エドワード・ルトワック『中国4.0 暴発する中国帝国』
『ラブライブ!』(テレビアニメ/2013年)
中国(チャイナ)4.0 暴発する中華帝国
著者:エドワード・ルトワック
訳者:奥山真司
発行:文藝春秋 2016年
レーベル:文春新書
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ロシアには「戦略文化」があると著者は言う。
戦争をすれば必ず勝つ。
ドイツが必ず負けるのと対照的に。
戦略文化とは、言葉の重さだ。
それがない国、たとえば中国の習近平の言葉は軽い。
「尖閣は中国領」だと宣言しても、その実現のためになにもしない。
プーチンだったらとっくに占領してる。
野田サトル『ゴールデンカムイ』(ヤングジャンプコミックス)
ではなぜロシアは日露戦争で、日本を打ち負かせなかったのか。
「シーパワー(海の軍事力)」で優っていても、
その上位概念である「海洋パワー(maritime power)」を理解しなかったから。
「海洋パワー」は、他国との関係性からもたらされるもの。
日本の同盟国イギリスは、当時世界中の港を支配しており、
妨碍されたバルチック艦隊は、日本海に到達するころには疲弊しきっていた。
筆者の「大国は小国に勝てない」説の補足が必要だろう。
例としては日露戦争・冬戦争・ベトナム戦争などがあげられる。
大国が小国を脅かせば、ほかの大国がその小国を支援する。
パラドクシカルだが、これが歴史の論理だ。
中国はロシアの資源をもとめており、そのための力を蓄えている。
いづれロシアは日米の側につき、中国に対するバランシングをおこなう。
日本はロシア嫌いのアメリカの顔色をうかがいつつ、手を差しのばすのが正解。
とるべき戦略は、「受動的な封じ込め政策」。
こちらからはなにも仕掛けず、ひたすら八方美人としてふるまう。
当てにならないアメリカと馴れ合いの関係をつづけつつ、
テーブルの下でロシアの手を握り、夜郎自大な中国に愛想をふりまく。
ブチ切れて第二の真珠湾攻撃をおこせば、また国を滅ぼすから。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済
はんざわかおり『こみっくがーるず』2巻
こみっくがーるず
作者:はんざわかおり
掲載誌:『まんがタイムきららMAX』(芳文社)2014年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
商業誌でデビューずみのJK漫画家たちが、
寮生活をおくりながらドタバタ切磋琢磨する4コマ。
ただひとり、主人公のかおす先生だけ成長してないけど。
つーちゃんが授業中に絵を描いてたら、虹野先生に見咎められる。
マジメで厳しい先生のはずだが、様子がおかしい。
虹野先生は、つーちゃんの『暗黒勇者』の熱狂的ファンだった。
まさか教え子が描いていたと知らず、平伏してこれまでの非礼を詫びる。
るっきーは作画にデジタル環境を導入。
普段はお姉さん的存在なのに、ひどい機械音痴で周囲の手を煩わせる。
「デジタルな座り心地だわ!」は、おもわず吹き出す名台詞だ。
スタイラスをインクにつけたり、モニターを直に拭いて修正しようとしたり……。
花見・夏祭り・運動会・クリスマスなど定番の年中行事ネタはすくなめで、
「日常もの」より「お仕事4コマ」に近いのが、きらら系としては異色だ。
精一杯おしゃれしてサイン会に参加。
自分は経験ないのに、背伸びして読者の恋愛相談にも応じる。
女子のかわいさを堪能できる点は、やはりきらら。
巻末では、かおす先生の母親が登場。
娘を天才と思い込む親馬鹿っぷりを披露する。
実際は没ネーム地獄なのに。
でも、感動する。
単行本1冊分だと変わってないが、人生とゆうスパンでみると成長してる。
登場人物が生きてると感じさせる、理想の4コマ漫画だ。
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『死と乙女と中野』 第2章「マエ」

中野通りの歩道をカップルが歩いて来る。女の髪は真っ赤で、男の肌は真っ黒。ガードレールに腰掛けるサッサは、男のズボンにぶら下がった鍵の音が聞こえるまで待ち、リコーGRのシャッターボタンを押す。目線はあさってを向いている。
路上スナップがサッサの専門だ。被写体は街に転がるおもしろい物や、オシャレした女の子。めったに男は撮らないが、カップルは比較的好きだった。デート中の女は表情が晴れやかで、かわいさが増す。
あおい書店のそばのファミリーマートから、親友のマエがアルバイトを終えて出てきた。髪は明るい色のボブで、ピンクのカーディガンを着ている。サッサを見つけて手を振る。
「仕事長引いてごめんなさい」
「ううん。おつかれさま」
サッサはGRをリュックのサイドポケットにしまう。
「私は撮ってくれないの」
「本当に好きなものは撮らないんだ。写真は得てして人を傷つけるから」
サッサはマエの右腕を取って歩く。マエは右膝に装具をつけている。高校一年のときワクチンの副反応で重病を患って以来、まだ関節や筋力の後遺症が恢復していない。
「いつもありがとう」マエが言う。「サッサちゃんには迷惑かけてばっかり」
「なに言ってんの。不自由な体で頑張るマエに、私は元気をもらってるんだよ」
ふたりは三方をビルに囲まれた四季の森公園のベンチに座る。日曜の四時半で、家族連れが多い。みな幸せそうに芝生で遊んだり、寝転がったりしている。
サッサはマエの装具を外し、マッサージや膝の屈伸をおこなう。
「痛くない?」
「うん……ちょっと」
「ゆっくりやるね。でも立ち仕事ができるなんて、すごい進歩」
「来月から予備校に通うから、これくらいできないと」
「そうなんだ! 病気になる前は東大狙ってたもんね。マエならすぐ成績上がるよ」
昨年から騒がれだした、いわゆる「紅花病ワクチン事件」は、投与された少女たちに甚大な被害をもたらしていた。影響は知能にも及び、家族の顔を思い出せないほどの記憶障碍も珍しくない。
「でも」マエが言う。「受験勉強を始めたら、あまり会えなくなる」
「仕方ないけど辛いね。あっ、そうそう」
サッサはリュックから、アマゾンの段ボール箱とオルファのカッターナイフを取り出す。特専黒刃に付け替えたカッターで箱を開ける。
マエが言う。「そんなに大きなカッターを持ち歩いてるんだ」
「お姉ちゃんの形見」
「中学のころ亡くなった……」
「そ。双子の姉。これで頸動脈を切った。私は同じことしないぞってゆう戒め」
「サッサちゃん」
「暗い話でごめん。私は自殺願望まったくないから安心して。はい、プレゼント」
小さな箱にクリスチャンディオールのロゴが記されている。マエはサッサに断り、中からリボンをあしらった瓶を出す。淡いピンクの香水が入っている。
つねに笑顔を絶やさないマエが眉をひそめる。
「これ一万円くらいするよね。気持ちは嬉しいけど、受け取れないよ」
「マエが私の気持ちをわかってるのは知ってる。その上でマエが大切だって思いを形にしたいの」
「でも」
「この瓶を部屋の片隅に置いてもらえたら、私は幸せ。世界一可愛いマエに絶対似合うから」
「ズルい。そんな風に言われたら拒否できない」
ふたりの笑い声がハーモニーを奏でる。マエが続けて言う。
「お金は大丈夫? バイトとかしてたっけ」
「ああ、うん……写真のスタジオでちょっとね」
「すごーい!」
嘘をついたサッサの胸が痛む。無愛想なせいでアルバイトの面接に十回連続で落ちてから、人に雇われるのを諦めている。
借りていたシバの著書を返す。
「読んだよ。おもしろかった」
「このひと桔大の三年生だよね。見たことある?」
「それどころか百合研に誘われた」
「えっ」
「おかしな人だったな。美人だけど自信過剰ってゆうか」
「サークルに勧誘されたってこと? 入るの?」
「気は進まないけど」
「噂を知ってるでしょ。たくさん自殺者が出てる」
「私は自殺なんてしない」
「あの人たちは生活が乱れてて、変なクスリもやってるって聞くよ。ああ、やっぱり本貸さなきゃよかった!」
「マエ、落ち着いて。体に障る」
「サークルに入らないで」
「でも約束したから」
「入るなら絶交する」
サッサの意識が遠ざかる。地面が裂けて飲み込まれそうな気がする。外見も内面も取り柄のない自分を受け容れてくれる唯一の人物がマエだった。すくなくとも彼女はそう思っていた。マエを失えば世界は無価値だった。
マエは自力で立ち、公園に隣接する桔梗学園の方へ跛行する。階段を下りる途中でよろけるが、かろうじて手摺につかまり、頭から転落するのは防いだ。
「あぶない!」
呆然としていたサッサが駆け寄る。
壁に倒れかかったマエは痙攣している。ワクチンの有害反応である解離がはじまった。激痛とともに、手足の不随意運動がおこる。眼球が振動し、苦しげにうめく。
マエは身長百五十三センチで華奢だが、非力なサッサには重荷すぎる。サッサは跪いたまま助けをもとめて叫ぶ。
通りかかった男に運ばれ、マエはふたたびベンチに座る。解離の症状は十分ほどでおさまった。いまは穏やかな呼吸で休んでいる。
サッサはマエの膝にすがりつき号泣する。
「うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「もう泣かないで。些細なことで怒ったら、ひさしぶりに発作が出ちゃった。自業自得だね」
サッサはますます泣きわめく。マエはその黒髪を撫でながら苦笑した。
「私ね」サッサが言う。「写真集を出すのが夢なの。ひょっとしたら叶うかもしれないの」
「どうしても入部したいのね」
「この夢だけは叶えたいの。一週間だけ。一週間だけ百合研にいさせて」
「わかった。サッサちゃんが誘惑に負けない強い子だってこと、信じてるよ」
マエの透きとおった笑顔に、サッサは利己心もふくめて全存在を肯定される思いがした。
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『甲鉄城のカバネリ』のヒロイン無名さん
甲鉄城のカバネリ
出演:畠中祐 千本木彩花 内田真礼 増田俊樹
監督:荒木哲郎
助監督 :田中洋之
シリーズ構成:大河内一楼
キャラクター原案:美樹本晴彦
アニメーションキャラクターデザイン:江原康之
アニメーション制作:WIT STUDIO
放送:2016年4月8日-
時代劇とスチームパンクとゾンビものを混ぜた世界観がとりとめなく、
僕としては現時点で作品そのものに対する意見はないが、
ヒロインの無名さんがかわいいので語らずにいられない。
美樹本晴彦の筆触まで再現していて舌を巻く。
敵である「カバネ」は言わば頑丈なゾンビで、普通の銃では斃せない。
それでも無名さんは先頭に立ち、突破口をひらく。
カバネ相手に情けは無用。
ためらえば自分たちがカバネになるだけ。
でもそれにしてもクールな闘いぶりにしびれる。
環境を利用して三次元的に飛び回る。
ミニスカートや、腋がみえるボレロ風の上着がいい。
「ふわあぁ~」
暴れすぎたせいか眠気をもよおす。
驚異的な戦闘能力は激しい消耗をもたらすらしい。
まだ味方はピンチなのに一眠り。
全体的に登場人物がバカっぽいアニメなのだが、
無名さんだけが数歩先を走っていて、ますます印象ぶかい。
美樹本さんの絵は、魅力的であるだけでなく、
時代の変化にも耐えて生き残ってきたものですから。
ヒロインに重点を置くことは初期段階から決まっていたので、
魅力的な少女が描けて、しかもリアルな世界観をベースに持ち
普遍的である、となると美樹本さんしか思い浮かびませんでした。
荒木哲郎監督のインタビュー
演じる千本木彩花は20歳でほぼ新人だが、
『帰宅部活動記録』の九重クレア役でアニメファンに知られる。
おっとりした財閥令嬢なのに、怒るとスナイパーを呼んで処理する怖さ……。
『カバネリ』は古今東西さまざまな要素のごった煮で、
そのすべてがヒロインの無名さんに集約されている。
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4.23-24新宿・中野
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吉原雅彦『ブラック彼女』
ブラック彼女
作者:吉原雅彦
掲載誌:『コミックアライブ』(KADOKAWA)2015年-
単行本:MFコミックス アライブシリーズ
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抵抗不能な、ジャンパースカート制服とニーハイ。
ブラック彼女の名前は「天宮ミドリ」、中学2年生だ。
顔が可愛く、性格は天真爛漫で、しかもこのおっぱい。
男子のほとんどは「天宮派」に属す。
天宮さんはときどき、もうひとつの人格らしき「ミッちゃん」に乗っ取られる。
髪を下ろし、グルグル目となって表情も変化。
快楽をもとめ、凄惨な暴力をふるう。
対する中学の「月岡先生」も殺人鬼だが。
月岡先生は、団地で娘と二人暮らし。
健気で目端がきく子供で、家族が寄り添う風景はほのぼの。
片方が殺人鬼なのはともかく。
日常に暴力をとりこむ一方で、日常を暴力的に可愛くみせる。
肩の関節を外したり、口までもちいる格闘スタイル。
意外性にとむアクションをたのしめる。
下校中、「グリコ・チョコレート・パイナップル」のじゃんけんで遊ぶ。
ミッちゃんは勝つためならなんでもする。
本作はただ残酷なのではない、ある意味知的なゲームをえがく。
『サクラダリセット』『水瀬陽夢の本当はこわいクトゥルフ神話』につづく、
吉原雅彦の初オリジナル単行本である。
普通じゃないものを求める読者の期待に応えている。
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『死と乙女と中野』 第1章「盗撮」

中野駅で、東京行の電車が人の塊を吐き出す。十八歳のサッサは身長が百四十四センチしかなく、ピンボールみたく幾度も弾かれ、つまづきかける。
女性専用車輛ってのがあるけど、女性専用ホームもつくってくれとつぶやく。
人気のなくなった中央線ホームの高円寺側の端に、白のセーラー服の少女がたたずむ。桔梗学園中の制服だ。なぜいまの電車に乗らなかったのだろうと、サッサは首をひねる。
蝶が花に誘われる様に、サッサは中学生にちかづく。黒のワンピースを着た姿はクロアゲハさながら。右手にアイフォンを握っている。
通り雨で濡れたセーラー服の下に、水色のブラジャーが透けて見える。サッサは気配を消して一メートルまで接近し、無音カメラアプリで背後から撮影。素知らぬ顔のまま、ひらりと翻る。中学生は線路を見つめている。
サッサは女の下着を盗撮し、違法業者に売って小遣いを稼いでいた。百枚で五千円。二時間ほど粘れば撮れるから割りはいい。同性だと怪しまれないし、言い逃れもたやすい。報酬はアマゾンのウィッシュリストで現物支給。捨てアカウントをつかい、コンビニで受け取る。自分に足がつく恐れはほぼない。
階段を下り、感覚を研ぎ澄まして次の標的を物色。青のミニスカートの女が目に留まる。身長は百七十センチを超えるはず。劣等感を刺激されたサッサはロックオンする。息を潜め、目が合わない様にし、さっきと反対側の階段へ追随する。
長い脚の女は乾いたヒールの音を立てる。スカートがひらめいて小ぶりな尻が露わに。ノーパンだった。サッサは十数回シャッターを切る。レアキャラとの遭遇で昂奮し、撮ったばかりの画像をホームで確かめる。
面識のない金髪ショートカットの女が、横からアイフォンをのぞきこむ。しゃれたグレーのパーカーを着ている。
「ちゃんと撮れてるね。エロい」
サッサの心臓が一瞬止まる。周囲の警戒を怠っていた。
金髪女は、自分のアイフォンで撮影した動画を見せる。階段を上るサッサとミニスカートの女が写っている。
「桔梗大を騒がす盗撮犯が女子とは驚いた」
サッサは画像を消去しようとするが、指が震えて誤操作をくりかえす。硬直した唇をうごかし、どうにか発言する。
「なんか勘違いしてませんか」
「へえ、否定するんだ。じゃあ被害者に聞いてみよう。おーいタッキー、このコがお尻の写メ撮ってくれたよ」
タッキーと呼ばれたミニスカートの女が、笑顔で歩み寄る。罠に嵌められたとサッサは悟る。
「あんたら警察か」
「あっはっは」金髪女が笑う。「んなわけない。君とおなじ桔大生だよ。あたしは三年の柴田カヲル。シバって言われることが多いかな」
「ああ、あの」
「知ってた?」
「有名ですから。百合の女王」
「なら話は早い。ねえサッサちゃん、ウチのサークル『百合漫画研究会』に入らない?」
「私レズじゃないですよ」
シバとタッキーが笑い転げる。シバなど涙ぐんでいる。
サッサは赤面しながら言う。
「だって噂じゃメンバーはみんなそうって」
「まあ」シバが答える。「あたしとタッキーに関しては嘘じゃないけど」
シバがタッキーの細い首に口づけする。
サッサは盗撮を見咎められたときよりは、落ち着きを取り戻して言う。
「サークルの勧誘にしては回りくどいですね。なんでまた私を?」
シバが答える。「新入生の美少女は全員入れたい」
「私が美少女ってありえない。チビでデブだし、短足で顔デカくて胸もなくて最悪」
「自己評価低すぎじゃね」
「本当を言うと」タッキーが言う。「君の友人の前田さんにも興味があるんだ。高校まで桔梗だったけど、病気で大学へ進まなかったとか」
「それなら納得。マエは世界一可愛いですもん」
サッサはきょう初めて笑顔を見せる。親友のことを思うと顔がほころぶ。アマゾンのウィッシュリストに登録した品物は、すべてマエへの贈り物だった。
シバが尋ねる。「入部してくれる?」
「まさか。そんな怪しいサークル嫌ですよ。まして親友を巻き添えにするとか」
「どうやら自分の立場をわかってないらしい」
サッサの手からアイフォンを奪い、シバが叫ぶ。
「駅員さーん! ちょっといいですか」
女子大生三人組に呼ばれ、四十代の駅員は嬉しそうに駆けて来る。シバの手元には盗撮画像と、犯行の一部始終を収めた動画がある。逃げられそうにない。サッサは無言で激しくうなづく。
如才ないシバは、駅員に秋葉原への行き方を聞いてごまかしている。サッサは天を仰いだ。
駅員が去ったあと、小柄なサッサは腰に両手をあてて言う。
「いまから会話をアイフォンで録音しますが、よろしいですか」
シバが答える。「童顔に似合わず用心ぶかいな」
サッサは黒いリュックから本を取り出す。迅雷社新書の柴田カヲル著『百合イズム 女子の寿命は二十二歳』、二十万部売れたシバの著書だ。
「マエから借りて読んでたんです。たまたま」
「ありがと。サインでもする?」
「いえ。私カメラが趣味で、写真集を出すのが夢なんです。だから編集者を紹介してほしい」
シバとタッキーは顔を見合わせる。この小学生みたいな背格好の十八歳は手強い。
「紹介するくらいならできるけど」
「お願いします。それが入部の条件です」
「ちゃっかりしてんなあ」
「よく言われます。それにしても過激な本ですよね。女は二十二歳以上生きる意味がないって」
「事実でしょ。みんな心の中ではそう思ってる」
「タッキーさんも?」
タッキーが答える。「私はシバの忠実な下僕さ」
「でもこの本に影響をうけて自殺者が出てるじゃないですか。ネットで叩かれてる」
8番線に入った列車が耳障りなブレーキ音を立て、ホームの中ほどで停車した。乗換を案内した小太りの駅員が走りながら、ほかの駅員に「セーラー服の女の子が飛び込んだ」と伝える。
中央線で人身事故は日常茶飯事であり、ほとんどの利用客は平然とスマートフォンをいじっている。十分くらい経って救急車のサイレンが響く。
彫りの深い顔立ちで西洋系のハーフに見えるタッキーは、するどい視線を四方に配っている。
シバがつぶやく。「五月病かな」
「ひょっとしたら」サッサが言う。「この本の読者かも」
「私に影響されて死ぬ人もいるし、逆に生きようと思う人もいるはず」
「なるほど。とにかく自殺って最悪。あの人たちは迷惑を考えない。死んだらそれまでって発想、私は理解できないな」
サッサは地上の救急車のランプをながめる。その眼差しは、地平の果てを見通すかの様だった。
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登場人物とあらすじ
登場人物
サッサ(佐々成美)
桔梗大文学部1年生。18歳。身長144㎝。
カメラが趣味で、写真集を出すのが夢。
父と双子の姉が自殺しており、自分も「呪われた血」に怯えている。
マエ(前田利里)
19歳のフリーター。サッサの元同級生。
紅花病ワクチンの副反応にいまも苦しめられている。
もともとは東大医学部を目指していた秀才。
シバ(柴田カヲル)
桔梗大経済学部3年。20歳。金髪ショートカット。
サークル「百合漫画研究会」会長で、サッサとマエを勧誘した。
著書がベストセラーになるなど、学内では有名人。
父親は総合病院の院長。
タッキー(滝川益代)
桔梗大法学部3年。21歳。アメリカ系のハーフで、身長172㎝。
百合研の副会長で、つねにシバに付き従う。
スタイル抜群で、下着はつけない主義。
あらすじ
18歳の女子大生であるサッサは弱みを握られ、とあるサークルに誘われる。
そのサークル「百合漫画研究会」会長のシバはカリスマ的有名人で、
信奉者の間で自殺が続発するなど、よくない噂が知れ渡っていた。
ある日、ワクチンの副反応の被害者が殺される事件が発生する。
ワクチンの投与にはシバの父親が関与していた。
サッサは親友のマエを守るため、あえて罠へ踏みこむ決意をする。
しかしそれは悲劇の序曲にすぎず、想像を絶する理不尽な陰謀と暴力が、
誰より小柄で非力なサッサに次々と襲いかかるのだった……。
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Wednesday(4.20新宿)
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高津ケイタ『おしかけツインテール』
おしかけツインテール
作者:高津ケイタ
掲載誌:『まんがタイムファミリー』(芳文社)2014年-
単行本:まんがタイムコミックス
[ためし読みはこちら]
先月末に出た単行本だが、ツインテールがおしかけるだけの話だし、
水瀬るるう『大家さんは思春期!』に似すぎとも思い、ひと月寝かせていた。
そのうち、『大家さん』との相違をたのしめる様になった。
高津ケイタは10年以上のキャリアがあるが、商業誌で4コマを描くのは初めて。
コマを大きく隙間を小さくし、いわゆる「ストーリー漫画」の要領をもちこんだ。
2コマめから3コマめへのコマ間ワープとか新鮮。
若干パースまでついている。
小柄でツインテのヒロイン「朝比奈花梨」は、家事が得意。
主人公の家に居候をはじめたその日から、家政をとりしきる。
『けいおん!』のあずにゃんを『大家さん』に移植したと言えばわかりやすいか。
冷蔵庫の中身を一瞬で把握するさまは、まさに達人。
3コマめでドアの隙間のかすかな光をえがくなど、描写が細かい。
商店街で買い物するときは、値切りに執念をもやす。
格闘家みたいに危険なオーラを放っている。
「ネコの手」ネタも、『大家さん』とカブっている。
ただし猫耳の似合いっぷりは、あずにゃんペロペロ級の破壊力。
JKなのにおばあちゃんっぽい花梨は、さほど表情が豊かではない。
それを補う様に、猫耳にくわえて尻尾でも、女の子らしい素直さをあらわす。
優等生発言とは裏腹に、体がアイスクリームを宣伝するのぼりに反応し、
ぴょこっとシルエットが変化する、さりげないオチのつけ方もうまい。
こちらのぶち抜きでは、あえて枠をのこし、コマ間に花梨を重ねる。
読者は会話のリズムを意識しつつ、花梨の後ろ姿を愛でる。
さらに左腕と左脚が、逆Z字状に視線誘導。
女体を見せてナンボの成人漫画でつちかった技量だろうか。
『おしかけツインテール』、あなどれない漫画だ。
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伊藤正臣『タネも仕掛けもないラブストーリー』
タネも仕掛けもないラブストーリー
作者:伊藤正臣
掲載誌:『ミラクルジャンプ』(集英社)2015年-
単行本:ヤングジャンプ コミックス
[ためし読み/『片隅乙女ワンスモア』の記事]
トリッキーな作風で知られる伊藤正臣の新刊だ。
初々しい高校生カップルが誕生した瞬間、バサバサと鳩が飛ぶ。
男は「小熊沢嵐」、奇術部部長でプロをめざしている。
トリックの解説もくわしい、本格的な手品漫画だ。
女は「奇之下ひばり」、1年生の奇術部員。
物体を遠隔操作する超能力をもつ。
イマジナティヴな見開きは、『片隅乙女ワンスモア』と同様に魅惑的。
『片隅乙女』は「ループもの」で、本作『タネしか』は「超能力もの」。
SF要素を取り入れつつも、ベースはラブコメで、
すれちがいの多い少年少女の不器用な恋をえがく。
テレキネシスを使えるひばりが奇術部にいる理由は、アイドルになりたいから。
でもアイドルのオーディションとか無理そうなので、
まず「天才美少女マジシャン」としてテレビに出て、顔を売るとゆう戦略。
計画どおりアイドルになれたら恋愛禁止だから、
それまでの期間限定で付き合ってもいいと、ひばりは言う。
計算高いとゆうか、虫がよすぎるとゆうか、無邪気でかわいいとゆうか。
手の込んだ髪の描写など、独特の画風も進化している。
ライバルキャラの「北渡千鶴」。
日本のマジックである和妻を披露する。
和妻は、倉薗紀彦『ホーカスポーカス』でも描かれていたが、
本作の華やかで幻想的なステージングは捨てがたい。
あえて超能力を手品の範疇に矮小化することで、
思春期の女の子特有のマジカルな魅力を暴発させる。
読者は口をあんぐりと開けたまま幻惑される。
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離合集散(4.17中野)
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松本ナミル『僕の彼女がマジメ過ぎる処女ビッチな件』
僕の彼女がマジメ過ぎる処女ビッチな件
作者:松本ナミル
掲載サイト:『ComicWalker』(KADOKAWA)2015年-
単行本:角川コミックス・エース
タイトルがあらすじをほとんど説明してくれているので、
とりあえず主人公の彼女が、どれくらいマジメでビッチな処女なのか見よう。
名前は「香坂秋穂」。
品行方正だが、エロいことに人一倍関心がつよい。
動物園のふれあいコーナーでも、性器ばかりに視線がゆく。
大きい方がうれしいらしい。
顔が奇麗なだけでなく、胸も大きい。
そんな自分の武器をわかってないところが、またかわいい。
本作は松本ナミルの初連載だ。
版元は角川だが、茜新社的なきわどいネタも披露。
全篇下ネタだらけの、ある意味下品な漫画といえる。
セックスの知識をためこむのは貪欲だが、
実践となると尻込みする二面性が、秋穂の魅力。
彼氏に尽くしたいとゆう一心で行動している。
巻末描き下ろしでは、幼少時の家庭環境がえがかれる。
耳年増になった元兇は、母親だった。
やさしく頼りがいのある伴侶に恵まれた自分の様に、
娘も幸せになってほしくて、母は英才教育をほどこした。
たしかに秋穂は頭デッカチだけど、その知識のベースには愛がある。
本作はラブコメの「コメ」の比重が高いが、「ラブ」の部分も捨てがたい。
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新谷信貴『溶解人間』
溶解人間
作者:新谷信貴
掲載誌:『マガジンSPECIAL』(講談社)2015年-
単行本:講談社コミックス マガジン
[ためし読みはこちら]
高校生の「高橋」が目覚めたら、見知らぬ部屋に閉じ込められていた。
登校中に何者かに襲われた記憶はあるが。
とにかく脱出しないといけない。
脱出ゲームとおなじで主人公の目的はシンプル。
捕らわれたのは高橋だけではない。
同じ部屋にいた「北沢さん」もそのひとり。
南京錠つきの首輪には、薬品が仕掛けられている。
何者かがスマホを通じて指定した人間に、薬品を注射する。
男はドロドロに溶けてしまった。
大きな組織が、この密室での残酷なゲームを仕切っている。
だれが、なんのため行うのかは、さっぱりわからない。
本作は『魔乙女たちのエデン』につづく、新谷信貴の2作めの単行本。
スクリーントーンの使用をおさえ、白黒のコントラストを利かせている。
キャピキャピしない、一癖ありそうな女の子も印象的だ。
探索中にめづらしい蝶をみつける。
ここがどこで、どう脱出すればよいか、高橋はひらめく。
ネタバレを避けるため具体的には書かないが、
三つのアイテムで活路をきりひらく運びは、知的に満足させられる。
夏に出る2巻で完結するらしい。
スリルと謎解きに飢えている読者にオススメだ。
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くみちょう『アイドれ! グリーン♥ラプソディ』
アイドれ! グリーン♥ラプソディ
作者:くみちょう
掲載サイト:『やわらかスピリッツ』(小学館)2015年-
単行本:ビッグスピリッツコミックス スペシャル
[『B.B.GIRLS』1巻/2巻/『愛羅武勇より愛してる』/『鉄拳少女うらみちゃん』]
売れない二人組アイドルが、ひたすら楽屋でダベる漫画。
巨乳だが能天気な「ひより」に、黒髪でクールな「のばら」が、
人格を全否定する勢いでツッコむスタイルだ。
もともと代理原稿のために構想された作品らしい。
くみちょう先生は熱い漫画を描く人だが、本作は軽いノリ。
その分、掛け合いの妙を味わえる。
自撮りをツイッターに上げるのは、現代のアイドルの大事な仕事。
グリーンラプソディの場合、宣伝になってないけど。
アイドルのストレス解消法といえば、マネージャーいびり。
「のりちゃん」が呼び出された楽屋は険悪なムードだが、
メンバーからの要求は斜め上の方向へむかう……。
僕のお気にいりは11話。
ライブ出演のため訪れた地方で、ふたりはオンボロの旅館に泊まるが、
その夜に怪奇現象を目の当たりにする。
8ページにホラーと笑いが詰め込まれており、さすが。
女子はかわいく、ギャグは切れ味するどく、一方で根っこの部分はマジメ。
小品である本作は、作者の美質がよく表れている。
でんぱ組.incへの愛を綴る『でんぱ受信中!!』の単行本も、夏に刊行予定。
その『でんぱ』第1話では、2014年ごろの苦悩を率直に語っている。
漫画家のキャリアを絶たれかけたらしい。
もっとも過小評価されてる作家のひとりが、ついに低迷期を脱出するのか。
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『ボーダーライン』
ボーダーライン
出演:エミリー・ブラント ベニシオ・デル・トロ ジョシュ・ブローリン
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:テイラー・シェリダン
制作:アメリカ 2015年
[公式サイトはこちら]
エミリー・ブラント扮するFBI捜査官が、アメリカ・メキシコ国境を行き来しながら、
麻薬戦争の混沌にのみこまれてゆくアクション映画である。
麻薬カルテルの大物を移送するため、メキシコ北部のフアレスへむかう。
埃っぽい風景が、この国の不穏さを象徴している。
作戦を仕切るのは、国防総省職員に偽装したCIAエージェント。
戦力の主体は陸軍特殊部隊デルタフォースだが、
法的問題をクリアするためFBIや連邦保安官も動員。
一番危険で信用できないのが、メキシコの警察当局。
クソみたいに腐敗しており、誰かがカルテルに通じてるのは間違いない。
渋滞した高速道路で襲撃をうけたが、情け容赦なく撃退。
撃たれる前に撃つ。
交戦規則など知ったことか。
国境地帯は戦場なのだから。
国家が存在する以上、その境目も存在する。
ゆえに国境を利用した犯罪も生まれる。
輪郭線をなぞることで、病んだ大国アメリカの肖像を浮かび上がらせる。
大作感はさほどないが、エッジの鋭さにおいて、
ドン・ウィンズロウの小説『犬の力』を超えたと言えるだろう。
ベニシオ・デル・トロとか、セクシーな雰囲気だけが売りの俳優と思ってたが、
寡黙なたたずまいの背後の闇の深さまで表現していて痺れる。
エミリー・ブラントもまた然りである。
細腕の婦警さん一人の力で、この戦争を終わらせられるはずがない。
将来的に終わりがあるかさえ疑わしい。
それでも彼女は銃を取り、苦悩しつづける。
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Gino0808『エゴイストブルー』
エゴイストブルー
作者:Gino0808
掲載サイト:『マンガボックス』(DeNA)2015年-
単行本:講談社コミックス デラックス
高級ホテルでシャワーをあびるのは、22歳の美大生「谷崎ユリカ」。
はちきれそうなほど豊満な胸がガウンからこぼれる。
男は、世界的に活躍する画家の「前島賢二郎」。
大学でユリカを見初め、ヌードモデルの依頼をした。
4年生のユリカは進路に悩んでいる。
同期の多くは就職するなど現実的な道をえらんだが、
自分は藝術の神に我が身をささげる覚悟がある。
賞が欲しい弱みにつけこまれ、指導教授にカラダを求められる。
美しいものを描くのが望みなのに、自分自身が美しいせいで、
男たちの醜い欲望に汚されてゆく。
教授によるセクハラは、前島によって間一髪阻止される。
しかしユリカはその行為自体は否定しない。
本当に藝術家として成功したいなら、カラダを差し出すのも正解では?
人間なんて一皮剥けば、みなケダモノなのだから。
キレイな花を見たまま描いても、藝術作品にならない。
混沌としたリアリティを掬い取る必要がある。
女が昼と夜で、聖女と娼婦の仮面をつけかえる様に。
アートの世界が内包する矛盾を、ヒロインの葛藤に重ねていておもしろい。
むつかしいテーマに挑戦した初単行本だが、
22歳と思えぬ純情さとエロすぎる肉体をもつヒロインの魅力と、
昼ドラ的な誇張の利いた演出でグイグイと読ませる。
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ビーノ『女子高生の無駄づかい』
女子高生の無駄づかい
作者:ビーノ
掲載サイト:『ComicWalker』(KADOKAWA)2015年-
単行本:角川コミックス・エース
若さ以外に取り柄のない女子高生が、辛辣な言葉を交わしながら、
無目的に生きる様をえがくシュール系ギャグ漫画である。
ただハトポポコ『平成生まれ』ほどアクセル全開ではなく、
石原まこちん『THE3名様』にも共通する、前世紀的なレイドバック感も漂う。
この黒髪少女のあだ名は「ロボ」。
感情が死滅してるため、そう名づけられた。
お下げ髪の「ヲタ」は漫画家志望で、趣味はゲームとネット。
下校中、退屈そうにスマホをいじっていたら、
崇拝するボカロPの新曲が投稿されたと知って昂奮。
思いもよらないことに、その「低所得P」は彼女達のよく知る人物だった。
なおこのPは実在する、ってゆうか作者の組んでるユニット名である。
世相を活写するのが本作の執筆動機ではないと思うが、
現代文化のもつリアリティが感じられる。
ツインテの「ヤマイ」は、ボクっ娘のパーカー女子。
進路志望の書類に、科学史上もっとも中二病的な思考実験である、
「シュレーディンガーの猫」をもじった回答を記す。
食堂に行こうと誘われたのに、外でぼっち飯。
ツイッターで「僕は群れない」とつぶやく。
半ベソかきながら。
初音ミクの歌声が似合いそうなせつなさだ。
自分の居場所がある種の底辺なのを認識しながら、
他者に無関心なフリをして、本当は絆をもとめる。
それはそれでひとつの幸福で、ひょっとしたらもっと幸福になれるかも。
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瀬口たかひろ/ラリー遠田『イロモンガール』
イロモンガール
作画:瀬口たかひろ
原作:ラリー遠田
掲載誌:『ヤングアニマル』(白泉社)2015年-
単行本:ジェッツコミックス
売れない女ピン芸人「碧海玲奈」を主人公とする物語。
このジャンルは「そもそもネタを漫画にして面白いのか」とゆう難問があるが、
玲奈は度胸だけで才能ゼロなので安心して読める。
収入の9割を居酒屋のバイトで稼ぐ。
さわやかなルックスで、まともな道をすすめば幸せになれたろうと思わせる。
能年玲奈っぽいベタな造形だが、ベタでこそ瀬口たかひろだろう。
女芸人同士の絆は、百合的でもある。
あいかわらず女の子の描き分けがうまい。
居酒屋でのお笑い談義。
天丼だ考えオチだ平場だと専門用語がとびだし、玲奈はついてゆけない。
人を笑わせる方程式など存在しない。
足りない頭でかんがえるほど、ドツボにはまる。
だって利口ぶったやつって、おもしろくないもの。
才能のなさを自覚した玲奈は、芸人としてのアイデンティティを見失う。
ライブのアンケートでまた最下位になれば、事務所をクビになると決まった。
追いこまれた玲奈は舞台上でネタを忘れてしまい、ブチ切れて客をいじりだす。
ところがこれがネタの一部と勘違いされ、はじめての爆笑を誘った。
瀬口たかひろとお笑いは、相性がよい。
優に20年を超えるキャリアは娯楽一筋、その多くが原作つきであり、
「アーティスト」を気取ることなく最前線に立ち続けてきた。
おそらく、自分がもっとも厳しいところで戦ってきたとゆう矜持があるはずで、
冷淡な観客と正面からむきあう玲奈への共感がこもっている。
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『12歳。~ちっちゃなムネのトキメキ~』
12歳。~ちっちゃなムネのトキメキ~
出演:加隈亜衣 木村珠莉 斉藤壮馬 堀江瞬 原紗友里
原作:まいた菜穂
監督:大宙征基
助監督:羽原久美子
キャラクターデザイン:萩原しょう子
シリーズ構成:坪田文
アニメーション制作:オー・エル・エム
放送:2016年4月4日-
ある雨の日の下校中、小学6年の「結衣」が悩みを打ち明ける。
彼女は初潮を迎えたばかりだが、父子家庭であるため、
生理用品をどうするかなどの相談相手がいない。
主人公の「花日(はなび)」は体が小さく、
初潮もまだだが、親友のためドラッグストアにつきそう。
生理用品の棚で右往左往するさまが可愛い。
体育の時間、結衣がお腹をおさえて倒れる。
6年2組は非常に男子と女子の仲が悪いので、
生理をからかわれるのを恐れて我慢していた。
案の定、お調子者の「エイコー」がはしゃぎだす。
「バリアしようぜ、生理が伝染るから~!」
ただでさえ自分の体の変化にとまどっているなか、
追い打ちをかける様な発言に結衣は傷つく。
花日の怒りが爆発する。
倒れるまで結衣が無理したのは、だれのせいと思ってるのか。
男だろうが女だろうが、子供だろうが大人だろうが、
この辛さをわかってあげられないなんて、絶対ゆるせない。
監督の大宙征基は、『きらりん☆レボリューション』の監督でもある。
ときに元気でかわいく、ときにしっとりと女らしい、
思春期の扉をあけて飛び立とうとする少女たちを、いきいきと描く。
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しおやてるこ『アオとハル』
アオとハル
作者:しおやてるこ
発行:少年画報社 2016年
単行本:YKコミックス
こんな超然として麗しい少女が図書館にいたら、一目惚れしておかしくない。
高校3年生の「ハルオ」はさっそく口説きにかかる。
しつこくつきまとった結果、メモをわたされる。
一言「キモイ」とだけ記されていた。
高校生らしい一人相撲の終わり。
お下げ髪の少女「アオイ」は生い立ちが複雑。
学校のあとは牛丼屋でバイト。
まかないの牛丼を持ち帰り、押し入れのなかで食べる。
幸福な生活には程遠い。
作者はコロコロと可憐な絵柄を捨て、「暴力」をテーマに長篇を仕立てた。
アオと、彼女を虐待する母親の対決は、見どころのひとつ。
「兄妹」の近親相姦さえ描かれる。
しかしある意味ポップな演出がなされ、暗くならない。
松本剛『甘い水』の様なリアリズムとは距離をおく。
主人公のハルはあまり苦悩せず、どこか軽薄だ。
本作は2013年から断続的に連載されたもので、
おそらく子育ての合間に書き溜めたのだろう。
ちょっと冷めた眼差しで、でも突き放しはせず、
10年代ならではの「青春」の有り様をとらえている。
『アオとハル』は完成度は高くなく、とっ散らかった物語だ。
それでもふたりが愛し合う場面のうつくしさは、漫画史にのこるはず。
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くみちょう『鉄拳少女うらみちゃん』
鉄拳少女うらみちゃん
作者:くみちょう
掲載誌:『ヤングエース』(KADOKAWA)2015年-
単行本:角川コミックス・エース
[ためし読み/『B.B.GIRLS』1巻/2巻/『愛羅武勇より愛してる』]
舞台は瀬戸内海のちいさな島。
主人公「三浦みみ」が見下ろす海岸には、巨大怪獣の死骸が。
この島では、3年にわたりエイリアンとの戦いが続いていた。
のどかなのに奇怪な風景描写が冴えている。
あとがきによると「第二の故郷」淡路島をモデルにしたとか。
エイリアンを迎え撃つのは、コスモナイトの「コズミッキュ」。
世界中の注目をあつめる美少女ヒーローだが、
みみが直接話してみたら、その性格の悪さに幻滅する。
ただの目立ちたがり屋で、島民のことなどまったく考えてない。
みみの片思いの相手は、コズミッキュに憧れている。
そんな嫉妬心も引き金になって、ついにみみはキレた。
地元企業が開発したマシンで空を飛び、
油断していたコズミッキュを一撃でノックアウト。
本作は魔法少女ブームを逆手に取った、コメディ調のバトルもの。
大活躍の翌朝の新聞一面に、みみのパンチラ写真が。
よりによって一番ダサいパンツを穿いてるときに撮られた。
なにかにつけてギャグをはさみこみ、
押したり引いたりしながら、話を転がすのがくみちょう節。
小須美島の住民は国から手当を支給されてるため、島から避難しない。
ぬるま湯に浸かりながら、戦争を許容する。
ガルパン的でもあるし、ポスト3.11的でもある。
一方で、コズミッキュを支援する大企業に対抗し、
独自の技術でエイリアンとコズミッキュに挑戦する者もいる。
つまりグローバル経済についての風刺でもある。
正直、テーマがちょっと複雑すぎる印象がなくもない。
しかし、くみちょう先生は読者を裏切らない。
「うらみちゃん」を名乗り島の救世主として奮闘するかたわら、
片思いの相手の前でみせる純情っぷりとか、いじらしい。
ルックスがよくて金があるからって調子に乗ってるKY女に、
しょぼいマシンで、だれも望んでない無謀なケンカをしかける。
かわいくて、笑えて、しみじみさせて、でもやっぱり燃える。
いま熱血漫画を描かせたら、くみちょう先生に優る作家はいないはず。
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