介の「蜻蛉」を髣髴させる。
大胆不敵でエレガントな忍び、祥乃まで参戦。
スマブラもびっくりの、しなこいっオールスター状態だ。
巻末、虎春の禍々しいほほえみでトドメを刺す。
これで役者は揃った。
いや、揃いすぎだ。
『武リズム』とはなんだったのか。
続篇を新作に見せかける偽装か。
鬼姫やメアリのツンデレ、蕨のロリ、さとりの天然……。
みな噛ませ犬にすぎなかったのか。
しなこいっファンですら唖然とする物語の破綻ぶり。
それでもそこには刀がある。
質感と重量感をともない美少女の腰のあたりにおさまる。
タイトルなんて飾りだ。
それが鞘走る瞬間の閃光を、僕らは息をのみ見守るだけ。
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江戸屋ぽち『こはねちゃんの犬』
こはねちゃんの犬
作者:江戸屋ぽち
掲載誌:『月刊サンデーGX』(小学館)2016年-
単行本:サンデーGXコミックス
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なんて凝った制服なのか。
服飾に関する語彙がすくない僕は、どう形容すべきか困惑するほど。
『魔法少女育成計画』のコミカライズ(KADOKAWA)で、
キラキラフワフワの衣装で紙面を埋め尽くした江戸屋ぽちが、
画風はそのままに小学館へ殴り込み(コミティア出張編集部がきっかけとのこと)。
イケメンの「白鳥圭吾」が、幼なじみの「立花こはね」との再会に凍りつくのは、
彼女に重傷を負わせた引け目があり、トラウマになってたから。
かよわい女に触れれば、一生モノの傷がのこる。
男は、責任を取らねばならない。
こはねは容赦なく圭吾に重圧をかける。
日本男児には、いざとゆうときの逃げ道がふたつある。
土下座と切腹だ。
圭吾の誠意は、こはねに通じない。
むしろ激情に火がつき、行為はますますエスカレート。
だって、こはねは圭吾を愛しているから。
焚き木が腿をつらぬき、大量の血が流れるときでさえ、欲情していた。
好きな男を完全に支配できる喜びで満たされていた。
たとえるなら、『失われた時を求めて』のヴァントゥイユ嬢の唾吐きみたいな、
性愛と暴力が分かちがたく結びつく、ゾクゾクする感覚が押し寄せる。
鍵空とみやき『ハッピーシュガーライフ』と共鳴する佳作だ。
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アニメ『この美術部には問題がある!』2話
この美術部には問題がある!
出演:小澤亜李 小林裕介 利根健太朗 上坂すみれ 水樹奈々 東山奈央
原作:いみぎむる
監督・2話絵コンテ:及川啓
2話演出:直谷たかし
シリーズ構成・脚本:荒川稔久
助監督:池端たかし
キャラクターデザイン:大塚舞
アニメーション制作:feel.
放送日:2016年7月8日-
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渡り廊下は、不思議とノスタルジアを刺激する。
僕の好きなアニメなら『ハナヤマタ』3話とか。
流れる風景が、脳を撹拌するからかもしれない。
おしゃべりしつつ渡り廊下を歩くアバンから、Aパートの「部長殺人事件」へ。
ドア越しに話し声が迫るサスペンスが利いている。
買い物帰りのシーン。
すばるが「これだから三次元女子は」と愚痴を言う。
左、右、左。
小気味よいローファーの足音をたて、みずきが振り向く。
まだ打ち解けてないころのふたりの距離感を、
本山哲による音響の助けを借りて表現。
協力しあい、迷子になった4歳の女の子を保護する。
まちがった美術部のイメージをひろめるすばるにドンケツ。
「いた……なんですか」
「ふふん、べっつにぃ」
衣擦れの音がきこえる、ツンデレ風味のヒップアタック。
この美アニメは、みずきの頭のてっぺんからつま先まで、
特に下半身を強調しながら、まんべんなく描く。
終盤にも印象的なすれちがいがあった。
流れる風景と時間のなかで、すべてを目に焼きつけたい。
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テーマ : この美術部には問題がある!
ジャンル : アニメ・コミック
あしか望/伊藤誠『カナ 丹花の闘牌』
カナ 丹花の闘牌
作画:あしか望
原作:伊藤誠
掲載誌:『近代麻雀』(竹書房)2015年-
単行本:近代麻雀コミックス
[ためし読みはこちら]
伊藤誠の麻雀漫画『兎-野性の闘牌-』のスピンオフだ。
主人公は中学1年の「新庄香那」。
ヤクザに雇われた代打ちである父から麻雀を禁止されてるが、
ネット麻雀でルールをおぼえ、まづは雀荘で力試し。
トイメンは裏プロだが、おびえる気配はない。
はじめて卓を囲む喜びがまさる。
伊藤誠がネームを切ってるので、世界観は本篇に忠実とおもわれる。
しかし、女性作家らしい繊細で流麗な絵柄でえがかれる、
女子中学生のドタバタ麻雀ライフは、稀有な個性をはなつ。
1巻時点で、勝負に人の生死がかかったりはしない。
普段はちょっとおとなしめでボーッとしてるが、
牌をさわるとコロコロ変わる、香那の表情をたのしめる。
父譲りのラス親での爆発力。
最後に笑顔で、おいしいところを掻っ攫う。
麻雀は疎いが、JCは興味津々な僕の期待にこたえる作品だ。
ショートカットの美少女になら、アガられてもみんなハッピー。
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『高天原ラグナロク』 第5章「祝宴」
グレーのパーカーに黒のショートパンツとタイツを合わせたジュンが、京王線調布駅の改札を抜け、地上に出る。あれから十日経ったが太陽は戻らない。まだアマテラスが無事で、天の岩戸に立て籠もっている證拠でもあるが。
時計は午前十一時を指すが、街灯がともり、自動車はヘッドライトをつけて走る。SIGを提げた蝦夷が、六人で北口周辺を警備する。通行人は異変を見て見ぬふりしつつ、自分たちの日常を生きる。終わらない日蝕。支配者の入れ替わり。それがなんだと言うのか。
蝦夷はおよそ二千名の兵員で高天原城を占拠しつづけている。そして城を囲む様に、松戸・さいたま・調布・川崎の四都市を陥落させた。彼らの戦術は単純だ。爆薬をのせたトラックで突破口をひらいたあと、戦闘員か非戦闘員かを問わず大量殺戮をおこなう。蝦夷の暴力性はプロパガンダで知れ渡っており、軍や警察は逃散する。斬首映像にキャスティングされやすい高官ほど逃げ足が速い。占領後は街のあちこちに狙撃手を配置し、簡易爆弾をばら撒き、市民から抵抗の意欲を奪う。
ジュンはパルコを通り過ぎ、服部半蔵と連れ立って大通りを歩く。すれちがう人間の表情をさりげなく観察する。調布はすでに敵地であり、ジュンはショートパンツの背中側に、ハンドガンのFNファイブセブンを差す。鬼切は佩いてない。アマテラスを幽閉して以来、神術がつかえないから無意味だ。
ベルベットのジャケットを着た半蔵に尋ねる。
「先生は武器なに持ってんの」
「愚問だな。忍びはこの体が武器だ」
「忍術じゃ銃に敵わないでしょ」
「お前はわかっとらん」
自動ドアをくぐりドコモショップに入る。日曜のわりに空いており、すぐカウンターへ案内される。
向かいに座った黒縁メガネの女店員が言う。
「シロウサギ」
半蔵が答える。「ヤタガラス」
それは合言葉だった。半蔵が統率する忍者軍団は全国の携帯ショップを根拠地とし、情報収集にあたっている。政府中枢はおろか、アマテラスやツクヨミさえ、このスパイ網の実態を知らないはず。
「半蔵様。こたびの落城、無念でございます」
「取られた城は取り返せばよい。ひさびさに燃えておるよ」
「たのもしいお言葉です。で、こちらのお嬢さんは」
「俺の弟子だ。中臣ジュンと言う」
「くの一ではなさそうですね。わたくしが同行した方がお役に立てるのでは?」
「こいつは若いが腕はいい」
店員は眼鏡ごしに、殺意のこもった視線をジュンに投げる。暗殺術を使用されては厄介なので、ジュンは愛想笑いを返す。
半蔵が言う。「手短に状況報告してくれ」
「申し上げるのは心苦しいですが……」
「女房のことか」
「はい。御自宅で蝦夷に拉致され、いまは浅草凌雲閣で監禁されている模様です」
「あれに人質の価値などあるものか。七十のババアが死んだところで誰も悲しまん」
「そうゆうこと言うなよな」ジュンが言う。「あたし奥さん大好きなのに」
半蔵は隣のジュンをにらむ。険しい目つきに浮かぶ怒りに、ジュンは身をすくめる。
「つねに権力者は忍びを使い捨てにする。だから保険はかけてある。むざむざ殺されはすまい」
「ごめん。怒ってないわけないよね」
服部軍団の調べによると、中臣栄一や忌部広正など拉致された政府高官は、高天原城のどこかに拘禁されている。さらに蝦夷は天の岩戸の破壊を試みたが、シェルターは高性能爆薬に耐えた。アマテラスは生存していると考えられる。いまのところマスメディアや国民は中立的で、事態を静観している。報復を恐れており、大規模な抵抗は見られない。
ジッパーケースにいれた書類をカウンターにのせ、店員が言う。
「偽の身分證を用意しました。これで午後一時から始まる結婚式へ潜入できます」
半蔵が尋ねる。「本当に土蜘蛛が出席するのか」
「イヅモマートCEOの娘と、蝦夷の幹部の挙式です。占領政策的に見て、外せないでしょう」
「あいわかった。御苦労」
「決死の覚悟で精勤いたします」
店員は席を立ち、新規契約をしに来た客の相手を何食わぬ顔ではじめる。
ジュンはそれを横目で眺めつつ、ドコモショップを後にする。情報や兵站を組織的に提供されてはじめて、喧嘩師は存分に戦える。相互依存しながら勝利をめざす。
ホテルの庭園の上方に電線が張られ、ランプが数十席のテーブルを照らす。着飾った老若男女が飲食をふるまわれ、談笑する。フェイスペインティングをした新郎と、肩を出したデザインのドレスを着た新婦が、緊張の面持ちで雛壇の上に並んで座る。ある意味異様で、ある意味幸福な光景だ。
ジュンは赤のドレープワンピースを着ている。靴は慣れないパンプスだが、持ち前の運動神経でなんとか履きこなす。よろけたら蝦夷に疑われてしまう。半蔵はダークスーツでキメている。ふたりとも変装を施し、ジュンは二十歳ほど老けて、半蔵は二十歳ほど若く見える。夫婦になりすまして受付を通過していた。
ピンク髪の頭に包帯を巻いた夜刀神が、ターンテーブルをうごかしDJをつとめる。ロシア語のダンスミュージックを大音量で流している。
ジュンは夜刀神から視線を逸らす。憎いが手強い敵だ。煮えくりかえる復讐心のせいで、変装を見破られる恐れがある。いまの任務は、リーダーの土蜘蛛の所在を確認し、空爆を要請してホテルごと抹殺することだ。
半蔵の左腕にしがみつき、ジュンが言う。
「えへへ、なんかたのしい」
「そんなにくっつくな。結婚して長い夫婦はベタベタしないもんだ」
「ラブラブな夫婦って設定にしよ」
「真面目にやらんか」
通されたテーブルに若い男女の相客がいる。どちらも金髪で、男は蝦夷の恰好をしている。酩酊した男が、恋人らしき女の体に触る。ジュンがすでに九人の同胞を斬った敵だと、露ほども気づかない。
コンビニチェーンのイヅモマートのCEOで、新婦の父親である岩崎弥太郎が壇上でマイクをもつ。ゆたかな口髭をはやし、恰幅がよい。
「私は悪口を言われている。国賊だなんだと。連中は何もわかってない。私は百年先を見越して経営判断をしている」
イヅモマートは、御神木と真清水のビジネスを独占する契約を蝦夷とむすんだ。岩崎の息のかかった報道機関が、記者を式場に送りこんでいる。カネの匂いに誘われた虫どもが、この政略結婚を祝福しにあつまった。
「土蜘蛛氏には」岩崎が続ける。「経営の才能がある。ビジネスの世界に入っていれば、スティーヴ・ジョブズを超えたにちがいない天才だ」
スポットライトをあびて土蜘蛛が登壇する。招待客は満場のスタンディングオベーションでむかえる。だれが今日の主役かわからない。
「ありがとう」土蜘蛛が言う。「どうか席について、美食を堪能してください。そして岩崎先生にこそ盛大な拍手を!」
「いやいや」岩崎が答える。「私はふつつかな娘をもらっていただいた、幸運な父親にすぎない」
「岩崎先生は、僕が敬愛する恩師です。国家も企業も、その運営の極意はおなじ。これからもよろしく御指導ください」
「切磋琢磨しあいたいですな」
「たとえば僕は教わったとおり、部下が提出した伝票のすべてに目を通してます。ほら、この様に」
土蜘蛛が懐から紙の束を出すと、式場全体で笑いがさざめく。経営の方はともかく、演説の才能があるのはたしかだ。
半蔵に老け顔の変装を施されたジュンは、茶番に対する舌打ちをこらえる。蝦夷の残虐性を批判してたやつらが、金銭欲に駆られてはやくも靡いた醜悪さは耐えがたい。
ジュンはナイフとフォークを握りしめる。厳重なボディチェックが予想されたので丸腰だが、神術ミカヅチを使わずとも、土蜘蛛と夜刀神とあと何人かを殺す自信がある。脱出する前に果てるだろうが、一人十殺なら悪くないキルレシオだ。
同席のカップルが、浮かれた雰囲気に煽られてベッタリと抱きあう。人目もはばからずディープキスをはじめる。
「おい」半蔵が囁く。「ここを出るぞ。まづお前がトイレに行くふりしろ」
土蜘蛛がマイクを持ったまま雛壇を下り、ジュンのいるテーブルへ近づく。鍔のない短刀を片手で抜き、気配すら察してない男の背中を斬る。男は目を見開き、無言で芝生に崩れる。女が悲鳴をあげる。
マイクにむかい土蜘蛛が言う。
「見苦しいものをお見せした。武人はストイックでなければならない。堕落すれば味方だろうが斬る」
静まりかえった式場を、ピンクの髪の夜刀神が大股で横切る。仰向けでもがく男に、大型リボルバーであるスーパーレッドホークの全弾六発を放つ。熱くなった銀色の銃身を、愛おしげに舐める。
「さいっこう……」夜刀神がつぶやく。「44マグナム弾の反動に優る快感はありませんわ……」
うつむいてテーブルクロスを凝視するジュンを見下ろし、再装填しながら夜刀神が声をかける。
「そこの赤いドレスのあなた。あなたも共感できるのではなくて? セックスなんて退屈でしょう」
ジュンは答える。「愛があればいいんじゃないですか」
半蔵がテーブルの下でジュンの脚を蹴る。異常に負けん気の強い弟子のせいで、銀行のときと同じく作戦が大混乱におちいった。
「失礼ながら、あなたは四十歳くらいとお見受けしますが、まだ女として愛されてるんですの?」
「まあ一応」
「うらやましい。女であることを否定されたわたくしとしては」
夜刀神はサラファンの袖をまくり、無慙に皮膚がただれた腕をみせる。
「十四歳のとき」夜刀神が続ける。「あたくしは戦乱に巻き込まれ、政府軍による拷問をうけました。左目をえぐられ、硫酸の浴槽に漬けられましたわ」
「それはお気の毒に」
「醜いあたくしを土蜘蛛さまは拾ってくだすった。日本を滅亡させ、土蜘蛛さまの理想を実現するのが、あたくしの使命ですの」
「はあ、がんばってください」
「だから邪魔者は容赦しません。特に嘘つきは大嫌いでしてよ」
半蔵が口に含んでいた針を吹き、夜刀神の右目に突き刺す。夜刀神はあっと叫び、両手で顔を覆う。
ジュンと半蔵は生垣へ飛びこみ、ホテルの庭園から抜け出した。
不馴れなパンプスでは全力疾走できないため、ジュンはヒールを折って走りやすくする。振り返ると、路上に追手の姿はない。
空軍の入間基地に電話連絡をすませた半蔵が、ジュンの後頭部を叩いて言う。
「このドアホウ!」
「いってえな」
「潜入中に喧嘩を売るバカがいるか!」
「だってあいつは……」
「お前がいると命がいくつあっても足りん」
街のそこかしこで何かが燃やされ、煙が暗闇に立ち昇る。刺激臭があたりに充満する。
ジュンがつぶやく。「なんだこの煙」
「タイヤを燃やしている。蝦夷のよくやる手だ」
入間基地から飛来した二機編隊のF-35AライトニングIIが、超音速で上空を通過し、轟音で耳をつんざく。置き土産のレーザー誘導式の爆弾が炸裂、七階建てのホテルを一撃で粉砕する。調布市街がはげしく揺れる。
逃走中の足をとめ、ジュンが言う。
「やりやがった」
「たまには空軍も仕事をせんと」
「土蜘蛛、死んだかな」
「わからん。しぶとそうな男ではある」
「あいつの正体は……」
「なんだ」
「ううん、ひとりごと」
神術を凌駕する技をつかえるのは、神だけだ。つまり土蜘蛛も神ではないか。しかし忠誠心の篤い忍びである半蔵にその疑念をつたえれば、困惑させるだけだろう。
ジュンはふたたび駆け出す。爆撃の付随被害をかんがえると気が重い。内戦が長引けば、犠牲者はもっとふえる。
まだ土蜘蛛が生きてるなら、とどめを刺すのはあたしだ。
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加藤よし江『明治ハナアリ同盟』
明治ハナアリ同盟
作者:加藤よし江
発行:スクウェア・エニックス 2016年
レーベル:ガンガンコミックスONLINE
[ためし読みはこちら]
もし貯金が一兆円あったら、女子校を五つくらい作りたい。
制服のデザインに注力し、ブレザーもセーラーも最高のものを準備する。
そのうち一校は袴の着用を義務づけるつもり。
なんてったって可愛いから、入学希望者はあつまるだろう。
1巻完結の本作の舞台は明治末の女学校。
ヒロインの「榊原朱音」は、いまの中学1年生にあたる思春期の娘だ。
大人や男の言いなりにならないと誓う、「ハナアリ同盟」に属している。
朱音は、イギリス帰りの教師「常盤晴彦」と出会う。
おてんばで、自由を愛する個性を認められたのが嬉しくて、
会って間もなく自分からプロポーズする。
マリみて的な「エス」の文化も描かれる。
袴だと、『花物語』とか吉屋信子の小説になるかな。
われらが近代日本は、百合とともに歩んできた。
校内でいちばんツッパってて、自由奔放だった先輩が嫁ぐことに。
顔もしらない男のもとへ。
だまって見送ることしかできず、無力感を噛みしめる。
本作はヒロインの行動とその帰結が語られず、あっさり終わる。
もっと長期の連載を目指してたのかもしれない。
魅力的な題材をじゅうぶん味わえず、欲求不満がつのる。
意地悪な言い方をすれば、女の子が袴を穿いただけの、
単なるコスプレものに終始している。
しかしそれでもなお、コスチュームが付与するコンテクストが、
読者に華やかで鮮烈な印象をのこし、わすれがたい。
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アニメ『この美術部には問題がある!』
この美術部には問題がある!
出演:小澤亜李 小林裕介 利根健太朗 上坂すみれ 水樹奈々 東山奈央
原作:いみぎむる
監督:及川啓
シリーズ構成・脚本:荒川稔久
助監督:池端たかし
キャラクターデザイン:大塚舞
アニメーション制作:feel.
放送日:2016年7月8日-
中学校の美術部を舞台とするラブコメ。
男は「萌え絵」にしか興味がなく、まじめなヒロインを怒らせる。
けれども彼女は、男に片思いしていた。
僕はこのアニメ、全然期待してなかった。
角川絡みの映像化やゲーム化は、大抵ガッカリさせられるから。
しかし本作はむしろ、「TBS木曜深夜アニメ」のよさが出ていた。
7年前だったら『けいおん!』、2年前なら『ろこどる』とか。
特に『ろこどる』は制作会社がおなじで、丁寧なつくりに共通点を感じる。
女の子の仕草や表情にたっぷり作画枚数を費やし、見ごたえあり。
ヒロイン「宇佐美みずき」が、立ったり座ったりするだけでときめく。
普通に原作超えてそうな点も、上掲二作に通じる。
みずきは怒りんぼで、ツッコミもするどい。
静物画をバカにする男に対し「セザンヌに謝れ」とか、
性格悪いと思われかねないスレスレの発言をする。
ただ乙女心をこまやかに描くため、視聴者に誤解されはしない。
1話のハイライトである、夕方の歩道橋のシーン。
男はあっけらかんと退部すると告げる。
わたしがうるさく、意地悪なことばかり言ったからだ。
いますぐ引き留めなきゃ後悔する。
でも、なんて言えばいいの。
言葉は出ない。
ただ涙があふれるだけ。
私は趣味が恋愛漫画やドラマや映画を観たり、恋愛の曲を聴いたり、
恋する女の子が大好きすぎて、こうしたい、
素敵に演じたいって思いが強すぎてつい力みすぎちゃうです。
恋する女の子はすごく可愛いけど、可愛く演じるとまたなんか違くて!
だからすごく難しいんです!
小澤亜李のブログより
アート系の変人にヒロインが片思いする話は、『月刊少女野崎くん』とおなじ。
まさにハマり役。
『野崎くん』のときの小澤は未熟で余裕がなく、それはそれで千代らしいが、
本作は恋に恋する乙女の、ピュアで繊細で不安定な心理を、
視聴者を包みこむ様な技巧と情熱で表現しつくす。
それにしても「恋する女の子が大好き」と言う小澤亜李が、可愛くってしかたない。
恋に恋する女の子に恋する声優に恋してしまいそう!
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テーマ : この美術部には問題がある!
ジャンル : アニメ・コミック
二駅ずい『彼女はろくろ首』3巻
彼女はろくろ首
作者:二駅ずい
掲載誌:『別冊少年マガジン』(講談社)2015年-
単行本:講談社コミックス マガジン
第3巻は構成がたくみだ。
田舎へ帰った「かのっち」の墓参りからはじまる。
ろくろ首の特徴をいかして墓石に水をかける。
十年前に母を亡くしたらしい。
おちゃらけた印象の「モンスター娘もの」だが、主人公の内面にぐっとせまる。
幼い頃のかのっちはやんちゃで、幼なじみの一樹をよく泣かせた。
そして母に怒られた。
なつかしい思い出だ。
ふたりは成長し、恋人一歩手前の関係に。
本巻のハイライトの水族館デートである。
がんばりすぎないファッション、探りを入れる様な表情。
待ち合わせの場面から生々しく、切迫している。
かのっちのうなじへ寄ってゆくカメラ。
首が長くても、短くても、彼女はかわいい。
妖怪と人間の世界を隔てる「モドリ橋」についても語られる。
たがいに好意を抱きながら、すれちがうふたりの、埋められない溝の象徴だ。
子泣き爺や一反木綿とか、新キャラの妖怪少女をバンバンだして、
どんちゃん騒ぎにするかわりに、作者は青春の風景を切り取るのをえらんだ。
意外なほど成功している。
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『高天原ラグナロク』 第4章「天の岩戸」
第一国立銀行での騒動から三日経った。蝦夷は今のところ鳴りを潜めるが、まだ人質は解放されてない。生存證明くらい出来るだろうに、技術的なトラブルを言い立て引き延ばしている。
土蜘蛛が率いる武装集団は、茨城県を中心とした北関東の各都市を制圧した。彼らは国家建設をめざしている。経済基盤を確立し、行政制度を組織し、独自の法を執行する。
もし日本政府が内戦へ突き進めば、蝦夷の民族的ルーツである東北・北海道地方は呼応して立ち上がるだろう。おそらく泥沼の長期戦となる。アマテラスの譲歩は弱腰にみえるが、その背景には政情に対する深い洞察がある。敵を北海道へ押し込め、干上がるのを待つ戦略は理にかなう。
カレンダーは三月になったのに、出雲市は雪がふっている。薄着を好むジュンも、黒のダブルボタンの外套を着込む。警備の任務に駆り出されており、かじかむ手でP90をもつ。
ジュンと先日のタスクフォースのメンバーは、高天原城外苑と宮内庁の間にある坂下門を守る。外苑では約二千人の見物客が、日の丸と星条旗を手にする。宮殿を訪問中のアメリカ合衆国大統領ジョン・ピーチを見にあつまった。言うまでもなくアメリカは重要な同盟国であり、御神木や真清水のビジネスもあらたにはじまる。くわえて摂政が不在。アマテラスは式典に出席せざるをえない。
ベージュのワンピースを着た、腹のふくらんだ女が花束をもち、立ち入りを禁止するロープをくぐる。妊娠中の様だが髪を赤く染め、傘も差していない。二名の衛士が追い返そうとするが、女は従わない。花束をピーチ大統領へ直接渡したいらしい。
ジュンはヘッドセットを通じ、富士見櫓で監視する那須与一に話しかける。
「よいっちゃん、あの女見てる?」
「もち」
「武器が見えたら撃って」
「いえすまむ」
与一は濠をへだてた三重の櫓から、土橋である坂下門橋の端から端まで射界におさめる。狙撃銃のレミントンMSRを装備している。短気なジュンとちがい冷静沈着。頼りになる相棒だ。第二次世界大戦を愛するミリオタの変人なのに目をつぶれば。
約百五十年前、この門外で老中安藤信正が襲撃され、負傷する事件がおきた。襲ったのは水戸藩の浪士ら六名で、全員が闘死した。集合に間に合わなかった川辺左次衛門も、その日に長州藩邸で切腹するとゆう凄まじさだった。
ジュンは双眼鏡で妊婦を観察している。女が攻撃してくると九割方確信していた。あの大胆不敵な土蜘蛛がリーダーなのだ。敵は和平に応じるふりをしてるだけだ。しかし確率九十パーセントでは撃てない。本当に妊婦なら、胎児まで死んでしまう。
女の足許に目を留める。ピンヒールを履いている。
「まちがいない」ジュンは言う。「蝦夷だ」
「いいの?」
「責任はあたしがとる。殺れッ」
言い終わらぬうちに338ラプア弾が女の頭部を貫通し、降る雪を血飛沫でいろどった。
ジュンはゆるやかな坂を駆け下りる。狙撃に呆然とする衛士を突き飛ばし、倒れた女のワンピースをナイフで切り裂く。ダイナマイトらしき爆薬十本がテープで腹にくくられている。
脳を半分うしなった女が、爆薬の雷管につながるスイッチをもとめ、地面を引っ掻く。その執念に敬意をおぼえつつ、ジュンは5・7ミリ弾を浴びせた。
外苑の人集りから悲鳴があがる。群衆を蹴散らし、骨組みだけで装甲のないバギータイプの軽攻撃車輌があらわれる。後部の射手席にいる蝦夷が、M2重機関銃の照準をあわせる。
ジュンは背後の味方にむかい叫ぶ。
「五十口径!」
M2が過剰な暴力を行使する。粘土細工の様に人体がちぎれ飛ぶ。ジュンは足をすべらせながら、門の近くへもどる。橋の上は遮蔽物がない。
衛士が門を閉じようとしている。早く来いとジュンを手招きする。
ジュンが叫ぶ。「閉めるな! 反撃しろ!」
迫撃砲弾が門の向こう側に弾着し、炸裂した。衛士の右手が吹き飛び、焼けただれて雪の上で湯気を立てる。砲弾はつづけて五発落ちる。坂下門の左半分が崩壊する。
M2の銃声がやんだ。うずくまるジュンが軽攻撃車輌を見ると、射手がパイプに倒れかかっている。与一が射殺した。
ピンクの髪で眼帯をつけた夜刀神が、仲間を引きずり下ろし射手席につく。M2を富士見櫓へむけて連射し、漆喰の壁を蜂の巣にする。
ジュンの顔が醜く歪む。サラファンを着たあの女は、母と妹を殺し、父を拉致した主犯だ。絶対殺す。
ヘッドセットから与一の落ち着いた声が聞こえる。
「おかしら……多分これは陽動」
与一の言う通りだった。火力の激しさの割りに、展開する兵員がすくない。アマテラスをかどわかすのを目的とする本隊が、城のどこかに浸透してるのだろう。土蜘蛛はそっちにいる。
「でも」ジュンは答える。「あいつだけは、あいつだけは許せない」
「ピンク女は私が殺る。おかしらはロリババアを助けに行くべき」
与一は、ライフル一挺で重機関銃に挑むつもりだ。命懸けの後輩に対し、自分の都合ばかり言えない。
「くそッ……くそッ」
「おかしら、はやく」
宮殿の東庭に十二の死体が散らばる。全員がアメリカ国籍だった。第四十五代アメリカ大統領ジョン・ピーチは蝦夷にSIG550を突きつけられ、十三番めの死体になりかけている。
元駐日大使のピーチは、流暢な日本語で土蜘蛛を脅迫する。
「アメリカを敵に回して未来があると思うか」
「ああ」土蜘蛛が答える。「貴国が敵役をじょうずに演じるのを期待してるよ」
肥満体のピーチが銃殺される瞬間を、蝦夷はビデオで録画した。
アマテラスと側近の四人が、寒空の下で震える。聡明さを買われ、秘書をつとめはじめた忌部玉依もいる。
フェイスペインティングをした土蜘蛛が、アマテラスに言う。
「陛下、お迎えにあがりました」
ブレザーの制服を着た玉依が、銃口を恐れず土蜘蛛に向かい一歩踏み出し、高飛車に言う。
「卑怯者! 和平協定を破るとは、禽獣にも劣るふるまい」
土蜘蛛が答える。「結婚は最高の講話では?」
「蛮族ごときに、陛下の気高き御心は理解できません。手籠めにされる前に自害なさるでしょう」
「えっ」アマテラスがつぶやく。
土蜘蛛が尋ねる。「本当ですか、陛下?」
「うん、まあ、ありえなくもない」
「それはこまったな」
「かわりに」玉依が言う。「私があなたの妻になります。家柄やその他に不足はないはずです」
「ほう」
土蜘蛛は玉依を値踏みする。身だしなみに隙がない。とびぬけた美人ではないが、知性や清潔感が彼女を魅力的にみせる。蛮族だと蔑み、親の仇でもある男のもとへ嫁ぐと、みづから申し出る犠牲心が燃えたぎっている。
「玉依」アマテラスが言う。「そこまで忠義立てする必要はない」
「ふふふ」土蜘蛛が笑う。「実に悩ましい」
「なにがおかしい」
「腐敗したこの日本で、少女たちだけは清らかさを保っている。破壊するに忍びない」
蝦夷の背後に、得意のボルダリングで石垣をこえたジュンが忍び寄っていた。鬼切を抜いて言う。
「ここにもかよわい乙女がいるぜ」
神術【ミカヅチ】。
ミカヅチの使用中、一呼吸分だけ時間はとまる。降雪が空中で静止している。マネキン人形と化した五人の蝦夷を斬り伏せる。最後に土蜘蛛の胴を真横に撫で斬りにした。
まったく手応えがない。
胴の切断面から刃に、白い糸がからみつく。蜘蛛の巣だ。両腕をつたい糸がひろがる。ジュンは鬼切を捨て、体に粘着する異物をはらう。もがけばもがくほどまとわりつき、身動き取れない。蜘蛛の巣は顔面を覆い、ジュンを窒息させる。
ジュンは叫ぶ。「うわああっ」
「大丈夫ですか」玉依が言う。「さっきから様子がおかしいですよ」
「……あれ?」
ジュンは尻餅をついていた。まわりにアメリカ人十三名と蝦夷五名の死体が散乱する。土蜘蛛の姿はない。
そんなバカな。神の力が催眠術みたいな手品に打ち消されるんて。ひょっとして土蜘蛛も神術の継承者なのか。でも蝦夷が審神者のわけない。
坂下門の守りを突破した軽攻撃車輌が、右手の二百メートル先にあらわれた。射手席の夜刀神は、眼帯をつけた顔をおのれの血で濡らしている。与一との撃ち合いに勝ったらしい。
ジュンは鬼切を鞘に納め、アマテラスに言う。
「吹上まで走りますよ」
玉依が言う。「私も参ります」
「わるいけど……」
「足手まといと言いたいんですか。スパイの疑いがあるあなたは信用できません。さっきも土蜘蛛を逃がした様ですし」
玉依は、蝦夷の死体から奪ったSIGのコッキングレバーを引く。戦闘力はゼロなのに、重火器を装備する敵にすすんで立ち向かう。ウマは合わないが、彼女の使命感にジュンも舌を巻く。
「たまちゃんは」ジュンが言う。「半蔵先生を呼んで。今回も軍の出動が遅い。陰謀の匂いがする」
「た、たまちゃん!?」
「あたしはジュンでいいよ。じゃ、おねがい」
外套を脱ぎ捨たジュンは、アマテラスの手を引き、雪雲を突きぬけて聳える巨樹の方へ疾走した。
鬱蒼と茂る森林の樹冠にさえぎられ、吹上はほとんど積雪していない。起伏にとむ地形は潜伏に向いており、一か月くらいゲリラ戦術で粘れそうだ。
アマテラスは、長身のジュンの腰のあたりから見上げて言う。
「どこへ行くのじゃ」
「天の岩戸。気になる木の根元にあるんでしょ」
「あそこへ閉じ込めるつもりか」
「古事記に書いてありますよ。外から絶対開けられないシェルターだって」
「いやじゃ! あんな暗くて怖いところに二度と入りたくない!」
「わがまま言わないで」
むづかるアマテラスを引きずり、ジュンは湧水の流れ出る岩場へたどりつく。鳥居の奥にある洞窟は、二枚の岩でふさがれている。脇にタッチパネルを見つける。
「意外と近代的だな」ジュンがつぶやく。「これを操作すればいいんですよね?」
アマテラスは無言でうなづく。画面をフリックすると、神通力で岩の扉が音を立てて開く。巨大なムカデが数十匹這い出してくる。
「ギャーッ」アマテラスが叫ぶ。「これなら捕虜になった方がマシじゃ!」
「土蜘蛛に拉致られてもいいんですか? 合法ロリだから、やりたい放題ですよ」
「ぬしが神術でどうにかせい」
「時間がないんです」
「いやなものはいやじゃ」
「うるさい! 空気読め、ロリババア!」
ジュンに頬を平手打ちされ、アマテラスは泣き止む。うなだれながら洞窟へはいると、岩の扉が自動で閉まる。振り向いて、鼻をこすりつつ言う。
「ぬしは乱暴だが、わらわのため体を張ってくれる。感謝しておるぞ」
「こちらこそ叩いてすみません。すぐカッとなっちゃうんで」
「ジュンよ、日本を守ってくれ」
扉が閉じる。まだ昼すぎなのに、出雲市は底知れぬ闇につつまれる。
無限の日蝕がはじまった。
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藤本タツキ『ファイアパンチ』/ぬこー様『無常のふでこさん』
藤本タツキ『ファイアパンチ』(ジャンプコミックス/ためし読み)は、
文明の崩壊しつつある世界で暮らす「アダニ」と「ルナ」、兄妹の物語だ。
ある夜、ルナは兄に子供をつくらないかと持ちかける。
絶望的な人生に、希望をみいだすために。
しかし1話でルナは死ぬ。
軍の攻撃で黒焦げとなり、兄の目の前で息絶えた。
本作は復讐譚として幕を開ける。
そしてすぐ息切れする。
美貌を買われ拉致された少年「サン」の視点で話はすすむ。
あれ……復讐どうなった?
アマゾンレビューでも「2話以降はイマイチ」とゆう意見が多い。
性欲処理のためのペットとして少年と少女は監禁されるが、
やりとりがお笑い番組的な薄っぺらさで、読者を困惑させる。
たとえるなら品川ヒロシの映画みたいな?
作り手は狙ってやってるのだろうが、受け手が物語に求めるのはそれじゃない。
近代を舞台にした小説では、社会的制裁が家族の復讐にとってかわっている。
大半の人びとは、警察や司法が唯一の法の番人であることに、
異議をとなえたりはしない。
つまり、復讐というのはいささか時代錯誤の動機となっている。
ディーン・R・クーンツ『ベストセラー小説の書き方』
近代的世界観のなかで、復讐を動機として提示するなら、
語り手は説得力をもたせるのに多大なリソースを消費する。
新人作家は手を出さないのが吉だろう。
ぬこー様『無常のふでこさん』(REXコミックス/ためし読み)は、
『繰繰れ! コックリさん』の「こひな」を髣髴させるおかっぱ幼女が、
正論を大上段に振りかざし、あるあるネタや時事ネタを斬る4コマ。
みのりフーズの岡田正男氏が、発言が炎上したうえに自宅まで炎上する。
絵柄が可愛いので、辛辣なオチも許せる感じ。
魔女宅やもののけ姫といった宮崎アニメも俎上に載せる。
でも叩かれるのはあくまで脇役、作品そのものへの批評ではない。
政治ネタもあるが、3コマめはあきらかにレイシズムで笑えない。
何かとお上になびく日本人に「風刺」は難しいのだから、やめときゃいいのに。
本作は、野々村議員や小保方さんやベッキーなどを袋叩きにして快感を得る、
「いじめエンターテインメント」(宇野常寛)を無上の喜びとする民族の自画像だ。
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守月史貴『捻じ曲げファクター』2巻
捻じ曲げファクター
作者:守月史貴
掲載誌:『ヤングアニマルイノセント』『ヤングアニマル嵐』(白泉社)2014年-
単行本:ヤングアニマルコミックス
帽子を忘れたのをプールでの授業中に気づき、
スク水のまま校舎へもどる「鴨川紗知」が、野良犬に襲われる。
ラッキースケベをよびこむ捻じ曲げファクターの発動だ。
妙に犬の描写がうまく、デッサン力の高さをうかがわせる。
公園のベンチで恋人と睦み合うシーン。
これでも最終的に結ばれない。
赤らむ紗知の表情、下着などの描き込み、ふわふわおいしそうなカラダ、
そしてそれらすべての要素をまとめる構成力が冴えている。
入ってるかどうかなんて、たいした問題じゃない。
紗知を慕う「九重百花」にカラオケ店でせまられる、7話が白眉。
純情ぶってもエッチに興味津々と見抜かれ、手玉に取られる。
百合の心理戦がたのしい。
百花は、紗知の胸を執拗に責める。
指先でなぞり、おさえつけ、つまみ、くすぐる。
おっぱいを舞台に、十本の指が優雅なワルツを踊る。
ゼリーよりやわらかで甘そうなものにむしゃぶりつき、思う存分吸いつくす。
守月史貴が描く女の子は、ある意味デッサンが崩れている。
女体の魅力が誇張され、あたかもおっぱいが物語の主人公みたい。
現場を目撃しても平然とする恋人に、紗知は不満を言う。
たとえ相手が女の子でも、これは一種の浮気だ。
もっと動揺して、嫉妬して、怒ってほしい。
フィジカルなアピールのあと、メンタルなアプローチで読者を虜に。
守月作品の女子は「完成度」がたかい。
たとえば百花の冬の装いとか、どこに出しても恥づかしくない。
自分の病気について調査するため、伊達眼鏡で知性派気取り。
けっきょく知恵熱を発し、体温をはかろうと肩を出したら勢いあまった。
隙だらけの、隙のないうつくしさに感動する。
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『高天原ラグナロク』 第3章「第一国立銀行」
高天原城の西側にある桜田濠は、この城でもっとも大きい。北の地から飛来したカモが、群れをなして水面をただよう。
甲州街道に直結する半蔵門の内側が、アマテラスの住居がある吹上御苑だ。人の手がくわわらない森林の中心に、雲を突き抜け天までとどく、「宇宙の樹」と称される巨樹が聳え立つ。紅梅学院の生徒は「気になる木」と呼ぶが。政府の管理下で市販される木材は、「御神木(ゴシンボク)」の名で国内外で珍重されている。巨樹の根元からゆたかな湧水が流れ出し、運河を通じ出雲市全域を潤す。
半蔵門から徒歩十分ほどにある屋敷の二階で、ジュンは目を覚ます。自宅が襲われてから約一週間、紅梅学院学院長をつとめる服部半蔵の家に泊まっている。服部家の当主は代々「半蔵」の通称を名乗るしきたりがあり、特に二代の正成は武名の誉れ高く、城門に名をとどめたほど。
ノックのあと、白い顎鬚をはやした半蔵が部屋をのぞく。七十五歳だが百八十センチちかい長身で、痩せている。
「ジュン」半蔵が言う。「お客さんが来たぞ」
「だれにも会いたくない」
「いつまでも寝てばかりいられないだろう」
「半蔵先生、ごめん。当分無理」
洗い物の最中でシャツを腕まくりした、半蔵の妻である千代が二階に上がってくる。
「やすんでなさい」千代が言う。「元気になるまで、ずっとウチにいていいから」
「ありがとう」
「勿論お父さんがもどったら、すぐ帰るのよ」
「うん、わかってる」
服部夫妻にはふたりの息子がいたが、どちらも若くして蝦夷討伐で戦死した。ジュンを実の孫の様に可愛がっている。
窓の外から甲高い声が聞こえた。
「中臣さん、緊急の用です! 返事して!」
ジュンはカーテンをあけて庭を見下ろす。国事科のブレザーを着た小柄な女学生が、勝手に入りこんでいた。髪は額を出した、あかるい色のショートボブ。六年生で生徒総代の忌部玉依《いんべ たまより》だ。「歩く校則本」と渾名され、全校生徒から敬遠されている。
「サボりじゃないですよ」ジュンが答える。「休学届は出してます」
「そうじゃなくて、アマテラスさまがお呼びです。いまから御所へ参上しましょう」
「体調悪くて」
「心中お察しします。でもお父上を救出するのに、あなたと私の神術が必要なんです」
ジュンは詰襟にショートパンツの制服に着替え、半蔵門から吹上御苑にはいる。マグナム弾が貫通した服は処分した。振り下ろした石像が弾丸の勢いを削いだおかげもあり、胸の銃創はほぼふさがった。
名門に生まれたジュンでも、吹上の中を見るのは初めて。神都の中心で繁茂する森林は、野鳥の鳴き声がこだまする秘境だった。
通された御所の小広間で、アマテラスが肘掛け椅子で居眠りする。歯ぎしりしている。だらしなく股をひらいたセーラーワンピの裾から下着が見える。
咳ばらいして玉依が言う。
「ごほん、陛下」
「むにゃ……」
「学院長と中臣ジュンが参りました」
「水……水こわい……」
「陛下を濠へ放りこんだ張本人ですよ」
「ひいっ」
アマテラスは吊り目ぎみの眼をひらき、ジュンを見上げる。玉依にしがみついて言う。
「なぜこの暴力女を連れてきた」
ジュンが尋ねる。「たのしい夢でしたか」
「ぬしのせいで風呂にも入れん」
「今度泳ぎを教えますよ。いまは体調が万全じゃないですけど」
「ああ……家族のことは気の毒じゃった」
「大丈夫です。ありがとうございます」
母と妹を失ったジュンは、入院中で葬儀に出席すらできなかった。悲しみは決して癒えない。しかしたとえ相手が神でも、弱みを見せたくない。
アマテラスが手を鳴らすと、側に仕える内舎人《うどねり》の男が広間へ入り、リモコンを操作する。照明が落ち、壁のスクリーンに映像が投影される。石造りの西洋建築に、天守閣風の塔を組み合わせた建物が映る。兜町にある第一国立銀行だ。警官やパトカーが周囲をとりかこむ。
暗がりでアマテラスが言う。
「午前十時ごろ、蝦夷十二名が第一国立銀行を襲撃した。人質をとって現在も立て籠もっている」
ジュンが尋ねる。「犯人側の要求は?」
「今のところない。どうやらカネ目当てらしい。人のことを拝金主義者と批判するくせにな」
「土蜘蛛は陛下と結婚したいそうですよ」
「ふん、わらわは永遠の処女じゃ。蝦夷のリーダーであるその土蜘蛛が、犯行グループにいる」
「どうやって識別したんです? あいつの素顔はあたししか知らないはず」
「ぬしの入院中に正体を現したのじゃ。おい、例の動画を再生しろ」
アマテラスが内舎人に命じる。迷彩戦闘服を着た半蔵が口を挟む。
「陛下、ここで流すのは……」
玉依が言う。「私は構いません」
「しかし」
「お話をつづけてください」
民族衣装を着た、華奢な美青年がスクリーンに映る。かつて少女に化けて紅梅学院に潜伏していた土蜘蛛が、ついにプロパガンダ映像に登場した。右隣で白髪の男が、政府批判の文言を強制的に読まされている。政治音痴のジュンも見覚えある政府高官だ。土蜘蛛の左には、白髪の男と似た年恰好の女が、別の蝦夷に斬首されかかっている。
昼夜ジュンを悩ます悪夢とそっくりな風景。
ジュンは内舎人にむかい叫ぶ。
「やめろッ! いますぐ消せッ!」
三十代の内舎人はジュンの剣幕にたじろぐが、神の命令には逆らえず当惑。その優柔不断さがますますジュンの怒りに火をつける。肘掛け椅子を持ち上げ、内舎人へ投げつける。
「中臣さん」玉依が言う。「ここは禁中です。見苦しい真似はおやめなさい。あなたも審神者の一員でしょう」
「知るか」
「われわれ貴族は特権の代わりに、ときに犠牲を払うことも覚悟せねばなりません」
「てめえに何がわかる!」
ジュンのこめかみの血管は、膨張して破裂寸前だった。玄関で鬼切を預けてなければ、玉依の首を刎ねたかもしれない。家柄だの格式だの世間体だの礼儀作法だので凝り固まった、一番嫌いなタイプだ。
しかし、闇にかすかに浮かぶ玉依の口許に、血の筋があるのに気づく。唇を噛み破っている。
ジュンがつぶやく。「あ……あんたの両親か」
白髪の男は左大臣の忌部広正で、斬首された女はその妻だ。玉依は夫妻のひとり娘。
ジュンは沈黙する。自分に抗議する資格はない。
照明がつき、アマテラスが口をひらく。
「すまぬ、配慮が足りなかった」
「御高配、恐悦に存じます」玉依が答える。「臣下一同、陛下と民の安寧のため全身全霊を捧げる所存でございます」
「あっぱれな心構えじゃ。将来の摂政と目されるだけある」
「勿体ないお言葉です。その御厚情に免じて、さきほどの非礼はどうか御寛恕のほどを」
「気が利くのう。そちの様な妹がほしかったぞ。よし半蔵、作戦計画を申せ」
半蔵は、アタッシェケースから紙の束を取り出して読み始める。
アマテラスの発案により、極秘のタスクフォースが結成された。学院生から選び抜いた精鋭八名に、半蔵がアドバイザーとして参加。学生を抜擢したのは機密保持のため。政府は蝦夷との全面戦争を準備中で、職業軍人をつかえば計画を潰される恐れがある。少人数による不利は、半蔵・玉依・ジュンがもちいる神術でおぎなう。
作戦は、まづ第一銀行に潜入して土蜘蛛を拘束、同時に建物を制圧する。その場でアマテラスと土蜘蛛のあいだで交渉をおこない、和平協定をむすぶ。蝦夷に一定の自治を許すなどの譲歩をするが、中臣栄一や忌部広正などの人質は取り戻す。とにかく戦争だけは避けたい。
「ふーん」ジュンが言う。「悪くないかな。でも、軍の特殊部隊を出動させた方が確実ですよ。あたしらの神術は一日一回だけで、それほど万能じゃありません」
「いま兵部省は」アマテラスが答える。「わが妹ツクヨミに牛耳られ大混乱なのじゃ。あれは悪い子ではないが、昔から戦にのめり込むタチでな」
「お姉ちゃんが言って聞かせりゃいいのでは」
「ぬしは神同士の戦争を望むか」
「なんだかなあ。あと忌部さんをメンバーに加えるのは反対。国事科生は足手まといです」
玉依の顔から穏やかな微笑が消える。口を尖らせてジュンに言う。
「足手まといとはなんですか。失礼でしょう」
「あ、いや、ディスってるわけじゃなく」
「くわしく言えませんが、忌部氏の神術が作戦に必要なんです。自分の身は自分で守れます。私は武術の授業もちゃんと受けてますから」
玉依は「私は」のところを強く発音した。ジュンが武術以外はからっきしの劣等生だと聞き及んでいる。早口でつづける。
「陛下、中臣さんこそ本作戦にふさわしくありません。感情的なふるまいが目に余ります」
「仲良くせぬか」アマテラスが言う。「そちらは手を携えて日本を背負って立つ身分であろう」
「忌部氏と中臣氏がライバルだから申し上げるのではございません。くれぐれも誤解なきよう」
「わかったわかった」
玉依がムキになればなるほど、氏族同士の敵愾心が露わになる。中臣氏と忌部氏は何百年も権力闘争をつづけてきた。暗殺をふくむ流血沙汰もめづらしくない。八年前の中臣栄一の摂政就任は、この世代の政争における忌部氏の敗北を意味する。忌部広正は左大臣となるが、中臣氏の栄光をすぐ傍で指を咥えてながめる屈辱をなめていた。
とはいえジュンにとり、中臣氏の当主になる定めは受難でしかない。尊敬する父・栄一の夢が推理小説家なのも、出来の悪い自分が政治家に向かないのも知っている。要領のいい妹スミレに家を継いでもらおうと考えていたくらいだ。
だいたい、家族が大変な目にあったばかりなのに、どっちの家が上か下かなんてくだらない。摂政になりたきゃなればいい。あたしは関係ない。
忌部玉依。二歳年上のこの女とは、絶対友達になれそうにないと確信した。
ふたたび眠気をもよおしたアマテラスが私室へもどったあと、半蔵がタスクフォースに選抜した武術科生六名が広間にはいる。うち五人は黒の詰襟を着た男子だが、ひとりは長い銀髪を後ろで無造作に束ねた女子だ。
ジュンが叫ぶ。「よいっちゃん!?」
大戦期フィンランド風のグレーの軍服を着た那須与一は、武術科の二年生。ジュンと親しい。
ジュンは半蔵にたずねる。
「なんで選んだの? たしかによいっちゃんは射撃の天才だけど、まだ十四歳だよ。若すぎる!」
「俺もそう思うが、本人がしつこく食い下がるんでな。選ばなきゃナイフで刺すと」
身長百五十センチと武術科では小柄な与一は、腰から抜いたナイフの刃を、手袋をはめた指でなぞっている。
「よいっちゃん」ジュンが言う。「危険な任務なのはわかってるでしょ。やめときな」
「年は先輩と二つしか違わない」
「あたしはお父さんを助けたいから」
「先輩には恩がある。それだけ」
与一はそう言ってぷいと横を向く。一年のとき平民出身のせいで受けていたイジメを、ジュンに止めてもらったことがある。その恩返しをしたいらしい。ジュン以上に強情で、説得できそうにない。
タスクフォースは、P90やファイブセブンなどの武器を用意しはじめる。鉄砲奉行の半蔵が、衛士の標準装備に制定したものだ。ハイカラな銃を好まない半蔵自身はM4カービンを、国事科生の玉依はショットガンのケルテックKSGをつかう。ジュンは神術の使用にそなえ、鬼切を左腰に提げる。
七十五歳と高齢ながら闘志を漲らす半蔵が、ジュンに声をかける。
「傷の具合はどうだ」
「アドレナリンでふっとんだ」
「隠し通路を知ってるお前が作戦の鍵だ」
「楽勝だよ。お父さんが頭取だったころに教わって、何度も頭取室へ忍びこんだ」
「ひとりでなんでも抱え込んで突っ走るのが、お前の缺点だ。もっと周りと相互依存しろ」
「へいへい」
「本当にわかってるのか。指揮をまかせるぞ」
「え、先生じゃないの?」
「年寄りをいたわれ」
「よく言うよ。いまだに生徒より鍛えてるくせに」
ジュンは六年生男子五名の表情をうかがう。たがいの能力や性格は把握している。下級生の女に従うのは彼らも正直面白くないが、生還の確率がすこしでも高まるなら許容できる。
つねに無表情な与一の口許がゆるむ。ジュンがリーダーになって嬉しいらしい。
「よっしゃ」ジュンが言う。「蝦夷に一泡吹かせようぜ」
総勢九名のタスクフォースは地下鉄日本橋駅のホームから線路に下り、隊列を組んで薄暗がりを移動する。
壁の大きな窪みに鉄のドアがある。頭取室に直通するエレベーターだ。ジュンは懐中電灯で操作盤を照らしながらボタンを押す。反応はない。ドアを蹴って毒づく。
「くそ、どうなってんだ」
「おかしら」与一が囁く。「キーボードでなにか入力するんじゃ」
「なんだよおかしらって……」
操作盤にQWERTY配列のキーボードがあり、六文字分の空欄が液晶画面に表示されている。機能自体は八年前もあったが、頭取退任の際に栄一がパスワードを設定した。「誤入力の場合、エレベーターははロックされます」との注意が出ている。
白地に赤の線をあしらう都営浅草線の車輛が、背後を駆け抜ける。
アルファベット六文字。「EIICHI」? 自分の名前をパスワードにするなんて父らしくない。「SUMIRE」? とびきり自分に優しい父が、妹を贔屓するはずない。
ジュンが「FDRACD」と入力すると扉はひらいた。
フランクリン・デラノ・ルーズベルトと、アーサー・コナン・ドイル。父が尊敬するふたりの頭文字の組み合わせだ。自分の心がいかに深く父と繋がってるかわかり、ジュンは涙ぐむ。
与一が尋ねる。「おかしら、泣いてるの?」
「だからおかしらと呼ぶなって。海賊かよ」
「いそごう」
エレベーターは重武装の九人をどうにか搭載し、最上階の二十階へ急上昇する。
玉依がもつKSGはブルパップ型で、全長660ミリとショットガンにしては短い。それでも平均的な日本人女性の体格では持て余す。専門的な訓練を受けてない玉依は咳払いをくりかえし、緊張を隠せない。
ジュンは玉依の耳許でささやく。
「目標をセンターに入れてスイッチ」
「え?」
「エヴァ見たことない? シンジが銃の撃ち方をそう教わるの」
「さあ、知りませんが」
「子供のころあれ見て、銃って簡単だなと思って」
「緊張をほぐそうとしてるなら御無用です。ストレスは自分で対処できます」
「かわいくないの」
玉依は制服のブラウスの上に、防弾ベストと体育のジャージを重ねている。ボトムスはスカート。
ジュンは続ける。「スカートじゃ動きにくいっしょ」
「忌部の女は、スカートしか穿いちゃいけない決まりなんです」
「まじか」
「神術に関係あるんです。忌部氏が遅れてるわけじゃありません」
「んなこと思ってないって」
ジュンはエレベーターの天井を見上げ、溜息をつく。人に食ってかかる余裕があるなら大丈夫だろう。
上昇がとまる。ドアがひらくと同時に、九人は頭取室へ踏みこむ。エレベーターは書類棚の裏につながっていた。濃紺の着物を身にまとう土蜘蛛が、元頭取の栄一がそろえた十八世紀風の調度にかこまれ、応接用のソファから足をテーブルへ投げ出している。思いもよらない奇襲をうけ放心状態だ。
先頭の与一がフルオートでP90を発砲、廊下へ通じるドア付近にいた蝦夷を斃す。その動きは神出鬼没。彼女が射撃を外すのをジュンは見たことがない。
ジュンはドットサイトで土蜘蛛をとらえる。フェイスペインティングがほどこされた顔は睫毛が長く端正で、照準器ごしでも見惚れてしまう。
ジュンが言う。「将軍さまも年貢の納めどきか」
「どうかな。TNTをビルの六か所に仕掛けた。これで起爆できる」
「ちっ」
土蜘蛛は懐から小型の携帯電話を出す。いまどき通話のためにガラケーなど使わない。本気だろう。
半蔵がジュンの肩をたたき、背後から言う。
「ここはまかせたぞ」
「おっけー」
いざとなれば神術ミカヅチで、敵が携帯を操作する前に斬るのも不可能ではない。駆け引きで主導権を握られないことだ。
頭取室にジュンと玉依だけ残し、ほかの七名は建物の制圧にむかう。銃声が響く。味方に死傷者が出ないのをジュンは祈る。
細い腕でショットガンを構える玉依が、震え声で土蜘蛛に言う。
「あ……あなたは母の仇です」
「はじめまして」土蜘蛛が答える。「左大臣のお嬢さんかな」
「どれだけ憎んでも憎みきれません」
ジュンが口を挟む。「忌部さん」
「しかしここで引き金をひいたら、私もあなたがた蛮族とおなじになる。和を尊ぶアマテラスさまの遣いとして、忠実に使命をはたします」
玉依はKSGを壁に立て掛け、ジャージと防弾ベストを脱いで正座する。目をつぶり、ゆっくり深呼吸する。
神術【カミガカリ】。
息がせわしなくなり、体が小刻みに揺れる。忌部氏につたわる憑依の能力で、アマテラスをその痩身へ迎え入れようとしている。
目をカッと見開いて言う。
「わらわが神国日本の最高神アマテラスじゃ」
「さて」土蜘蛛がつぶやく。「信用していいものか」
「国の宝と言うべき、ふたりの娘を派遣した意味を汲み取るべきじゃな」
「まあいいでしょう。できれば直接お会いしたかった。いづれ僕の妻になる方ですから」
「そんな境遇も楽しいかもしれぬ。じゃがわらわの命は、民を安んずるためにある」
「ますます魅力的だ。きょうはどんなお話で?」
「和平が所望じゃ。あと人質を解放せよ」
「見返りは」
「北海道での自治をゆるす」
「ふむ」
土蜘蛛は腕をくみ、顎をさする。前例のない大胆な提案だった。
「寛大だ」土蜘蛛は続ける。「しかし歴史上、わが民族があなたの手練手管に翻弄されつづけてるのも事実」
「国のあり方も時代にあわせ変わるべきじゃ」
「軍備をととのえて侵攻する気では?」
「だとしても、むざむざやられる男ではあるまい」
「はっはっは! さすがは神君、賢明なるかな」
「そろそろ時間切れじゃ。返事を聞きたい」
「異存ありません。でも僕は、あなたとの結婚をあきらめたわけではない」
「おぼえておこう。悪い気はせぬ」
アマテラスが乗り移っていた玉依がガクンと頭を垂れる。ジュンはその肩を抱き、倒れるのをふせぐ。ブラウスが汗でぐっしょり濡れている。
はじめて見た神術カミガカリには驚嘆した。数々の偉大な巫女を輩出する忌部氏ならではの異能だ。玉依の名門意識の強さもうなづける。
銀行内を制圧し、人質を逃がした七名と合流する。負傷者はいない。ふたたび九人で書類棚の裏のエレベーターに乗りこむ。
しかしドアが閉まりかけた瞬間、ジュンは頭取室へ飛び出る。呆気にとられる仲間をのせ、エレベーターは地下へむかう。部屋にいるのはジュンと土蜘蛛だけ。
「笑えるぜ」ジュンが言う。「あいつらお花畑すぎんだろ。なにが和平だ。ふざけんな」
「復讐か」
「たりめーだ。家族を殺されて、あたしが黙ってるわけねー。神や仏がなんと言おうが知るか」
あれから一週間寝ても覚めても、妹のスミレが助けをもとめ泣き叫ぶ顔が脳裏に焼き付き、一瞬たりとも消え去らない。渦巻きの刺繍がほどこされた着物を見ただけで血が沸騰し、脳細胞を蒸発させる。報いを受けさせる以外の選択肢はない。あとで我が身が八つ裂きにされようが構わない。
ジュンは木製のドアに鍵をかける。パスワードを知らない間抜けな仲間たちは、非常用エレベーターをつかえない。正面からえっちらおっちら上ってくるだろう。それまでに始末する。
土蜘蛛に向かい、鬼切とP90をぞんざいに放り投げて言う。
「好きな方をつかえ」
「君はどうする」
「五歳の子供を殺す人でなしなんぞ、素手で瞬殺してやんよ」
ジュンはポケットから格闘技用のオープンフィンガーグローブを出し、手にはめる。
敵を見くびってるのではない。北の丸で土蜘蛛の剣技の冴えを目の当たりにした。でもこの男に、すみやかな死はふさわしくない。可能なかぎりの苦痛と絶望を味わわせてから殺す。
土蜘蛛は鬼切を手に取り、一尺ほど抜いて分厚く粒だった刃文をながめる。涼やかな両目が細まる。名刀の機能美に感動しているらしい。刀を朱塗りの鞘におさめて床に置き、つぶやく。
「まさに眼福だ」
「なめてんのか。武器をとれ」
「僕には君を斬る理由がない」
土蜘蛛は無腰のまま、ためらいなく五メートルの距離をちぢめる。ジュンは両手の握り拳を顔の前に上げ、左足を一歩踏み出し、迎撃体勢をとる。
微笑をたたえる土蜘蛛は殺気を帯びてない。拳のとどく範囲に顔があるのに、ジュンは打てない。かつて「学院一の美少女」と称された土蜘蛛の美貌は、間近で見ると息を呑むほど。出雲市にいるほかの男から嗅いだことのない体臭がただよう。
土蜘蛛は両手でジュンの顔を挟み、その唇を吸う。舌が口腔内に侵入し、ジュンの舌と絡み合う。グローブをはめたジュンの手は、麻痺した様に虚しく宙をさまよう。はげしい接吻は一分つづく。
「君は汚れてない」土蜘蛛が言う。「拝金主義者と袂を分かって、常陸幕府に加わらないか」
「……いきなり何すんだ」
「初めて見たときから気になっていた。僕の妻になってほしい」
ふたりはまた口づけを交わす。ジュンは錯乱していた。彼女はまったくのおぼこ娘ではない。恋愛の真似事くらいは経験している。しかし中枢神経が異常事態に反応しない。催眠術のたぐいか。
銃声のあと、ドアが蹴破られた。与一や半蔵が銃を手になだれこむ。KSGのスラッグ弾で蝶番を壊した玉依が、目を剥いて立ち尽くす。
玉依が叫ぶ。「なにしてるの!」
耳まで紅潮したジュンが、唾液にまみれた口を手の甲でぬぐう。土蜘蛛は下を向き、笑いをこらえる。
「信じらんない!」玉依が続ける。「事もあろうに、作戦中に蝦夷の男と不埒な真似を!」
「ち、ちが……」
「あなたは噂通りの人ですね! 大和撫子の風上にも置けない! もう本当にありえない!」
玉依は地団駄を踏み、ショットガンを振り回す。人がこんなに怒る様子をジュンは見たことがない。KSGのセフティを掛けてほしいが、とても言い出せる状況ではなかった。
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大森葵『シルシア=コード』
シルシア=コード
作者:大森葵
掲載誌:『月刊Comic REX』(一迅社)2016年-
単行本:REXコミックス
[ためし読みはこちら]
ツノと翼としっぽが生えた悪魔っ娘が、主人公の「カナタ」。
正確に言うと、主人公がプレイしているオンラインゲームのアバター。
……おっと、「SAO的なアレね」と安直にカテゴライズするのは、まだはやい。
まづ主人公は男である。
ネトゲ廃人の姉にすすめられ、「アルトアトラス」とゆうゲームをはじめた。
そんな作品の象徴として悪魔っ娘になってもらった主人公カナタ君ですが、
ギャルでないとなかなかビジュアルを前面に押し出しにくいという
昨今の大人の事情をクリアしつつ主人公を前面に押し出して描ける!
というのが個人的には非常にうれしい所ではあります。
作者ホームページより
作者がネトゲをテーマにえらんだのは、流行ってるからでなく、
むしろ時代の要求に抵抗するための戦略。
デフォルメとコントラストが利き、かつ情報量の多い絵柄でえがくバトルもみどころ。
大森葵はファンタジー系の作家で、凝ったデザインをたのしめる。
本作最大の特色は、現実と虚構の境界がないこと。
なにかを企む運営者により、ホログラム技術でゲームの内容が街へ投影される。
プレイヤーはアバターのまま現実世界で生きることに。
学校にも通う。
中の人が男と知られてるから、スカートはめくり放題。
ちなみに二人組ロリも中身は男だ。
ほかにネトゲを題材に、虚実を曖昧にしてえがく漫画は、
「アバターも人間」の烏丸渡『NOT LIVES』があり、バトルが熱い傑作だ。
くらべて本作のギミックは、学園モノとの親和性がたかい。
サブプロットとして、病弱な少女「雛花」への淡い恋心が語られる。
治療のため引っ越してから、もう三年会ってない。
ゲームのなかで再会。
少年少女の初恋は、百合へクラスチェンジ。
……ほら、カテゴライズしづらい漫画でしょ?
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