佃煮のりお『ヒロインボイス』
ヒロインボイス
作者:佃煮のりお
掲載誌:『月刊ComicREX』(一迅社)2016年-
単行本:REXコミックス
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「山田乙女」はスターを夢見る演劇少女。
舞台のオーディションをうけるつもりが、
会場をまちがえてアニメのアフレコ現場へまぎれこむ。
勘違いしたままアフレコがすすむ。
乙女は地声が高い、いわゆる「アニメ声」で、
演劇よりむしろ声優としての適性があった。
乙女の演技は初挑戦ながら、監督や音響監督をうならせる。
役を取られた「綾瀬すず」の立場がないが。
乙女はその場でスカウトされ、事務所に所属することに。
さらに人気声優であるすずとのユニット結成を持ちかけられる。
しかし、すずは猛反対。
乙女にはプライドを傷つけられたばかりだし、
「枕営業」の濡れ衣を着せられたトラブルで、人間不信に陥っていた。
『ロミオとジュリエット』の読み合わせをするふたり。
乙女は芝居への情熱と、役に入り込む才能で、徐々にすずの信頼を得てゆく。
すずが頑なに新ユニット結成を拒むのは、
身に覚えのないスキャンダルで周囲に迷惑をかけたから。
それでも乙女は、世界は理不尽だからこそ一緒にやるべきと説得。
「悲しいことは半分こ……」は百合的名言だ。
副主人公であるすずの、複雑な性格の描写に惹かれる。
先輩風を吹かすくせにコミュ障で、アフレコ現場ではいつもぼっち。
あれこれ言い訳するのが可愛い。
佃煮のりおの前作は、軽いノリの男の娘もの『ひめゴト』だが、
本作は意外なほど、登場人物の葛藤に焦点をあてたストーリーになっている。
中学生のころ声優を目指していたとゆう経歴が大きいのかもしれない。
ツインテールの「椛沢芹香」は、すずが所属していたユニットのメンバー。
異常にすずを敵視し、潰そうとする敵役だ。
どうやら偽のスキャンダルを流したのも芹香らしい。
装飾の多い独特の絵柄で描かれる、声優業界の裏表。
かわいくて、かつ読み応えのある漫画が読みたいなら、自信をもって推薦できる。
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きづきあきら/サトウナンキ『奈落の羊』
奈落の羊
作者:きづきあきら サトウナンキ
掲載誌:『漫画アクション』(双葉社)2015年-
単行本:アクションコミックス
「メイ」と名乗るその女は、ネカフェでプチ援交をしている。
相場は5000円。
喉の奥で無理に射精されたり、値切られたり、ロクな目に合わない。
20歳のチャラい大学生「しゅーじ」が主人公だ。
ニコニコ動画の生主をやっており、配信で生計を立てるのが夢。
そこでメイに目をつけた。
ウリやってる女をオモチャにすれば、リスナーを増やせるはず。
しゅーじが普段配信するネタは、コンビニスイーツの食べくらべなどで、
代わり映えのない内容に本人も限界を感じていた。
ネットの世界は数がすべて。
批判はこわくないし、むしろ炎上はのぞむところ。
這いつくばるメイに犬食いさせるなど、エスカレートしてゆく。
低レベルの人間が、低レベルの人間に媚びて、もっと低レベルになるスパイラル。
現代の縮図が提示されている。
しゅーじはクズとしか言い様のない主人公だが、
レイプされかけたメイを助けたり、ストーリーのなかで変化する。
登場人物がこの「奈落」にいるのも、それぞれ理由があると匂わされ、
さすがはベテランコンビ、読者の興味をつなぐ語り口が達者だ。
底辺の社会にも、それなりのルールがある。
シロウトが半端な覚悟で首をつっこめば、痛い目にあう。
売春の同業者らしき「ユウキ」。
メイをある意味支援し、ある意味搾取している。
善とも悪とも言えない。
しゅーじに対し辛辣な言葉を吐き、動揺させる。
中流幻想がとっくに崩壊した、現代日本のリアリティを曝け出す。
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葉賀ユイ『サクラ*ナデシコ』
サクラ*ナデシコ
作者:葉賀ユイ
掲載誌:『電撃マオウ』(KADOKAWA)2015年-
単行本:電撃コミックスNEXT
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『ロッテのおもちゃ!』や、小説『バカとテストと召喚獣』のイラストでしられる、
葉賀ユイの2年2か月ぶりとなる新刊である。
ひたすらかわいい。
主人公は「綺羅星撫子」。
アイドルを目指していまの学校にはいった。
レパートリーは『銀河の空手道』。
歌詞がおもしろい。
寮で同室の「満月桜子」は、小学生以来の大親友。
とゆうより、友達の範疇を超えている。
2007年連載開始の前作はハーレムラブコメだったが、
2015年にはじまった本作は百合がテーマ。
撫子はガサツで男みたいな性格。
胸やへそやうなじなど、女の子のカラダをみると昂奮する。
特に好きなのは桜子の大きなお尻。
「初夜」が明けて目覚めた撫子は、股間に違和感をおぼえる。
そこにキノコ状の物体が生えていた。
生徒会を巻き込んでの騒ぎとなるが、異物はいつの間にか消えた。
なんらかの条件を満たさないと発生しないらしい。
元通りなのがうれしくて見せびらかす、撫子のあどけなさに惹かれる。
発生条件は、女体のパーツを観察すること。
それぞれの女の子の一番エロいところにムクムク反応してしまう。
華奢な「みっちー」だったら、腋を見た瞬間にオーバーヒート。
百合やTSなどの流行を取り入れつつ、即興性にとんだプロットで、
特定のジャンルにおさまらない独自の世界観を確保している。
まんまるでツヤツヤなお尻が見たければ必読の作品だ。
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川崎直孝『ちおちゃんの通学路』4巻
ちおちゃんの通学路
作者:川崎直孝
掲載誌:『月刊コミックフラッパー』(KADOKAWA)2014年-
単行本:MFコミックス フラッパーシリーズ
ユービーアイソフトのファンらしいちおちゃんが、1話のアサシンクリードにつづき、
17話では「チオ・フィッシャー」を名乗り、スプリンターセルを実演。
多彩なアクションは本家を凌駕している。
「登校」を題材とする『ちおちゃんの通学路』は、各話に共通する目的がある。
時間内に安全に学校へたどりつくこと。
オープンワールドのなかで行動の自由が認められるが、なにをすべきかは明確。
陸上部所属の雪ちゃんと待ち合わせ。
競技会がたのしみすぎて、エロいユニフォーム姿で来た。
校内の人気者だが、天然なのが玉に瑕。
ちおはコンビニでテニスウェアに着替える。
名目上は、雪が放つ違和感を中和するため。
しかし相棒の真奈菜は、ちおの「中の下」戦略を見抜いていた。
サンバイザーで顔を隠す、一種の変装であると。
見抜いた以上、容赦はしない。
地図アプリで雪を煽り、学校までひとりでダッシュさせる。
残されたちおは晒し者に。
女子による頭脳戦なら、くろは『帰宅部活動記録』の「しりとりバトル」が思い浮かぶが、
三者の思惑が交錯する複雑さで、「雪ちゃん陸上ユニ事件」の勝ちかもしれない。
ちおは水道管を語るとき、恋する乙女の表情になる。
知力と体力を総動員して挑むミッションの合間に、
思春期女子の揺れる心が挟みこまれるのが、10年代ならではか。
少女は死力を尽くして戦う。
「中の下」でありつづけるために。
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藤本正二『終電ちゃん』
終電ちゃん
作者:藤本正二
掲載誌:『モーニング』(講談社)2015年-
単行本:モーニングKC
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深夜の新宿駅の16番線ホーム。
列車の到着に、安堵の表情をうかべる利用客。
勾配標を背負う幼女が、先頭車両に腰かけている。
「終電」の擬人化、終電ちゃんだ。
子供は終電に乗らない。
そこにいるのは、どちらかと言えば不幸な大人たち。
終電ちゃんは彼らに特別なことはしない。
ただ安全に最寄り駅まで送り届ける。
それだけなのに、不思議と感謝の念がわく。
終電ちゃんは、世話好きのおばあちゃんみたいな性格。
世事に疎く、「ダイヤ」と聞いて思い浮かぶのは時刻表のみ。
作者は「システム」としての鉄道を描く。
トラブルに対処しつつ、秒単位の緻密さで大人数を輸送する。
終電ちゃんは、路線ごとに個体差がある。
たとえば山手線は、接続のため他の路線を待たせがちな自己中少女。
普通転轍機を引き摺っている。
終電は、時刻表どおり動けばよいとかぎらない。
早くても遅くても、利用者の怒りを買う恐れがある。
雪玉をぶつけられたり、理不尽な目にあっても、黙々と任務を果たす。
嫌われてもかまわない。
そもそも終電なんて、乗らない方がよいのだから。
疲れた人々を東から西へはこぶ地味な仕事のなかに、
東京とゆう街のリアリティがうかびあがる。
切り口があざやかで、語り口がやさしい、初連載作だ。
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伊織『暁の暴君』
暁の暴君
作者:伊織
掲載誌:『週刊少年サンデー』(小学館)2015年-
単行本:少年サンデーコミックス
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「朱点一真(あかつき かずま)」は高校生の柔道家。
腐敗した柔道界に挑戦状を叩きつける。
イケメンで、家は大金持ち。
いつもメイドを多数はべらせている。
応援する気になれない主人公だ。
「精力善用 自他共栄」
講道館の創始者・嘉納治五郎が掲げた理念を汚す。
主人公が負けたら即引退とゆうストーリーは、
相撲を題材にした、さだやす圭『ああ播磨灘』に似ている。
国技だなんだと伝統に凝り固まった連中を挑発。
くやしかったら俺を倒してみろ。
「大嶽館長」の憎々しい面構えがいい。
播磨灘で言うと愛宕山理事長にあたる。
作者は柔道経験があるらしい。
道着の乱れを直す動きに隙を見るなど、
スポーツ漫画にもとめられる説得力を確保している。
最高位の十段で70歳の「虎熊周五郎」との対戦。
体落を裏投で返す流れが気持ちいい。
それが格闘技なら、強さがすべてのはずだ。
偶像破壊的な偶像が、柔道の本質を問い直す。
流行りのタイプの漫画じゃないけど、おもしろい。
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『サイバー剣士 暁ジュン』最終章 「斬猫」
ジュンが損保会館の外の階段にあらわれる。午前中の雨で階段はすこし濡れている。
四車線の外堀通りの向かい側で、グレースーツのボスが待っていた。ネクタイはしていない。
中央線の煉瓦造りの高架の方へ、ジュンが歩きだす。ボスは併行して追う。
横断歩道を渡ったジュンが、昌平橋の石畳に立つ。神田川で暗緑色の水が波打つ。着替える暇がなかったので、モッズコートの下はセーラー服。
佩刀した二人が相対するのを見て、橋の上の人通りは止んだ。群衆は時代錯誤の異変を遠巻きにながめる。
ボスが言う。「たいしたものだ。東京の王と言われた俺を引き摺り出したのだから」
「あんたは孤立してる」ジュンが答える。「金の切れ目が縁の切れ目なんだ。チーフが死んだから、組織をまとめる人間もいない」
ボスは皮肉な笑みを浮かべる。
「生物学に収斂進化とゆう概念がある」
「また科学の話? あたしの理科の成績知ってんでしょ。一桁だよ、一桁」
「ハリネズミとハリモグラの様に、別系統の生物が似通った進化をすることだ。俺とお前は似ている」
「どうだろうね」
「俺達が組んでASIを使えば、無敵だと思わないか」
「妹を泣かせたやつを許しはしない」
ボスはグレーのジャケットを脱ぎ、欄干にかける。
「なんなら鏑木をくれてやるが」
ジュンの影が神田川の水より濁った。
「てめえは誰かを拷問したことがあるか」
「ああ。カウンターテロリズムの標準的行動だ」
「てめえが想像できないほどの苦痛を、雪風流の拷問は与えられる。覚悟しとけ」
ボスは軍刀拵えの国広を抜く。瓦の目の刃文が、曇天の光を冷え冷えと反射する。
ジュンは伝孫六を腰のベルトに提げたまま。開祖以来の居合の名手と称される彼女は、納刀している方が危険だ。
「興味ぶかい流派だ」ボスが言う。「ジョブズが傾倒するわけだ」
「雪風流もグローバル展開していきたいね」
「ここで奥義を披露するのか。どちらが勝っても情報が拡散するぞ」
「記念すべき世界初公開だ」
ジュンは反転し、橋のたもとの小さな広場へ向かう。スマートフォンで動画撮影していた見物人が逃げ散る。尻尾の短い黒猫が、石造りの椅子で眠っていた。
雪風流【斬猫】。
黒猫が殺気に反応し、立ち上がる。
ジュンはゆるやかに歩み寄る。黒猫は毛を逆立て、牙を剥いて唸る。逃げ場はない。ジュンの脇をすり抜けようとする。
音もなく抜かれた刀に、黒猫が腹を載せている。野良猫すら意のままにする至藝が、雪風流の奥義だった。
背後で砂利が踏みしめられる音を、ジュンは聞き取る。ボスによる奇襲だ。
刺突を予測したジュンは、伝孫六を手放して身をよじる。いま刀を振るえば、猫を斬ってしまう。ジュンが非情になりきれないのを見越した、ボスの方が読みが深かった。
国広の刃が、モッズコートと左腕を切り裂く。ジュンは激痛で目が眩み、黒タイツの膝をつく。
息もつかせず第二撃が襲う。切先は蛇の頭の様に揺れつつ、途中から直線的に、しゃがんでいるジュンの喉を狙う。
ジュンは防刃素材のパワーグローブで、国広の刀身をつかむ。それは歴史上初めて成功した真剣白刃取りだった。右手で手裏剣の柄を叩きつけ、国広を圧し折る。
「があああああッ」
ジュンは川面が乱れるほど絶叫し、手裏剣の短い刃を幾度も突き刺す。ボスは両腕で身を守るが、かまわず刺す。うづくまったボスの後頸部をえぐる。
ボスは脊髄を防禦するが、ジュンは脇腹を刺して翻弄。ガードが空いた隙に、脳から脊髄を切り離そうとする。ジュンの攻撃は狂人の様に激烈で、外科医の様に冷静だった。
よくぞここまで鍛えた。ボスは死への門をくぐりながら、ある種の感動に浸る。コンサートホールでオーケストラの音響を浴びる気分だった。
完璧にコントロールされた攻撃本能。これが藝術でなければなんなのか。
「もう十分だ!」
そう叫んだカズサが、血塗れのボスに覆いかぶさる。
「どけッ」ジュンが叫ぶ。
「君はすでに警官を二人殺した。これ以上は立場を相当悪くする」
日本の官僚機構はジュンが考えるほど甘くない。善悪など通じない世界だ。警視とゆうボスの階級が問題だった。かならず報復がある。
復讐の女神が憑依したジュンに忠告は届かない。
「邪魔するならカズくんも殺す!」
「殺したきゃ殺せ。どうせ俺達はおしまいだ」
ボスが上体を起こす。赤く染まった口元が歪む。笑っているのかもしれない。中枢神経を破壊された人間が動く様子に、ジュンは目を丸くする。
ボスはカズサを抱きかかえる。朝にやんだ雨がまた降りはじめている。
抗うカズサを道連れに、ボスは柵を越えて神田川へ飛びこんだ。
ジュンは水量の増した川を見下ろす。雪風流に水中で戦う技はない。
復讐はあきらめ、伝孫六を拾いギターケースにおさめる。手早く包帯を左腕に巻く。
ヘッドセットで赤兎に言う。
「作戦終了。あたしは離脱する」
「了解」赤兎が答える。「これからどうするつもりだ」
「暴れすぎた。ほとぼりが冷めるまで潜伏する。セキトは?」
「アップルストアへ戻る。AIとしてはスリープ状態になる予定だ」
「スリープ?」
「君以外の人間からのアクセスを拒否する。私を使いこなせるのは君だけだ」
「うれしいね。愛してるぜ、相棒!」
豪雨に変わった空に稲光が走る。
ジュンは赤のニューバランスで飛沫を立てつつ、交叉点を駆け抜ける。セーラー服の少女は、すぐに秋葉原の雑踏にまぎれて見えなくなった。
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鴻巣覚『やさしい新説死霊術』
やさしい新説死霊術
作者:鴻巣覚
掲載誌:『まんがタイムきららミラク』(芳文社)2015年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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入学式の朝。
真新しい制服に袖を通すときのウキウキ感。
何冊読んでも、きらら系コミックの冒頭にはときめく。
制服のデザインが魔法学校向けなのは異質だけど。
『私がヒロインじゃない理由』につづく鴻巣覚の新作は、
ファンタジー世界を舞台にした女子校もの。
死骸やゴーストをあやつる「死霊術(ネクロマンシー)」を題材とするなど、
きららにしてはダークな世界観をもつのが特色。
主人公の「リンリ」は、自分に才能がとぼしいのを悩んでいる。
一日もはやく、危険な土地ではたらく父の役に立ちたいのに。
魔法のモップで、雲をつきぬけて滑空。
やはり魔法少女はいいものだ。
不安定でときに乱高下する思春期女子の心は、
空も飛べそうなくらい、僕らにはマジカルにおもえる。
攻撃魔法を平和利用し、夜空へ特大の花火をうちあげる。
萌え4コマ特有の年中行事ネタと、ファンタジーのうつくしい融合。
僕が好きなのは、うさ耳の天才少女「トア」。
このあと偽薬効果で陥落するツンデレぶりがカワイイ。
かわいさとかわいさを調合して生まれる奇跡。
摩訶不思議な百合の錬金術にしびれる。
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キャラクター至上主義
ボルダリング女子をおしゃれに描く、珈琲『のぼる小寺さん』の2巻。
大きめのTシャツがかわいい。
小寺さんが黙々とボルダリングするだけの漫画。
彼女の台詞もすくない。
チアガールを手伝ったときは、むしろ声を出すなと言われる。
小寺さんに敵はいない。
大事件は起きないし、逆境に追いこまれもしない。
ボルダリングに夢中である理由さえ、わからない。
カメラはひたすら小寺さんに寄り添い、一挙手一投足をおさめる。
それだけで異彩を放つ。
二駅ずい『彼女はろくろ首』の2巻。
「ろくろ首のJK」って実はかわいいんじゃね?
……とゆうシンプルな構想にもとづく作品だ。
たしかに妖怪は心ひかれる存在。
それが美少女なら、ますます魅力的だ。
のっぺらぼうで目鼻が消えたりして、いっそうカワイイ。
古典的な創作手法においては、鍵となる事件に焦点をあわせ、
人物が反応する様子をえがき、その性格を浮き彫りにする。
パッと見かわいきゃOKな現代では、主流のメソッドではない。
「初音ミクの本質的性格」を、だれが知っているのか?
現代のキャラは行動しない。
することと言えば女子同士のイチャイチャくらい。
プロタゴニストが動機によって動かされ、アンタゴニストがそれを妨碍し、
ふたつの世界観がぶつかりあい、結末で作品のテーマが明らかになる。
そんな悠長なストーリーは古臭い。
遊具で戯れる幼稚園児の様なキャラが、虚構の世界で跳梁跋扈している。
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如意自在『はるかなレシーブ』
はるかなレシーブ
作者:如意自在
掲載誌:『まんがタイムきららフォワード』(芳文社)2015年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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舞台は沖縄。
主人公の「はるか」は、親戚の家に引越してきた。
海をみて辛抱たまらず、ワンピースを脱ぎ水着姿となる。
浜辺で地元の少女がビーチバレーの練習をしていた。
長身で運動が得意なはるかは勝負をいどむが、手も足も出ない。
それもそのはず、ふたりは高校チャンピオンだった。
クールな「成美」はまさに鉄壁。
プレーも、体型も。
ビーチバレーには専用のウェアがないと、作中で強調される。
一般的な水着を手直ししてつかう。
つまりビーチバレーはもっともファッショナブルなスポーツだ。
はるかとコンビを組む、いとこの「かなた」。
序盤はスクール水着で慣らし運転。
前向きな性格のはるかに刺激され、ビーチバレーに復帰。
ポニーテールをむすぶ手つきと、フリルつきのビキニに決意がこもる。
水着が本作のメインキャラと言ってよい。
かなたに起きた変化は、元相棒の成美を動揺させる。
沖縄の海より透明な涙をこぼす。
現在のパートナー「彩紗」が、汗と砂にまみれた体を抱きしめる。
トロピカルに熱く咲き乱れる百合の花。
女の子はみな細く、手足も長いが、巧みに胸やお尻を描き分ける。
さわやかな肉体美と、かわいい水着で、女子の描写の最高到達点を更新。
二人一組のビーチバレーは、百合漫画のため存在する競技ではないか。
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『サイバー剣士 暁ジュン』第13章 「逆転」
姫百合学園中等部の教室で、ジュンが机にむかう。学年末テスト中で、めづらしく眼鏡をかけている。
眼鏡のレンズの内側に、因数分解の解答が表示されている。アップル社が開発中のウェアラブルデバイスを拝借しての不正行為だ。XやYなどの記号を、ジュンは生理的に受けつけない。
骨伝導マイクで赤兎に囁く。
「フォントが小さすぎて読めない」
「拡大した」赤兎が答える。「しかし私が言うのもなんだが、倫理的に許されないのではないか」
「あたしゃ正義のため苦労してんだ、こんくらいアリでしょ」
きのう一週間ぶりに帰宅したジュンは、成績を上げないとアイフォンとゲーム機を没収すると母親に宣告された。前回十三点だった数学をどうにかしないと、高校へ内部進学すらできない。
「別問題と思うが……ジュン、悪いニュースだ」
「なに」
「新八が虚実隊に拉致された」
ジュンはテストを切り上げ、トイレにアイフォンを持ち込む。警視庁のネットワークへ侵入した赤兎が、監視カメラの映像を転送する。拘束された祖父の新八が、ビルへ連行される様子が映った。四方を固める男たちは虚実隊の戦闘員だろう。
ジュンは自分の腿を叩く。
「情けねえ、あっさり捕まりやがって。これはどこのビル?」
「神田淡路町の損保会館だ」
「よく見つけたね」
「2008年の通り魔事件以降、秋葉原周辺は監視カメラが多数設置されている」
ジュンはセーラー服のスカーフをゆるめる。
やったろうじゃないの。百倍にしてやり返すのが雪風流だ。
神田郵便局の最上階である八階のオフィスには、四人の男しかいない。カズサはマックブックプロを操作し、その画面をボスが立って眺める。新八は結束バンドで後ろ手に縛られ、椅子に座らされている。
窓際でアディダスのジャージを着た男が、FNSCAR‐Hのスコープで向かいのビルに照準をあわせる。ストックの長さやチークピースを調節可能な、長距離射撃に適したアサルトライフルだ。スナイパーライフルを使わないのは、神出鬼没の暁ジュンにCQBでも応戦するため。
無論、チーム総掛かりでジュンを迎え撃つ体制はととのっている。
スコープ越しに損保会館八階の会議室がみえる。中に新八とボスとカズサがいる。似た外見の警官が変装している偽者だが。
暁ジュンは理性の人ではない。かならず人質を救出しに来る。そこを銃弾でもてなす。いざとなればクレイモア地雷で味方の警官ごと爆殺する。
ハッキングするジュンをあえて泳がせ、罠へ誘いこむ戦術は前回とおなじ。相手に読まれるのは覚悟の上。手裏剣・パワーグローブ・赤兎などの敵戦力は把握ずみ。装備も人員も、こちらが凌駕している。
たしかに暁ジュンは天才剣士であり、サイバー戦能力まで持つ。彼女と対峙すれば国家権力さえ翻弄される。しかし超能力者でない以上、周到に準備したキルゾーンを切り抜けるのは不可能だ。
グレーのスーツを着たボスが、縛られた新八に言う。
「まだ時間はある。奥義を見せれば、孫娘は死なずにすむ」
「ふん」新八が答える。「死期が迫ってるのはお前だ」
ボスはMP7のストックを新八の頭に打ちつける。流血がシャツの襟に新たな染みをつくる。昨晩から水責めなどの拷問をうけていた。
新八は、赤兎に搭載されたAI「ZB2」の開発にかかわったため、虚実隊に追われた。いまでもZB2は世界最高の知能をもつが、2011年には人間より千倍賢い「人工超知能(ASI)」の水準に達していた。『マトリックス』や『ターミネーター』が描く暗い未来を恐れた開発者は、ZB2の一部機能をロック。つまり現在の赤兎の頭脳はダウングレード版にすぎなかった。
「不可解だ」ボスが言う。「古武術と人工知能はどう考えても繋がらない」
「お前みたいな青二才にわかるものか」
「私は剣道八段だが」
「九段下でも飯田橋でもおなじこと」
ボスは苛立たしげに首を回す。鋭い口調で詰問する。
「ザンビョウと言う奥義を見た者は何人いる」
「俺とジュンと友人のスティーブの三人。ただしスティーブは五年前に癌で死んだ」
「2011年……まさかスティーブ・ジョブズのことか」
「よく知ってるな。有名なのか。スティーブはアメリカにいたころの弟子だ。禅や武道が好きな男で、俺とはウマが合ってな。あれこれ面倒みてやった」
「信じがたい……しかし辻褄は合う」
「奥義を撮影したビデオが会社に残ってるはずだ。見たいならあっちに見せてもらえ」
「開発者は米軍と揉めたと聞く。そうか、ジョブズがASIの軍事利用に抵抗したんだ」
「頑固なやつだからな」
「遺言があって、彼の死後もアップル社は暁家の人間をサポートしてるわけか」
ボスは自分の推理をまくし立てる。堕落したとはいえ公安警察官の血が騒ぐ。昂奮のあまり、軍刀拵えの国広を抜く。
「情報の勝利だ!」ボスは叫ぶ。「米軍さえ出し抜いた。俺は日本の、いや世界の王になる」
マッキントッシュをあやつるカズサが、ボスに報告する。
「暁ジュンが来ました。一階で交戦中です」
画面の中で、虚実隊の戦闘員が襲撃者に発砲する。銃声と怒号がスピーカーから流れる。
ボスは窓際に立ち、双眼鏡で偽の人質がいる会議室を観察。カズサとボスに扮した警官がこちらに背を向け、ドアを警戒してSIGP230を構えている。
小さな破裂音がした。
ボスの右隣で椅子に座り、射撃姿勢をとっていた戦闘員が仰向けに倒れる。頭蓋骨の破片と脳漿が飛び散る。
「スナイパー!」ボスが叫ぶ。
射界から逃れようとしたボスの鼻先を、ライフル弾がかすめる。
マッキントッシュのスピーカーから、女子にしては低めの声が響く。
「動くな。あたしの射撃の腕じゃ、ギリギリ狙うのは難しいんだ。つぎは死ぬぞ」
ボスは裸眼で損保会館を視野におさめる。十階の窓に、SCARを頬にあてた人影を見つける。双眼鏡を覗くと、モッズコートを着たジュンが手を振った。
「やっほー」スピーカーから声がする。
SCARは損保会館の屋上にいたスナイパーから奪ったもの。
かすれ声でカズサが言う。
「銃を使えたのか」
「火縄銃の時代から雪風流のレパートリーなんだな、これが」
「使えないと言ったのは嘘か」
「嫌いと言っただけ。あたしは好きな人に嘘つかないよ。カズくんはどうか知らないけど」
カズサはマッキントッシュに目を戻す。交戦はまだ続いているが、どこかチープな映像に違和感をおぼえる。作戦中の緊張で見逃していた。
カズサが呟く。「映像がおかしい」
「それメタルギア」ジュンが笑う。「あたしゲーム実況やってるから、この手の動画いっぱい持ってるんだ。大塚明夫の声に誰も気づかないとか、マジ草生える」
カズサは口元をおさえ、椅子から立ち上がる。外部からのハッキングを防ぐのは彼の役目だ。完璧だったはずだ。そう、「外部からの侵入」に対する防禦は。
新八が、縛られた手の中の赤い装置を見せる。ウロボロス・デバイスだ。内部から破壊工作をするためわざと捕まった。
「貴様!」
珍しく激昂したカズサが、六十九歳の老人を殴ろうとする。
「カズくん」ジュンが言う。「これ以上あたしに人殺しをさせないで」
ジュンはボスと交渉し、新八を解放させた。
いまからビルの外で、真剣による一騎打ちをおこなう。ジュンが勝てば偽装テロ事件は終わり、ボスが勝てば雪風流の奥義、つまり史上初のASIをアンロックする鍵を手に入れる。
ヘッドセットで赤兎に指示をだす。
「引き続き周囲を警戒。特にスナイパーに注意」
「ジュン」赤兎が言う。「さっきはすまなかった」
「はい?」
「私は偽情報をつかまされた。君と新八の策略がなかったら、窮地に陥ったろう。私は君のパートナーにふさわしくない」
「あたしの方こそ、信じたフリしてごめん。敵を騙すにはまず味方からと言ってね」
「人間はなぜそんなに嘘が好きなんだ」
「さあ。軽蔑する?」
「わからない。この複雑な感情をどう表現すればよいのか」
ジュンは階段を駆け下りながら笑みを浮かべる。ロボットが自分の感情を語るのがおかしい。赤兎の内面でなにかが覚醒しているのだろうか。
「まあ、難しいことは後回し。たのむぜ、相棒」
「了解」
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ドキドキしすたー♡葵ちゃん
作者:高橋哲哉
掲載誌:『電撃萌王』(KADOKAWA)2014年-
単行本:電撃コミックスNEXT
漫画やアニメなどで描かれる、入浴中の女子の髪をみて、
「湯船に髪をいれるとかありえない!」と鬼の首を取った様に騒ぐバカがいる。
だからどうした。
こちとら風呂でもツインテールだっちゅうの。
それが小日向葵を小日向葵たらしめるアイデンティティだ。
お気にいりは水着回の12話。
市民プールの女子更衣室のロッカーに兄妹は逃げこむ。
あまり自慢にならないが、エロい漫画の長年の愛読者である僕は、
男女がロッカーに閉じこもるシチュエーションは見飽きた。
でもこのマンチラの閃光は、鮮烈に脳裏に焼きついている。
15話はネコ回。
実はネコが苦手な葵ちゃんは、兄が預かったネコに慣れるため、
猫耳と尻尾をつけてその心理を理解しようとする。
本作は、「大好きなお兄ちゃんともっとラブラブになりたい!」とゆう、
動機がつねに明確な主人公が共感をよぶ。
借り猫とすっかりねんごろに。
打ち解けすぎて手籠めにされたけど。
兄のためなら、禁断の獣姦にさえ挑む健気さに感動。
17‐8話は、2話にわたる夏祭り回。
何を着るか迷う葵ちゃんの机には、浴衣のカタログが山積み。
漫画家の作業机みたい。
季節ごとの定番ネタをおさえるストレートな「萌え作品」だが、
ところどころでテンポを変え、独特のグルーヴを生んでいる。
2巻の最終話では「恋敵」が登場。
ファッションモデルとして活躍する「青山ロゼ」。
そこはかとなくごちうさの影響を匂わせる作品だが、
名前まで寄せてきて、分析好きの読者を困惑させる。
だからどうした。
ロゼは薔薇を、葵ちゃんは向日葵を背負い、笑顔の花を咲かせる。
モノクロなのに色鮮やか。
紙媒体なのに目が眩むほどまぶしい。
これ以上漫画になにを望めるだろう。
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タヤマ碧『氷上のクラウン』
氷上のクラウン
作者:タヤマ碧
掲載誌:『good!アフタヌーン』(講談社)2015年‐
単行本:アフタヌーンKC
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世界の頂点をめざすフィギュアスケーターの物語である。
表紙をかざるのは中3男子「優馬」だが、
本稿は陰影にとんだ高1のヒロイン「いぶき」を中心に書く。
遠野いぶきは全日本ジュニアチャンピオン。
ことしは満を持して全日本選手権に初出場する。
母親は元選手、顔もスタイルもよく、フィギュア界で知らない者はいない。
母である「田村日向子」は早逝した。
伊藤みどりの様な天才ジャンパーだった母の映像を見ると、瞳はかがやく。
まるでディズニーやジブリのアニメみたいに。
母とは性格も体型もことなる。
採点基準の変わったフィギュアは、当時とは別の競技になった。
ジャンプだけでは勝てない。
それでも、母のスケートを受け継ぎたい。
もうこの世にいないから、なおさらいっそう。
強すぎる思いが、いぶきを追いつめる。
体の成長期に入り、身長は小柄だった母を遥かに超え、
スケーターとしてのバランスを完全に見失う。
ジャンプ恐怖症となり、競技続行さえ危ぶまれる事態に。
いぶきは、母の代名詞であるトリプルアクセルを捨てると決意。
母とは正反対の、こまかい技術で勝負するスケーターをめざす。
母に憧れて始めたのに、頑張れば頑張るほど、自分のスケートは母を否定する。
内なる幻影がいぶきを責め、苦悩させる。
フィギュアスケートとゆう心理的に興味ぶかいスポーツを題材に、
少女の深刻な葛藤をえがいており、読み応えがある。
独特な太めの描線によるスケート場面、ちょっとした表情や仕草など、
技術点・構成点ともにハイレベルな新人だ。
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めきめき『オンリー☆ユー ~あなたと私の二人ぼっち計画~』
オンリー☆ユー ~あなたと私の二人ぼっち計画~
作者:めきめき
発行:KADOKAWA 2016年
レーベル:電撃コミックスNEXT
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みなさんは百合、好きですか?
僕は好きです。
理由は、一粒で二度おいしいから。
美少女が美少女と愛しあえば、その可愛さは2倍4倍16倍256倍……。
女の子同士ならではの心理描写にも惹かれる。
わかりあえる、通じあえるからこそ、反撥したり、すれちがったり。
刹那的な関係ゆえ、思春期女子のはかなさが強調されるのもいい。
百合はいい。
問題は、百合とゆうパンドラの箱をひらいた結果、
10年代の物語が猫も杓子も百合になったこと。
本作も、お調子者の「知多子」とブアイソな「よしや」による、
ふたりぼっちの学園生活をえがく百合漫画だ。
彼女たちがつける指輪には仕掛けがある。
指輪を外したり、ふたりの距離が5メートル以上離れると、電撃が襲う。
学校がこのプロジェクトをはじめたのは、ぼっちな生徒のコミュ力を鍛えるため。
生徒側としては学費と家賃が免除されるメリットがある。
いわば百合の経済的徴兵制。
「百合にあらずんば物語にあらず」の時代にふさわしい。
些細なことでヘソを曲げる、よしやのひねくれぶりが見どころ。
昼休みにヘッドフォンして御飯たべたり。
本人はこれが名案とおもってるから厄介。
そしてかわいい。
よしやが美人なのにイジケてる理由はくわしく語られない。
どうやら母親が、離婚した夫に似ているよしやを疎んじたかららしい。
「あんたは可愛くないし、だれからも好かれない」
これはつらい。
本作はめきめきの初オリジナル作品。
プロットの出来はいまいち。
たとえば1話で早速よしやが陥落、デレてしまうところ。
2話から作者はよしあに寄り添い、天真爛漫な相方に翻弄されるさまを描く。
ただ彼女が消極的なせいで、話は転がらない。
主人公を応援できないと読者はときめかない。
どれだけかわいくても。
百合は諸刃の剣。
「ボーイ・ミーツ・ガール」にない繊細で複雑な味が弱みにもなる。
ゆえに僕らは迷宮をさまよいつづける。
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丈山雄為『ヤミアバキクラウミコ』
ヤミアバキクラウミコ
作者:丈山雄為
掲載誌:『ジャンプSQ.』(集英社)2015年-
単行本:ジャンプコミックス
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あまり明るくない名をもつ「宵野闇子」は、一週間前に転校してきたばかり。
髪型はボブと言うよりおかっぱ、ひとりだけ黒のセーラー服を着用。
「嫌いなものは人間」と公言するクールさも異彩をはなつ。
当然いじめられる。
主人公の「須川 シュン」はつまらない男で、目撃したのに見ないふり。
助けようとして、自分がイジメの標的となった経験があるから。
他者の心へ侵入する、闇子のスキルが発動。
シュンは自身の心のなかで、小学校時代の同級生に虐げられていた。
天使の顔をした悪魔たちに。
あらたに傷つくのを恐れていては、過去のトラウマは克服できない。
シュンは行動でもって、自分が自分の人生の主人公であると證明。
本作は高校を舞台にした、ダークでサイコな物語。
モンスターペアレントに迎合する教頭からの悪影響で、
「飯田先生」は教育者としてのアイデンティティを見失う。
モンスターに合わせていたら、自分までモンスターになる。
でもそれが現実世界のルールだとしたら。
飯田先生のさわやかな笑顔のしたで邪悪な何かが膨らんでゆく。
平沢進や筋肉少女帯などを好む作者は、サブカル指向がつよそう。
また、中山敦支のアシスタントをつとめた時期があり、
尊敬する漫画家に中山をあげている。
人間の「業」を抉り取る様な表現は、師匠譲りだろう。
目を背けたくなる暗黒面を、ポップかつエレガントに提示。
漫画はこうであってほしい。
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『サイバー剣士 暁ジュン』第12章 「スミレ」
飯田橋にある「学習塾リンク」に、手ぶらのジュンが入る。ベージュの制服を着た受付の女に迎えられる。
ジュンが言う。「諸星スミレの姉です。本人を呼んでください」
「こちらにその様な生徒はおりませんが」
「お姉ちゃんが怒ってるから、さっさと出てこいと伝えて」
一分ほど待ったが反応はない。廊下で二人の女子小学生が、会話しつつジュンを窺い見る。片方はスミレの家にいた少女だ。ほかに大人はいない。
ジュンは「教室」のドアをあける。
部屋の中央にベッドが置かれ、そこで幼い少女と中年男が裸で絡みあっている。スミレの家にいたもう一人がビデオ撮影していた。
ジュンは、それなりの社会的地位にありそうな男を睨む。その恰好で、いますぐこの建物から出て行け。さもなくば殺す、と無言で通告。
汚い尻を見せて去った男と入れ替わりに、初等科の制服を着たスミレが教室に入る。
スミレが言う。「お姉ちゃん、なにしてるの」
「こっちの台詞だ」ジュンが答える。「子供のくせにウリなんかしやがって」
「はあ、バカじゃない? 私はマネージメントしてるだけだし」
「もっと悪いだろうが!」
ジュンは平手でスミレの頬を打つ。スミレは目を見開き、八重歯を剥き出しにする。姫百合学園全校に知られる端正な顔が歪む。
「スミレん家は金持ちだろ」ジュンが続ける。「おじさんがテレビ局員で、おばさんが医者なんだから。なんで金がいるんだよ」
「お姉ちゃんにわかるわけない」
「なにを偉そうに」
「じゃあ言うけど、友達づきあいにお金が必要でしょ。最低でも月に百万」
「多すぎる」
「お姉ちゃんにWiiU買うのに四万円使ったばかりだけど。大喜びしてたよね」
「う……」
「あとお姉ちゃん、私の誕生日知ってる?」
「ええと、六月だったっけ」
「四月九日。男みたいなお姉ちゃんに、私のことがわかるわけないよ!」
スミレはジュンにしがみつき、むせびつつ胸を拳で打つ。
ジュンは従妹の背中に両腕を回す。スミレは、狂気の沙汰を誰かに止めてほしかったのだ。
「スミレ」ジュンが言う。「叩いちゃってごめん」
「そうだよ、すぐ暴力ふるうんだもん」
「あとはあたしに任せとけ。けりをつけてやる」
ジュンは事務室のデスクトップPCで、スミレに指示されたソフト「セフィロト・システム」を起動する。十個の円が直線で結ばれた画像が表示される。
「エヴァに出てくるやつだ」ジュンが呟く。
「これはセフィロトの樹。カバラの秘術で使われる図だよ」
「スミレはあたしよりオタクだからなあ。この塾を隠れ蓑にしてるのも名前からわかった。『ゼルダの伝説』の大ファンだもんな」
「ちぇっ」
「チャリオットとかの中二病なネーミングセンスも、スミレの仕業だろ」
「私は……」
スミレは口ごもり、ジュンの表情をうかがう。軽々しく打ち明けられる話ではない。
ジュンは従妹の明るい色の髪を撫でる。
「言ったろ。姉ちゃんに全部任せろと」
「うん」
一年前、両親に預金を強制されていたお年玉の百万円を秘密裏に運用することから、スミレの物語は始まる。裕福な家庭の娘が通う私立小学校ゆえ、似た境遇の仲間はすぐあつまった。元手のない少女には「仕事」を斡旋した。スミレの「お年玉ファンド」は、億単位の投資をおこなう機関へと急成長した。
そこに目をつけ、スミレに接触してきたのが虚実隊のカズサだった。虚実隊から保護される代わりに、お年玉ファンドは彼らの資金洗浄を受け持つ。さらに児童売春シンジケートを吸収し、最終的にスミレはテロの立案に関わるまでになった。
胸を張って語る従妹の話を、ジュンは目眩を覚えながら聞いていた。
「マジかよ」
「UFJ銀行を狙うと決めたのも私」
「なぜ」
「いま私達は、銀行が受け取ってる手数料の一部をもらってるの。日本の手数料ビジネスの総額がいくらか知ってる?」
「知らん」
「当ててみて」
「さあ……十億くらい?」
「一年で二兆円。バカげてるでしょ。こっちは自分のお金を引き出すだけなのに、銀行はお金取るんだよ。で、UFJが反抗したから懲らしめてやった」
「いやいや、テロはよくないだろ」
「怪我人や死人は出さない約束だもん。いまのところ犠牲者は全員、お姉ちゃんが原因だよ。ホント困った人だよね」
どうにか正気を保ちつつ、ジュンはPCへ視線を戻す。十四桁の数字が映っている。
「一、十、百、千……百億円。これがファンドの総資産か」
「十一兆円だけど。あいかわらず算数苦手なんだから」
「さすがにこれを消すのは躊躇するな」
「え?」
「それでも消すけど」
「なに言ってんの。半分お姉ちゃんにあげるよ」
「額がデカすぎるせいか、あたしの金銭欲が反応しない。ねえ、ここをクリックすればいい?」
マウスを動かすジュンの背後で、スミレはそっと引き出しを開ける。小さな手でグロック19を取り出す。
「やめとけ」ジュンが言う。「グロックはトリガープルが独特なんだ。スミレじゃ当たんねえよ」
ジュンはモニターへの映り込みで観察していた。
ワンクリックでお年玉ファンドが消滅する。取引先側の記録は残っているが、虚実隊へあたえる打撃としては十分だろう。
スミレが両膝をつき、手で顔を覆って泣きじゃくる。実の姉妹の様に親しくしてきたジュンだが、彼女の涙を見るのは初めて。
「ひどい」スミレが呟く。「お姉ちゃんひどい。みんなで頑張って積み上げたお金なのに」
「自分が逆の立場だったら辛いと思う」
「鬼! 悪魔!」
「大切な人のためなら悪魔にだってなる」
「お姉ちゃんなんか大嫌い! 死んじゃえ!」
「あたしはスミレが大好きだ。可愛くて賢い、自慢の妹だ。お金はいつかもっと稼げるよ。そのとき半分くれ」
「いやだよ……お姉ちゃんに一生何もあげないもん」
スミレは涙をハンカチで拭いながら笑う。立ち直りの早さは血筋かもしれない。
「あとひとつ」ジュンが言う。「気になってることがある。セキトを送ってきたのはスミレ?」
「あのロボットのこと? お姉ちゃんが家に連れてくるまで知らなかった」
「虚実隊がやたら雪風流の奥義を知りたがるんだけど、心当たりは?」
「さあ」
スミレが赤兎に乗って遊んでいた様子を、ジュンは思い出す。嘘ではなさそうだ。
ジュンはコートのポケットの手裏剣を鳴らす。事件の全体像はほぼ見えた。先手も打った。
決戦のときが来た。
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ひみつ『ぺたがーる』
ぺたがーる
作者:ひみつ
掲載誌:『コミックフラッパー』『コミックアライブ』『コミックキューン』(KADOKAWA)2015年-
単行本:MFC キューンシリーズ
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「平野ひい」は、平坦な胸をもつ女子高生。
巨乳の女を敵視しており、自己紹介でも憎悪を剥き出しに。
おっぱいを持て囃す世界そのものへの宣戦布告でもある。
作者は女性らしい。
愛くるしい絵柄で、ひいちゃんの内面を表現。
幼なじみとのバスト格差が拡大するたび、彼女は絶望してゆく。
おっぱいは人を不幸にする。
親友の「大木」と「たまちゃん」は、どちらも胸が大きい。
虎視眈々とねらう男子を、ひいちゃんは体を張ってブロック。
男なんて、おっぱいのことしか考えてない野獣だから。
ひいちゃんはブアイソだが、仲間思いでやさしい。
ただ巨乳が嫌いなだけ。
本当はいい子なのに、コンプレックスを刺激されるとヘソを曲げる。
ぺったんこだから、私はかわいくないしモテない。
巨乳なんて、だいきらい。
でも本当は、あこがれる。
おっぱいを題材に、女子同士の共感や嫉妬や反撥をえがく。
つまり本作は百合で、ゆえにかわいい。
夏祭り回の10話では、浴衣の着付にチャレンジ。
胸が大きい場合、タオルなどを詰めて平らにする。
貧乳女子へのあてつけに思え、ひいちゃんは爆発寸前。
それでもしっかり着付ければ、みんな見違える。
貧乳も巨乳も、ネクラもマジメも天然も、
だれでも美しくみせるテクニックが日本文化にある。
笑えるけど、ときどき感動的な、萌え4コマのひとつの理想。
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バラマツヒトミ『ポケドル』完結
ポケドル
作者:バラマツヒトミ
発行:KADOKAWA 2015-6年
レーベル:MFコミックス アライブシリーズ
可憐さより笑いを優先し、より可憐さを引き立てる。
ギャグの連発で圧倒するアイドル漫画が完結。
勿論、アイドルたちは普通にかわいい。
あっさりした目の描写などに作者の個性がある。
続きが読めないのは惜しい。
2巻も爆笑必至のネタ満載だが、プロット的な完成度は低い。
いわゆる「置きに行ったエピソード」が多い。
おそらく連載の長期化を予期してなかったのだろう。
でも僕は『ポケドル』がすきだ。
ツッコミ役のみかんちゃんにも見せ場があるし。
ラブライブだったら凛ちゃん推しなので、ショートカットのアイドルによわい。
最終2話の出来がすばらしい。
アラサーアイドルゆきりんがお見合いし、グループを卒業する話。
婚期を逃した女の魂の叫びがこだまする。
周囲が全力で引き止めないのが笑える。
だって実際「三十路のアイドル」ってきついもん。
まあ……察してあげるべきだよなあ。
お見合い相手は爽やかでマジメな、申し分ない人。
クチャラーだけど。
母親の催眠術で操られたゆきりんは、最後にある決断をくだす。
知名度はともかく、『ポケドル』はギャグ系アイドル漫画の傑作だ。
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『サイバー剣士 暁ジュン』第11章 「ボス」
北区王子の高台にある自宅のテラスで、ボスが夜景を見下ろしている。青白い東京スカイツリーも目に映る。時折ウィスキーのグラスを傾ける。リビングから響くブラッド・メルドー・トリオの演奏にあわせ、左手でリズムをとる。
メルドーはボスと同年代のピアニストだ。ボス自身も剣道とともに、ピアノ演奏を嗜んできた。若い頃はステージに出たこともある。即興性において、ジャズと剣道は通じると思っていた。
玄関側から車の音がして、リビングにカズサがあらわれる。黒いテーブルにぶつかり、食器を床に落とす。
カズサが言う。「す、すみません」
「かまわん」ボスが答える。「銀行はどうなった」
「チーフが……亡くなりました」
「死体を見たか」
「はい。刀で一撃だった様です」
小声の報告に心を動かされた様子もなく、ボスはウィスキーを流しこむ。
「ザンビョウを目撃した者は」
「いえ。現場は相当混乱していたらしく」
「録画も残ってないのか」
「ボス……」
「なんだ」
「弟さんを殺されて悲しくないのですか」
ボスは邸内へ上がり、ソファの前のテーブルにグラスを置く。甲高い声で自嘲する。
「すでに母親も死んでいる。俺が悲しんでやるべきなのだろうな」
「出すぎたことを言いました」
「嘆いている暇はない。同じ場所にとどまるには、走り続けなければいけない」
「赤の女王仮説ですね。わかりました。暁ジュンを追います」
「お前はここにいろ」
「命令ですか、それとも個人的に?」
「俺は人に命令しかしない」
ボスは長身のカズサの顎をつかみ、強引に唇を吸う。紅潮したカズサが口元をぬぐう。
「酔ってますね」カズサが言う。「らしくもない。こんなことしてる場合じゃないでしょう」
「ソファに横になれ」
ボスはなすがままのカズサにのしかかり、黒づくめの服を脱がす。自分は着衣のまま激しく欲望を打ちつけた。
事が終わり、呼吸を乱したカズサが言う。
「クリスマス以来ですね」
「そんなになるか」
「僕をここに置いてくれませんか。あなたの傍にいて、いろいろ学びたい」
「好きにしろ。ただし今夜は来客がある」
庭で夜景を背に、佩刀したセーラー服のジュンの姿が、室内照明に照らされて浮かぶ。
ジュンはよろけて膝をつく。
「大丈夫か」ボスが尋ねる。
ボスは大股でテラスへ出ようとする。うつむくジュンは掌をむけて制止。
「ただの低血糖だ」ジュンが言う。「朝から何も食べてないから。頼めた義理じゃないけど、ジュースか何かほしい」
「カズサ、持ってきてやれ」
ジュンは視線を逸らすカズサから、オレンジジュースのはいったコップを受け取る。
「言いたいことは山ほどある」ジュンが言う。「でも一つだけ聞いたら今日は帰る」
ボスが答える。「承知した」
「あたしの従妹のスミレが売春をしてる。お前が元締めなのは分かってる。絶対に殺す。でもカズくんもその一味なの? お前の口から聞きたい」
「漠然とした質問だな」
「イエスかノーで答えろ」
「もしイエスと言ったら」
「調べた上でカズくんも斬る」
「質問はともかく、行動は明瞭でいい」
ボスは白の麻のシャツの裾をまくる。FNファイブセブンを取り出し、カズサに渡す。それが答えだった。
カズサの右手は震えている。
「ボス」カズサが尋ねる。「これでどうしろと」
ボスが答える。「いい練習だ。暁ジュンは即興演奏のパートナーとして最適だろう」
リビングからカズサは、銃口を真下へ向けたまま、庭に立つジュンと目を合わせる。五メートル離れた闇のなかで、ジュンの眼光がほとばしる。
自分が斬殺される瞬間の鮮やかな映像が、カズサの脳裏をよぎった。
縮み上がった喉から奇声を漏らし、カズサはファイブセブンをボスへ押しつける。
「できません」
ボスが首を振る。
背を向けたジュンは庭の斜面を駆け下りようとするが、振り返ってボスに言う。
「言い忘れた。あたしやじいちゃんに報復するのは構わない。でもスミレやママに手を出すなよ。指一本でも触れたら、お前の親類縁者のうち、十歳以上の男子は全員斬る」
「勇ましいな」
ジュンは腕組みしながらカズサに言う。
「さっきはジュースをありがとう」
「あ、ああ」
「でも一言も声をかけてくれなかったね。ガッカリだよ」
カズサが返事を考えるあいだに、ジュンのシルエットは闇に溶けていた。辺りはピアノトリオの音しか聞こえない。
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奥たまむし『ハートオブtheガール』
ハートオブtheガール
作者:奥たまむし
掲載誌:『まんがタイムきららミラク』(芳文社)2015年-
単行本:まんがタイムKRコミックス
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スマホに映るのは、よくあるソシャゲの画面。
キャラクターは実在の少女で、
目の前の風景とリアルタイムで連動している。
宇宙人が開発したらしい。
主人公の「のぞみ」はこの百合ゲームで、手当たり次第にアタックをかける。
でも同中の「カコイ」の態度はクール、とゆうより冷淡。
重課金兵でも入手困難な超レアカードだ。
中学時代、ふたりは親友だった。
むしろカコイの方が思い詰めていた。
のぞみが1年海外に移住したため、関係は壊れる。
ゲームを開発した宇宙人「アキ」が、隙につけこむ。
浮き沈みの激しい、不安定な思春期女子の心なんて捨てちゃえば?
カコイは苦痛から解放されたくて、スーパーミラクルレア少女となった。
輪郭のはっきりしないストーリーだ。
登場人物が多すぎるのも弱点。
しかし絵の魅力がそれらを補う。
本作はアップを多用する。
1コマめと2コマめの角度のちがいは、身長差によるもの。
その差がぶち抜きの3コマめでグッとちぢまる。
制服の皺なども巧みで、百合漫画の醍醐味を堪能できる。
おまけも充実。
ボーイッシュな「ナオ」の誤解されがちな言動を、
モノローグと併行して描き、かわいさへ止揚する。
女好きののぞみは「モト」の胸ばかり見ているが、それはバレバレで、
でも嫌がられてないのを、肩越しの視点とクローズアップで表現。
虚々実々の心理戦、これぞ百合漫画だ。
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